-
67 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:41:47 ID:Yy.5GAU.0
-
―― ( ´_ゝ`) ――
( ´_ゝ`)「座れ」
少女は言われたとおり、丸椅子に腰掛けた。
話が通じるだけ先程より落ち着いたのだろうが、
未だに心はここに非ずといった様子だ。
彼女はなぜ、あんな所にいたのか。
俺から逃げようとした――部屋から抜け出た彼女を探している間は、
その可能性も考慮した。
だがあの場所で彼女を見つけた時、その考えが間違いであったことを確信した。
彼女の瞳には俺のことなど映ってはいなかった。
彼女はただ、母親を探していたのだ。
死を、受け入れることができずに。
-
68 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:42:48 ID:Yy.5GAU.0
-
( ´_ゝ`)「見ろ」
封の切られていない、買ってきたばかりで新品のトランプを
テーブルの上へ扇状に広げる。背の側を上に向けているため、
このままではどれが何のカードかはわからない。
( ´_ゝ`)「好きなカードを引け。ただし俺から見えないようにな。
引いたらそのカードの絵柄と数字を覚えるんだ」
どこか遠くへ飛んでいた少女の意識が、少しだが俺の方へ向いた。
今はそれでいい。俺はテーブルの上を二、三回ノックし、もう一度彼女をうながす。
彼女の手が、一枚のカードをつかんだ。慎重な手つきでそれを自分の目の前に持って行き、
じっと凝視する。覚えたか? そう尋ねると、彼女はこくりとうなずいた。
( ´_ゝ`)「それならそのカードを、この扇の中へもどしてくれ。
どこでも好きなところで構わない」
彼女の手がトランプで造った扇の前で揺れる。
どこにするか迷っているのであろう。
やがて左端から僅かに内に寄った場所へ、カードをしまった。
それを確認し、アニジャは束に戻す。シャッフルする。
入念に、よく混ざるように。彼女の入れたカードがどこにあるのか、
判別できなくするために。
やがてシャッフルを終えたアニジャは、
束にしたトランプをテーブルの上に置いた。
そして一番上のカードを、少女からは背の側しか見えないような取り方でめくる。
-
69 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:43:47 ID:Yy.5GAU.0
-
( ´_ゝ`)「いまからこの種も仕掛けもないトランプを、
ワン・ツー・スリーの掛け声とともに
どこか別の所へ瞬間移動させてみたいと思う。
さあ、身を乗り出して、よく見てくれ。
いくぞ……ワン・ツー・スリー!」
ぱんっと、両てのひらがカードを挟んで音を鳴らした。
そこから間を開けず、手を開く。そこにはもう、カードは消えていた。
少女は不思議そうにてのひらを見つめている。
アニジャはその視線を誘導するように、彼女の右ポケットを指差した。
恐る恐るといった様子で、彼女がポケットに入ったそれを取り出す。
トランプのカード。その表に描かれた絵柄と数字を見た途端、彼女の目が丸くなった。
( ´_ゝ`)「ハートのクイーン。さっき選んだカードで間違いないな?」
どうして、どうして。
カードをひっくり返して表や裏を何度も確認している彼女の姿は、
どんな言葉よりも雄弁にアニジャの指摘が正しかったことを証明していた。
-
70 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:44:56 ID:Yy.5GAU.0
-
未だ信じられないといった様子で戸惑っている彼女の注目を集めるように、
アニジャは人差し指を立てて彼女の目のすぐ前まで持ってきた。
彼女の視線が集まる。そしてそれを、今度は彼女のヒダリポケットへ向ける。
彼女が慌てて左ポケットを確認する。
そこには、何十枚も重なったトランプの束がいつの間にか潜り込んでいた。
どうしてと彼女が見上げたそこにもまた、驚きが待っていた。
どうしたことか、テーブルの上には、トランプで組み上げられた塔が
積み重なっていたのである。高く積み重なったそれは、
彼女の背と同じほどにはあった。
何をどう驚いていいのかわからずむしろ呆然としてしまった少女が、
アニジャを見上げた。アニジャはその目、口、表情を見てから、口を開く。
( ´_ゝ`)「違う。俺は魔法使いじゃない」
少女が両手で口を抑えた。
どうして、どうして『考えていたこと』がわかるの、といったように。
( ´_ゝ`)「昔、そういう訓練をしていたことがある。ただの技術だ。
だがこれくらいはわかる。……お前の名前は、シイだな?」
少女はゆっくりと、わずかに、
けれどそれと分かる程度に首をうなずかせた。
( ´_ゝ`)「そうか、シイ。そうか――」
-
71 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:45:41 ID:Yy.5GAU.0
-
アニジャは少女――シイの方に努めて視線を外し、
トランプタワーを片付けながら、なるべく素っ気なく、
感情を込めずに、言った。
( ´_ゝ`)「よくがんばったな、シイ」
きょとんとしていた。
徐々にゆがんだ。
声は上げなかった。
声を上げずに、涙を流した。
声を上げずに、嗚咽を漏らした。
ようやく泣くことができた彼女のために、
アニジャはずっと、トランプマジックを披露し続けた。
何時間も、何時間でも――。
.
-
72 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:47:12 ID:Yy.5GAU.0
-
―― ※ ――
「いいですか、半年です。私たちは半年かけて調査を進めてきたのです。
あなた方の無思慮なこの行いのせいで、すべてが台無しですよ」
「こいつらは西側の工作員と内通していたのだ。
KGBにはそうした資本主義者を速やかに処分する権利と義務がある」
悪びれた様子もなく、KGBのチームリーダー、ヨコホリ中尉が楯突いてくる。
しかしこちらも引き下がる訳にはいかない。この調査には人も時間も、
貴重な資金も大量につぎ込んだ。KGBの介入により反故になってしまいました……では済まされない。
誰かの首を飛ばす必要がある。
そしてその対象が、俺であってはならない。
「ここの家族が西側とつながっていたことは、
人民管理委員会でも当然把握しています。
ですが内通者はこの一家だけとは限らない。
疑いのあるものだけでも三世帯。
水面下ではさらに五世帯ほどが西側の影響を受けていると、私たちは予測しています。
この資本主義の豚どもを芋づる式に引っ張り上げる計画を、私たちは立てていたのです。
それをあなた方が目に見えるイモだけをつかんで、根っこの在り処を見失わせてしまった。
この失態の責任、どう付けて頂くおつもりですか」
「それは我々の管轄外だ。諸君らの努力不足のツケを、
こちらになすりつけないでもらおうか」
-
73 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:47:53 ID:Yy.5GAU.0
-
管轄外と来たか。
あくまで自分たちに落ち度はないと言い張るつもりのようだな。
いいだろう。そっちがその気なら、こちらにも考えがある。
「ヨコホリ中尉、突入の前には当然中央への確認と報告を入れたのですよね?」
「無論だ。国内において銃火器及び爆発物を扱う場合、
中央管理総局へ事前に連絡する。それが規則だ」
「ならばその中央管理総局がE地区への軍事的介入行為を
禁止されていることは、当然ご存知のはずだ」
「なんだと?」
ヨコホリが部下に命令した。
命令された部下は慌てて中央と連絡を取り、
その結果をヨコホリに耳打ちした
ヨコホリの顔が、怒りで赤く染まった。
-
74 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:48:51 ID:Yy.5GAU.0
-
「貴様! でたらめを教えたな!」
まぬけめ。
怒るポイントがひとつもふたつもずれていることにも気が付かないとは。
俺はこの時内心、ほくそ笑んでいた。
「ええ、でたらめです。ですがあなたの態度は本物でした。
中尉、あなたは突入前の確認と報告を怠り、規則を破りましたね」
「そ、それは……だが、我々の行動は連邦の未来を思ってのものだ。
非難される筋合いはない!」
実際の所、KGBのみならずほとんどの管理局が、慣例的に独断で任務を遂行している。
もちろん中央がそれを知らないはずはなく、
事実上黙認されているのが現状なのである。だが、それでも――
「規則は規則です。あなたは規則を破った上に、
このオオカミ連邦の不利益になる失態を犯した」
「しょ、証拠はない!」
「証拠など、あなたの疑わしい態度と行動だけで十分です。
私たちは裁判をしているわけではないのですから。
疑わしきは罰せよ。これが連邦の基本法則であり、
あなたは連邦に対する許されざる背信行為を働いた。これが唯一の事実――」
-
76 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:51:09 ID:Yy.5GAU.0
-
「中尉!」
俺の話を遮って、KGBの職員がこの場に躍り出てきた。
その後ろには、血に塗れた少女が拘束されている。
まだ四歳か五歳程度の、小さな少女だ。
「床下に隠れていたところを発見致しました。
どうやらここの末の娘のようです」
「そうか。ではそいつはKGBが――」
「人民管理委員会が預からせて頂きます。
あなた方に預けても、無意味な拷問で
情報一つ吐き出させないまま殺してしまいそうですから」
俺は部下の局員に、その少女を移送するよう命令する。
この少女を連れてきたKGBの職員が悔しそうにしていた。
勝った。
俺の勝ちだ。
こんなガキから情報が引き出せるとは当然思っていないが、
少なくともひとつの成果として報告することはできる。
ガキは嫌いだが、どんなものでも使い方によって益にも害にもなることを俺は知っていた。
-
77 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:52:01 ID:Yy.5GAU.0
-
少女が連れて行かれるのを見届けた後、最後に俺は、
渋面を浮かべるヨコホリ中尉へ忘れずに止めを刺しておく。
「いずれにせよ、この件は中央へ報告させて頂きますので、そのつもりで」
ヨコホリ中尉の渋面が、さらに歪んだ。
「我々は職務を忠実に遂行しただけだ。疚しいところなど何もないぞ!」
「それは中央が判断してくださることです。
もはやあなたと話すことなどありません。私たちは引き上げさせて頂きます」
そう言って、部下へ引き上げの命令を出す。
まだ死体が転がったままの部屋から出ようとした時、
背後から、恨みがましい声が聞こえてきた。
「ソウサクの未開人が……!」
.
-
78 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:53:45 ID:Yy.5GAU.0
-
オオカミに送られてからすでに、十二年の月日が経っていた。
里親と称しながら一日に一杯のスープしか寄越さないことも
ざらなババアの下から逃げ出し、ソウサク人の身で
人民管理委員会に配属されるという異例の大出世を遂げることも出来た。
この国に来た時の、みじめな俺はもういない。
俺はこの国の中で確固たる地位を築き、成功を続けている。
だが、まだまだだ。まだまだこんなものではない。
もっと上へ。もっと上へ行く必要がある。
俺を捨てた奴らを見返すためには、
こんな中途半端な位置で満足する訳にはいかない。
トップだ。
オサム党首に代わり、俺がオオカミ連邦共産党党首になってやる。
それこそが俺の野望であり、この国への、故郷への、両親への、兄弟への復讐なのだ。
兄弟。
俺には十五人の兄弟がいる――らしい。
らしい、というのは十五人の内一人以外顔を合わせたことがないからだ。
そのうちの七人は、今もソウサクでヌクヌクと暮らしている。
残りの八人は、みなオオカミへ送られた。
この七人と八人を分けたものは何か。母親だ。
この七人の母親は、ある男の正式な婦人として宮殿で暮らしている。
つまりそれ以外の八人は、妾腹の子というわけだ。
種だけを同じくする、腹違いの兄弟たち。
生まれた腹が違うという理由だけで、祖国から程遠いこのオオカミへと捨てられた俺たち。
-
79 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:54:31 ID:Yy.5GAU.0
-
風の噂で聞いた所によると、ここへ送られた兄弟は
そのほとんどが死んでしまったらしい。
環境に適応できなかったり、里親に虐待されたりと原因は
様々に想像できるが、ひとつだけはっきりしていることがある。
彼らは負けたのだ。負けたから、死んだ。
……俺は違う。
俺は誰にも負けない。
勝ち続け、勝ち続け、勝ち続けて――俺だけが、生き残ってやる。
そして、あいつにも。
あいつ。
十年前のあの雪の夜、俺に劣等感を植えこんだ、あいつ。
あの日以来、あいつに会ったことはなかった。
もしかしたらあいつも、他の兄弟同様死んでしまったのかもしれない。
その可能性は十分にある。気づかない内に、俺が勝利していたという結末。
……できることならば、それは避けたかった。
やつとは直接対峙し、その上で勝ち負けをはっきりさせてやらなければ気が済まない。
そして認めさせてやるのだ。あいつに、俺の価値、力を――。
だが、それはまだ先の話だ。
いまは目の前の仕事を片付けていくことに専念する。
ひいてはそれが、オレの野望の一助と鳴るのだから。
そう、俺はその時まで、本心からそう思っていたのだ。
それは突然訪れた。
-
80 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:55:19 ID:Yy.5GAU.0
-
「KGBはお前にスパイ容疑をかけた。
今から家宅捜索をさせてもらう。
異議があるなら書類を作成後、三日以内に申請部へ送ってくれ」
男がそう言うと、部下らしきKGBの職員が三人、
許可もなく部屋の中へ押し入ってきた。
KGBの報復だ。ヨコホリ大尉の処分に納得できず、
俺――というより、人民管理委員会にも同じ恥を着せようという魂胆なのだろう。
当然、この程度の返報は予想していた。後ろ暗いところは何もないし、
仮にこいつらが証拠を捏造しても、中央にはすでに根回しをしている。
ぬかりはない。この程度の捜索などで、動揺することはなかった。
だから、俺が動揺したのは別のことが原因だった。
あいつだった。
俺の目の前に立つこの男こそ、あの雪の日、
俺にコンプレックスを植えつけた張本人の、あいつだった。
KGBに所属していたのか。
-
81 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:55:51 ID:Yy.5GAU.0
-
「何も見つかりませんでした!」
「ごくろう。お前たちは下がっていい」
男の一声で、職員たちはさっさと部屋から出て行った。
後には俺と、男だけが残された。俺は努めて冷静に、
他のKGB職員と戦う時のように男へ話しかけた。
「で、疑いは晴れたのですか?」
「いや、まだだ」
どうしてもぎこちなさの抜けない俺の態度を切って捨てて、
男は部屋の中へと入っていった。そして家具や、ベッドや、
ソファーなどを物色し始めている。
「何を?」
「悪くない。この広さなら住めそうだ」
「住む?」
「そうだ。監視のため、しばらくここで暮らす。
貴君に拒否権はない。これはもう決定したことだ」
-
82 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:56:33 ID:Yy.5GAU.0
-
そう言って男は、俺に紙切れを渡してきた。
その紙切れには確かに、男が俺を監視するために同居する旨が書かれており、
あろうことか人民管理委員会会長のサインもきっちりとしたためてあった。
会長がこの決定を是としたならば、
俺の権限でこれをひっくり返すことはできない。
紙を持つ手が震えそうになる。
それに、この紙切れにはさらに気になることが書いてあった。
男の監視する対象が、俺一人ではないのだ。
それにこの名前は、つい先日――。
「来い」
男の声に呼応して、この場にそぐわない程に元気の良い
「はーい!」という返事が聴こえた。それと同時にとてとてとてと、
これまた元気の良い足音を響かせて、一人の少女が入ってきた。
少女は、先日KGBと争った時に確保した娘だった。
何でこんな所に。俺が抱いたその疑問には、男がわかりやすい回答をくれた。
「この子はうちで預かることになった。
労力を考え、お前と一緒にここで監視させてもらう。
言うまでもないが、人民管理委員会からの許可は取っている。確認してもいい」
-
83 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:57:13 ID:Yy.5GAU.0
-
その必要はないだろう。
ここまで周到に仕組まれているのだ、これはもう、受け入れるしかない現実だ。
そうやって自分を納得させようとしていると、ズボンが引っ張られていることに気がついた。
少女が俺の脚を引っ張っていた。
「あそこがいー!」
少女の指差した先は、この部屋で唯一のベッドが置かれている場所だった。
「勝手にしてくれ……」
何だか酷く疲れてしまった俺はもうどうでもいい気分になって、
少女の願いを聞き届けた。しかし俺が言い終わるよりも早く少女は駆け出し、
ベッドに向かってダイブしていた。
ため息を吐く俺の隣に、男が立っていた。
「そういうわけだ。これから宜しく頼む」
「たのむー!」
「……お手柔らかに、頼む」
そう、その日が始まりだった。
その日から、オレと、アニジャと、クーの生活が始まったんだ。
.
-
84 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:58:16 ID:Yy.5GAU.0
-
―― ( ・∀・) ――
この国に来てから、十日が経った。
あの事件――ハインによる脅迫事件からは、一週間が経過している。
( ・∀・)「シャキンさんも人使いが荒いよなあ、まったく」
今日のモララーは昼飯の買い出しに、外へ出ていた。
実際の所食事はホテルが用意してくれる分だけで十分まかなえるのだが、
「屋台の飯を食わなきゃこの国来た意味がねぇ!」というシャキンさんのお言葉で、
市場まで一人で来ることになってしまったのだ。
そんなに言うならシャキンさんが行けばいいのに。
できたても食べられるし。そう思いはするものの、口にはしない。
もうアイアンクローはこりごりである。
本音を言えば四六時中シャキンさんと一緒にいるのも息苦しいので、
外に出てハメを外すことができるのはむしろ歓迎すべきことなのだ。
本来ならば。
やはりまだ、外は怖い。
またこの間みたいな目に合うのではないかと、心配になる。
ナイトウさんが市街地からでなければ大丈夫と太鼓判を押していたが、怖いものは怖いのだ。
まあいいや。
さっさと適当なものを見繕って、帰ろう。
-
85 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:59:06 ID:Yy.5GAU.0
-
商店街をぶらぶらと歩く。一口サイズのコロッケみたいな揚げ物。
ムール貝に炊き込みご飯を敷き詰めた料理。三角に切ったカステラのようなお菓子に、定番のケバブ。
他にも色々と、少し回っただけで山のような食品を売っている店がいくつも見られた。
活気もすごい。ゴラクでは中々見られない光景だった。
この国で飢えて死んでいった人がいるなんて、信じられない。
政権が変わり、この国は本当に良い方向へ変わったんだなと、素直にそう思った。
ナイトウも、この国の大統領――オトジャという人物をずいぶん尊敬しているようだったし。
そんなことを考えていると、少しだけ気分が良くなってきた。
目についたおいしそうなものを買食いする。おいしい。
ナイトウの気持ちがわかるような気がした。角を曲がる。
引き返した。
見てはならないものがそこにある。そんな気がしたのだ。
いや、気のせいかもしれない。はっきりと見たわけではないし、
たぶん、外への恐怖心が錯覚を起こさせたんだ。ははは。
生唾を飲み込む。
そしてモララーは、そろーっと、角から首だけだした。
引っ込めた。
-
86 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:59:45 ID:Yy.5GAU.0
-
いた。
今度は間違いない。
あいつがいた。
あの日空から降ってきた、人殺しの目をしたあの男がいた!
あの男が普通に買い物をしていた!
……いや、よくよく考えればあの人からは何の危害も加えられていないのだけど。
むしろ助けてもらったようなものだし。
……なんでぼく、隠れてるんだ?
モララーはもう一度、身を乗り出して曲がり角を覗いてみた。
だがそこに、男の姿はなかった。
もう行ってしまったのだろうか。
ほっとするような、そうでもないような、何ともいえない感覚にモララーが戸惑っていると――
背後から、強烈な気配を感じた。
-
87 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:00:34 ID:Yy.5GAU.0
-
( ´_ゝ`)「……」
(;・∀・)「ひぃ!」
いた。男がいた。怖い。やっぱり超怖い。
というか何を考えているのかわからない。
何で背後にいたの。どうすればいいの。
と、とりあえず、挨拶しておく?
(;・∀・)「あ、あっさらーむ、あれい、こむ?」
( ´_ゝ`)「……この前のゴラク人か」
ご、ゴラク語?
そういえばこの前も、去り際にゴラク語を話していた気がする。
もしかしたら、話は通じるのかも。
不思議なもので、言葉が通じるかもしれないと思っただけで大分、
恐怖心が薄れた。この前はそれで痛い目を見たというのに。
( ´_ゝ`)「……」
モララーが何も話さないでいると、男は背を向けて歩き出した。
男の背中が離れていく。
(;・∀・)「あ、ちょ、ちょっと待って!」
男が振り向いた。
……何でぼく、呼び止めたんだ?
自分の行動が、自分で解せない。
しかし呼び止めてしまった以上、何かしなければならない。
な、何を、何をすれば?
……そうだ。
-
88 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:01:13 ID:Yy.5GAU.0
-
(;・∀・)「……あの、これ、食べます?」
シャキンのために買っておいたケバブを、男の前につきだした。
あれ、つい最近も似たようなことをした気が……。
男はケバブをじっと見つめていたが、
やがてそれから視線を外し、その抑揚のない声で話しかけてきた。
( ´_ゝ`)「ゴラク人。お前、絵は描くか?」
( ・∀・)「絵?」
.
-
89 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:01:53 ID:Yy.5GAU.0
-
( ・∀・)「ダメですね。ここにも置いてませんでした」
( ´_ゝ`)「そうか……」
相変わらず声にも表情にも感情というものが乗らないせいで、
何を考えているのか読み取れない。
が、心なしか、どこか残念がっている――ように聞こえる。
思い込みかも知れないが。
あの後。ケバブを受け取り拒否された後。
モララーは男から、画材道具を売っている店を知らないかと訊かれた。
申し訳ないけれど、と、知らないことを伝えると男はすぐまたどこかへ行こうとした。
モララーはまた引き止めた。
自分でも不思議なのだが、この男に何か、用事があったような気がしたのだ。
引き止めたモララーは、男に提案した。
「ぼくもいっしょに探しましょうか」と。
男は最初こそ拒否してきたものの、強くは否定してこなかった。
だからぼくは、ハインたちから助けてもらったお礼という名目で、
画材探しを手伝うことにしたのだ。軽い気持ちで。
-
90 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:02:31 ID:Yy.5GAU.0
-
が、この仕事は思った以上の難業だった。
商店街に並ぶ店を虱潰しに見ていったのだが、
これがまるで、ぜんぜんない。筆の一本すら置いていない。
何とこの商店街に並んでいる店の八割近くが、
飲食関係の店だったのだ。入っても入っても、
いい匂いをさせた料理と対面するばかり。
そして最後の一件を、ついさっき見終わったところだった。
結果は、言うまでもない。
( ・∀・)「何かすいません、お役に立てず……」
男は何も言わなかった。
怒っているわけではないと思うが、表情がないので考えていることがわからない。
彼に対し何の用事があったのかも思い出せないことだし、
もう立ち去るべきなのかもしれないが……。
それじゃ、さよなら!
……とも、言い難い。どうしよう。
モララーは思案に暮れた。
すると、その思案をぶち壊すようなのんきな声が、
市場の方から聞こえてきたのである。
「あ〜、おいしいお〜。おいしすぎるお〜。
どれもこれもおいしすぎだお〜、生きててよかったお〜!
おお〜ん!」
両手いっぱいに抱えた雑多な食べ物をほうばりながら、
その男はのっしのっしと歩いていた。小太りな身体を揺らし額から
滝のような汗を流しているその姿は、一度見れば間違いようがない。
そう、この人は――
-
91 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:03:20 ID:Yy.5GAU.0
-
( ・∀・)「ナイトウさん!」
ナイトウさんだった。
モララーの呼び声にナイトウも気づいたらしく、
抱えた食べ物を落とさないよう器用にバランスを取りながら、
小走りで駆け寄ってきた。
( ^ω^)「モララーさんじゃないかお! ちょうどいいところで会いましたお!」
( ・∀・)「ちょうどいいところ?」
( ^ω^)「そうですお。シャキンさん、かんかんになってましたお?」
(;・∀・)「げ、マジですか?」
( ^ω^)「ですおですお。だから早く帰ったほうがいいですお。
……ところで、そちらは?」
食べる手は止めずに、ナイトウはモララーの
背後に立っていた男のことを尋ねてきた。
( ・∀・)「ああ、実はちょっと事情があって……」
モララーは男とともに画材道具を探しまわっていたことを説明する。
何件も回ってはみたものの、それらしい店がまったく見つからなかったと。
話を終えた時にはもう、ナイトウの手から一切の食べ物はなくなっていた。
ナイトウは名残惜しそうに、手についたカスをなめとった。
-
92 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:03:59 ID:Yy.5GAU.0
-
( ^ω^)「あー、それはここらじゃ売ってないですお。
ちょっと表から外れないと……。よければ、ボクが案内しましょうか?」
( ・∀・)「え、いいんですか?」
( ^ω^)「それくらいおやすい御用ですお!」
ナイトウが、ぽよんという音がしそうな胸を自信満々に叩いた。
この様子なら、任せてしまって問題無いだろう。
モララーは興奮気味に、男の方へ振り向いた。
( ・∀・)「よかったっすね、画材見つかりそうっすよ!
……ええっと」
( ´_ゝ`)「アニジャだ」
男は言った。アニジャ。それが彼の名前なのか。
彼はただ名乗っただけだったが、その声は少し弾んでいるような気がした。
気のせいかもしれないが――いや、これは気のせいではないだろう。きっと。
( ´_ゝ`)「世話になったな、ゴラク人。この礼はいつか必ず」
ナイトウについて商店街の奥へと消えていく背中を見送る。
その姿が見えなくなる直前、モララーはひとつ言い忘れたことを思い出し、
彼に聞こえるよう大きな声で叫んだ。
( ・∀・)「モララーっすー!」
-
93 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:04:39 ID:Yy.5GAU.0
-
……さて、ぼくものんびりはしてられない。
ホテルを出てからゆうに一時間は経過しているだろう。
ホテルで待つあの人のことを考えると……想像するだに恐ろしい。
モララーは走りだした。人の波を縫って、ホテルに向かい一直線で。
その途中だった。一件の露店が、店先に花を飾っているのを見て、思い出した。
そうだ、髪飾り。
あのスケッチブックの女の子。
アニジャはあの子を連れて行った。
それを記憶していたから、用事があるような気がしていたのだ。
失敗した。髪飾り、アニジャに持って行ってもらえばよかった。
……けどまあ、いいか。まだもうしばらくはこの国にいるんだ。
そのうちまた、ばったり出会うかもしれない。機会が来たら、その時渡そう。
とにかくいまは、急いでホテルへ帰らないと――。
ホテルへもどったモララーを待っていたのは、頭を締め付ける有機的な万力だった。
買ってきた食料がすでに冷め切っていたことを知られると、頭を締め付ける威力が二倍に跳ね上がった。
その日、その時間。ホテルの中庭でくつろいでいた旅行客たちは、一斉に上階の一室を見上げた。
.