沼男はいないようです

141 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 16:05:34 ID:gxLDXQXc0

 ふらふらと、家に着く。
家族の居ない我が家に。

 鍵を開けて入ると、姉の形をしたニセモノが出迎えてくる。

 ああ、腹立たしい。
ニセモノのくせに、なんで我が家に居座っているんだ。

 黙って2階の部屋に向かう。
すれ違いざまに、肩を触られた。


 やめろ!! さわるな!!


 思わず振り払う。
するとびっくりしたのか、それは尻餅をつく。

 少し胸が痛んだ。
いつも優しくしてくれる「お姉ちゃん」に、こんな仕打ちをしてしまった自分が嫌になった。

 だが、すぐに思い直す。
これは「お姉ちゃん」じゃない。
私の「お姉ちゃん」を返せ。

 座り込んでいるモノをキッと睨みつけた。

142 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 16:06:47 ID:gxLDXQXc0



(# ;;- )


 ソレは泣いていた。

 ニセモノなのに、涙なんか流せるのか。


 分かっている。

 お姉ちゃんの形をしたソレが、スワンプマンが、何も悪くないということは。


 でも。それでも。

 私にはスワンプマンを人間扱いすることは出来ない。


 そのまま私は、自分の部屋に向かう。

 啜り泣く声が、耳に残った。


* * *

143 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 16:07:53 ID:gxLDXQXc0

 木曜日。約束の日。

 時刻はお昼を少し過ぎたあたり。
事前に貰っていた地図を頼りに、恋人の家を探す。

 お世辞にもわかりやすいとは言えない手描きの地図のせいで、少し道に迷ってしまった。
噴き出す汗をハンカチで拭いながら、進んでいく。

 するとようやく目印のコンビニを見つけた。
一旦涼を得るために入店する。

 体に悪そうなクーラーの冷気にあたりながら店内を見渡していると、あるものが目につく。


(*゚ー゚)「……」


 特に深い理由もなく、私はそれを購入した。

145 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 16:09:10 ID:gxLDXQXc0

 コンビニから出たところで、肩をポンと触られる。
思わずビクッとして、その手の主を確認する。


(,,゚Д゚)「よっ」


 ギコくんだ。

 ギコくん、か?


(,,゚Д゚)「地図分かりづらかっただろ? 取り敢えずここには寄るだろうと思ってさ」

(*゚ー゚)「これ、あげる」


 今買ったばかりのものを、コンビニの袋ごと渡す。
彼は怪訝な表情を浮かべたが、中身を確認してはしゃぎ始める。


(,,゚Д゚)「おお! ボンタンアメ! これ俺好きなんだよなー! くれるのか?」

(*゚ー゚)「内藤くんが教えてくれたんだ。ギコくんはそれが好きだって」

(,,゚Д゚)「あーなるほど、ナイスだ内藤。サンキューな」

146 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 16:10:04 ID:gxLDXQXc0

 早速飴を1つ取り出し、口に放り込む。
私にも1つくれた。

 オブラートの包みをそのままに、私も口に含む。
甘い。美味しい。


 思わず彼と顔を見合わせて、笑い合う。



 あーあ、なんでこんなに楽しいんだろ。


.

147 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 16:11:39 ID:gxLDXQXc0

 それから数分かけて、彼の家に着いた。
アパートの2階に上がり、一番奥の扉の前に辿り着く。

 ポケットから鍵を取り出しつつ、彼は私に向けて言う。


(,,゚Д゚)「そのうちお前に合鍵でもプレゼント出来るかもな」

(*゚ー゚)「……うん、そっか」


 ああ、言い出しづらい。
これから別れ話をするだなんて。

 扉が音を立てて開く。

 頭を軽く振って、気を引き締め直す。

 覚悟はもう決めてきた。

 私の決意は、揺らがない。

148 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 16:12:55 ID:gxLDXQXc0

 中に入ると、そこは小綺麗に片付けられた部屋だった。
机の上には、何種類かのお菓子が既に用意されている。


(,,゚Д゚)「何が飲みたい? 先ずは軽く――」

(* ー )「ギコくん、あのね」


 言葉を遮る。

 今言わないと、きっと私はずっと言い出せない。

 この心地良さに、入り浸ってしまう。

 そうなる前に、ケリをつけよう。



(* ー )「別れてほしいの」


.

149 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 16:14:32 ID:gxLDXQXc0

 空気が凍り付く。
両手にチューハイの缶を持ったまま、固まっている彼。


(;,゚Д゚)「……な、何の冗談……だ……?」


 絞り出された返事は、震えていた。


(* ー )「ごめんね、嘘じゃないんだ。本気だよ」

(;,゚Д゚)「なっ……どうしてだ!? 俺の何が悪かった!?」

(* ー )「耐えられないの。今の君と、一緒にいることが」

(;,゚Д゚)「…………」


 酷く困惑しているのが伝わる。

 何度も言うが、私たちの関係は良好だった。
時には喧嘩もしたけれど、いつも最後には仲直りをすることが出来た。

150 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 16:15:28 ID:gxLDXQXc0

 何故振られるのか分からないだろう。
心当たりが無いだろう。

 そりゃそうだ。
だって彼は、自分をニセモノだと知らないんだから。

 しかし、私はそれを伝えるつもりはない。

 私なんかにそんなことをこのタイミングで告げられても信じられるわけないだろうし、万が一信じたとしたらそれはそれで厄介だ。

 もしも私なら、私がニセモノだと分かった時には死を選んでしまうかもしれない。

 無駄に情報を与えて議論を重ねるより、キッパリと別れを告げた方がお互いの為。
そう判断した結果がこれだ。

 最良だとは思わないが、きっと最悪でもないだろう。

151 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 16:16:31 ID:gxLDXQXc0

(;,゚Д゚)「何でだ!? 何がダメだった!? 言ってくれさえすれば、絶対に直すから!!」


 声を荒げる彼。
直せるものか。だったら私のギコくんを返せ。
なくなったものは、もう戻らない。

 スワンプマンの君に罪がないことは分かってる。
だから、お願い。
黙って承諾して。


 何を言われても、何を聞かれても、私の答えは変わらなかった。

 その様を見て、彼も徐々に冷静さを取り戻してきたようだ。

 しばしの沈黙。

 怒鳴り散らされても仕方ないと思って身構えていたが、そのような様子は全く見られない。
むしろ今にも泣き出してしまいそうな、情けない顔だ。


 そして静かに私に問うてくる。


(,,゚Д゚)「しぃ……お前、変わっちまったのか……?」


(* ー )「違う! 変わったのは――」

152 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 16:17:43 ID:gxLDXQXc0



 ――あれ?

 唐突に、違和感が芽生える。
変わったのは、ギコくん。
ギコくんは、変わった。



本当に?



 ギコくんがテレポート装置を使ったのは、確かずっと前。



 ずっと。ずっと。



 私と付き合う前。



 私と、出会う、前だ。



(;*゚ー゚)「――っ!!?」

153 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 16:19:03 ID:gxLDXQXc0


 まさか、そんな。


 私が愛していたギコくんは。


 元から、人間じゃなかった。


 オリジナルのギコくんじゃなかった


 私は、スワンプマンのギコくんを愛していたのか。



(,,゚Д゚)「……どうした?」



 今までの考えが、全てひっくり返る。
どうして今まで気付かなかった。

 いや、気付くチャンスはあったのだろう。
思考停止して彼をニセモノと決め付けていたのは、私だ。
オリジナルの彼のことなんてこれっぽっちも知らないくせに、勝手にニセモノだからと拒絶していた。

154 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 16:20:06 ID:gxLDXQXc0

 途端に彼に申し訳なくなってくる。
今まで私の言ってたことが、私の本当の気持ちじゃなかったと気付いたから。
ニセモノの、言葉だったから。





 でも、それでも。
私はスワンプマンを許容することができない。


 なんで?


 死んだオリジナルに悪いから?


 違う。そうじゃなかった。


 じゃあ、なんで?





 ――あぁ、そうか。


 ただの私の、エゴのせいか。

156 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 16:22:47 ID:gxLDXQXc0

(*゚ー゚)「……ううん、ごめんなさい。私が間違ってた。君は何も変わってなかったね」

(,,゚Д゚)「……?」


 ホンモノのギコくんに悪い、だって?
思わず数日前の自分を鼻で笑う。

 じゃあお前は、ホンモノのギコくんを知っていたのか。

 お前が出会ったギコくんは、初めからスワンプマンだったというのに。

 一体何を知った上で、あんな分かったような口振りで言っていたんだ。

 あんなもの、ニセモノを許容出来ない私の矮小な心が産み出した、無意識下の言い訳に過ぎなかった。

 そうだ。
私はホンモノのギコくんのためなんかに、別れるんじゃない。

 私がオリジナルだから。キミがスワンプマンだから。

 その違いが、我慢出来ないから。
私はスワンプマンを認められないんだ。

 自分のために、自分のエゴのためだけに。

 スワンプマンという存在自体を拒絶する。



 逃げるな。忘れるな。目を反らすな。


.

157 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 16:24:14 ID:gxLDXQXc0



「あなたのこと、好きじゃなくなった。それだけなの」


「さよなら、ギコくん」



 このギコくんが流している涙を、心に刻む。

 私のエゴのせいで、ごめんなさい。


.

158 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 16:25:10 ID:gxLDXQXc0



case.B 猫田しぃ



実験終了

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