沼男はいないようです

48 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 15:53:15 ID:jK9Wh.Rc0





case.A 内藤ホライゾン




.

49 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 15:54:36 ID:jK9Wh.Rc0



 静寂。


 荒巻博士のその言葉から、誰も何も喋らない。

 猫田は何か喋ろうと、口をわなわなとさせている。
茂羅に至っては、目を見開いたまま動かない。

 その一方、僕はというと、比較的落ち着いて情報を整理することが出来ていた。


( ^ω^)「これが、例の条件ですかお」


 教授に知らされなかった、他の選抜条件。

 偶然にしては出来過ぎているし、それに博士が僕たち全員の恋人の名前をフルネームで知っていることが何よりの証拠だろう。


/ ,' 3「その通りだ。今回の実験の対象者は、『テレポート装置を利用したことが無く、かつ親しい人間がテレポート装置を利用したことがある人間』だ」

50 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 15:56:41 ID:jK9Wh.Rc0

 今更隠す気もないのか、博士は肯定した。


/ ,' 3「恋人だけじゃない。例えば、内藤君。きみのご両親も、テレポート装置を利用したことがあるそうだね」

( ^ω^)「そうですおね。なにぶん、ミーハーなもので」


 僕の両親は、テレポート装置見たさにわざわざVIPタワーまで行ったことがある。
珍しいものや流行りものが大好きなうちの両親は、わざわざ並んでまでテレポート装置に乗りに行った。

 帰ってきた時はもう酷く興奮して、テレポート装置を利用した感想やらを僕に目一杯伝えてくれたものだった。
もっとも、表現力が乏し過ぎて何を言っているのかよく分からなかったが。

 ちなみに、僕はその日、友人のドクオの家で一緒に遊んでいた。


/ ,' 3「内藤君だけじゃない。茂羅君も猫田君も、身内や友人でテレポート装置を使ったことがある人間がいるだろう。それも、1人や2人ではないはずだ」

51 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 15:58:47 ID:jK9Wh.Rc0

 言われて、2人がビクリと体を跳ねる。
どうやら心当たりがあるようだ。

 まぁ、当然だろう。
むしろ今、テレポート装置を使ったことのない僕らの方が異端なのだから。


/ ,' 3「この実験は、とある思考実験が基となっている。『スワンプマン』というものを聞いたことはあるかね?」


 僕は知らない。首を横にふる。

 猫田と茂羅も、虚ろな目をしながら軽く首を横に振っている。


/ ,' 3「ふむ、誰も知らないか。これは所謂、人格の同一性問題を考えるための思考実験でね」

52 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 15:59:58 ID:jK9Wh.Rc0

 博士は語り始める。


 ある男が沼にハイキングに出かける。
この男は不運にも沼の傍で突然雷に打たれて死んでしまう。

 その時、もうひとつ別の雷がすぐ傍に落ち、沼の汚泥に不思議な化学反応を引き起こし、死んだ男と全く同一形状の人物を生み出してしまう。

 この落雷によって生まれた新しい存在のことを、スワンプマンと言う。

 スワンプマンは原子レベルまで死んだ瞬間の男と同一の構造をしており、見かけも全く同一である。
もちろん脳の状態も完全なるコピーであることから、記憶も知識も全く同一である。

 沼を後にしたスワンプマンは死んだ男が住んでいた家に帰り、死んだ男の家族と話をし、死んだ男が読んでいた本の続きを読みながら眠りにつく。
そして翌朝、死んだ男が通っていた職場へと出勤していく。

53 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 16:01:23 ID:jK9Wh.Rc0



 語り終えて、一息つく。
一気に喋って、少し疲れた様子だ。


/ ,' 3「これが、スワンプマンだ。これより、テレポート装置を使ったことの無い人間を『オリジナル』。使ったことのある人間を『スワンプマン』と呼ばせてもらう」


 一々呼び分けるのも面倒だからね、と加える。


/ ,' 3「正直、スワンプマン問題についてなんて、これまでにあちこちで語り尽くされている。私は既に自分の意見を持っているし、別に君たちとそのことについて議論をしたいわけじゃない」


 博士はぐいっと、残ったお茶を飲み干す。
そしてコップを机の上に叩きつけるように置き、僕たちに言い放った。


.

54 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 16:02:14 ID:jK9Wh.Rc0





/ ,' 3「愛するものが、スワンプマンだと知った今。君たちは、その人を愛し続けることが出来るかい?」




.

55 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 16:03:12 ID:jK9Wh.Rc0







 はは。

 趣味の悪い実験だ。






* * *

56 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 16:06:52 ID:jK9Wh.Rc0

 今からちょうど1ヶ月後、もう一度荒巻博士の元を訪れる約束だ。
しかもご丁寧に、レポートの宿題付きで、だ。


/ ,' 3『この話を聞いてから、今までと変わった行動があったら書き込んで提出して欲しい。些細なことでも構わない。形式とかも特に凝らなくていいし、何なら箇条書きで1枚だけでも問題ないよ』


( ^ω^)「はぁ……」


 今いるのは、電車の中。
夕暮れが窓から顔を出している。思ったより時間が経っていたようだ。
ガタンガタンと揺られながら、先ほどの「実験内容」を思い返す。

 白昼夢だったのではないかと思うほどに、突拍子も無い話の連続だった。
あれが夢じゃなくて現実だという証拠は、ポケットに入っている荒巻博士の名刺で十分だろう。


( ・∀・)「……」


 隣に座っているのは、茂羅だけだ。
猫田はどうやら別方面らしい。

 あれから一言も喋ってこない。
なんとなく空気が気まずいので、なんとかコミュニケーションを図ろうと試みる。

57 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 16:08:36 ID:jK9Wh.Rc0

(;^ω^)「……」


 何も思いつかない。
あぁ、しっかりしろ僕。

 いやしかし、例えどんなことを言ったとしても、この状況は簡単には好転しないだろう。
だが、何も言わないよりは話し掛ける努力をすべきか――


( ・∀・)「……あのさ」

(;^ω^)「お! な、なんだお?」


 答えのない迷路をぐるぐると彷徨っていると、意外にも茂羅の方から僕に話し掛けてきた。
目は前を向いたままであるが。


( ・∀・)「……内藤は、俺や猫田ほど驚いてないように見えるけど……どうしてだ?」

(;^ω^)「おー……」


 難しい質問だ。僕が2人よりバカだから、まだ事の重大さに気付けてないだけだ、とも言い辛い。

58 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 16:10:02 ID:jK9Wh.Rc0

 ここは僕なりの考えを、正直に述べよう。


( ^ω^)「……さっきも言った通り、僕は博士の考えにそこまで否定的ではないお」


 茂羅はピクリと反応する。視線を少し、こちらに傾けた。


( ・∀・)「……なんで?」

( ^ω^)「なんでって……僕には見分けが付かないからだお」


 僕なりの論理を頭で組み立てながら、なんとか言葉を紡いでいく。


( ^ω^)「荒巻博士が言ってた、えーっと……スワンプマン? が、街に溢れかえったとしても、正直、そこまで気にならないと思うお。だって、そのことに誰も気付けるわけがないんだから」

( ・∀・)「……」

59 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 16:11:21 ID:jK9Wh.Rc0

 茂羅は黙って聞いている。
いや、聞いているというより、聞き流しているように見える。
恐らく、求めている答えと違ったのだろう。


( ・∀・)「……そうか」


 それっきり、また黙り込んでしまった。


 再び沈黙が支配する。
バックが奏でる音色は、リズミカルに揺れる電車の音だけ。
他に乗客は少なく、片手で数えるほどしか見当たらない。


 ああ、この中に一体何人のスワンプマンが紛れているのだろう。
もしかしたら全員オリジナルなのかもしれないし、或いは僕たち以外全員がスワンプマンなのかもしれない。
確率的には後者の方が十分あり得るだろう。


 考えれば考えるほど、眩暈がしてくる。全く、とんでもない実験だ。


 世の中には、知らなければ良い事実がたくさんある。
小説などで飽きるほど見たことのある陳腐な言い回しだが、これ以上に今の状況に合った台詞は無いだろう。

60 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 16:12:37 ID:jK9Wh.Rc0

ふと、スマホで時間を確認する。僕の降りる駅まで、あと5分程度か。

 すると、ツンから連絡が数件来ていたことに気付く。
ああ、そういえば本来、今日はデートの予定だったなぁ。

 杉浦教授に頼まれた時、予定があるとちゃんと断っておけばよかったと今更ながらに後悔する。
そうしていれば、こんな事実を知ることも、お怒りのお姫様を宥めることも無かったのだ。


今度必ず埋め合わせをする、といった趣旨の返事をササっと書き上げ、送信。

 ふう、とため息をついてスマホを仕舞ったところで、茂羅が再度話し掛けてくる。


( ・∀・)「そういえば内藤ってさ、なんでテレポート装置使ったことないの?」

( ^ω^)

61 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 16:13:35 ID:jK9Wh.Rc0

(;^ω^)「……」

(;^ω^)「……テレポートの瞬間、もしも痛かったりしたら嫌だなーって思ってて……」

( ・∀・)

( ・∀・)「……なーんだ、それww」


 軽く笑われた。
なんだろう、馬鹿にされてるのだろうか。


 言ったことが子供っぽくて少し恥ずかしくなったが、これで茂羅が元気になってくれたなら安いだろう。
そう自分に言い聞かせる。


 ああ、そろそろ目的地に到着だ。

 最後が明るい雰囲気で終わって良かった。



* * *

62 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 16:15:07 ID:jK9Wh.Rc0

 家に帰ると、両親はもう夕食を用意して待っていた。
急いで手を洗って、食卓に着く。
2人とも待っていてくれたようで、申し訳ない反面、嬉しく感じる。


 今日の夕食は、デミグラスソースのハンバーグ。
小さい頃から僕の大好物だ。
特に母の作るハンバーグは絶品で、どうも先祖代々に伝わる秘伝のレシピがあるらしい。
配合や調理法は全て、頭の中だそうだ。
僕が知っているのは、牛と豚の合挽き肉を使用しているということくらいである。

 今まで一度たりとも、味が変わった事はない。
それなのに何度食べても飽きない。
まさに魔法のハンバーグだ。


 そう、一度たりとも。


( ^ω^)「……」


 嫌な考えが頭をよぎったが、すぐに揉み消す。
美味しいものを食べている時、嫌なことは忘れるに限る。

63 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 16:17:10 ID:jK9Wh.Rc0

 いただきますの合図とともに、箸を構える。
さて、どれから食べようか。

 まずは付け合わせのジャガイモを、ハンバーグから溢れたデミグラスソースに浸す。
まだ微かに湯気が見える一口サイズの芋を、ぱくり。

 ほろほろと崩れるような食感。
熱々の芋を冷ますようにホフホフと口内に空気を送り込むと、じわっと味が伝わってくる。
芋本来の甘みが、ソースによってより一層際立つ。

 様々な野菜を含んでいるこのソースは、複雑ながらも綺麗に纏め上げられている。
独特の酸味は、きっと何か隠し味のせいだろう。

 口の中が少し濃い味に占拠されたところで、ご飯を一口含む。
じんわりと、優しい甘みが広がる。
内藤家のご飯は他所の家より若干硬めだ。
噛みしめるほどに、米の旨味が湧き出てくる。

64 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 16:18:08 ID:jK9Wh.Rc0

 さぁ、そろそろメインのハンバーグに移ろう。
ぐっと力を込め、箸を入れる。
すると、刺した所から肉汁が洪水を引き起こす。

 それを一旦無視して、一口大サイズに割っていく。
下にはどんどんと肉汁が溜まる。

 このハンバーグの肉汁とデミグラスソースを軽く箸でかき混ぜ、それにハンバーグを浸し、がぶりと食す。

 少し大きく切り分け過ぎたか。口中で熱々の肉が暴れ回る。
獰猛なハンバーグを抑えるように、歯で捕捉。
噛むごとに野性的な旨味が溢れ出る。
時折自己主張してくるシャキッとした玉ねぎの食感も、良いアクセントとなっているようだ。

 この特製デミグラスソースは、組み合わせ次第で色々な顔を見せる。
野菜と合わせたら、野菜の甘みを最大限に引き出すサポート役。

 一方ハンバーグと合わさったら、とても攻撃的な顔を前面に出してくる。
大喧嘩になりそうなほどの旨味の戦いも、どういうわけかしっかりと調和してしまう。

 あぁ、いつもの味だ。いつもの母のハンバーグの味だ。
何故か軽く感動を覚えながら、次々と食べ進めていく。

65 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 16:18:50 ID:jK9Wh.Rc0

 ふと、父と母の方に目をやった。
2人とも、とても美味しそうに食べている。
一口一口食べるごとに、ころころと表情が変わっていく。

 すると父が視線に気付いたのか、「どうした?」と尋ねてきた。


( ^ω^)「おっ、なんでもないお」


 そう言い、またハンバーグをつつく。
「変なやつだな」と一蹴されてしまった。
父もすぐに、意識は食事の方へと向き直ったようだ。


 これをニセモノだなんて、認めない。

 この人たちは間違いなく、僕の家族だ。



* * *

66 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 16:20:18 ID:jK9Wh.Rc0

('A`)「そういえば、この前教授に呼ばれてたのって結局なんだったんだ?」


 ガチャガチャとゲームコントローラーを操作しながら、尋ねられた。

 中学からの友人である鬱田ドクオは、大学生になってから一人暮らしをしている。
大学から歩いて行ける距離のため、講義が終わったらよく遊びに寄る。
下手にゲーセンやカラオケで遊ぶより経済的だし、何より楽しい。

 いつもは僕とドクオの2人で遊ぶことが多いのだが、今日は珍しいことに、もう1人居る。


(´・ω・`)「呼び出し? ブーンなにかやらかしたの?」


 垂眉ショボン。
こいつもまた、中学からの付き合いだ。

 彼は僕やドクオとは違う学部に進学したのだが、今でも付き合いがある。
たまに時間が合うと、こうして一緒に遊んだりしている。

67 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 16:22:00 ID:jK9Wh.Rc0

 最後に3人で遊んだのは、確か2ヶ月前だったか。

 僕のかけがえのない、親友の2人だ。


( ^ω^)「おっ、ゼミのことだったお。また杉浦教授の手伝いさせられただけだお」

(´・ω・`)「杉浦教授って、あの怖い人だよね確か。お疲れ様」

('A`)「そりゃご苦労なこった、っと……よっしゃ! アイテム貰い!」

(;^ω^)「あー!! ズルいお!!」

('A`)「勝負にズルいもクソもあるか!」


 今日は3人で、昔懐かしのアクションゲームをやっていた。
僕も何個かソフトを持ち寄っている。

68 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 16:23:15 ID:jK9Wh.Rc0

 中学時代、よくドクオの家でこれやってたっけ。
実家の方だけど。

 年齢や場所が変わっても、やってることは変わらない様子を見ると、思わず笑えてくる。


(´・ω・`)「相変わらず、ドクオはコレ強いねぇ」

('A`)「もう5年以上前に買ったゲームだしな。ブーンには目を瞑ってでも勝てるぜ」

(;^ω^)「ぐぬぬ、悔しい……もう一回だお!」


 躍起になり、次のゲームを探す。僕がドクオに勝てるゲームなんて、あっただろうか。


(´・ω・`)「あ、そうそう。僕からブーンにプレゼントがあるんだ」

( ^ω^)「お?」

69 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 16:24:35 ID:jK9Wh.Rc0

 不意に思い出したように、ショボンは鞄からガサゴソと何かを漁り始める。

 中から取り出したクリアファイルに入っているのは、何やら小さな青い紙だ。
クリアファイルに手を入れて、それを掴み取り、僕に差し出す。
その正体は、したらば水族館のペアチケットだった。


(´・ω・`)「これ、あげる」

( ^ω^)「いいのかお? このチケット、手に入れるの大変だったんじゃ無いかお?」

(´・ω・`)「別に。親父が仕事の付き合いで貰ったらしいんだ。母さんと行く暇が無いからって僕にくれたんだよね」

('A`)「彼女と別れた直後の息子にペアチケット渡すとか、お前の親父さん鬼畜かよ」

(´・ω・`)「おう、ケツ出せ。忘れようとしてるのに、ぶち殺すぞ」

70 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 16:25:30 ID:jK9Wh.Rc0

 ショボンはつい最近、彼女に振られたそうだ。
理由は知らない。
確かまだ付き合って3ヶ月くらいだったか。
前回この3人で遊んだ時は、ショボンの惚気が鬱陶しかった覚えがある。

 余談だが、ドクオは生まれてこの方、一度も恋人が出来たことがない。
なのでショボンに新しい彼女が出来る度に妬み、別れる度に傷を抉ってくる。

 しかし、随分とまぁ早いことだ。
そのショボンの元彼女さんは既に新しい男を作っているとのことらしい。

 高校時代からツンとしか付き合った事のない僕には、とても信じ難いことだ。


 学生の恋愛なんて、所詮そんなものなのだろうか。


 とにかく、と少し大きな声で呼び掛けられる。
涙目に見えるのは気のせいだろう。そういうことにしておいてやろう。

(´・ω・`)「今日のブーン、なんか浮かない顔してるからさ」

71 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 16:26:23 ID:jK9Wh.Rc0

(´・ω・`)「ツンと何があったか知らないけど、取り敢えずコレでデートでもしてきなよ」

( ^ω^)「お……」


 どうやら少し、勘違いされているようだ。
僕の気分が優れないのは、別にツンのせいではない。
荒巻博士の実験のせいである。
いや、ある意味ツンも関わってはいるが。

 この2人に博士の実験のことは勿論伝えていない。
というか、誰にも喋っていない。
分かる術がないのだから、勘違いは仕方のないことだろう。


 それにしても、驚いた。
自分も大変だろうに、僕の些細な感情の変化まで感じ取って、しかも気遣ってくれるとは。


 まったく、良い友人を持ったものだ。


( ^ω^)「ありがたくいただくお。今度何か奢るお」

(´・ω・`)「期待せずに待ってるよ」

('A`)「俺には?」

(´・ω・`)「ペアチケットなんだけど、僕と行く?」

('A`)「お断りします」

72 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 16:27:30 ID:jK9Wh.Rc0

 そこでふと、何かを思い出したように、ドクオが尋ねる。


('A`)「でもよ、確かしたらば水族館って、アレだろ? ブーン良いのか?」

( ^ω^)「お? ……あぁ、そういえばそうだったおね」

(´・ω・`)「げ、そうか。テレポート装置のこと忘れてた。ブーンあれ嫌いなんだっけ」


 露骨にしまった、という顔をされる。
貰った手前、むしろこちらの方が申し訳なくなってくる。

 しかし、あんな話を聞かされた後では、行き辛いのも事実だ。


( ^ω^)「……まぁ、考えておくお。ショボンありがとうだお」

('A`)「何回も言ってるけどよー。別にあれ、痛くもなんともなかったぜ?」

(´・ω・`)「僕はちょっとクラッとしたけどね。でもまぁ、大したことないよ」

73 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 16:28:35 ID:jK9Wh.Rc0

( ^ω^)「そうらしいおね」


 そのことについては、開発者本人から直々に聞くことが出来た。



* * *



/ ,' 3「――最後に、質問があれば答えるよ。答えられる範囲内で、だがね」


 実験の詳細について語り終えた後、荒巻博士は僕たちに質問が無いか尋ねてきた。

 その時僕は、せっかくの機会なので、どうしても気になっていたことを質問させてもらった。


( ^ω^)「じゃあ、僕から1つ」

/ ,' 3「言ってみなさい」

( ^ω^)「単刀直入に聞きますお。テレポート装置に、健康上の被害はありますかお?」

/ ,' 3「正常に作動した場合、それは全くない、と断言させて貰おう。A地点のオリジナルの人間は、痛みすら感じることはない」

/ ,' 3「構造上、分子分解される前に意識を失うことになるのだ。本人が痛みを認識したりすることは絶対に無い」

74 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 16:29:57 ID:jK9Wh.Rc0

 ちなみに、と続ける。


/ ,' 3「到達点で少し眩暈を感じたという報告もあるが、立ち眩み程度の微々たるものだそうだ。個人差はあるだろうが、そこまで酷い不調を訴えた者はいない。安心して良いよ」


 他に質問は?
荒巻が、猫田と茂羅の方を見て促す。

 黙り込んでいる2人。見た感じ、特に茂羅の顔色が悪い。
しかし、何か聞きたいことがあったようだ。
額に汗を浮かべながら、博士に問う。


(;・∀・)「『素材』――」

(;・∀・)「転送先の、スワンプマンの身体を構成している、『素材』というのは……一体何なんですか?」


 何故、そこまで顔色が悪いのだろう。先程の話を聞いてしまったからだろうか。


 いや、違う。
きっと、それだけじゃない。

 これはまるで、何か気付いてはいけないことに気付いてしまったかのような――

75 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 16:31:11 ID:jK9Wh.Rc0

 荒巻が、少し目を見開いた。感心したように、応える。


/ ,' 3「君はやはり、頭の回転が速いようだね。先程といい、反論するべきポイントを的確に突いてくる。ただの学生には、到底思えない」

(;・∀・)「そんなことはどうだっていい!! まさか――!!」

/ ,' 3「――君の想像通りだ」



 一言。

 たったその一言で、茂羅の表情が一変する。いや、余計に悪化したとでも言うべきか。

 残念ながら、僕には2人が何の話をしているのか理解出来ていない。
猫田も虚ろな目で、2人を見ているだけだ。


/ ,' 3「スワンプマンの話で登場した、汚泥。これは所詮、空想だ。素材には適さない。仮に実現出来たとて、不確定要素が多過ぎる」

76 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 16:32:29 ID:jK9Wh.Rc0

 茂羅の様子を気に留めることもなく、博士は語り始める。


/ ,' 3「人間の構成物質を馬鹿正直に揃えて、それを素材とするのも悪くないのだがね。一つ、問題があった」


 左手の人差し指を1本、見せつけるように立ててくる。
すると今になって、薬指に嵌められている指輪を視界に捉えた。
既婚者だったのか。


/ ,' 3「それは、コストだ。装置を動かすエネルギーに加え、素材のコストが丸々と上乗せされてしまう」


 思わず意識が他に逸れた。
博士の説明に集中し直す。


/ ,' 3「人間1人分だけとかなら、まだ何とかなるのだがね。将来的に、世界中の人間が利用することになるのなら、そのコストは馬鹿にならない」

77 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 16:33:38 ID:jK9Wh.Rc0

(; ∀ )「……」

/ ,' 3「他にも数点問題はあったが、一番の問題はそれだ。そこで、それを解決する手段が――」

(;*゚ー゚)「――っ!?」

( ^ω^)「……っ!」


 ああ、そういうことか。

 なるほど、確かに合理的だ。



/ ,' 3「――君たちも気付いたようだね。そう、リサイクルだ」

/ ,' 3「A地点で分子分解されたものを、そのままA地点でスワンプマンが再構成される時用の素材として使用する」

/ ,' 3「人間の死体を、素材にしているのだ」



* * *

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