-
1 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 19:16:59 ID:jdq.bwYg0
-
ξ゚听)ξ「おじいちゃん」
/ ,' 3「ふえぇ」
幼女か。
いや、70代の老人だけれども。男だけれども。幼女か。
脳内でのみ突っ込みを入れてから、照山ツンは言葉を続けた。
ξ゚听)ξ「……私に、アパートの管理人さんなんか無理じゃないかな」
春の街並みを駆けていくバスの中。
祖父の隣の席で彼女は、足元に置いた旅行鞄の持ち手を弄びながら呟いた。
窓の向こうを馴染みのない風景が過ぎていく。
祖父はふがふがもぐもぐと口を動かし、
/ ,' 3「……ツンは、優しいから」
ゆったりとした、しわがれて小さな、でも優しい声を落とした。
-
2 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 19:18:22 ID:jdq.bwYg0
-
/ ,' 3「大丈夫」
ξ゚听)ξ「……」
くしゃりと笑って、大丈夫、大丈夫と繰り返す祖父。
その顔を一瞥し、窓へ目を戻した。
ジジ馬鹿だ。
優しいとか、いい子とか。そういう誉め言葉が自分には一番そぐわない。
愛想はないし、他者への思いやりもない。
改めて客観視して気分が沈んだ。
-
3 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 19:19:59 ID:jdq.bwYg0
-
ξ゚听)ξ「……やっぱり、私には向いてないよ」
──今日からツンは、祖父が所有するアパートの管理人として働くことになっている。
祖父も長らく住んでいるアパートで、この間までは彼が諸々の管理業をしていたらしいのだが
やはり老人の身、清掃や点検を始めとした諸々の用務が厳しくなってきた。
そこで、つい先日いきなり勤め先が潰れて途方に暮れていた孫娘を雇うに至ったというわけだ。
ツンも新たな働き口を求めていたし、
祖父がいるなら気が楽だろうと思って引き受けてはみたものの。
住人達と逐一コミュニケーションをとらねばならないであろう仕事だ。
自分には不向きだと、今更ながら不安になったのであった。
/ ,' 3「大丈夫」
けれども祖父は、にこにこ微笑んだまま無責任にツンの背を撫でる。
-
4 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 19:20:31 ID:jdq.bwYg0
-
ξ゚听)ξ「……」
旅行鞄を爪先でつつき、ツンは溜め息をついた。
今さらぐだぐだ言っても仕方がないと、分かっている。
正直、アパートの管理人とやらが具体的にどんな仕事をするのかもよく分かっていないが、
やるしかない。やるしかないのだ。
これからの生活は、全くもって未知の世界。
■
-
5 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 19:21:04 ID:jdq.bwYg0
-
しかしいくら何でも。
(*^ω^)ノシ
/ ,' 3「この人、管理人の。ブーン。仲良く、仲良く」
ξ゚听)ξ「え?」
まさか既に別の管理人がいたとは流石に思わなかったし、
(*^ω^)「ようこそ、僕の女王様! さあ早速ぼくを踏みつけておくれ!」
そいつが特殊な性的嗜好の持ち主だとも思わなかったし、
-
6 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 19:21:42 ID:jdq.bwYg0
-
「……私があの子を突き落としたようなものだわ」
住人に懺悔されるのが管理人の仕事だとも思わなかったし、
( ^ω^) アーン
同僚が人の「後悔」を食べる不可思議な食嗜好の持ち主だとも思わなかった。
何だこれは。
何だこれは。
-
7 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 19:22:15 ID:jdq.bwYg0
-
ξ゚听)ξくいのこした四季たちのようです
.
-
9 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 19:23:17 ID:jdq.bwYg0
-
ξ゚听)ξ サッ、サッ
朝の6時である。
ツンはアパートのエントランス前に散る花びらや葉っぱなんかを
手早く、かつ丁寧に箒で集めた。
ここに来てから早1ヵ月。
ほぼ毎朝続けているこの業務は、季節という括りの中にも
日毎に変わる色味があるのだと実感できるので嫌いではない。
ξ゚听)ξ(花の色がちょっと良くなってる)
( ^ω^) ジーッ
その隣で建物に凭れている男──ブーンという名前の同僚は、
4月の朝のまだ暖まりきらぬ空気の中、にやにや笑いながらツンを眺めている。
手伝えと言っても聞きやしない。
-
10 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 19:24:05 ID:jdq.bwYg0
-
ξ゚听)ξ「どいて」
(*^ω^)「あうっ」
_,
ξ゚听)ξ
邪魔だったので箒の柄で脇腹を押しやると、喜色を浮かべた男の口から
存外に響くバリトンボイスが漏れた。
声だけ聞けば心地よいのに、その口から零れるのは些か残念な内容ばかり。
無視してゴミをちりとりにまとめ──
「……! ……!!」
──ていたら、何やらぎゃあぎゃあと喧騒が。
発生源はアパートの3階だ。
_,
ξ゚听)ξ
見上げれば、がらりと廊下の窓が開いて誰かが飛び出した。
正確に言うと吊り下げられた。
-
11 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 19:25:33 ID:jdq.bwYg0
-
爪'ー`)「ころす」
(;<●><●>)「やめろやめろやめろやめろふっざけんな離せいや離すな馬鹿くそ殺す絶対殺す!!」
若い男が、別の男の足を抱え上げて窓から落とそうとしている。
早朝から見るには刺激的すぎる光景だった。
もはや上半身が完全に外へ飛び出ている男は、恐怖で頭が碌に回らないのか
短く幼稚な罵倒をひたすら大声で吐き出すのみだ。
繰り返すが、朝の6時である。
(;<●><●>)「ひっ、あ、ちょ、助けてええええ!!」
あと数秒ほどで首折れ死体になるであろう男がこちらに気付き、叫ぶ。
無視したい。しよう。
こういう場の対処は、
( ^ω^)「こらこらフォックスー」
この、無駄に渋い声の同僚の仕事なので。
-
12 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 19:26:16 ID:jdq.bwYg0
-
( ^ω^)「今朝は何があったんだお」
爪'ー`)「不愉快なことを言われた」
(;<●><●>)「いいかげん妹離れしろっつっただけだろが糞ぉおあああああ!!」
箒を持ち直し、ツンは溜め息をつきつつ建物を見上げた。
街の片隅に佇む3階建ての木造アパート。
その名も「美布ハイツ」。
どうにもここは、賑やかだ。
.
-
13 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 19:26:48 ID:jdq.bwYg0
-
■ 春の窓辺 ■
-
14 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 19:27:34 ID:jdq.bwYg0
-
∬´_ゝ`)「またフォックスの発作が出たの? 道理で朝うるさかったわけだわ」
('、`;川「ごめんなさい、ごめんなさいっ」
( <●><●>)「伊藤は何も悪くありません。悪いのは君のお兄さんです。全てにおいて。
ねえ照山さん」
ξ゚听)ξ「え? ……はあ、どうでしょう」
美布ハイツの1階は丸ごと共有スペースとなっている。
エントランスから中に入るとまずホールがあって、
その奥に食堂へ続く扉、それとランドリールームの扉がある。
これらは夜10時までならば住人に限り自由に使える。
赤い絨毯が敷かれたホールには、談話用として大人数向けのソファとテーブルのセット、
それとやや大型の液晶テレビやAV機器が置かれているため、
その時々で暇をしている住人が集まりやすい。
-
15 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 19:28:29 ID:jdq.bwYg0
-
休日の昼間である現在。エントランスホールのソファには3人の男女が座っており、
その内の1人に声をかけられたツンは、掃除機をかける手を止めぬまま適当に答えた。
最新式の掃除機はツンに負けず劣らず物静かで、会話の邪魔にはならない。
∬´_ゝ`)「今朝は何したのよ」
すらりと長い足を組んで気怠げに座っている女は、204号室の流石姉者。
ちまちまと翻訳業をやっているそうで、基本的にアパートにいるのでツンともよく顔を合わせる人だ。
姉者の正面に座る男──今朝、窓から落とされかけていた──は、
彼女の問いに顔を顰めた。
( <●><●>)「早い時間に目が覚めたので、散歩に行こうと思って廊下に出たら
奴が立っていましてね」
('、`*川「兄さん今日は早番だったから……」
( <●><●>)「様子がおかしいんです。ただ立ってるんじゃない。
自分の部屋のドアに耳を押し当ててたんですよ」
('、`;川「ひえっ……」
-
16 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 19:29:44 ID:jdq.bwYg0
-
( <●><●>)「何をしているのかと訊いたら……」
大きな目を眇めて、怪談でも語るかのように勿体つける男。
303号室の益若ワカッテマスという。
たしか34、5歳。独身。
こちらは高校教師をやっており、これといって担当する部活動もないらしいので
今日のような休日には姉者と話しているのを度々見かける。
∬´_ゝ`)「訊いたら、何て答えたの?」
( <●><●>)「『出勤しようと思ったけど妹の寝息を聞き足りない』と」
∬´_ゝ`)「こわっ」
('、`;川「えええ……」
困惑顔の少女、302号室の伊藤ペニサス。
高校3年生になったばかりで、このアパートにおいては最年少の住人だ。
元々の性分なのかはたまた兄(今朝ワカッテマスを殺しかけたあの男)の重い愛のせいか、
いささか気が弱い。それ故ますます兄が過保護になる悪循環。
-
17 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 19:30:55 ID:jdq.bwYg0
-
( <●><●>)「あんまりにも気持ち悪かったので『妹離れしろ』とついでに『死ね』って言ったら
窓から落とされかけました」
∬´_ゝ`)「へえ……。……何が気持ち悪いって、
『死ね』よりも確実に『妹離れしろ』の方にキレたであろうことよね」
( <●><●>)「ご明察」
('、`;川「ごめんなさい、ワカ先生ごめんなさい」
( <●><●>)「ですから悪いのは伊藤ではなくあのシスコンだと何度言えば」
∬´_ゝ`)「……ていうか玄関から耳すましても寝息聞こえなくない? 何なのあいつ恐すぎない?」
('、`;川「もしかして私いびきかいてるのかな……?」
( ^ω^)「ペニサスは静かだお」
ξ゚听)ξ「……」
∬´_ゝ`)「いや何でブーンはそれ知ってんの」
(*^ω^)「僕は何でも知ってるお、管理人だもの」
-
18 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 19:32:17 ID:jdq.bwYg0
-
( <●><●>)「この前ここで伊藤と奴が居眠りしてるの見ましたけど、
寧ろ奴の方がいびきかいてましたね」
相変わらず自分は何もせず、掃除するツンをにやにや眺めていただけのブーンが
ひょいと彼らの会話に入り込む。
その発言内容にツンと姉者が冷眼を向けたが、直後にワカッテマスが続けた言葉に
なるほどと頷き視線を外した。
同じ場所に住んでいる以上、図らずもプライベートを共有されてしまうことはある。
('、`*川「兄さん疲れてるから……」
∬´_ゝ`)「まあ妹の分もお金稼ぐために頑張ってるしねえ。そこら辺は立派だわ」
( <●><●>)「立派な人間は他人を窓から落としません」
∬´_ゝ`)「……そりゃそうね。で、どうやってあいつを止めたの? ツンさん」
また話を振られた。
ツンは姉者らを横目に見て、すぐに床へ目を向け直した。
ξ゚听)ξ「止めたのは私じゃなくてブーンです」
声も顔も言い方も、何もかも無愛想なのは自覚している。
しているが、今さら直しようもないし。直そうとも思っていない。
しかし姉者は気を悪くした様子もなく、「ツンさんと話したいんだもの」と微笑んだ。
-
19 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 19:33:14 ID:jdq.bwYg0
-
∬´_ゝ`)「ブーンは話してるとたまに鬱陶しくなるから」
( ´ω`)
ξ゚听)ξ「はあ。……お兄さんが人を殺したらペニサスさんが悲しむぞって、言っただけですけど」
∬´_ゝ`)「まあ鉄板よねえ」
( ^ω^)「ペニサスの名前を出せば大体何とかなるおー」
( <●><●>)「そもそも妹絡みでないと人の話聞きませんよ奴は」
('、`;川「そ、そんなことないですよ、ちゃんと普通の話だって……それなりには」
気兼ねなく会話を交わすブーンの姿にしょっぱい顔をしたツンは、
掃除機のノズルを外し、パワー設定を強から弱に切り替えてブーンの頬に吸込口を押し当てた。
<*^ω^)「おおう……何だお」
ξ゚听)ξ「掃除手伝ってほしいんだけど」
∬´_ゝ`)「あー、言うだけ無駄無駄。その人、意地でも掃除やらないから」
('、`*川「4年くらいこのアパートで一緒に暮らしてきましたけど
ブーンさんが掃除してるとこ見たことないです」
-
20 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 19:33:51 ID:jdq.bwYg0
-
<*^ω^)「掃除する人を見てるのが好きなんだお」
( <●><●>)「どういうフェチなんですかそれは」
_,
ξ゚听)ξ
言うだけ無駄、というのは、この1ヵ月で思い知らされている。
しかし言わないのも癪だ。
ツンなりに抗議しているつもりだが、ブーンは頬を吸われても嬉しそうに笑っている。
効果が無いというか逆効果らしい。
諦めて溜め息を吐き出し、カーペットの掃除へ戻った。
■
-
21 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 19:35:09 ID:jdq.bwYg0
-
(*^ω^)『ようこそ、僕の女王様! さあ早速ぼくを踏みつけておくれ!』
一月前。
アパートの前でツンを出迎えたブーンの第一声がこれだ。
見たところ30歳に届くか否かといった、いい歳した男にそんなことを言われて
「さようなら」と踵を返したツンのことを誰が責められようか。
/ ,' 3『いかんよ』
そういえば祖父には緩く責められた。
/ ,' 3『ブーンも。いかんよ。物の言い方に、気を付けないと』
(*^ω^)『おっとと、ついテンションが上がって』
ξ゚听)ξ『……管理人さんなの? この人』
/ ,' 3『ん。割と、昔から』
では見た目より歳が行っているのかもしれない。
だが今そんなことはどうでもいい。
-
22 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 19:36:46 ID:jdq.bwYg0
-
ξ゚听)ξ『なら私いらないじゃない』
(*^ω^)『役割分担だお、役割分担』
ξ゚听)ξ『……分担、ですか?』
(*^ω^)『僕は主に住人のいざこざ等の処理をする。
女王さ……ツンには、共有スペースの掃除や設備の点検──
まあ要するに、このアパートのお手入れをしてほしいお』
のほほんと微笑む顔に似合わぬ重厚な声。
祖父から名前を聞いたのだろう、いきなり下の名を呼び捨てとは馴れ馴れしいと思わないでもないが
女王様よりは遥かにマシだ。
右手を握り込まれて強引に握手。振り払うことなく、ツンはそれを受け入れた。
──役割分担。彼のこの言葉がツンにとっては魅力的だったからである。
正直、住人同士のトラブルの窓口になってくれるのはありがたい。
(*^ω^)『僕はブーンだお』
ξ゚听)ξ『ブーンさん』
(*^ω^)『呼び捨てでいいお。敬語もいらない。
今日から君の同僚で、相棒みたいなものなんだから』
ξ゚听)ξ(女王様扱いしてきたくせに)
23歳のツンに対し、ブーンは明らかに年上だろう。勤続年数も長いらしいし。
呼び捨てもため口も躊躇う。
──と、一度は思ったのだけれど。
(*^ω^)『そんなことより早く踏んでくれお!』
興奮気味に続けられた言葉に、敬意など綺麗に消え去った。
アパートに入らない内からここまで見下させる才能は、ある意味すごい。
■
-
23 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 19:38:03 ID:jdq.bwYg0
-
役割分担という彼の言葉通り、この1ヵ月、掃除や点検諸々の手入れはツンが行ってきた。
ツンだけが行ってきた。
本当にツンだけである。
( ^ω^)「ツン、テレビ台に埃が積もってるおー」
_,
ξ゚听)ξ「……」
今まさにテレビ台の傍にいる男にそう言われれば、
しかも男の手近な場所にハンディワイパーがあるとなれば、
「それぐらいやってくれ」という気持ちにもなるだろう。
とはいえ彼の言う役割分担を受け入れたのは自分であるし、
結局ツンもブーンの仕事を手伝ったことはないので、強く言えるわけもない。
何だかんだ今日のブーンも掃除するツンをにやにや眺めるのみだった。
(テレビ台はいつの間にかペニサスが綺麗にしてくれていた)
.
-
24 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 19:38:59 ID:jdq.bwYg0
-
ξ--)ξ「んー……っ」
夜。そろそろ日付が変わる頃。
誰もいないホールにて、エントランスの施錠を確認して今日の業務は終了。
ぐっと背を反らすツンにブーンが声をかけた。
( ^ω^)「お疲れ様、ツン。今日もありがとう」
常に一緒にいるわけではないが、仕事上、一日の終わりには彼と共にいることが多い。
そういう日はいつも最後にお疲れ様とありがとうをくれる。それは割と悪くない。
おつかれ。やや小さな声でツンも返した。
ξ゚听)ξ「……寝る」
( ^ω^)「そうするかおー」
明日も早いし、と頷いたブーンがホールの明かりを消す。
右隅の階段から2階へ上がる彼にツンも続いた。
──2階には4つの住戸がある。
中央に廊下が伸びていて、それを挟む形で左右に2部屋ずつ。
3階も同じ造りなので、美布ハイツの住戸は計8室だ。
-
25 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 19:40:12 ID:jdq.bwYg0
-
右側手前、階段に近い部屋が201号室。大家である、ツンの祖父の部屋。
その隣が202号室。ブーンの部屋。
( ^ω^)「おやすみなさいおー」
ξ゚听)ξ「ん」
祖父の部屋の向かい、203号室がツンの部屋である。隣室204は姉者。
何となく、ブーンが部屋に入るのを見届けてから
ツンも自室のドアを開けた。
間取りは2K。全体で見ると、そう広くはない。
玄関のすぐ右にキッチン、左にトイレと風呂場。
そして正面に引き戸が2部屋分ある。右が和室で左が洋室だ。
2間もあるとツンは持て余してしまうので、
和室と洋室を仕切る戸襖を取っ払って一部屋のように扱っている。
これはこれで広くなりすぎた感もあるのだが。
ξ゚听)ξ(さっさとお風呂入って寝よ……)
今日もほとんど掃除ばかりしていた気がする。これでは管理人というより清掃員のような。
ξ゚听)ξ(……ていうかブーンは朝の一軒以外、仕事してなくない?)
もやもやする。
管理人とは、同僚とは、一体何なのか。分からなくなりそうだ。
■
-
26 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 19:41:45 ID:jdq.bwYg0
-
それから1週間経った。
相変わらずツンがアパートの手入れをし、ブーンがそれを眺める日々。
なのだが、
( ´ω`)「……ううん……」
ξ゚听)ξ「?」
時々ブーンが怠そうに腹を摩っているのを見掛けるようになった。
どうしたのかと一度訊いたときは「胃もたれ」と答えが返ってきたが、
数日の内にそう何度も胃もたれを起こすものだろうか。
どういう食生活を送っているのやら。
食生活以外にも色々と謎が多い男だ。まず誰もフルネームを知らない。ブーンというのが本名なのかすら。
雇用契約を行っている祖父なら知っているかもしれないが。
∬´_ゝ`)「──やっほ、今日もお掃除がんばってる?」
ξ゚听)ξ「姉者さん」
ホールのテーブルを磨きながらブーンを観察していたツンは、上から掛けられた声で我に返った。
階段を下りてくる姉者の声だった。
彼女はツンからブーンへ目を移し、やや不安げに眉を顰める。
-
27 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 19:42:56 ID:jdq.bwYg0
-
∬´_ゝ`)「……どうしたのブーン、具合悪い?」
(*^ω^)「大丈夫だおー。おっお。ありがとう姉者」
こういうところも不思議というか、変な人だ。ブーンは。
踏んでくれと言ったり小突かれて喜んだり、被虐趣味があるのかと思いきや、
どうにもただ構われるのが好きなだけな節がある。
コミュニケーションへの意識が少しズレているというか。
まあ全体的にズレた人のようにも思うが。
ξ゚听)ξ(どういう経緯でおじいちゃんはブーンを雇ったんだろう)
∬´_ゝ`)「ね、ツンさん」
ξ゚听)ξ「え。はい」
∬´_ゝ`)「何か手伝うわ。どうせブーンは何もしてくれないでしょ」
ξ゚听)ξ「それはそうですけど……大丈夫です、これは私の仕事なので」
ソファに寄り掛かった姉者は、ツンの言葉に苦笑いを浮かべた。
その目が微かに揺れるのを見て、何故だか、どきりとした。
-
28 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 19:43:42 ID:jdq.bwYg0
-
∬´_ゝ`)「やらせて。部屋で仕事してたら何か、あんまり暖かくて、ぼうっとしちゃって。
気分変えたいの。ね、お願い」
ξ゚听)ξ「……じゃあ、階段の手すり拭いてもらえますか」
∬´_ゝ`)「はいはーい」
バケツに引っ掛けている雑巾を指差せば、姉者はにっこり笑って水に浸けた雑巾を絞った。
濡れた手をバケツの上で振る彼女が、ふとエントランスに目を向ける。
∬´_ゝ`)「……春ねえ」
ξ゚听)ξ「はあ」
風を通すために扉を開放しているエントランスからは、
外に植えられた木々や花壇がよく見えた。
暖気が花びらと共に青い香りを連れてくる度、たしかに春を感じる。
/ ,' 3
∬´_ゝ`)「あ。荒巻さんがいる」
ξ゚听)ξ「お花の世話してるみたいです」
花壇の前にしゃがむ祖父を見付けた姉者の言葉に、ふとツンはテーブルを離れた。
結構長い時間、花壇を見ている気がする。ちゃんと休憩しているだろうか。
-
29 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 19:44:34 ID:jdq.bwYg0
-
エントランスを出て、敷地の前、道端に置かれている自動販売機で冷たいお茶を買ってから
祖父の隣にしゃがみ込んだ。
ξ゚听)ξ「おじいちゃん」
/ ,' 3「ふえ……」
毎度のことながら気の抜けきった声をあげ、祖父がツンを見る。
ツンがお茶を差し出せば、にこーっとゆっくり破顔して受け取った。
蓋を開けて少しずつ口に含む。思ったより冷たかったのか、きゅっと目を閉じた。
/ ,' 3「んまい」
ぽつりと呟き、空いている手で花壇に咲く花──ツンは詳しくないので名前を知らない──を撫でた祖父が
再びツンに視線を寄越してもそもそと口を動かした。
-
30 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 19:45:17 ID:jdq.bwYg0
-
/ ,' 3「頑張ってる、なあ。毎日」
ξ゚听)ξ「……普通だよ」
/ ,' 3「そうかあ。ブーンとは仲良く、してるか」
ξ゚听)ξ「仕事量に差がある気がする」
言って、アパートを横目に見る。
ホールの中、階段の手すりを磨く姉者をブーンが妙な顔をして見つめていた。
不安そうな顔だった。どうしたのだろう。
祖父も同じようにブーンを見て、それからふるふると首を振った。
/ ,' 3「ブーンはあれで、忙しい」
■
-
31 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 19:46:38 ID:jdq.bwYg0
-
ξぅ听)ξ「……」
──尿意で目が覚めたのは、深夜2時頃だった。
トイレで用を足し、手を洗う。
その間、ぼんやりと一日を振り返っていた。
あのあと姉者が2階と3階の廊下も掃除してくれて助かった。
おかげでいつもよりのんびり出来た。
のんびりしすぎて1階の施錠や消灯が少し遅れてしまったが。
ξ゚听)ξ(あれ)
タオルで拭っていた手が止まる。
──エントランスの鍵を閉めただろうか。
まず間違いなく閉めた筈だが、気を抜いていたのではっきり思い出せない。
不確定ならば見に行った方がいいだろう、管理人として。
パジャマのまま部屋を出る。
夜気に身を震わせ──
ξ゚听)ξ「え?」
(;^ω^)「あ」
隣室、姉者の部屋の前に立つブーンを見付けた。
.
-
32 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 19:47:28 ID:jdq.bwYg0
-
部屋と部屋の間に設置された常夜灯のおかげで、その姿はよく見える。
彼の右手には鍵束があり、その手がドアノブの下部、鍵穴に伸ばされていた。
ξ゚听)ξ「……何してるの」
(;^ω^)「いや……」
ξ゚听)ξ「逢い引き?」
でなければ犯罪だ。
しかし思い返してみても、彼らにそんな気配はなかった筈。
敢えて言うなら昼間、ブーンが姉者に意味ありげな視線を送っていたくらいか。
だが姉者からブーンへの意思表示は覚えがない。
第一、仮にそういう関係だったとすれば、ブーンはツンに構いすぎである。修羅場必至。
ではやはり、これは犯行の瞬間か。管理人の立場を利用し部屋に侵入する気か。
(;^ω^)「ちょ、ちょっと待ってお、そうではなくて」
ツンの眉間にどんどん皺が寄っていくのを見て、顔を青くしたブーンが両手と首を振る。
胡乱げに彼を見つめていたツンは、不意に「おかしなところ」に気付いた。
-
33 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 19:48:39 ID:jdq.bwYg0
-
ξ゚听)ξ「その鍵、何?」
鍵の形状が見知っているものと違ったのだ。
各戸の鍵はツンも幾度か見たことがあるが、
ブーンが持っているものはやけに丸みが強く、まったく記憶にない。
そもそも非常時用の鍵は大家である祖父が保管していて、ブーンにはそう簡単に持ち出せない筈。
ツンの抱いた疑問を感じ取ったか、ブーンも鍵に目を落とし、
観念したように溜め息をついた。
(;^ω^)「……言い訳する暇もないし、いっぺん見てもらうしかないかおー」
手招きするブーンを訝りつつ、彼の隣に立つ。
何度見ても不思議に丸い鍵をブーンが差し込めば、形が合わない筈のそれはきっちりと収まった。
こきん。鍵を回すと、妙な音。
ゆっくりとドアノブが回され、ドアと壁の隙間が広がるにつれ、中から光が溢れた。
ブーンが少し間を置き、直後、一気にドアを開く。
途端、ぶわっと溢れた芳香。視界を埋める赤色。
.
-
34 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 19:49:24 ID:jdq.bwYg0
-
ξ゚听)ξ「……?」
部屋の中、床一面に赤い花が咲いていた。
花はそれぞれ大きさや形が違っていて、どうも別々の種類であるようだが
赤色という点は共通している。
ξ゚听)ξ「……何これ……」
そのうえ今は夜である筈なのに、室内がいやに明るい。
電灯によるものではなく、晴れた真昼の室内のような、自然な──それ故この時間には不自然な明るさだ。
振り返ってみるも、共有の廊下にはやはり、常夜灯の光しかない。
部屋へ目を戻す。明るい。
-
35 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 19:50:22 ID:jdq.bwYg0
-
( ^ω^)「入るお」
ブーンに背中を叩かれ、よろけるように入室した。
いよいよもって香りが強い。
ドアが閉まる。呆然と立ち尽くすツンを尻目に、彼は靴を履いたまま上がり込んだ。
ξ;゚听)ξ「ねえ、」
説明を求めてブーンへ顔を向けたツンは、
彼がいつになく真剣な顔をしているのを見て口を噤んだ。
今は質問を聞く気はない。そんな顔だ。
彼に続き、なるべく花を踏まないようにしつつ一歩前に出る。
パジャマのままであったのを思い出して少し恥じた。
──そのままブーンは迷いなく、正面に2つある引き戸の内、右側の戸を開く。
∬´_ゝ`)「……」
和室、大量の花に囲まれた姉者が窓辺に寄り添うように座っていた。
窓の向こうはやはり、昼のように明るい。
けれど風景は霧が掛かったように白くぼやけている。
-
36 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 19:51:24 ID:jdq.bwYg0
-
( ^ω^)「姉者」
∬´_ゝ`)「……ブーン? あ、ツンさんも……いらっしゃい」
どこか遠くを見ていた彼女は、ブーンの呼び掛けにゆるゆると反応してみせた。
しかしすぐに目を伏せる。
∬´_ゝ`)「春は、あったかいわね。ぽかぽかする」
窓ガラスに頭を凭れさせ、姉者が微笑む。
唇をやんわりと緩ませたその表情と声はあまりに優しくて、やわらかくて、儚い。
ツンが知っている姉者とは別人のようで。
先程からずっと困惑しっぱなしのツンは、軽く痛む頭を押さえた。
■
∬´_ゝ`)『流石姉者です。隣の204号室に住んでるから、何かあったらいつでも声かけて』
管理者である祖父とブーンを除けば、ツンが最初に会ったアパートの住人は姉者だった。
エントランスホールのソファに座っていた彼女が、にこやかにツンを出迎えてくれたのだ。
-
37 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 19:52:27 ID:jdq.bwYg0
-
∬´_ゝ`)『へえ、ツンさん23歳なんだ。うちの弟と同い年ね。
私? 私はねえ。18歳』
ξ゚听)ξ『弟さんより年下になってますよ』
( ^ω^)『姉者は28だおー。アラサーだおー。独身だおー』
∬´_ゝ`)『ふっ』ドスッ
(;*^ω^)『おおんっ』
気さくな人というのが第一印象。
たしか、それから2週間ほど経った日。
口論する住人達の仲裁をブーンに任せたツンが、1人で食堂の掃除をしていた日。
そこへ姉者がやって来て、冷蔵庫から缶ビールを取り出し、へらり、軽薄に笑った。
∬´_ゝ`)『ここに住んでる奴らは基本的に放置しといて大丈夫よ。問題があればブーンが動くし』
ξ゚听)ξ『はあ』
∬´_ゝ`)『ブーンがあんなんだから、ツンさんがお掃除やら何やらで忙しいのはみんな分かってるの。
放っておかれても、誰もあなたを無責任な人だとか思ったりしないわよ』
ξ゚听)ξ『……』
-
38 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 19:53:48 ID:jdq.bwYg0
-
∬´_ゝ`)『それに、みんなが使う場所が綺麗だと気持ちいいからね。私たち感謝してるのよ。
だから気にしないで、あなたはあなたの仕事をしてて』
ξ゚听)ξ『……言われなくてもそうします』
なんて可愛げのない返事だったろうかと今でも思う。
つい意地と見栄を張ってしまったのだ。
素っ気ない態度をとるくせに、ツンは他人に疎まれるのが恐い。
あるいは──疎まれるのが恐いから、素っ気ない態度をとるのかもしれない。
姉者はきっと、そういうたちを分かってくれて、だからあのようなことを言ったのだろう。
住人のプライベートな面に指先ひとつ触れないでいたら、管理人として認められないのではないか。
ただそこらを掃除してばかりのツンと、皆にとって身近な問題を処理するブーン、
2人を比べて、ツンが役立たずであると見なされてしまうのではないか。
けれどもツンはブーンのような役割こそが一番苦手なのだから、代わりになることも出来ない。
だけど不要だと思われたくない──
そんな面倒臭いツンの葛藤を、全てではなくとも察して、フォローしてくれたのだろう。
大丈夫。ツンも認められている。ちゃんと出来ている、と。
どうしてあのとき、ありがとうの一言が出なかったのだ。
彼女の言葉がとても嬉しかったのに。
■
-
39 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 19:54:48 ID:jdq.bwYg0
-
ほんの1ヵ月の交流しかないが、ツンにとっての姉者はそれこそ姉御肌な人というイメージだった。
∬´_ゝ`)「桜が咲いて、綺麗ね」
けれども今の彼女は。
悲しげな瞳で真っ白な外を眺め、華奢な手指を重ねて呟く姿は。
ひどく弱々しい。
ξ゚听)ξ「……」
不安を煽られたツンは姉者の傍らに立ち尽くした。
何気なく視線を落とし、片眉を上げる。
花に埋もれているが、本や紙、ペンが床に散らばっているのが見えた。
手近なところにあった分厚い本を拾い上げてみると、
随分と使い込まれた様子の英和辞書だった。
ξ゚听)ξ(……仕事道具かな)
そう思いつつ引っくり返せば、「流石姉者」と書き込まれた名前を見付けた。
名前の横には1B、2A、3Aと書かれ、1Bと2Aには打ち消し線が引かれている。
少し悩んでから、中学か高校の所属クラスだろうと思い至った。
今度は床に散らばっている紙の内1枚を持ち上げる。ルーズリーフだ。
丸みのある文字で英文がずらずら書かれていて、
その下に、几帳面そうな角張った字の日本語が並んでいた。翻訳したものだろうか。
-
40 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 19:55:26 ID:jdq.bwYg0
-
ツンがそれを眺めていると、こちらを見上げた姉者が「あ」か「う」か、掠れた声を漏らした。
ξ゚听)ξ「どうかしましたか?」
∬´_ゝ`)「……」
そろそろと、姉者が手を伸ばしてくる。
ツンが辞書とプリントを渡せば、姉者はそれを大事そうに抱えた。
∬´_ゝ`)「……英語が得意な子だったの」
ぽつりと、脈絡のない呟きが一つ。
何の話だ。
出し抜けに、それまで黙って周りを見渡していたブーンが口を開いた。
( ^ω^)「ツン、赤くない花を集めてくれお」
ξ゚听)ξ「え?」
じっと一点を見つめるブーンの視線を辿る。
すると部屋の隅に、他とは違う、ピンク色の花が一輪咲いているのを見付けた。
その瞬間、何故だか、過剰なほどの違和感に肌がざわめいた。
この空間において、何やらとても大事なもののように思える。
-
41 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 19:56:38 ID:jdq.bwYg0
-
( ^ω^)「いつも咲いてる場所が変わるから探すのに苦労するお……」
ξ;゚听)ξ「?」
何のことだか分からないが、普段以上に低めた声に、そうするべきだと思わされた。
というか少し恐くて口を出せなかった。
赤い花々を踏み潰さぬよう慎重に移動し、ピンクの花に辿り着く。
ξ;゚听)ξ「つ、摘んで、いいの?」
( ^ω^)「いいんだお」
振り返るとブーンも別の場所に移動しており、小さな黄色い花に手を触れさせていた。
姉者はこちらに構うことなく辞書を撫でている。
ξ;゚听)ξ(……何なの)
改めて様々な疑問が湧くが、どうせ今すぐ答えは得られまい。
花の根元に指を添え、ぷつり、手折る。
──直後、頭の中に見知らぬ光景が流れ込んできた。
.