ξ゚听)ξくいのこした四季たちのようです

132 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/01(金) 23:08:53 ID:kX2GMNb20





(*‘ω‘ *)『大きくなったっぽねえ』

( <●><●>)『急に何だよ』

(*‘ω‘ *)『重い荷物も任せられるようになったんだなあと』

 中学3年の夏休み。
 祖母に言いつけられて、本の詰まった重たい段ボールを庭の蔵に運び終えたところ、
 感心したようにしみじみ呟かれた。

 あれ以来、長期休暇に入ると祖父母の家に預けられるのが恒例となった。
 5年生の春には素行もだいぶ大人しくなっていたため、今では
 夏休み丸ごとではなく盆の時期まで、といった具合に短縮されてはいるが。

133 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/01(金) 23:09:43 ID:kX2GMNb20

( <●><●>)『おかげさまで雑用押しつけられまくってるけどな。おのれババア』

(*‘ω‘ *)『ババア孝行ぐらいするべきだっぽ。
       ……来年には高校生か……ちゃんと勉強してるっぽ?
       あの高校、お前にはちょっと難しいような』

( <●><●>)『余裕』

(*‘ω‘ *)『じゃあテスト』

 庭を出て、すぐ近くの縁側に並んで腰掛ける。
 背後の部屋では祖父が間抜け面で昼寝していた。

 祖母が懐から出したメモ帳に問題を書き付け、こちらへ渡す。
 いつの間にやら好きになっていた計算問題だった。

(*‘ω‘ *)『制限時間は3時間。解けたら今晩は冷房の利いた部屋ですき焼きにしてやるっぽ』

(;<●><●>)『3時間って』

 時間設定が甘いと思わせないのが祖母である。
 つまりはそれくらい時間をかけないと、自分に解けるかどうか怪しい難問ということだ。

 しかしすき焼き。頑張らねば。
 昼に素麺を出され、夜は程々に栄養に気を遣った地味な料理を出される日々。
 男子中学生は肉が欲しい。

134 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/01(金) 23:11:07 ID:kX2GMNb20



(;<●><●>) グヌヌ

 ──メモ帳と向かい合って、既に一時間が経つ。
 辺りには計算式を書き殴ったメモ用紙が散乱しているが、
 いずれも途中で間違いに気付くか停滞するかで、答えには至っていない。

 元から汗っかきな体質な上、
 じりじりと陽光に焼かれながら頭を酷使しているせいで汗がひどい。
 Tシャツのあちこちに染みが出来ている。

 途中で祖母に差し出された麦茶は溶けた氷で薄まっていた。
 脳味噌まで溶けそうだ。

 久しぶりに顔を上げたら、頭の熱さを自覚した。途端に頭の中に蒸気が満ちたような気になる。
 しばらくシャットアウトしていた蝉の鳴き声がここぞとばかりに耳を刺した。

(;<●><●>)(くっそ)

 メモ帳とペンを持って立ち上がる。
 適当に家の中をうろうろしながら計算に集中するが、やはり答えは出てこない。

(*‘ω‘ *)『でかい図体でうろうろするなっぽ』

 などと言われて掃除中の祖母に箒で尻を叩かれたときは、
 式が途中で吹っ飛んだ、行き詰まった顔で何を言う、と軽い言い合いになった。

135 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/01(金) 23:13:21 ID:kX2GMNb20



 そうして更に一時間半。残り時間30分。

(*‘ω‘ *)『そろそろ夕飯の支度をするっぽ。お風呂に入ってきなさい』

(#<●><●>)『解かせる気なかっただろババア!』

 再び縁側で唸っていた自分の頭をぺちぺち叩く祖母に、全力で文句をぶつけた。
 メモ帳の紙は全て使い果たしていた。

(*‘ω‘ *)『汗臭い』

(#<●><●>)『うっせ!』

 ペンを床に放り、どすどすと床を踏み鳴らして風呂場へ向かう。
 脱衣所に入ってから着替えを出し忘れていたことに気付いたが、
 すっかり疲れ果てていたので、そのまま服を脱いだ。


 夕方と言える時間だが、季節がら日が長いのと、位置的に西日が入るので
 浴室の明かりはつけないままにした。

 この光景が割合に好きだ。
 煌々とクリーム色の光に満ちた状態で入るのが常なので、
 こういう、暗くはないが明るすぎない浴室というのが新鮮である。

136 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/01(金) 23:14:27 ID:kX2GMNb20

( <●><●>)「はー……」

 頭と体を洗い、浴槽へ。
 気持ちがいい。

 浴室の壁には小学生以下が対象の知育グッズが貼られている。
 九九、地図、国旗、アルファベット。
 今の自分には不要なものだが、自分が泊まりに来る度に貼り直しているらしい。嫌がらせか。

( <●><●>)(……昔は九九すら覚束ない馬鹿だったな……)

 それが今や校内の成績上位者とは。

 湯に浸かりながら、ぼんやりと九九の表を眺める。
 何だかんだ、ここで学んだ時間が一番長い。

137 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/01(金) 23:15:44 ID:kX2GMNb20

( <●><●>)『……』

(;<●><●>)『……!』

 ──不意に、ひらめいた。
 ここでの記憶を思い返していたら、引っ掛かるものがあったのだ。

 勢いよく立ち上がり、浴室へ飛び出して、壁に掛かっているバスタオルを引っ掴む。
 体を拭く間も惜しい。雑に拭って、部屋に駆け込み服を着る。
 シャツが前後逆になっていたがそのまま廊下へ走った。

 縁側に散らかしたままだった紙を掻き集めてペンを握る。
 既に書き込んである用紙を裏返して、先ほど思い浮かんだ式を書き殴った。

 あれだけ悩んでいたのが嘘のように、すらすらとペンが進む。


(;<●><●>)『あ……!』


 そうして存外、短い過程で答えは出た。

 時計を見れば残り2分。
 メモを握り締めて台所へ駆け込む。

138 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/01(金) 23:16:16 ID:kX2GMNb20

(*<●><●>)『出来たぞばあちゃん!』

 ネギを切っていた祖母は、作業を一時中断してメモを受け取った。
 途中式も確認した上で解答を見て、満足気に頷く。

(*‘ω‘ *)『お風呂はモノ考えるのにいい場所なんだっぽ』


 ──コンロの上の鍋には既に、すき焼きの割下が用意されていた。





139 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/01(金) 23:17:15 ID:kX2GMNb20


( <●><●>)「敵わないなと何度も思わされましたね」

 ──3問目。ブーンはここから駄目だった。
 本棚に辞書がx冊うんぬん、という文章問題。xとyの値を求めよ。

 駄目だというからどんな難易度なのかと不安だったが
 文章の内容を整理し、方程式をいくつか組んでいけば答えは導き出せた。

 xが3、yは8。


( <●><●>)「……でも、どんなに強い人でも、『来る』ときは来るんですよね」

.

140 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/01(金) 23:18:06 ID:kX2GMNb20





(*‘ω‘ *)『……ぽ……』

 ──ゆっくりと瞼が持ち上がった。
 開ききることはなく、細い隙間から探るように動いた瞳がこちらを向く。

(*‘ω‘ *)『ワカッテマス、今年も来たっぽね……久しぶりだっぽ』

( <●><●>)『体の具合はどうですか』

(*‘ω‘ *)『ふ』

( <●><●>)『……なに笑ってるんです』

(*‘ω‘ *)『敬語のワカッテマスが面白い』

( <●><●>)『やかましいぞババア』

 高校に入ってから、祖父の口調を真似るようにした。
 悪い言葉しか出せないのと悪い言葉も出せるのとでは訳が違う。

 その甲斐あって教師からの評判も良く、晴れて希望の大学へ進むことが出来た。

 大学一年目の夏だ。
 長い夏休みを、最終日まで祖父母の家で過ごすことにした。
 ──風鈴が鳴る。今年は割合に涼しい。

141 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/01(金) 23:19:30 ID:kX2GMNb20

( ><)『あ、起きましたか?』

 麦茶の乗った盆を持ってきた祖父が、布団の上の祖母を見てそう言った。
 うん、とか細い返事。

( ><)『何か食べますか』

 その問いには首を振る。振るというより、軽く揺らす、に近い。
 祖父は寂しげに微笑み、うっすらと汗をかいた彼女の首元を拭ってやった。

( ><)『でもワカッテマスがゼリーを買ってきてくれたんですよ』

(*‘ω‘ *)『……驚いた。あの悪ガキが、よく成長したもんだっぽ』

( <●><●>)『おかげさまで』

(*‘ω‘ *)『じゃあ、せっかくだし、食べようか……』

( ><)『今日は元気ですね』

( <●><●>)『……』

142 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/01(金) 23:20:18 ID:kX2GMNb20

 これで──元気なのか。

 去年の夏からすっかり寝付いたものの、春休みにはまだ自力で起き上がれていた彼女が
 もはや起き上がることも出来ず、昨日挨拶を交わした孫と今日も同じような会話をするほど
 ひどく朦朧としているというのに。

 これで、元気なのか。本当に。

( ><)『それじゃあ持ってきますね。ワカッテマス、ばあちゃんを起こしてほしいんです』

( <●><●>)『はい』

 慎重に背中へ手を回し、ゆっくり起き上がらせる。
 こんな動作一つにも、ふ、と息を詰めて力を込める祖母の姿に胸が痛む。

(*‘ω‘ *)『……テスト……』

( <●><●>)『はい?』

 出し抜けに零れ落ちた単語。
 去年から、彼女の口からは聞かなくなっていたものだった。

143 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/01(金) 23:21:16 ID:kX2GMNb20

(*‘ω‘ *)『じいちゃんに、テスト、預けてあるっぽ』

( <●><●>)『……うん』

(*‘ω‘ *)『制限時間は無いから、ゆっくり解くといいっぽ。
       ……ちゃんと、ご褒美もあるから』

 そうして祖母は碌に力の入らないであろう腕を無理に持ち上げ、
 すっかり細く、小さくなった手で頭を撫でた。

(*‘ω‘ *)『お前は頭がいいから、出来るっぽ』





 その一月後に祖母は息を引き取った。
 祖父や両親と一緒に看取ることが出来て良かったと思う。
 祖母は微笑んで静かに逝った。人の最期としては、幸せな部類だったろう。

144 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/01(金) 23:22:06 ID:kX2GMNb20



( ><)『これ、ばあちゃんから預かってたんです』

 葬式が終わった後に祖父から封筒をもらった。
 祖母のかつての教え子や旧友が大勢来たため忙しく、今になるまで渡せなかったそうだ。

 泊まりに来る度にあてがわれていた奥の部屋に移動し、
 1人で封筒の中身を見た。

( <●><●>)『……』

 いつも整っていた筈の字は、ひどく震え、乱れていた。
 漢字もいくつか間違えている。

 計算問題5問。
 試験のときには先に問題文を全て確認する癖が身についていたが、
 こればかりは、一問一問を順に相手することにした。





145 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/01(金) 23:23:22 ID:kX2GMNb20


( <●><●>)「あの人が作ったにしては易しすぎました。
       複雑な問題を作るのすら困難になっていたのかと思うと、悲しかった」

 4問目。穴埋め問題。
 ずらずらと長たらしい数式が並んでいる。

 う、と一度は狼狽えたが、式を丁寧に読んでいくと、
 それらしき数字をしらみ潰しに嵌め込んで確認していけば
 時間は掛かるが不可能ではなさそうだと気付いた。

( ^ω^)「どうだお?」

ξ゚听)ξ「できそう」

(*^ω^)「すごいお……!」

ξ゚听)ξ「そこまで感心されると嫌味っぽい」

 少し時間をとったものの、無事に答えが出る。
 2、7、6。

 ワカッテマスの口元が、自嘲気味に歪んだ。

( <●><●>)「──でもやっぱり、どれだけ老いようともあの人は変わっていなかったんです」

.

146 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/01(金) 23:24:03 ID:kX2GMNb20





(;<●><●>)『……』

 残すところあと一問。
 たった一問なのに。

 ──紙を伏せ、溜め息。

(;<●><●>)『最後の最後にあのババア』

 簡単な問題で油断させておいて、最後に難問を持ってくるとは。

147 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/01(金) 23:24:46 ID:kX2GMNb20

 そういえば、制限時間は無しと言っていた。
 まさか一生かける可能性があるほどの問題なのだろうか。

 だとすると流石に彼女1人で思いつくようなものではないだろうし、
 何かしらの本などから持ってきた筈だ。
 ならばその気になれば答えを調べられそうな。無論、そんな真似をする気はないが。

( <●><●>)(……でもそこまで強烈な問題にも見えない)

 たしかに難しいし、現に行き詰まってはいるが
 不可能にも思えないのだ。

 ならば何故、制限時間を設けなかった?
 単に時間を数える者がいなくなるから?
 しかしそれなら祖父にカウントを任せれば済む話。

(;<●><●>)『……あ〜もう!』

 計算以外のことで悩まされるのが一番嫌だ。集中できなくなる。

 ──何か飲もう。
 立ち上がり、台所へ向かった。

148 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/01(金) 23:25:51 ID:kX2GMNb20

( <●><●>)『麦茶しかねえ……』

 糖分が欲しい。
 麦茶をグラスに注ぎ、何かお菓子はないかと戸棚を漁っていると
 ガラス戸越しに、隣の居間から祖父と母親の会話が聞こえてきた。


『──やっぱりお金減ってない? 前に確認したときはもうちょっと……』

『前にばあちゃんから色々頼まれて、僕が使いましたから』

『こんなに減る?』

『減りましたねえ』

『まあ変なことに使ったわけじゃないならいいけどさ』


( <●><●>)(ふうん……)

 どうも、祖母の貯金が不自然に減っていたらしい。
 元がそう大きな金額だったわけではないため、そのぶん目立ったので気になったのだろう。
 自分には関係のないことだ。

 見付けたどら焼きを食べ、麦茶を飲み、ぷは、と大きく息をつく。
 次に息を吸ったとき、汗の臭いが鼻についた。

( <●><●>)(ああ、汗かいてたか)

 5問目に集中していたため気付かなかった。
 古い扇風機は風が弱いのであまり利かない。

 途端に肌がべたべたしているのが不快になって、部屋へ戻るため踵を返した。

   (*‘ω‘ *)『お風呂はモノ考えるのにいい場所なんだっぽ』

 何年も前の、祖母の声が蘇る。

( <●><●>)(……風呂入ったら、何かひらめくかな)

149 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/01(金) 23:27:14 ID:kX2GMNb20



 ──湯に浸かると、ずっと机に向かって硬くなった体がほぐれるような心持ち。

( <●><●>)『……あー……』

 西日があるので今日も電気はつけていない。
 かなかな。曇りガラスの窓の外からヒグラシの鳴き声が聞こえる。

 夏だ。

( <●><●>)『……何でまだ貼るかな……』

 相変わらず壁には九九だの地図だのが貼ってある。
 いつもは長期休みの度に祖母が貼っていたらしいが、去年からは祖父が貼っている。

 九九を睨みながら例の5問目を思い返した。
 しかしいくら考えても何もひらめかない。

(#<●><●>)『……くそばばあめ』

 最後にあんなものを残しやがって。
 解けなければ、いつまでも振り切れないではないか。
 すっきりした気持ちで偲んでやれないではないか。

150 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/01(金) 23:28:00 ID:kX2GMNb20

(#<●><●>)『くっそ、分かんねえ』

 水面に顔をつける。息を止めて、5秒、10秒。
 1問目から4問目までは本当に簡単だった。
 不自然すぎるほど。

 たしか1問目は図形問題で──


( <●><●>)『……あ?』


 顔を上げる。ぼたぼたと顔面から水を垂らしながら壁を見つめた。

 1問目、面積を求める図形。
 あの形──


( <●><●>)(……庭の蔵に似てる)


 蔵の内部を上から見て、図面にすればあのような形にならないだろうか。
 なる。絶対になる。

151 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/01(金) 23:28:48 ID:kX2GMNb20

 身近なものを問題に使用したのか?
 他の問題にも何か使われているのかもしれない。
 2問目は何だったか。金額の計算だ。答えは、

( <●><●>)(100万円?)



 『やっぱりお金減ってない?』──



 つい先程の母の声を思い出し、心臓が強く跳ねた。

152 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/01(金) 23:30:01 ID:kX2GMNb20

(;<●><●>)

 3問目は? 「本棚の中に辞書が」。
 本棚。──本棚の中。


 風呂から上がり、思考をまとめられぬまま服を着て
 以前まで祖母が寝かされていた部屋に向かう。

 本棚は一つだ。ここに収まりきらない本は蔵か古本屋に行った。

 3問目の答えは、xが3、yが8だ。何の数字だ?
 問題文には辞書という単語があったが、見たところ辞書の類は置かれていない。
 3、8。3。8。

(;<●><●>)(3段目の8冊目!)

 3段目は上から数えるのだろうが、8冊目は右と左どちらから数えた場合だ。
 少し迷ったが、いざ3段目を見るとそこだけ不自然に隙間が多く、本が15冊しか入っていなかった。
 15冊。右から数えようが左から数えようが8番目は同じ本だ。

153 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/01(金) 23:31:09 ID:kX2GMNb20

 法律関係の本だった。これが何だというのだろう。
 栞など挟まっていないし、これといって開きぐせもついていない。
 タイトルを見ても、ぴんと来るものはない。

 4問目がヒントか? 4問目の答えは──2と7と6。

(;<●><●>)(……276ページ……)

 急ぐあまり乱暴に扱ってしまいそうになるのを抑え、目的のページを開く。

 ──遺産について。

 目に飛び込んできた見出しに、また心臓が跳ねた。
 遺産という単語に、弱々しく下線が引いてある。

 本文の内容はワカッテマスも知っていることだし、特に書き込みもない。
 大事なのは遺産、この単語のみだろう。

154 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/01(金) 23:33:00 ID:kX2GMNb20

(;<●><●>)(……100万、円)


 『……ちゃんと、ご褒美もあるから』──


 ご褒美が、それなのか。100万円。大金だ。

 祖父が気付かぬ筈がない。ならば祖父も協力者なのだろう。
 そんなの、いいのだろうか。祖父も祖母も了承しているとはいえ。

 そりゃあ──欲しい。100万だ。欲しいに決まっている。
 向こうがあげたがっていて、こちらも欲しがっているのなら、いいだろう、もう。



 部屋からテストを持ってきて、蔵に入る。
 問題の図形、色の塗られた部分に相当する場所を探した。

(;<●><●>)『……ここか』

 そこには箱が置かれていて、開いてはみたが文庫本が詰まっているのみだ。
 まさかこの本が100万円相当? いや、そこらにありふれている本である。
 ページをめくったところで紙幣や小切手が挟まっていることもない。

155 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/01(金) 23:35:15 ID:kX2GMNb20

 ただの考えすぎなのかと冷静になりかけつつ、箱をずらす。


(;<●><●>)『あ……!』

 ──床板の一部が微妙に浮いていた。
 どくどく、鼓動が早まる。指を引っ掛けて持ち上げる。

 そこに、ブリキの箱があった。


 両手で簡単に持てる程度の大きさだ。あまり重くない。
 揺らすと、揃った紙束が少しバラけて壁にぶつかる感触が伝わってきた。


 箱の前面は南京錠により固定されている。
 ダイヤル式。数字4ケタ。

 ここに入る数字が──


 5問目の答え。





156 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/01(金) 23:37:35 ID:kX2GMNb20


ξ;゚听)ξ

 ──ツンは呆然とテストを見下ろした。
 動かない手に、ブーンが怪訝な目を向ける。

( ^ω^)「ツン?」

ξ;゚听)ξ「……無理」

 問題を見る前から、もう結果は分かってしまった。

 それでも一応、5問目へ視線を動かす。

 円に大きさの違う三角形が2つ重なるような図形。
 問題文には直線ABがどうの頂点がどうのとごちゃごちゃ書かれており、
 2つの直線が示されて、その長さを答えよ、とある。

 ぱっと見は複雑なところのない図形だ。

 だが、とりあえず出来そうなところから手を出してみても、案の定すぐに止まってしまった。
 答えに関係のない場所の長さが分かっても、そこからどうしていいか分からない。

ξ;゚听)ξ「無理……!」

(;^ω^)「ま、まだ30分あるお!」

ξ;゚听)ξ「何分あっても無理!」

 ──だって記憶の中で、大学生とはいえワカッテマスが苦戦していたのだ。

 普通の高校で普通に授業を受ける程度にしか数学と触れ合ってこなかったツンには無理だろう。
 大学に入ってからはますます遠ざかっていたし。

( <●><●>)

 ワカッテマスは口を閉じて壁を眺めるばかり。
 これはテストなのだから訊いたところで解説なんかもらえるわけがないし、
 そもそも彼が解法を知っているのかすら分からない。

157 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/01(金) 23:39:11 ID:kX2GMNb20

ξ;゚听)ξ「……あっちの部屋に数学関係の本いっぱいあったけど、あれ見ちゃ駄目なの?」

(;^ω^)「僕も試したけど駄目だお、開いても何も書いてない」

ξ;゚听)ξ「じゃあ──このテストって、外に持ち出せる? 部屋の外」

(;^ω^)「これは、この場にいるワカッテマス……後悔の核と深く結びついてるものだから
       部屋の外に持ち出しても核に引っ張られてすぐ戻ってしまうお」

ξ;゚听)ξ「……」

(;^ω^)「ツン」

 着々と時間は進む。
 ツンは押し黙り、テストを睨みつけた。ブーンが名を呼んでくるが答えない。




 ──それから30分後。


( <●><●>)「……時間です。お疲れ様でした」


 その一言を最後にワカッテマスは完全に沈黙し、テストはどろりと溶けてしまった。





158 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/01(金) 23:40:41 ID:kX2GMNb20


  _,
ξ;゚ -゚)ξ

 ──昼。エントランスホール。

 ソファに座るツンがテーブルにメモ用紙を並べて睨めっこをしている。
 それを、背もたれの後ろからブーンが覗き込んだ。

( ^ω^)「分かるかお……?」

ξ;゚ -゚)ξ「ん゙んん……」

 2枚置かれたメモ用紙の内、片方には例の「5問目」の問題が書いてある。

 あの場で解くのを諦めたツンが、30分かけて記憶したのだ。
 ワカッテマスの部屋を出てすぐに自室へ走り、忘れぬ内に書き付けたものである。

 もう一枚のメモには思いつく限りの計算をした跡がある。
 だが、どれもそこから進まない。

159 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/01(金) 23:41:35 ID:kX2GMNb20

ξ;゚听)ξ「ネットや本で解き方を調べようかと思ったけど」

( ^ω^)「うん」

ξ;゚听)ξ「まず何を見ればいいのか分からなかった」

 数学に造詣のない人間などこんなものだ。

 まさかワカッテマス本人に訊けるわけもないし。
 繰り返すが、そもそも彼がこの答えを知っているかも分からない。

 当のワカッテマスは先ほど出掛けていった。
 夕方まで帰らないというので、それまではここで考えていても大丈夫だろう。

ξ゚听)ξ「……答えが分からなかったのがワカッテマスさんの後悔なのかな」

( ^ω^)「さあ……ともかく、今日中に解けないと危ないかもしれないお」

 ツンの呟きに、ブーンは首を傾げる。
 続けられた彼の言葉に今度はツンが首を傾げた。

160 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/01(金) 23:42:28 ID:kX2GMNb20

( ^ω^)「ワカッテマスは明日帰省する。実家と祖父母の家が近いらしいから寄っていく可能性が高いお。
       あの記憶は15年くらいは前だから、おじいさんが健在かは分からないけど。
       ……そうでなくても、ご両親がそこに移っている可能性だってある」

ξ゚听)ξ「何にせよあの家に行くかもしれないわけね」

( ^ω^)「だお。で、ワカッテマスの記憶は全て祖父母の家に関わっていたから、
       今の状態であの家に行けば、相当なストレスになってしまう筈だお」

ξ゚听)ξ「淀みが急激に増える?」

 こくり。重々しく、ブーンが頷く。

( ^ω^)「危険だお」

161 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/01(金) 23:43:23 ID:kX2GMNb20

 焦燥。2人でテストを見下ろす。

 ツンとブーンがいくら考えても無理だ。
 とはいえ頼るものがない。

ξ゚听)ξ「おじいちゃんに訊いても首傾げてたし……」

( ^ω^)「姉者もギコもクーも帰省で不在」

ξ゚听)ξ「いやまあギコさんとクールさんには端から期待してないけど……」

 残るは伊藤兄妹である。しかし話を聞いてくれる妹の方は出掛けている。どうしようもない。無理だ。

( ^ω^)「そもそも、アパートの住人にはあまり頼まない方がいいお……
       ワカッテマスに話が届いたら困る」

ξ゚听)ξ「そうよね。……どうしよ……」

 数少ない友人にメールで訊いてみようかとも思ったが、
 理数系の者がいなかった。
 手詰まり。

162 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/01(金) 23:44:08 ID:kX2GMNb20



/ ,' 3「──ブーン」

 それからまたしばらくうんうん唸っていると、祖父がやって来た。

( ^ω^)「何だお?」

/ ,' 3「忙しいとこ、すまんけど。買いもの、付き合ってほしい」

ξ゚听)ξ「私が……」

/ ,' 3「眠そう」

 端的な指摘に、言葉が引っ込んでしまう。
 たしかに眠い。物凄く眠い。

163 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/01(金) 23:45:09 ID:kX2GMNb20

( ^ω^)「……ツン、寝ないで考えてるおね。休んでてくれお」

ξ゚听)ξ「でも……」

( ^ω^)「もしかしたら休めば何かひらめくかもしれないし」

 そう言われてしまうと。

 ツンがソファに座り直せばブーンは満足げに頷き、
 祖父に付いてアパートを後にした。
 「仕事」に関わっているときは、とても普通の大人に見える。

ξ゚-)ξ ウト

 1人きりになった途端、眠気が増した。
 体を倒し、ソファの肘掛けに頭を乗せる。

ξ--)ξ(……少しだけ……)

 携帯電話のアラームを設定する。小一時間ほど後。
 それぐらいならワカッテマスも帰ってこないだろうから、メモを見られずに済む筈だ。

 肘掛けに携帯電話も置いて、扇風機の風を浴びながら眠りに落ちた。


.

164 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/01(金) 23:45:45 ID:kX2GMNb20


ξぅ听)ξ「……む……」

 電子音。アラーム。
 手探りで携帯電話を見付け、アラームを止める。

 欠伸をしながら身を起こした。
 やはり一時間ではあまり休んだ気がしない。
 辺りを見渡してもブーンはいなかった。まだ帰っていないのか。

165 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/01(金) 23:46:25 ID:kX2GMNb20

ξ゚听)ξ(問題……)

 半端に寝たせいで頭がぼんやりする。仮眠をとったのは失敗だった。
 目を擦りながらメモ用紙を持ち上げ──

ξ゚听)ξ「えっ」


 書いた覚えのない式が並んでいるのを見て、一気に目が覚めた。

 正直理解できない数式が紙面いっぱいに続いており、最後に10、16と答えが2つ。

.

166 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/01(金) 23:47:18 ID:kX2GMNb20

ξ゚听)ξ「ええっ」

 ツンの字ではない。ブーンでもない。ブーンならもう少し汚い。
 祖父も違う。祖父の字は女子高生じみて丸い。

 ならば誰の字だ。

ξ゚听)ξ「え、あ、えっ」

 ワカッテマスはまだ帰らない筈。
 ペニサスならば人の物に勝手に書き込みなどしないし、
 この前ワカッテマス達から教わりながら課題をやっているのを見た限り、然程数学は得意ではない。

 では残る選択肢は──

ξ;゚听)ξ「……えええ」


 テーブルに目を落とすと、細かな灰が落ちていた。


.

167 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/01(金) 23:49:47 ID:kX2GMNb20


 10分後。帰ってきたブーンに話すと、

( ^ω^)「実は、どうしようもなくなったら頼る気だったおー。
       でもペニサスを通さないと話聞いてくれないし、
       かといってペニサスに相談したらワカッテマスに話が行きかねないし、困ってたんだお」

( ^ω^)「暇してたとこに、これ見付けたんだろうね。
       良かった良かった」

 との返事を頂けたので、やっぱりあの人で間違いないらしい。

ξ;゚听)ξ「……お礼言った方がいい?」

( ^ω^)「言っても聞くか分からんお」


 とりあえず夜、階段ですれ違ったときにありがとうございましたと言ってみたが
 思いっきり無視された。案の定だった。





168 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/01(金) 23:50:42 ID:kX2GMNb20



( <●><●>)「──それでは今から一時間。始め」


 掛け声は昨日と同じ。
 それを聞いてから、壁にテストを押しあてて鉛筆を走らせる。

 1問目から4問目までは覚えている答えのみを書いていく。
 その都度昨日と同じ記憶が再生されたので、途中式は省いてもいいようだ。

169 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/01(金) 23:53:19 ID:kX2GMNb20

( ^ω^)「ツン、ちゃんと覚えてるかお?」

ξ゚听)ξ「大丈夫、覚えてる」

 5問目。直線の長さ。
 ツンは一瞬だけ手を止めてから、2つの解答欄に数字を記入した。

 ワカッテマスとすこぶる相性の悪い彼によって手に入れた答え。
 もしかしたら2人はどこか似ているのかもしれない。だからこそ相性が悪い。

 10。16。

 最後の曲線を書ききると同時に、目眩がした。

171 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/01(金) 23:55:01 ID:kX2GMNb20





 ──やはりひらめくのは、風呂の中でだった。


( <●><●>)『……あ。なんだ……』

 解法が頭に浮かんでいく。
 気付いてみれば単純なところに道があるものだ。

 箱を見付けてから、たった一日後のことであった。

172 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/01(金) 23:55:35 ID:kX2GMNb20


 部屋に入り、机の下に隠していた箱を引っ張り出す。
 4ケタの番号。1016。それで開けられる。

 1。
 0。
 1。

 5、まで回して、手を止めた。

 このまま次の数字に移せば開けられる。
 さあ、箱を開けて。
 100万円を。


 ──手にしても、いいのだろうか。

173 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/01(金) 23:56:31 ID:kX2GMNb20

( <●><●>)『……』


 箱を机に置いた。
 椅子にどっかと腰を下ろして、天井を見上げる。

 かなかな。外でヒグラシが鳴いている。
 風呂に入ったばかりなのに、空気がぬるくて背中が汗ばみそうだ。
 扇風機の風は弱い。


 何を迷うことがある。
 100万円は欲しい。向こうも、ご褒美だと言っている。
 ならば受け取ればいい。

174 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/01(金) 23:57:23 ID:kX2GMNb20

( <●><●>)『……100万って、どんなんだよ……』

 100万円──
 知識ばかり身に付けた自分には、この金額に値するものがよく分からない。

 立派に生きてきたあの人の一生において、100万という出費にどれだけの意味合いがあるのか分からない。

 けれど決して安くはないことだけは分かっている。


   (*‘ω‘ *)『100万ねえ。立派な男にならくれてやってもいいけど──』


 だってあの祖母が、「立派な男」にしかやれぬと言った額だ。

.

175 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/01(金) 23:58:21 ID:kX2GMNb20

 葬式にたくさんの人が来た。
 たくさんの人に尊敬され、愛されていた。

 そんな彼女が「立派」と認めるのなら、それはもう、とんでもなく優れた者でなければならないだろう。


 かなかな。かなかな。
 頬を汗が伝う。──汗なのだ。

( <●><●>)『……ばあちゃん』

 呟く声は、情けなく震えている。
 かなかな。かなかな。

( <●><●>)『ごめんなあ……』

 ぴたり。鳴き声が静まる。
 ぽたり。汗が落ちる。



( <●><●>)『……俺、馬鹿なんだよ……』

176 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/01(金) 23:59:10 ID:kX2GMNb20



   (*‘ω‘ *)『お前は頭がいいから、出来るっぽ』



 違う。
 頭は悪くないと言ってくれたし、たしかに自分でも、悪くはないと思っている。

 だが馬鹿だ。

 祖母は常に自分のことを理解していた。
 ぎりぎりで解ける問題のレベルも。
 それほどに単純なのだ。自分は。


 制限時間は無し──
 それだって、こうして、全て分かった後に
 ぐだぐだ悩む可能性まで予想していたという意味だろう。

177 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/02(土) 00:00:18 ID:hyNsC6320


 祖母はきっと、その予想を裏切って迷いなく箱を開けられた者こそ
 「立派」な者であると思った筈だ。

 こうして悩んだ時点で、自分はもう、駄目だ。


( <●><●>)『……俺、ばあちゃんに何もしてやれなかったなあ……』

 いつだって貰うばかりだった。
 知識も教養も愛情も。

 それでこの上、金までもらおうとは思えなかった。
 ──思えないから駄目なのだ。
 彼女へ沢山のものを返してやれていれば、金を受け取る気になれた筈だった。


 思うように動かせない手で、ぼんやりし始めていた頭で
 あのテストを作るのはさぞ苦労しただろう。

 定年退職した後に持った最後の生徒が自分だ。
 教師としての彼女も、祖母としての彼女も、最後に傍にいたのは自分だ。

 もっと優秀な教え子がたくさんいただろうに。
 「立派」になった人がたくさんいただろう。


 なのに最後の最後が、こんな生徒だなんて。こんな孫だなんて。

178 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/02(土) 00:00:51 ID:hyNsC6320


『ばあちゃん、ごめん、ごめんなあ……』


 絞り出すような声で何度も謝り、
 箱を──無駄になってしまった100万円を、彼女の人生最後の賭けを、
 蔵の床下へ戻しに行った。

 ひどく、汗をかいていた。





179 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/02(土) 00:02:34 ID:hyNsC6320


( <●><●>)「──でも時々思うんです」

 両手で湯を掬い、ワカッテマスは言う。

( <●><●>)「祖母は僕のために金を遺した。
       それを受け取らないことこそ失礼なんじゃないかって」

 ぽちゃん。ぽちゃん。湯が水面へ落ちていく。

( <●><●>)「……そんな言い訳じみたこと考える度に、やっぱり受け取る資格はないと思わされる」

ξ゚听)ξ「……そう考えられる人こそ、立派な人なんじゃないですか」

 囁くような声でツンも言う。思わず口走っていた。
 顔を上げたワカッテマスがこちらを見て、ゆるゆる首を振る。

 そうして彼は口角を持ち上げた。それはやはり、自嘲の笑み。

180 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/02(土) 00:04:26 ID:hyNsC6320

( <●><●>)「俺もさ、たまにそう思うし、たまにそう思わないんだ。
       ──結局俺は、どっちなんだろうなあ……」

 どっちだ、なんて。
 それは彼が決めることだ。
 ツンでも──彼の祖母でもないのだ。

 ツンは口を噤み、テストを差し出した。
 ワカッテマスの濡れた手が用紙を受け取る。

 じわじわ、水分が紙に広がり、かなかな、ヒグラシの鳴き声が弱まっていく。



 やがてその姿はテストや壁のシートと共に崩れていき、
 空になった浴槽の底に、夕焼け色のわたあめだけが残された。


.

181 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/02(土) 00:05:39 ID:hyNsC6320



 祖母の期待に応えられたか。
 自分は立派な人間になれたか。
 遺されたものを受け取るべきか。

 ──それらが分からず、答えを出せなかったことこそが、彼の後悔だった。





182 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/02(土) 00:07:02 ID:hyNsC6320



( <●><●>)「──行ってきます」

 翌朝。
 鞄を肩に引っ掛けたワカッテマスが、エントランスの前でツン達に振り返った。

 早朝にもかかわらず、外は既に蒸し暑い。
 今日もますます暑くなるだろう。

183 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/02(土) 00:08:25 ID:hyNsC6320

( ^ω^)「行ってらっしゃーい」

ξ゚听)ξ「気を付けて」

 手を振るブーンと一礼するツンに頭を下げて、ワカッテマスが背を向ける。

 ──今、彼は何を思うのだろうか。
 どんな気持ちで帰省するのだろう。

 お盆である。
 亡くなった者が帰ってくる時期に、彼はどんな想いを。


( <●><●>)「──あ」

 数歩進んだワカッテマスが、急に足を止めた。
 こちらを振り向いて「すみません」と開口。

184 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/02(土) 00:10:07 ID:hyNsC6320


( <●><●>)「一泊して帰るって言いましたけど、2泊になるかもしれません」


 そう言って──
 ほんの少し、強気な顔で笑ったので。


ξ゚听)ξ「ええ、ごゆっくり」

 何となく、そう返していた。





( ^ω^)「……ワカッテマスは本当に、『分からなかった』んだと思うお」

 しばらくして。
 既に彼が去った後の坂道を眺めながら、ブーンは優しい声で呟いた。

185 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/02(土) 00:11:39 ID:hyNsC6320

( ^ω^)「100万円を受け取る権利がある。ない。やっぱりある、やっぱりない──
       そんな感じで悩み続けていたんだろうね」

ξ゚听)ξ「……多分ね」

( ^ω^)「この帰省当日のタイミングに淀みを食べられて良かったお。
       『分からなかった』ことへの後悔を、僕が食べた。
       今のワカッテマスはきっといくらかすっきりして、前向きになれているから──」

ξ゚听)ξ「決断できるかもしれない?」

( ^ω^)「だお」

 たしかに、あの笑顔は。「そういう」顔だ。

 ブーンがぐにゃぐにゃ笑う。
 嬉しくてたまらないというように。

(*^ω^)「──きっとワカッテマスのあの後悔は、今日か明日にでも、綺麗に消えてくれるお」


 その言葉に賛同するように、蝉の鳴き声があちこちから響き始めた。





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