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306 名前: ◆HS4z8y6JHc[] 投稿日:2016/08/20(土) 22:14:54 ID:Eod.UO4Y0
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これは、『禊』だ
〔 §圭 〕「……」
『人間』が、『兵士』として生まれ変わるための
|::━◎┥「どうした?」
それは、『兵士』としての道であり、『人』としての道を外れるということ
人としての『外道』に、足を踏み入れることであった
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307 名前: ◆HS4z8y6JHc[] 投稿日:2016/08/20(土) 22:16:16 ID:Eod.UO4Y0
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『アカツキ』の鎮守府のようです
Side story → Hibiki
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308 名前: ◆HS4z8y6JHc[] 投稿日:2016/08/20(土) 22:21:53 ID:Eod.UO4Y0
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〔 §圭 〕「で……出来ません……」
|::━◎┥「……」
『響』の初陣は、製油所地帯沿岸から燃料を持ち帰る遠征任務であった
鎮守府海域からそれほど遠くない場所であり、敵艦隊と出くわさない限り、問題なく終わる仕事の筈だった
|::━◎┥「あー、悪い。砲撃でまだ耳がバカになっちまってるみてーだ。聞こえなかった」
|::━◎┥「今、何つった?」
帰還途中のことであった。敵水雷戦隊の襲撃に遭い、これを迎撃
旗艦『電』。随伴艦三隻の内、『木曾』及び『島風』が小破
獲得燃料の内、凡そ二割を消失。多少、手痛い損失を被った
敵水雷戦隊は、旗艦『雷巡チ級』及び随伴艦駆逐三隻。規模自体は大したことがなかった
内、駆逐三隻を撃沈。チ級を砲撃、航行不能の大破状態まで追い込んだ
チ級は仰向けに浮かび上がり、間近に迫った電と響から逃げ出すことも出来ない
そんな、沈むのを待つばかりの敵に対し、アカツキの最古参は
|::━◎┥「早く殺せ。てめえが腰にぶら下げてる剣は飾りか?」
〔 §圭 〕「……」
新入りに、『殺し』を経験させようとしていた
〔 §圭 〕「ど……どうしても……やらなければならないのですか?」
響は、腰の近接戦闘用艤装である剣の柄を掴んではいたが
震える腕でただカタカタと鳴らすばかりで、抜き取ろうとはしなかった
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310 名前: ◆HS4z8y6JHc[] 投稿日:2016/08/20(土) 22:24:18 ID:Eod.UO4Y0
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|::━◎┥「俺は言ったよな?お前がアカツキの門を潜った時も、艤装に適応した時も、新人訓練課程の時も、そして今朝も」
|::━◎┥「『躊躇わず殺せ』と。お前は、今の今まで忘れてたのか?それとも、話を聞いていなかったのか?」
〔 §圭 〕「い、いえ……ですが」
響の抗議は、フェイスガードに飛んできた拳によって遮られる
彼の顔面を殴りつけた電は、顎を掴み引き寄せた
|::━◎┥「『ですが』、なんだ?女の姿をした敵と戦うとは思ってなかったか?」
|::━◎┥「見ろ、よく見ろ!!」
顎から手を放し、今度は首筋を掴みチ級へと近づける
駆逐艦や軽巡と比べ、この艦種は人に近い姿をしているのだ
その見た目が、響の行動を躊躇わせた
|::━◎┥「俺らが戦っている敵の主力のほとんどが人と変わらぬ姿であり、その全てが女だ!!
だが、こいつらが人間を襲い、喰らい、海を支配しようとしている!!」
|::━◎┥「てめえは『女の姿だから』と言って、こいつらを逃がすのか!?
あーあ、それはそれはおりこうさんだ!!優しい野郎だ!!ノーベル平和賞だって狙えるだろうさ!!」
|::━◎┥「だがな!!てめえが逃がした一匹が、何百、何千人もの人間を殺し!!艦娘を沈め!!また支配に一歩近づける!!
お前の優しさは、敵にとって『都合が良い』行為でしかない!!」
〔 §圭 〕「うっ……うう……」
|::━◎┥「だから今!!ここで!!てめえの中にあるくだらねえ『慈悲』を殺せ!!その剣で、深海棲艦の喉笛をかっ斬ってな!!」
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311 名前: ◆HS4z8y6JHc[] 投稿日:2016/08/20(土) 22:26:44 ID:Eod.UO4Y0
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電はあえて、主砲や魚雷を使わず近接武器で殺すことを求めた
彼を始めとした『アンカーシステム』適合者は、それぞれが槍、剣、グローブ等の近接艤装を持つ
特に、速力、回避能力に優れてはいるが、主砲の火力が心もとない駆逐にとっては主力級の武器であった
ただし、残酷なことに
『槍』や『剣』は、使用者本人に『殺す感覚』というものをダイレクトに伝えてしまう
だからこそ、殺すことの意味と重みを学べることができる
〔 §圭 〕「……」
響は、ちゃんと理解していた。この戦争がどういうものなのかも
厳しい言葉を投げかける、旗艦の真意も
死に掛けの敵に、あえてトドメを刺させる意味も
これは、『禊』だ
〔 §圭 〕「……」
正義の為に、存続の為に、大義の為に、仲間の為に
『人』から『兵士』へと、生まれ変わる儀式なのだと
〔 §圭 〕「……」
震えは止まらなかったが、柄を握る妨げにはならなかった
抜いた剣は重たかったが、持ち上がらないほどではなかった
〔 §圭 〕「う……」
仰向けに浮かび、弱弱しく息を吐き出すチ級
この痛々しい敵の姿に対して、これから自分が成そうとしている行為に、思わず目を瞑ろうとした
しかし、響は自身の『臆病さ』から発せられたその欲求を真っ向から跳ね除け、彼女を凝視する
『殺し』から逃げず、『殺す者』から目を背けぬ事こそ、今の自分が表せる最大の敬意だと思ったからだ
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312 名前: ◆HS4z8y6JHc[] 投稿日:2016/08/20(土) 22:28:05 ID:Eod.UO4Y0
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|::━◎┥「……」
電はやや距離を取り、響の邪魔にならない位置からその姿を見守った
心優しい響にとっては、この試練は余りにも酷とはわかっていたが
艤装を背負い、海に立つ以上、『殺し』からは逃げられない。飲み込み、慣れる他無い
良心の激痛は、率先して敵陣に斬り込み、誰よりも多く『殺す』隊長に科せられた罰として受け入れた
いずれ、人間としての自分を殺す『毒』と知りながら
〔 §圭 〕「……」
響は剣を逆手に持ち、心臓の位置に狙いを定める
チ級は観念したのか、抵抗の素振りすら見せない。それが、響にとっては途方もなく辛かった
せめて、最後まで殺意の念を向け、化け物らしく足掻いてくれた方が事を済まし易かったからだ
かつて、『無抵抗』を説いた偉人がいた。彼の意見は、賛否分かれるものであるだろうが
この期に及んで言えば、『無抵抗』ほど有力な手段は無かった
〔 §圭 〕「ご……ッ……!!」
口から謝罪の言葉が漏れ出す前に、響は口を閉ざした
それを言ってしまえば、自分の行為は間違っていると認めてしまうからだ
認めた先に、自分自身が、後ろで見守る旗艦が、肩を並べる仲間が、望む結末は訪れない
これが『戦争』。お互いの主張を、暴力に変えて認めさせる、最低最悪の武力解決方法なのだ
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313 名前: ◆HS4z8y6JHc[] 投稿日:2016/08/20(土) 22:29:18 ID:Eod.UO4Y0
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〔 §圭 〕「フッ、フッ……」
だから、『間違っていない』
最低最悪な交流の中では、最低最悪の方法を取る必要があるのだと、自分自身に言い聞かせた
〔 §圭 〕「お、お……」
〔 §圭 〕「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
雄たけびと共に、チ級の胸に刃を突き立てる
血しぶきが、フェイスガードのカメラを汚し、すぐさま自動的に拭き取られた
手ごたえは呆気無かったが、その感触は残響のように手から腕へ、全身へと広がり、こびり付く
チ級は、口から血反吐を溢れさせ、二、三度痙攣をすると、全身から力が抜け落ちた
死亡と同時に体細胞の分解はすぐさま始まり、体は徐々に海へと溶けていく
響は、そこからすぐに動き出すことが出来ず、チ級の全身が消え逝くまで、しばし固まったままであった
〔 §圭 〕「……」
全身が消え、チ級が身に纏っていた鋼鉄艤装も海の底へと沈んだ時、彼は海面に膝を折り蹲った
〔 §圭 〕「う……う……ああああああああ……」
そのまま、身を包む『艤装』の中で涙を流し嗚咽を漏らす
瞳から零れ落ちる滴を拭うことも出来ず、ヘッドギア内のスクリーンを目視することもままならない
先ほどまで戦火と轟音を交えていた海面は、波の音と響の泣き声しか聞こえなくなった
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314 名前: ◆HS4z8y6JHc[] 投稿日:2016/08/20(土) 22:32:45 ID:Eod.UO4Y0
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|::━◎┥「……よくやった。さぁ、帰ろう」
打って変わって、優しい声色となった電は
蹲る響を立ち上がらせ、肩を担ぎ、ゆっくりと航行を始めた
〔 §圭 〕「ああ、ああ……うああああああ……」
|::━◎┥「……」
泣き止まない響に、電は叱咤をしなかった
今し方済ませた『禊』の辛さは、電もかつて経験したからだ
泣き止まない響に、電は慰めの言葉も掛けなかった
『禊』を強要した自分に、その資格は無いと思ったからだ
|::━◎┥「……」
しかし電は、司令官として、隊長としての威厳を保っていられるほど、成熟してはいなかった
|::━◎┥「クソ、気分、悪いよなぁ……俺も、初めて『人間型』を殺した時は、眠れなかった」
|::━◎┥「全く、悪質だぜ深海棲艦ってのは……どいつもこいつも化け物らしい見た目をしてくれりゃあ、もうちょいやり易いんだがよ……」
〔 §圭 〕「ヒクッ、グスッ……た、隊長もですニカ?」
しゃくりあげながらも、響は言葉を交わす
まだ足腰に力は入らないらしく、肩を借りたままであった
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315 名前: ◆HS4z8y6JHc[] 投稿日:2016/08/20(土) 22:35:58 ID:Eod.UO4Y0
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|::━◎┥「どんなに覚悟を決めていても、いざその時になると揺らぐもんさ……死にたくねえ、殺したくねえは人のサガだ。
躊躇うのは、『当たり前』の事なんだよ」
|::━◎┥「だがなぁ、俺もアカツキに……鎮守府に身を置いて戦い続ける中で、『兵士』の役割を自覚したんだ」
自身の近接艤装である『槍』を眺める
この日の海戦では、敵駆逐艦の右目から頭を貫き、沈めた
|::━◎┥「俺らが矛を振るうから、矛を振るう必要のない人生を歩める人たちがいる……ってのをな」
|::━◎┥「お前に、今日の行いを後悔するなとは言わない。ただ、これだけは忘れるな」
|::━◎┥「お前が今日戦ったことで、戦いに巻き込まれる人間を増やさずに済んだってことを」
〔 §圭 〕「……」
|::━◎┥「敵を殺したことで、人類の平和に一歩近づけたことを誇れ。兵士としての役割に従事したことを誇れ」
|::━◎┥「……俺が今日、お前に教えることはそれだけだ。そろそろ、一人で走れるか?」
電は話し終えると、響からゆっくりと離れる
既に響の足腰はしっかりと力が入っており、自立航行を行えていた
〔 §圭 〕「……」
『誇り』。体の良い言葉であり、間違った行いを正当化する為の方便でしかない
しかし、その方便に縋らなければ、兵士は人を救えないのだろう
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316 名前: ◆HS4z8y6JHc[] 投稿日:2016/08/20(土) 22:37:44 ID:Eod.UO4Y0
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〔 §圭 〕「……司令、折り入ってお願いがありますニダ」
|::━◎┥「なんだ?」
〔 §圭 〕「今夜は、眠れそうにありません」
〔 §圭 〕「強い酒を一杯、奢ってください」
声に湿っぽさは残っていたが、力強さを感じさせた
また一人『兵士』が誕生したことに一喜一憂しながら、電は軽く笑い声を上げる
|::━◎┥「ああ、今夜は浴びるほど酒を飲もう」
|::━◎┥「落ち込んだ日のシメは、騒ぐに限る。少し飛ばそう。先行させた二隻に追いつかないとな」
二人は主機を唸らせ、海面を矢尻のように掻き分けながら帰路を急いだ
暁型二番艦、アンカーシステム第三世代、駆逐艦『響』
大隊長である電から『矛』を学び
アカツキ艦娘隊、守護部隊長古鷹から『盾』を学ぶ事となる新兵は
後に『副隊長』を務め、長きに渡って大隊長とアカツキを支える武勲艦となる
そこには、二人しか知らない兵士の起点があった―――――
Side story → Hibiki END