あの――遠い日の春風 のようです

222 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:57:36 ID:p7kzx33Y0
         ―― 川 ゚ -゚) ――





川 ゚ -゚)「行ったか」

アニジャの瞳を真っ直ぐに睨みながら、クーは言う。
蹴り飛ばされた拳銃は闇の中に消え、どこへ落ちたか判然としない。

川 ゚ -゚)「同じことだ。お前を殺し、あいつらも殺す。順番が変わっただけのこと」

残った獲物は黒色迷彩を施したトレンチナイフが一本。
スペツナズナイフが一本。クーは迷わずトレンチナイフを構える。

先に飛び出したのは、クー。
足元に転がった懐中電灯を踏み潰し、暗闇の中を一直線にアニジャへ向かう。
位置は記憶している。腕も、脚も、首も、どこに何があるか正確に把握している。

首を狙い、ナイフを振る。空を切る。身をかがめて避けた気配を感じ取る。
頭が降りた位置に、膝を突き出す。少し遠い。そのまま前蹴りへと変化させる。
ヒット。いや、ガードされたか。

ガードされたポイント目掛け、刃を突き立て――ようとして、
足元に迫る脅威に勘付く。足払いか。やらせない。

223 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:58:19 ID:p7kzx33Y0
前蹴りの格好のまま突き出た脚を基点に、
もう一方の脚をアニジャの肩へ乗せる。
登るようにして、その場で宙返る。

そのまま空中で、アニジャがいる場所にナイフを投擲する。
……硬い岩盤に弾かれた音が聞こえる。外したか。

左から、空気を裂く気配が迫る。回し蹴り。
身をよじってかわすか。むずかしい。ならば。

ダメージ覚悟で、回し蹴りに組み付く。
両足を、アニジャの脚に絡める。体重をかける。
体重を利用して、膝の骨を折ってやる。

しかしアニジャはこちらの意図を読んでいた。
こちらが力を込めるよりも早く、脚を抜かれる。
それを追いかけるようにして、クーは拳を地面に這わせる。
そして、つかむ。先ほど投擲したトレンチナイフを。

224 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:58:50 ID:p7kzx33Y0
胴から胸を両断する格好で振り上げる。
スウェー。かわされた。ナイフを持たない左手で、掌底。
ヒット。今度は間違いない。アニジャの肺から、空気が吐き出されたのを感じた。

頭が下がった。今度こそ殺す。ナイフを突き上げる。
手首に衝撃。軌道が逸れる。再び空を切る。
手の中でナイフの向きを変える。振り下ろす。

刺さった。だが、頭ではない。左肩か。感触に違和感。
どうやらすでに、左腕は死に体。筋組織はずたずたに引き裂かれ、
骨までダメージがある様子。ビルから飛び降りた、あの時か。

正面から蹴り。すでに間近まで迫っている。
避けれない。つかめない。蹴られる。ナイフから手を放す。
衝撃に逆らわず、インパクトの瞬間に自分の身体を浮かせる。
流れに沿うことで、ダメージを分散させる。

225 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 18:59:33 ID:p7kzx33Y0
川; - )「ぐっ」

壁に叩きつけられる。この衝撃は、捌けない。
背中から全身へ痛みが広がる。肺の中の空気を吐き出すその一瞬、
戦闘への集中が散逸する。

アニジャが消えていた。
気配は感じる。だが正確な位置は把握できない。
当然、向こうはこちらの位置を捉えている。不利な状況だった。

だが、それはイコール負けではない。

クーは足音を立てぬよう、摺り足でわずかに歩を歩める。
アニジャがここへ来た時、蹴り飛ばされた拳銃。
どこへ落ちたか、正確にはつかめていない。
だが、落下時の音からおおよそにはわかっている。

すぐ近くだ。
蹴り飛ばされたことで、近くまで来れた。
後はアニジャが攻撃を開始するまでに、見つける。
摺り足で、探る。

ここではない……。

ここではない……。

ここでは……。

ここ……。



見つけた。

226 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 19:00:20 ID:p7kzx33Y0
同時、背後から飛びかかる気配に向かって引き金を引く。
銃火がアニジャを照らす。外した。銃を持つ腕が、
アニジャによって払われていた。交差するアニジャとクーの腕。
円の動きで払い返す。そしてそれは、アニジャの脚を照準に合わせると同義。撃つ。

膝蹴りに弾かれる。その間に、無防備な顎に向かい掌底。
アニジャの首がのけぞる。剥き出された首に銃口を設置。
撃つ。

外れた。回避行動と裏拳の弾きにより捌かれる。
アニジャのひねった身体がそのまま回転する。
上空から蹴りが落ちてくる。ガード。が、アニジャの両足がはさみとなり、
首をつかまれる。そのまま背中から床に叩きつけられる。

息を吐く。しかし集中は切らさない。
首をつかむ左脚に向かい、銃を撃つ。アニジャが脚を引く。
間に合わない。今度こそ命中。腿を貫通する。
しかし痛みを感じていないのか、アニジャは回転しながら立ち上がる。

クーも同じ動きで立ち上がる。が、わずかにアニジャが早い。
顔面めがけ、前蹴りが繰り出される。ガード。同時に撃つ。
腕を弾かれ外れる。弾いた腕に膝蹴りを放つ。
高速で落とす。右足の甲を踏み潰す。

左脚が蹴りを放とうとしている。身体を接近させ、打撃点をずらす。
同時に右手をつかみ、引き寄せる。銃口をアニジャの額に当てる。

勝った。

撃つ。

227 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 19:01:10 ID:p7kzx33Y0





なぜだ。

弾丸は、空を切った。
アニジャの額を貫通しなかった。

右足を潰し、右手をつかみ、左脚は蹴りの体勢のまま宙に浮いている。
勝利は確実だった。ありえないことが起こった。
銃を持つ右手が、弾かれた。弾いたのは――

動かないはずの、左腕。

驚きによる、一瞬の躊躇い。
その隙が、勝負の明暗を分けた。

川; - )「ぐっ!」

右肩を外された。

川; - )「ぎっ!」

左の膝が折られた。

地面に倒される。
首に、足の先が乗せられた。

228 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 19:01:46 ID:p7kzx33Y0
川;゚ -゚)「くっ」

左手でスペツナズナイフをつかみ、操作。
射出された刀身が、アニジャの顔面めがけ一直線に飛翔する。
右手に、つかまれた。アニジャのてのひらから、血の雫が滴る。

負けたのか、私は。

決定的だ。
アニジャがわずかに力を込めれば、この首は容易く折れる。
死ぬ。



――だというのに。



川  - )「……おい」

アニジャは、脚を、どかした。

川  - )「……待てよ」

アニジャが離れる。

川# - )「待てったら……」

何ごともなかったかのように、立ち去ろうとする。

川#゚ -゚)「待てったら!」

229 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 19:02:22 ID:p7kzx33Y0
殺るか、殺られるかだろうが。

殺されないのなら、殺せよ。

殺してくれよ。

殺すことで、肯定してくれよ。

アニジャを恨んだ私を、肯定させてくれよ。

私のこれまでを肯定させてくれよ。

でなきゃ。

でなきゃ、私は――


.

230 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 19:02:57 ID:p7kzx33Y0



最後の隠しダネ。

唯一自由に動く左手で、それを取り出す。
手榴弾。口に加え、ピンを引き抜く。暗闇に溶けたアニジャを睨む。
そして、破裂まで間もない手榴弾を――己の腹に、据えた。

もういい。

これが私の最後だ。

私に相応しい結末だ――


.

231 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 19:03:29 ID:p7kzx33Y0
川; - )「なんで……」

なんで――

なんで――

(  _ゝ )「……」

お前が、いるんだよ。

死なせて、くれないんだよ。

血が、降ってくる。私の顔に。当たり前だ。
傷を負ったこいつが、私の上に覆い被さっているのだから。
私を庇って、負傷したこいつが。

手榴弾は爆発した。しかし、私に怪我はない。
私から離れた場所で爆発したから。アニジャが放り投げたから。
アニジャが代わりに、爆発片を受けたから。

232 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 19:04:07 ID:p7kzx33Y0
(  _ゝ )「クー」

アニジャの声。

昔と同じ声。

あの頃と、同じ。

やめろ、聞きたくない。

何も聞きたくない。

だって、聞いてしまったら。

それこそ。

私は――

( ´_ゝ`)「オトジャを、ありがとう」

233 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 19:05:15 ID:p7kzx33Y0
アニジャが、立ち上がる。

行ってしまう。

なんだよ。

なんなんだよ。

許せると思ってるのかよ。

許されると思ってるのかよ。

いまさら。

いまさら――

川 Д )「この、この――」

裏切りもの――――!





.

234 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 19:05:54 ID:p7kzx33Y0
    ―― ( ・∀・) ――





星が出ていた。雲はなく、雨も止んでいる。
こんな時だというのにぼくは、この広大な空に目を奪われていた。
ゴラクの故郷にはない、自然のままの星々に――。

アニジャの助けによりあの女から逃げ出せたぼくたちは、
ドクオに付いて洞穴から抜けだした。

国軍はいなかった。
河川と直結した出口は狭く、侵入に不向きだと判断したのかもしれないし、
ただ単純にアジトとつながっていると気づかなかったのかもしれない。

戦闘は続いていた。
激しい銃撃音が、大地を揺るがす轟音が、絶えることなく響き渡っている。
あの音のひとつひとつが、人の命を奪っている。
フィクションではない。現実として。

235 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 19:06:25 ID:p7kzx33Y0
ドクオの案内の下、ぼくたちはあの音から遠ざかる方向へ走っていった。
周りには簡素なあばら屋が、無造作に建っていた。
ホテル付近の市街地とは雰囲気が違う。
かといって、廃墟ほど荒れ果てているわけでもない。

はたと気づく。もしかしたらここは、南部なのではないか。
そして先程までいたアジトとは、ウラン鉱山として使われていた
施設のひとつなのではと、思い至る。

それにしてもこの辺りには、人の気配がまるでない。
みな、避難したのだろうか。それでなければ――。

('A`)「この家をお借りしましょう」

そういってドクオは、あばら家のひとつに入っていった。
苔むした、人が住んでいないことは明らかな家屋だった。
それでも少々居心地の悪いものを感じながら、シイの手を引いてドクオの後へ続いた。

屋内も、外観通りの崩落具合だった。
埃っぽく、すべてが朽ちかけている。
それでもぼくは腰を下ろせる場所を見つけて、そこに落ち着く。
ようやく一息つけた。そんな感じだった。

そして、見た。あばら屋の天井。
虫喰い状態でほとんど屋根としての機能を失ったそこに広がる、
広大で、悠久の星空を。

236 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 19:07:03 ID:p7kzx33Y0
――しばらく眺めていて、ふと気づいた。
ぼくのすぐ隣に座っているシイも、顔を上げて空を見ていた。
彼女の瞳に、空の星々が映り込んでいた。

アニジャは、大丈夫だろうか。
彼のことだからまず問題はないと思うが、相手も相手だ。
表情ひとつ変えずに人を殺せる人種。同じ目をした、二人。

彼のしていることが正しいことなのかどうか、ぼくには判断できなかった。
ここはゴラクじゃない。ゴラクの価値観、ぼくの価値観は通用しない。
人一人が持つ命の価値が違う。人の死が当たり前の世界。
それは、認めざるをえない事実だ。
大義のため、国のため、同胞のため、平気で命を投げ出す人たち。殺し合う人たち。

他に方法はないのだろうか。
そう思ってしまうぼくのこの思考が、
ゴラク人らしい所謂平和ボケというものなのだろうか。

答えなんてわかりようがないけれども。
ただ、いまは。アニジャに生きていて欲しいと、そう願うばかりだった。
でなければこの子が。シイが、不憫な気がして。

ドクオが隣の部屋からもどってきた。
止血を終え、簡易的に治療も済ませたらしい。

237 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 19:07:33 ID:p7kzx33Y0
( ・∀・)「あの、大丈夫ですか、その、右手……」

先の戦闘で、ドクオは右手を負傷していた。
いや、その言い方は正確ではないかもしれない。
ドクオは右手首から先を、失っていた。

相当量な血が流れたのだろう。
浅黒かった肌からは血色が失せ、死人のように青白く変色していた。
それでもこの男は痛がる素振りも見せず、紳士然としたその態度を崩さずにいる。

('A`)「モララー様はゴラク人なだけでなく、お優しい方でもあるのですね」

ドクオが青白く変色したその腕――手首がある方の腕を、差し出してきた。

握手?

('A`)「だから、私も心苦しい」

伸ばした袖から、何かが飛び出した。
飛び出したそれを、ドクオがしっかとつかんだ。
それは、ぼくを向いていた。

( ・∀・)「……え?」

拳銃を、向けられていた。

238 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 19:08:20 ID:p7kzx33Y0
('A`)「申し訳ございませんが、モララー様にはここで亡くなって頂きます」

ドクオの親指が、ゆっくりと撃鉄を起こす。
冗談で済まされる雰囲気ではない。本気だ。
本気で彼は、ぼくを撃とうとしている。

(;・∀・)「な、なんで……」

('A`)「……ナイトウから命じられたのはモララー様の抹殺。それだけでございます。
    ですからこれから私が話すことは私の独断。誠意でございます」

(;・∀・)「誠意……?」

('A`)「モララー様はテンゴクという国をご存知でしょうか。
    我が国と国境を接しており、ロビイとも隣り合っている国。
    丁度我が国ソウサクと、ロビイに挟まれる形で存在している国家でございます。

    テンゴクはオオカミの衛星国ではあるのですが、目ぼしい資源もなく、
    産業も経済も停滞しているため、事実上オオカミからは
    見放されている国のうちのひとつでございます。

    そのためオオカミの庇護を期待することができず、
    さらには独自の軍事力にも乏しいため、
    ロビイの帝国主義化に強い危機感を抱いております。

    それ故彼らは、ロビイの侵略を危惧する他国との同盟を考えた。
    すなわち、我が国ソウサクとの同盟を」

239 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 19:09:04 ID:p7kzx33Y0
どうにかこの状況を打破できないかと、話し続けるドクオの隙を伺う。
しかし、隙など微塵も見いだせない。ぴったりと合わされた照準は、
ぶれることなくモララーを狙っている。

('A`)「テンゴクは資源に乏しい弱小国家です。通常であれば、
    同盟してもメリットよりデメリットの方が大きい。しかしある理由により、
    この同盟計画は締結する方向で進行することとなりました。

    先の核拡散防止条約により、オオカミで核開発事業に従事していた科学者の多くが、
    その職を失いました。彼らは自分たちが培った
    ノウハウを活かせる地を求め、東側諸国へ散らばりました。

    テンゴクにも、そういった理由で亡命した科学者がいるのです。
    政府は――いえ、オトジャは、この科学者たちの協力を条件に、
    テンゴクとの同盟を結ぼうとしています。

    つまり――オトジャはロビイへの牽制手段として、核を所持するつもりなのです。
    そしてそのために、シベリア人を虐殺している」

核のために、虐殺?

とんでもない言葉が飛び出してきた。
しかし、どういった理屈で。

その疑問に答えるように、ドクオが話を続ける。

240 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 19:09:49 ID:p7kzx33Y0
('A`)「ソウサクが科学者の協力を条件としたように、
    テンゴクもある条件を提示しました。ロビイと同じく、シタラバ派に属するシベリア人。
    この者たちについて、”何らかの”対処をして欲しいと。

    世間では、シベリア人のテロに反発してシベリア狩りが
    行われるようになったと思われています。これはプロパガンダです。
    実態は、虐殺が先にあった。それもあくまで、民間による暴走という形を装って。

    その防衛のために、シベリア人たちは団結したのです。
    そして、同盟に反対するソウサク人たちも」

ソウサク解放戦線のメンバーは、
シベリア人よりもむしろソウサク人の方が多い。
アジトでも聞いた話だった。

('A`)「周辺諸国に比べれば発展しつつあるとはいえ、
    ソウサクも所詮は中東の小国です。
    国際社会に睨まれれば、存続させることもままならない。

    経済制裁など受ければ、数週間と持たずに
    飢餓と貧困がこの国に蔓延するでしょう。
    そして、国際社会は新たに核を持とうとする国家を決して許さない。

    そのような状況下で核を持つことに、なんの意味があるでしょう。
    いまの我々に必要なものは核などではなく、
    国際社会、特に西欧諸国からの協力と支援です。

    しかし我々は現在、遺憾ながらただのテロリストとして認知されている。
    このまま政権を打倒しても、国際社会の理解を
    得られるとは言いがたい状況でしょう。

    故に我々は、我々の正当性を証明し、現政権の腐敗を知らしめなければならない。
    そしてそのための足がかりとして、モララー様、あなたには亡くなって頂かなければならない」

241 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 19:10:36 ID:p7kzx33Y0
( ・∀・)「……どういう、ことですか」

ドクオを睨む。精一杯の虚勢を張る。

('A`)「あなたを殺すのは私ではございません。あなたを殺すのは国軍です。
    ゴラク人でありながらソウサク解放戦線の理念に共鳴し、
    ”アジトへも出入りしていた”モララー様。

    その存在を疎ましく思った国が、アジトごとあなたの存在を抹消しようとした。
    これがナイトウの描いたシナリオです」

邪魔が入ったため、当初の予定通りにはいきませんでしたが。
ドクオはそう付け加えた。そういうことか。あの女が乱入したせいで
有耶無耶になったが、あの不自然な位置での停止。
あの時に、始末するつもりだったんだ。

('A`)「あなたの死は、あなたが思う以上の反響を国際社会に投げかけるでしょう。
    高科が行方不明になった、十年前のあの時のように。

    ナイトウは国の外に向かって、大々的に宣伝するはずです。
    そのためにソウサク外交省外交部広報委員長という地位を築き、
    各国の要人やマスコミとパイプをつないだのですから。

    ……動かないでください、照準がずれてしまう。
    私はモララー様のことを好意的に思っております。
    せめて痛みを与えずに事を済ませたい」

242 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 19:11:09 ID:p7kzx33Y0
動こうと思ったその瞬間には、気配を読み取られていた。
無理だ。経験から何から、すべてが違いすぎる。
逃げられっこない。
それに、ぼくはドクオの話を聞いて、思ってしまったのだ。

ぼくにしかできないこと。その答えが、ここにあるのではないかと。

ソウサク解放戦線の行っていることが、正しいと思ったわけではない。
かといって、オトジャの行いを肯定することもできない。
そうであるならば。ソウサク解放戦線がクーデターを成すことで、
この国が好転する可能性もあるのではないか。
ぼくの命がその一助となるなら、それはそう、悪い話でもないのではないか。

命の価値。ナイトウはいっていた。
本当はシャキンさんのつもりだったと。
けれどシャキンさんはこの国を出た。
いま、この役目を果たせる命の価値を持つのは、この国できっと、ぼく、だけだ。

あとはこの、恐怖心さえ受け入れることができれば――。

いや、違う。そうではない。
ぼくはここで死ぬかもしれない。
けれど、彼女は違う。シイ。

243 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 19:11:41 ID:p7kzx33Y0
( ・∀・)「わかったよ、観念する。でもその代わり、頼みがある。
      シイちゃんを、アニジャに会わせてやってほしい」

本当は観念なんてしていないし、死ぬ覚悟だってできていない。
しかし、せめてこの程度はしなければ格好がつかないのだ。

だって、頼まれたから。未来を、頼むと。
だからシイには生き延びてもらわなければならない。
ハインの死を、無駄にしないためにも。

しかし、ドクオの返答は、モララーの期待を裏切るものだった。

('A`)「大変申し訳ございませんが、その願いを聞き入れることはできないのです。
    真相を知る者は一人でも少ないほうが好ましいですから。

    モララー様の次は、シイ様です。……ある意味では、
    モララー様の願いを聞き届けることもできるかもしれませんが」

(;・∀・)「……どういうことだ」

('A`)「アニジャにもお二人の後を追って頂く。それだけの事でございます」

244 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 19:12:11 ID:p7kzx33Y0
ドクオが銃を構え直した。

('A`)「お話は以上です。モララー様、あなた様の死は決して無駄には致しません」

アニジャにも後を追ってもらうだって?

('A`)「必ずやソウサクの未来に役立ててみせます」

ぼくの次はシイだって?

('A`)「ですからご安心の上、納得して、この国の為に――」

ダメだ。それじゃ納得出来ない。それじゃ意味がない。
この国の未来は、シイだ。
それを失ってしまうのなら、ぼくは、ぼくの死は――

('A`)「死んでください」

銃声が鳴った。


.

245 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 19:12:53 ID:p7kzx33Y0



倒れていた。ドクオが。頭から血を流して。
銃で撃たれて。ぼくではない。シイでもない。
そいつは、入り口に立っていた。

川  - )「……」

あの女だ。あの女がいた。
アニジャと戦っているはずのあの女が。
アニジャはどうなったのか。負けてしまったのか。無事なのか。

しかし、そんなことを考えている余裕はなかった。
女はドクオを撃った銃をこちらに向けて、近づいてきたのである。
怪我をしているのか、片足を引きずりながらだが、間違いなくこちらを狙って近寄っていた。

そして、その銃口は、シイに向いていた。

246 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 19:13:34 ID:p7kzx33Y0
(# ・∀・)「う、う、う……うぉぉおおおお!」

ぼくは女に襲いかかった。女は負傷している。
もしかしたら、ぼくでも取り押さえられるかもしれない。
せめて銃を取り上げることができれば。そう思って。



腹になにかが当たった。
わかったのは、それだけだった。
次の瞬間には、ぼくの身体はもう、壁に激突していた。

呼吸ができない。
のどの奥から、血の臭いが湧き上がってくる。
頭がくらくらして、視界が極端に狭い。
その狭い視界内でさえもすべてがぼやけて、
ものとものとの境界が曖昧になっている。

苦しい。

苦しい。

死ぬ。

苦しい。

一向に快復しない。
現実感を失っている。
その現実感を失った世界で、それでもなお、
女の存在感は強烈だった。女と、シイだけが、はっきりとしていた。

247 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 19:14:13 ID:p7kzx33Y0
逃げて。

そう言おうとする。しかし声が出せない。
出るのは詰まってかすれた空気だけだ。女がシイに近づく。
シイは座ったまま、動かない。何を思っているのか、どんな顔をしているのか。
背中しか見えず、わからない。

その時、シイのそばに、銃が落ちているのが見えた。
ドクオが持っていた銃だ。あれだ。あれを使うしか方法はもうない。
教えないと。教えないと。懇親の力を振り絞り、声を出す。

(; ∀ )「し……ちゃ……じゅ……と……て……」

伝わっただろうか。届いただろうか。自信はない。
耳がイカレてしまったせいで、自分の声が
どれだけ出ているのかもわからないのだ。

頼む。
頼む。
伝わってくれ。
気づいてくれ。

248 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 19:14:51 ID:p7kzx33Y0
シイが、動いた。
座ったままの姿勢で、手を伸ばした。
銃のある位置へ。銃の落ちた場所へ。

そうだ。それをつかむんだ。
それを使うんだ。ぼくは祈る。

シイの手が、銃に触れた。
そして、シイは――それを、自分から遠ざけた。

なぜ!

どうして!

シイが、その疑問に答えることはなかった。
彼女はじっと動かないまま、女を見上げていた。
女は、シイを見下ろしていた。

まるで、見つめ合っているかのようだった。

女の指が、動いた。

引き金が、引かれた。

銃火が、星夜を隠した――




.

249 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 19:15:29 ID:p7kzx33Y0
          ―― ※ ――





オトジャ――

オトジャ――

オトジャ――!

「オトジャ!」

俺を呼ぶ声。
何度も何度も叫ぶ、その痛切な悲鳴に意識を呼び覚まされる。

どこだ、ここは。

俺は――そうだ、俺は、撃たれて。

脇腹に痛みが走った。
その痛みが、意識をより鮮明にさせた。
そして、ここが医務室だと気づく。ベッドに寝かされている。

ベッドで横になっている俺に、覆いかぶさるようにして
泣きじゃくっている者がいる。綺麗な、長い黒髪。
大きくなっても子供のように喜怒哀楽を表すその子の頭を、そっとなでる。

250 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 19:16:03 ID:p7kzx33Y0
「大丈夫だ。心配させてすまなかったな、クー」

クーは大げさなくらいに頭をぶんぶんと振る。
その勢いに、溜まった涙が弾け飛ぶのも構わずに。

「謝るのは私の方だ、オトジャをまた危険な目に……。
 それよりもアニジャだ! こんな時にアニジャは何をしてるんだ!」

泣いていたと思った顔が、一瞬にして怒りの表情に変じる。
真剣な怒りだ。冗談や軽い気持ちではない。

アニジャとクーの仲がぎくしゃくしていることには気づいていた。
気づいてはいたが、手出しはできなかった。公務が忙しかったこともあるが、
それ以上に、これが俺には手出しのできない問題だからだ。

原因は、クーにあると言っていいだろう。
彼女はいま、複雑化したエレクトラコンプレックスを患っている。
アニジャを取られるかもしれないという焦りや恐怖をうまく処理できず、
本来怒りを向けるべき相手以外――すなわちアニジャ当人にまで、その矛先を向けている。

これは、彼女自身が消化しなければならない問題だろう。
男友達を作るか、恋をするか――何にせよ、もっと外へ意識を向けるべきなのだ。
内向きに育てすぎた、俺とアニジャの責任も大きいのだろうが……。

251 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 19:16:34 ID:p7kzx33Y0
医師の話によると、脇腹の傷は大したことはないらしい。
意識を失ったのは銃弾を避けようとして、後頭部を強打してしまったためだと。
念のため今日一日様子を見て、問題がなければ明日にも復帰できるらしい。

不幸中の幸いというものだった。
やらなければならない仕事は山ほどある。
国内を安定させるためには、無駄にできる時間などない。

革命を成功させればすぐにも生活が一変すると
考えていた者たちは現状に不満を持ち、よからぬことを企んでいるとも聞く。
実際に、こうして、俺も――。

「大統領、少しお話が」

狐顔の男が医務室に入ってきた。
細い目の奥でぎらぎらとしたものを抱える、危険な男だ。
主に裏の仕事を任せている。こいつが話があるということは、
つまりは”その手”の話だろう。

医師とクーに、部屋から退出するよう促す。
クーはぐずって出るのを嫌がったが、困らせないでくれと頼むと、
悲しそうに肩を落としながら出て行ってくれた。

252 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 19:17:13 ID:p7kzx33Y0
「これを。部下が見つけました」

部屋に誰もいなくなったのを十分に確認した後、男が紙束を寄越してきた。
目を通す。そこに書いてあった文章は、脇腹の傷をうずかせるに足るものだった。

「政権を揺るがしかねない文書。書いたのは、あの女です」

確かにこれは、あの女の文章だった。
力強く、読む者の心を鼓舞するような文章。
革命の折、多くの戦士たちを勇気づけたあの文章。

だが、しかし。なぜ、あの女が、これを。
あの女はいま、アニジャといるはずなのに――。

「大統領。一連の暗殺未遂事件、首謀者はアニジャだという噂です」

心臓が止まった――気がした。

男が何か話しているが、まるで聞こえない。

音も、光も、何もかもが遠い。

「下がれ……」

「は?」

「下がれと言っている!」

253 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 19:17:49 ID:p7kzx33Y0
自分でも抑えることができずに、俺は叫んでいた。
男があとほんのわずかでも居座っていたら、俺は怪我も痛みも厭わず、
掴みかかっていただろう。だが、男は素直に命令を聞く人種だった。

「了解しましたお、大統領。くれぐれもご用心を」

幽鬼のような細長い身体を揺らしながら、男が出て行く。
後には一人、俺だけが残される。

アニジャが裏切った。

バカな。そんなこと、あるはずがない。
アニジャは俺とともに革命を成功させた立役者だ。
裏切るだなんて、考えられない。考えたこともない。

――うそだ。疑念はあったはずだ。
ずっと――そう、ずっと、昔から。
一緒に暮らし始めた、あの時から。


いらないものは、捨てられる。


国一つ満足に統治できない俺を、あんたはどう見ている。
あんたの目から見た俺は、どう映っている。
あんたはすごいやつだ。何でもできて、強くて、無敵だ。

あんたの中の俺も、すごいやつだろうか。
有能な人物だろうか。
それとも――。

254 名前:名無しさん 投稿日:2016/04/02(土) 19:18:26 ID:p7kzx33Y0
アニジャ。

最近、あんたの顔を見ていない気がする。

あんたはいま、どこにいるんだ。

どこで、何をしているんだ。

なぜ、姿を見せない。

なぜ。

なあ、アニジャ――





――俺たち、家族なんだよな?




.

inserted by FC2 system