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117 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 15:26:19 ID:gxLDXQXc0
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嘘だ。
嘘だ。
嘘だと言って。
お母さんが、お父さんが、お姉ちゃんが、ギコくんが。
ニセモノだなんて。
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118 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 15:26:56 ID:gxLDXQXc0
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case.B 猫田しぃ
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119 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 15:28:09 ID:gxLDXQXc0
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気がついたら、もう家に着いていた。
帰り道、内藤くんに何か言われた気がするけど、記憶に残ってない。
それくらい、博士に伝えられた内容は衝撃的過ぎた。
鍵を開けて家に入る。
すると、パタパタと足音がこちらに近付いてくる。
(#゚;;-゚)「おかえり、しぃ。遅くまでお疲れ様」
猫田でぃ。
1つ違いの、私の姉。
実家暮らしなので、いつもなら家に両親も居るのだが、今は居ない。
確か朝に、2人で野球の試合を観に行くと言っていたはず。
今、この家に居るのは、私と姉の2人だけだ。
(* ー )「……」
いつもはちゃんと「ただいま」と返すのだが、残念ながら今の私にそんな余裕はない。
無言で靴を脱ぎ始める。
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120 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 15:29:22 ID:gxLDXQXc0
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(#゚;;-゚)「……今日はお姉ちゃん、クリームシチュー作ったよ。一緒に食べよう?」
私の様子がおかしいことを悟ったのか、幾分か声音が柔らかくなる。
どうやら心配してくれているみたい。
ありがたいのだが、今はその優しささえも逆効果だ。
(* ー )「……うん」
(#゚;;-゚)「ほら、早く手洗っておいで」
そう言い残し、台所に戻っていく。
ちょっとドジだけど、優しくて、頼りになる、本当に自慢の姉だ。
でも、なんでだろうな。
いつもみたいに「お姉ちゃん」って呼べないや。
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121 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 15:32:06 ID:gxLDXQXc0
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手を洗い、食卓に着く。
目の前には湯気が立ったシチューと、焼き直されたパンが並べられている。
両手を合わせて、一緒にいただきます。
スプーンを持ち上げることすら、億劫に感じてしまう。
姉の作るシチューは、具材がいびつな形でゴロゴロしている。
真っ先に目を惹くのは、鮮やかな人参。
少し不恰好なそれは、白い世界に彩りを添えている。
中まで火が通っているか不安になるが、時間をかけてじっくりと煮込まれているのでほくほくだ。
次に目に留まるのは、透明な大根。我が家では定番の具材。
お店とか他の家だと大根を入れてなくてびっくりした覚えがある。
母が作ったシチューはもっとしっかりした歯応えだが、こちらは少し溶け過ぎているようだ。
こちらも嫌いではないが、比べたらやはり母の方が美味しい。
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122 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 15:34:01 ID:gxLDXQXc0
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お肉は鶏肉。
こちらはちゃんと、食べ易い大きさに切り分けられている。
鶏から滲み出た出汁が、より一層シチューに深みとコクを与えている。
たまにベーコンの時もあるが、私は鶏肉の方が好きだ。
他には玉ねぎやジャガイモが入っていたのだろうが、形が無くなるくらいに溶け出してしまっている。
いつもなら文句無しに美味しいと感じるシチューだが、どこか味気ない。
(#゚;;-゚)「……しぃ、何かあったの? お姉ちゃんに相談してもいいよ?」
毎回料理を自分で作った時はいそいそと味の感想を聞いてくるのに、今日はそれもない。
きっと本気で心配されているのだろう。
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123 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 15:34:39 ID:gxLDXQXc0
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(* ー )「ごめんね……大丈夫だから……ごめんね……」
それでも私は、応えられない。
うわ言のように、ごめんねと繰り返す。
涙で滲んだ目にも、シチューの色は白く映った。
* * *
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124 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 15:35:46 ID:gxLDXQXc0
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夕飯が終わり、2階の自分の部屋に向かう。
結局パンまで行き着かず、夕飯はシチューだけで済ませた。
不思議ともうお腹は空いていない。
いや、元から空いていたかすら分からない。
食事を作ってもらった手前、洗い物くらいは私がやろうと思ったのだが
(#゚;;-゚)『いいよ。今日は私に任せて』
と、言われた。
本当に出来た姉だ。
誇りにすら思える。
だからこそ、苦しい。
彼女がニセモノだなんて。
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125 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 15:36:44 ID:gxLDXQXc0
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スワンプマンはニセモノだ。
人間じゃない。
いくら人間に似ていても、それはあくまで人間のフリをした「何か」に過ぎない。
何故違う?
何が違う?
どこが違う?
わからない。何が違うんだろう。
だが、絶対そんなの同じじゃない。
荒巻博士の理論は、間違っている。
駄々っ子のような反論だ。
いや、まるで反論にすらなっていない。
X=YだからXとYは同じ、というのは数学の世界の話だ。
イコールの記号は、そこまで万能なものではない。
そもそもこの世界に、イコールで結べるものなんか存在しないんだ。
XとYの値が同じだろうが、XはX。YはYじゃないか。
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126 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 15:37:35 ID:gxLDXQXc0
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だって、博士の理論を認めてしまったら。
死んでしまった、オリジナルの気持ちはどうなる。
天国で、自分と同じ存在が自分に成り代わっているのを見て。
彼らは、彼女らは、一体何を思うだろうか。
自分なら嫌だ。絶対に嫌だ。
自分の愛する家族が、自分に似た形のナニカと共に生活するのを見て。
自分の愛する友人が、自分に似た形のナニカと共に日常を送るのを見て。
自分の愛する恋人が、自分に似た形のナニカと共に愛を語らうその姿を見るだけで。
きっと私は狂ってしまう。絶対に狂ってしまう。
死んでも死にきれないことだろう。
ニセモノなんかに、私の代わりは務めさせられない。
私はスワンプマンを、許容できない。
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127 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 15:38:58 ID:gxLDXQXc0
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ピロリン、と。
場違いな電子音が部屋に響く。
ポケットから鳴ったそれは、私の元に連絡が来たことを知らせる合図だ。
スマートフォンを手に取り、確認する。
差出人はミセリ。
私の友人の1人。
確か彼女は、テレポート装置を使ったことのない、オリジナルの人間だったはず。
先月のいつか、その話題で少し盛り上がったことを覚えている。
内容は、ディナーのお誘いだった。
そういえば、この前は何か話をしたがっていたような。
あれから今日まで忙しくて、つい忘れてしまっていた。
私もミセリと話をしたかったので、承諾する。
3日後の火曜日に約束を取り付け、メール画面を閉じた。
するとディスプレイに、ポップアップが現れる。
ソフトウェア・アップデートのお知らせだ。
特に何も考えることなく、更新を選択した。
明日になったら終わっていることだろう。
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128 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 15:40:02 ID:gxLDXQXc0
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その時。
ガチャリ。
階下から、扉の開く音。
我が家に誰かが入ってきた。
ただいま、と聞き慣れた声。
おかえり、と聞き慣れた声。
やめて。
これ以上、私の周りをニセモノで埋め尽くさないで。
* * *
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129 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 15:49:11 ID:gxLDXQXc0
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火曜日、夕方の6時過ぎ。
私は大学近くの喫茶店に居た。
向かいの席の主は、まだ来ない。
少し早く着き過ぎただろうか。
彼女は少し、時間にルーズな節がある。
カランカラン
喫茶店の扉が開く。
私が振り向いて確認する前に、こちらに声を飛ばしてくる。
ミセ*゚ー゚)リ「しぃー! お待たせー!」
芹澤ミセリ。
近寄ってきた店員をかわして、こちらに向かって来る。
(*゚ー゚)「相変わらず遅いね。約束は6時だよ」
ミセ;゚ー゚)リ「相変わらず細かいね。まだ10分だけじゃん」
(*゚ー゚)「そっちから呼び出したんだから、それくらい合わせてくれてもいいと思うけどー?」
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130 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 15:50:07 ID:gxLDXQXc0
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ミセ;゚д゚)リ「だーもう! うっさい! あ、店員さん私はミートソーススパゲティとアイスコーヒーで!」
(*゚ー゚)「ったく……私もそれでお願いします」
「かしこまりました」
ウェイトレスの復唱を聞き流し、了承の意を伝える。
可愛い子だったな。
見覚えがある気がするけど、誰かに似てたっけ。
ミセ*゚ー゚)リ「にしても、どーしたのよあんた。ちょっと痩せたんじゃない?」
(*゚ー゚)「そう? ダイエットの賜物かな?」
へらりと笑って答える。
痩せた、か。
言われてみればそうかもしれない。
最近食事もマトモに喉を通っていない。
今日だって食べたのはパン1つだけだ。
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131 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 15:51:22 ID:gxLDXQXc0
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ミセ*゚ー゚)リ「もー、ダイエットなんかしないでちゃんと食べな! ただでさえ痩せてるんだから!」
(*゚ー゚)「ごめんごめん。今日はちゃんと食べるから、ね?」
_,
ミセ*゚ー゚)リ「むー……」
(*゚ー゚)「それより、話があるんでしょ?」
ミセ*゚ー゚)リ「あーそれ!! 聞いて!!」
話題を無理矢理変える。
どうやらちゃんと、意識を逸らせたようだ。
それにしても、少し声が大きい。
もう少し静かに喋って欲しい。
ミセ*゚ー゚)リ「この前、高校時代の友達と久々に遊びに行ったわけよ。あ、勿論女子ね?」
(*゚ー゚)「あー、この前言ってた人? なんかすっごい真面目な人だって」
ミセ*゚ー゚)リ「そーそーそれそれ」
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132 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 15:53:55 ID:gxLDXQXc0
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私とミセリは大学に入ってからの仲だ。
流石にお互いの高校時代の交友関係までは把握していない。
ミセ*゚ー゚)リ「そいつは私と違う学部に進学したから、今まであんまり会う機会が無くてさ。丸々1年振りくらいに、遊びに行ったのよ」
ミセ*゚д゚)リ「そしたらそいつってば!! なんか服はオシャレになってたし、化粧なんか覚えちゃって!! もう纏うオーラが変わってたのよ!!」
(;*゚ー゚)「へ、へぇ」
オーラて。なんじゃそりゃ。
言いたいことは分からなくもないけど、もう少し言い方があるだろう。
あと、もっと声を抑えて欲しい。
話に熱が入るほど、ミセリの声のボリュームが上がっている。
隣のお客さんも、さっき来た向こうの店員さんも、こっちをチラチラ見てる。
恥ずかしいったらありゃしない。
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133 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 15:54:47 ID:gxLDXQXc0
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ミセ*゚Д゚)リ「高校の頃は『委員長』とかいうあだ名が付いてたようなやつがだよ!? あれは間違いないね!! 男だよ!! 男が出来たんだよ!!」
(;*゚ー゚)「別にそうとは限らないと思うけど……ていうか、それでもべつにいいじゃん。素直におめでとうで」
_,
ミセ*゚д゚)リ「ちーがーうーのー!! 確かにおめでとうだけど、私を置いてったのが許せないの!!」
本日2回目のなんじゃそりゃ。
理不尽にも程がある。
発言からも分かるよう、ミセリには彼氏が居ない。
ルックスは悪くないはずなのだが、ご覧の通りこの喧しい性格のせいで、中々男が寄って来ないようだ。
ミセ*゚ー゚)リ「あーあー。イイ男でも空から降って来ないかなー」
(*゚ー゚)「あはは……」
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134 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 15:55:41 ID:gxLDXQXc0
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私の把握している中で、唯一と言っても過言ではない「オリジナル」の友人。
彼女と話しているだけで、一時的に嫌な事から離れられる。
いつもみたいに馬鹿な話を交わし合うだけで、日常を実感することが出来る。
ミセ*゚ー゚)リ「あんたはギコくんとどーなのよー?」
(*゚ー゚)「……どう、って?」
ミセ*゚ー゚)リ「ほらー、なんか今度飲みに行くとか言ってたじゃん?
(*゚ー゚)「……うん」
ミセ*゚ー゚)リ「ありゃ、何かあったの? 喧嘩でもした?」
そんな時間も、長くは続かない。
彼の名前を出されたら、嫌でも現実に引き戻されてしまう。
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135 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 15:57:05 ID:gxLDXQXc0
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この質問は、答えづらい。
ギコくんとは喧嘩もしてないし、むしろ関係は良好だ。
ミセリの言う通り彼の家で一緒に飲む約束もしたし、おそらくは泊まりになることだろう。
ギコくん性欲強いし。
でも、ギコくんはギコくんじゃない。
彼はずっと前に、テレポート装置を使ったことがあるらしい。
「オリジナル」じゃない。
「スワンプマン」だ。
そこに無視出来ない、壁がある。
(*゚ー゚)「……別れようかな、って思ってるんだよね」
ミセ;゚ー゚)リ「……へ、はぁ!? 急にどうしたの!?」
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136 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 15:58:32 ID:gxLDXQXc0
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確かに急な話だ。
事実、3日前の土曜日までは、こんな考え全く無かった。
博士のあんな話を聞くまでは。
だが、ニセモノだと知ってしまった。
ニセモノだと知らされてしまった。
あの話を全て嘘だと跳ね除けることは、私にはとても出来なかった。
別にギコくんはニセモノであっても、変わらず優しいし、頼りになるし、私のことを愛してくれているだろう。
でも。それでも。
私はそれを、黙って見過ごせない。
ホンモノのギコくんに失礼だからだ。
だから、ケジメとして別れる。
そう心に決めた。
私には、ニセモノを認めて今までと変わらず付き合っていくことなんか出来ない。
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137 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 16:00:29 ID:gxLDXQXc0
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「お待たせ致しました」
ミセリからの質問攻撃を懸命に受け流すこと数分。
気が付くと、ウェイトレスさんが割って入ってきた。
運ばれてきたのは、大皿のスパゲティとアイスコーヒー。
濃縮されたトマトの香りと仄かなチーズの香りが、食欲を刺激する。
大皿の中央に盛り付けられたパスタが、薄い黄色と赤茶色と淡い白色のコントラストを描いており、とても綺麗だ。
会話よりも食事の方に興味が移動したらしく、ミセリのお腹がぐぅと鳴る。
ミセ*゚ー゚)リ「……とにかく、一度話し合った方が良いって絶対! 一時の気の迷いでそんなこと決めたら、ずっと後悔しちゃうよ?」
話し合い。
ニセモノのギコくんと話し合って、一体どうなるのだろう。
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138 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 16:01:47 ID:gxLDXQXc0
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(*゚ー゚)「……うん。そうしてみる」
取り敢えずは肯定しておく。
確か約束は、明後日だったっけ。
どうするにしろ、一度話し合わないといけないか。
一先ず会話は中断。食事タイムだ。
フォークとスプーンを構え、ミートソースを崩そうとしたその時。
ふと、気になることがあった。
(*゚ー゚)「そういえばミセリ、その友達とは何処に行ったの?」
ミセ*゚ー゚)リ「むー?」
少しタイミングが悪かったようだ。
ミセリはもう口いっぱいにスパゲティを頬張っている途中だった。
ゴクン、とこちらにまで聞こえてきそうな勢いで飲み込み、私の質問に答える。
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139 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 16:03:23 ID:gxLDXQXc0
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ミセ*゚ー゚)リ「んっとね! VIPタワー!」
ヒヤリ、と。
背筋に何か冷たいものが走る。
ミセ*゚ー゚)リ「あのねあのね!! すごかったよあそこ!! なんかマスコットキャラが可愛くて――」
(* ー )「――テレポートは!!」
つい語気が荒くなる。
少しびっくりさせてしまったようだ。
ミセリは目を丸くしている。
それでも私は、構わずミセリに問う。
(* ー )「……テレポート装置には、乗ったの?」
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140 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 16:04:31 ID:gxLDXQXc0
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お願い。
乗っていないと答えて。
私を置いて行かないで。
ミセ*゚ー゚)リ「うん、乗ったよ! 今まで怖がってたのが馬鹿みたいだった!」
(* ー )
ミセ*゚ー゚)リ「でもでもなんか、思ってたのと違ったんだよねー。意識が無くなるっていうよりも、気が付いたら到着してた? みたいな――」
そんな、ミセリ。
貴女もニセモノだったなんて。
* * *