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254 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/02(土) 22:44:47 ID:hyNsC6320
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じわじわと色彩が溶けていき、きんと空気が収縮し始める。
ξ゚听)ξ「さむ……」
( ´ω`)「寒いお」
吐く息が白い。
まだ雪は降っていないが、予報では明日にでも降るらしい。
エントランスの前、枯れ葉を箒でがさがさ集めていく。
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255 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/02(土) 22:46:01 ID:hyNsC6320
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爪'ー`)y‐
( ^ω^)「お」
作業着の上にジャンパーを着ただけのフォックスがエントランスから出てきた。
寒そうだ。
彼の白い呼気はほとんど煙草の煙だろう。
( ^ω^)「おはようフォックス」
ξ゚听)ξ「おはようございます」
声をかけて頭を下げる。
しかしフォックスはこちらに一瞥もくれず、さっさと歩いていってしまった。
いつものことだ。
('、`*川「兄さん!」
直後、今度は妹が飛び出してきた。
パジャマにカーディガンを羽織っただけの姿。髪も少し乱れている。
寝起きそのままといった格好。
立ち止まったフォックスが振り返る。
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256 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/02(土) 22:47:03 ID:hyNsC6320
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('、`*川「お財布忘れてたよ」
爪'ー`)y‐「おー……サンキュー」
('、`*川「行ってらっしゃい、気を付けてね」
爪'ー`)y‐「行ってきます」
ペニサスの差し出した財布を受け取り、そちらへはしっかり挨拶を返して、
そのうえ彼女の頭を撫でてからまた歩き出した。
ペニサスは兄を見送った後に踵を返し、ツン達におはようございますと一礼する。
ξ゚听)ξ「おはようございます」
( ^ω^)「おはようおー」
('、`*川「あ。……あの……」
( ^ω^)「お? 何だお?」
何事か言い淀んだ彼女は、結局「何でもないです」とだけ呟いて、
足早にアパートの中へ戻っていた。
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257 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/02(土) 22:48:12 ID:hyNsC6320
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その背を眺め、それからフォックスが去っていった方向を見遣ったツンの口から
白い息が多めに漏れる。
ξ゚听)ξ「あの態度の変わりよう」
( ^ω^)「いつものことだお」
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258 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/02(土) 22:48:45 ID:hyNsC6320
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■ 冬の寝床 ■
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264 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:13:57 ID:TnCX8rqY0
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爪'ー`)y‐ プカー
('、`*川「わ、すごい」
ぽ、ぽ、とフォックスの口から出る輪っか状の煙に
ペニサスが感嘆の声をあげて拍手する(右手に缶ジュースを持っていたので、ただ缶を叩いたようなものだが)。
フォックスは目を細め、ソファの背もたれに乗せていた右手でペニサスの頭を撫でた。
知らない人間から見れば単に仲のいい兄妹に映るのかもしれない。
知っている人間から見れば、何だってその愛想を妹以外に向けられないのだという風に映る。
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265 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:14:41 ID:TnCX8rqY0
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∬*´_ゝ`)「あけおめー」
川*゚ -゚)「ことよろー」
(*,゚Д゚)「うぇーい」
(*<●><●>)「あーい」
床に直接座ってテーブルを囲む4人は、もうだいぶ出来上がっている。
缶ビールやらお猪口やらを突き合わせ、怪しい呂律で新年の挨拶。
ギコは12月に20歳になったものの、秋の失敗への戒めなのか
しばらく酒は飲まないと言って、先程から烏龍茶しか飲んでいない。
なのに場の雰囲気で酔っているのだから凄い。
──ついさっき、年を越した。
経緯は割愛するとして、とりあえず1階のホールに住人全員が集まり
適当な番組を見つつ飲み食いして新年を迎えたわけである。
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266 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:15:13 ID:TnCX8rqY0
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/ ,' 3「おめでと」
ξ゚听)ξ「ん、あけましておめでとう」
(*^ω^)「めでたいおー」
ξ゚听)ξ「ん、めでたい」
流されていくらか酒を飲んだツンも、割と頭が回っていない。
ぽかぽかする。
ストーブ一台ではこの広い空間を暖まらせるのに少々力不足だが、
アルコールのおかげで体はぬくい。
初詣に行くかと騒ぎだした4人の声を聞き流しながら、新たなチューハイの缶を持ち上げた。
.
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267 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:17:00 ID:TnCX8rqY0
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ξぅ-)ξ(ん……)
身じろぎし、目を開ける。
エントランスホール。ソファの上で身を丸めるようにして横たわっていた。
ぼうっと考える。ストーブはついているし毛布に包まってもいるが、やはり肌寒い。
どうやらあのあと寝てしまったようだ。
川 - -) スー
(,,-Д-) グガー
クールとギコが床に転がっている。こちらも毛布を掛けられていたようだが
寝相のせいかほとんどズレているため、意味をなしていない。
風邪を引いてしまうのでは。
そのまま視線を上げ、ぎょっとした。
爪'−`)
(-、-*川 ムニャ
L字型の大きなソファ、その一辺にツンがいるのだが
もう一辺の方にペニサスが眠っており、
すやすやと眠る彼女の穏やかな寝顔をフォックスが至近距離で見つめていた。
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268 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:17:49 ID:TnCX8rqY0
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見つめるというより凝視と言った方がニュアンスは近いだろうか。
床に膝をつき、上体を曲げて10センチ程度の近さに顔を寄せている彼は、
感情の覗かない目でじっと妹に視線を送り続けている。
爪'−`)
(-、-*川「んん」
ペニサスが寝返りをうつと、フォックスは顔をもたげ
彼女の体の下に腕を差し込んで毛布ごと抱え上げた。
反射的にツンは目を閉じて寝たふりをする。
──階段を上っていく足音。
それが遠ざかるのを待って、再び瞼を持ち上げる。
川 ゚ -゚)「び」
床に転がるクールも目を開けていた。
川 ゚ -゚)「っくりした」
(;,゚Д゚)「起きたら絶対殺されてましたよ俺ら……」
ξ゚听)ξ「起きてたんですか」
川 ゚ -゚)「わっ。照山さんもか。いつから?」
ξ゚听)ξ「さっき」
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269 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:18:31 ID:TnCX8rqY0
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川 ゚ -゚)「そうか、私達はちょっと前に起きてな。寝たふりをしておいて
1階に下りてきた人にドッキリを仕掛けようと思って……」
(,,゚Д゚)「そしたらお兄さんが起きてアレですもん……」
どういう行動なんですか、とギコが訊ねてくるが、訊かれても困る。
ツンは一人っ子なので分からないけれども、きょうだいとしては普通の光景なのか。そんな馬鹿な。
∬´_ゝ`)「あ、起きてる」
( <●><●>)「おはようございます照山さん。そして馬鹿共」
川 ゚ -゚)「おお姉者さんにセンセー。おはよう」
恐怖体験を語り合うような気持ちでいた3人のもとへ、
階段から姉者とワカッテマスの声が飛んできた。
2人とも旅行鞄を持っている。
∬´_ゝ`)「私とセンセーが毛布持ってきたのよー」
ξ゚听)ξ「ありがとうございます、すみません」
姉者とワカッテマスは鞄をエントランスの傍に置くと
それぞれ毛布を回収して、一旦自室へ仕舞いに行った。
少しして、また2人が戻ってくる。
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270 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:19:31 ID:TnCX8rqY0
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∬´_ゝ`)「ペニサスちゃんに掛けた分がないわねえ」
川 ゚ -゚)「フォックスさんがペニちゃんごと持っていってしまった」
(;,゚Д゚)「あー、もー聞いてくださいよー! めっちゃ恐いの見たんすよさっきー!」
ギコが身ぶり手振りで先程のことを説明すると、
姉者もワカッテマスも呆れたような顔をした。
∬´_ゝ`)「あいつのペニサスちゃんに対する執着何なの……
執着するだけならまだしも、その表現の仕方は何とかならないもんかしら」
( <●><●>)「昔はもうちょっとマシでしたよ、奴は」
ワカッテマスと伊藤兄妹がここに住み始めたのはほぼ同時だったらしい。
今から数えれば大体5年近く前の春だとか。
川 ゚ -゚)「5年前ってペニちゃんまだ……うん?」
( <●><●>)「伊藤は中学生で、奴の方はもう働いてました。
あの頃の奴は、まあ元から人付き合いは薄かったですけど
普通に挨拶を返してくるくらいにはまともでした」
(,,゚Д゚)「へえー! あのお兄さんが挨拶するとは」
( <●><●>)「逆に昔は伊藤の方が塞ぎがちでしたね。
最近はそれなりに積極性が出てきましたが……ああ、でも奴の前だとまた大人しくなりがちです」
何とも謎の多い兄妹である。
そこへ今度は、いつものバリトンボイス。
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271 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:20:20 ID:TnCX8rqY0
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( ^ω^)「皆さんお揃いでー」
何の話をしているのかと問うブーンに、フォックス達の話だと返せば
大体察したのか「あー」と唸った。
∬´_ゝ`)「ブーンは何か知らないの?」
( ^ω^)「あの2人は、まあ、色々あるんだお」
当たり障りのない返事をして、ブーンが壁の時計を見上げる。
( ^ω^)「みんな新幹線の時間はいいのかお?
ギコとクールに至っては準備すらしてないようだけど」
川;゚ -゚)「あっ、しまった!」
(;,゚Д゚)「やべー! 年末帰らなかったから今日遅れたら絶対あいつに怒られる!
教えてくれてありがとうございます!」
(*^ω^)「おっおー、彼女さんによろしくお」
ばたばたと階段を駆け上がっていくギコ達を、ブーンがにこにこ見送る。
姉者達は今日帰省するのだという。
ツンは、せめて管理人になってから一年経つまではここで毎日過ごすと決めているので
盆にも帰省はしなかったし、この正月にもするつもりはない。
伊藤兄妹も盆だろうが正月だろうがここに残るようだし、
ブーンもどこかへ帰省する気配はなかった。
彼を眺めつつ、姉者がツンに囁く。
∬´_ゝ`)「謎具合で言えばブーンも大概よね」
ξ゚听)ξ「……そうですね」
■
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272 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:21:37 ID:TnCX8rqY0
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正月を過ぎた後の、どことなく気だるい空気も徐々に薄れて。
2月になった。
空気は冷たいけれど、どことなく穏やかに時間が流れゆく。
そして、久しぶりに雪が降った日の翌日。
日曜日の夕方。
('、`*川「あ、あの」
ξ゚听)ξ「はい?」
('、`*川「ブーンさんいませんか?」
ホールで休憩していたツンのもとにペニサスがやって来て、
おずおずと声をかけてきた。
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273 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:22:52 ID:TnCX8rqY0
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ξ゚听)ξ「出掛けてます。用があるなら伝えておきますけど」
('、`*川「あの、……あの、」
しかし彼女はしばらく言い淀み、
('、`*川「……ごめんなさい、何でもないです」
肩を落として、アパートを出ていってしまった。
どう見ても何でもなくはない。
12月頃から、度々こういうことが起きている。
時折ペニサスがブーンに話し掛け、散々悩んだ末に何も言わずに話を終えるのだ。
ツンがいると話しづらいのかと思い席を外しても、結局ごめんなさいとだけ言って去っていくらしい。
住人間のトラブルの対処はブーンの仕事。
それに伴い、相談事があれば聞く、とも言っているそうだが
ペニサスは何か相談したいことでもあるのだろうか。
そういえば、たしか、ペニサスの就職が決まった頃から
彼女の様子があのように変わったのだっけ。働き先に何かしら不安があるのかもしれない。
──考え込んでいたら、上から、何かの割れる音がした。
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274 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:23:43 ID:TnCX8rqY0
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ξ;゚听)ξ「っ!?」
飛び上がる。何事だ。上が騒がしい。
2階──いや3階からか。
階段の下から覗き込むと、クールが駆け下りてきた。
川;゚ -゚)「ブーンは!?」
ξ;゚听)ξ「出掛けてます」
川;゚ -゚)「じゃあペニちゃんは!」
ξ;゚听)ξ「さっき出掛けました。何があったんですか?」
川;゚ -゚)「フォックスさんが窓割った!」
仰天し、クールと共に3階へ向かった。
3階の廊下の窓が一つ割れており、その前に、ワカッテマスに羽交い締めにされたフォックスと
床にへたり込むギコがいた。
鬼のような形相でギコを睨みつけるフォックスの右の拳から、
ぽたぽた、血が垂れている。
まさか窓ガラスを殴ったのか。
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275 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:25:05 ID:TnCX8rqY0
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ξ;゚听)ξ「……どうしたんです、これ」
(;,゚Д゚)「お、俺が、俺が、」
ギコはすっかり青ざめて、泣きそうな顔で窓を指差しながら振り返った。
慌てるあまり言葉が続かないようでまったく要領を得ない。
ξ;゚听)ξ「フォックスさん」
爪'−`)
ギコがおろおろする内にフォックスの方は些か落ち着いてきたらしい。
ワカッテマスに解放されるなり、舌打ちをして壁を蹴り、早足で階段へ向かってきた。
ξ;゚听)ξ「フォックスさん!」
心持ち大きな声で呼び止めたが、彼はそのまま階段を下りていった。
仕事着だ。夜勤であるなら、普段彼がアパートを出ていく時間が今くらい。
ξ;゚听)ξ「……明日、帰ってきたら話聞かせてもらいますよ!」
管理人らしいことを言えたなと、片隅に浮かんだ場違いな思考は恐らく現実逃避の類。
やっぱり自分では上手くいかない。こういうのはブーンの担当だ。
割れた窓から入り込んだ寒風に身を震わせ、改めてギコの方を見た。
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276 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:26:34 ID:TnCX8rqY0
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ξ゚听)ξ「一体何が」
( <●><●>)「正直ぼくにも分かりませんが、おおかた羽生君が不用意に
妹のことで奴に話し掛けたんじゃないですか。
このくらいの時期は荒れやすいんですよ」
川;゚ -゚)「なに言ったんだギコ」
(;,゚Д゚)「びっくりして覚えてない、けど、たしかにペニちゃんの話題です……
廊下に出たらお兄さんがいたんで何となく話しかけて、──……ごめんなさい……」
俯くギコの傍にしゃがみ、ツンは少し迷ってから、彼の肩に手を置いた。
ξ゚听)ξ「ギコさんが悪いわけじゃありませんよ」
クールとワカッテマスに目配せすれば、頷いた2人がギコの腕を引っ張って立ち上がらせ、
どこかへ連れていった。
ギコならば大丈夫だ。彼らと話していれば立ち直るのも早いだろう。
それよりフォックス。
どういうつもりなのだ。
怒りよりも、寧ろ不安が勝る。
何だかんだワカッテマスには直接手を出すことがあるものの、
他の人間にはそういった対応は少ない。
今回もギコを殴ってはいないが、だからといって、これは。
少し恐い。
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277 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:27:06 ID:TnCX8rqY0
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ξ゚听)ξ(……とりあえずガラス何とかしないと)
携帯電話で近場の修理業者に連絡する。すぐ来てくれるそうだ。
一度1階に下りると、買い物に行っていたブーンと祖父が帰ってきたところだった。
(;^ω^)「……ただいま」
/ ,' 3「ただいま」
おかえり、と言いかけて口を噤む。
ブーンの左頬に、痣のようなものができていた。
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278 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:27:38 ID:TnCX8rqY0
-
ξ゚听)ξ「どうしたの」
(;^ω^)「今フォックスが……あ、いや、何でも……」
誤魔化そうとしても遅い。
名前を聞いただけで大体想像がつく。
フォックスはついさっき出ていったところだから、坂でブーン達と会っただろう。
そこで何か話して──
ξ゚听)ξ「フォックスさんに殴られたの?」
(;^ω^)「いいんだお、ツン。仕方ないんだお」
ξ゚听)ξ「良くない」
不安が、今度は怒りに変わっていく。
フォックスにとってペニサスの話題がデリケートなのは分かるが、
窓を割って、ブーンを殴って。そこまでするか。
ξ゚听)ξ「だって、ひどい」
色々思うのに、碌に言葉が出てこない。
俯くと、ブーンがツンの肩をぽんと叩いた。
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279 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:29:11 ID:TnCX8rqY0
-
( ^ω^)「ありがとう、ツン。でも本当に僕は大丈夫だお。
──それよりフォックスの方が心配だお」
顔を上げる。
ブーンは、エントランスの方を見つめていた。
その目は──「仕事」のときの。
ξ゚听)ξ「フォックスさんが危ないの?」
( ^ω^)「この時期になると、ずしっと来ちゃうんだお……。
しかも今さっき急激に増えた。
今夜の内に何とかしないと危険だお」
ξ゚听)ξ「さっき──ギコさんと話して、それですごく怒って……フォックスさんが」
/ ,' 3「窓」
祖父が呟く。
フォックスが割ったのは、アパートの正面側の窓だ。彼らにも割れているのが見えたろう。
ξ゚听)ξ「うん、窓、割ったの。あ、業者さん呼んだからもうすぐ来る」
/ ,' 3「ん」
祖父がのろのろ階段を上る。
様子を見に行ったのだろう。
ついていこうとしてソファに荷物を置いたブーンが、よろけて背もたれに手をついた。
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280 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:30:29 ID:TnCX8rqY0
-
ξ゚听)ξ「……もしかして体調も悪いの?」
( ^ω^)「大丈夫だお」
ξ゚听)ξ「大丈夫じゃない」
今夜──フォックスの淀みを食べに行くというのに。
あの作業は精神的に大きな負担がある筈だ。
体調が悪い状態で行うべきものではない。
しかし今夜の内に何とかしなければならないとブーンが言っている。
ならば。
ξ゚听)ξ「……手伝う」
ツンがブーンの腕を掴んで言うと、彼は痣のできている面をこちらに向けた。
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281 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:31:36 ID:TnCX8rqY0
-
( ^ω^)「……フォックスのは今まで何度も食べてきてるから、慣れてるお。大丈夫」
ξ゚听)ξ「倒れたりしそうで恐いし」
手伝う、というよりは。
傍について、ブーンが良くない状態へ落ちてしまわないよう監視したいというのが本音だ。
じっと彼の顔を見つめた。彼もツンの瞳を見つめ返す。
( ^ω^)「上手く言えないけど、僕は大丈夫だお、本当に」
ξ゚听)ξ「何で言い切れるの」
( ^ω^)「分かるんだお。自分のことだから」
ξ゚听)ξ「私はブーンが本当に大丈夫かなんて分からない」
( ^ω^)「……。
……良くないお。知られてしまう彼らにも、知ってしまう君にも」
少し、詰まってしまった。
ブーンが目を眇める。
( ^ω^)「ツン。過去3回、僕の仕事を手伝った後の君は
決して小さくない後悔を部屋に落としていたお」
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282 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:32:24 ID:TnCX8rqY0
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( ^ω^)「興味本位で首を突っ込みたがるような人じゃないのは分かってるし、
実際、君は知ってしまうことを後ろめたいと思ってる。
君の負担になっているじゃないかお」
ξ゚听)ξ「ブーンの負担にもなってる」
どうしたって、負担というものは出るだろう。仕事なのだから。
ならば尚更、1人だけが被らねばならないものではない筈だ。
ξ゚听)ξ「……私だって管理人だよ」
自分の仕事だけすればいい、と姉者は言うが。
役割分担だとブーンは言うが。
同僚のサポートだって、ツンの仕事で、役割だ。
ブーンが妙な顔でツンを見下ろしている。
やがて小さく吹き出し、呆れたように風に首を振った。
( ^ω^)「やっぱ僕の女王様だおー」
ξ゚听)ξ「それ何なの」
急に気持ち悪いことを言われると見放したくなるのでやめてほしい。
.
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283 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:33:32 ID:TnCX8rqY0
-
しばらくして、修理業者が来た。
3階へ案内するため階段へ誘導する。
( ^ω^)「僕は夜までちょっと休むお」
深夜に伊藤兄妹の部屋へ行く約束をし、ブーンは自室へ帰っていった。
体調が良くなればいいのだが。
──修理作業は数十分ほどかかるそうだ。
祖父に立ち会いを任せてツンは2階へ下りる。
ξ゚听)ξ(ほっぺた、ちゃんと手当てするのかしら)
ブーンのことが少し気になった。
結構派手な痣だったし、放置しておくのも良くないように思う。
自室から救急箱を持ち出して、斜交いの202号室、ブーンの部屋へ。
ノックを2回。──反応はない。
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284 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:34:32 ID:TnCX8rqY0
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ξ゚听)ξ(もう寝ちゃったかな)
だとすると早い。別れてから5分も経っていない。
再びノック。返事なし。
もしかして本当に寝たのか。それほど具合が悪いのだろうか。まさか倒れていたりなど。
──出来心で。
ドアノブを軽く捻ったら、抵抗なく開いた。
驚いて引っ込みかけた手で、改めてドアノブを回す。
ξ゚听)ξ「……ブーン?」
ちょっとだけ開けた隙間から呼び掛ける。
これにも返事はない。
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285 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:34:58 ID:TnCX8rqY0
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ξ゚听)ξ「?」
思いきって覗き込み、──ぽかんとした。
異様に物が少ない。
少ないというか、もはや何もないに近い。
さすがに奥の部屋には物を置いているだろうが、引き戸が閉まっているので分からない。
静かだ。
まるで誰も住んでいないみたいに。
ξ゚听)ξ「……」
何となく恐くなって、玄関先(靴も置いていない)に救急箱を置いて
そっとドアを閉めた。
■
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286 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:35:22 ID:TnCX8rqY0
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( ^ω^)「ツン、僕の部屋に来てたかお?」
ξ゚听)ξ「……うん。鍵開いてたから勝手に開けて、救急箱だけ置いた。ごめん」
( ^ω^)「いいお、ありがとう。僕こそごめん。奥で寝てたんだお」
深夜。
伊藤兄妹の部屋、302号室の前で落ち合ったブーンの頬には湿布が貼られていた。
やはりあのとき、奥の部屋にいたのか。
しかし玄関には靴もなかった──
いや、そういえばブーンはいつも「内面」に上がり込むときに靴を脱いでいなかった。
もしや脱がない主義なのか。
ツンがぐるぐる考えている内に、ブーンは丸い鍵を鍵穴へ差し込んでいた。
こきん。
.
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287 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:36:31 ID:TnCX8rqY0
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( ^ω^)「……本当に来るかお? 僕はもう大丈夫だお」
ξ゚听)ξ「行く」
たしかに顔色はいいしすっかり元気なようだが、
いわば病み上がりである。放ってはおけない。
ブーンは肩を竦め、ドアを開けた。
──薄暗い。
電気のついていないキッチンには、ほんのりと青みがかった光が射し込んでいる。
夜明け、だろうか。
一歩踏み込むと、冷気が足首を擽った。
ξ゚听)ξ「寒っ」
( ^ω^)「いつもこうだお」
いつも、か。
夕方にも言っていたが、本当に、フォックスの淀みを何度も食べてきたらしい。
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288 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:37:36 ID:TnCX8rqY0
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ξ゚听)ξ「……何か和室の入口がなくなってる」
( ^ω^)「ペニサスの部屋だお」
ツンの203号室とは方角が真逆に当たるこの部屋は、間取りも逆になっている。
だから左が和室で右が洋室。
しかし本来ならば和室に続く引き戸がある筈の場所は、ただの壁へと変わっていた。
ペニサスの部屋には直通で行けないということか。フォックスらしい。
( ^ω^)「さあ、早く入っ──」
('、`;川「──何してるんですか?」
(;^ω^)ξ;゚听)ξ「!!」
ブーンとツンの肩が、勢いよく跳ねた。寒いのに汗が浮かんだ。
顔を見合わせ、恐る恐る振り向く。
──ブーンが閉めようとしたドアの前に、コートを着込んだペニサスが立っていた。
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289 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:38:21 ID:TnCX8rqY0
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(;^ω^)「な、何で!? まだ寝てなかったのかお?」
出で立ちからして外出から帰ったところだろう。
エントランスの鍵は念のため住人にも渡してあるので
夜中に外出することは可能である。
('、`;川「さっきコンビニに行ってきて……」
(;^ω^)「何で気付かなかったんだお僕……! ああ、気ィ抜いてた!
ていうか夜中に女の子が1人で出歩いちゃ駄目だお! フォックスに言い付けるお!?」
('、`;川「ひっ。そ、それは勘弁してください」
捲し立てるブーンに怯んだペニサスだったが、「それよりも」と困惑顔で室内を指差した。
そりゃあブーンとツン2人だけで隠せやしないので、部屋の異変は丸見えである。
('、`;川「……何なんですかこれ」
ξ;゚ -゚)ξ
誤魔化しの言葉も浮かばないし、そもそもこの状態で誤魔化せるわけがない。
どうするの、という問い掛けを視線に籠めてブーンを見上げる。
ブーンは頭を抱えて悩んだ末に、
(;^ω^)「……おいでペニサス」
と言って、玄関からキッチンへ上がった。
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290 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:39:32 ID:TnCX8rqY0
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ξ;゚听)ξ「いいの?」
(;^ω^)「誤魔化しようがないし──もしかしたらペニサスは、見た方がいいのかもしれないお」
そうすれば、もしかしたら。
──そう何か言いかけて、ブーンは黙った。
ペニサスが混乱しながらも部屋に上がり、先のツンのように「寒い」と呟く。
ひどく不安げだ。当たり前か。
しかしまあ、ペニサスにまで見付かるとは。
祖父が言っていたように、やはりブーンは手際が良くないのだろうか。
それともイレギュラーなツンがいたせいか。だとしたら申し訳ない。
でも正直なところ、完璧に隠し通すよりも
こうやってうっかり見付かってしまう方が「当然」という気がしないでもないのだ。
('、`;川「これ、どうなってるんですか……」
ξ゚听)ξ「……私もよく分かってないです」
小声を交わすツン達を他所に、ブーンが右側、洋室の戸を引いた。
途端、漂ってきた空気にツンは鼻を押さえた。
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291 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:40:38 ID:TnCX8rqY0
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ξ;゚听)ξ「ゔっ」
──臭い。
洋室は普通だ。誰かが抜け出た跡の残る布団と、床に置かれた雑誌類。
壁に掛かる作業着やローテーブルに乗った灰皿、煙草のパッケージ。
フォックスの部屋だろう。片付いているというか、物が少ない。そして誰もいない。
だが、異様な臭いがする。
何かが腐ったような。
( ^ω^)「死んでしまった淀みの臭いだお」
('、`;川「よどみ?」
ブーンは、かつてツンに説明した内容をペニサスにも聞かせた。
後悔が部屋に溜まりやすいこと、その後悔が溜まりすぎると心のどこかが死んでしまうこと、
それを防ぐためにブーンが動いていること。手短に。
ペニサスは受け止めきれないのか、どことなくぼうっとした顔でそれを聞いていた。
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292 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:42:01 ID:TnCX8rqY0
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( ^ω^)「フォックスの淀みはひどく不安定だお。
ゆっくり積み上がっていたかと思えば異常なスピードで育ったり、また戻ったり……」
( ^ω^)「対処が間に合わず、目の前で淀みが死んでしまうことも何度かあった」
死んでしまう──
フォックスの心は既に、いくつかの部位が死んでしまっているのだ。
ξ;゚听)ξ、
('、`;川「……兄さん……」
ペニサスの呟きは、ただ兄を呼ぶだけで、それ以上のものではなかった。
目を逸らす。
隣の部屋との区切りである戸襖が目に入ると、ぞくり、違和感。
「ヒント」だ。
ブーンが戸襖を開ける、と──
ξ゚听)ξ「……また洋室」
本当であればペニサスの部屋、和室がある筈だ。
しかし目の前にあるのは、今ツン達が立っているのと同じ洋室で、
部屋の様子もまるで一緒だった。
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293 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:42:51 ID:TnCX8rqY0
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( ^ω^)「勝手に間取りを変えるほど強い念なんだお」
言って、ブーンがペニサスに手を伸ばした。
( ^ω^)「──ペニサス。君は今から兄の記憶を見ることになる。覚悟してくれお」
コートの裾を握り締めていたペニサスは不安げに瞳を揺らし──
頷くと、ブーンの手を取った。
ツンも並んで、隣室へ足を踏み入れる。
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294 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:43:19 ID:TnCX8rqY0
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春というのは様々な変化が訪れる時季だ。
人生で最大の変化が起こったのも春、4月のことだった。
妹が産まれたのだ。
(-、-*川 プゥプゥ
小さな鼻から空気を漏らして眠る赤ん坊。
普通サイズの布団に寝かされているため、余計に小さく見える。
爪 ー )(小さい)
10も歳が離れていると、やはり妙な感慨がある。
自分が大人になっても、この妹はまだまだ小さいままなのだろう。
小さくて、丸くて、可愛くて、まるで人形のようだ。
でもちゃんと呼吸をしているから生きた人間である。
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295 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:43:58 ID:TnCX8rqY0
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『フォックス、おやつにしましょう』
母に呼ばれて、リビングへ移動した。
妹は寝室で眠ったままだ。
爪 ー )『ペニサスを見てなくていいの』
『いいの。赤ちゃんって、意外と放っておいても大丈夫なものよ』
そうなのだろうか。そういうものかもしれない。
でも、それなら、10歳の自分はもっと大丈夫な筈なのだから、
やはり妹の方に付いていてやってほしいと思うのだけど。
母は、おやつを食べる自分のことをじっと、ずっと、微笑ましげに見つめていた。
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296 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:44:59 ID:TnCX8rqY0
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('、`;川「……これが兄さんの記憶ってことですか」
──頭を押さえていたペニサスが、呆然と声を漏らした。
さすがにこれを見せられては、彼女もこの事態を受け入れるしかならなくなったようだ。
全体的に色味が薄く、それ故に冷ややかな色合いの多い光景だった。
顔を上げる。戸襖。また、違和感。
恐らくは、部屋をくぐることが「ヒント」を集めることに繋がるのだろう。
ξ゚听)ξ「……これ、もしかして何部屋も続くわけ?」
( ^ω^)「そうだお。でも進んでいけばいいだけだから、楽ではあるお」
ξ゚听)ξ「どれくらい?」
( ^ω^)「結構多い。──だから僕が間に合わないときがあるわけだお」
ブーンがペニサスの手を引く。
戸襖を開けばやはり、また洋室。
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297 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:45:19 ID:TnCX8rqY0
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爪 ー )『……誰もいねーの』
中学校から帰ると、珍しく無人だった。
いつもならばパートを終えた母と、保育園から帰った妹がいるのだが。
もしかしたら今まさに妹を迎えに行っているのかもしれない。
台所の戸棚から菓子パンを出して、小腹を満たす。
数学と歴史の宿題を済ませて顔を上げると、帰宅してから一時間ほど経過していた。
日の短い冬。外は暗くなり始めている。
丁度そのとき電話が鳴った。
妹の通う保育園からだった。
『お母さんがまだ迎えに来てないんですが……』
爪 ー )『え……あー……俺行きます』
念のため母の職場に連絡を入れてみたが、やはり既に仕事を終えて帰ったという。
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298 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:46:03 ID:TnCX8rqY0
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('ヮ`*川『にーちゃ!』
保育園。
満面の笑みで駆け寄ってくる妹を見て、こっちまでだらしない笑顔になりそうだった。
('ヮ`*川『にーちゃ』
爪 ー )『うん、兄ちゃんだぞ』
足をよじ登ろうとする妹の手を押さえる。登れないし、服が伸びる。
こちらを眺める保育士の目に羞恥を覚え、
抱え上げた妹の肩で口元を隠した。
家に帰ると母がいて、妹を迎えに行ったことを褒められた。
母は、倒れた親戚の見舞いへ行っていたという。父も把握していたので本当だろう。
それなら、保育園に連絡くらいするべきだろうに。
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299 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:46:43 ID:TnCX8rqY0
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──部屋を進むごとに、ペニサスとの思い出がいくつも再生された。
どれをとっても真っ当に愛情を送り合う2人の姿があって、
いい兄妹であったのが分かる。
ただ、その記憶の中で、フォックスは常に両親へ懐疑的な目を向けていた。
ペニサスへの関心が薄いのだ。
フォックスに対しては寧ろ過保護じみているのだが。
('、`*川「……兄さん、頭が良くて、運動もできたから」
ブーンに手を掴まれたまま進みながら、合間にペニサスは語った。
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300 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 22:47:30 ID:TnCX8rqY0
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('、`*川「父も母も、兄さんにすごく期待してたんです。
だから兄さんの方ばっかり見てた」
とはいえ。ニュースで見るような暴力的な親よりはマシだろうし、
ペニサスもそれを受け入れているように見えていたので、
急いでどうにかする必要もない──とフォックスは考えていたのだ。
危機感が薄いとツンには分かるが、これが「後悔」に繋がるという前提があるから
ツンは冷静に見られるだけであって、
当時のフォックス本人──それも子供──には、そもそもどうしようもないことだったろう。
6つ目の記憶に差し掛かり、それは不穏な色を滲ませ始めた。