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94 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:05:34 ID:Yy.5GAU.0
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(#`・ω・´)「もたもたしてんじゃねえ、おいてくぞ!」
(;・∀・)「ま、待ってくださいよシャキンさ〜ん!」
荷物をかつぎ、ホテルの前に止まったタクシーへ乗り込む。
まだ扉を閉め切ってもいないのに、
シャキンさんが運転手のおじさんに発進を促していた。
慌てて椅子に座り、シートベルトを締める。
(#`・ω・´)「もし間に合わなかったらてめぇ、
その頭に二度と戻らねぇ陥没くれてやるからな!」
(;・∀・)「そ、そりゃないっすよ!
もとはといえばシャキンさんが時間を間違えて覚えてたせいなのに!」
(#`・ω・´)「うるせぇ!」
シャキンの大声に驚いたのか、運転手がアクセルを強く踏み込んだ。
がくんっとゆれた車は、猛スピードで赤信号を抜けていった。
行き先はソウサク小学校。
今日はそこで、オトジャ大統領が子供たちとの答弁会を開く予定になっていた。
その取材をするためにいま、タクシーに乗っている。
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95 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:06:13 ID:Yy.5GAU.0
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( ・∀・)「シャキンさん。オトジャ大統領って、どんな人なんですか?」
(`・ω・´)「あ?」
不機嫌そうな声を上げながら、首から下げたカメラを磨いている。
型はだいぶ古いようだがお気に入りらしく、
シャキンさんはこれをいつも持ち歩いていた。
一度、シャキンさんには無断で、勝手に触ったことがある。
誓って言うが、別に盗もうとか、これで写真を撮ろうとか思ったわけではない。
ただ少し、本格的なカメラというものを初めて見た好奇心で、
それを手に持ってみただけなのだ。
人生で初めてアイアンクローを喰らったのは、
その直後のことだった。それからは何があろうと、
シャキンさんのカメラには近づかないようにしようと心に決めている。
シャキンさんはそのカメラを窓の外に向けながら、
ぼくの方を見ないまま疑問に答えた。
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96 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:07:05 ID:Yy.5GAU.0
-
(`・ω・´)「そうだな。一言で言えば有能な人物だ。ナイトウさんも言っていたとおり、
十三年前の革命を成功させた立役者であり、それから現在に至るまで
大きな混乱もなくこの国を統治し続けてきた実力者でもある」
( ・∀・)「やっぱり、すごい人なんすね」
(`・ω・´)「やっぱり?」
( ・∀・)「だってそうじゃないっすか。いまの話もそうっすけど、
市場だって実際に見たらすごい活気で圧倒されましたし。
ちょっと前までは食べ物がなくて飢え死にする人がいっぱいいたんでしょ?
素直にすげーって思いましたよ、ぼく」
(`・ω・´)「まあ、そうだな。GDPの面から見ても、
オトジャ政権がこの国を豊かにしたことは疑いようのない事実だ」
( ・∀・)「……何か、歯切れが悪いっすね」
シャキンがカメラを切った。
シャキンが写真に収めたものを見ようと、モララーは首を伸ばす。
そこにはいつか不思議に思った、山岳の宮殿がそびえていた。
(`・ω・´)「モララー、ひとつ忠告しておく」
(;・∀・)「な、なんすか改まって。怖いなぁ」
(`・ω・´)「ナイトウさんの言葉をあまり鵜呑みにするな」
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97 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:08:26 ID:Yy.5GAU.0
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( ・∀・)「ナイトウさんの言葉?」
(`・ω・´)「モララー、お前、この国の経済を支えてる資源が何か知っているか?」
むぐっ。
言葉に詰まる。知らないといったら、また怒られるのではないかと思ったからだ。
しかし、知らないものは何をどうあがいても知らない。
モララーは婉曲に、不勉強なものでとだけ答えた。
だが意外なことに、シャキンは苛立つ素振りもみせず、
素っ気なくその質問の答えを言葉にした。
(`・ω・´)「ウランだよ」
( ・∀・)「うらん? ……ウランって、核爆弾の燃料とかになる、あの?」
(`・ω・´)「爆弾とは限らないが、まあそうだ、そのウランだ。
この国の南部には大規模なウラン鉱山がいくつもある。
このウラン鉱山が屋台骨となって、この国の経済は回っている。
……そしてこの鉱山で働いているのは、その九割以上がシベリア人だ」
( ・∀・)「え、何でそんなに偏ってるんです?」
(`・ω・´)「法律で生活区域を制定しているからだ。
被曝の恐れのない安全な地域にはソウサク人が、
危険な南部はシベリア人が、といった具合にな。
南部は山岳地帯のど真ん中にあるため、
鉱夫になるくらいしかまともな給料を得る術はない。
管理会社の人間以外、必然的にシベリア人でいっぱいになる寸法ってわけだ」
(;・∀・)「被爆って……」
-
98 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:09:38 ID:Yy.5GAU.0
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予想もしていなかった単語に、言葉を失う。
しかしシャキンの話はまだ、終わってはいないようだった。
(`・ω・´)「ウランってやつは厄介なものでな、
加工しようが処理しようがそう簡単に
放射線を抑えられるようにはできていない。
ましてここの鉱山ではコストを下げるため、
廃棄物は居住区のすぐそばでほとんど野ざらしのまま捨てられている。
二次被曝、三次被爆が当たり前の状況だ。
そんなわけだから、シベリア人たちは次々と、特に働き手の父親から死んでいく。
すると食べていくことができない。残された家族は食料の豊富な北へ逃げる。
しかし法律で生活区域を制定されているため、
まともな職につくことはできない。結局は売春か、物取りか、
追い剥ぎといったヤクザな暮らしを送るしかなくなる。
そんな生活、長続きはしない。結局のところ、そう遠くない内に死ぬ。
それがこの国の裏の顔だ。このソウサクの豊かさは、
そういった生きるか死ぬかの世界で暮らしている者の支えで成り立っているんだ」
シャキンの言葉を聞きながら、モララーはある一人の少女のことを思い出していた。
ハイン。かわいらしい顔をして近づき、死ぬほど怖い目に合わせてくれたあの女の子。
あの子もそういった、”生きるか死ぬか”の世界の住人なのだろうか。
あの子もそう遠くない内に、死んでしまうのだろうか。
その想像は、何か、すごく、いやな重りを、モララーの腹の内に落とした。
( ・∀・)「なんで、そんなことを……」
(`・ω・´)「憎いからだ」
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99 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:10:29 ID:Yy.5GAU.0
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思わず漏れた独り言を、シャキンは拾った。
憎いから。事も無げに、彼はそう言い放つ。
(`・ω・´)「怖いから、とも言い換えられるかもしれないな。
チチジャ政権時代は逆に、今のシベリア人の暮らしをソウサク人が強制されていた。
ナイトウさんも言っていただろう。かつてソウサク人は、シベリア人の奴隷にされていたと。
彼らはもう二度とごめんなのさ。自分たちの今の暮らしを、
シベリア人に取って代わられるなんて。そのためには、”多少の”統制は仕方ない。
例えシベリア人にその気がなくとも、な」
(;・∀・)「そんな……。で、でもそれなら、逃げちゃえばいいじゃないですか!
こんな国捨てて、どこかもっと安全に暮らせる所へ!」
大声を上げて反論する。ぼくはムキになっていた。
どうしてかはわからないけれども、納得したくなかったのだ。
そんなぼくの様子に訝しみながらも、シャキンさんは話を続けた。
(`・ω・´)「どこへ?」
(;・∀・)「どこへって……。そ、そうだ。シベリアへ帰ればいいじゃないですか!
元はシベリア人なんだし!」
(`・ω・´)「残念ながら、それはできない」
(;・∀・)「どうして!」
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100 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:11:46 ID:Yy.5GAU.0
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(`・ω・´)「ヴィップとオオカミの代理戦争が行われたシベリアは、
現在ヴィップの衛星国として民主主義国家となっている。
だが、それは名目だけで、実態は単なる独裁政治が支配する国だ。
そしてシベリアの大統領であるニュッ・ニュークは、
祖国を捨てた者がこの地を踏んだ場合、容赦なく射殺すると公言している。
当然国際的には問題のある発言だが、対オオカミ戦を想定した場合、
ヴィップにとってシベリアは要衝地帯になる。
余り締め付けてオオカミ側に寝返られた場合のダメージは計り知れない。
そうしてヴィップは、シベリア人の命と戦略的価値とを秤にかけた上で、
黙認することを選んだわけだ。
それはつまり、ソウサクに住むシベリア人がシベリアへ帰国しても、
誰も命の保証をしてくれないということを意味している」
(;・∀・)「そんな、そんなのって……」
(`・ω・´)「だが、シベリア人を襲う問題はこれだけではない」
まだ、あるんですか。気分が落ち込んで、返事をする気も失せている。
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101 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:12:37 ID:Yy.5GAU.0
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(`・ω・´)「数カ月前のことだ。ソウサク解放戦線と名乗る過激派武装組織が現れた。
彼らの目的は、この国の文明化を遠ざけている
愚かな不平等を根絶すること、だそうだ」
( ・∀・)「それって……シベリア人のこと、ですか?」
(`・ω・´)「言葉通りに受け取るならな。
事実彼らはウラン鉱山の権利所有会社に対し相当の被害を――
彼ら側の言葉で言えば成果を、武力で持って上げている」
(;・∀・)「武力でって、銃とか、そういう?」
(`・ω・´)「そういう認識で間違いない。
銃器及び爆発物による破壊工作だ。
そして、これが問題の原因だ。
銃も弾丸も爆弾も、地面から生えてくるわけじゃない。
どこかから調達してくる必要がある。しかし国内には銃器を生産している工場はない。
ならば国外から、という考えになる。
そして、いきつく。ソウサク解放戦線の支援者は、
ロビイではないのかという疑念にな」
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102 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:13:45 ID:Yy.5GAU.0
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(;・∀・)「どういうことですか?」
(`・ω・´)「ヴィップとオオカミが長引く冷戦によって疲弊している現代において、
ロビイという国はかつて失った領土を取り戻そうという動きを見せ始めている。
ソウサクとは直接国境を接しているわけではないが、
核拡散防止条約が制定されたことで核兵器の入手が困難になった現在、
自前で核を創りだす必須条件であるウラン鉱山を所有するソウサクを、
ロビイは喉から手が出るほど手に入れたいはずだ。
しかし直接侵略戦争を仕掛けるような真似をすれば、
先の大戦のトラウマが残る西欧社会が間違いなく介入してくるだろう。
だから裏から崩すために、ソウサク解放戦線という組織を工作の手段として選んだ。
ソウサクからソウサク人を追い出し、シベリア人の国とするためにな」
(;・∀・)「え、なんでそうなるんですか?
その推測がもし正しかったとして、ソウサクがシベリア人の国になっても、
ロビイには何のメリットもないじゃないですか」
(`・ω・´)「いや、そんなことはない。というより、ソウサク人にそう考えることはできない」
(;・∀・)「どうして――」
(`・ω・´)「ロビイもシベリア人も、シタラバ派だからだ」
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103 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:14:48 ID:Yy.5GAU.0
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AA教には、大きくふたつの宗派がある。
ザツダン派と、シタラバ派。この二つの宗派の間には大きく、深い溝がある。
溝があるから、相手を知ろうとしない。知ろうとしないから、相手のことを理解できない。
理解できないから、疑念だけが募る。
そういう、ことなのだろうか。
(;・∀・)「で、でも、そんなのただの想像でしょう?
証拠なんて、どこにもないんじゃないですか」
(`・ω・´)「証拠なんて必要ないのさ。そんなもの誰も求めちゃいない。
疑う余地がある、というだけで十分なんだ。
それだけで、行動するための動機になる」
(;・∀・)「行動? 動機?」
(`・ω・´)「殺られる前に殺れ。敵を殺すための動機だ」
(;・∀・)「ころっ……!」
(`・ω・´)「ソウサク解放戦線が出てきてすぐに、
シベリア人を殺害する事件が頻発しだした。
徒党を組んだ若者が、集団で行っていたのだ。
狩りをするようにシベリア人を虐殺する彼らは、
いつしか『シベリア狩り』と呼ばれるようになっていった。
そしてこのシベリア狩りの連中は、
政府の支援を受けて行動しているという噂がある」
(;・∀・)「政府が!?」
(`・ω・´)「実際のところはわからないがな。ただこのシベリア狩りの連中が、
何の罪にも問われていないことだけは確かだ。
……と、ようやく着いたみたいだな。まだ始まってなければいいが」
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104 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:15:58 ID:Yy.5GAU.0
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車が停まる。
シャキンさんは手際よく料金を支払うと、転がるようにして車から飛び出た。
そしてぼくのことなど見向きもせず、一人で先へ行ってしまう。慌ててその後を追う。
小学校はすぐ目の前だった。思ったよりも小さい。
大統領が訪問するくらいなのだから、
もっと大きい場所なのかと勝手に思い込んでいた。
大統領。
ここに、オトジャ大統領がいるのか。
車に乗る前はどんな人物なのかと単純な好奇心しかなかったが、
シャキンさんの話を聞かされたいま、
どんな気持ちでこの取材に望めばいいのかわからなくなっている。
そんなぼくの心境を知ってか知らずか、
シャキンさんは早足で歩きながら先程の話を続けた。
(`・ω・´)「ナイトウさんの言っていたことが嘘ってわけじゃない。
オトジャは確かに優秀な指導者だ。彼のおかげでこの国が得られたものは多い。
だがそのために犠牲になったもの、なり続けているものは確実にある。
いいかモララー。一面だけを見て思考を止めるな。そして自分を正しいと思い込むな。
お前がこの先、ジャーナリストであろうと思うならな」
.
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105 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:16:55 ID:Yy.5GAU.0
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( ・∀・)「やっぱり、警備厳しいんすね」
(`・ω・´)「そりゃあ、な」
入念なボディ・チェックを受け、金属探知機を全身に掲げられ、
バッグの中身をひとうひとつ点検された後、
ようやく小学校の中へと入ることが出来た。
小学校の外も厳重だったが、中にはさらに多くの警備がいた。
サブマシンガン、というのだろうか。警備隊が携帯しているその物々しい銃器類に、
どうしても視線が行く。
(`・ω・´)「くそっ、もう始まってるみたいだ」
答弁会は体育館で開かれていた。規則正しく並べられた椅子には小学生が、
その後ろには少なくない数の同業者がすでに集まっていた。
どうやらこの国のマスコミだけでなく、欧米からも何社か来ているようだ。
遅れを取り戻そうとライバルたちの壁を掻き分け、
シャキンが強引に前へ前へと踊り出ていく。
その後ろを、周りの視線に萎縮しながらモララーはついていく。
隣の人――おそらくはソウサク人――が、ものすごい顔をしてこちらを睨みつけてきた。
モララーは慌てて視線をそらし、壇上へ目を向けた。
オトジャ大統領が立つ、その壇上へ。
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106 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:17:32 ID:Yy.5GAU.0
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( ・∀・)「……え?」
(`・ω・´)「どうした?」
( ・∀・)「あの……あの人が、オトジャ大統領なんですか?」
(`・ω・´)「そうだが……何だ、まぬけな顔して」
( ・∀・)「だって、あのひと……」
そっくりだった。
空から現れ、圧倒的な力で追い剥ぎを制圧したあの男――
アニジャと。
アニジャが大統領だったのか!?
……いやいやまさかそんな、さすがにそれはないだろう。
モララーは目を凝らして、もう一度壇上を見た。
……似ている。けれど、よくよく見るとどこか違うような気もしてくる。
背格好や顔つきなど細かな違いを探せばいくらでも見つかるのだろうが、
なによりも、気配が違った。
アニジャのあの、ひと睨みされただけで心臓が止まってしまいそうな尖った雰囲気を、
オトジャは持っていなかった。どちらかといえば大人の、理知的な男性という印象を受けた。
とつぜん、会場が笑いに包まれた。
壇上ではマイクを持った大統領が、身振り手振りをしながら何か、変な声を出している。
また笑いが起こった。
しかしソウサク語であるためか、モララーには何が受けているのか、わからない。
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107 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:18:24 ID:Yy.5GAU.0
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(;^ω^)「あれはイタズラ怪獣ネーノリアーの真似をしているんですお」
( ・∀・)「あ、ナイトウさん」
汗をかきかき、ナイトウが現れた。
今日は食べ物を持っていないようだ。
飲み食いしないでいる姿を見るのは、もしかしたら初めてかも知れない。
( ^ω^)「いやー、探しましたお。何かあったんですかお?」
(`・ω・´)「いや、それがこのバカ、時間を間違えて覚えてまして」
頭をどつかれる。ひどい。
忘れてたのはぼくだけじゃないのに。
モララーはシャキンを無視して、ナイトウに質問する。
( ・∀・)「それで、そのイタズラ……何とかっていうのは?」
( ^ω^)「イタズラ怪獣ネーノリアーは、バトルエンジェル・ツンデレちゃんっていう
子供向けのテレビ番組に出てくる、いわゆるやられ役ですお。
小さな悪事を働いてはツンデレちゃんに成敗されるんですが、
次の週にはこりずにまた何か企むって、そんなキャラ。
意外と人気があって、単品で売られてるグッズも好評だとか聞いたことがありますお」
( ・∀・)「へー」
そう言われてみれば、笑っているのは子供ばかりだ。
とても和やかな空気だった。そしてそれは、質疑応答が再開されてからも変わらず、
子どもたちの些細な、それこそ朝ごはんは何を食べているんですかといった質問にも真摯に、
時には冗談を交え、答えていた。
悪人には見えなかった。
少なくとも、非差別民族を虐殺するような人物には。
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108 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:19:11 ID:Yy.5GAU.0
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一人の少年が手を上げた。
司会がその子の下へ駆け寄り、マイクを渡す。
少年が何かを質問した。会場が少し、どよめいた。
( ^ω^)「『どうすれば大統領になれるんですか』って聴いたんですお」
ナイトウが通訳してくれる。
なるほど、どうりで。質問した少年を見る。利発そうな少年だ。
真剣な――どこか、真剣過ぎる眼差しでオトジャを見上げている。
(´<_` )『どうして大統領になりたいんだい?』
独特な柔らかい声で、オトジャが質問を返す。
すると少年が、淡々と、何かをしゃべった。
会場が、先ほどとは比べ物にならないくらい騒然としだした。
( ・∀・)「え、あの子、何て言ったんですか?」
(;^ω^)「いや、それは、あのー……」
取り繕った笑顔を浮かべるナイトウさんは、何故かぼくの質問に口ごもった。
代わりに答えてくれたのは、シャキンさんだった。
(`・ω・´)「『シベリア人を皆殺しにする。父親を殺されたから』と言ったんだ」
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109 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:20:11 ID:Yy.5GAU.0
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(;・∀・)「皆殺しって……」
(`・ω・´)「それより、見ろ」
促された方向を向く。――オトジャ大統領が、壇上から降りようとしていた。
SPが駆け寄ろうとするのを、片手で止めた。
壇上を降り、並んだ椅子の間を歩き始めた。
会場は静まり返っていた。
静まり返った会場に、大統領の足音だけが重たく響き渡った。
足音が止まった。オトジャ大統領は、少年の前に立っていた。
(´<_` )『すまない』
そして、頭を下げた。
自分の胸ほどの身長しかない、小さな少年に向かって。
(´<_` )『シベリア人のテロを未然に防げなかったのは、
すべて国家の――ひいては私の力不足が原因だ。本当にすまなかった』
<_プ -゚)フ『謝っていただいても、父は生き返りません』
(´<_` )『その通りだね。けれどシベリア人の人たちを殺すことで、お父さんは生き返るのかな』
<_プ -゚)フ『生き返りません。ですが復讐を果たすことはできます』
みじんも声色を変えることなく、少年は言い切る。
強い、頑なな程に強い意志を示している。
そんな少年を前に、大統領はひざを折って、目線を彼と同じ位置に合わせた。
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110 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:21:57 ID:Yy.5GAU.0
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(´<_` )『本音を言えば、私も復讐のすべてを否定するつもりはないんだ。
復讐を肯定していた歴史があることも、もちろん知っている。
けれどその上で、勝手なことを言わせて欲しい。
きみたち次の時代を担っていく世代には、
私たち大人には変えられなかったことを変えていって欲しいんだ』
<_プ -゚)フ『変えられなかったこと?』
(´<_` )『そう。実は私たちの世代も、前の世代が変えられなかったことを変えようと努力してきたんだ。
貧困、無知、悪習――そういった過去の遺物をね。
すべてはこの国を豊かに、より良くしようという思いで。
だけどきみが知っている通り、この国にはまだまだいくつもの問題が残っている。
私も生きている限りそれらの問題と戦うつもりだよ。
でもね、いつかは私も死んでしまう。私も、私の世代も、
いずれは過去のものとなるだろう。
前の世代が過去のものとなったように。
そうなった時に、きみたちには過去に拘り過ぎないで欲しいんだ。
古いものすべてを捨て去れと言っているわけではないよ。
必要以上に囚われてほしくないんだ。きみたちこそが、未来なんだから』
<_プ -゚)フ『未来……』
(´<_` )『正しいかどうかは誰も、私も教えてあげることはできない。
その時代、その場所にいる者たちが必死になって考えるしかないんだ。
それでももし、きみがシベリア人への復讐を望むのであれば。
もしかしたらそれは、この国に必要なことなのかもしれない。
けれどもし、なにか違う、全く新しい解決策が見つかったなら――。
きみがもし、大統領となったなら――』
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111 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:22:53 ID:Yy.5GAU.0
-
大統領の話は最後まで言い切る前に、途切れた。
破裂音。
間を置かず再び、破裂音。
モララーは目を閉じた。
それはほとんど反射的な行動だったが、
そこから目を開けるのには非常に強い意識的な力が必要だった。
耳鳴りでほとんどの音が掻き消されている世界。
その世界に、その女は忽然と姿を現していた。
大統領のすぐ側に立つその女は、
長い、長い黒髪をなびかせながら、拳銃を構えていた。
その銃口はぼく――ではなく、そのすぐ隣に向いていた。
ぼくを睨みつけたあのソウサク人が、右手を押さえてうずくまっていた。
そしてそのすぐそばには、拳銃が転がっていた。
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112 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:23:39 ID:Yy.5GAU.0
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にわかに騒然となる。パニックだ。
周辺を警備していた部隊が、サブマシンガンを持って駆けつけてくる。
だが、警備隊よりも、男の行動の方が早かった。
男は何事か、言葉にすらなっていない咆哮を上げながら、
大統領に向かって一直線に突進し初めた。
その左手には、腹で固定したナイフを携えて。
その進路上で、女が一歩、脚を踏み出した。
(´<_`;)『クー、待て!』
――一瞬だった。
なぜ、そうなったのかはわからない。
男はナイフを握ったまま、その切っ先を、自分の喉へと突き刺していた。
女の手が、男の左手をつかんでいた。
その手が、捻られた。
連動して、ナイフも拗じられた。
そしてそのまま、ナイフは首から腹まで、とてつもない速度で降下した。
男の体が倒れた。
血が、たくさんの血が吹き出ていた。
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113 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:24:22 ID:Yy.5GAU.0
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川 ゚ -゚)「……」
それを、女は見下ろしていた。
黒い髪に、白い肌。青い瞳。ソウサク人でないことは明らかだった。
女は美人だった。だから際立った。その、感情の見えない無表情が。
背筋が寒くなった。
そして、気づいた。この感覚を、つい最近も味わったことを。
それを見ただけで、コロサレルと感じた時のことを。
ヒトゴロシの目。
――女は、アニジャと同じ目をしていた。
(;^ω^)「み、みなさん! ここは危険ですから避難してくださいお!
避難、避難ですおー!」
モララーやシャキンを含むパニックを起こした群衆は、
追い出されるようにして体育館から”避難”した。
.
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114 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:24:55 ID:Yy.5GAU.0
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( ・∀・)「シャキンさん、乗らないんですか?」
(`・ω・´)「ああ。何とかナイトウさんと話せないか、粘ってみる」
シャキンの態度は、いつもとまるで変わらない。
見慣れているのだ、きっと。ああいうものを。
だから、平然としていられる。
タクシーが発進する。
行き先はソウサクスカイラインホテル。ぼくだけを乗せて。
まだ、震えは止まらなかった。
人の死に立ち会うのは、初めてではない。
祖母は病院で亡くなった。最後の一年は苦しんでいたが、死ぬ時は安らかだった。
まるで違う。目の前で人が、しかもあんなふうに殺されるなんて。
切り裂かれたその中身が、いまも目に焼き付いている。
吐き気がする。強い吐き気が。
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115 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:25:45 ID:Yy.5GAU.0
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しかし、だからこそ。
あれが、この国の日常なのだとしたら。
シベリア人の、日常なのだとしたら。
ぼくは――。
深い考えがあるわけではなかった。
それはただの、衝動的な行動にすぎない。
強いショックを受けたが故の、反作用的な反射であると言えた。
だが、それは。
モララーが今までの人生の中で、芽生えさせたことのないものでもあった。
モララーは、陽気に鼻歌を口ずさむ運転手に、声をかけた。
( ・∀・)「すみません、行き先を変更してもらえませんか」
.
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116 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:26:28 ID:Yy.5GAU.0
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―― ( ´_ゝ`) ――
俺が部屋へもどった時、彼女は声もなく笑った。
登山でもするような格好で帰ってきた俺の姿が、
どうしてもおかしく思えてしまったらしい。
買い過ぎではないのかと、自分でもそう思う。
ナイトウとか名乗ったあの男――あの男の口車に乗せられたという気がしないでもない。
店の店主とグルなのか何なのかは知らないが。
しかし、まあ。
足りないよりはいいだろう。
これでシイが喜ぶのなら、安い買い物だ。
水滴やスープの残りを絵具代わりにさせるのは不憫だった。
だから、これでいい。
シイが絵を描き続けなければ生きていけない人種だということは、
アニジャにもすぐにわかった。暇があれば指で、フォークで、
窓やテーブルに何かを描こうとする。
そうすることで、自分がそこに在るということを確立させているかのように。
シイは言葉を発せなかった。
しかしそれ以上に、描くという行為ただそれひとつによって雄弁に、
自分の存在を表現していた。
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117 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:28:01 ID:Yy.5GAU.0
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趣味などという生易しい領域ではない。
没頭という言葉ですらまだ足りない。
それは生命のサイクルを循環させる、実存を証明するための魂の根幹。
それを奪われれば、自己を自己であると認識することすらできなくなる、
個人を個人たらしめる核の核。
そういった物を抱える厄介な、しかし同時にまた崇高で、
尊い人種のことを、アニジャはよく知っていた。
シイもまたそういった人種の一人であると、だからこそ気がついた。
しかしいまこの部屋の中で、
彼女の背負ったその業が存分に発散されているかといえば、
とてもではないがそうは言えない。
窓に描いた水滴の絵は、時間とともに流れ落ちていく。
テーブルに描いたスープの絵は、染みこむ前に彼女自身が拭きとってしまう。
後には何も残らない。初めから何もなかったかのように。
外に出すことが可能なら、また違うのかもしれない。
しかしシベリア狩りの連中が跋扈しているこの状況で、
それは出来ない。危険過ぎる。
だから、買ってきた。
彼女が思う様絵を描けるように、思いつくだけの絵具や、筆や、ペンや、
紙や、スケッチブックや、画架、とやらも。
シイは笑った。
こんなに使い切れないよと、瞳で言って。
笑うことがきるまでに回復した彼女が、そう言っていた。
だから、腹など立つはずもなかった。
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118 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:28:43 ID:Yy.5GAU.0
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立つはずもなかったのだが――困ったことにはなった。
アニジャはシイを見続けた。シイは、何も描かなかった。
画架に立てたスケッチブックの前に座り、
何を考え込んでいるのか白紙のキャンバスをじっと見つめたまま、動かなかった。
アイデアが降りてくるのを待っているのかとも思ったが、
どうもそういう様子でもない。何故そう思うか。
時折、何かを探るようにこちらへ視線を向けていたからだ。
しかし目が合うとシイは、すぐに視線を逸らせてしまう。
それ自体は、まあいい。彼女なりに何か、考えがあるのだろう。
心配なのは、ほとんど食事にも手を付けず、まともに睡眠も取っていないことだ。
エネルギーのすべてをキャンバスへ注ぎ込もうとしているのかもしれないが、
そのエネルギーの発露が見られないから心配になる。
なにより、せっかくここまで回復した心身が、
再び疲労してしまうのではないかと、アニジャは気が気でなかった。
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119 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:29:28 ID:Yy.5GAU.0
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そうして、三日が経った。
その日もシイは画架の前に座り込み、
何事かを考えている様子だったが、
唐突に、すっと、立ち上がった。
そして、筆とパレットを持って、俺の目の前に来た。
( ´_ゝ`)「『あなたの好きなものを描いて』?」
こくりとうなずく。シイは、真剣な表情をしていた。
少し、苛々しているようにも見えた。
しかし、アニジャは困ってしまう。
( ´_ゝ`)「絵など描いたことがない。描き方も知らない。
『思うままに描けばいい』と言われてもな……」
シイは譲らなかった。
背中を押してキャンバスの前の丸椅子に座らせると、
筆とパレットとを無理やり押し付けてきた。
返そうとすると、シイは両手を背中に隠してしまった。
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120 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:30:03 ID:Yy.5GAU.0
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( ´_ゝ`)「……どうしても、描かなきゃダメか?」
お願い。シイは、そう訴えていた。……仕方ない、か。
アニジャはパレットの上の絵具に、筆をつけた。
しかし、何を描けばいいのか。
好きなものを描いて欲しいと、シイは言っていた。
好きなもの――大切なもの。
大切だったもの。
この五十年近く生きた人生において、
心から大切だと思えたものは、わずかしかなかった。
だから、容易に思い出すことができた。
家族。
妹のように思っていた、あの少女のこと。
兄弟のように思っていた、あの男のこと。
そして、彼らとは違う意味で家族になれたかもしれなかった、女性のこと。
思い出すことは容易だった。
容易なはずだった。
それなのに。
なのに――。
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121 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:30:58 ID:Yy.5GAU.0
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( ´_ゝ`)「……え」
わきの辺りに、重たいものの乗る感触があった。
シイが抱きついていた。どういうわけか、シイは、泣いていた。
( ´_ゝ`)「どうした。なぜ泣いている。痛むのか。
悲しいのか。違う? ……『泣いているのは、あなた』?」
言われて、気がついた。視界がゆがんでいる。
目尻から、ほほにかけて冷たい、長い間、
とても長い間感じたことのなかった感触が、伝っていることに気がついた。
泣いている?
俺が?
なぜ?
( ´_ゝ`)「大丈夫だ。なんでもない、なんでもないんだ」
疑問の追求は後回しにして、シイを落ち着かせる。
俺よりもシイの方がよっぽど激しく、泣いていた。
彼女が泣く理由など、どこにもないというのに。
悲しむ理由などないというのに。
それでもこの子は泣いているのだ。――俺のために。
そんなことは、心を読むまでもなく、わかることだった。
だから俺は、話すことにした。
遠い昔、俺にも大切な人がいたことを。
ここからずっと遠い……東の国から来た人のことを。
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122 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:31:54 ID:Yy.5GAU.0
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その人とは約束していたことがあった。
その人の国では春になると桜という、とても美しい花が咲くそうだった。
いつか二人でそれを見ようと、俺とその人は些細な約束を交わしていた。
だがその約束が果たされることはなかった。
その人は、俺を置いていってしまった。
『生きて』という言葉だけを残して。
だから俺は、生き延びることだけを考えて暮らしてきた。
危険を避け、誰とも関わらず、ここに身を隠して。
彼女の言葉を護るために。何年も、何年も一人で。
その間、彼女を思い出すことはなかった。
そのせいかもしれない。
シイに言われた通り大切なものを――その人を描こうとしたら、
どうしても、思い出すことができなかった。
その人のことが。その人が、どんな顔をしていたのか、どんな女性だったのか……。
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123 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 18:32:24 ID:Yy.5GAU.0
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シイはもう泣いていなかった。
泣いてはいなかったが、抱きつくのはやめなかった。
彼女の頭をなでる。
シイ。
あの人――椎唯と同じ名前の響きを持つ少女の髪は、とてもやわらかい感触がした。
立ち上がる。顔を上げてこちらを見るシイに、精一杯の笑顔を送った。
( ´_ゝ`)「少し買い物に出かけてくる。最近お前、ちゃんと食べてなかったろう。
ごちそうを持ってくるから、楽しみにして待っていろ」
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