ξ゚听)ξくいのこした四季たちのようです

301 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:47:56 ID:TnCX8rqY0





爪 ー )『ペニサス。やなこと、ないか?』

『ううん、何もないよ』

 全寮制の高校に入ったため、妹との触れ合いはめっきり減った。

 母に勧められるがままに受験した進学校で、本当はあまり気が乗らなかったものの
 いざ始まってみると思いのほか楽しい3年間を送れた。
 両親と妹の間で気を遣う必要がなくなったからかもしれない。

 とはいえ勿論、妹のことを気にかけなくなったわけでもないので
 ちょくちょく電話で連絡をとってはいた。

302 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:49:10 ID:TnCX8rqY0

爪 ー )『勉強がんばってるか?』

『うん、私、兄ちゃんみたいに頭良くないからいっぱい頑張らないとダメだもん』

 小学2年生の割に控えめで、自信の薄い子だと思った。
 少し不安になる。妹の個性というより、環境のせいなのではないか。

 高校の卒業式が近い。
 大学近くのアパートで一人暮らしをすることになったが、
 今よりは妹に構ってやれるようになる。

 そしたら目一杯甘やかしてやろう。





『──お兄ちゃんはしっかりしてるのにね。あんたはどうしてこうなのかしら』

('、`*川『ごめんなさい……』

『お兄ちゃんはあんなに立派なのに』


 ──卒業式を終え、新生活が始まる4月までの空き時間。
 実家で過ごすことにして数日経った日の昼。

 コンビニから帰ると、母親が妹を責める声が居間から聞こえてきた。

303 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:50:15 ID:TnCX8rqY0

爪 ー )『ただいま』

 そう言って居間に入れば、ぱっと振り向いた母親が
 こちらと妹を交互に見てから、おかえりとだけ言った。
 正座する妹の前には小学校の成績表があった。

爪 ー )『ペニサス、春休みの宿題やったか?』

('、`*川『まだ……』

爪 ー )『じゃあ兄ちゃんと一緒にやろう』

 緊張を湛えていた妹の顔が、ほのかに緩む。
 面倒見て偉いわねフォックス、という母の言葉に、何と返していいか分からなかった。

 自室で妹の勉強を見る。
 応用問題ではたまに躓くが、学力自体はこれといって低くない。

爪 ー )『えらいなペニサス』

('、`*川『ちがう……』

爪 ー )『えらいよ』

 頭を撫でれば、妹はふわふわした笑みを浮かべた。





304 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:51:17 ID:TnCX8rqY0


('、`;川「……」

ξ゚听)ξ「……ペニサスさん、大丈夫?」

 ペニサスの足が重くなったようで、ブーンが立ち止まる。
 後ろからツンが問えば、彼女は我に返った様子で首を振った。

('、`;川「大丈夫です」

.

305 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:52:51 ID:TnCX8rqY0





『兄ちゃん、痛い、いたい……』

 アルバイトを終えてアパートに帰る途中、携帯電話に着信があった。
 出てみると妹の弱々しい声。
 ぞっとして、携帯電話を耳に当てたまま実家へ走った。

 幸い実家に近い道を歩いていたので
 到着するのに10分とかからない。

爪; − )『ペニサス!?』

(;、;*川『うう〜……』

 玄関から伸びる廊下、電話の前に横たわる妹。
 頭から血を流しているのが見えて背筋が凍った。

爪; − )『どうしたんだ!』

(;、;*川『階段から落ちた……』

 見れば、階段の下から電話まで這ってきたのだろう、血の跡があった。

 両親の車はどちらも無かったので2人とも不在らしい。
 急いで救急車を呼び、両親に連絡を入れた。

306 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:54:11 ID:TnCX8rqY0



 出血こそ酷いが怪我自体は大したものではなかった。
 体の数ヵ所にも軽い打撲の跡があり、痣の状態から見て
 いずれも新しく、同時期に出来た傷とのこと。階段から落ちたという説明に矛盾する点はない。

 本当にただの事故なのかと医者が再三質問し、
 自分が席を外してから改めて確認をとったらしいが、妹が発言を撤回することはなかった。


 少し遅れて病院へ迎えに来た母は慌てふためいており、医者から怪我の具合を詳しく聞くと、
 無事で良かったと妹の頭を撫で、何度も医者に礼を言ってから病院を出ていった。

 もちろん親として当たり前のことだが、ちゃんと妹の身を案ずる母の姿にほっとした。
 大丈夫か、まだ痛むか、と妹へ頻りに問う自分へ振り返り、母が微笑む。


『そんなことより晩ご飯は食べたの? まだなら一緒に──』


 ぞく、と。
 背中に冷たいものが走った。
 そんなこと、とは何だ。

307 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:54:43 ID:TnCX8rqY0

 かっとなって口を開くと同時、妹が手を握ってきた。

('ヮ`*川『ご飯一緒に食べよ』

 いま自分が母に怒鳴れば、妹の笑顔が消えてしまう。
 何とか堪え、頷いた。





308 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:55:49 ID:TnCX8rqY0


 また、ペニサスの足が止まる。

( ^ω^)「ペニサス」

('、`;川

 青ざめ、震えている。
 彼女はこれ以上進めさせない方がいいのではないか。
 ツンは口を開いたが、それより先にブーンが声を発した。

( ^ω^)「早く行かないと、フォックスが危ないんだお」

 その言葉にペニサスが唇を噛んで顔を上げる。
 やや乱暴にブーンの手を離し、今度は彼女が戸襖を開けた。

.

309 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:56:51 ID:TnCX8rqY0





爪 − )『どうしたんだよ』

 妹が12歳のときのことだ。

 大学が長期休みに入ったので実家へ行った。
 いずれの日にかは向かう、と曖昧な連絡は入れていたものの、
 実家へ行く直前には何も言わず、半ば不意打ちじみたタイミングで帰宅した。

 それで──


(;、;*川


 ──泣きじゃくる妹の前で母も涙を流し、ごめんごめんと繰り返している姿に
 首から下までが一気に冷えた。

 床に突っ伏す妹の足首は真っ赤で、そこへ母が氷水の入った袋を押し当てていた。

310 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:58:10 ID:TnCX8rqY0

爪; − )『どうしたんだよ!』

 こちらを見て声を失う2人に、半ば怒鳴るように同じ質問をぶつける。
 沈黙する母とは逆に、妹は首を横に振って弁解した。

(;、;*川『お母さんがアイロンかけてて、私がぶつかっちゃっただけなの、お母さん悪くないの』

 途端、母がまた噎び泣く。ごめんね、ごめんね。

(;ヮ;*川『だいじょぶ、大丈夫、お母さんのせいじゃないよ』

 妹は笑って母の手を摩った。

 その姿にますます寒気がする。

 ──我に返り、壁に掛かっていた母の車の鍵を掴むと
 母に妹を抱えさせ、自分は車の運転席へ走った。

.

311 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:58:49 ID:TnCX8rqY0


(-、-*川 スー、スー

 診察室のベッド。眠る妹の手を握る。

 母がわざとやったわけではないと必死に説明する妹と、
 涙を流して「もっと注意していれば」と本気で悔やむ母の様子に、
 病院側も事故であると判断したようだった。

爪 − )(小さい)

 同年代の子供に比べると些か小柄な妹の姿に、ぼんやりとそう思う。

 その小ささが頼りなくて、穏やかな寝息に安堵する。
 ちゃんと生きている。

.

312 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:59:53 ID:TnCX8rqY0

 しばらくして、医者との話を終えた母が薬を持って戻ってきたので
 帰りは自分が妹を抱え、母の運転する車で実家へ帰った。

 ちらちらと雪が降っていた。



『──春になったらあなたも社会人なのね。立派な会社だわ。
 本当、お母さん達の自慢の子』

 車内では既に妹の心配もせず、こちらのことばかり話す母にまた不信感を煽られた。

 採用された先はたしかに大きな企業ではあるが、親戚の会社であって、半ばコネによる採用であった。
 それも昔から、保育園の迎えすらすっぽかしてでも両親が媚びを売っていた親戚だ。
 自分の実力だとは思えないし、誇らしげな親が滑稽だった。

313 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 23:01:02 ID:TnCX8rqY0



爪 − )『──なあペニサス。2年前に階段から落ちたときのも、本当に事故だったのか?』

 夜。定期的に掃除されているらしい自分の部屋に妹を呼び、
 椅子に座らせた彼女の顔を覗き込みながら問い掛けた。

 妹は目を泳がせ、──消え入りそうな声で答える。

('、`*川『……お母さんの手が、当たっちゃっただけだもん』

 腹の底が冷たくなった。思わず妹の肩を掴む。

爪; − )『ペニサス!』

('、`;川『本当に事故だもん!』

 事故だもん。もう一度弱々しく繰り返した妹は
 肩を掴む手に視線を落とした。

314 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 23:02:29 ID:TnCX8rqY0

('、`;川『だってお母さん、ごめんなさいって謝ってくれたよ、いっぱい泣いてたよ。
     すぐにお薬買ってくるって言ってくれたもん、わざとじゃないよ』

 我慢できなくて兄ちゃんに電話しちゃったけど、という申し訳なさそうな呟きに目眩がする。

 ──何が薬だ。
 まさか病院に連れていく気すらなかったのか。
 あのとき本当に薬を買いに行っていたのか。

 妹が自分に電話を掛けてこなければ、どうなっていたか──

爪; − )『他に何かされたことないか? 叩かれたりしてないか?』

('、`;川『してない』

 本当にしてない、と答える声は他よりはっきりしていた。
 恐らく事実だろう。

 ──ということは、階段での事故も今日の事故も、妹自身、疑問に思っているのではないか。
 だからそれらの話だけ声が自信なさげに震えるのだ。

 しばし、2人とも沈黙した。

315 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 23:04:26 ID:TnCX8rqY0

 正直、はっきりとは分からない。
 怪我をさせた後に母は泣きながら謝っている。
 本気で謝っているのか──妹に被害意識を持たせないためなのか、自分には分からない。

 一度目の事故から二度目の事故までの期間は2年。
 その間に暴力を振るわれたことはないようだし、それ以前もなかった。
 本当に偶然なのか。ただの、事故なのか。


('、`*川『……もし、さ。もし。また、何かあったら……
     お母さんが事故だって言っても、痛いことがあったら……』


 ぼそぼそ、妹がゆっくり話し出す。
 もじもじと膝の上で手を組み替えて、恐る恐るといった様子でこちらを見上げた。

316 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 23:05:24 ID:TnCX8rqY0


('、`*川『そしたら、兄ちゃんのとこに逃げてもいいかな……』


 頼る瞳に、冷えていた腹がじんわり温まる。

爪 ー )『……痛いことが起きてからじゃ遅いから。
     ちょっとでも嫌なことあったら、いつでも兄ちゃんのとこにおいで』

 抱き締めると、妹の腕が控え目に背中へ回された。
 ああ、小さい。


 何だかんだ、自分の親でもある。もちろん信じたい。
 だからもう少し様子を見よう。
 事故はたったの2回。それも間隔が空いている。

 自分の考えすぎかもしれない。
 たとえそうでなかったら、そのときは自分が妹を守ろう。

爪 ー )『……兄ちゃんが助けてやるからな』



 ──このときに、見逃してはいけなかったのだ。





317 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 23:06:37 ID:TnCX8rqY0


('、`;川

ξ;゚听)ξ「……」

 完全に血の気をなくしたペニサスが、歯を食いしばって戸襖を開けた。

 臭いと冷気が一層濃くなる。
 顔を覆いかけたツンは、その先の部屋を見て瞠目した。



爪'ー`)y‐

 白い煙が漂う和室。
 中央に敷かれた布団の脇にフォックスが座っている。
 傍らには灰皿が置かれ、灰と吸い殻が積もっていた。

(-、-*川

 布団の中にいるのは、静かに眠るペニサス。
 よく見ると人形のようだった。ぴくりとも動かない。

318 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 23:07:51 ID:TnCX8rqY0

('、`;川「兄さん!」

 本物のペニサスが叫ぶ。フォックスが振り返る。

('、`;川「ごめんなさい、私──」

( ^ω^)「待つお」

 部屋へ飛び込もうとしたペニサスの手をブーンが掴んだ。
 今まで急かしていた彼が、彼女を止めたのだ。

( ^ω^)「これが最後だお。ここを潜れば、君はフォックスの後悔を知ることになる。
       ──もう一度言うけれど、覚悟してくれお」

 ペニサスが一瞬怯む。
 本物の妹を見ても何も言わない兄に振り返ると、しっかりと頷いた。

('、`;川「……もう、想像はついてます」


 そうして一歩、踏み出した。

.

319 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 23:09:20 ID:TnCX8rqY0





 虫の知らせというやつだったのだろうか。

 ふと、妹の様子が見たくなった。



 親戚の会社で働き始めてから、あと3ヵ月ほどで丸1年になろうという頃。
 つい先日、正月にも実家へ帰ったばかりだが
 会社からの帰り道、きんと冷たい風を浴びていたら、何故だか妹に会いたくなった。

 咥えていた煙草を携帯灰皿にしまう。
 妹の前では吸わないようにしていたし、匂いも嗅がせないようにしていた。

320 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 23:11:27 ID:TnCX8rqY0


 実家に着くとリビングの明かりが見えた。
 何やらばたばたしているようだ。

 不審に思い、インターホンを鳴らさず、親から渡されていた鍵を使って中に入る。





爪; − ) ハッ、ハッ

(;、;*川

 ──妹を負ぶって走り続けた。

 首元に回された腕は所々変色している。
 頬に触れる妹の顔が、不自然にあちこち熱い。

 雪が降る。白く染まる道。終わりが見えない。
 視界が曇る。雪よりよほど熱い雫が目尻に浮かんだ。


 リビングでの光景が頭の中でちかちか点滅する。
 何で。2人とも。

321 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 23:12:40 ID:TnCX8rqY0

(;、;*川『……にぃちゃ……』

 か細い声。上手く口が動かないのだろう。

 胸が痛む。頭が熱い。
 可哀想に。可哀想に。

 もっと早く気付いていれば。
 あんな酷い目に。



 ──また、何かあったら

 ──そしたら、兄ちゃんのとこに逃げてもいいかな


 ああ、ああ。
 どこへだって連れ出してやる。
 助けてやると約束した。

 痛かったろう。恐かったろう。
 もうあんな思い、させないから。

322 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 23:13:38 ID:TnCX8rqY0

(;、;*川『兄ちゃん、ねえ、どこ行くの。ちょっと、下ろして……』

 ぎゅうと妹の腕に力が篭る。さっきよりも声が幾許かしっかりしている。
 気付くと足が疲労で震えていた。
 だいぶ走ってきたようだ。

 人気のない道。しんしんと雪が降る。──静かだ。

 もう少しで病院に着く。
 そしたらしばらくばたばたするだろう。
 それが終わったら、彼女を自分のところへ連れていく。


 外灯の下で、妹を一旦下ろした。
 羽織らせた自分のコートが彼女にはとても大きくて、やはり小さいなと思わされた。

323 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 23:14:32 ID:TnCX8rqY0

爪; ー )『ペニサス』

 向かい合い、細い肩を両手で掴む。

 血で汚れている自分の拳が、雪との対比で余計にドス黒く見えた。
 多分、両親の血と、擦りきれた自分の血と、背負った妹の血が混じっている。

 両手がじんじんと痛む。けれど妹の方がよっぽど痛い筈だ。
 ──ああ、あいつら、やっぱり殺しておけば良かった。

 怒りと悲しみで強張る顔を、むりやり笑顔にする。
 涙の滲む目で妹を見下ろした。

爪; ー )『兄ちゃんがついててやるからな、……もう大丈夫だぞ』

(;、;*川『兄ちゃん……』

 そして彼女も、笑った。

324 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 23:15:29 ID:TnCX8rqY0





(;ヮ;*川『……ね、戻ろ? お父さんとお母さん、怪我してるよ……助けてあげよう?』



 氷柱に胸を貫かれたら、こんな気分だろうか。

325 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 23:16:18 ID:TnCX8rqY0

(;ヮ;*川『兄ちゃんが怒ってるの、2人とも分かってくれたよ。きっと反省してくれるよ』

爪; − )『……ペニサス?』

(;ヮ;*川『兄ちゃんが謝ったら、お父さんたち許してくれるよ。
     ね? 私も一緒に謝るから……』

 へらへら、妹が笑う。
 端が切れて血の滲む口を歪めて笑う。
 お母さんのせいじゃないよと言った、あの日と同じ笑顔。


 ──帰ろう。
 妹は何度もそう言った。

 まるで両親が被害者であるように。
 こちらが加害者であるかのように言うのだ。


 彼女の顔から視線が外れる。
 血まみれの自分の拳を凝視する。
 疲れて震える足に、雪の冷たさが針を刺す。

326 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 23:17:03 ID:TnCX8rqY0





 何のために。

327 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 23:19:24 ID:TnCX8rqY0

 何のために?
 そんなの妹のためだ。妹を守るためだ。
 だから。自分の行為は間違ってなどいない。


 妹を抱き締めた。
 今度は無理をしなくても勝手に笑みが浮かんだ。

(;、;*川『にいちゃ、』

爪 ー )『いいから、兄ちゃんのとこにおいで』



 なんて愚かで愛しいのだろう。



 あんな親にも縋らなければ生きていけぬほどに弱い。

 この子はどうせ、春が何度来たって変わらない。
 ずっと凍結して、停滞し続ける。

 だから守ってやらなくては。


(;、;*川『……うん……』

.

328 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 23:21:38 ID:TnCX8rqY0


 この子のためなら何でも出来る。
   こんなもののために何をした。

 この子になら何だってあげられる。
   こんなもののために犠牲にならねばならない──





 警察が来ることはなかった。
 両親からも何の連絡もない。ただ妹のあれこれに関して親の許可が必要な事柄がある度に
 こちらから接触していたが、その度に向こうは何も言わずただ印鑑を押していた。


 病院には行かず自分で妹を手当てして、毎日ガーゼや包帯を替えて薬を塗ってやって、大事に大事に扱って。
 怪我が全く目立たなくなった頃に2人で町を出た。

 新しい街で新しい住み処と新しい仕事と新しい学校を見付けた。
 春になっていたが、やはり、暮らす場所以外に大した変化はなかった。
 妹は弱いままだ。

329 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 23:22:05 ID:TnCX8rqY0



 毎朝、妹の健やかな寝息を聞く度に思う。

 ああ、今日も生きている。

 助けて良かった。

330 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 23:22:29 ID:TnCX8rqY0





   助けなければ良かった。





331 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 23:23:52 ID:TnCX8rqY0


 ペニサスが崩れ落ちた。

(;、;*川「あ、ああっ、」

 がくがくと震え、ぼたぼたと涙を零し、彼女は意味をなさぬ声をあげ続けた。


 ──記憶と感情から推し測れる彼の「核」は複雑である。

 「助けなければ良かった」──非情かもしれないがそれも大きな後悔の一つ。
 けれどもう一つ、そこから発生した副産物のような後悔もある。

 そう思ってしまったことへの悔いだ。


 やはりペニサスは妹であり、彼はどうしようもなく兄であった。


 ペニサスへ向ける嫌悪と愛情がどちらもあまりに巨大で、そのせいで、
 妹を責める気持ちと自分を責める気持ちが常に一緒にある。
 雪のように積もり続けるそれらに、心がひしゃげてしまうのだ。

332 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 23:24:47 ID:TnCX8rqY0


爪'ー`)y‐「……」

 フォックスが、吸いかけの煙草を灰皿に押しつける。
 ──途端、彼の姿が崩れた。

 ペニサスの人形──寝息をたてないそれも、布団ごと消えていく。


 ややあって、黒く濁った赤色をしたわたあめが畳の上に落ちた。

.

333 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 23:26:01 ID:TnCX8rqY0

( ^ω^)「……これがフォックスの後悔だお」

ξ;゚听)ξ

 頭の中に流れ込んだ感情はぐちゃぐちゃしていて、激流のようだった。
 愛憎、それらに関わる正反対な感情全てが指先にまで溜まって荒れ狂うような。

 痺れる手を何度か握りながら、わたあめを食すブーンを横目に見る。

(;、;*川「私、ひどいこと、兄さんに、私……っ」

 泣き喚いていたペニサスが、途切れ途切れに言葉を発した。

 戸襖を開ける前、想像はついている、と彼女は言った。
 彼女自身、あの発言があの状況において兄をひどく落胆──どころではないが──させるものだと
 既に理解していたのだろう。

 けれども当時の、まだ子供であった彼女にとっては
 ああ言うしかなかった筈なのだ。

334 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 23:27:41 ID:TnCX8rqY0

 ツンには細かなことなど分からないが、邪険にされても親を庇ってしまう子供はいる。
 愛情からなのか恐怖からなのか、あるいは「そういうもの」と刷り込まれたからなのかの違いはあるにせよ。

 ペニサスは明らかに3つ目のそれで、フォックスも理解している筈だった。
 けれどもやはり──どうしても、言ってはいけない言葉というものはある。

 結局ペニサスが悪いのか、そうでないのか、ツンには判断できない。


( ^ω^)「ペニサスのその『後悔』も、この時期になると急激に増えるおね」

 わたあめを食べ終えたブーンが言った。

 ──これでは、今すぐにでもペニサスの淀みが育ちきってしまうのではないか。
 ツンはペニサスの傍に座って、彼女の肩に手を置いた。
 そこから先、どうしていいかは分からないけれど。

 2人の後ろに立つブーンが、痛ましげに顔を顰めた。

335 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 23:29:12 ID:TnCX8rqY0


( ^ω^)「──はっきり言ってしまうと、君たち兄妹は
       傍にいる限り大量の淀みを吐き出し続けるお」


 びくり、ペニサスの肩が震えた。

 彼の言葉は正しいのだろう。淀みの存在を感じ取れぬツンにだって想像がつく。

( ^ω^)「かといって第三者の手によって引き離されたら、
       また別の苦しみがあるだけだお。
       か弱い妹を手元に置いて守ってやりたいというのも、彼の心からの望みではあるんだから」

 けれどもその望みが叶い続ける限り、どす黒い後悔も刺激され続ける──
 悪循環と言うよりほかない。

ξ;゚听)ξ「それじゃあ、どうしようもないの?」

 彼女の代わりに救いを求めてツンは問うた。
 これではあんまりだ。

 絶望的な気持ちでブーンを見上げる。と、彼は真摯な顔で首を横に振った。

336 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 23:29:49 ID:TnCX8rqY0

( ^ω^)「第三者が引き離すのでなければいい。
       ──フォックスが守らなければいけない『か弱い妹』でなくなればいい」

(;、;*川「……」

 そろそろとペニサスが顔を上げた。
 涙で濡れた目が、しっかりとブーンを見ていた。

 けれどもまた俯いてしまう。
 ブーンの目が一瞬、悲しそうな色を湛えた。

ξ゚听)ξ「……ブーン」

 今はまだ、そっとしておいてやるべきなのではないか。
 そう思いツンが口を開いた直後、掠れ気味の声が落ちた。

(;、;*川「……春、から」

 ブーンの目が、大きく瞬く。

337 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 23:30:26 ID:TnCX8rqY0


(;、;*川「一人暮らし、したいと、思ってて……」


 絞り出すようにそう言うと。
 それを皮切りに、ペニサスが訥々と語り始めた。

(;、;*川「勿論、最初は兄さんに援助してもらわなきゃいけない。
     ちゃんとお金は返すつもりだし、お礼もたくさんするつもりでいるけど、
     今まで散々甘やかされてきたのにそんなわがまま言えるわけなくて……」

(;、;*川「……それでも、高校卒業して働き始める今年の春を──
     そういう分かりやすいタイミングを逃したら、私、もうずっと言えなくなりそうで、
     ……でもやっぱり言い出せなくて」

 口ごもりつつも、言葉は次々に溢れた。

 散々考えて、悩んで、足掻こうとした彼女の言葉だった。

338 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 23:32:54 ID:TnCX8rqY0

(;、;*川「離れなきゃいけないって分かってた、分かってたけど、
     離れるためにはまた兄さんに甘えなきゃいけないから、結局動けなかった。
     私、何でこんなに弱いんだろう。だから兄さんのことたくさん苦しめてる……」

 ツンが言いたいことをまとめられずに頭を悩ませている内に、
 ブーンがツンとは反対側の方にしゃがみ込んで
 ペニサスの頭を撫で、丸まった背をぽんぽんと叩いた。

( ^ω^)「ペニサス、君は弱くなんかないお。
       ここに住んでから君は変わった。成長してる。
       ──昔より強くなったお」

( ^ω^)「だって君は少しずつ行動しようとしていたじゃないかお。
       僕に相談しようと、何度も声をかけてきたじゃないかお」

(;、;*川「……」

( ^ω^)「僕は君の強さを分かってるお。君達をずっと見てきたんだから」

 すん、と鼻を鳴らしながら彼女は再び顔を上げた。
 まだ少し、ほんの少し、悩んでいるようだったので。

ξ゚听)ξ「……わがまま言って、いいと思いますよ」

 考えがまとまった瞬間、気付けばツンの口から声が出ていた。

339 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 23:34:20 ID:TnCX8rqY0

ξ゚听)ξ「ペニサスさんのそれは、甘えじゃなくて、必要経費です」

 ペニサスの目がきょとんと見開かれる。
 ぽろっと零れた滴を最後に、涙が止まった。


 今の内に動かなければ、破滅しかないのだと彼女は充分理解した。
 何もしないという選択肢など彼女の中にはとっくに存在しない。
 足を引っ張るのは、消えようのない罪悪感。

 それならさっさと開き直るべきである。

.

340 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 23:36:34 ID:TnCX8rqY0

 ぱちぱち、溜まった水分を弾くように瞬きをして。
 ペニサスは、しっかりと意思の宿った瞳をツンとブーンへ順番に向けた。



('、`*川「……明日、ちょっとうるさくなるかもしれないけど、……いいですか」

ξ゚听)ξ( ^ω^)「もちろん」



 フォックスは妹のことを様々な感情で想うあまりに、盲目的になっている部分がある。
 ペニサスが永遠に冬の中にいると思っている。


 ──けれどもどうやったって、いずれ春は来るものだ。


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341 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 23:37:07 ID:TnCX8rqY0


 ブーンが微笑み、ペニサスの頭を丁寧に撫でる。

 その手と、表情の優しさを見て。
 先のブーンの言葉を思い返して。


 不意に、これまで彼に抱いてきた疑問や違和感の数々が、すっと溶けていくのを感じた。

 ああそうか、彼は。





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