-
157 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:15:03 ID:p7kzx33Y0
-
―― ( ´_ゝ`) ――
やくざ、ギャング、マフィア。
どこの国にも、非合法な暴力団組織というものは存在する。
彼らは違法な商売を生業とし、時には民間人を陥れ、
時には政府と癒着し正当化された悪事を働く。
しかし意外に知られていないことだが、
こうした組織の仕事を専業としている構成員の数は全体のごく一部に過ぎず、
ほとんどは真っ当な職業を持って一般的な暮らしを送っていた。
ソウサクに暮らす暴力団たちも、その例にもれなかった。
事務所はいくつもあったが、どれもそう大差はない。
兄弟もいる。親もいる。息子が、娘がおり、
中には恋人ができたばかりの者もいるだろう。
週末には仲間と酒場で笑い合い、夢を語り、
失敗しては落ち込み、慰め合う。
他愛のない、けれど、かけがえのない日常。
彼らにその日常が訪れる日は、もう来ない。
-
158 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:15:48 ID:p7kzx33Y0
-
(;><)「た、たすけ……」
青年の頭が吹き飛んだ。
まだ未成年だったのだろう。
あどけなさを残す、まだまだこれからが人生の本番だという年頃の青年だった。
だが、彼にその未来はもうない。
( <●><●>)「……何者ですか、あなたは」
( ´_ゝ`)「……」
男の問いかけに、アニジャは答えない。
銃口を向けたまま男を観察する。この状況でも怯えを見せないその態度。
あきらかに、他の構成員とは違う。こいつがここのボスか。
( ´_ゝ`)「訊きたいことがある」
( <●><●>)「人の質問は無視して自分の都合だけ語るとは、無礼な方ですね……
ソウサク解放戦線はァ!」
素早い動作で、男が引き出しを開けようとする。
しかしそれよりも早く、アニジャの撃った弾丸は男の手の甲を正確に撃ちぬいた。
椅子から転げ落ちた男の額に、銃口を当てる。
-
159 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:17:01 ID:p7kzx33Y0
-
( ´_ゝ`)「訊きたいことがある。なぜお前らは、政府の言いなりになっている」
(;<●><●>)「……何のことかわかりませんね」
( ´_ゝ`)「シベリア狩りだ」
男が、銃口を額に当てられたまま、笑い出した。
神経質な、耳に障る笑い声だった。
( <●><●>)「確かに私たちは、政府の支援を受けています。
けれど言いなりになっているわけではない。
私たちは私たち自身の意志で、シベリア人どもを殺しているんですよ」
( ´_ゝ`)「なぜだ」
(#<●><●>)「なぜ? なぜですって!?
決まってる、あいつらの存在が私たちの生活を脅かすからです。
文化的にも経済的にも、あいつらは私たちを殺そうと常に機を伺っていた。
さらには命を、ソウサク解放戦線といったふざけた武器を持ちだして、
本当に命までも狙いだした! 殺らなきゃ殺られる。
戦わなければ、私たちの築いたすべてをあいつらに奪われる。
これはね、生き残りをかけた殺し合いなんですよ。
だから、いつでも死ぬ覚悟はできている。今だってな。
……さあ、殺るなら、殺れよ」
( ´_ゝ`)「そうか」
-
160 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:17:34 ID:p7kzx33Y0
-
('A`)「ご苦労様でした、アニジャ。今度はあちらの企業主を排除していただきたく――」
.
-
161 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:18:11 ID:p7kzx33Y0
-
―― ( ・∀・) ――
何もしない。
ぼくは何もしていない。
ただ、言われたことを、淡々と、
ただ、言われたとおりに、こなすだけ。
考えてはならない。
考えても、どうにもならないのだから。
ぼくは無力だ。
ぼくに何かを変える力なんてない。
一匹の、小さな虫けらだ。
何かしたって、踏み潰されて終わりだ。
だから、仕方ないんだ。
だから、考えない。
考えないから、何もしない。
何もしない。
-
162 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:18:51 ID:p7kzx33Y0
-
なのに――
何で、こんなに苦しいんだ。
何もしないのに、何でこんなに痛いんだ。
なぜ、こんなにも。
思考はぼくを苛むんだ。
なぜ、こんなにも。
なぜ――
.
-
163 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:19:26 ID:p7kzx33Y0
-
( ∀ )「シャキンさんは、この仕事が好きですか」
(`・ω・´)「何だ、藪から棒に」
ホテルのテレビを眺めながら、シャキンさんが答えた。
テレビでは、このところ頻発している殺人事件について報道していた。
殺されたのはみな、ソウサク人だった。
いや、報道される権利を持つのがソウサク人だけ、ということだろうか。
殺されているのは地元の有力者であったり、大企業の社長であったりと、
ソウサクにおいて強い権力を持つ人ばかりだと報道されている。
そして今朝もまた、新たに一人殺されたらしい。死因は窒息死。
細い糸状のもので首を絞められたそうだ。想像して、気持ちが悪くなる。
死体の顔が、リアルに思い浮かんでしまう。
ぼくはシャキンさんに断りなく、テレビの電源を切った。
シャキンさんの目が、ぼくを咎めるように睨んでいた。
(`・ω・´)「辞めたくなったのか?」
( ∀ )「……わかりません」
うそだ。
本当はいますぐにでも逃げ出したい。
何もかも投げ捨ててしまいたい。
けれどそう言うのはあまりにもみっともない気がして、言葉を濁している。
無力なだけじゃなくて、ぼくは卑怯なんだ。
-
164 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:20:16 ID:p7kzx33Y0
-
シャキンさんが立ち上がった。そして机から、カメラを持ってくる。
いつも首から下げている、あのカメラだ。
シャキンさんはそれを、壊れ物を扱うようにやさしく、そっと持ち上げた。
(`・ω・´)「こいつはな、オレが初めてもらったボーナスを、全額はたいて買ったものなんだ」
( ∀ )「はぁ」
(`・ω・´)「あの頃のオレは燃えていたよ。
こいつと一緒に世界中のどこへでも行って、
命の危機に陥ったのも一度や二度じゃなかった。
それでも辞めたいと思ったことはなかった。
この世界にはまだまだ理不尽な目にあって苦しんでいる人たちがいたからな。
彼らを救うために隠された悪を暴き、
世に知らしめることがオレの使命だと信じていた。
ペンと写真で、正義を成したかったんだ」
( ∀ )「正義、ですか」
シャキンさんと正義。あまり結びつかない。
-
165 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:20:58 ID:p7kzx33Y0
-
(`・ω・´)「……昔、アフリカの小国へ行ったことがある。
当時その国はニーソクの植民地政策から開放され独立したばかりだったんだが、
その国ではまだ白人がでかい面をして黒人をいびってたんだ。
一年間くらいかな。オレはその不正義を正すため、長い間そのことを記事にし続けたよ。
その甲斐があったのか、白人たちはその国からどんどんいなくなっていった。
オレは喜んだよ。オレの記事がこの国を救った。正義が勝ったんだ、ってな。
けどな、白人たちがいなくなった直後、その国では内紛が起こった。
ふたつの大きな派閥に分かれて争っていたんだが、どちらが勝ってもその国に未来はなかった。
彼らには元から、国家を運営するノウハウも能力もなかったんだ。
結局最後には、隣国に吸収される形で合併された。
そしてその国は、ニーソクの庇護下に置かれた植民地だった。
オレのしたことは無駄だったばかりでなく、
無意味な争いを煽っていたずらに殺し合いをさせただけだった。
……お前、高科レポートで救われた人間がどれくらいいると思う?」
( ∀ )「……一○○万人くらい、ですか?」
(`・ω・´)「少なく見積もって三○○○万人は下らないと言われている」
(; ∀ )「三○○○万……!」
(`・ω・´)「ああ、ソウサクのために書かれたこのレポートは翻訳されて、
この十年余で他の国へと広がっていった。
そして多くの国、多くの地に住まう”被差別民族”に勇気を与えた。
その結果、どうなったと思う?
……高科レポートに救われた人間の、
その二倍以上の人命がこの地上から失われたよ」
-
166 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:21:30 ID:p7kzx33Y0
-
三○○○万人の二倍――六○○○万人以上。
あの部屋には、死体が何個あっただろうか。
ばらばらのぐちゃぐちゃすぎて、数えることもできない。
あの部屋を何倍すれば、六○○○万に届くだろうか。
(`・ω・´)「記事と人死を直接結びつけるなんてナンセンスだという奴もいる。
それはそれで、間違った姿勢ではないんだろう。
だが、オレにはそんなふうに割り切れなかった。オレは怖くなった。
オレの書いた記事がオレの預かり知らぬところで、
大量虐殺に結びついているんじゃないか。
オレのこのペンこそが、オレの裁こうとしていた悪そのものなのではないか。
そう、思ってしまったんだ。
それ以来、オレは自分の言葉で記事を書けなくなったよ。
政府機関に賜った情報を無難にまとめる、サラリーマンになったんだ。
このカメラだけが、あの頃の俺の残滓なんだ」
シャキンさんは話は終えたといった様子で、カメラを元の位置へもどした。
そして再び、テレビの電源を入れる。
-
167 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:22:14 ID:p7kzx33Y0
-
期待していたわけではなかった。
それともやはり何かヒントになるのではないかと、
期待していたのかもしれない。
けれどシャキンさんの話を聴いても、
悩みは晴れるどころか一層深まるばかりだった。
苦しくて、痛くて、辛い。
この不快感は、どうすれば胸から剥がれ落ちるのか。
教えてくれ。
誰でもいいから。
教えて。
教えて下さい。
ハイン――
( ∀ )「……ぼくは、どうすれば……」
自分で決めろ。シャキンさんは、そう言った。
.
-
168 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:23:00 ID:p7kzx33Y0
-
外は雨が降っていた。
まだ昼前だというのに空は暗く、重たい。
こんなところ、本当は一歩だって踏み出したくはない。
けれどあれ以上ホテルに籠っているのも、堪えられなかった。
ぼくはいま、ナイトウさんの下へ向かっている。
渡さなければならない書類があるからだ。
いや、それは口実だ。本当は今日、明日に必要な物じゃない。
それが証拠に、あのシャキンさんですら引き止めたのだから。
危ないからと。それでもぼくは、外へ出た。
頑なになる理由などないというのに。
('、`*川『ナイトウは現在留守にしております』
役所へ行ったら、にべもなくそう告げられた。
ぼくは事情を説明し、行き先を教えてもらおうとする。
その間、周りからいくつもの視線が突き刺さってくるのを感じた。
役所の中には重武装をした警備隊が大挙していた。
-
169 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:23:49 ID:p7kzx33Y0
-
ナイトウは葬儀へ参列しに行ったらしい。
場所を教えてもらい、そこへ向かう。葬儀の会場はすぐにわかった。
よほどの大人物が亡くなったようで、
こんな時期だというのに大勢の人が参列に加わっていた。
亡くなった人が、どんな人物だったのかぼくにはわからない。
けれど泣き崩れ、嗚咽を漏らしている人たちにとっては、
とても大切な、かけがえのない人だったのだろう。
ぼくには直感があった。
この葬儀の主役を殺したのは、アニジャであると。
この葬儀だけではない。
ここ数日間で行われている連続殺人のすべてが、
アニジャの仕業であるように思われた。
殺して、殺して、殺し回っている。
すべては、シイのために。
シイとアニジャの関係がどんなものなのかも、ぼくにはわからない。
家族なのかもしれない。歳の離れた恋人なのかもしれない。
なんにせよ、他人を殺しても構わないほど、アニジャはシイを大切に思っているのだろう。
-
170 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:24:21 ID:p7kzx33Y0
-
その気持ちは、批難されるべきものではないのかもしれない。
ハインが言っていたことだ。殺さなきゃ、殺される。だから先に殺す。
それでもぼくには、アニジャを肯定することができない。
だってここには、こんなにも悲しんでいる人がいる。
失って辛いのは、どちらも同じなのに。
それじゃあ、死んでも誰も悲しまないような奴なら、殺してしまって構わないのか。
それとも数か。死んだら十人悲しむ人を救うために、五人悲しむ人を殺すのは正しいのか。
命の価値は、人によって違うのか。
殺された人達の命の価値は?
シイは?
ハインは?
ぼくは?
――帰ろう。
とてもではないが、これじゃナイトウさんに会うことはできない。
人が多すぎる。きっと見つかりっこないだろう。
それならこれ以上ここにいても無意味だ。
-
171 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:24:51 ID:p7kzx33Y0
-
帰ろう――。
そう思った時だった。
葬儀会場の向こう。林立するビルの隙間で、何かが動いた気がしたのだ。
目をこすり、凝らす。しかしどんなに凝視しても、そこには何も見つからなかった。
気のせいだったのかもしれない。
モララーはホテルに向かって歩き出した。
その途中一度だけ振り返ってみたが、やはりそこには何も見えず、
悲しみと怨嗟の声が聞こえてくるばかりだった。
.
-
172 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:26:03 ID:p7kzx33Y0
-
―― ( ´_ゝ`) ――
現在ソウサクで行われている最も規模の大きい葬儀。
そのすぐそばに建つビル郡のうちのひとつ、
警備隊が駐屯するアパートの四階のさらにその一室に、アニジャはいた。
この部屋で葬儀の警備をしていた隊員の数は四人。
いまやもう、そのうちの誰ひとりとして目を覚ますことはないが。
この部屋で起こったことはまだ、司令部にはばれていない。
しかし定時連絡が途切れれば奴らはすぐにも異変を察知し、
他の部屋、他の階から数十人の訓練を受けた兵士を送り込んでくるだろう。
その前に、任務を遂行しなければならない。
アニジャは転がった死体からスナイパーライフルをもぎとり、
窓枠を支えにしてそれを固定する。
ライフルのスコープ越しに標的を補足する。
建物に隠れて姿は見えないが、気配を感じ取れば正確な位置も把握できる。
息を吐き、肺の中を空にする。ライフルと身体を同化させ、
独立した一個の機械と成す。そのまま待つ。僅かな時。
後三秒だ。三秒後に顔を出す。カウントダウンを開始する。
三……。
二……。
一……。
-
173 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:26:38 ID:p7kzx33Y0
-
――ライフルから手を離し、取り出した拳銃を部屋の入口へ向ける。
暗がりの中から闇と溶け合った長い髪と、暗がりの中においてもなお輝く
白い肌を持つ女が、アニジャ同様銃を構えて立っていた。
明らかにソウサク人とは異なる顔立ち。青い瞳。
アニジャはこの顔を、よく知っていた。
年を取り顔つきに鋭さこそ増していたものの、見間違うはずもない。
そう、この子は。この子は俺の――。
( ´_ゝ`)「……クー」
川 ゚ -゚)「そんなものを使って、今度は誰を撃つつもりだったんだ、アニジャ」
ああ、声まで昔と同じだ。
昔のままのあの声で、昔とは違うむき出しの敵意を向けている。
あのクーが、俺に向かって。
川 ゚ -゚)「ウラン鉱山の大元締め、アラマキか?
構成員数第一位を誇る暴力団の女首領、ワタナベか?
――それとも、国家元首、オトジャか」
( ´_ゝ`)「クー、俺は――」
川#゚ -゚)「言い訳なんて聞きたくない!」
-
174 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:27:12 ID:p7kzx33Y0
-
強い拒絶。
この十年で堆積した思いをすべてぶつけるような、強く、痛々しい拒絶の悲鳴。
お前のこんな叫びを、俺は聞きたくなかった。
だが、それをお前に叫ばせているのも、俺自身だ。
川#゚ -゚)「オトジャはお前が生きていることを知っていたよ。
あのボロビルで死んだような毎日を過ごしていることも知っていた。
その上でお前のことを見逃していたんだ。
それなのにお前は、いままたオトジャを裏切った!
ゴミクズみたいなテロリストと手を組んで、オトジャの築き上げたものをぶち壊そうとした!」
恨まれても仕方のない罪を、俺は犯した。
そしていま再び、現在進行形で彼らを裏切っている。
罪には罰を。殺されても已む無いことだ。だが――。
川#゚ -゚)「横取り何て誰にもさせない。これは復讐だ。
苦しんで、痛がって、無様にのたうちまわりながら
自分の選択を悔やみに悔やんだお前を見下ろし――
今度こそ私は私を、私の人生を肯定する!」
まだ、その時ではない。
-
175 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:27:49 ID:p7kzx33Y0
-
アニジャはテーブルを蹴り上げ、即座にその影へとかがんだ。
その直後、直前までアニジャの頭があった位置を銃弾がかすっていった。
銃声がほとんどしない。消音器を付けているのだろう。
横取りさせないという言葉に、嘘はないようだ。
周りに知らせず、あくまで自分で仕留めるつもりか。
考えている間にも、クーは銃を撃つ手を止めない。
先程から何発もの銃弾がテーブルを貫通している。所詮は木製の盾だ。
このまま手をこまねいていても状況は打開されないだろう。
この部屋の唯一の出口には、クーが陣取っている。
クーを越えなければ逃げることも叶わないというわけだ。
それをわかっているからこそ、あの子も動かないのだろう。
――テーブルがひび割れた。時間がない。決断する。
盾にしたテーブルに拳を添え、押し出す形に吹き飛ばす。
邪魔な家具を撒き散らしながら、一直線でクーへと向かう。
だが、そこにクーはいなかった。
-
176 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:28:27 ID:p7kzx33Y0
-
――上空!
後方へと跳ねる。
アニジャのいた場所に、クーが落下してきた。
その手には、闇に紛れる黒い刀身のナイフが握られている。
落下した衝撃をそのまま活かし、バネとなってクーが追いかけてくる。
眼前に迫るナイフをくびをすぼめてかわす。
クーの勢いは止まらない。振った動作のまま流れるように回転し、
今度は上空から蹴りが降ってくる。
避けても次が来る。あえて踏み込み、肩で受ける。その脚をつかむ。
が、クーはまだ止まらなかった。
逆立ちの状態から腹筋の力だけで跳ね上がり、
人体を両断するようにナイフを振り上げる。
斬られる。
つかんでいた脚を放り投げる。
クーの身体は離れ、距離が空いた。
ナイフの切っ先が胸の先をかすめていく。
わずかに皮膚を切られたが、致命傷は避けられた。
バク転の要領で器用に着地していたクーは、すでに構えを整えていた。
しかし、すぐには跳びかかってこない。
射竦めるようにして、アニジャを睨んでいる。
-
177 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:29:19 ID:p7kzx33Y0
-
川 ゚ -゚)「なぜ反撃しない」
雨音に掻き消されそうな小さな声で、クーがささやく。
ナイフの刃がゆらゆらと揺れ、暗闇と溶け合って輪郭を失っている。
川 ゚ -゚)「お前はあのアニジャだろう。
さっきの攻防でも、お前なら私に手傷を負わせるくらいなんなくできはたずだ。
この十年で錆びついたのか。裏切り者の分際で、
未練だけは一丁前に持ち合わせているのか。
……どちらでもいいさ。それならそれで構わない。
私はお前を殺す。そしてお前を殺した、その後には――」
クーの身体が、沈んだ。
川 - )「お前の大事なものも、壊してやる」
輪郭を失っていたナイフが、その姿を消した。
と思った次の瞬間、暗闇の中でわずかな光を反射しつつ、
アニジャの脚めがけて真っ直ぐに飛来していた。
投擲。
跳んで躱す。
地から離れたその無防備な体勢。
目の前に、クーが迫っている。
隠し持っていた、もう一本のナイフを煌めかせながら。
出口はひとつしかない。
ここから出るには、クーを越えなければならない。
彼女は意地でもここを退かないだろう。
それこそ、殺してでもしまわない限り――。
-
178 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:30:05 ID:p7kzx33Y0
-
いや、そうとは限らない。
もうひとつだけ、ここから逃げ出す方法が残されている。
クーがナイフを突き出してくる。
それを、左前腕で受ける。
彼女はそこから、首まで狙う。
筋肉に力を込め、わずかな時間稼ぎを行う。
その間に、右手と、右足で彼女の腕を取る。
関節を取る。
左足が地につく。
同時に、極めながら、投げる。
投げられなければ、折れる。
彼女もそれはわかっている。
力に逆らわず、投げられる。
しかしその体勢は、投げられながらもすでに次の行動の準備へと移っている。
その彼女に向けて、羽織っていた外套を被せる。
目眩ましにもならない、子供だまし。
だが、これが秘策。
わずかに生じたその隙で。
アニジャは部屋から抜けだした。
入り口から――ではない。
地上十四メートル。
四階に位置するこの部屋の。
窓から。
-
179 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:30:42 ID:p7kzx33Y0
-
「待てっ!」
叫ぶクーの声が猛スピードで遠ざかっていく。
四階。落下先には砂利と土。雨に濡れてぬかるんでいる。
問題ない。
もはや使い物にならない左腕をクッションにして、
衝撃を分散しながら着地する。
指が潰れる。
手首が砕ける。
肘が捻れる。
肩が割れる。
ここで、止まれ――。
(;´_ゝ`)「ぐっ……!」
左腕を投げ出したまま地面を転がる。
勢いを殺しきれなかった。内蔵にダメージがある。危険だ。
――だが、動くことは可能だ。痛みは厄介だが、走ることはできるだろう。
-
180 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:31:21 ID:p7kzx33Y0
-
シイ。
クーはいっていた。
お前の大事なものを壊すと。
居場所が割れているのか。急がなくてはならない。
今度こそ、失わないために。
アニジャは駆け出した。
己の狂った平衡感覚を諌めながら。
.
-
181 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:32:00 ID:p7kzx33Y0
-
―― ( ・∀・) ――
ホテル全体が慌ただしかった。
ホテルのフロントには大勢の人間が押し寄せ、
剣呑な雰囲気で何事か問いただしている。罵倒すら聞こえる。
荷物をまとめ、何かから逃げるように走る人々の群れ。
もはやこのホテルの中に、あの優雅で、
高級感溢れる静謐さなど微塵もない。
あるのは焦りと、怒号と、恐怖だけだ。
人の流れに逆らって、上階へと登っていく。
エレベーターが使用不可能な状況だったので階段を選んだのだが、
これでも先へ進むのは一苦労だった。
(#`・ω・´)「てめぇモララー、どこほっつき歩いてやがった! さっさと支度しろ!」
そうしてようやくたどり着いた自室にまでも、慌ただしい空気は伝染していた。
シャキンはモララーを怒鳴りながら、自分の荷物をまとめている。
-
182 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:32:32 ID:p7kzx33Y0
-
( ∀ )「あの、何があったんですか」
(#`・ω・´)「軍が動くんだよ。急げ、帰れなくなるかもしれねぇ!」
穏やかでない単語が飛び出してくる。
しかしこれだけでは、何があったかという質問の答えにはならない。
モララーはさらに追求する。
( ∀ )「軍って……どういうことなんですか」
(#`・ω・´)「始まるんだよ!」
(# ∀ )「だからなにが!」
いつの間にか怒鳴り返していたモララーに向かって、シャキンが叫んだ。
シャキンの言葉が、脳を揺らす。物理的な振動をぶつけられたように。
シャキンは、こう言ったのだ。
――内戦が始まる。
.
-
183 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:33:14 ID:p7kzx33Y0
-
―― ※ ――
「クーはどうしている?」
「よく眠ってるよ。はしゃぎまわってたからな、疲れたんだろう。
まったく、身体は大きくなっても中身は子供のままだ」
「違いない」
アニジャと俺は同時に笑う。気持ちが良かった。
雲一つない晴天の田舎道。アニジャの運転する車の助手席で、
風を感じながらウォッカを一口流しこむ。辛く、苦い、酒の味がする。
「初めて見たよ」
「何が?」
「お前が酒を呑むところ」
-
184 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:33:49 ID:p7kzx33Y0
-
「そうかな? ……そうかもな」
しらを切る。ウォッカなど、口にするのは初めてだった。
酒は堕落の象徴。酒による失敗で生活を破綻させた人民や、
存在を抹消された同僚など腐るほど見てきた。
俺はこれまで酒呑みのことを、自制心も向上心も持たない非国民と見下していた。
だが、今この時は、そうでもない。
ウォッカを煽って本音を突き合わせるというのも、
存外気分の良いものなのかもしれないと、今更ながらに思う。
もう一口、のどに流す。アニジャは追求してこなかった。
土足で他人の領域に踏み込もうとはしない。
アニジャらしい気遣いだった。
「アニジャ――」
熱くなった身体に、風が気持ち良い。
こんなことならもっと早くから、この快感を味わっておくべきだった。
惜しい気がする。
「寄って欲しいところがあるんだ」
-
185 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:34:34 ID:p7kzx33Y0
-
「……ここは?」
「墓地だよ。調べたんだ」
町の外れの野良猫ですら寄り付かなそうなその場所に、この墓地はあった。
生え放題の草。墓石代わりに置かれているのは研磨も何もされていないただの岩。
墓碑銘など当然書かれているわけもない。
墓地というより、死体遺棄所という方が正確な場所かもしれない。
「全員がいるわけじゃないんだが」
ウォッカのフタを開ける。
アルコールの濃い、脳を溶かすような匂いが漂ってくる。
「ここへ連れてこられた俺たちの兄弟全員、もう死んじまってたらしい」
それを、墓碑銘のない岩へと注ぐ。
きっと酒を呑める年齢にはなっていないと思うが、そこは許して欲しい。
そんなことを言っていたら、この先呑む機会など訪れることはないのだから。
-
186 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:35:16 ID:p7kzx33Y0
-
「生き残ったのは、俺と、あんただけだ」
アニジャが隣に座った。
ウォッカを持つ俺の手をつかみ、一緒に注ぐ。
先に亡くなった兄弟たちを弔う。
「アニジャ、俺はソウサクへ亡命する」
酒の力を借りて、告白する。
「チチジャ政権の治世は限界まで達している。
人民の間では武力で政権を打倒する声も上がっている。
しかし、あと一歩が踏み出せない。
心の奥底にまで染み付いた恐怖が、チチジャに歯向かうことを拒絶させているんだ。
だから俺が、その一歩を踏み出す火種となる。
俺は革命を起こす。そして、この国へは二度と戻らない。
もはや形だけとはいえ、ソウサクはオオカミの衛星国だ。
チチジャに楯突くということは、オオカミも敵に回すということを意味する。
……アニジャ、そこであんたに、頼みがある」
「……なんだ?」
「クーのことを、お願いしたい」
-
187 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:36:00 ID:p7kzx33Y0
-
ボトルの中のウォッカは、すでに半分ほどが流れ出していた。
「クーは俺よりもあんたに懐いてる。
俺がいなくなっても、いずれは平気になる日が来る。あんたさえ傍にいれば。
それにあの子ももう、何も知らない子供じゃない。
成長している。計算だって解ける。本だって読める。
手だって次第に掛からなくなっていくだろう。
だから頼む、アニジャ。勝手で済まないが、クーの事を見守っていて欲しい」
言い終えて、後はただアニジャの返事を待つ。
ウォッカを注ぐ音だけが、墓地中に響き渡る。
とぷん、とぷんと、水よりも重みのある音がする。
その音が、止まった。
ウォッカの口を、アニジャが上へ向けていた。
「その頼みは、きけない」
「……なんでだ?」
「俺もソウサクへ行く」
-
188 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:36:36 ID:p7kzx33Y0
-
それは、予想していた答えと同じだった。
いや、予想というよりは、期待かもしれない。
そしてアニジャは、いつも俺の期待通りの回答を寄越す。
だが今日は俺も、引き下がれない。
「ダメだ、そんなことは」
「なぜだ」
「クーはどうする。置いていくつもりか」
「あの子はついてくる」
「バカな。……いや、その通りかもしれないが、危険だ。
戦争を起こそうとしている国に、あの子を連れていくわけにはいかない。
それに祖国を捨てさせる気か。あんたにしてもそうだ。
革命といえば聞こえはいいかもしれないが、
俺のやろうとしていることは兄殺し、父殺しだ。
けして褒められたものじゃない。あんたまでそんな悪行に手を染めることは――」
「オトジャ」
-
189 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:37:13 ID:p7kzx33Y0
-
俺の説得を遮ったアニジャは、ウォッカの瓶を奪い取り、それを一気に煽った。
嚥下するたびに喉仏が蠕動する。一口、二口、三口……。
呆気にとられた俺に、アニジャは空になったボトルを渡し、言った。
「俺にとっての家族は、お前と、クーだけだ」
酒臭い息を吐きながら、アニジャは言った。
「俺たちは家族だ」
しばらく呆然としていたと思う。
しかし、やがて耐えられなくなった。
耐えられず、堪えきれずに、俺は――笑いだした。
声を上げて笑った。
「なぜ笑う」
「バカらしくなったんだよ、一人で考えこんでたのが」
腹を抑え、涙の浮かんだ目尻を拭う。
すると路地に停めていた車の方から、
「アニジャー! オトジャー!」と叫ぶ声が聞こえてきた。
-
190 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:37:51 ID:p7kzx33Y0
-
「はは、どうやらうちのプリンセスが目を覚ましたらしい」
「そうだな。ご機嫌を損ねないよう、早いとこもどろうか」
そう言っている間にも、クーの声は大きくなる。
クーはかんかんだった。二人だけでどこかに行くなんてずるい。
クーもちゃんと連れて行けと、怒っていた。
目を見合わせて、また笑った。
「アニジャ」
「なんだ」
「また一緒に、呑もうな」
「……ああ」
「あー、また二人だけでこそこそしてる! クーも混ぜろー!」
「はいはい、大人になったらな」
-
191 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:38:29 ID:p7kzx33Y0
-
すまなかった、クー。
お前を置いていこうとするなんて。
そうだ、俺たちは家族だ。
何を考えていたんだろうか。
俺は家族を捨てない。
この先何があろうと。
家族を捨てることだけはしない。
俺達は家族だ。
いまも。
これからも。
ずっと――
ずっと――――
家族でいられると、思っていた。
.