あの――遠い日の春風 のようです

192 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:39:02 ID:p7kzx33Y0
          ―― ( ・∀・) ――







バスの中へと詰め込まれる。国外へと退去するバス。
これに乗ってぼくたちは、このソウサクを離れる。
この国の人々を見捨てて、自分たちだけで安全な場所へと避難する。

けれど、それは責められるべきことだろうか。
この地に残って、いったい何ができる。ぼくだけではない。みな、そうなのだ。
無力な人間に、できることなどありはしない。いても邪魔なだけだ。

この国も終わりだな――。

せっかくの投資がムダになった――。

ロビイがどう動くか――。

いや国連が――。

株価はどうなっている――。

ヴィップが黙ってはいまい――。

193 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:39:37 ID:p7kzx33Y0
好き勝手な言葉が、バスの中を飛び交っている。
そうだ、これこそが特権だ。安全な国に生まれ、苦もなく文明を享受したものの特権。
外側から賢く、対象を批評するという特権。

ぼくも、そうすればいい。
国へともどり、勝手な言葉を勝手に話し続ければいい。
無力でも許される世界で、賢く、安全に、ここで起こったことなど忘れて、
これまでがそうであったように、これからもそうやって生きていけばいい。
それこそが、安寧なのだから――。



『未来を、頼んだよ』



なのになぜ、思い出す。あの子のことを。あの子の言葉を。
脅されて、死ぬ思いをさせられて。良い印象を持つ機会なんて、
一度もなかったじゃないか。それなのに、なぜ、あの子の笑顔が離れない。

本当はわかっている。どうすればいいか――なんて、まるでわからないけれど、
こうしていま、この国から逃げようとしていることが、自分の心に反していると。

けれど、でも、ぼくは無力で、だから――。

194 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:40:12 ID:p7kzx33Y0



轟音が響き渡った。

ソウサクスカイラインホテルの一部から、爆発が起こっていた。
ガラス窓はのきなみ砕け、粉々になったそれはきらきらと、雨粒を弾きながら宙を舞っていた。
バスの中が騒然とした。戦争が始まった。逃げろ。早く出せ。
先程までの余裕などない。切羽詰まった、剥き出しの心がそこには表れていた。

けれど、ぼくは。

舞い落ちるガラス片を見ながら。

彼らとは違う、まるで反対のことを。

思った。



――行かなくちゃ。

195 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:40:49 ID:p7kzx33Y0
(  ∀ )「降ろしてください」

(;"ゞ)「ダメだ、もう出発する!」

他の避難者たちを押しのけ、運転手に告げる。
運転手はこちらのことを見もせずに答えた。彼も必死だ。
バスは一台ではない。順番を待ち、まだ半分ほどは出発できていない。

自分の遅れが、他のバスの遅れにつながる。
それはすなわち、他のバスや、バスに乗った避難者の命を危険に晒すかもしれないということ。
命の責任を負った義務。だからこそ、彼も必死なのだ。

けれど、ぼくも引き下がれない。

――ハイン、力を貸してくれ。

( ・∀・)「降ろしてくださらなければ、あなたを刺します」

ナイフを、運転手の眼前へと突きつけた。
ハインのナイフ。無骨で、人を傷つける形をしていて、とても、重たい。

こんなこと、きっと許されない。
けれど、許されなくても、する。ハインのように。

(;"ゞ)「……狂人がっ」


.

196 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:41:26 ID:p7kzx33Y0



ナイトウさんを見つけなければ。
葬儀はさすがに終わっているだろうが、まだ近辺にはいるかもしれない。
探さなければ。そして、シイの居場所を教えてもらわなければ。

「モララー!」

次々と出発していくバスの群れ。
取り残されて未だに出発できないわずかな数台のうちのひとつから、
大声で名前を呼ばれた。シャキンさんだ。シャキンさんが、窓から顔を出していた。

(#`・ω・´)「なにやってんだ、もどれ!」

シャキンは怒っていた。
しかしその怒り方は、いつもの上段から抑えつけるようなものとは違っていた。
おかしな話だが、もっと感情的で、対等な、
同じ人間に向かってぶつける怒りであるように感じた。
けれど、ぼくはそれにも反発する。

( ・∀・)「もどりません!」

(#`・ω・´)「死ぬぞ!」

( ・∀・)「死ぬのはいやです!」

(#`・ω・´)「じゃあもどれ!」

( ・∀・)「それもいやです!」

197 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:42:25 ID:p7kzx33Y0
バスが動き始めた。
タイヤが回り、ゆっくりとホテルの敷地から離れようとする。
シャキンさんが遠ざかっていく。

( ・∀・)「シャキンさん、ぼく、やりのこしたことがあるんです。
      それが何かはわからないけど、でも、だから――
      このままじゃ、帰れないんです!」

すでにシャキンの姿は遠く、ぼくの声が届いているかも定かではなかった。
それでも、ぼくは言い切った。もうここに用はない。
バスとは違う方向で、ホテルの敷地から出ようとする。
が――。

「モララー!」

何かが飛んできた。
固く、黒いそれを、落としそうになりながら慌ててキャッチする。
手の中に、しっかりと収める。

「絶対に持って帰って来い! 帰ったらたっぷり説教してやるからな!
 だからいいか絶対だ、絶対にだぞ――」

シャキンさんの言葉はほとんど聞き取れなかった。
だが、彼の寄越したものは確かに受け取った。

カメラ。

初めてのボーナスで買ったという、彼の相棒。
彼の情熱の、残滓。

198 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:42:57 ID:p7kzx33Y0
首にかける。何故これを寄越してくれたのか。
わかる気もするし、わかってはならない気もする。
今はまだ。そう、今はただ、やるべきことを、やるだけだ。

ナイトウさんを見つけなければ。
覚悟を決める。

――だが、その覚悟は不要なものだった。

(;^ω^)「モララーさん!」

小太りな身体をどすどす揺らしながら、ナイトウが走り寄っていた。
雨のせいで、額を伝うものが汗なのか雨水なのかわからなくなっている。

なぜ彼がここにいるのか。いまはそれもどうでもいい。
モララーはカメラ抑えながらナイトウに駆け寄る。

( ・∀・)「ナイトウさん、よかった。会いたかったんです」

( ^ω^)「それはぼくも同じ、間に合ってよかったですお。
      本当はシャキンさんのつもりでしたが、この際あなたでも構わない」

( ・∀・)「何のことですか?」

( ^ω^)「つまり――」

199 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:43:28 ID:p7kzx33Y0
ナイトウが、何かを取り出した。細長い、円筒状の缶。
殺虫剤などでよくみる形だ。噴射口らしき部分があるのも、同じ。
そしてそれを、ナイトウは、モララーに向けた。

(  ω )「こういうことですお」

冷たい感触が顔にかかった。
瞬間、身体に力が入らなくなり、意識が急激に遠のいた。
意識が途切れる、その直前に見えたのは、ぼくを見下ろす、
ナイトウの顔。何かをしゃべる、ナイトウの顔、だった。

少し、眠っていてもらいますお――。


.

200 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:44:13 ID:p7kzx33Y0



――後は任せた。宜しく挑めお、ドクオ。

――了解致しました。ホライゾン閣下も、どうかご無事で。

話し声が聴こえた。頭に響く。
宿酔いの時みたいだ。酷く痛む。気持ちも悪い。
目を開く。眩しい。吐きそうだ。

('A`)「お目覚めになりましたか」

朦朧とする視界に、男の姿が映り込む。のっぺりとした顔の男だった。
男がコップを差し出してくる。水の入ったコップだ。
それを見た瞬間、酷くのどが渇いていることに気がついた。
躊躇せず、一息に飲み干した。染み渡る冷たさが、意識を一気に覚醒させた。

('A`)「手荒な真似をしてしまい、申し訳ございません。
    我々としてもアジトの場所を知られては不都合がございましたもので」

( ・∀・)「アジト? ここは……」

201 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:44:51 ID:p7kzx33Y0
辺りを見回す。ここは――洞窟、だろうか。
剥き出しの岩盤。天井にはカンテラがかかっている。
薄暗い光。その光が届くぎりぎりの境界線の壁面に、何かが掛けられていた。

似たようなものを、最近見たことがある。
小学校で、役場で。そう、それは、幾丁もの小銃――ライフルだった。

('A`)「ソウサク解放戦線、そのアジトでございます」

ソウサク解放戦線。男は確かにそう言った。
すると、ここが。ハインの言っていた――。

('A`)「お立ちになれますか? ……結構。それではアジトの中をご案内致します」

(;・∀・)「いや、その」

案内される謂れもないというか。
そもそも自分がなぜここに連れてこられたのか、その理由を教えてほしい。
しかし男はぼくの期待する答えを返してはくれなかった。

('A`)「申し訳ございませんが、ナイトウからの言付がございますので」

(;・∀・)「ナイトウ! そうだ、ぼくは……」

202 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:45:21 ID:p7kzx33Y0
ナイトウさん――いや、ナイトウに何かを吹きかけられて、意識を失ったんだ。
そして目覚めたら、ソウサク解放戦線のアジトにいた。

どういうことだ。
ナイトウはソウサクの役人で、政府側の人間じゃないのか。
裏ではテロリストと組んでいたということなのか。
あんな、人の良さそうな顔をして。大統領を神か何かのように崇めておいて。

そういえば、ナイトウはぼくを眠らせる直前、気になることを言っていた。
たしか――『本当はシャキンさんのつもりでしたが、この際あなたでも構わない』。
本当はシャキンさんのつもり、とはどういうことか。

ぼくはシャキンさんの代わりに連れてこられたのか。
ナイトウはいったい、ぼくに何をさせようというのか。

('A`)「私は何も。さあ、こちらです」

こちらの質問には一切答えず、男は歩き出してしまう。
おかしなことになったが、仕方ない。
今は付いて行くしかないだろう。

幸いにも、荷物に手を付けられている様子はなかった。
カメラも首に、無事かかっている。壊れている様子もない。
よかった。もし壊したとなったら、帰国した後が怖い。

203 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:46:02 ID:p7kzx33Y0
迷路のような道を、男の後に付いて歩く。
男はドクオと名乗った後、何もしゃべらなくなった。
必要以上のことは話さない主義なのだろうか。

男が話さなくなった代わりに、周りから声が聞えるようになった。
洞窟の中にはいくつもの部屋があり、そこでは数人の男たちが話をしたりしている。
おそらくはソウサク解放戦線のメンバーだろう。
厳つい顔をした、いかにも戦士然とした男たちが目立つ。

目があった。慌てて逸らす。
男たちがモララーには聞き取れない言語で何かを話している。視線を感じる。
四面楚歌過ぎるこの状況に耐え切れず、ぼくは何も考えないままドクオに話しかけていた。

(;・∀・)「あの……ゴラク語、お上手ですね」

何ともマヌケな質問をしたものである。
もっと聞くべきことはあるだろうに。
しかしドクオは意外にも、この質問の答えに長弁舌を振るって返してくれた。

('A`)「お恥ずかしながら、私も若い時分には”高科レポート”に強い感銘を受けまして。
    彼女の記事を読むうちゴラクという国の文化や歴史にも興味を持ち、
    独学ではございますがお言葉の方も学ばさせて頂きました。

    個人的な考えを申せば、この国はもっとゴラク的なものを
    取り入れるべきだと感じております。俳句、茶、素晴らしい。
    マンガ、アニメ、感動致します。

    なによりもこの美しく、また多様性を持つゴラク語というたおやかな言語!
    この言葉を操る時のこの胸の高鳴りをどうして誰も理解してくれないのかと、
    私は常々――失礼、私としたことがついつい取り乱してしまいました」

204 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:46:32 ID:p7kzx33Y0
(;・∀・)「そ、そうですか……」

('A`)「まとめますと、私はゴラクという国に憧れております。
    ですからモララー様がゴラク人であるというだけで、一定以上の好印象を抱いております。
    あの時代を生きたソウサク人であれば、大なり小なり同じような思いはあるでしょう。
    モララー様に進んで危害を加えるような真似は致しません。
    安全保障としてはやや、弱いかもしれませんが」 

( ・∀・)「はぁ……」

そういわれても、ここに連れてこられた理由も教えてもらえないのだ。
不安が解消されるはずはない。ただ今すぐ何か、例えば拷問される、
などということにはならなそうで、それに関しては少しだけ気が休まる。

ふと、疑問が浮かぶ。
ソウサク解放戦線は、虐げられたシベリア人を
救済するために戦っていると聞いた覚えがある。
それならばなぜここに、ソウサク人がいるのだろう。
シベリア人の組織ではないのか。

('A`)「我々はシベリア人の救済を第一義に掲げているわけではございません。
    数ある目標のうちにその条項が入っているだけで、
    目的はあくまで現政権の打倒、政権転覆にございます」

(;・∀・)「せ、せいけんてんぷくですか……」

205 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:47:07 ID:p7kzx33Y0
大真面目な顔をして、彼は話している。冗談ではないのだ。
現に彼らは、そのための手段として武力を行使しているのだから。
殺し、殺されているのだから。

('A`)「そういうわけですので、我々のメンバーにはソウサク人もシベリア人もおります。
    むしろソウサク人のほうが割合としては多数といえましょう。……さて、着きました」

ドクオが部屋の前に立つ。
そこはアジトの中では珍しく、扉のついた部屋だった。
扉は閉まっている。中は見えない。ここに入れということらしい。
ぼくは促されるまま、ドアノブに手をかけた。

ノブを捻り、正に開けようとしたその瞬間、
開けるよう促した張本人であるドクオに、引き止められた。

('A`)「ひとつ、お聞きしてもよろしいですか」

( ・∀・)「なんでしょうか」

('A`)「あなたは何をするために、この国に残ったのですか」

むずかしい問だった。自分が何をしたいのか。
おそらくは、自分自身が一番わかっていない。
ただ、何かをしなければならないと感じた。
思った。心がそう命じた。そう言う他、なかった。

それでも何か理由を付けるなら、たぶん――。

206 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:47:37 ID:p7kzx33Y0
( ・∀・)「それを見つけるために、残ったのだと思います」

ぼくが無力であることに変わりはない。
けれど無力なぼくにも何か、何かできることがあるかもしれない。
いまは、その思いだけがぼくを突き動かしている。

ぼくの答えに納得したのかどうなのか、ドクオはそれ以上何も言わなかった。
ただ静かに、扉を開けるように促すだけだ。
鬼が出るか、蛇が出るか。今度こそ、扉を開く。

( ・∀・)「………………え?」

そこには、鬼も蛇もいなかった。
こじんまりとしてなにもない、独房みたいに寒々しい部屋。
その部屋の中心に、それはいた。
黙々と、何かをスケッチブックに描いている女の子。

それは――。

(*゚ -゚)「……」

シイだった。
シイがいた。
ぼくの見捨てたシイが、ここに生きていた。

理屈はわからない。なぜか涙が溢れだした。
これが何のための涙なのか、自分でも不思議だった。

207 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:48:13 ID:p7kzx33Y0
シイはこちらに気づいていない。
一心不乱に描き続けている。
あの時と同じように。
ハインが死んだ、あの日と同じように。

それを見て、ぼくは気づいた。
あの時は気づかなかったこと。
シイもまた、戦っていたのだと。
彼女にできる方法で。彼女にしかできない方法で。

( ;∀;)「そのままでいい。少し、ぼくの話を聞いてくれないかな」

彼女は返事をしない。見もしない。
それでもいい。ぼくは勝手にしゃべりだした。

昔。ぼくがまだ小学生だった頃。ぼくには親友と呼べる友だちがいた。
何をするにも二人でつるんで、よくないことなのだけど、
一緒にピンポンダッシュなんかの悪事をしたこともあった。

楽しかった。二人でいれば無敵だって、そう信じていた。
でもぼくは、あいつを裏切った。

あいつはおもちゃを万引きをしようとしていた。
もちろんぼくと一緒に。でもぼくは、怖かった。
万引きは他のいたずらとは違う。バレたら逮捕されてしまうかもしれない。そう思って。

208 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:48:50 ID:p7kzx33Y0
約束を放棄して、ぼくはおもちゃ屋へ行かなかった。
その結果、あいつはつかまった。
ぼくが想像していたように牢屋に閉じ込められることはなかったけれど、
でも、それから、クラス内でのあいつの扱いが変わった。

教科書を隠された。無視をされた。
階段を降りるとき後ろから蹴られたり、給食のカレーに、
泥が混ぜられていることもあった。あいつはいじめられるようになっていた。

担任は止めなかった。
むしろ担任が率先して、あいつをいじめていた。
あいつ一人を悪者にすることで、クラスを団結させているみたいだった。

ぼくは、何もしなかった。
いじめに加わることもしなかったし、止めることもしなかった。
いじめっこの中には、ぼくより体格が大きくて、力のあるやつが何人もいる。
ぼく一人立ち向かったって、何もできっこない。そう思って。
仕方がないと、自分を納得させて。

数ヶ月後、あいつはトラックに跳ねられて死んだ。

あいつの死は、事故ということで処理された。
けれどみんな、薄々勘づいていた。
あれは自殺だったんじゃないかって。もちろんぼくも、そう思った。

209 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:49:24 ID:p7kzx33Y0
だけど、だからどうだというのか。
ぼくは何もしていない。ぼくは何も悪いことはしていない。
ぼくにはどうしようもなかった。あいつの死は仕方なかったんだ。
ぼくは悪くないんだ。

そうやって、自分で自分に言い聞かせた。
自分の無力を正当化した。そうすることが、唯一の手段だった。
自分を許し、すべてを忘れるたった一つの方法だった――。

それじゃあなんで、ぼくはこんなに悔いているんだ。

忘れようとしても、正当化しても、ふとした瞬間にあいつの顔が浮かんでくる。
仕方なかったと、どうしようもなかったと言っても、あいつの顔は消えない。

違ったんだ。
全部、間違っていた。
ぼくは、ぼくは――

( ・∀・)「ぼくは、何かをするべきだった。
      何ができたのかはわからないけれど、何かするべきだったんだ」

210 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:50:04 ID:p7kzx33Y0
本当は、とても怖い。今すぐ逃げ出したい。
もしかしたら五分後には、殺されているかもしれない。
ハインのようになっているかもしれない。

何かをするとはきっと、そうなる可能性も受け止めなければならないことなのだ。
それが怖ければ、逃げたほうがいい。けれどぼくはもう、選んでしまったから。

もう、後悔したくないから。

そして、シイ。
ぼくには君が、その鍵を握っているように思えるんだ。
アニジャから託され、ハインからも託された、君が。
なにより、ハインの死から逃げず、絵を描くという方法で受け止めた君という存在が。

( ・∀・)「ぼくに何ができるのか。それを教えてくれるのは君だって、そんな気がするんだ」

ぼくは詰めた荷物の中から、あるものを取り出した。
シイの意識が、初めてこちらに向いた。
ぼくはそのまま、シイの髪にそれを取り付ける。

211 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:50:37 ID:p7kzx33Y0
( ・∀・)「ようやく、返すことができた」

白い花の髪飾り。
思えばこれを拾わなければ、ハインともアニジャとも会うことはなく、
シャキンさんと共にゴラクへ帰国していたことだろう。
そう考えると、こいつはすごく罪作りな物体なのかもしれない。

けれど、恨みはない。
彼らに出会わなければきっと、この先ぼくが
自分の無力さと向き合うことはなかっただろうから。

……しかし、この先どうしようか。
本当にノープランで来たからな。
何をすればいいのかさっぱりわからない。
ここを抜けだそうにも見張りがいるだろうし、
そもそもぼくがなぜここへ連れてこられたかも――。

モララーがこれからのことについて考えていた、その時だった。
突如、足元を揺るがす大振動が起こった。
剥き出しの天井から、衝撃に耐え切れなかった土塊がぱらぱらと落ちてくる。
反射的にシイに覆いかぶさる。

振動は収まった。何だ、今のは。地震だろうか。
それにしては一瞬のことだったが。
疑問を浮かべたその次の瞬間、再び同じ振動が洞窟内を襲った。

な、なんだこれ!

212 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:51:39 ID:p7kzx33Y0
('A`)「始まったようですね」

扉を開け、ドクオが入ってきた。
その間も振動は断続的に続いているのだが、
ドクオはまるで意に介した様子なく、どこか傍観者然としている。

('A`)「戦争が始まりました。国軍が攻めてきています。
    この振動から察するに、どうやらロケット砲を使われているようですね」

ロケット砲。アクション映画で見たことのあるイメージが、頭に浮かぶ。
あれは確か、戦争帰りの元特殊部隊の軍人が田舎町の警察と問題を起こして、
坑道に閉じこもっていたところを州兵に攻撃された時のシーン……。

確かロケット弾を撃ち込まれた坑道は、見るも無惨に崩れ落ちてしまって……。
あれは映画だ。けれどいま、映画で起こるようなことが、
現実に起きてしまっているのか――。

(;・∀・)「――って、こんな悠長にしてる場合じゃ!」

('A`)「そう簡単に崩落するものでもございませんが、確かにおっしゃる通りでございますね。
    裏道がございますので、ご案内致します。付いて来て頂けますか」

そう言うとドクオは、部屋の隅へと移動した。
簡素なカーペットの端を持ち、それをめくる。
そして床の一部をつかむと――そこが開いた。
そこにあるのは、ぽっかりと開いた暗い穴。
梯子は掛かっているが明かりがなく、底はまったく見えない。

213 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:52:10 ID:p7kzx33Y0
('A`)「足元にお気を付けください。落ちたらただでは済みませんので」

懐から取り出した懐中電灯を付け、ドクオが先行する。
ぼくもそれに続こうとして、はたと気づく。
シイはこの梯子を降りられるのだろうかと。

( ・∀・)「持っておいてあげようか?」

スケッチブックを抱きしめたまま穴の奥を覗き込んでいるシイに、声をかけた。
その胴体ほどもあるスケッチブックを抱えたまま
降りるのは無理があるだろうと思って。

しかしシイは、強い拒絶の姿勢を示した。
これは絶対に、誰にもわたさない。そう言っているようだった。
これでは無理やり取り上げるのもむずかしそうだ。

だがこのままでは、逃げられない。逃げられなければ、死んでしまう。
シイにはスケッチブックを諦めてもらわなければならない。
しかしシイは、どうしても離そうとしない。困った。どうしたものか――。


.

214 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:52:47 ID:p7kzx33Y0



これは、責任重大だ。
モララーは脂汗を垂らしながら、
足を踏み外さないよう慎重に、慎重に、梯子を降りていった。
女の子一人分の重りを、背中に背負いながら。

結局、シイはスケッチブックを手放さなかった。
いまはぼくの背に抱きつき、そのぼくとの接触面を
利用してスケッチブックを固定している。

女の子一人分の重さなど大したことはないと思っていたが、
これが思いの外重労働だった。先行したドクオが足元を
照らしてくれているおかげで、
やっとこさっとこ降りられているような状態だ。

そして何とか、最下層まで辿り着く。
シイがぴょんっと、背中から降りた。
一息吐く。できればこのまま少し休みたい。

しかし、そうも言っていられないだろう。
懐中電灯を持ったドクオの後を追う。
どうやらここは上層と違い、一切の照明が設置されていないようだった。
その為ドクオの照らす光だけが、唯一の道標となっている。

215 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:53:19 ID:p7kzx33Y0
上層からは、振動や爆発、銃声などが絶えず聞こえてきた。
すでに内部にまで攻めこまれているのかもしれない。
そう考えると、こうして自分たちだけ逃げようとしていることに罪悪感を覚える。
メンバーでもないのに、おかしな話かもしれないが。

けれどドクオは、ぼくとは違う。
彼は間違いなくソウサク解放戦線のメンバーだ。
彼はいま、どう思っているのだろうか。

( ・∀・)「あの、ドクオさんはいいんですか、その、戦いに行かないで……」

控えめに聞いてみる。

('A`)「前線には前線で戦うに相応しき者たちが送られております。
    私はモララー様の事を命じられておりますゆえ」

ぼくの事。どういう意味なのだろうか。
ナイトウは何のために、ぼくをここまで連れてきたのか。
このまま外に逃がしては、アジトまで連れてきた意味がないと思うのだが――。

216 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:53:56 ID:p7kzx33Y0
('A`)「……さて、この辺りでしょうか」

ドクオが立ち止まった。
しかしどう見ても、ここはまだ出口ではない。
照らしたライトも闇に飲まれ、先が見通せなくなっている。

どうしたのだろう。訝しがっていると、ドクが何かを取り出した。
影に隠れていてよく見えないが、あの形は――拳銃?



――光が消えた。


.

217 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:54:43 ID:p7kzx33Y0




('A`)「壁に張り付き、隠れていてください。敵です」

真っ暗闇。
ただ光がないというだけで、感覚とはこんなにもあやふやになってしまうものなのか。
こちらに向かって話しかけるドクオの声が、
どこから発せられたのかまるでわからなくなっていた。いや、それよりも。

敵、と、彼はいった。

手探りでシイを探り当てる。いた。
身を屈めながら彼女を誘導し、ドクオに言われた通り
壁があったであろう場所へと身体を張り付ける。

その際、耳を押し付けていた為だろうか。
遠くから響く足音が、振動となって伝わってきた。
規則正しい足音。集団ではない。一人だ。
この足音の正体が、ドクオの言う、敵、なのか。

足音が止まった。

218 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:55:18 ID:p7kzx33Y0
戦闘は、前置きなく始まった。
暗闇の中に銃声が響き渡り、瞬間的な閃光が網膜を灼き尽くすように燃え盛る。
その圧倒的な暴力から逃れるように、モララーはシイを抱きしめ強く固く、目を閉じた。

『ぐっ……!』

銃声の隙間を縫うように、くぐもった声ならぬ声が聴こえた。
それこそが、終わりを告げる合図だった。
銃声は消え、閃光は止み、辺りには耳を突く静寂が満ちた。

どうなったのか。
ドクオは無事なのか。

この一寸先も見えない状況のせいで、確かめに向かうことすらできない。
モララーはどうすることもできず、動けないでいた。
すると、再び、足音が聞こえてきた。

どこから響いているのかはわからない。
しかしそれが着実に、確実に近づいていることだけははっきりしている。
ドクオだろうか。勝利したドクオがこちらを探して、近づいてきているのか。
あるいは――。

――光を、向けられた。
反射的に顔を背ける。

219 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:55:56 ID:p7kzx33Y0
『見つけた』

声が聞こえた。ドクオの声ではない。女の声だった。
ゴラク語ではない、現地の言葉で何かを言っている。
恐る恐る、目を開ける。ライトを掲げた人物の、逆光にさらされたその顔を見る。

知っている、顔だった。
よく覚えている、その顔、その目。
アニジャと同じ、ヒトゴロシの目を持つあの女。
あの無表情に人を殺した女が、口角を歪めて――

川 ゚∀゚)『お前が”代わり”か』

笑っていた。銃を構えて。
そしてその銃口はぼくではなく――シイに向けられていた。

考えての行動ではなかった。ぼくはシイを庇う格好で、
身を乗り出していた。必然、ぼくの身体が銃口の照準を遮る形になる。

歯の根が合わず、口の中でがちがちという音が
恐ろしいほどの勢いで打ち鳴らされている。
激しく脈打つ心臓は口から吐き出してしまいそうだ。
目の前がぼやけて、女の姿が歪む。

そんなぼくを前に、女は例のあの、無表情にもどっていた。
無表情のまま、感情のない声で、つぶやいた。

川 ゚ -゚)『ゴラク人は嫌いだ。お前も死ね』

目をつむる――。


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220 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:56:33 ID:p7kzx33Y0



「借りが――」

その男は、いつも突然現れた。

圧倒的な力を振るい――

「増えたな――」

相対するものをなぎ倒す。

そう、その名は――

( ´_ゝ`)「モララー」

( ・∀・)「アニジャ!」

221 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:57:03 ID:p7kzx33Y0
アニジャがいた。
女の前で、立ちはだかるようにして立っていた。
無表情のよく似た顔が、同じ瞳が、真正面から睨み合っている。
女はアニジャにしか意識がいっていないようだった。
逃げるなら、今しかない。

('A`)「モララー様、こちらです!」

ドクオの声が聴こえた。生きていたのか。よかった。
ぼくはシイの手を掴み、彼女を連れてドクオの方へ逃げようとする。
しかしシイはアニジャの方を向いたまま、動こうとはしなかった。

(;・∀・)「シイちゃん、行こう!」

強引に、シイの手を引っ張る。
その時、アニジャが何かつぶやいた。
シイからの抵抗が、さらに強まる。
ぼくはそれを無視し、力づくでシイを引っ張っていった――。




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