ξ゚听)ξくいのこした四季たちのようです

42 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 19:57:41 ID:jdq.bwYg0





从* ー 从『さっき職員室行ったらね、先生に褒められたんだ〜』

 ──英語のプリントを顔の横に掲げて、彼女は笑った。

从* ー 从『まあテストだったら丸あげられないって言われちゃったけどね』

∬ _ゝ )『どんなの? 見せてよ』

从* ー 从『いいよ〜』

 数日前に課題として出されたプリントで、英文を日本語に訳せというものだった。

 海外の小説を引用した問題。そう複雑な内容ではなかった。
 直訳すればそれで済むし、習った単語の確認としての問題なのだから
 求められているのも直接的な答えであろう。


 けれど彼女の解答はたしかに、単なる復習として求められている範囲を超えていた。
 憎しみの台詞を柔らかな膜で包み込み、押し隠したが故に鋭さを増させ、
 一方で原文に含まれる隠喩は隠喩のまま、しかし言い回しを変えることで日本人に伝わりやすくしている。

 まるで実際に出回っている訳本のようで──
 陳腐に言うならば、文学的な趣に溢れていた。
 無論、高校生にしては、という前提はあるのだが。

 素直に感心した。こんな答え方があるのか。

43 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 19:58:54 ID:jdq.bwYg0

∬ _ゝ )『ナベちゃん、すごいね。翻訳家になれるよ』

从* ー 从『英語嫌いだからちょっとふざけてやろうって思って書いたんだけど……
      えへへ、先生にも姉者ちゃんにも褒められたから、何か、英語好きになるかも』

 照れたように笑う顔が眩しかった。
 「苦手」なわけではなく「嫌い」だという言い方から、
 英語自体は得意なのだろうと汲み取る。

 好きになるかもという言葉に、胸の内のどこかが満たされた。
 自分が褒めたことで、彼女の才能を潰させずに済んだという勝手な自尊心。







ξ;゚听)ξ「っ」

 我に返る。たくさんの赤い花。摘み取った一輪のピンク色。
 空いている手で頭を押さえる。今のは?

 記憶だ。ツンのものではないが、誰かの記憶であるのは間違いない。
 いいや、「誰かの」なんて。ぼかさなくても分かっている。姉者のものだ。
 どことなく色合いが薄く、会話する少女の姿も判然としなかった。

 ブーンへ目をやると、彼も頭を押さえていて、同じことが起きたのだろうと理解する。

44 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 19:59:58 ID:jdq.bwYg0

( ^ω^)「この調子で他の花も摘むお、ツン」

 先と同じ指示を出し、ブーンはきょろきょろ辺りを見回した。
 彼に向かってもう幾度も頭の中で繰り返した質問をぶつける。

ξ;゚听)ξ「これ何なの」

( ^ω^)「姉者の『後悔』、……を探るためのヒントみたいなもんだお」

ξ;゚听)ξ「……答えになってない」

( ^ω^)「後で説明する。とにかく今は姉者のために急がないと。
       ……ここまで来たなら協力してほしいお」

 姉者のため──
 無意識に窓辺の彼女を視界に収める。

 真っ赤な花に囲まれ、真っ白い窓からの光を受ける彼女の姿に、
 もしやこれは夢ではないかと思った。

 けれども足首にちくちく刺さる葉の感触や、目が眩むほどの色彩や、噎せ返る匂いは
 どうしようもなく生々しい。

 現実なのか。今、たしかに起こっていることなのか。
 ブーンの言う通りにすれば、姉者のためになるのか。

45 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 20:01:02 ID:jdq.bwYg0

∬´_ゝ`)「文芸部で仲良くなってね、クラスが同じになったことはないけど、
      一番仲のいい友達だったと思う」

 ツンが赤以外の色を探すために首を傾けると同時、
 辞書を抱え、窓に頭を預けている姉者がぼそぼそと語り始めた。

 誰のことを話しているのかはすぐに分かった。
 先程の「記憶」の中にいた少女だろう。

∬´_ゝ`)「可愛くて、明るくて、ちょっとドジで、優しいお話を書くのが好きな子だった。
      お花みたいないい匂いがして手があったかくて、一緒にいると、こっちまであったかくなる……」

∬´_ゝ`)「──春みたいな子だった。4月生まれだったからかな」

 和室の入口手前に、今しがたブーンが摘んだのと同じ種類の黄色い花を見付けた。
 指を添え、根元を引く。

 ぷつん。

46 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 20:01:35 ID:jdq.bwYg0





∬ _ゝ )『ナベちゃん、最近部活来ないね』

从 ー 从『うん、ごめんね、先生に英語教わってるの』

 もともと活発なクラブではなかったし、部活と言っても
 コンクールが近い時期以外は、不定期に図書室へ集まって適当に話したり書いたりするだけだ。
 だから勉強に時間を割く彼女のことを、顧問も部員達も寧ろ快く思っていた。

∬ _ゝ )『……ね、今度、私も一緒に行っていい?』

从 ー 从『うん、もちろん』

 もちろん、と答える間際、彼女の口が言いにくそうに歪んだことに、気付かぬふりをした。





47 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 20:03:17 ID:jdq.bwYg0

∬´_ゝ`)「……好きだったのかな。どうだろう。分からない。
      でもあの頃、どの男子や先生を見ても、あの子よりどきどきする人なんかいなかった」

 姉者の舌が乾いた唇を舐める。
 花々の香りが満ちる部屋の中、窓辺の光を小さく反射する桜色の唇は
 何かの果実のようでもあった。

∬´_ゝ`)「だからあの子の傍にいようとしてた……」

 隣の洋室へ続く戸襖を開く。
 洋間の中心に、淡い紫色の花。







∬ _ゝ )『……』

 泣きながら家路を歩いた。
 気を抜けば喉が震えて酷い声をあげてしまいそうだったから、
 唇を噛み締めてとぼとぼと足を動かしていた。


 一緒に勉強したいなんて言わなければ良かった。
 今まで通り、皆が集まるかも分からない部活に参加して、無為な雑談でもしていれば良かった。

48 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 20:04:21 ID:jdq.bwYg0

∬ _ゝ )『……』

 彼女と、自分と、先生と。
 3人ぽっちしかいなかった自習室を思い返せば、また大きな粒が目から溢れる。


 彼女は先生のことが好きなのだろうと一目で分かった。
 もしかしたら既に心を通わしているのかもしれない。
 先生が纏う雰囲気も、どことなく違っていたから。

 耐えられなくて、途中で抜けてきてしまった。
 今頃2人きりで、いなくなった自分のことなど忘れて過ごしているのだろう。







∬´_ゝ`)「無性に寂しくて嫌いになりそうだった。なれなかったけどね」

 語る声は愛おしげ。

 一旦洋室を出て、トイレのドアを引く。
 一目で見渡せる狭い床には赤い花しかない。

49 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 20:05:15 ID:jdq.bwYg0

∬´_ゝ`)「あの子が今までよりもあったかく笑うから。
      それなら、いいやって。……そう思えるようになるのにも時間はかかったけど」

 和室からは少し距離があいたというのに、姉者の声はまるですぐ近くで発されているかのようだった。
 つくづく不思議な空間だ。
 振り返ると、キッチンに移動してきたブーンが黙々と花を探していた。

∬´_ゝ`)「でもあの子と先生だけの世界が羨ましかったから、時々一緒に勉強して、
      あの子の真似して洋書の翻訳ごっこなんかしてた」

∬´_ゝ`)「あの子は逆に、英文を書く方が好きになってたみたい。
      たまに、あの子が英語で書いた小説を私が訳す遊びもしたわ。
      ……すごく楽しかった。あの子の気持ちを解きほぐすみたいで」

 それが本心であるのを示すように姉者の声が弾んだ。
 しかしすぐに、沈んでしまう。

∬´_ゝ`)「そういう日々が一年続いて、冬が来た。
      冬はちょっぴり好きじゃない。
      あんまり寒いから、あの子も凍えてしまうんだわ」

 ぷつん。
 何もしていないのに花を摘む音が聞こえて、また記憶が流れ込む。

 ブーンがキッチンで花を摘んだのだろう。
 自分でなくとも、誰かが摘めば共有されるらしい。

50 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 20:06:24 ID:jdq.bwYg0





从 − 从『……赤ちゃん、できた……』

 3年生の、1月。

 彼女と共に語学系の大学を受験して、一週間近く経った日だった。

 公園に呼び出され、雪が積もる滑り台の前で聞かされた言葉。
 寒さではない理由で体が震えた。

∬; _ゝ )『間違いじゃないの』

从 − 从『分かんない……分かんない、検査薬には反応あったの、
     あれってどれくらい正確なのかな……2回、試したけど、2回とも……』

 小説やドラマで何度も見たような展開だ。
 目の前に立ち尽くして話す彼女の姿が、まるでスクリーンを通したかのように遠ざかったり、
 不意に眼前へ近付いたりを繰り返していた。

 先生と彼女へ対する怒りと悲しみと失望と焦燥が燃え上がり、すぐに燃え尽きて焦りだけが取り残される。

51 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 20:07:48 ID:jdq.bwYg0

从 − 从『どうしよう……どうしたらいいの』

∬; _ゝ )『ど、どう、って』

 緊張で腹を絞られ、吐きそうになりながら詳細を聞いた。
 2人とも避妊には気を遣っていたそうだ。彼女からの話しか知らないので真偽は分からないが、
 少なくとも無理強いされたようなことはないだろう。

 避妊具も状態が悪かったり使い方に誤りがあったりで、
 失敗してしまうケースがあるにはあると保健の授業で習った。
 好きな男の子もいなかった自分にはあまり関心のない話で、そんなものかと聞き流していたのに。
 こんな形で思い出したくなんかなかった。

∬; _ゝ )『先生に、言わないと』

 彼女の家族に知られずに何とか収められないだろうか。
 先生にお金を出してもらって。どこか、病院に行って。
 でも家族へ連絡が行くに決まっている。

 関係者を最少にした上で「元通り」にする方法ばかり求めた。
 逃避だ。そんな甘い話、あるわけがない。
 ああでもないこうでもないと言葉を交わしていると、合間に彼女が呟いた。

52 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 20:10:13 ID:jdq.bwYg0

从 − 从『……産んじゃ、だめなのかな……』

 何も言えなかった。
 いいも悪いも、自分などには重すぎた。

 だめだよね、分かってるよ、分かってる。
 青い顔をした彼女は取り繕うように言って、目尻から溢れた涙を雪のせいにし、むりやり笑った。

从 ー 从『先生に話してみる。ごめんね姉者ちゃん、こんな話聞かされてびっくりしたよね。
     ごめんね、忘れていいよ』







∬´_ゝ`)「あのとき、私──多分、ほっとした」

 きんと全身が冷え渡るような──
 記憶の中の寒さが、姉者の声に宿っていた。

∬´_ゝ`)「忘れていいって言われて、安心してた。
      もう、その問題に関わらなくていいんだって……他人事のまま捨て置いていいんだって」

53 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 20:11:27 ID:jdq.bwYg0

∬´_ゝ`)「もちろん忘れることなんかしなかったし、
      『いつでも相談して』ってちゃんと言った。力になりたいって本当に思ったもの。
      ……でも、逃げたいって怖じ気づいてたのも、きっと私の本心だった」

 姉者が背を丸める。
 目を閉じて、細く長く息を吐き出す彼女の顔は青白い。
 うっすらと瞼を持ち上げる。

∬´_ゝ`)「……あの子はなかなか先生にも家族にも言い出さなかった。
      そりゃあ恐いに決まってるもの。そう簡単に言えやしない」

∬´_ゝ`)「でもあのとき、もたもたしてなければ、結果は変わっていたかしら」

 数秒、間をあけて。
 姉者の口が、続きを紡ぐ。


∬´_ゝ`)「先生が事故に遭ったの」


 ──巻き込まれる形だったらしいと姉者は言う。
 ひどい事故で、何とか命こそ助かりはしたが、
 目覚めなくなってしまったのだという。

54 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 20:12:40 ID:jdq.bwYg0

ξ;゚听)ξ、「……」

∬´_ゝ`)「いい先生だった。……教え子に手を出す人をいい人と言っていいかは分からないけど。
      ともかく尊敬されてたし、あの子が熱心に英語を教わってたのもみんな知ってたから
      あの子が泣き喚いても、誰も疑問なんか持たなかった」

∬´_ゝ`)「けど、ショックのせいか彼女は体調をひどく崩して倒れてしまって……
      病院に運ばれて、お医者さんが異変に気付いて、お腹を調べられて、それで」


 その後どうなったかなんて、ツンにも想像できることだった。
 実際、ツンの想像から然程ハズレていない結果が訥々と語られていく。

 幾人もの感情が荒れ狂いぶつかり合う様は、毒々しくて耳を塞ぎたくなる。

∬´_ゝ`)「……彼女は、お腹の子の父親が誰なのかを決して言わなかった」

55 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 20:13:36 ID:jdq.bwYg0

∬´_ゝ`)「もしかしたら勘づいた人もいたのかもしれないけれど、
      昏睡状態の人を槍玉に挙げるのも心苦しいでしょうし、
      彼女が正直に言うのを待つしかなかったでしょうね」

 そこでようやくツンは我に返った。
 そうだ、花を探さなければ。

 まだ探していない風呂場を見ようと思ったが、既にブーンがいた。
 彼の足元にはピンクの花。

∬´_ゝ`)「結局彼女は最後まで言わなかったし、おろせという家族の声にも抵抗してた。
      ……かといって、産みたいと意思表示することもなかったけど」

 ブーンが屈み込み、軽く曲げた指を茎に引っ掛ける。

 ぷつん。



∬´_ゝ`)「そうする内に春が来て、高校の卒業式が終わったわ」


.

56 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 20:14:28 ID:jdq.bwYg0





 式を終え、世話になった教師や文芸部の後輩たちに挨拶をし、
 みんなでご飯を食べに行こうと誘ってくれたクラスメートに謝り、
 校門で待っていてくれた両親にも謝って先に帰宅してもらって。


 暖かくて明るくて優しくて花の香りに満ちる春の昼。
 制服を着たまま、リボンの胸章をつけたまま、荷物を抱えたまま、彼女の家へ向かった。


 彼女の母親がその出で立ちを見て「卒業式だったんだものね」と瞳を潤ませた。
 卒業の機会を失った彼女とその両親が式に来られる筈がなかった。

 2階の、彼女の部屋に通される。
 週に2、3通はメールのやり取りをしていたが、
 顔を合わせるのは1ヵ月ぶりに近かった。

∬ _ゝ )『ナベちゃん、今日ね、卒業式だったの』

从 ー 从『うん。おめでとう姉者ちゃん。大学でも頑張ってね』

 ベッドに腰掛け、やや膨らんだ腹を撫でた彼女は隈の残る目を細めた。
 思ったより落ち着いている。

57 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 20:15:27 ID:jdq.bwYg0

∬ _ゝ )『……窓開けよう、今日は天気いいよ』

 カーテンまで締め切ったせいで薄暗い部屋にたじろぎ、誤魔化すように窓を開けた。
 本当だ、いい天気だね。呟く彼女に微笑みかける。
 ──ああ、このとき窓を開けなければ。


 しばらく取り留めのない話をして、ふと会話が途切れた。
 少しずつ間が広がっていき、耐えきれなくなりそうになった頃ようやく彼女が口を開いた。

从 ー 从『私ね、産むのも産まないのも、嫌なんだ。……恐いんだ』

∬ _ゝ )『……うん』

从 ー 从『前はね、産みたかった。先生にそう言いたくて、……でも言えなかった』

∬ _ゝ )『うん』

从 ー 从『私ひどいんだ。今は、先生が眠ったままになって良かったって思ってるの。
     妊娠したことと産みたいこと、拒絶されたくなかったから』

 「でも」。
 消え入りそうな声で、続ける。

58 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 20:16:32 ID:jdq.bwYg0

从 ー 从『……ねえ、もし、いつか。私がこのまま赤ちゃん産んで。先生が目覚めて。
     もし、子供を連れた私と先生が会ったら。
     私、黙っていられるかな』

从 ー 从『この子は先生の子なんだよ。すごく大変だったんだよ。って、
     言わないでいられるかな……』

 じわじわ彼女の瞳に涙が溜まっていく。
 何も言えない。

 ざあ、と強い風が吹く。
 机の上からいくつもの紙が舞った。
 いずれも英文が敷き詰められている。

 ああ、まだ、書き続けていたのか。
 自分はあの日以降、洋書の翻訳ごっこなんてしていなかった。
 元々好きだった小説を書くことすらしなかった。

 あの日を迎えるまでは彼女の記す文章をたくさん訳してきたけれど、
 きっと今の自分には、彼女が書いたものを解きほぐすことは出来ないだろう。

∬ _ゝ )『……ナベちゃん……』


『──やっぱりあの人なの』


 背後から聞こえた声に、はっとして振り向く。
 彼女の母親が部屋の入口に立っていた。

59 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 20:18:38 ID:jdq.bwYg0

从; − 从『おかあさ……っ』

 彼女が立ち上がる。母親がこちらへ向かってくる。

 なに馬鹿なこと言ってるの、一番大変な思いしてるのはこっちなのに。ごめんなさい、でも。
 何であんな男なんかに騙されたの、情けない。先生のこと悪く言わないで。

 言い合う2人を、おろおろと見つめることしか出来なかった。
 彼女が泣き出す。それを見て、ようやく体が動いた。

∬; _ゝ )『あ、あの、ナベちゃんもたくさん悩んで──』

『口を出さないで!』

 かっとなってしまっただけだろう、母親に頬を張られ、床に倒れ込んだ。
 それが、彼女の方にまで着火してしまった。

从 − 从『姉者ちゃんに何するの!』

 親子の言い合いが、掴み合いにまで発展した。
 彼女がふらつく。窓辺に寄り掛かる。サッシについた手が滑る。

 咄嗟に彼女の肩を掴んでいた母親の手に力が入って。


 あ、と。
 自分と、彼女と、母親の声が間抜けに重なり。

 彼女の姿が視界から消えた。

60 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 20:19:27 ID:jdq.bwYg0

∬; _ゝ )『──!』

 硬直する母親を床へ突き飛ばし、窓枠に縋りつく。

 音も匂いも何も覚えていない。
 覚えていないが。


 地面に散った赤色が、まるで花が咲いたようだったのは覚えている。





61 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 20:20:26 ID:jdq.bwYg0


ξ;゚听)ξ「……」

 口を押さえる。
 今まで集めた花を取り落としそうになって、慌てて持ち直した。

∬´_ゝ`)「私がちゃんと止めてれば。別の話題を続けてれば。
      ──妊娠したのを告白された日に、怖じ気づかないで一緒に考えてれば」

∬´_ゝ`)「そしたら、あんなことにはならなかった」

 姉者の爪が辞書を引っ掻く。
 がりがりと跡を残していく。
 彼女自身に傷はつかなくても、それは自傷行為なのだろうと思った。

∬´_ゝ`)「それなら結局は、」

 ひゅう。吸い込まれた空気が細い喉を通って掠れた音を出す。


∬´_ゝ`)「……私があの子を突き落としたようなものだわ」

.

62 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 20:22:27 ID:jdq.bwYg0

 違う──
 否定の言葉を投げるのは簡単だ。
 簡単だけれど、簡単だから言えない。

ξ;゚听)ξ「……その人は、その、……死んでしまったんですか」

∬´_ゝ`)「ううん、幸い助かった。……お腹の子は、駄目だったけれど。
      退院したあとは家族そろって引っ越していったから、もう話すこともできない」

 集めた花を見下ろす。
 ──姉者の「後悔」を知るためだと、ブーンが言っていた。

 ツンの手から花を取り、自分が集めた分と合わせて一まとめにしている彼の顔を見る。

ξ;゚听)ξ「……友達を助けられなかったのが、姉者さんの後悔ってこと?」

( ^ω^)「いや。たしかに後悔の一つではあるけど──まだ大事なことを話してないお。
       核の部分を」

ξ;゚听)ξ「何で分かるの」

( ^ω^)「分かるんだお」

 しかし花が足りない、とブーンが唸る。
 大して広くない部屋だ。もう全て探し終えてしまった。

63 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 20:23:54 ID:jdq.bwYg0

ξ;゚听)ξ「足りないったって」

( ^ω^)「探してない場所はないかお……必ず床から生えてる筈なんだけど」

ξ;゚听)ξ「見える範囲は全部探した」

( ^ω^)「見えてないとこは探してない?」

 ツンの一言に何か得たのか、ブーンがぱちんと指を鳴らした。気障な仕草だ。

 やや急ぎ足で姉者のもとへ向かうブーン。
 傍らに膝をついた彼を姉者がぼんやりとした目で見上げた。

( ^ω^)「姉者。少し、どいてくれるかお」

 窓枠に押しつけられた彼女の肩に優しく触れれば、
 彼女はこくんと小さく頷きその身をずらした。

ξ゚听)ξ「あ……」


 ──姉者が凭れていた窓辺。
 その真下、壁と床の合間から、小さな白い花が生えていた。

64 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 20:24:45 ID:jdq.bwYg0

 ブーンが手を伸ばす。
 それを見た姉者が、何かを思い出したように瞳に新たな色を宿した。


∬´_ゝ`)「……卒業式の日──」


.

65 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 20:25:37 ID:jdq.bwYg0





 後輩からもらった花束を抱えて、早足で彼女の家へ向かう。

 会いたい。
 会わなければいけない。

 卒業おめでとう。合格おめでとう。就職おめでとう。おめでとう。おめでとう。
 あちこちに降り注ぐ祝福は、一欠片でも彼女に与えられたのだろうか。


 春だ。
 暖かくて明るくて優しくて、草木や花が伸びゆく春なのだ。
 こんなにもめでたい季節に、どうして彼女を忘れていられよう。

66 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 20:27:00 ID:jdq.bwYg0

 途中、花屋に寄った。
 自身の思う、彼女のイメージに合った色形の花を数種類選ぶ。

 花の名前など詳しくない。花言葉も小説のネタとして使う以外は知らない。
 ただ綺麗でいい匂いがするものを彼女に渡したかった。


 後輩からもらった花と、彼女のために購入した花をそっと鞄にしまう。

 おめでとう、なんて、面と向かって言っていいわけがない。彼女の置かれた状況で。
 だから黙って花を渡そう。
 春のようなあの子に、春が溢れる花を。

 凍えるあの子に、暖かい春を。





67 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 20:27:45 ID:jdq.bwYg0


ξ゚听)ξ「……花……」

 ブーンが抱えた花。ピンク色。黄色。淡い紫。白。
 たった今見えた光景の中、姉者が鞄にしまっていたのと寸分違わぬ組み合わせ。

∬;_ゝ;)「私」

 ぽたぽた、赤色の花弁に雫が弾けていく。

∬;_ゝ;)「お花、あげたかったの……」

 震える口を両手で押さえ、あどけなさの滲む声で囁いた。
 ほろり。瞬きごとに、一滴一滴落ちていく。

68 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 20:28:37 ID:jdq.bwYg0

ξ゚听)ξ「……渡せなかったんですね」

∬;_ゝ;)「いざ彼女を前にしたら、恥ずかしくなった。
      なんて薄っぺらいことをしてるんだろう、自己満足でしかない、無意味だ、って……」

∬;_ゝ;)「私はまた怖じ気づいて、あの子に何もしてやれなかったの」



 姉者の「後悔」は、花を渡せなかったこと自体にあるのではない。

 花束ひとつ渡す勇気があれば、そもそも彼女と向き合えていた筈だった──

 その、己の弱さだ。



∬;_ゝ;)「ごめんなさい、ナベちゃん、ごめんなさい……」

 この場にいない彼女へ謝り続ける姉者の目からは涙がどんどん増えていき、
 声も震え、ついには何も言えなくなっていた。
 わあわあ泣きじゃくり、抱えた辞書の表紙に爪を立てる。

69 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 20:31:31 ID:jdq.bwYg0

 『放っておかれても、誰もあなたを無責任な人だとか思ったりしない』──
 ツンにくれたあの言葉は、姉者が欲しかったものでもあるのかもしれない。

 実際、たしかに姉者には何の責任も無い。
 全ては「あの子」と「先生」の過ちによるもの。
 だから姉者が責められる謂れなどないだろう。

 けれどそういう理屈は分かっていても、気にしないわけがないのだ。
 ツンがブーンに任せたまま開き直れなかったように。



( ^ω^)「姉者」

 そっと優しい声で名前を呼んで、ブーンが腕を伸ばす。
 跪いて花を差し出す姿はまるでプロポーズのようだ。
 姉者は涙を流したまま辞書を置き、空いた両手でそれを受け取った。

∬;_ゝ;)

 4色を見つめて、抱きしめ、頬を寄せる。



 瞬間。
 ざあっと、砂山が崩れるように姉者が消えた。

70 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 20:32:48 ID:jdq.bwYg0

ξ゚听)ξ(あ)

 「あの子」への花も、辞書もプリントも、赤い花たちも、外の陽光も消え失せる。

 暗い部屋に残ったのは床の上、わたあめのようにふわふわしたパステルカラーが混じり合う丸いものだった。
 ブーンがそれを拾い上げる。

ξ;゚听)ξ「──姉者さんは? なに……消えちゃった……?」

( ^ω^)「本物の姉者は部屋で寝てる。
       今まで僕達と話してた姉者なら、これだお」

 これ、とわたあめを見せられても。
 いや。何なのだ。今さら疑問がぶり返す。何だったのだ。

 部屋で寝ているって、ここが彼女の部屋ではないのか。
 見回してみてもツンとブーン以外には誰もいない。

 ブーンはわたあめを一口分むしると、当然のように口に放った。
 食べるのかそれ。大丈夫なのか。

71 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 20:33:31 ID:jdq.bwYg0

( ^ω^)「ええと、ここは何ていうか……内側の世界だお。
       部屋の中の、更に内側」

ξ;゚听)ξ「中の内?」

( ^ω^)「うーん……『内面』と言えばいいかお。
       要は、みんなの精神的なものを表した空間」

 ファンタジーすぎる。が。
 既に散々ファンタジーなものを見せられたせいで、
 思いの外「そういうものか」と納得できてしまう自分がいる。

72 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 20:34:56 ID:jdq.bwYg0

( ^ω^)「後悔は部屋に溜まりやすい。
       たとえばご飯を食べてるとき。お風呂に入ってるとき。眠るとき。
       ふと、その日の失敗や過去の苦い記憶なんかを思い出してしまうものだおね」

ξ゚听)ξ「……まあね」

( ^ω^)「そういった後悔の念──淀みが溜まり続けると、
       その念はついに本人の姿をとる。さっきの姉者がそれだお」


 当たり前に過去を語り、表情を変えていた姉者はどこからどう見ても姉者そのものだった。
 偽者とは思えないほどに──
 いや。偽者でもないか。

 いわば姉者から漏れ出た欠片達が集まって、姉者の形をとったに過ぎないのだから。
 あれもまた姉者ではあるのだ。


( ^ω^)「この段階まで来ると危険信号。
       さらに淀みを集めてしまわない内に、こうやって、ばらして食べてやらなきゃいけない」

 話しながらハイペースでわたあめを消費しているため、
 既に2ちぎり程度しか残っていない。

 姉者の後悔。「あの子」に何もしてやれなかったという思い。淀み。
 を、今、こいつが食べているわけだ。

73 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 20:35:48 ID:jdq.bwYg0

ξ゚听)ξ「……放置して、淀みがもっと増えたらどうなるの?」

( ^ω^)「本人の姿をとった淀みが、耐えきれずに死んでしまう。
       ──そうして心のどこかも一緒に、腐って死んでしまうお」

 ぞっとする。
 つまりは後悔の念に悶え苦しみ、限界を超えてどこかがおかしくなってしまうのだろう。

ξ゚听)ξ「……あなたがそうやって、淀み? を食べてるのは、どういうことなの。
      そうすれば姉者さんの悔いは無くなるわけ?」

( ^ω^)「いいや、これぐらいで消せやしないお」

 ぱん。空っぽになった両手をブーンが合わせる。
 わたあめとは表現したが、実際はもっと違う物体だろう。
 わたあめならばどんなに急いでももう少し時間がかかる。

74 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 20:38:59 ID:jdq.bwYg0

( ^ω^)「一時、気が楽になるだけ。
       またじわじわと増えたり、あるいは今回のように急激に溜め込んだりすることになる」

ξ゚听)ξ「……そう」

( ^ω^)「後悔なんて簡単になくならないものだお。
       むしろ一生抱えていくことの方が多い。──ほら」

 ブーンが部屋の隅を指差す。
 今食べたばかりのわたあめ──だが先程のよりもずいぶん小さい──が
 逃げるように押入へ入っていくところだった。

( ^ω^)「どうしたって、ああいう食べ残しも出てしまうしね」

 立ち上がり、ブーンは和室を出ていった。その背を追う。
 玄関から通路へ出ると、夜気に首筋を擽られた。

75 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 20:40:49 ID:jdq.bwYg0

 消えもしないし、また悔いが溜まっていくのなら、
 淀みを食うことに応急処置以上の意味はないのではないか。
 そう思ってブーンを見つめると、彼はその意図を察したのか首を振った。

( ^ω^)「……けど一応、食べることで、少しずつでも薄れさせるくらいは出来るんだお」


 どんどん薄くして、小さくして、低くして──

 そうしていけば、いずれ乗り越えられるかもしれない。
 寄り添っていても苦しくなくなるかもしれない。
 あるいは本当に、根元から消せる日が来るかもしれない。


 そう言ってブーンは瞳と手のひらに慈愛を込めて、204号室のドアに優しく触れた。

76 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 20:42:01 ID:jdq.bwYg0

( ^ω^)「最終的に悔いをどう処理するかは本人次第だけれど。
       途中で挫けてしまわぬように、心が死んでしまわぬように、
       僕はみんなの手助けをしたい」

 囁くような声だが、その低さゆえ、耳の奥にゆっくりと沈んでいった。

ξ゚听)ξ「……いつもこんなことしてるの」

( ^ω^)「いつもはもうちょっと楽だお」

 普通はもう少しじわじわと溜まっていくものらしい。
 だから大抵は成長しきる前にブーンが気付いて食べるのだそうだ。
 姉者のアレも、今までのペースとは明らかに違っていたという。

( ^ω^)「ここ数日どんよりしてるなあとは思ってたけど
       今夜になって急成長して……本当に危なかった」

ξ゚听)ξ「……1週間前の、ワカッテマスさん達の喧嘩のせい?」

( ^ω^)「十中八九。やっぱ何かが切っ掛けになって、どかんと来ちゃうこともあるんだお」

 鍵束を指先で回し、ブーンが苦笑する。
 それから、「あ」と思い出したように声をあげた。

77 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 20:43:04 ID:jdq.bwYg0

( ^ω^)「姉者本人には今夜のこと、言っちゃ駄目だお。
       僕がこっそり後悔を食べてるなんて、誰も知らないんだから」

ξ゚听)ξ「まあ、そうよね」

 口振りからして、姉者だけでなく他の住人の後悔も何度か食べているのだろう。
 食べられた側にその自覚があったら今ごろ大騒ぎだ。

( ^ω^)「……うーん、喋りすぎた」

 聞こえよがしの呟きは、これ以上は説明しないということだろう。
 疑問は尽きぬが仕方ない。


 ──恐らくは、これがブーンの「管理人」としての仕事なのだ。
 ブーンはあれで忙しい、という祖父の発言からして大家公認の。

 役割分担。
 あれがブーンの仕事だというなら、たしかに大変そうだ。精神的にも。
 知らなかったとはいえ、自分ばかり忙しいと思っていた己を恥じた。


 そして、

( ^ω^)「──さて。ついでだし、ちょっとツンの部屋にもお邪魔するおー」

ξ゚听)ξ「は?」

 今更だが。とても今更だが。
 まさか自分も内面とやらに侵入されたことがあるのではと、やっと今、思い至った。

79 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 20:44:42 ID:jdq.bwYg0

ξ゚听)ξ「え、待って」

( ^ω^)「お邪魔しますおー」

 さっさと203号室の前に移動し、丸い鍵を差し込まれる。
 ブーンの腕を掴んで止めようと手を伸ばしたが間に合わず、敢えなくドアは開けられてしまった。


ξ゚听)ξ「は、え、え? 何これ」


 ──部屋自体は、不自然に明るいことも暗すぎることもなく。無論、花も無い。

 しかし色とりどりのビー玉らしきものがごろごろと大量に転がっていた。

.

80 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 20:45:42 ID:jdq.bwYg0

( ^ω^)「これも後悔の念だお」

ξ゚听)ξ「姉者さんのと違う」

( ^ω^)「日常的に生まれる些細な後悔は、こんな感じで可愛らしいものなんだおー。
       これぐらいのやつなら、放っておけば
       忘れたり乗り越えたりして、いずれ消えていくもんだお」

 キッチンに散らばるビー玉──食べるのならば飴玉と言った方が的確か──の中から
 ブーンが適当にいくつか拾い上げた。
 続いて和室へ入る。

 畳の上にも、少なくとも20個近くは転がっている。
 そこからもブーンは半分程度拾っていき、
 更に隣の洋室へ。後はキッチンや和室と同じ流れ。

( ^ω^)「だから本当は、これぐらいのやつは放置するのが丁度いいんだお?
       振り返って学習したり反省したりするのも大事なことなんだから」

ξ;゚听)ξ「なら放っといて!」

( ^ω^)「けど、いくら何でもツンは多すぎる」

 だから定期的に片付けてやらなければならない──
 溜め息混じりに言ったブーンに、ツンは小刻みに震えながら口を開閉させた。
 今しがた、珍しく大きな声を出した自分に少し驚いたせいもある。

81 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 20:47:05 ID:jdq.bwYg0

( ^ω^)「どれを食べて、どれを残すかも結構悩ましいところでね……
       大したものでないならいいけど、乗り越えさせた方がいいものを食べちゃうと申し訳なくなる。
       しかも食べるまで中身は分からないからますます悩む」

 じゃらじゃらと両手に余るほどの飴玉を一旦床に置き、
 その中の一粒をブーンがぽいと口に放り込んだ。

( ^ω^)「んー……1週間前に、テレビ台掃除してくれたペニサスに
       お礼言いそびれたことまだ気にしてるのかお……」

ξ゚听)ξ

( ^ω^)「あむ。……可愛いにゃんこのスリッパ欲しかったのに
       たまたまワカッテマスと鉢合わせたせいで買えなかった?
       買えばいいのに。別に誰も気にしないお」

ξ゚听)ξ

( ^ω^)「ツンは数が多いから最近胃もたれ気味だお……」

 それから更に3粒ほど食べて、残りは後で食べるからとハンカチに包んでポケットへ。

 学習と反省をするための分として点々と床に残された飴玉を数えたブーンは、「よし」と頷いた。
 何がよしか。
 立ち尽くすこちらに振り返り、申し訳なさそうに苦笑する。

82 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 20:47:41 ID:jdq.bwYg0

( ^ω^)「こんな、心を暴かれるような真似、誰だって嫌だおね。
       でもやらなきゃいけない仕事であって、僕は割り切ってるつもりだお。
       ……だから、そんな涙目で睨まないでくれお……」

 眺め回されるのは好きだが睨まれるのは好きではない、などと
 どうでもよすぎる申告を受けて。

 ようやく体が動いたツンは、蹴飛ばす勢いでブーンを部屋から追い出した。





83 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 20:48:39 ID:jdq.bwYg0



ξ゚听)ξ サッ、サッ

 朝の6時である。
 ツンはアパートのエントランス前に散る花びらや葉っぱなんかを
 手早く、かつ丁寧に箒で集めた。

( ^ω^) ジーッ

 その隣で建物に凭れている同僚、ブーンは、
 ポケットから取り出した桃色の飴玉を目の前に翳している。
 手伝えと言う気はない。

 口を開けたブーンをすかさず睨みつけてやれば、彼は肩を竦めた。

84 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 20:49:23 ID:jdq.bwYg0

(;^ω^)「食べちゃ駄目かお?」

ξ゚听)ξ「私が食べる」

(;^ω^)「ツンの後悔をツンが食べても意味ないお」

ξ゚听)ξ「じゃあせめて私がいないところで食べて」

 食べること自体は仕方がない。
 そうしなければならないほど失敗や恥の多い自分が悪い。一晩かけてむりやり納得した。
 だが目の前で己の後悔を舐め溶かされるのは嫌だ。

( ^ω^)「おーん……。……これ、他のよりちょっと大きいお。
       学習のために食べない方がいいかもしれないけど、うーん」

ξ゚听)ξ「観察するのも駄目」

 観察ぐらいはいいだろうとブーンが口を尖らせる。
 無視してゴミをちりとりにまとめ──


「おーい」


 ──ていたら、何やら明るい声が。

 発生源はアパートの2階だ。

85 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 20:51:54 ID:jdq.bwYg0

∬´_ゝ`)「おはよ、2人共」

( ^ω^)「おはようおー」

ξ゚听)ξ「おはようございます」

 見上げれば、廊下の窓から姉者が軽く身を乗り出し2人に手を振っていた。
 いつもの見知った彼女であることにほっとする。

( ^ω^)「どうしたおー姉者。こんな時間に」

∬´_ゝ`)「んー。最近ちょっとしんどかったんだけどね。
      今朝は何か寝覚めが良くて」

 頬杖をついて答える姉者の顔は明るい。
 ブーンが言っていたように、昨夜の出来事を姉者本人は知らないようだ。

 今は一時、楽になっているだけ。
 日毎にまた少しずつ後悔は溜まっていくし、今回のように一気に来てしまうこともあるかもしれない。

 彼女を見上げていたら色々と思うところがあって、勢いのままに口を動かしてしまった。

86 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 20:52:48 ID:jdq.bwYg0

ξ゚听)ξ「姉者さん」

∬´_ゝ`)「ん、なあに?」

 ほんの少し声を張った呼び掛けに、彼女が小首を傾げて答える。
 怯む気持ちを箒を握りしめることで抑えた。

ξ゚听)ξ「昨日、掃除手伝ってくれてありがとうございました」

∬´_ゝ`)「ふふ、来月分のお家賃まけてね」

ξ゚听)ξ「それは私の権限じゃ何とも。
      ……それと、えっと、1ヵ月前のことも。ありがとうございました」

∬´_ゝ`)「へ? ごめん、何だっけ」

ξ゚听)ξ「私は私の仕事をすればいいって言ってくれて。
      ──あれで、気が楽になりました」

 だから、ありがとうございます。

 何とか言い切って、目を逸らす。
 数秒。誰も喋らない。やめとけば良かっただろうか。
 後悔しかけて首を振る。


 改めて姉者を見上げると、彼女は照れ臭そうに顔を赤くして笑っていた。

87 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/03/31(木) 20:53:43 ID:jdq.bwYg0

( ^ω^)「あ」

 ブーンに視線をやる。と同時、彼が持っていた飴玉が、ぱっと消えた。
 飴玉一個分ほどささやかに、ツンの心のどこかが軽くなる。


 ──ブーンに知られかねない恥を一個消せるかもしれないと思ったのと、
 己の無力を嘆いていた姉者に、ツンのように救われた人間がいるのだと知ってもらえれば
 少しくらいは悔いを薄めてやれるのではないかと思ったのと。そういう、あれで。

 つまりは一石二鳥、利害の一致ということで行動したまでだ。
 それだけだ。

 だから別に。姉者の笑顔を見て嬉しく思ったりなんか、していない。





inserted by FC2 system