-
21 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 16:58:09 ID:41D5Khho0
-
―― ( ・∀・) ――
(#`・ω・´)「ちゃんと勉強して来いっつっただろ!」
ソウサクスカイラインホテル。
ソウサク内でも有数の高級ホテルであり、
国外の旅行者――特に政府関係の要人など――にのみ開かれた、ソウサクの中の西欧である。
紳士淑女の社交や腹の探り合い、表には出せない情報の交換が静かに取引される。
それがこのホテルの日常だが、今日この日の昼下がりは、少し勝手が違った。
(;・∀・)「め、迷惑っすよシャキンさん……」
(#`・ω・´)「うるせえ!」
シャキンの怒声がもう一発、ホテルの中庭に響き渡った。
何事かと、他の客の視線がシャキンに注目する。
中には”野蛮な黄色”に対する軽蔑を隠そうともせずに、じろりとねめつけてくる者もいた。
(#`・ω・´)「ちっ、黄禍論が何だってんだ。こんな中東の奥地に来てまで白い面を偉そうに振りまいてる奴の機嫌なんざ、
知ったこっちゃねえや。それよりモララー、てめえだてめえ」
シャキンの巨大な手が、モララーの頭を鷲掴みにした。
そのまま万力のような力で締めあげてくる。
シャキンは柔道の有段者らしく、その力は本当に、洒落になっていなかった。
-
22 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 16:58:56 ID:41D5Khho0
-
(; ∀ )「シャキンさんお願いやめて! 死ぬ! 割れる〜!!」
(#`・ω・´)「だから、なんで勉強してねぇんだって聞いてんだよ!」
(; ∀ )「し、仕方ないじゃないっすか、出張決まってから日にちなかったんだしぅぉほぉぉぉ!」
(#`・ω・´)「言い訳してんじゃんねぇ! ……ったく」
シャキンの手が離れた。シャキンの首にかかったカメラに合わせて、
ふらふらと頭が左右に揺れそうになる。モララーはあごのしたを両手でもって支えた。
まだぐらぐらする。吐きそう。うぇ。
(`・ω・´)「ナイトウさんが来るまでもう大して時間もねえ。失礼にならない程度に
この国の成り立ちについて説明しておくぞ。……おい、遊んでんじゃねえ!」
(;・∀・)「うぃ!」
(`・ω・´)「ったく、人事の連中は何でこんな奴を入社させたんだか……。
まあいい、愚痴ってる時間ももったいねぇからな。
まずこの国は、AA教を国教としている。流石にAA教のことは知ってるな?」
AA教……確か高校の授業で聞いた気がする。
よし、ここは少し汚名返上のために賢いところをアピールしておくか!
-
23 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:00:09 ID:41D5Khho0
-
( ・∀・)「ヒロユキ教に次いで信者の数が多い、世界宗教っすよね。
アジアや中東を主な分布地としている一神教で、”最終預言者”が起こした宗教だって」
掘り起こした記憶を一息に口にして、モララーは得意になる。
(`・ω・´)「ほー。それじゃそのAA教には二つの大きな宗派があることも当然知ってるな?」
(;・∀・)「……しゅうは?」
(#`・ω・´)「……期待しちゃいねーから、気にすんな。オレも今だけは気にしねぇでおいてやるから」
そういうシャキンの顔には、呆れのなかに確かな怒気が混じっていた。
首からかけたカメラのレンズも、ぎらりといやな光を放っている。や、やべえ。
(`・ω・´)「先に進めるぞ。ヒロユキ教がカトリックとプロテスタントの二つへ分裂したように、
AA教もまた長い歴史の中で”ザツダン派”と”シタラバ派”の二つに分かれたんだ。
この二つの宗派の違いは宗教行事から
日常生活に至るまで多岐にわたるんだが、ひとつひとつ挙げていけばきりがないからな。
ここではザツダン派が最終預言者の残した聖言を順守する宗派で、
シタラバ派が最終預言者の血筋による統治が第一であると考える宗派だということだけは、最低限覚えておけ。
ここソウサクではAA教ザツダン派が主流となっているんだが、それにも理由があってだな――」
ザツダン派とシタラバ派……そういえばそんなような単語を、
ニュースか何かで耳にした記憶があるような、ないような――。
意識があらぬ方向へ飛びかけたその時、目の前からとてつもない殺意が
実態を伴ったビームとなって照射されるのを感じた。慌てて意識を”先生”の方へ戻す。
-
24 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:01:53 ID:41D5Khho0
-
(`・ω・´)「ロビイは当然知っているな? 今でこそ中東の一国という立場に甘んじているが、
この国はかつて中東のほぼ全域に西欧、東欧の一部までも収める大帝国だった。
その支配が終わったのは一九世紀末、オオカミとニーソクのグレートゲームに巻き込まれて、
領土の殆どをバラバラに分割されてしまった時だ。
その分割された国の中の一国が、ここソウサクだ。
ロビイも当然AA教を国教にしていたんだが、主な宗派はシタラバだった。
当時ロビイにて弾圧されていたザツダン派の人間が
ひと纏まりになって造りあげたのが、このシタラバという国なんだ。
つまりこの国の人間は、それだけザツダン派ということに誇りを持っているし、
それ自体をアイデンティティにしている者も多い。
だからこの国にいる間は不用意な発言は避け――」
(;^ω^)「うぉぉぉ! すみません、遅くなりましたおー!!」
シャキンの言葉を遮って、小太りの男が叫びながら駆け込んできた。
周囲の視線が集まってくる。
またあいつらかよ、少しは静かにできないのか未開人どもめ――
そんな心の声が聞こえてくるようで、非常に居心地が悪い。
しかしシャキンもこの小太りの男も意に介していないようで、
まったく堂々と再会の挨拶を大声で繰り広げている。
(`・ω・´)「おいモララー、名刺出せ。この人がナイトウさんだ」
( ^ω^)「おっおっお、ゴラクからここまで遠かったでしょうに、よくお越しくださいました。
広報委員のナイトウと申します、以後お見知りおきおですおっおっお!」
-
25 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:02:56 ID:41D5Khho0
-
流暢なゴラク語を操り、大量の汗を吹き出しながらつかみづらいタイミングで笑いつつ、
ナイトウと名乗った男性は名刺を差し出してきた。慌てて自分の名刺を取り出し、交換する。
受け取った名刺には、ソウサク外交省外交部広報委員長、
ナイトウ・ホライゾンと書かれている。お役所の人、なのだろうか。
それにしてはずいぶんと高いテンションだが。
(;^ω^)「それじゃ早速今後の予定について……
と言いたいところですが、いやー、今日は暑いですNE!」
そうだろうか。むしろ肌寒さを感じるくらいだが。
(`・ω・´)「そうですね。部屋でゆっくり、何かつまみながらにしましょうか」
(;^ω^)「ああ! なんだかこれはこれは、催促してしまったみたいで申し訳ないですお!」
(`・ω・´)「いえいえ、そちらのご好意のおかげで
こんな立派なホテルに泊まれているわけですし、感謝するのは私どもの方ですよ」
わっはっは!
二人が同時に笑った。
どうりで。
うちの出版社がこんな高そうなホテルの代金を払ってくれるわけがないと、
疑問に思っていたんだ。これで謎がひとつ解けた。うれしくはないが。
-
26 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:03:52 ID:41D5Khho0
-
( ^ω^)「あ、そうだ。その前にひとつ伝えなきゃいけないことがあったんですお。
シャキンさんにはいまさらかもしれませんが、市街地からは絶対に出ては行けませんお」
(`・ω・´)「それは、南部から逃げ出したシベリア人の話、ですか?」
( ^ω^)「さすがシャキンさん、お耳が早い。おっしゃる通り彼ら、
徒党を組んで悪さをしているみたいなんですお。
結構な数の被害報告が挙がってて、うちの悩みの種でして」
(`・ω・´)「それは困ったことですな。まあ我々もわざわざ危険な場所へ行くこともありませんから、
どうぞナイトウさんもご安心ください」
( ^ω^)「そう言って頂けるとありがたいですお。
それでは無粋な勧告も済んだことですし、そろそろ行きましょうかお!」
そう言うなり、ナイトウは先頭に立ってずんずん歩き出した。
何でこの人がぼくらの泊まってる部屋を知ってるんだとか、
そもそも政府の人間とジャーナリストの癒着ってどうなんだとか色々と疑問はあったが、
その中でもひとつ、先ほどの二人の会話の中で素朴に疑問に思うことがあった。
モララーはナイトウに聞こえないよう小さな声で、シャキンにその疑問を尋ねてみた。
-
27 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:04:41 ID:41D5Khho0
-
( ・∀・)「あの、シャキンさん」
(`・ω・´)「なんだよ」
( ・∀・)「ここってソウサクですよね」
(#`・ω・´)「何当たり前のこと聞いてんだてめぇ。眠いのか。目覚ましに頭つかんでやろうか」
( ・∀・)「それは勘弁して下さい。いやそうじゃなくてですね」
(`・ω・´)「だからなんだよ、はっきりしねぇなぁ」
シャキンの口調に怒気が混じり始めている。
これはやばいと、モララーは一気に疑問を切り出した。
(;・∀・)「いや、さっきの話聞いてて思ったんですけど、
何でソウサクにシベリア人がいるのかなーって……」
(#`・ω・´)「……はぁ!!?」
-
28 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:05:43 ID:41D5Khho0
-
耳の奥がきーんとする。とんでもない怒声だった。
これはきっと、ホテル全体に響き渡ったに違いない。
ナイトウも何事かと思ったのか、目を見開いてすっとんきょうな顔をしている。
(#` ω ´)「無知だ無知だとは思ってたが、まさか”高科レポート”も知らねぇのか……」
シャキンの手が獲物を捕らえる直前の鷲のように、鉤型になって駆動している。
やばい、つかまれる。でもぼく、そんなおかしなことを口にしただろうか。
それに”高科レポート”って、なんだ。
( ^ω^)「あー、シャキンさんに、ええと、モララーさん?」
(#`・ω・´)「……ああ、すいませんナイトウさん。こいつ今年入ったばかりの新人で、
オレの方からみっちり教育しておきますから……」
教育とはつまり、そういうことか。
やばい、逃げたい。
( ^ω^)「ふーむ……」
絶望しているモララーへの助け舟は、意外なところから渡された。
むずかしい顔をしてうなっていたナイトウが、破顔一笑、
マンガのようにぱんっと手を打って提案してきたのである。
(;^ω^)「それはそれで丁度いいかもしれませんお!
初めてこの国に来たモララーさんにソウサクのことをよく知ってもらうため、
僭越ながらこのナイトウ・ホライゾン、
ソウサクの歴史についてご説明させていただきますお!
……まあそれはそうと、いい加減部屋に入りませんかお?
ほんともう暑くって暑くって!」
.
-
29 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:06:52 ID:41D5Khho0
-
(* ^ω^)「もっちゃ! それで、オオカミがくっちゃ! ヴィップと代理もっちゃ!
戦争をですね、お、これおいしいですお! お二人も食べてみてくださいお!
それで……ええと、どこまで話したっけ」
(;・∀・)「あ、あの……」
(* ^ω^)「そうそう! それでシベリアがくっちゃもっちゃ! 戦地になって――」
くっちゃっくっちゃっもっちゃっもっちゃ。
さっきからずっとこの調子である。
小腹が空いたと言って頼んだルームサービスの量にも驚いたが、
それをほとんど一人で平らげようとしているこの男には更に輪をかけて驚きだ。
そしてついに、最後のチキンを名残惜しそうに手に持つと、
自分のてのひら程もあるそれをばくんと一口で平らげてしまった。
二、三回咀嚼しただけで飲み込み、小さなゲップを出した。
( ^ω^)「ふぅ……。いやあ、みっともなくてすいません。
ボクってば見た目に反してごちそうが目の前にあると我を忘れてしまう性質で」
反してはいないと思うなぁ。密かに返答する。
-
30 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:08:20 ID:41D5Khho0
-
( ^ω^)「あの、よければ初めからお話しましょうか?」
シャキンの方を見る。
教えてもらえ、聞いて損はないぞ。目でそう言っていた。
その言葉に従い、ぼくはナイトウさんにお願いする。
ナイトウは「それでは」とつぶやいて、居住まいを正した。
( ^ω^)「この国がロビイから分かれて出来た事は知っていますおね?
それから百年近くソウサクはこの地に根を張っているわけですが、
その間ずっと独立を保っていたわけでもないんです」
( ・∀・)「というと?」
( ^ω^)「冷戦ですお。ヴィップとオオカミの冷たい戦争。
ソウサクはその中でも東側、オオカミの衛星国になっていたことがあるんです。
無論、国の指導者もオオカミが選んだ者でして、チチジャという男でした。
そいつはソウサクの人間ながらオオカミ軍参謀本部情報総局――
GRUの大尉にまで上り詰めていたらしく、実際に能力はあったのだと思います。
ですが同時に、オオカミの操り人形でした。
食料も物資も作れば作るほど吸い上げられて、逆らうものは見せしめの処刑。
街には飢えて動けない者が山程いましたお。
あの時期のソウサクは本当に、悪しき独裁国家のお手本みたいな国でしたお」
当時の苦境を思い出しているのか、ナイトウは目を細めて虚空を見上げている。
このおちゃらけた大食漢にも、そんな辛い時代があったのか。
……うまく、想像できない。
それに、なぜだろうか。
ナイトウの話を聞いていて、疑問に思ったことがあった。
-
31 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:09:40 ID:41D5Khho0
-
( ・∀・)「あの、ひとついいですか?」
( ^ω^)「ええ、構いませんお。なんです?」
( ・∀・)「失礼なことかもしれないんですけど……」
( ^ω^)「だいじょうぶ、気にしませんお」
ナイトウが胸を叩く。それは実に安心できるジェスチャーだった。
( ・∀・)「それじゃあ……あの、そんなに大変なら何でオオカミの衛星国になったんですか。
もしかしたら騙されてそんなことになってしまったのかもしれないけど……」
( ^ω^)「いえ、あそこまで酷いとは予想していなかったにせよ、
他国の情勢などである程度の予測はできていましたお」
( ・∀・)「そんな、それじゃますますわからない。
オオカミの下にいたって、何のメリットもないじゃないですか」
( ^ω^)「みんな怖かったんですお」
( ・∀・)「怖い?」
( ^ω^)「ええ。あの帝国――ロビイに再び併合されてしまうのではないかと怖かった。
あの時代、西側か東側かの違いはあれど、
中東の小国はほぼすべてが大国の傘下に潜り込みましたお。
いえ、今でもほとんどの国はそうでしょう。
それほど、一度興した国を失うかもしれないという恐怖心は強かった。
それならば多少の不便を圧してでも大国に仕えた方がいい。
みんな、そう考えたんですお」
-
32 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:10:43 ID:41D5Khho0
-
( ・∀・)「……でも」
( ^ω^)「なんですお?」
( ・∀・)「……ソウサクはいま、独立してるんですよね?」
( ^ω^)「その通りですお」
( ・∀・)「なぜですか。さっき言った通りなら、
オオカミの庇護下にあったほうが安心できることになるのに」
( ^ω^)「簡単なことですお」
( ・∀・)「簡単なこと?」
( ^ω^)「ロビイへの恐怖心にも勝る許せない出来事。
チチジャはやってはならないことをやってしまったんですお」
ナイトウは笑っている。だがその笑みは、先ほどまでと何かが、
僅かに違うような気がした。それが何かはわからないのに、
どうしようもなく背筋が寒くなる。
( ^ω^)「ヴィップとオオカミは核の脅威があるため、直接戦うことはしませんでした。
その代わり、各地で代理の戦争を起こしたんですお。
シベリアもそうして戦地になった国のひとつで、
オオカミの衛星国であったこともあり戦災難民を別の衛星国――
すなわち我が国、ソウサクが受け入れることにされたんですお」
-
33 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:12:38 ID:Yy.5GAU.0
-
モララーが微妙な顔をしていると、
ナイトウはその意を汲み取りシベリアについての補足を挟んでくれた。
シベリアもソウサクと同じようにロビイから分かれた一国であること、
地理的にも近い場所に位置しており、人種的にもほとんど差異はない。
信仰している宗教も同じAA教である。
オオカミが難民の受け入れ先をソウサクに選んだのも、
こうした近似的要素を加味した上であることは間違いなかった。
だが、と、ナイトウは付け加えた。
ソウサクとシベリアには決定的な、そして致命的な違いがあったのだと。
( ^ω^)「シベリア人は、シタラバ派なんですお」
AA教にはふたつの宗派がある。
先ほどシャキンから聞いた話を、モララーは思い出していた。
そしてソウサクという国が、ザツダン派の集まりで形成された国であるということも。
( ^ω^)「宗派が違えば習慣も違う。習慣が違えば考えも違う。
諍いはすぐに起こりましたお。
小さなものから大きなものまで、昼夜を問わず様々に。
ある日、街の有力者とシベリアの一団との間で、
大きな争いになったことがあるんですお。
縄張り争いの抗争と言ってもよいかもしれません。
お互いに死者の出る、激しい戦闘でした。
ですがこの戦闘も、その後に起こった悲劇と比べればまだ生易しいものでした」
(;・∀・)「ど、どうなったんですか?」
ナイトウは口をつぐんだまま、中々答えなかった。
生唾を飲み込む。のどの鳴るその音が、いやに大きく感じられた。
ナイトウが、口を開いた。
( ゚ω゚)「国軍によって皆殺しにされましたお――ソウサクの人間だけがね!」
-
34 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:13:54 ID:Yy.5GAU.0
-
怒りに漲ったナイトウの声が、部屋を揺らした。
表情だけは笑顔のまま、獣のように彫り込まれた皺がナイトウの顔を深く刻み込んだ。
( ^ω^)「チチジャにとって、シベリア人はオオカミに預けられた大切な荷物だったんですお。
丁重に、厳重に保管しなければならない荷物……
そう、自国の民などよりもよっぽど大切に。
ソウサク人は徹底的に弾圧されましたお。
それはもう、シベリア人の奴隷と言っていい程に。
独立を保つため政府の横暴にも我慢していた我々に対し、
彼らはその最後の尊厳まで奪おうとしてきたのです。
ソウサクを、シベリア人の国にしようと!
正確な数はわかりませんが、チチジャ政権に殺害された
ソウサク人の数は二百万を下らないと言われていますお」
(;・∀・)「に、にひゃく!?」
二百万。数の多さに想像が追いつかない。
( ^ω^)「もちろん我々も無抵抗だったわけではないですお。
組織を作り、反政府運動を起こしたりもしました。
けれどチチジャ政権の背後にはオオカミがいる。
オオカミの潤沢な兵器が、暴動鎮圧の名目で次々ソウサクに運ばれてくるんです。
ろくな装備もない我々に、勝ち目はない。誰もが諦めかけていた……
その時でした。彼が現れたのは」
( ・∀・)「彼?」
( ^ω^)「オトジャです」
-
35 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:15:04 ID:Yy.5GAU.0
-
オトジャ――この名前には、聞き覚えがある。確か――。
( ・∀・)「この国の、大統領の……」
( ^ω^)「ええ、そのオトジャです。彼は我々の組織を改革し、
本当の意味で戦える集団へと作り変えたのですお。
彼の指揮の下、我々は戦いました。
楽な戦いではなかった。けれども彼はやり遂げたのです。
二十年以上の長きに渡りこの国を蝕み続けていたチチジャ政権に、
終止符を打ったのですお! それが今から、十三年前の出来事。
我々の独立記念日ですお」
ナイトウの顔はすでに、穏やかなそれに戻っていた。
話すことに興奮していたためか、せっかく引っ込んだ汗が再び、
うっすらと浮かび上がってきている。
(`・ω・´)「補足するとだな」
シャキンだ。
ナイトウが話している間ずっと黙り続けていたシャキンが、話に参加してきた。
(`・ω・´)「革命を成し遂げられた要因にはオトジャのカリスマ性だけでなく、
革命を後押しする新聞やビラの力も大きかったそうだ。
政府に睨まれるのを恐れて政権に追従するような記事を載せる新聞屋ばかりの中、
ただ一社――いや、ただ一人だけ革命を支持する記者がいた。
高科というジャーナリストだ」
-
36 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:15:56 ID:Yy.5GAU.0
-
( ・∀・)「高科って……その人、ゴラク人なんすか?」
(`・ω・´)「そうだ。高科の記事はソウサク人に自分たちの窮状を認識させるとともに、
立ち上がる力を鼓舞するものでもあった。”彼女”は三百以上の記事を残したが、
一般的にそれらを総称して”高科レポート”と呼ばれ書籍にもなっている」
ジャーナリストを自称しながらこれを読んだことのないやつはもぐりだと言われる程、
国際的にも有名な本だ。そう付け加えながら、
シャキンの目はじろりとモララーを射すくめていた。
知らなかった。
そんな本があることも知らなかったし、
過去にゴラク人が中東のこんな場所に関わっているなんて思いもしなかった。
帰国したら読んでみようと思う。思います。
だからシャキンさん、
そんな人の頭を握りつぶしそうな顔で睨むのはやめてください。
ちびりそうです。
シャキンの視線から逃れるように、モララーは話題を変えることを試みる。
(;・∀・)「そ、その人って、いまもこの国にいるんですか?」
が、モララーが発言した途端、部屋の中が微妙な空気に変わる。
な、なんだ。ぼくまた変なこと言っちゃったのか。
-
37 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:17:07 ID:Yy.5GAU.0
-
(`・ω・´)「いや、十年ほど前に行方不明になり、そのままだ」
( ・∀・)「え、そうなんですか?」
( ^ω^)「当時は結構な騒ぎとなったものでしたお。
西欧諸国からもいくつも取材が来たりして。
大規模な捜索隊も組織されましたけど、結局足取りもつかめずじまいで……」
ナイトウが実に悲しそうな声で話す。
彼もまた、革命時代に高科レポートを読んで勇気づけられた若者だったのだろうか。
( ^ω^)「でも、彼女の精神はいまもこの国に息づいているんですお!
読み書きできることの力。オトジャも教育には力を入れていて、
識字率もこの十年で40パーセントも上がったんですお。
そうそう教育といえば、
今度ソウサク小学校でオトジャを招いた答弁会が開かれる予定で――」
話は今後のスケジュールに関することへ移り変わっていた。
宮殿での食事会や、軍事パレードも行う予定らしい。
日付を手帳にメモしていく。
二人の話は段々と専門的なものになっていった。
ロビイの再帝国化がうんぬんだとか、核不拡散条約の影響がどうだとか、
オオカミの新党首が冷戦を終わらせるつもりかもしれないとか……。
メモしようにも追いつかず、手持ち無沙汰にペンを回していたら、気がついた。
ナイトウの前のグラスが空になっていた。
よく見れば満タンぎりぎりまで満たされていたピッチャーも、底をついている。
-
38 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:18:05 ID:Yy.5GAU.0
-
( ・∀・)「あの、ぼく水もらってきましょうか」
言われて初めて気がついたのか、ナイトウとシャキンが同時にグラスを見た。
その途端、唐突に喉の渇きを思い出したのか、ナイトウなど見る間に汗の玉を浮かべ始めた。
(`・ω・´)「そうか。それじゃついでだから少しつまむものも頼んできてくれ」
( ・∀・)「わかりました。それじゃルームサービスで――」
(`・ω・´)「いや、直接下まで行って頼んでこい」
( ・∀・)「え、でも――」
(#`・ω・´)「何でもだ。それとも、オレの言うことが聞けねぇとでも……?」
シャキンの手が鉤型に変形する。
ごきり、と、骨の鳴る音がここまで聞こえてきそうな迫力で。
(;・∀・)「い、行ってきますー!」
脱兎のごとく逃げ出し、扉を開ける。
まったくシャキンさんは、ちょっと気に喰わないことがあると
すぐ暴力をちらつかせてくるっだからまいるよ、ほんとに。
そう思いながら、モララーはドアを閉めようとした。
重たいその扉が完全に閉まりきる、その直前。
部屋の中から、『ソウサク解放戦線』という単語が、漏れ聞こえてきた。
.