艦娘がいない鎮守府のようです

70 名前: ◆HS4z8y6JHc[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 17:03:05 ID:62pQqJ3.0
―――――
―――



( ^ω^)「ドクオ、午後に時間取れるかお?」


翌日、ブーンは開口一番こう言った
不意を突かれた俺は、若干うろたえながらも『ある』と返した

ここじゃ時間だけはたっぷりとあるからな


( ^ω^)「ショボンのオッサンから頼まれたんだお。前にいた鎮守府の話を聞かせてやって欲しいって」

( ^ω^)「僕も見せたいものがあるお。ご飯食べたら、工廠まで一緒に行くお」

('A`)「オチンコかな?」

( ^ω^)「馬鹿じゃねーのかお前」


冗談とツッコミを交し合い、午前はそれぞれの仕事をした
俺はいつも通り海の監視と、一ヶ月の大改装で出た大量の不燃ごみを捨て場に運ぶ作業
ブーンは焼却炉で可燃ごみの処理をしていた


(´・ω・`)「なんかオーブンの調子悪いんだけど」

( ^ω^)「叩いたら直るお」

(´・ω・`)「テレビじゃねーんだから。潰れたら今日のおやつのガトーショコラ無しだぜ?」

( ^ω^)「おk、全力でファックしてやる」

('A`)「新ジャンル、『オーブン姦』」

(´・ω・`)「外はこんがり、中に旨みと肉棒汁を閉じ込めたローストチンコが出来上がるな」

('A`)「ヤバイ、ここに来て一番頭悪い話してる今」

( ^ω^)「今更だお」

71 名前: ◆HS4z8y6JHc[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 17:04:11 ID:62pQqJ3.0
昼飯を終えた後、ガタが来ていたオーブンの修理をした為、予定より大分遅れて工廠へと向った
ちょくちょく顔を出してはいるが、ブーンがここで何をしているのかは知らされていない

本人に聞いても、『おもちゃ作ってるだけ』と返されるだけだ。多分、大人のおもちゃだろう
なんかこう、メタリックTENGAみたいなのを作ってるのかもしれない。メタリックTENGAって何だよ


('A`)「やっぱ、すげー謎だよなぁ」

( ^ω^)「何がだお?」


ブーンはパチン、パチンと電灯のスイッチを付けていく
体育館を改装した工廠は、元はそこそこの広さがあったのだろう
しかし今は、『建造』を行うブラックボックスが幅を利かせている


('A`)「これから艦娘が出来上がるなんてよ」

( ^ω^)「ほんとだおね」


このブラックボックスも、様々な方法で調査が行われたが、二十年経った今でもほぼ謎のままだ
わかっているのは、この箱を設置するには『キー』が必要で、そのキーを用意できるのが『明石』という艦娘だけだということ

その出所も、ハッキリとしていない


('A`)「で、見せたいものって何だよ?」

( ^ω^)「フフフ、見て驚くなお!!」

(;'A`)そ「な、なんだってぇーーーーー!!!!????」


( ^ω^) ('A` )


( ^ω^)「満足かお?」

('A`)「ツッコんでくれたって良いじゃん」

72 名前: ◆HS4z8y6JHc[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 17:05:25 ID:62pQqJ3.0
ブーンは、作業台の隣にある布で隠された物の前に立つ
大きさ的に電の艤装だと思うんだが、それにしちゃ縦に大きい。俺の身長ほどあるんじゃないか?


( ^ω^)「本邦初公開だお」


ブーンが布を取っ払うと、その正体が明らかになる


(;'A`)「な……?」


|::━◎┥


それは、『鉄の鎧』だった
とは言っても、中世の甲冑のようにゴテゴテとした者では無く
『アイアンマン』のパワードスーツのような、スタイリッシュなデザインだ
顔面には『ザク』のようなモノアイ。左手には1.5メートルほどのシンプルかつ太めの短槍
右手の甲から手首に掛けて、電の初期装備『12.7センチ連装砲』が装着されている
両肩から肘辺りまでは、艤装の『盾』に覆われていた

腰のベルト部分は、羅針盤をモチーフにしたエンブレムが付いていて、『錨』の形をした凹みがあった
右腰部分には、南京錠のようなアクセサリーが
そして、背中には水上推進動力部が背負わされていた
足には、艦娘と同じく踵に『舵』が付いている


それを見て、最初の一言は


(;'A`)「何これ……」


だった

73 名前: ◆HS4z8y6JHc[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 17:06:17 ID:62pQqJ3.0
( ^ω^)「男性用艤装アーマー。通称、『アンカーシステム』だお」

(;'A`)「だ、男性用……?に、人間の、男性だよな?」

( ^ω^)「艦娘に男がいたら、話は別だお」


いるわけが無い。その全てが女性だから、『娘』と明記されているのだ


(;'A`)「こ、これ……どうやって?」

( ^ω^)「この鎮守府に残っていた鋼材とボーキを使ったお。250ずつ位」


250。駆逐〜重巡洋艦が建造できる平均値だ
ここに残されていた資材は、それぞれ300ほど。新米提督に最初に支給される量だ


(;'A`)「魔改造って、これのことだったのか……」

( ^ω^)「ま、『おもちゃ』だお。実用させるにはもっともっと充実した資材と、環境が必要だお」

( ^ω^)「それと、『実験台』が」


『実験台』、その言葉を聞いた瞬間、全身に鳥肌が立つ
まさかこいつ、俺のエネルギッシュ溢れる身体目当てにここへ……?」


(;'A`)「エ……エロいことするつもりなんでしょ!!クリムゾンみたいに!!」

( ^ω^)「待って今の話のどの辺からエロいことする流れになったの?」

74 名前: ◆HS4z8y6JHc[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 17:07:47 ID:62pQqJ3.0
( ^ω^)「ドクオって、僕をマッドサイエンティストか何かかと思ってる節あるおね」

('A`)「え?違うの?」

( ^ω^)「ちげーよ誰が鳳凰院凶真だお」

('A`)「どっちかっつーとスーパーハカーだろ。体型とか喋り方とか鑑みるに」

( ^ω^)「ハカーじゃなくてハッカーな」


このままだと会話が大きく脱線してしまうので、話を戻す


('A`)「で、実験ってのは何のだよ?」

( ^ω^)「……艦娘が登場した当初、艤装研究が盛んに行われたお」

( ^ω^)「その目的は、『艤装を人間が使用する』事。当時は、海上の防衛網を抜けて陸に上がってきた深海棲艦を白兵戦で撃退する部隊もあって、生身の人間でも微力ながら戦えることが証明されているお

( ^ω^)「そして何より、『女子供より、男が戦うべきだ』という意見もあって、取り組まれたんだお」

('A`)「……へぇ」


軽視されている艦娘も、気遣われる時代があったのかと感心する
今じゃ世間一般の艦娘への認識は、『女子供』ではなく『兵器』
守るべき対象では無く、場合によっては民衆からヘイトやバッシングを受ける存在なのだ


( ^ω^)「だけど、問題は山積みだったお。その最たるものが『艤装の試練』と呼ばれるものだったお」

('A`)「試練?試すのか?艤装が、人を」

( ^ω^)「言葉の綾ってやつだお。艦娘の調査を続ける内に、艤装は艦娘と神経を繋ぎあわせ動かすことの出来る『身体の一部』であることがわかったお」

( ^ω^)「で、研究機関もそれと似たような装備を開発できた。艤装と人間の脳をリンクさせる追加アタッチメントを」

75 名前: ◆HS4z8y6JHc[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 17:10:38 ID:62pQqJ3.0
( ^ω^)「だけど、問題が生じたお。いざリンクを行うと、被験者は叫び出し、何かに怯え、そして最後に……」

( ^ω^)「『炎上』して死亡したお」

(;'A`)「炎上……艤装が、燃えたってことか?」

( ^ω^)「違う、『人間そのもの』が発火したんだお」


人体発火現象とやらだろうか。どこかのオカルト誌か、どこかの某鬼の手使いの零脳教師漫画かで読んだ覚えがある


( ^ω^)「この結果に研究者は一つの仮説を出したお。『艤装は、その艦が経験した戦争を被験者に追体験させ』……」

( ^ω^)「『その記憶に耐え切れなかった結果、何らかのバーストを起こし死亡した』と」

(;'A`)「別世界の、戦争ってやつをか?」

( ^ω^)「人と人が艦に乗って殺しあった、別世界では史上最も大規模で、苛烈で、悲惨な戦争……らしいお」

(;'A`)「艦娘本人だけでなく、艤装にもその記憶があるのか……じゃあこの『アンカーシステム』も、危ないんじゃないのか?」

( ^ω^)「多分。だけど、わからないお」


『わからない』。その言葉に、期待が込められているように思えた


( ^ω^)「神経伝達では無く、こめかみから脳波を読み取ってリンクさせる方式にしたんだお」

('A`)「何か違うのか?」

( ^ω^)「簡単に言えば、直接繋ぐか間接的に操作するかの違いだお。でも、この方法が正解なのかはわからないお」

( ^ω^)「そもそもが、無謀なんだお。血液型の違う人体のパーツを繋げる様なもんだから」

76 名前: ◆HS4z8y6JHc[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 17:11:56 ID:62pQqJ3.0
('A`)「じゃあ、どうして……」

( ^ω^)「……悔しいんだお」

('A`)「悔しい?」


ブーンは一度頷くと、机の上に置いてあった艤装用弾丸を手に取った
12.7センチ連装砲用の弾丸は、戦艦のそれに比べて小さくはあるが、それでも対物ライフル用の弾丸ほどの大きさがあった


( ^ω^)「僕のとーちゃんは、陸上迎撃部隊に配属されていた軍人だったお」


深海棲艦は、その名前から海の上でしか活動できない存在だと認識されているが
太古の生物が、棲みかを海から陸へと移していったように姿を変え、陸上を侵攻してくる
それを迎撃したのが、先ほどもブーンがチラリと話した『陸上迎撃部隊』
護衛艦の包囲網を抜け、内地へと侵略してきた深海棲艦から、人々を守るために編成された部隊である


( ^ω^)「物心ついた頃には、とーちゃんは既に戦場で戦っていたお。立派な軍人さんだったって、かーちゃんから聞いたお」

( ^ω^)「深海棲艦を少しでも内地に近づかせない為に、身体を張って抵抗した、勇気のある男だったって……」

( ^ω^)「でも……人間が怪獣に立ち向かうようなもので、とーちゃんもそこで命を落としてしまったんだお」

('A`)「……」


陸上迎撃部隊は、そのほとんどが生身の人間で構成された部隊だ
にも関わらず、彼らの献身があったお陰で、内陸への侵攻を留めることができた
しかしその代償は大きく、艦娘登場時には既に約八割の命が失われたと聞く


( ^ω^)「とーちゃんが死んで二日後に、艦娘は現れた。この弾丸と、燃料と、鋼鉄と、ボーキサイトを携えて」

( ^ω^)「彼女達は瞬く間に、戦線を押し戻したお。それこそ、人間が怪獣と戦う必要などなくなるほどに」


現在、陸上打撃部隊は編成されていない。『必要がない』からだ
それは、人類にとっては喜ばしいことだろう。だが、ブーンの表情はそこから険しくなった

77 名前: ◆HS4z8y6JHc[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 17:13:01 ID:62pQqJ3.0
(  ω )「艦娘は人の命を救う存在だお。とーちゃんのような犠牲を無くす、奇跡だお」

(  ω )「だけど、僕はこうも思えるんだお……『微力な人間など、この戦争には必要ない。引っ込んでいろ』と」

(;'A`)「……」


指揮は人間が執るとはいえ、実際に戦っているのは人ならざる『艦娘』だ
現場判断で動く場面も多いだろう。そこに、鎮守府で指示を出す提督は介入できない
結局は、『艦娘』と『深海棲艦』の戦争を、人間がいる世界で行っているだけなのかもしれない


(  ω )「もし……もし艦娘の技術が、二十数年前にあれば……それこそ、とーちゃんは痛ましい犠牲者じゃなくて、戦争を終わらせた『英雄』に成り得たかもしれないんだお」

(  ω )「今更言ってもとーちゃんはもう戻って来ない、後の祭りだと分かっているお。でも、僕は……」


(#^ω^)「遺したいんだお!!とーちゃんが、人間が戦ったという証を!!」

(#^ω^)「見てみたいんだお!!どこから来たのか分からない敵と味方の戦争を、人類の力で終わらせる瞬間を!!」


('A`)「……」


この鎧は
ブーンの、『抵抗』を体現した物なのだ
蚊帳の外にある人類でも、理不尽な侵略を跳ね除ける力があると、証明したいのだ

78 名前: ◆HS4z8y6JHc[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 17:14:19 ID:62pQqJ3.0
(#^ω^)「エゴと言われようとも、狂ってると言われようとも、僕はとーちゃんのような漢がいたことを知らしめたいんだお!!」

(#^ω^)「艦娘に全てを任せるんじゃなく、人類自らが平和な海を……」


ブーンの昂ぶった感情は、俺の顔を見て冷めていった


(;^ω^)「ご、ごめんお……一人で熱くなっちゃって……」

('A`)「いや……」


艦娘が登場して、『悔しい』と言う人物に出会ったのは初めてだった
だけど、それは間違っていない感情だろう。艦娘に頼りきりの今の現状は
彼女達がいないと人間は何も出来ないと、証明しているようなものなのだから


('A`)「だから、人間でも戦える兵器を作ろうって考えたんだな」

(;^ω^)「ま、そうだお。でも、行き着く先々でバレてクビになったり、工廠吹っ飛ばしたりしたけど……」

( ^ω^)「それも全て、ここに来られたから結果オーライだと思ってるお。で……」


( ^ω^)「これを、僕の行動を、ドクオはどう思うお?」


真剣な表情で尋ねてきた
この事を話すのにも、多くの葛藤があったに違いない
開発を差し止められたり、造り上げてきたこの装備を廃棄されたりする可能性も考えただろう
それでも、ブーンは俺を信頼し、話してくれた。なら、俺はその信頼に応えるべきだ

79 名前: ◆HS4z8y6JHc[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 17:15:20 ID:62pQqJ3.0
('A`)「これ……読んでくれ」


ショボンのオッサンにも読ませた、メモリー内容のプリントを差し出す
ブーンはそれを受け取って、手早く読み進めた


( ^ω^)「……」

('A`)「もし……もしよ。お前のお父さんが生きていて、提督になったとしたら、艦娘を使い捨てるような真似は絶対にしねーと思う」

('A`)「戦場を見てるから、敵の恐ろしさを知ってるから、戦う人間の尊さをわかっているから」

('A`)「ブーン。お前が造ったこの鎧は、この戦争と、指揮官のあり方を変えてくれる筈だ」


ブーンの両肩に手を置き、俺は笑った


('∀`)「俺は応援するぜ。上官として、友達として。そんで……」

('∀`)「この鎮守府で一緒に暮らす、家族としてな」


( ^ω^)「ドクオ……」


( ^ω^)「笑顔が気持ち悪い」


やっぱぶっ潰そうかなこの鎧

80 名前: ◆HS4z8y6JHc[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 17:16:01 ID:62pQqJ3.0
( ^ω^)「冗談だおwwwwwww怒るなおwwwwwwほんとちょっと待って肩痛いお前握力凄い」


ブーンは俺の両手を引き剥がす。だが、そのまま手放さず、包み込むように握りしめた


( ^ω^)「ありがとう。提督」

('A`)「おう」


ため息のように吐き出された感謝には、安堵の色が見えた
理解者のいない、孤独な戦いだったのだろうと察する


('A`)「……」

( ^ω^)「……」

('A`)「いやいつまで握ってんだよ流石に気持ち悪いよ」

( ^ω^)「腐女子大歓喜」

('A`)「いいよそんなサービスしないで」


今度は俺が手を振り払う。どの層が得するんだよマジで


('A`)「聞かせてくれよ。この鎧の事をよ」

( ^ω^)「おっお、存分に語ってやるお!!」


それから、俺たちはオッサンが飯が出来たと呼びに来るまで
工廠で飽きることなく語り合った

81 名前: ◆HS4z8y6JHc[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 17:50:37 ID:62pQqJ3.0
―――――
―――



あれから、数日が経った


('A`)「……」


堤防で釣り糸を垂らしながら、俺はメモリーの『2』のファイルをプリントアウトして読んでいた
読む必要の無い日記と書かれていたが、いらない情報なら、ナンバリングまでして入れとく必要は無い
読んで欲しいから、入れたんだろう


('A`)「……」


『彼』の提督生活は、俺のように『訓練生』という段階を踏んでいない特殊なものだった
ブーンの父親と同じく陸上迎撃部隊だった彼は、退役後、兵士向けのボランティアセラピーをしながら各地を転々としていたらしい
しかしある日突然、海軍関係者に拉致され、この鎮守府へと送り込まれた

その経緯の中で、一際目を引いた文章があった


('A`)「『顔面に大火傷を負っていた』……」


鎮守府の医務室にあるベッドで目を覚ました彼は、元の表情がわからなくなるくらいの大火傷をしていたらしい
その重傷を負った記憶も無く、戸惑ったそうだ


('A`)「火傷……」


ブーンの話を思い返す

『艦娘の艤装を人間が装着したら、身体が燃えて死亡した』

無関係とは思えない。彼が数少ない陸上迎撃部隊の生き残りであるなら尚更だ

82 名前: ◆HS4z8y6JHc[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 17:51:37 ID:62pQqJ3.0
('A`)「でも、突拍子もねえ話っつーことにも変わりねえよなぁ……」


リールを巻いて糸を戻す
釣針に引っ掛けてあった餌は綺麗に無くなっていた。随分器用にお食事するじゃねえか魚の野郎


('A`)「よっと!!」


餌を付け直し、竿を振って釣針を遠くに投げる
オッサンからは『マグロ釣ってこい。釣ってこなかったら殺す』と脅されているので、なんとしても釣り上げないといけない
って釣れるわけねーだろ頭にウンコ詰まってんのか


('A`)「ハァーァ……」


とまぁ、火傷のこともあり海軍及び艦娘には不信感を抱いていた彼ではあるが
初期艦娘として同時に配属されていた『叢雲』と生活していくうちに、艦娘に対する評価は変わったそうだ
『兵器』と分類されている彼女達も、人間と同じように感情があり、人格があり、『死』に対する恐怖がある
ファイルの『1』に記述されていたような、人間の横暴な振る舞いに、憤りを感じていることも

戦いに参戦した彼は、艦娘……兵士ついてこう語っている


『戦場に立つ兵士は、他者に与えられた大義の為に戦ってはいけない。他人の願いの為に命を懸ける必要は無い』
『全て自己の為に戦うべきである。自己の富、名誉、快楽……どれだけ薄汚れたものでも構わない。他人の御綺麗ごとの為に死ぬよりはよほどマシだ』


と。つまりは、命令されて戦いに赴くのでは無く、自己の目的を達成する為に戦えとの事だ
理に適っていると思った。人間だって、労働の為に労働する奴はいな……少ないだろう
生活や趣味に必要な金を稼ぐ為に、自主的に働いているのだ。『社会の為』だなんて、思っている奴はいな……少ない
だからこそ、早い時間に起床して遅くに帰る、大変な生活を四十年間も続けられるのだ

83 名前: ◆HS4z8y6JHc[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 17:52:38 ID:62pQqJ3.0
艦娘はどうだろうか
『人間を守る』という大きな目的を持ってはいるが、それは他者の為の働きだ
そこに自己の願いは含まれていないように思える。人間と同じなら、欲もあって然るべきだ

だが、その『欲』はどう発散する?例えばだが、彼女達が『提督』に振り向いてもらう為に戦うとする
当然、一つの鎮守府に提督は一人しかいない。余程のクズ野郎では無い限り、付き合う艦娘も一人に限られる
では、提督に振り向いてもらえなかった艦娘は?その後、何を目的に戦えばいい?

人間であるならば、失恋してもまた次の異性を探せば良い。出会いの場はそこら中にある
しかし、艦娘が動けるゾーンは人間と比べて少ない。鎮守府にはブーンやオッサンのような異性もいるが、艦娘の数と比例しない
許可さえあれば外出も出来るが、それほど多くの時間を費やせない。ましてや、一般人から『兵器』と認識されている
拒否感を覚える奴もいるだろうし、それを良いことにゲスい行為をする奴もいるだろう
勿論、否定的な感情は人間同士でも発生する。それでもやはり、『人ならざるもの』である艦娘にはそれが顕著に現れるのだ


('A`)「難しい問題だよなぁ」


必要なのは、艦娘に対する『法』だろう
人権を与え、人間と変わらぬ扱いにすることで、人と艦娘の間にある隔たりを無くさないといけない
俺が『難しい』と思ったのは、その法を作ることでもあるが、作った後の事もある

それは『差別』という、根深い問題だ

人間でも、人種や宗教から始まり、考え方や性格、見た目に至る様々な要因でそれは発生している
しかもそれは、遥か昔から今に到るまで、一向に解決しない問題だ
人間同士ですらこの体たらくだ。そこに艦娘が加わってしまっても、おいそれと受け入れられないだろう
戦争経験者なら尚更だ。第二、第三の『ランボー』が現れるに違いない
ランボーつっても一作目な?あれが一番兵士に対する差別が描写されてるから

84 名前: ◆HS4z8y6JHc[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 17:54:14 ID:62pQqJ3.0
('A`)「釣れねーなぁ……」


法云々はさて置き、日記の中の『彼』は、艦娘に目的を与えることに重点を置いた
それは物では無く、『生きる楽しさ』だ

遊びの楽しさ、学びの充実感、眠りの気持ちよさ、食事の満足感、勝利の高揚、帰還後の安心感

その全てを味わう為に戦い、生き残る。そういう方針で鎮守府を運用していた
また、自身を恋愛の対象とさせるのはご法度としていたらしい
指揮官が部下の誰か一人と付き合うと、部隊間で擦れが生じてしまうからだ
この辺りは読んでて自分を恥じた。そりゃそうだわ嫉妬とかあるもんそれくらい分かれよ俺

彼は、艦娘を妹や娘のように、分け隔てなく平等に扱っていた
そして、戦争が終わって、海軍とは関係の無い良い男と結婚し、幸せになって貰いたいと
父親のような、願いも持っていた


('A`)「……」


ファイル2の内容には、ショボンのオッサンが言っていたような提督の悪事は何一つ書かれていなかった
そりゃあまぁ、実際はやっててここには書いていないだけかもしれない。けど
艦娘に生きる楽しさを教え、幸せになって欲しいと願う人間が、そんな事しでかすとは俺は思えない
悪事も結局は噂話でしかない。どちら信じるかと問われたら、俺はこの日記を書いた提督を選ぶ

だが、『曰く』についてはどうやら本物だったそうで、彼がここに着任するまで、歴代提督と艦娘は不審死を遂げていたらしい
日記にも、鎮守府で起きた様々な怪奇現象について書かれていた。中には、『乳首相撲』だの『ウンコマン』だの、アホみてーなワードも含まれていたが


('A`)「……」


釣竿の先は、微動だにしない
いつもならもっと食いついてくるのだが、今日の魚は賢いらしい

85 名前: ◆HS4z8y6JHc[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 17:54:52 ID:62pQqJ3.0
('A`)「戻ろうかな……」


プリントを捲りながら、釣りを切り上げようか考えた
オッサンにはめっちゃからかわれるだろうけど、今日はこのまま待っても結果は一緒だろう


('A`)「ん?」


立ち上がろうとした時、とある文章が目に留まり
腰を浮かしたまま固まった


それは、『エラーさん』と呼ばれる少女であった


(;'A`)「……」


艦娘でもなく、かといって人間でもない
どこからともなく現れて、ふらりとどこかへ去っていく
両手に白猫を携え、帽子の初心者マークとおさげが特徴的な少女


(;'A`)「白猫……少女……?」


俺が最初にこの鎮守府へ来て、最初に聞いた女の子の声、最初に見た尻尾
俺だけの夢や幻と思っていた存在が、数年前の日記にも書かれていた

上げた腰を、もう一度下ろす
釣りの事など、既に頭の中から消えていた


(;'A`)「『エラーさんはこの世界に艦娘を連れて来た管理人であり、二つの世界を隔て行き来する』……」

(;'A`)「『艦娘だけに認識される存在で、人間はその姿も声も認知することが出来ない事から、通称「妖精」と呼ばれていた』……」

86 名前: ◆HS4z8y6JHc[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 17:56:22 ID:62pQqJ3.0
待て、待てよ。つまりは、人間には見えないってことだろ?
じゃあどうして、彼はその『妖精』とやらの姿形を知っていて


(;'A`)「どうして俺に語りかけたんだ……?」


『エラーさん』の話は続く。世界に艦娘を連れて来た彼女の目的は、『戦争の継続』
彼女の言う『あちらの世界』では、艦娘と深海棲艦の戦争を『ゲーム』として楽しんでいるという


(#'A`)「なんだよそれ……!!」


そんな、『ゲーム』なんかのために
俺達の世界の人間が割を食っているのかよ!!


オッサンのように苦しむ人間がいるのに!!
ブーンの父親のように、殺されてしまう人だっているのに!!


(#'A`)「ふざけんなよ……!!」


ふつふつと怒りがこみ上げてくる。思わずプリントを握りつぶしてしまいそうだった
だが、文章はそれで完結してはいない。怒りの衝動を押さえ込み、読み進めた


(#'A`)「……」


当然、彼も怒りを露わにしたらしい。しかし、エラーさんは悪びれる様子を見せなかった
『情』そのものが欠落している、冷徹なロボットのような存在だったそうだ

だが、そんな彼女が何故、『彼』と接触したのだろうか
それは、この戦争、この世界において彼は異質な立場だったからだ

87 名前: ◆HS4z8y6JHc[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 17:57:06 ID:62pQqJ3.0
('A`)「『激昂した私を尻目に、「また来ます」と言って彼女は去った。最後に、「龍田殿」と言い残して』」

(;'A`)「『彼女が錯乱していない場合に限り、これは私のことを差した言葉だろう。しかしこの人生において、私は一度もそんな名で呼ばれた覚えは無い』……」

(;'A`)「『軽巡洋艦娘の名前で、呼ばれた事など無いのだ』……」


俺は今、一つの結論に辿り着こうとしていた


(;'A`)「艤装を装着した人間の死に方、顔に負った大火傷、艦娘にしか認識できない妖精、龍田……」


彼の異質。それは


(;'A`)「艦娘の艤装に適応した……?」


ブーンが追い求めていた、人間の戦争への介入
それを為せる人物が、この鎮守府にいた

彼を拉致し、実験を行い、成功
その貴重な試験者を、この場所で艦娘と共に幽閉した。逃がさない為に
合点がいく、いってしまう。だが、混乱は深まっていくばかりだ

成功したなら、どうしてその研究を続けなかったのか
どうして、提督の立場に置いたのか
そして何故、彼はデータを遺して死んだのか
わからない。だが答えはこの日記の中にあるはずだ


(;'A`)「こうしちゃ居られねえ……!!」


俺はすぐさま立ち上がり、二人と相談すべく鎮守府の方へ足を向けた

88 名前: ◆HS4z8y6JHc[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 17:57:47 ID:62pQqJ3.0
その時、これまで聞いたことの無い、けたたましい音が鳴り響いた



(;'A゚)「」




風雲急を告げる、『警報』




(;'A゚)「まさか……」



それは、海軍が既に『安全だ』と判断した海で
深海棲艦が現れたことを意味していた―――――

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