艦娘がいない鎮守府のようです

48 名前: ◆HS4z8y6JHc[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 16:33:44 ID:62pQqJ3.0
―――――
―――



(;'A`)「つっかれたー……」


自室のベッドに体を投げ出し、伸びをする
男二人をそれぞれの部屋に運ぶのは、やはり重労働だ
しかも一人はデブだったから、最終的には転がした
なんどか壁に顔をぶつけてしまったが、酔ってた所為にすりゃいいだろ


('A`)「ハァー……」


疲れと酔いが、まどろみの中へと引きずりこんでいく
ぼんやりとした頭で、明日から何をしようかなんて考えながら、俺も眠りに就いた


(-A-)「スゥ……」


(-A-)


(-A-)





(-A-)







.

49 名前: ◆HS4z8y6JHc[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 16:34:35 ID:62pQqJ3.0






『りん』






.

50 名前: ◆HS4z8y6JHc[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 16:35:33 ID:62pQqJ3.0
聞き覚えのある、鈴の音だった


(-A-)「……」


部屋の中に、人の気配がする
ブーンか、オッサンか。尋ねようとしたが
声は出ない、体も動かない。俗に言う、金縛りに掛かっている

きっと、夢だろう。気にするまでも無い。もうここは、オバケ屋敷ではないのだ


「さて、新しい提督さん」


この場所で始めて聞いた、女の子の声だ
結局この一ヶ月、声の正体は分からずじまいだったな。白昼夢でも見てたのだろうか


「貴方はこれから、『前』より余程厳しい状況で、深海棲艦に挑まなければならない」


待てよ、ここは既に解放された海域じゃあないのか?
一ヶ月間、静かで穏やかなもんだったぞ?


「解放された海域?ハハ、可笑しな事を仰る」

「海が一つに繋がっている限り、『彼女達』はどこにだって赴き、どこにだって現れる」

「勝利条件はただ一つ、『深海棲艦の全滅』。それは、向こうにも言える事」

「降伏など無意味、和解など持っての他。殺すか殺されるかの『戦争』。それを『彼』はちゃんと理解していた」


彼、とは?


「軽巡洋艦、『龍田』」

51 名前: ◆HS4z8y6JHc[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 16:36:11 ID:62pQqJ3.0
(;-A-)「……」


龍田だと?艦娘を、『彼』と?
アンタは、一体何を言っているんだ?


「艦娘でありながら、人間であり、そして深海棲艦でもあった、奇妙な男性で……」

「この場所の、前任提督だった」


支離滅裂が過ぎる。艦娘なのに、人間で、それに深海棲艦だと?
もしそんな奴がいたとして、それが何故こんな場所で提督をしていた?


「さて。艦娘に拒絶され、忌まわしき鎮守府へと流れ着いた『丸腰の提督』さん」


『りん』と、また鈴の音が響くと
動かない俺の手に、柔らかな毛の……『猫』のような感触が広がった




「貴方は果たして、『彼』の意思を継ぐ者となれるでしょうか?」



.

52 名前: ◆HS4z8y6JHc[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 16:37:54 ID:62pQqJ3.0
('A`)「……」


('A`)「あ、ああ……朝か……」


カーテンの隙間から差し込む光で、目を覚ます
起き上がると、僅かに頭痛がした。二日酔い気味だろう


('A`)「なんか……変な夢見た気がする……」


内容を覚えてはいないが、とにかく不可思議な夢だった筈だ
思い出せないもどかしさで、頭を掻こうと手を上げた時


('A`)「ん?」


俺は、何かを握っていることに気がついた


('A`)「……USB?」


8GBの、USBメモリーだ
こんな私物を持ち込んだ覚えは無い。この一ヶ月の改装及び大掃除で、記憶媒体を見つけた覚えも無い
ブーンかショボンの物だろうか?だとしても、あいつらの物を、俺が握りこんで寝ているのは可笑しくないか?


('A`)「……ま、いいだろ」


司令室にはパソコンがあった。後で確かめてみよう
スウェットのポケットに仕舞いこみ、食堂へと向った

53 名前: ◆HS4z8y6JHc[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 16:38:41 ID:62pQqJ3.0
(;´ ω `)「おあよう……」

(; ω )「おうぇっ……顔痛……」


(;'A`)「……」


コーヒーを一杯淹れる間に、昨夜ベロンベロンに酔っ払った二人がのそのそとやって来た
どちらも頭を抱えながら、青白い顔をしている。麦茶みたいにビール飲んでるからだろ


(;'A`)「コーヒーか?それとも水か?」

(; ω )「水くれお……」

(;´ ω `)「悪ぃ……今日は仕事できそうにねえや……」

(;'A`)「お、おう……良いよ今日は休んでろ」


入れてきた水を飲み干した二人は、またふらふらと寝床へ向った
今日は俺一人で仕事か……まぁ、次の方針を考えるいい時間になるだろう


('A`) ズズッ
つ日


('A`)「さてと……始めるかね」


まだ半分ほど中身が残っているマグカップを持ちながら、作戦指令室へと向った

54 名前: ◆HS4z8y6JHc[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 16:40:09 ID:62pQqJ3.0
('A`)「アラート、異常なし。レーダー、異常なし。その他計器……オーケー、異常なし」


レーダーは最重要機器だ。艦影を捉えると、鎮守府全域に警報を鳴らす
これが動いていないと、近づいてくる深海棲艦を見つけるのが難しくなる
朝と夕方、二回のチェックは欠かせない。まぁ、いつもブーンがメンテしてくれているから、今の所問題は無いが


('A`)「今日も平和でござんすねっと……」
つ日


軽くぼやいて、コーヒーを啜ろうとした時


('A`)「……?」


俺は自分のぼやきに、違和感を覚えた
平和……なのか?本当に?


(;'A`)「はは、何を……」


ここは大本営が、艦娘を配備する必要が無いと結論を出した海域だ
一ヶ月間、何の異常も無かったじゃないか……


(;'A`)「……クソッ」


嫌な想像ってのは、考えないようにすればするほど広がるもんだ
温くなったコーヒーを一気に飲み干して、不安を苦味でむりやり洗い流し、今度は見張り台へと赴く

55 名前: ◆HS4z8y6JHc[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 16:40:48 ID:62pQqJ3.0
('A`)「今日のご機嫌は悪いようだな……」


今日の天気は曇り空、風も吹き波が高い
空も海も灰色に染まり、巨大なバケモノが、大口開けているかに見えた
広げた折りたたみ椅子に深く座り、イヤホンを耳に突っ込み、ウォークマンの再生ボタンを押す


♪Zebrahead - Rescue Me
https://www.youtube.com/watch?v=w0rkj_GHO2g


('A`)「……」


風が波を押し上げ、時折港湾に水しぶきを立たせる
こんな時化た海でも、艦娘は出撃しているのだと言う
その姿を目に掛けたことは無いが、もしもその背中を見送ることがあるのなら

俺は、どう声を掛けたらいいのだろうか?


('A`)「戦争、か……」


提督は、艦娘の司令官という立場だ
言うならば、机上の駒を進めて、戦いを勝利に導く存在だ
だから……『戦場の空気』を、読み取ることが出来ない。砲の音も、魚雷発射音も

圧倒的火力で迫る戦艦級深海棲艦の圧力も、音も無く足下に現れる潜水艦の恐ろしさも

それを知らない立場で、『頑張ってこい』『必ず勝て』など、言っても良いものだろうか?
近頃、そんなことを考えるようになった。多分、もっと早くに
それこそ、提督の道に進む前に考えるべきことだろう

56 名前: ◆HS4z8y6JHc[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 16:41:48 ID:62pQqJ3.0
('A`)「……」


幸か不幸か、俺にはその考える時間が与えられた
もしも艦娘が手元にいて、順調に海域を開放し、次々と彼女達を増やしていたら
俺は色に目が眩んで、ブーンが最初に言った『ゲス野郎』になっていたかもしれない


('A`)「……」


ここの前任のように、艦娘を悪戯に……


('A`)「……?」


悪戯に、扱ったのか?


('A`)「……なんだ、この、感じ」


ショボンのオッサンから聞いた噂話に、昨日までの俺は疑いも無く嫌悪を抱いたはずだ
だが今は、それが疑問に変わっている。またもや、『本当に?』と


('A`)「ッ……」


ポケットから、USBを取り出す
寝てる間に握っていたこれに、その『答え』が載っているとしたら……?


('A`)「俺は、一体……?」


変だ、今朝から、夢を見てから
椅子を折りたたみ、もう一度海を注意深く眺めて異常が無い事を確認し
俺はパソコンがある司令室へと急いだ

57 名前: ◆HS4z8y6JHc[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 16:42:46 ID:62pQqJ3.0
―――――
―――



('A`)「テキストファイルか……」


三つのテキストファイルと、ピクチャファイル
タイトルはシンプルに数字で記されていて、中身が何なのか検討もつかない


('A`)「……」


差しあたって、最上部にある『1』のファイルをクリックしてみた
ワードが開かれ、その内容が表示される

その書き出しは、まるで


『貴方がこの手記を読んでいる時、私は既にこの世にはいないだろう』
『自己紹介をしよう。私は「流刑地」と呼ばれた鎮守府に四年間着任していた提督だ』
『噂には聞いているだろう。着任した提督や艦娘が悉く不審死を遂げる、呪われた鎮守府』
『そこで私は、「家族」と共に周辺海域を深海棲艦の支配から解放した』


三流脚本家が書いた、映画やドラマのような物だった


(;'A`)「これ、前任の……」


ごくりと、溜飲を下す。残酷な噂話を思い出し、鳥肌が立った
だが、俺はついさっきその考えに疑いを持った身だ。それを晴らすためには、これを読まなければならない
意を決し、マウスホイールを回していく


『最初に、このメモリーの内容を説明しておく。この1番目のファイルは「艦娘の現状」について』
『2番のファイルは、私が「提督」として勤めた四年間の日記だ。別に読んでも読まなくてもいい。長いから途中で切ってくれても構わない』
『最後に、私の願いについて』


('A`)「ふむ……」


深海棲艦と艦娘に関する書籍はいくつか読んだが、殆どが考察に近いものだった
両者とも謎が多い。艦娘自身も、その出生を語ることが出来ない
どこから来て、何が目的なのかがハッキリとしていないのだ

58 名前: ◆HS4z8y6JHc[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 16:44:09 ID:62pQqJ3.0
俺は、この文章を書いた人物の研究結果をまとめているものだと思っていた
しかし、スクロールして読み進めていくうちに、それは全く見当違いだと知ることになる


(;'A`)「……」


そこに書いてあったのは、海軍の『闇の部分』
艦娘が受けた、非道だった


『最初に出会った叢雲は、前の鎮守府で自爆特攻を命じられ、決行直前に戦場から逃げ出した』
『命じた理由が、「口答えをしたから」だ。初期艦としてアドバイスをしたつもりだったのだが、当時の司令官はそれが気に食わなかったのだろう』
『時雨は、提督が圧力支配をする鎮守府でのストレスに耐え切れず、傷害事件を起こした』
『大本営の独房で彼女を最初に見たとき、彼女の目は人間に対する殺意しか映ってなかった』
『性的案件は数え切れない。艦娘は無条件に提督に好意を寄せると言うが、それは間違いだ』
『愛好の感情の裏には、必ず嫌悪の感情がある。どちらか一方だけに偏るなど、ありえないのだ』

『ここに集まる艦娘は、こういった提督の身勝手によって追い出された者ばかりだった』


(;'A`)「……」


つまりは、自分の欲望を満たすために提督となった奴らに刃向かい、逃げ出した艦娘がここに送られたのだ


『提督が全員、色欲に流れる下衆の類とは言わない。私が海軍所属になってから幾つかの鎮守府を見てきたが』
『真剣に戦争の終結を望み、日々戦いに挑んでいる者達も確かに存在する。だが』
『目先の勝利に囚われ、艦娘の命を粗末に扱う人物も現れてしまう』
『しかもその行為は、人が人を扱うよりも安易に行われてしまうのだ』

『人。「人間」という生物が誕生するまで、母親の胎内で十ヶ月ほどの時間が掛かる』
『そこから更に「青年」と呼べるようになるまで十数年の月日を要する。人には、『人生』という重みがある』
『その重みがあるからこそ、兵士の命を預かる「指揮官」は、容易く自爆覚悟の突撃を命じられない』
『しかし、艦娘はその成長過程を僅か20分、長くても八時間で済ませてしまう。それも、母とも呼べない箱の中でだ』
『産みのリスク、育てのリスクが余りにも軽い。加えて、彼女達は「資材」から作られる』
『死亡責任を追及する父や母、『家族』も存在しない。無謀な命令で彼女達を死なせ、責められることが無い』
『「提督」の双肩に掛かる責任を、余りにも軽く考えているのだ』

59 名前: ◆HS4z8y6JHc[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 16:46:11 ID:62pQqJ3.0
『それが顕著に表されているのが、「艦娘三原則」だ』


・第一条 艦娘は人間に危害を加えてはならない。
・第二条 艦娘は人間に与えられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
・第三条 前掲第一条及び第二条に反する恐れの無い限り、自己を守らなければならない。


『アイザック・アシモフが自身のSF作品にて示した「ロボット工学三原則」を元に考案されたこの原則は』
『人間への安全性、命令への服従、自己防衛を目的とする三つから成る』
『人類共通の敵、「深海棲艦」に唯一対抗しいれる彼女達の、決して破ってはいけない掟』
『とどのつまり、「兵器」が人間に刃向かうなと、暗に言っているようなものなのだ』
『この「兵器」という認識が改められない限り、彼女達が置かれている環境が改善されることは無いだろう』


(;'A`)「……」


俺は、無意識の内に自分の胸倉を掴んでいた
マウスを握る手は汗でぐっしょりと濡れていた


(;'A`)「俺もだ……」


この文にある、艦娘を軽く扱った『提督』達と、俺はなんら変わらないではないか
大義を掲げるフリをして、結局の所、俺は自分のことしか考えていなかった

『艦娘に対する世間の認識や、風潮がそうさせた。お前は悪くない』

一瞬そう考えては、頭からかき消した

60 名前: ◆HS4z8y6JHc[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 16:46:59 ID:62pQqJ3.0
(;'A`)「バカ野郎……分かるだろうが……」


映像で見た彼女達は、人の形をして話し、笑い、そして戦っていた
そこに傷つく『心』が無いはずがない。それを、蔑ろにして良いはずがない
これを読むまで、そんな単純なことに気がつかなかった


(;'A`)「っ……ふー……」


天を仰いで、ため息を吐いた
幸いなことに、俺の身勝手で無意味に傷つく艦娘が、ここにはいない
だが、例えこの場所に艦娘が来ても、俺は提督を続けるべきなのだろうか
命を預かる『責任』を感じて、逃げ出さずにいられるのだろうか


(;'A`)「……」


しばらく、自分の両拳を見つめながら考えていたら
いつの間にか、窓の外が薄暗くなっていた


(;'A`)「嘘だろもうこんな時間……」


立ち上がって、今日の報告へ向おうとした
そしてふと


('A`)「……」


俺は、他の鎮守府を見てきた二人にもこれを見せようと思い
手早くプリントアウトをし、クリアファイルに仕舞った

61 名前: ◆HS4z8y6JHc[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 16:48:14 ID:62pQqJ3.0
―――――
―――



('A`)「お……?」


本部への報告を終え、適当に夕食を済ませようと食堂に向っている最中
ふわっと、出汁の良い香りが鼻を擽った


('A`)「オッサン、具合はもういいのか?」


厨房では、二日酔いでダウンしていたショボンのオッサンが料理をしている


(´・ω・`)「おう、迷惑かけたな」

('A`)「全くだぜ。次は海に叩き込むからな」

(´・ω・`)「死ぬわ」


顔色も良く、体調は元通りになっているようだ


(´・ω・`)「簡単なもので悪いが、晩飯だ」


根菜と牛肉が入ったうどんを二つ、テーブルへ運ぶ


('A`)「ブーンはまだダウンしてんのか?」


食い意地の張ったあいつが、飯時にいないのは珍しい


(´・ω・`)「まだグースカ寝てたぜ。明日まで起きねえだろうな」

('A`)「相当だな」

62 名前: ◆HS4z8y6JHc[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 16:49:20 ID:62pQqJ3.0
透き通るような関西風の出汁を啜る。摩り下ろした生姜の風味が爽やかだ
具は甘辛く煮込んであり、ゴボウの歯ごたえが良いアクセントになっている


('A`)「ああ、うめえ……」


自然と零れる、食事への感想。どっかの美味しnクソグルメ漫画のように、薀蓄垂れ流さなくとも
『美味い』の一言は、料理人に対する最高の賛美だと思う


(´^ω^`)「知ってる」


でももうちょい謙虚になれよムカつくなその顔


('A`)「ごっそさん」


五分足らずで食い終え、パンと手を合わせ食事への感謝をする
オッサンは灰皿を引き寄せ、食後の一服を始めていた


(´・ω・`)y-~「フーッ……そういや、こうやって二人だけでゆっくりするのは始めてだな」

('A`)「せやな……」


この一ヶ月はバタバタとしていたし、何か食うときは絶対ブーンいたしで
こうして向き合って話す機会は、無かったかもしれない

しかし、ちょうど良い。前の鎮守府の話を聞くには、おあつらえ向きだろう
テーブルに置いてあるクリアファイルを、オッサンに差し向けた


(´・ω・`)y-~「これは?」

('A`)「目を通せば分かる」


タバコの灰をトンと落としたオッサンは、コピー紙を取り出し、左右に目を流す
そして、『信じられない』といった表情で、俺の方へと向き直った

63 名前: ◆HS4z8y6JHc[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 16:51:49 ID:62pQqJ3.0
(;´・ω・`)y-~「前任の……どこでこれを?」

('A`)「さぁな……今朝起きたらメモリーを握ってた」

(;´・ω・`)y-~「どうして俺に?」

('A`)「鎮守府勤務経験者の観点からの話を聞きてえ。俺は、ここ以外を知らない新米だからな」

('A`)「前任が残した手記が、本当かどうかを確かめたい」


俺の目を見て、オッサンの顔つきが真剣になる
まだ何も話してはいないが、俺の想いを察してくれたのだろう


(´・ω・`)y-~「……」ペラ


黙々と、文章を読み進める
時折、タバコの煙を吐くこと以外、口を開かなかった


(´・ω・`)y-~「フーッ……」


読み終えたオッサンは、机で紙をトントンと整え、クリアファイルに仕舞う
そして、短くなったタバコを揉み消し、すぐさま二本目に火をつけた


(´・ω・`)y-~「結論から言おう。事実だ」

('A`)「……」

(´・ω・`)y-~「だがまぁ、人間社会がそうであるように、ピンキリだがな」

('A`)「……オッサンが、前にいた場所は」

(´・ω・`)y-~「良い所だったよ」

64 名前: ◆HS4z8y6JHc[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 16:52:30 ID:62pQqJ3.0
過去を懐かしむように遠い目をして、煙を吐く


(´・ω・`)y-~「イジメもねえ、設備は整ってる、福祉も充実……提督も若く、やり手だった」

(´・ω・`)y-~「問題があるとすれば、『俺』自身だ」

('A`)「オッサン自身……?」

(´・ω・`)y-~「『戦闘ストレス反応』って、分かるか?」


頷き、肯定した。戦場に出る兵士に起きるトラウマだ
戦争後遺症とも呼ばれる


(´・ω・`)y-~「まぁ、正確じゃあねーとは思うが、俺はそれを患った」

('A`)「え、でも……」


『そうは見えない』と言おうとしたが、手で制される
俺は口を噤み、次の言葉を待つことにした


(´・ω・`)y-~「一言で言っても、色々あるだろ。銃弾の音、死んで行く兵士、仲間の命を守る重圧感……」

(´・ω・`)y-~「心の病だ。薬や手術でそう簡単には治らねえ、難解なものだ……フーッ」

('A`)「……」

(´・ω・`)y-~「肝心の、トラウマ内容だがな……」


注意しなければ分からないほど、僅かにタバコが折れ曲がった


(´・ω・`)y-~「艦娘の轟沈だ」

65 名前: ◆HS4z8y6JHc[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 16:54:12 ID:62pQqJ3.0
('A`)「……提督に、多いと思っていたが」

(´・ω・`)y-~「どうだろうな……少なくとも、前の提督はそれを『割り切っていた』

(´・ω・`)y-~「当然だ。戦争なんて殺し殺されの地獄絵図。そこに犠牲が伴わないワケがねえ」

(´・ω・`)y-~「短時間で『造られる』艦娘なら、尚更軽く扱われるだろう……この手記の通りにな」


オッサンはファイルを指で叩いた
そりゃ、そうだ。とどのつまり戦争は『殺したモン勝ち』
『犠牲を出したくない』など、平和的で優しく、能天気な願いが通る筈が無い


(´・ω・`)y-~「奴は優秀だったが、それは『勝つ』事だけに限られた。勝つためなら、犠牲を厭わないタイプのな」

(´・ω・`)y-~「だから……俺の顔見知りも、沈んでいくことが多かった」


タバコが、また折り曲がる
今度は、さっきよりも強い力を込めて


(´・ω・`)y-~「最初は卯月っつー駆逐艦娘だった。悪戯っ子でな、変わった語尾を付けてた」

(´・ω・`)y-~「俺が気まぐれで作ったお菓子をあげたら、飛び上がりそうなほど喜んでな……それから、二人三人と、厨房に顔出す連中が増えていった」

(´・ω・`)y-~「それから、俺のお菓子作りは日課となった。どいつもこいつも、良い表情で食いやがるんだ。美味しい美味しいってよ」

(´・ω・`)y-~「俺には家族が居なかったからな。自分のガキみてーに可愛がった……」


('A`)「……」


オッサンは、今まで見せたこと無いような優しい表情をしていた
きっと、彼女達に向けていたのは『性欲』ではなく、『親愛』だろう
だが、それも少しずつ悲しみの色へと変わっていく

66 名前: ◆HS4z8y6JHc[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 16:57:20 ID:62pQqJ3.0
(´・ω・`)y-~「ある日、卯月がパッタリ来なくなった。気になったが、一介の調理師如きがウロチョロしていい場所じゃあ無かった」

(´・ω・`)y-~「仲の良かった駆逐艦に聞いてみたら、『一週間ほど前に沈んだ』と、泣きそうな顔で答えてくれた」

(´ ω `)y-~「信じられなかったね。最後に会った日も、ふざけて笑っていたあの子が『死んだ』だなんてよ」


('A`)「オッサン、もう……」


余りにも辛そうな表情を見て、話を中断させようとしたが
それでもオッサンは、『最後まで聞いてくれ』と、呻くように呟いた


(;´ ω `)y-~「もっと恐ろしいのはここからだ……悲しみの傷も癒えてきた時、ひょこっと『卯月』が厨房に現れた」

(;´ ω `)y-~「最初は夢でも見てんのかと思った。だが、手の甲を抓ってみると確かに痛かった。現実に、死んだはずの卯月が現れた」

(;´ ω `)y-~「『生き返った』『帰ってきた』。俺はそう期待した。だが、あの子は俺の顔を見てこう言ったんだ」


タバコが、グシャリと完全に握りつぶされた


(;´ ω `)「『初めまして』とな……」


(;'A`)「……」


艦娘を知っている者なら、この謎は難なく解ける
『建造』もしくは『ドロップ』によってやってきた、新しい『艦娘』だ
姿形、人格も瓜二つ。だが、記憶や思い出は、まっさらな『別人』

もし俺の家族や、親しい友人が、全く別の存在として現れたとしたら
オッサンのように、恐怖を覚えただろう

67 名前: ◆HS4z8y6JHc[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 16:59:36 ID:62pQqJ3.0
(;´ ω `)「卯月だけじゃねえ……弥生も、皐月も、文月も……みんな沈んでは建造され、何事も無かったかのように現れる……」

(;´ ω `)「そっ、それが、余りにも恐ろしかった……悪い夢を、延々と見せ付けられるような……」

(;´ ω `)「そんな日々が続いて、俺ァ馬鹿になっちまったんだろうな……提督の秘書艦と、提督を犯した……」


最初に出会ったときのような軽口では無く、重々しい、後悔が乗った口調だった
涙こそ流してはいないが、喉の奥から、時折しゃくりあげるような音が聞こえた


(;´ ω `)「精神疾患と診断された俺は、軍の病院で半年ほど入院した。上層部から退院時に突きつけられた二択が……」

(;´ ω `)「犯した罪に見合う年月を、牢屋で過ごすか。その倍以上の時間、『ここ』で勤務をするか……だった」


('A`)「……」


『何故』とは、聞かなかった。何となく、理解出来るからだ
オッサンは料理人だ。『美味しい』の一言が、オッサンにとっての最高の報酬なんだろう


('A`)「鎮守府に、戻ってきたのは」

('A`)「また……艦娘に料理を出す為だった、のか?」


(´ ω `)「……」カチッ シュボッ

(´ ω `)y-~「料理の腕以外に、取り得が無かったからな……せめて、美味い飯振るうくらいの償いをしたかったのさ」

68 名前: ◆HS4z8y6JHc[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 17:00:51 ID:62pQqJ3.0
オッサンは自虐的に乾いた笑い声を上げ、目頭を指で揉み解す
顔を上げた時には、いつもの表情へと戻っていた


(´・ω・`)y-~「まさか艦娘が一人もいねえ場所に送られるなんざ、思ってなかったがな」

('A`)「……」

(´・ω・`)y-~「ああ、別に不満ってワケじゃねえ。ここの生活は楽しいし、お前も良くやってると思うよ」

('A`)「良く……やってるの、かな」

(´・ω・`)y-~「あん?」


また一つ、鎮守府の現実を知った
轟沈による心の傷。戦争という抗えない現実
軽い気持ちで踏み込むべき世界ではなかった


('A`)「今でもオッサンの話を聞いて、ここに送られたことを安心している。前線では、艦娘が命を落としているのに」

( A )「嫌でも自覚するよ……俺は能天気で、覚悟のない人間だったってことを……」

(´・ω・`)y-~「……」


自分の、胸中を打ち明けた。幻滅されても、構わないと思った
辛い過去を持ちながら、のうのうと提督面していた俺に、オッサンは心中で我慢してたのかもしれない
だから、その鬱憤を晴らして貰いたかった。だが


(´・ω・`)y-~「なら、今から変わればいいじゃねえか」


叱責でも、怒号でもない、優しい声でオッサンは返事をした

69 名前: ◆HS4z8y6JHc[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 17:02:05 ID:62pQqJ3.0
(´・ω・`)y-~「最初から何もかも知り尽くして生きている人間なんていねーよ。神じゃあねーんだから」

(´・ω・`)y-~「お前は今日、戦争と艦娘の現実を一つ知った。じゃあどうするか」


オッサンは米神を指で叩く


(´・ω・`)y-~「オツムで考え」


その後、今度は胸を拳で叩いた


(´・ω・`)y-~「心に示すのさ。自分の生き方、生き様をな」

('A`)「生き方、生き様……」

(´・ω・`)y-~「ま、心のビョーキしでかした奴が言っても、説得力ねーと思うがな」


そんな事は、無かった
オッサンは多分、凄く優しかったんだ。だから、人一倍傷ついた
そんなオッサンも、事件や病気を経て、生き様を見つけていったのだろう


('A`)「……考えて、みるよ」

(´・ω・`)y-~「おう、頑張れよ」


オッサンが突き出した拳に、自分の拳をぶつけ合わせた
話が聞けて良かった。俺が目指す『提督』としての在り方に、新しい一歩を踏み出せたから

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