あの――遠い日の春風 のようです

1 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/29(火) 16:39:59 ID:41D5Khho0
祭り参加作品
ゲリラ
微グロ注意です

2 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/29(火) 16:40:49 ID:41D5Khho0
          ―― ※ ――





遠い昔の記憶。
久しく思い出すこともなかった、少年の時代。
俺の原点となった、あの時。

「きったねえな、さわんじゃねえよ!」 

歳の割に大柄な少年が、俺を突き飛ばした。したたか背中を打ち付けた俺は、
息をすることが出来ずその場にうずくまってしまう。
それでも顔だけは上げて、奴らを睨みつける。

俺を突き飛ばした少年。
その背後には、薄ら笑いを浮かべた同じ年頃の少年たちが俺を見下ろしている。

みな、白い肌をしている。
白い相貌に張り付いた、無機質な笑み。
俺とは異なる肌の色。

「なんだよ、その目は」

胸ぐらをつかまれ、敵の顔が眼前に迫った。
青い瞳が、この国では異質な俺の黒い瞳を睨みつけてくる。

3 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/29(火) 16:41:32 ID:41D5Khho0
「捨てられたくせに」

背中を打ち付けたからでも、胸ぐらをつかまれたからでもない。

呼吸が止まった。
俺を囲む薄ら笑いの群れ。
白い肌をした者たちが暮らす世界。
浅黒い肌をした、自分。

「……違う」

「あ?」

「捨てられてなんかいない!」

握った拳を振り下ろした。
狙いもつけず、ただ衝動のままに。
だがその拳は、予想以上の成果を上げた。
胸ぐらをつかんでいた少年の目元に、見事直撃したのだ。

それが、幸か不幸かはわからなかったが。

4 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/29(火) 16:42:29 ID:41D5Khho0
「てめえ……!」

怒り狂った少年は片目を抑えながら、
その大柄な体躯を存分に活かして襲いかかってきた。
顔に、腹に、脚に、容赦のない暴力が間断なく降り注いでくる。

意識が飛びかける。だがその意識を、新たな暴力がつかんで離さない。
もはや痛みはなく、直接骨を振動させる衝撃だけが全身を伝わってくる。

このまま死ぬかもしれない。
ふと、そう思った。

いやだ、死にたくない。

いま、ぼくが死んでも。

だれも。

ぼくのことなんか、覚えていてくれない。

いなかったのと、同じになってしまう。

捨てられて。

忘れられて。

いやだ。


いやだ――



衝撃が、止まった。

5 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/29(火) 16:43:31 ID:41D5Khho0
「な、なんだてめぇ!」

殴打の音が聞こえる。
何かが倒れる音と、それに悲鳴も。

何が起きている?
閉じかけたまぶたをむりやり開き、音のする方向へ視線を向ける。

薄ら笑いを浮かべていた連中が全員、地面にうずくまっていた。
痛い痛いとうめいている者もいれば、気を失っているのか白目を剥いて微動だにしない者もいる。
その先には、黒い、人影が立っていた。

俺を殴っていた少年が、人影と対峙する。
うかがうように間合いを詰めていた少年が、
意を決したのか腕を振り上げて勢い良く飛び出した。

勝敗は一瞬で決した。
速すぎる影の動きに何が起こったのか俺には理解できなかったが、
殴りかかった少年の脚がありえない方向に折れ曲がっていることと、
影が無傷でそこに立っていることだけは理解できた。

助かった、のだろうか。

実感がわかずその場で呆然としていると、
いつの間に近づいていたのか俺のすぐそばに、
この光景を造り出した張本人である影が立っていた。

影は、俺と同じ浅黒い肌をしていた。

6 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 16:44:41 ID:41D5Khho0
「立てるか」

手を伸ばされた。小柄な手。
俺とそう大して違いのない、けれど自分より大きなあの少年を一瞬で打ちのめしたその手。

俺はその手を取ろうとして身体を動かした。
だが緊張が緩んだことで感覚が戻ったのか、
激しい激痛が全身を蝕み腕を伸ばすほどの余裕もなくなっていた。

目をつむり、歯を食いしばって痛みに耐える。
歯の隙間から荒い呼吸が漏れだす。

一秒が十分にも一時間にも感じられる短く、長い時間。
そこへ割り込むように、ありえない感覚が俺を包んだ。

俺は、浮いていた。

「家まで連れて行く。少し辛抱していてくれ」

おぶられていた。
俺と大差のない背格好のそいつが、しっかりと俺をかついで雪降るこの街を歩き出していた。

「訓練ではもっと重い物を背負って登山することもある。この程度、なんでもない」

俺の心を見透かしたように、そいつは言った。
がっしりとしまった身体つきは、確かに自然についたとは言いがたい硬さと力強さを発揮している。

7 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 16:45:55 ID:41D5Khho0
「俺は――」

そいつは名を名乗った。
だが名乗られるまでもなく、俺にはそいつの正体がわかっていた。

こいつも俺と同じだ。
家族から、故郷から捨てられてこのオオカミに放り込まれた八人のうちの一人。
あの男を父とする、腹違いの兄弟の一人。

だが――

「……降ろせ」

「どうした?」

こいつは俺と同じだ。
けれど、俺とは違う。
俺は一方的に殴られるだけだった。

こいつは違った。
俺は動くことも出来ず、無様に背負われている。

なのに、こいつは――

8 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 16:46:59 ID:41D5Khho0
「おろせ!!」

痛みも何も関係なく、暴れた。
俺の行動に驚いたのか、そいつは腕の力を緩め、結果的に俺は地面に落下することに成った。
神経を刺す痛みが、足先から脳天まで駆け上がる。

「バカな真似はよせ。骨が折れているかもしれないんだぞ――」

「だまれ!!」

立ち上がる。
骨が折れてもいい。自分の力だけで立ち上がる。
ぎちぎちと嫌な音が自分の内部から聞こえてくるのを無視して、無視して、
そして、俺は確かに立ち上がった。立ち上がり、そいつを睨みつけた。

「いつか……いつか、見返してやる。お前なんかにはできないことを成し遂げてやる。
 すごいことをやってやる。いまに、いまにみてろ、みてろよなぁ!」

背を向けて、走りだそうとする――身体が追いつかない。
だから倒れないようにじりじりと、蝸牛のように足の裏を擦って歩き出した。
背中に感じる視線を振り切るように。

9 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 16:47:45 ID:41D5Khho0
認めさせてやる。

俺を捨てた奴らに。

オオカミの奴らに。

ソウサクの奴らに。

俺はすごい奴だって認めさせてやる。

後悔させてやる。

認めさせてやる。

あいつらにも。

お前にも。


お前に――





雪と星が暗闇にばらまかれた空は、この日に限って膜を失い、滲んだように混じり合っていたのを覚えている。
オオカミに送られてから二年。七歳の時の思い出だ。




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10 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 16:48:21 ID:41D5Khho0
          ―― ( ´_ゝ`) ――





('A`)「わかりました。今回は引き下がります。
    しかし我々ソウサク解放戦線はあなたを諦めません。
    お気持ちが変わるまで、何度でもお伺いさせて頂きます」




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11 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 16:49:29 ID:41D5Khho0
廃墟。瓦礫の山。破壊された痕がそのままに、野ざらしとなっている。
十三年前に起こった内戦の傷跡。ソウサクではこういった地域が復興されることなく、
いくつも放置されたままになっていた。

それはこの国が未だ多くの問題を抱えていることの証左であるが、
様々な事情によって身を隠す必要のある者にとっては幸いな環境であるとも言えた。

アニジャも、その恩恵を授かる者の一人だった。

廃墟を歩む。目的を定めず、ただふらふらとあてどもなく。
これは彼の日課だった。何を求めるわけでもなく、このすでに死に絶えた廃墟を巡る。
感慨も、憧憬もなく彷徨う。なにもないことを確認するように。

だがその日は、この廃墟に似つかわしくない異物が外より紛れ込んでいた。

( ´_ゝ`)「……シベリア狩りか」

胴体と首が離れて転がっている男の死体。
斧か何かで力任せに斬られたのだろう、
切断面は荒く、振り下ろしたのは一度や二度ではないことが容易に伺える。

頭の方はといえば、何度も踏み潰されたのか、
元の顔の形跡などまるで判別がつかないほどに砕けてしまっている。
なるほど、耳をすませばかすかに奴らの声が聞こえてくる。

12 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 16:50:24 ID:41D5Khho0


   コロセ!

       コロセ!

           コロセ!


興奮しているだけなのか、更なる獲物を求めているのか。
バラバラにまとまった合唱は、まだまだ止む様子を見せない。
おそらくはここに逃げ込んだシベリア人を全滅させるまで、あの声が止むことはないだろう。

――いずれにせよ、俺には関係のないことだ。

アニジャは死体から離れ、再び歩き始めた。
関わるつもりはない。何にも。何者にも。俺はただ、死なないように、生きるだけだ。
アニジャは日課をこなす。何もない一日を繰り返すために。

故に、それは想定外な出来事だった。

13 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 16:51:22 ID:41D5Khho0
母娘がいた。
全身に血を浴びて鮮血に染まった少女も無惨だったが、母親の方はより悲惨だった。

首から腰にかけてざっくりと肉が裂けている。
視線はもはや定まっておらず、とぎれとぎれの息もいつ止まってもおかしくはない。
もはや助からないことは明白だった。

そんな母親を前にしても諦められないのか、はたまた現実を認識できていないのか、
娘は母親の手を必死になって引っ張っている。
その顔には、年相応な花に見立てた髪飾りと、歳に見合わぬ無表情が張り付いている。

その様子を傍観していると、母親のうつろな瞳と視線があった。
視線をそらし、背中を向ける。

この親子はここで死ぬだろう。仕方のない事だ。
この国では、それが日常なのだから。

(* ∀ )「生きて……」

その場から離れる。
助けるつもりもないが、命が奪われるその現場に居合わせたくもない。
ただただ関わりたくない。誰にも。何にも。

(* ∀ )「しい……」

14 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 16:52:22 ID:41D5Khho0
アニジャは振り返った。
母親はすでに事切れたのか、あらぬ方向を向いたまま視線は固まり、呼吸も停止している。

娘は放心しているようだった。幼い顔。
七歳か、八歳くらいだろうか。十に満たないことはまず間違いないその少女は、
自らの胴程もあるスケッチブックを抱えたまま完全に静止している。
泣きじゃくることもなく、動かない母親を見つめながら。


ただの偶然だ。


アニジャは再びその場から離れようとする。
しかし、脚が重い。一歩が踏み出せない。
まるで足の裏と地面が溶接されてしまったかのように、何かがアニジャの歩を阻んでいる。

15 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 16:53:09 ID:41D5Khho0


   コロセ!

       コロセ!

           コロセ!


シベリア狩りの暴力的な怒声が聞こえてくる。
声はまっすぐ、こちらへ向かっているようだ。近い。
もう数分もすれば、ここまでたどり着くだろう。そうなれば、この娘は――。

( ´_ゝ`)「……くっ」

アニジャは駆け出した。
放心した少女を抱え、シベリア狩りの連中”以外のもの”から逃げるように
全力でその場を後にした。少女は終始、無抵抗だった。




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16 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 16:54:20 ID:41D5Khho0



廃墟。革命前のチチジャ政権時代。
この場所は近代的な都市計画の主要地がひとつであった。
乱立したビル群の残骸はその名残である。

かつて総合アパートメントとして使われる予定だった五階建てのこのマンションは、
中程から倒壊し三階までしか残っていない。
今や三階建てとなったマンションの二階、その一室に、アニジャは隠れ住んでいた。

元々備え付けられていた家具以外には必要最低限のものしか置いていない部屋だったが、
幸いにも家庭用の救急用具程度は備えていた。

背のない丸椅子に少女を座らせ、簡単に怪我を見る。
血に塗れたその姿こそ凄惨だったが、実際には小さな裂傷や擦り傷が散見される程度で、
少なくとも命に関わる傷は負っていなかった。

濡らしたタオルで凝固し始めた血液を拭い取り、
消毒した傷口に軟膏を塗って包帯を巻く。

滲みて痛がるかもしれない。
そう思いながら行った処置に、少女はまったく反応を示さなかった。

声をかけても聞こえていないのか。
虚空を見つめ、胸のスケッチブックだけは離さず抱きしめている。

17 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 16:55:04 ID:41D5Khho0
俺は何をやっているんだ。

アニジャの頭に、後悔の念が浮かび上がってくる。
連れて来るべきではなかった。この娘が意識を取り戻したとして、俺はどうするつもりだ。

傷は手当した、出て行け、か?
外にはシベリア狩りの連中がうようよしている。死ねと言っているようなものだ。
余計な期待を抱かせない分だけ、初めから見殺しにしていた方がまだ救いがあったといえる。

それにもし――考えたくはないが――この娘が
このまま意識を取り戻さなかったとしたら。死ぬまで面倒を見続ける?

……バカげた想像だ。俺にはそんなことをする責任も――権利もないのだから。


だが、この二つの懸念。
そのうちのひとつは杞憂であったと、すぐに判明することになる。

18 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 16:56:08 ID:41D5Khho0


少女を見る。シイと呼ばれた少女。
彼女の持つスケッチブックの、二つに分かれた部分が捲れていた。
襲われた時に被ったのか白いノートは赤く血に滲んでいたが、うっすらと、そこに描かれた絵が見えた。

何とはなしに、手が伸びた。

(*゚ -゚)「………………!」

少女の目が開いた。
少女は伸びた手から離れようとして、椅子から転げ落ちた。
その衝撃で机の上にあった救急箱が落下し、中身が床に散乱する。

(;´_ゝ`)「お、おい」

とっさに手を差し伸べる。
だが少女は鋭利な刃物でも突きつけられたかのように顔をひきつらせ、
立ち上がりもしないまま後ずさろうとする。
しかし腕に力が入らないのか落下した地点からほとんど移動できておらず、
どころか体勢を崩して何度かひじや肩を地面に打ち付けている。

19 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 16:56:46 ID:41D5Khho0
溜息をつく。

とにかく、散乱した救急箱の中身を片付けなければならない。
箱のなかには危険なものもいくつか交じっている。
せっかく手当をしたのに余計な傷を増やされてもつまらない。

そう思い、アニジャは手を伸ばした。
それが引き金となった。床の上を這っていた少女の手が何かと触れた。
少女はそれを握った。そして、アニジャに向けた。

ハサミだった。
先の丸まった、到底凶器にはなりそうもない、小さなハサミ。
そのハサミを震える手でしっかと握りしめながら、彼女は意志を示している。近寄るな、と。

近寄るなと、言っている。

アニジャは立ち上がった。
そして、ハサミを構えて震える手ごと、彼女の腕をつかんだ。

20 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 16:57:21 ID:41D5Khho0
( ´_ゝ`)「こんなものに、頼るな」

逃げ出そうとする彼女の手から、ハサミだけをもぎ取る。
唯一の武器を奪われて気力を失ったのか、少女は力なくその場にへたりこんだ。
もはや逃げようとする意志も見られない。

アニジャは散乱した医療品を片付け、それを机の上に置き直した。
倒れた椅子を直し、その上に毛布を置く。少女の手に届くように、少しだけ位置をずらして。

( ´_ゝ`)「いいか、少しの間そこにいろ」

そう言って、アニジャは部屋から出た。




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