あの――遠い日の春風 のようです

39 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:19:08 ID:Yy.5GAU.0



中庭のベンチで惚けながら、売店で買ったざくろジュースを飲む。
酸味が強く好みの味ではないが、ここの乾いた気候に合っているのか、
のどを通る際の爽やかさが妙に癖になり、これですでに三杯目である。

頼んでから絞り器に入れ、ざくろがぷちぷちと潰れながら
新鮮なジュースになっていく過程も見ていて楽しく、
何だか、こう、仕事をする気が失せていく。

いや、気力がないのはいつものことなのだが。

( ・∀・)「失敗したかなぁ……」

グローバル、グローバルと、政治家からマスコミ、
果てはミュージシャンまで猫も杓子も声を揃えて唱えている我が母国、ゴラク。

ぼくもその声に倣って、大学ではニーソク語とオオカミ語を専攻した。
国際社会で通用する人物になれるよう語学を習得すべしという標語は、
一種のトレンドでもあったのだ。

就職も大学で学んだことを活かせる職種をいくつか選んだ結果、
たまたま内定をもらった出版社に入社しただけのことだ。
別に、記者になって書きたいことがあるわけでもなかった。

40 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:20:01 ID:Yy.5GAU.0
先ほどのナイトウの話。
確かに衝撃的で、聞き入っていたことは事実だ。
けれどそれは、よく出来たフィクションにのめりこむのと同じ気がする。

線が引かれているのだ。
こちら側と、向こう側。

ナイトウの話も、この国の歴史も、あくまで線の向こう側の出来事で、
こちら側の――ぼくの世界に直接関わってくるものにはなりえない。

そういった感覚が、この仕事に対する意欲を失わせていた。
この仕事を続けたとして、何ができるというのだろうか。
ぼくの世界の何かが、変わることはあるのだろうか。

高科という人物は、どうしてこの国へ来たのだろう。
何を思って、”高科レポート”を書いたのだろう――。

41 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:21:04 ID:Yy.5GAU.0
( ・∀・)「……ん?」

背後からがさごそと、物音が聞こえた。
なんだ? 振り返ってもそこには植え込みしかない。
いや、音はその植え込みから聞こえてきた。
切りそろえられた葉や小枝が、左右にゆさゆさと揺れている。

犬か猫だろうか。どれ。
何とはなしに近づいてみる。植え込みの揺れが止まった。
警戒されてしまったのだろうか。そーっと近づき、
音の聞こえてきた場所に当たりをつけ、植え込みを開いた。

ひょっこりと、頭が飛び出たそれと、目があった。

(*゚ -゚)「……!」

目があったまま、お互い固まった。

女の子?
四つん這いの格好で、右脇には何か、
スケッチブックだろうか、身体に見合わない大きなノートを抱えている。

肌の色を見るに現地の子だとは思うが、
こんなところで何をしているのだろうか。

いや、それよりも。
どうしよう、この空気。え、ええと……。

42 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:21:46 ID:Yy.5GAU.0
(;・∀・)「……飲む?」

モララーは手に持っていたジュースを差し出した。
それが契機となったのだろう。
固まっていた女の子が、慌てた様子で暴れ出したのである。

(;・∀・)「ちょ、ちょっと! うわっち!」

がむしゃらになって暴れるものだから、
鞭のようにしなった葉や枝が顔や身体を容赦なく打ち付けてくる。

(; ∀ )「うわっぷ!」

枝葉にはじかれたジュースが手元を離れ、勢い良く顔にかかってきた。
たまらず転がって、植え込みから逃げ出す。

顔をぬぐって外からもう一度植え込みに目を向けると、
そこにはもう何の気配も残っていなかった。

43 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:22:20 ID:Yy.5GAU.0
( ・∀・)「何なんだよ、もうっ。……ん?」

よく観ると、緑一色の植え込みの中に白い人工的な光沢が伺えた。
モララーは恐る恐る近づきながら、指先でちょこんと、それをつまむ。

それは花をモチーフにした、かわいらしいデザインの髪飾りだった。
さっきの女の子が暴れた時に、落としてしまったのだろうか。

……どうしたものだろう。

ホテルを見上げる。
シャキンとナイトウは、今もむずかしい話をしているだろう。
きっともどったところで、ぼくにできることなんてお茶汲み程度しかないに違いない。
それなら――。

植え込みの反対側はホテルの敷地外となっていた。
モララーは花の髪飾りをポケットにしまって、ホテルから出て行った。
ただしぼくは、正門から。




.

44 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:23:02 ID:Yy.5GAU.0



あの女の子を探し始めてから一時間は経っただろうか。
結論から言えば、女の子は見つからなかった。
そして状況はそれだけに留まらず、なお悪いことになっていた。

(;・∀・)「どこやねんここ……」

迷った。
つい先程までは確かに繁華街の中ほどにいたはずなのだが、
いまは人っ子一人見つからない。
周りは倒壊した建物ばかりで、薄気味悪くもある。
早く立ち去りたいのだが、どっちへ行けばいいのかわからないのである。

(;・∀・)「はぁーもう、どうしよ」

適当な瓦礫に腰掛け、ひとりごちる。
ホテルに連絡できればなんとかなるかもしれないけど、
公衆電話なんてありそうな雰囲気じゃないし。
かといってこのまま何もせずに夜になったら、それこそ怖い。

ぼんやりと、遠くに並ぶ山々を眺めた。
ソウサクは中東の中でも山岳地帯に位置しているらしい。
どこを見回してみても、赤茶けた山が天然の壁となって、どこまでも続いている。

山の中の国、ソウサク。
何か目印になりそうなものはないかなーと、ぼんやりと山を眺める。

45 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:24:00 ID:Yy.5GAU.0
( ・∀・)「……ん、なんだろう、あれ」

赤茶けた山肌の中に一部、異彩を放っている箇所があった。あれは――城?
いや、宮殿だろうか。ぷっくりと膨れながら先端が尖っている屋根など、
AA教圏の建築様式らしい造作が随所に見られる。

遠目で細かな部分までは判然としないが、
相当な手間と金と人員をかけて建造したのであろうことは、
それとなく伝わってくる。

すごいと感嘆すると同時に、何もわざわざ山の中に
あんなもの作ることはないだろうにと、貧乏性な自分は思ってしまう。
思いながらも、何となくモララーはそれを、ぼんやりと見続けていた。

そうしていたら、とつぜん、背後から肩を叩かれた。

从 ゚∀从「□△○○□▲▼◎?」

(;・∀・)「へ?」

少女がいた。褐色の肌の少女。
さっきの子とは違う。さっきの女の子が小学生くらいだとしたら、
この子は中高生くらいだろうか。人懐こい笑みで、話しかけてくる。

46 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:24:47 ID:Yy.5GAU.0
从 ゚∀从「○□▲●●□△▼◎?」

(;・∀・)「え、いや、あ、アナーキー語?
      の、ノー。アイムゴラク……いや、ニーソク語は通じないか。え、ええと」

どうやらアナーキー人と間違えているらしい。
ぼくはゴラク人ですって、どうすれば伝わるかな。
いやそもそも、それを伝えてどうしようというのか自分でもわかっていないのだけど。

少女は戸惑っているモララーのことを不思議そうに見上げて、
やがて何かに納得したのか笑みを浮かべてうなずいた。

それから「んー、んー」とのどを鳴らし、
準備は整ったと言わんばかりに元気よくモララーに向き直った。

从 ゚∀从「これでどうかな、おにーさん?」

(;・∀・)「ご、ゴラク語?」

从*^∀从「やった、通じた!」

47 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:25:37 ID:Yy.5GAU.0
自分の言葉が通用してよほどうれしかったのか、
彼女はその場でぴょんぴょんと跳ねだした。
元気が有り余っているという感じだ。
たたっとステップを踏みながら、彼女が話しかけてくる。

从 ゚∀从「おにーさん、こんなところでどうしたの。ひとりじゃ危ないよ?」

( ・∀・)「いや、これには深いわけが――」

从 ゚∀从「迷子?」

(;・∀・)「うぐっ」

図星を突かれて言葉に詰まる。
その様子がおもしろかったのか、少女はくすくすっと楽しげに笑った。

从 ゚∀从「ね、あたしが案内してあげよっか?」

( ・∀・)「君が?」

从 ゚∀从「そ。ここいらはあたしの庭みたいなものだから、
      たいていの場所だったら連れてってあげられるよ」

あ、でもイケナイところは勘弁してね。
そう言って品を作る彼女は、その決まっていない感も手伝って逆に、
非常に幼く見えた。それがおかしくて、モララーは思わず吹き出してしまう。

48 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:26:27 ID:Yy.5GAU.0
从 ゚へ从「む、何わらってるんだよぅ」

それに気を悪くしたのか、彼女は頬を膨らませて抗議してくる。
その態度がさらにおかしくて、モララーは我慢できずに声を上げて笑い出した。

( ・∀・)「いやごめんごめん。そうだね、それじゃお願いしようかな」

从 ^∀从「よしきた! それじゃ、はい!」

彼女が手を差し出してきた。
にこにこといい笑顔をしながら。
意図を読めず、モララーはその上に自分の手を載せた。
払いのけられた。

从#゚∀从「ちっがうでしょ! お金だよ、お・か・ね!」

( ・∀・)「え、金取るの?」

从 ゚∀从「あったりまえじゃん。
     資本主義の国から来といて、何寝ぼけたこと言ってんだか。
     物品、情報、サービス。どれもお金に変換されるのが現代ってものでしょ」

まったく物の道理ってものをわかっていませんなあ、
と言わんばかりに大仰なジェスチャーをしながらため息を吐いている。

シビアだなあ。
彼女とはおそらく違う意味でため息を吐きながら、
モララーは財布の中身を確認する。

49 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:27:25 ID:Yy.5GAU.0
( ・∀・)「……ちなみに、おいくらになりますでしょうか」

从 ゚∀从「三千ルクになります。びた一文まけません」

(;・∀・)「け、結構するね」

从 ゚へ从「払えないなら帰ってちょうだい。貧乏人はノーサンキューよ」

ひらひらと、蝿か何かを追い払うような動作であしらってくる。
むぅ、払えなくはないけれども……。
ここで手をこまねいていても仕方ないし、背に腹は変えられない、か。

モララーは財布から千ルク札を三枚取り――

( ・∀・)「それじゃ、お願い――」

出そうとして、止まった。

从 ゚∀从「どしたん?」

不思議そうに尋ねてくる少女の声にも応えず、
モララーは警鐘を鳴らす記憶に耳を傾けていた。

そういえばさっき、ナイトウさんに忠告されたような気がする。
たしか――『シベリア人が徒党を組んで悪さをしている』、とか。

この少女が、そうなのか?
とてもそうは見えない。見えないが、そういう演技なのかもしれない。
用心するに越したことはないかも――。

モララーがそう思いかけた、その矢先だった。

50 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:28:23 ID:Yy.5GAU.0
从 ゚∀从「何か、悪いことしちゃったかな、あたし。
      そんなつもりはなかったけど、警戒させちゃったみたいだね」

今までのハイテンションがうそのように悄然とした様子で、
彼女は悲しそうに話しだした。
気のせいか、目元がわずかにうるんでいるようにも見える。

(;・∀・)「い、いやそんなことは」

从 ^∀从「でも、しょうがないよね。
      こんなところでいきなり声をかけられたら、どう考えたって怪しいもん。
      んじゃね、おにーさん。あっち」

少女はそういって、指をさす。

从 ゚∀从「あっちの方へまっすぐ進めば市街地に出るから、
      そうすれば大体道もわかると思うよ。
      夜になるとこの辺明かりもないから、早めに行った方がいいんじゃないかな。
      それじゃ、そういうことだから」

縁があったらまた会おうぜい。

それだけ言うと彼女はくるりと半回転、
モララーに背を向け――それまでの勢いはどこへやら、
とぼとぼとうつむきがちに歩き出した。

杞憂、だったのだろうか。本当にただの善意――いや、商魂はたくましかったが――で、
ぼくを助けようとしてくれていたのだろうか。
だとしたら、これは何というか、何とも……後味が悪い。

51 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:29:09 ID:Yy.5GAU.0
(;・∀・)「ま、待ってくれないかな!」

思わず声をかけてしまったぼくに向かって、彼女は再びくるりと半回転。
小首をかしげてじっとこちらを見つめている。

(;・∀・)「やっぱりガイドを頼みたいなー、なんて……」

从*゚∀从「ほんとに!」

ワン・ツー・スリーの三ステップで、彼女はぼくの目の前に飛んできた。
その勢いに押されてぼくが一歩後ろに引くと、
彼女の手が何かつかんでいるのが見えた。

千ルク札が、三枚。
慌てて財布を確認する。
丁度彼女が手にしている分だけ、財布に隙間が空いていた。
い、いつの間に……。

从 ^∀从「えへへ、毎度ありぃ! それじゃいこっか、おにーさん!」

するりと、彼女の腕がぼくの腕に滑り込んできた。
腕を組み、そのままぐいぐいと彼女は前進しようとする。

(;・∀・)「ちょっ、ちょっと待って!」

モララーは彼女を押し留めた。
それに対し、彼女は再び膨れ顔を見せる。

从 ゚へ从「何だよぅ、いまさらキャンセルは効かないんだからなー」

( ・∀・)「そうじゃなくて、まだ行き先も言ってないし……。それに、きみの名前も聞いてない」

52 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:30:11 ID:Yy.5GAU.0
鳩が豆鉄砲を食らった顔とはこういうものか。
きょとんと、一瞬彼女の素の表情が見えた。
と思ったらもう、次の瞬間にはケタケタと笑っていた。
胸を張り、堂々と自己紹介をする。

从 ゚∀从「あたしはハイン。見ての通りシベリア人だよ」

見ての通り、と言われても見分けがつかないのだが……。
外国人から見てゴラク人とアナーキー人の見分けがつかないのと同じようなものだろうか。
まあそれは、大した問題ではないか。モララーもまた、彼女に倣って自分の名を名乗る。

从 ゚∀从「ふーん、モララー、ね。何か変な響きだねー。
      まあいいや、よろしくね、おにーさん。それで、どこに行けばいいの?」

( ・∀・)「それなんだけどさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

从 ゚∀从「なに?」

( ・∀・)「これなんだけどね」

そう言って、モララーはポケットから髪飾りを取り出した。

( ・∀・)「実はこれの持ち主を探してたら迷っちゃってさ。
      まだ小さい、たぶん七・八歳程度の女の子なんだけど。知らないかな」

从 ゚∀从「んー……。それだけじゃなんとも。ソウサク人? それともシベリアの子?」

( ・∀・)「いや、ごめん。ぼくにはちょっと見分けが……」

从 ゚∀从「あ、そっか。んー、それじゃ他に、何か特徴とかさ」

特徴……そう言われても、なにせ一瞬のことだったからな。
記憶を掘り返してみる。肌の色。髪の毛。顔つき。着ているもの。
腕――あっ。

53 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:31:06 ID:Yy.5GAU.0
( ・∀・)「そういえば」

从 ゚∀从「何か思い出した?」

( ・∀・)「大きなスケッチブックを抱えてたな。
      その子の胴体くらいある、大きなやつ。
      不釣り合いだと思ったから、よく覚えてるんだ」

从 ゚∀从「スケッチブック……」

思い当たるフシがあるのか、今度はハインが考えだした。
答えが出るまで、隣で待つ。やがて彼女は、納得したようにうなずいた。

从 ゚∀从「もしかしたら、案内できるかも」

( ・∀・)「ほんとに?」

从 ゚∀从「うん、こっち。付いて来て!」

そういって、ハインはつかんだ腕に力を込めてモララーを引っ張りだした。
倒れないように、ハインの足取りに合わせて歩を早める。
マラソンでもしているみたいだった。

右に左に、廃墟の迷路をハインは迷いなく走っていく。
景色が次々に移り変わり、三分前に自分がいた場所にも戻れないような気がしてくる。
それに息も切れて、頭ももうろうとしている。

54 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:31:42 ID:Yy.5GAU.0
(;・∀・)「ちょ、ま、も、すこ、し、ゆ、っくり……!」

从 ゚∀从「もうちょっと!」

モララーの懇願は一蹴された。
さらに走ること、十分か、二十分か。
本当にもう、限界。その場にばたんと倒れたい。
半分以上意識が飛びかけた、その時。
とうとつに、ハインが停止した。

到着したのだろうか。
ぜえぜえと荒い息に苦しみながら、ぼやけた視界で周りを見渡す。

(;・∀・)「……ここ?」

そこは三方を瓦礫に囲まれた、行き止まりとなっていた。
こんな寂しいところに、あの子が――?

从 ゚∀从「そう、ここだよ……と!」

いきなり背中を押されて、疲労した脚がつんのめりそうになる。
何とか踏みとどまり、ぶつかりそうになった壁へと手をつき、そのまま尻餅をついた。

55 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:32:22 ID:Yy.5GAU.0
(;・∀・)「な、なにをする――」

ハインに向かって、叫ぶ――つもり、だったのだが。

(;・∀・)「――つもりで、ござい、ましょうか?」

モララーの声は尻すぼみに小さくなっていった。

なぜか。

威圧されたからである。

なにに。

ハインの背後にいる、十人近くはいるであろう少年たちに。
少年とはいっても、中にはもう成人と変わらない身体つきの者もいる。

从 ^∀从「はい」

かわいらしい声を出しながら、ハインが手を出してきた。
モララーはおそるおそる、その手に自分の手を載せた。

56 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:33:06 ID:Yy.5GAU.0
从#゚Д从「違うだろうがぁぁあああ!!」

(;・∀・)「ひぃ!」

こ、こええ。
シャキンさんにも負けず劣らずのド迫力だよこれ。

从 ゚Д从「金だよ金、金を出せっつってんだよ!」

(;・∀・)「そ、それはもうさっき払った……」

从#゚Д从「あぁ!?」

鋭いものが、喉元に突きつけられた。ナイフだ。
どこから取り出したのか、刃渡りの大きな人を殺傷せしめる本格的なナイフが、
モララーの首筋を圧迫していた。

もう僅かに圧力がかかれば、そこからぱっくり皮膚は裂けるだろう。
生唾を飲み込みそうになるが、それすら怖い。

从 ゚Д从「あのなおっさん、うちの商売は一分刻みなんだよ」

(;・∀・)「い、いっぷん?」

从 ゚Д从「そ。だからおっさんが最初に払った三千ルクは、一分間の案内賃だってことになるわけだな」

(;・∀・)「そ、そんなアホな……」

从 ゚Д从「何か文句でも?」

ナイフの刃が傾むいた。
切っ先ではなく、刃の部分が喉を圧迫してくる。

57 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:34:00 ID:Yy.5GAU.0
(;・∀・)「いえいえ、いえいえいえいえ!!」

あります! とはとても言えない。

从 ゚Д从「それじゃ商談に戻るけどよ。あんたがアタシと会ってから大体……
     まあ、三十分ってところか。三十分かける三千だから………………………………………………おい!」

ハインは後ろの少年に向かって何か話しかけていた。
現地の言葉だろう。何と言っているかは分からないが、
内容はある程度予想できる。

从 ゚∀从「そうか、まあ、八万だな!」

計算間違いを指摘する余裕はもちろんない。
しかしハインはまだまだ、”商談”を続けるつもりらしかった。

从 ゚∀从「これにオプション料が五万ついて……………………えーと………………十二万! 十二万だ!
      ……まあ、アタシも鬼じゃないからな。まけにまけて、十万。
      十万ルクでいいぜ。やべえなアタシ、やさしすぎるわ」

(;・∀・)「あ、あのー……」

从 ゚∀从「あ?」

(;・∀・)「もし、そのー……払えなかった場合は、どうなるのでしょう?」

58 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:34:51 ID:Yy.5GAU.0
財布の中には残り一万ルクしかない。
十分の一。足りないどころの話ではなかった。
そういった事情を知って震えているモララーに対し、
どうしたわけかハインはやさしく、なだめるような口調で話しかけてきた。

从 ^∀从「財布の中にそんな大金入ってないってことくらい、
      さっきスった時にわかってるから安心しなよ、おっさん。
      取り立てる手段ってのは、別に現金に限らないんだ」

ハインの顔がぐいっと、間近によってきた。
じっくりと、舐めるように全身を値踏みされる。

从 ゚∀从「コレクターってのはどの時代のどんな国にもいるもんだぜ。例えば指――」

喉元のナイフが、指の上に移動する。

从 ゚∀从「を揃えることに興奮する親父とか、あるいは目――」

今度は切っ先が眼球の寸前に。

从 ゚∀从「の好事家とか、耳――」

はらり、と、何本か切れた髪の毛が落ちた。

从 ゚∀从「に目のないやつとか、な。東洋人は中々この国には来ないからな。
      きっと高く売れるぜぇ? けっけっけ」

じょ、冗談ではない。
普段はそんなこと露ほどにも考えないが、とにかく、
親からもらった大切な体だ。そう簡単に失ってたまるものか。

59 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:35:27 ID:Yy.5GAU.0
(;・∀・)「ほ、ホテルに行けば払えるから!」

从 ゚∀从「即金即決がアタシのモットーなんでね」

(;・∀・)「に、二倍払うっていっても?」

从 ゚∀从「口約束は信用できない」

(;・∀・)「そ、それじゃあの、その……」

从 ゚∀从「見苦しいぜおっさん。まっ、身体での清算お願いしますわ」

観念しな。

そう言うと、ハインは上空に向かってナイフを放り投げた。
陽の光を反射しながら、無骨な凶器がくるくると、
おもちゃのような滑稽さで回る。

(; ∀ )「ひぃ!」

ナイフは目と鼻の先、あと僅かでもずれれば鼻が
すっぱり切れかねない位置を通過しながら落下した。
そして地面につく直前、ハインが器用にそれをつかむ。
間髪置かずに、ナイフは再び上空を舞った。

やばいやばいやばい。
このままじゃ本当に、目か、耳か、指か、
どれかわからないが――あるいはその全部が削ぎ落とされてしまう。

どうにかしなければ。
何かないか、何か、何か……そ、そうだ!

60 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:36:11 ID:Yy.5GAU.0
(;・∀・)「き、きみはまだ約束を果たしてないぞ!」

从 ゚∀从「約束ぅ?」

上空を回転していたナイフを、ハインがつかんだ。
そのタイミングを見計らって、モララーは早口にまくしたてる。

(;・∀・)「だってそうだろう! ぼくはスケッチブックの女の子のところまで
      案内して欲しいと頼んだんだ。でもここにはそんな女の子、
      影も形も見当たらない。これは契約違反だ。だからこの商談は無効だ、ナシだー!」

从 ゚∀从「ふーん」

ナイフの上空へのループが止まった。
ハインは何かを考えるようにしながら、モララーの顔を覗き込んでいる。

こ、これはもしかして、助かった、のか……?

一瞬、そのような期待を持つ。
だが、そんな期待はすぐさま破壊された。

从 ゚∀从「苦し紛れの言い訳にしては、あながち間違ってないかもな。
      でもなおっさん、誰が約束を果たしてないっていった?」

(;・∀・)「え?」

从 ゚∀从「おっさんが探してたのって、この子のことだろ?」

61 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:36:59 ID:Yy.5GAU.0
ハインが後ろの少年たちに何かを命令した。
すると少年たちのうちの一人が、後ろに隠れていた誰かの手を引いて、
モララーの前まで連れてきた。
その子は、身に余る大きさのスケッチブックを抱えていた。

从 ゚∀从「ついさっきうちらの仲間になった、ぴちぴちの新人ちゃんだよ」

(*゚ -゚)「……」

間違いなかった。ホテルの植え込みで対面し、
モララーがこんな目に合う切っ掛けとなったあの女の子。
その子がいま、目の前にいた。

しかし、だからといって。
当初の目的が果たせそうにないことは、あまりにも明白過ぎる状況なのだが。

从 ゚∀从「どうやらこれで商談成立、だな。さ、気が済んだろおっさん。それじゃ――」

(;・∀・)「ま、待って――」

从 ゚∀从「入会の儀式も兼ねて、この子にやってもらうとしましょうかね」

ハインの手にあったナイフが、女の子の小さな手にわたる。
重みでよろけそうになった女の子を背中から支えながら、
ナイフを持った女の子の手にハインの手が添えられた。

从 ゚∀从「いいか、力はいらない。付け根の形と沿わせるように、
      切れ目を入れる感じで滑らせれば耳なんて簡単に落ちるから。
      ほら、やってみな」

(;・∀・)「わ、ちょ、ちょっとぉ!」

62 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:38:02 ID:Yy.5GAU.0
ハインが洒落にならない物騒なレクチャーをしている間に、
数人の少年たちがモララーを左右から拘束しだした。
逃げ出そうとしても、全身疲れきっていて力が入らない。

そうか、そのために長時間走らせたのか。
妙なところで感心してしまう。

などと、悠長に考えている場合ではない。
ハインに後押しされる形で、ナイフを持った女の子がゆっくり、
しかし着実に近づいてくる。
すなわちそれは、この身体と耳とが永遠におさらばする時間が
近づいてきていることでもあるのだ。

逃げなければ。でも方法がない。説得すれば。
断られたばかりじゃないか。いっそ立ち向かえば。
だから抑えられているんだって。

思考がぐるぐるとあっちこっちへ回ってしまって、
とてもではないがまともに物を考えられる精神状況になかった。
だからモララーは、ただただ懇願した。

神様! 仏様! ヒロユキ様にシャキン様!
ああもう鬼でも悪魔でも構わないから、とにかく、誰か、誰か――

(;・∀・)「たーすけてぇぇぇえええ!!」

63 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:38:36 ID:Yy.5GAU.0





     それは、空から、降ってきた。




.

64 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:39:32 ID:Yy.5GAU.0
从;゚Д从「な、なんだてめぇ――」

ハインの言葉が終わるよりも先に、それは動いていた。
それと同時に、周りを囲んでいた少年が二人、地面に倒れた。

モララーをつかんでいた少年のひとりが、
勢い込んでそれに突進した。少年の身体が、空高く宙を舞った。
落下した少年は動かなくなった。

少年たちが一斉に飛びかかる。
何が起きているのかわからない。
わからないが、男が動作するたびに、少年たちが次々と
倒れていくことだけは間違いなかった。

その間、一分もなかっただろう。
モララーにとってあれほど脅威的だった少年たちは、
ひとり残らず地面に突っ伏していた。
そして、それは、モララーを見た。

視線があった。

瞬間、ひとつの言葉が、頭のなかを即座に埋め尽くした。

65 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:40:04 ID:Yy.5GAU.0



   コ――
   コ――
   コ――
   コ――
   コ――
      ――――――コロサレル!!


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66 名前:名無しさん 投稿日:2016/03/29(火) 17:40:56 ID:Yy.5GAU.0
( ´_ゝ`)「……ゴラク人か」

それだけいうとそれは、スケッチブックを持ったあの女の子の手を握り、
そのまま何事もなかったかのように去っていった。
後に残されたのは床に突っ伏した少年たちを除けば、モララーと、ハインだけだった。

(;・∀・)「は、はは、は……」

从;゚∀从「あは、ははは、はは……」

腰が抜けたのか、ハインも壁を背に尻をついていた。
顔を見合わせて、なぜだか二人で、笑った。
奇妙な連帯感があった。先にそれを放棄したのは、ハインの方だった。

从 ゚Д从「何笑ってんだよ、ばーか」

モララーの足元に、ナイフが刺さった。
ハインが投擲したのだ。床に刺さって揺れているナイフを見ていると、
忘れかけていた恐怖心が沸々と表に沸き上がってきた。
そして、モララーは――

(;・∀・)「わ、わぁぁあああ! うわぁぁぁぁあああああ!」

叫びながら、逃げ出した。
あてどもなく彷徨い走り、ホテルに着いた時には、すでに陽が落ちきっていた。
そんなモララーを出迎えてくれたのは、やさしい先輩のアイアンクローであった。

夜のソウサクスカイラインホテルに、絶叫が木霊した。




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