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124 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:32:59 ID:Yy.5GAU.0
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―― ( ・∀・) ――
何でこんなことになったんだろう。
……わかってる、全部自業自得なんだって。
でもこの展開は、想像してなかったんだ。
从#゚Д从「うるせーぞ、何ぶつぶつ言ってんだおっさん!」
(;・∀・)「ご、ごめん……」
从 ゚Д从「たくっ……。いいからちゃんと見張っとけよ」
(;・∀・)「うぅ〜……」
从#゚Д从「返事!」
(;・∀・)「は、はいぃ!」
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125 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:33:59 ID:Yy.5GAU.0
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背筋を正して、外を見張る。
雑然と積み上げられた廃墟の瓦礫以外、眼に入るものはない。
荒涼としたこの光景は、市街とはまるで違う様相を成していた。
あの後。小学校で起きた事件の帰り。
モララーはホテルへは戻らず、この廃墟へと立ち寄った。
話を訊かなければならない。そう思ったのだ。
シャキンやナイトウ、大統領やソウサクの人々――ではなく、
いま現に差別を受けている、シベリア人に。死と隣り合わせにある、彼らに。
なぜ、と問われても困る。
ただそうしなければならない――そうしたいと、何かが掻き立ててきたのだ。
それは心の底から沸々と沸いてくる、モララーの知らない何かだった。
モララーはその何かに命令されるまま、行動しようとした。
しかしシベリア人がどこに暮らしているのか、
南部と言っていたがどう行けばよいのか、それに言葉の壁もある。
話を聞こうにも、どう意思疎通を図ればよいのか。
行動を阻止しようとする条件は、いくらでも思い浮かんできた。
その時、思い出したのだ。
それらの条件をすべてクリアする存在のことを。
ハイン。
あの、追い剥ぎの娘。
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126 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:34:47 ID:Yy.5GAU.0
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彼女はゴラクの言葉を操っていた。
縄張りにしているのも、ホテルからそう遠くない場所のはずだ。
探せば見つかるかもしれない。
いや、廃墟を一人で歩いていれば向こうから見つけてくれる可能性だってある。
うまくいくかもしれない。
問題があるとすれば、彼女が協力してくれるかどうかだ。
この間みたいな状況になる可能性は十二分にある。
そして、幸運は二度も続かないだろう。
今度こそ、この耳は削がれてしまうかもしれない。
それでも行くのか。
そんなことをする必要が、本当にあるのか。
理性が尋ねてくる。モララーは――心に、従った。
――そしてその結果、こうしてハインに顎でこき使われているのだが……。
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127 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:35:38 ID:Yy.5GAU.0
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言われた通り、外を見張る。
モララーはビルの入り口に立っていた。
元々はもっと高かったのだろうが、
途中で倒壊しているために三階建てになっているビルで、人の気配はしない。
ハインはこのビルに、何の用があるのだろうか。
仲間と共に、ひとつずつ部屋を確かめている。
モララーはその間、外から誰か来ないか見張るために入り口で立たされている。
ため息が出る。
何をやっているんだろうか、ぼくは。
泣きたくなってくる。
(・∀ ・)『おい、こっち来い! ハインが呼んでる!』
(;・∀・)「え、な、な、な、何?」
ハインの仲間が、何事か呼びかけてきた。
しかしゴラク語を使えるのはハインだけなのか、
何を言っているのかさっぱりわからない。
そうして戸惑っているぼくに業を煮やしたのか、
そいつはぼくの背中を強く蹴ってきた。
抗議しようとするも間が空くことなく次のケリを入れられ、
追い立てられるようにぼくは階段を登り、
二階の一室の前まで誘導された。
そこはビル内の他の場所と違い、人の生活している痕跡があった。
簡素だが家具やベッドもあり、掃除もされているようだった。
ハインはそこにいた。ハインと、そして、そこには――
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128 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:36:42 ID:Yy.5GAU.0
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( ・∀・)「あれ、あの子は……!」
スケッチブックの少女がいた。
少女は丸い椅子に座り、その前には何か、
描きかけの絵がイーゼルに架けられている。
从 ゚∀从『よかった、無事だったんだな』
ハインは少女の前に座り込み、何か話しかけていた。
その顔はナイフをちらつかせている時とも、あどけない女の子を演じている時とも違う、
どこか大人びた、やさしい表情をしていた。
从 ゚∀从『怪我はない? 酷いことされてない?
ごめんね、怖い思いをさせてしまって。
でももう大丈夫だよ。さっ、早くここから逃げよう』
ハインは少女の手をつかむと、強引に引っ張りあげた。
そしてその手を握ったまま、部屋の入口へと歩を進める。
止まる。その目の前には、モララーがいた。
从 ゚∀从「おっさん、あんたに頼みがある」
(;・∀・)「な、なに?」
真剣な声色だった。まっすぐに見つめられ、目を逸らしたいのに、
それすら許されない有無を言わさぬ迫力。
そしてその迫力のまま、彼女はモララーに告げた。
从 ゚∀从「この子を匿って欲しい」
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129 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:37:30 ID:Yy.5GAU.0
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ハインを介して、少女の手がモララーのそれと重ねられる。
小さな手だった。小さいが、暖かく、生きていた。
(;・∀・)「ちょ、ちょっと待って! なんでぼくが!?」
从 ゚∀从「……あたしたちは戦いに行くんだ。その子は連れていけない」
(;・∀・)「戦い?」
从 ゚∀从「あたしたちはソウサク解放戦線に加わる」
ソウサク解放戦線。
まさか彼女の口からその名を聞くとは。
過激派武装組織。テロリスト。
つまり、彼女がやろうとしていることとは――。
从 ゚∀从「そう、殺される前に、殺してやるんだ。
あいつらがあたしたちの仲間を、家族を、同胞を殺したよりも、たくさん。
シベリア人が安心してこの地に暮らせる、その日が来るまで」
(;・∀・)「でも、そんな……。それに戦いなんてしたら、
死んでしまうかもしれないじゃないか」
从#゚∀从「何もしなかったらそれこそ皆殺しだ!」
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130 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:38:25 ID:Yy.5GAU.0
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彼女が叫んだ。それはもう、ほとんど悲鳴のような声で。
事実、彼女は泣いていたのかもしれない。目元をぐいっとこすり、
その意志の強い人味を再びモララーへと向けた。
从 ゚∀从「頼むよおっさん。いや、モララー。あんたの言うとおり、
あたしたちは戦いで殺されるかもしれない。
でもその死は、決して無意味なものじゃない。シベリア人の未来を拓く死なんだ。
モララー、その子は未来なんだ。あたしたちは未来の為に戦う。
……ううん、未来のために戦っているって、信じていたい。
そのためにその子には生きていてもらわなきゃいけない。
あんたが今日ここに来たことは、きっと偶然じゃない。
神様の思し召しなんだ。だから、頼むよ。その子を匿って欲しい。
連れて行って欲しい。……それでもダメだっていうなら、
今度こそその耳、削ぎ落としてやる!」
いつの間にか、ハインの手にナイフが握られていた。
刃渡りの大きな、無骨なナイフ。よく磨き上げられたそれは、
一点の汚れもなく鈍い光を反射していた。
その切っ先が、モララーへと向けられる。
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131 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:39:32 ID:Yy.5GAU.0
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息を呑む。
しかしハインは、すぐにその凶器を下ろした。
そしてその顔は、どこか自嘲的な、力のないものに包まれていた。
从 ゚∀从「……冗談だよ。人体の一部を買って喜ぶ変態なんて知り合いにいないし、
もしいたとしてもあたしたちシベリア人のガキと何て取引してくれっこない。
ただの、脅しなんだ。
それにあたし、ほんとは人を刺したことなんて――」
(・∀ ・;)『〜〜〜〜〜〜〜!』
部屋に飛び込んできたハインの仲間が、何かを叫んだ。
目を見開いて、何事かまくしたててる。尋常じゃない慌てようだ。
もちろんモララーにそれらの言葉の意味はわからなかったが、
ひとつだけ――聞き間違えでなければ、聞き取れた単語があった。
シベリア狩り。
(・∀ ・;)『ビルごと囲まれてる! つけられたんだ!』
階下から、何か固くて重たいものがぶつかる、暴力的な破壊音が響いた。
それと同時に、悲鳴。痛みを伴う、聞く者の神経を切り刻むような、
痛々しい、悲鳴。
从 ゚Д从「来い!」
状況を把握できないままモララーはハインに引っ張られていた。
部屋の入口から奥へ、そのまた奥の部屋へと連れられ、
そして朽ちかけたタンスの中に、スケッチブックの少女ごと放り込まれた。
从 ゚ー从「未来を、頼んだよ」
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132 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:40:02 ID:Yy.5GAU.0
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扉が閉まる直前、彼女はたしかに、そう言って、笑った。
音が、聴こえた。
様々な音。
多種多様な音。
その、どれもが。
神経を突く、
あるいは叩く、
重い、
鋭い、
凄惨さを伴う、
痛みだった。
そして、
やがて――
音が、止まった。
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133 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:40:35 ID:Yy.5GAU.0
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何もなかった。
暗く、音もなく、自分と、
小さな少女の息遣いだけが聞こえる世界。
二度とここから出たくない。
出た瞬間に、殺されてしまいそうだから。
いますぐここから出て行きたい。
心が軋んで、割れてしまいそうだから。
ふたつ、どちらとも選びたくない重しの乗った天秤。
ほとんど均衡を保つその天秤がわずかに傾いた側は――。
モララーは、音を立てずタンスの隙間に近寄った。
目を見開き、ゆっくり、ゆっくりと、
光差し込む隙間へと自らの瞳を近づけていった。
心臓が、脳の真ん中で鼓動しているみたいに、頭を揺さぶってくる。
頼むからじっとしていてくれ。じっと、そっと、そっと……。
瞳が、隙間と接触した。
そして、見た。
こちらを覗く、何者かの瞳と。
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134 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:41:07 ID:Yy.5GAU.0
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(; ∀ )「――ッ!!」
叫び声すら上げられないまま、タンスの中を転げた。
しかし外にいた何者かは、叫び声を上げた。
敵意の混じった、怒声を。
それを証明するように、何かがモララーの頭上を、
タンスを突き破って通り過ぎていった。
破壊音と、割れた木の屑が頭上に降り注いでくる。
モララーは今度こそ悲鳴を上げていた。
小学校で、見た、あの死体と、
自分の、姿が、ぴったり、ひとつに、重なっ、た。
――死にたくない、死にたくない、死にたくない!!
.
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135 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:41:47 ID:Yy.5GAU.0
-
――モララーは、死ななかった。
すぐにでも訪れると思われた第二撃は、
いつまで経ってもモララーを襲っては来なかった。
そして、突然扉が開かれた。
そこにいたのは、アニジャだった。
( ´_ゝ`)「……シイを、頼む」
アニジャの姿が消えた。
少女――シイが、ふらふらと、タンスから出て行った。
(;・∀・)「あ、ま、待って……」
シイの後を追いかけようとして、何かに躓いて転んだ。
死体が転がっていた。首の折れた死体の手には、
血のべっとりとついた斧が握られていた。
足腰が立たなかった。
四つん這いで、這いずりながらシイを追った。
シイは隣の部屋にいた。隣の部屋は、赤かった。
たくさんの人が寝転がっていた。
赤い水たまりに浸かって、ぴくりとも動かずにいた。
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136 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:42:36 ID:Yy.5GAU.0
-
そうだ、ハインは。
ハインはどこだろう。
ハインを探して這いまわった。
モララーの手も、赤い水たまりに浸かった。
それは水たまりと言うには、どろっと、粘着質だった。
ハインは見つからなかった。
けれど、ハインかもしれないものの上半身は見つかった。
頭がないせいで、確信は持てないけれど、これが彼女だという気が、モララーにはした。
すぐそばに、ナイフが落ちていた。
不思議な事に、それだけが唯一、この部屋の中で赤く染まっていなかった。
鈍い光を携えて、この赤い空間から隔離されていた。手を伸ばし、握る。
殺せなかったんだ。ハイン、ハイン――。
何か、音が聞こえた。
音の先には、シイがいた。
シイはスケッチブックを持って、何かを描いていた。
一心不乱に、腕を動かしていた。
涙を流しながら、描いていた。
.
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137 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:43:17 ID:Yy.5GAU.0
-
(;`・ω・´)「てめえモララー!
いままでどこをほっつき歩いて――おい、どうした!」
( ∀ )「あ、シャキンさん……。それに、ナイトウさんも……」
ホテルへもどったモララーを出迎えたのは、シャキンとナイトウの二人だった。
どうやってホテルへ戻ったのかは覚えていない。
ただ、握ったシイの手を離さず歩いていたら、ここまで来ていた。
事のあらましを説明する。
うまく説明できている自信はない。
自分でも何をしゃべっているのかわかっていないのだから。
しかしそれでもある程度は汲みとってくれたようで、
ナイトウさんがひとつ、提案をしてくれた。
( ^ω^)「そういうことなら、この子はボクの知り合いに預かってもらいますお。
大丈夫、シベリア人とかソウサク人とか気にしない人だから」
そういってナイトウさんは、ぼくからシイを引き取ろうとしてきた。
-
138 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:44:01 ID:Yy.5GAU.0
-
『未来を、頼んだよ』
(; ∀ )「あ、ま、待って……」
シイの手をつかむ。
(`・ω・´)「どうした?」
『シイを、頼む』
ハインのナイフの、重さを感じる。
(; ∀ )「ぼくが……」
ぼくが――
ぼくが、この子を――
.
-
139 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:44:43 ID:Yy.5GAU.0
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お前に何ができる?
ただ震えていただけのお前に。
ハインを見殺しにしたお前に。
――無力なお前に。
.
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140 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:45:15 ID:Yy.5GAU.0
-
( ∀ )「いえ、なんでも、ないです……」
手を、放した。
シイが、遠ざかっていく。
シャキンさんが何か話していたが、何も耳に入ってこなかった。
ただ、自分の言葉が、自分の中で、木霊していた。
ぼくは無力だ。
ぼくは無力だ。
ぼくは。
ぼくは――
.
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141 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:45:52 ID:Yy.5GAU.0
-
―― ( ´_ゝ`) ――
('A`)「……お待ちしておりました。我々ソウサク解放戦線は、
あなたの参加を歓迎します。早速ですが、あなたにやって頂きたいことがあります。
アニジャ、あなたにしかできないことです――」
.
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144 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:07:08 ID:p7kzx33Y0
-
―― ※ ――
「やだー、もう疲れたー! 遊びたいー!」
「ダメだ。まだ今日のノルマが終わってない」
「勉強嫌いー! つまんないー!」
「必要なことだ。勉強しないと大人になってから困るんだぞ」
「オトジャのバカ! ぶー!」
「バカでもぶーでも、ダメなものはダメだ。
ほら、わからないところは教えるから、一緒にがんばろうな」
クーに勉強を教えるのは、いつも一苦労だった。
彼女は一処にじっとしているのが苦手で、
目を離すとすぐにどこかへ駆け回ろうとするのだ。
だから彼女に勉強をさせる時は、
マンツーマンでつきっきりにならなければいけない。
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145 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:07:40 ID:p7kzx33Y0
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頭が悪いというわけではなかった。
むしろ頭の回転はすこぶる早く、彼女の発想力に
驚かされたのは一度や二度ではなかった。
ではなぜ勉強が苦手かというと、
そういった習慣が一切身についていなかったからというより、他にない。
彼女は公的な学習機関の存在はおろか、
一冊の本すら目にしたことがないと言った。
彼女を捕らえた時、周りの局員たちはみな、
この少女のことを四歳か五歳くらいの未就学児だと思っていた。
実際の彼女の年齢は、十歳だった。
慢性的な栄養失調で、成長が阻害されていたそうだ。
彼女はここに来てから、よく食べ、よく眠り、よく走り回った。
そのおかげか、歳相応とは言わないまでも、
短い期間でぐんぐんと成長していった。
彼女があの家でどのように扱われていたか、詳しいところはわからない。
だが、自由はなかったのだろう。
だから彼女が遊びたい気持ちも、理解することはできる。
しかしである。勉強が大事であるということも、
きっちり教えこまなければならない。我が信念にかけても。
その為ならば、クーのためならば、自分の時間を割こうと、痛くはない。
――変わったなと、自分でも思う。
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146 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:08:17 ID:p7kzx33Y0
-
「ぶぃー……。ほんとにもうだめー……」
机に突っ伏して、もうダメーと全身でアピールしてくる。
ワークの方も、一応章の最後まで終わらせているようだった。
ふむ。
「そうだな、キリもいいし――」
「終わり!」
「少しだけ、休憩にしようか」
「え〜!」
「なんだ、いらないのか?」
「するけどー。しますけどー!」
「そうか、それならお茶の準備をしないとな。クーはお菓子の準備をしてくれ」
「アイアイサー!」
びしっと、兵隊のような敬礼をしてから、クーは台所へ駆け出した。
やれやれ、急に元気になっちゃって、まあ。
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147 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:09:07 ID:p7kzx33Y0
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張り切ってお菓子を運んだクーは早々に準備を終えてしまい、
テーブルの前でどたばたと急かしてくる。
いくら急かしたところでお湯が沸く時間に変わりなどないというのに。
本当にじっとしていられない子だ。
紅茶を持って、テーブルへ運ぶ。
お行儀が良いとは言えないが、ちょんと手はつけずに待っていたようだ。感心だ。
オトジャは椅子に座る。
待ってましたとばかりに、クーも座る。そして手が伸びる。
「クー」
「……は〜い」
すぐにでも食べだそうとしたクーを制して、
オトジャはヒロユキ教の聖句を唱える。クーがそれに続く。
オトジャはヒロユキ教の信徒ではない。
だからもちろん信仰など持っていない。
だがクーのこれからにはきっと必要だろうから、覚えた。
クーがこれから生きていく上で、困ることがないように。
しゃべったり、食べたり、しゃべりながら食べたり、
賑やかなクーを眺めるティータイム。
口元のカスを拭いとられてるその間も、クーはしゃべり続けていた。
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148 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:09:45 ID:p7kzx33Y0
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「それでね、アニジャってば仕掛けのトランプをポッケからはみ出させてるの!
他にも種も仕掛けも見え見えでね!」
「そうだな、あいつは銃の扱いは一品なのに、どこか抜けたところがあるな」
「もうね、クー、笑いをこらえるのに必死で、
それなのに真面目な顔でマジック続けようとするんだもん!」
「そのまま気づいてないふりをしてやってくれ。その方があいつも喜ぶ」
「ほんとに、手間のかかるアニジャですなー!」
「ほんとにな」
「……んっふっふー」
「何だ、変な笑い方して」
「オトジャって、ほんとにアニジャが好きだよね!」
「なに、俺が?」
「だってアニジャの話をする時、オトジャいつも笑ってるもん!」
「笑ってない」
「笑ってるの!」
「局内でも俺は仏頂面で通ってるんだ。笑うわけがない」
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149 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:10:21 ID:p7kzx33Y0
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「でもー……」
「けど、そうだな。あいつほどすごいやつを、俺は他に知らない。
それは本当だ。あいつは、すごいやつだ」
「んっふっふー」
「好きじゃないし、笑ってないぞ。……でも、アニジャには言うなよ」
「うん、言わない! 約束!
それよりね、今度ね、アニジャにマジックのお礼をしたいと思ってるの」
「ヘタクソなのにか」
「ヘタクソなのに!」
「そうか、それはいいことだ。あいつも喜ぶ」
「うん。それでね、何をプレゼントしたらアニジャは喜ぶのかなーって」
「自分で考えないのか」
「うん! わかんないし!」
「胸を張っていうことか。しかし、そうだな……
似顔絵でも描いてやったらいいんじゃないか?」
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150 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:10:53 ID:p7kzx33Y0
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「えー」
「なんだ、不満か」
「だってクーの趣味じゃないし。クーはね、もっと、こう――」
クーが指で、銃の形を作る。そしてそれを、バンバンバンッ!
華麗に撃ち放った。人差し指の銃口に息を吹きかけ、硝煙をくゆらせている。
どうやら大分レトロな銃をイメージしているらしい。
「悪いやつをやっつける、強い女になるんだ!」
「怖い怖い、頼むから俺を撃たないでくれよ」
「撃つわけないよ! クーはアニジャとオトジャを守るんだから!」
それじゃあべこべだよ。
そう思いつつも、オトジャは口にしなかった。
ただ得意気に指のピストルを構えるクーのことを、見つめていた。
その時、玄関の開く音が聴こえた。
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151 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:11:30 ID:p7kzx33Y0
-
「アニジャだ!」
クーがノータイムで駆け出した。まるで子犬だ。
玄関で棒立ちになっているアニジャの周りで、
ちょこまかとじゃれまわっている。
「アニジャ、また銃の使い方教えて!」
「ああ、いいぞ」
「おい、アニジャ」
「すまないクー、オトジャがダメだと言っている」
「ぶー!」
「ぶーじゃありません」
「ねーねーアニジャ、さっきオトジャがねー」
「おいこらクー」
アニジャの背に隠れながら、んべっと舌を見せてきた。
と思ったら、ころっと、笑顔に変わる。
クーはそのまま目を閉じ、ぎゅっと、アニジャに抱きついた。
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152 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:12:08 ID:p7kzx33Y0
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「ずっとね、不安だったの。アニジャとオトジャがクーを助けだしてくれて、
こんなに幸せになってもいいのかなって、ずっと、ずーっと不安で怖かったの。
でもね、今はもう怖くないよ。だって、アニジャとオトジャがいるんだもん!
アニジャとオトジャがいれば、これからもずっと、ずーっと幸せになれるって、
クーは、そう思うよ!」
言い終わるが早いか、クーはまた駆け出していった。
玄関の、外に向かって。
「おい、クー! ノルマがまだ……ああ、行ってしまった」
駆けて行くクーのことを、アニジャは棒立ちのまま見送っていた。
いまが勉強の時間だということはアニジャも知っているはずなのだが、
こいつは止める素振りも見せなかった。
まったく。
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153 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:12:44 ID:p7kzx33Y0
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「アニジャ、あんまりあの子を甘やかさないでくれよ、頼むから」
「ああ、わかった」
「……気のせいかな。つい二、三日前にも、同じセリフを聴いた気がするんだが」
「たぶん気のせいだろう」
「もう十回くらい言った気もするんだけどな?」
「デジャブというのは恐ろしいものだな」
「……なあ、アニジャ」
「なんだ」
「俺を笑うか?」
「笑わないよ」
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154 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:13:16 ID:p7kzx33Y0
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そうだな。
あんたならそう答えるだろうって、俺はわかっていたよ。
簡単に人を殺せるくせに、妙にやさしく、甘い、あんたのことだから。
「でもクーは、あんたのこと笑ってたぜ。マジックの種があんまりにもバレバレなもんでな」
「な、なに」
「お、動揺してる?」
「し、している……」
「あんたは素直だな」
だけど、だからこそ。
あんたに訊けないこともある。
クーは言っていた。
私は幸せだと。ここに来て、三人で暮らせて幸せになれたと。
そうかもしれないと、オトジャは思う。
この国に来てから――いや、今までの人生で、初めてだと思う。
こんなにも安らいだ時間を過ごすのは。
幸せとは、こういった心持ちのことをいうのかもしれないと。
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155 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:13:48 ID:p7kzx33Y0
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けれど――。
時々、無性に不安になる。
俺はこのままでいいのかと。
俺が求めていたのは、こういったものだったのかと。
アニジャ。
俺はあんたに一目置いている。
こんな国に送られながら、自分を貫き通す力を持ったあんたを、尊敬している。
だが、俺は。
俺は変わった。
それは、弱くなったということなのか。
アニジャ。
俺はあんたに一目置いている。
だが、あんたから見た俺はどうだ。
あんたには俺が、どう映っている。
あんたには――
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156 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:14:26 ID:p7kzx33Y0
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電話が、鳴った。
「いや、いい。俺が出る。きっと委員会からだ」
電話を取ろうとしたアニジャを制し、
電話の置かれた玄関へと向かう。そして、受話器を取る。
「はい、オトジャですが――」
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