沼男はいないようです

1 名前: ◆qRAFc2g8TE[] 投稿日:2016/03/30(水) 14:46:57 ID:jK9Wh.Rc0





「もう一度問おう」





「君たちは、ニセモノを許すことが出来るか?」





* * *

2 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 14:48:46 ID:jK9Wh.Rc0

 ポン、と。
到着音が、3人の乗客の耳に響く。
上部パネルに映し出された階数表示は、この建物の最上階を示している。

 音もなく左右に扉が開くと、出口には白衣姿の老人が1人佇んでいた。

 3人組は驚いた様子だったが、呆然としているわけにもいかない。
扉が閉じてしまう前に、慌てて鉄箱から降りる。

 全員が降りたことを確認してから、老人は口上を述べた。


/ ,' 3「ようこそ、私の研究所へ。本日はわざわざ来てくれてありがとう、学生諸君」


 それだけ言うと、老人は返事も待たずに背を向け、スタスタと歩き始めた。
廊下は一本道になっていて、最奥には両開きの扉が見える。

 「学生諸君」と呼ばれた3人の男女は、置いて行かれぬよう、老人の後ろについていく。

3 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 14:50:31 ID:jK9Wh.Rc0

 しばらくして、扉の前に到着した。
プレートには「所長室」と書かれている。
老人がその扉を押し開き、3人に入るよう促す。

 彼らは「失礼します」と言い、部屋の中へ入る。
そして最後に老人が入り、バタンと扉を閉じた。

部屋の中央まで進み、くるりと3人の方へ向き直り、語りかける。


/ ,' 3「……まずはそうだね、自己紹介でもしてもらおうか。君から順に頼むよ」

(;^ω^)「は、はい!」


 老人に視線を向けられた小太りの男は、額に汗を浮かべながら応える。
見るからに緊張しているようだ。


(;^ω^)「えーと……VIP大学2年、内藤ホライゾンですお。本日はよろしくお願いしますお」

4 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 14:51:39 ID:jK9Wh.Rc0

/ ,' 3「内藤君だね、よろしく。じゃあ次、君」


 老人は軽く頷くと、内藤の隣の女性へと視線を移す。


(*゚ー゚)「同じくVIP大学2年の猫田しぃです。本日はよろしくお願いします」


 ショートヘアの女性は、そう言いながらぺこりとお辞儀をする。
内藤ほどではないが、彼女も若干緊張しているようだ。


/ ,' 3「猫田君、よろしくね。最後は……」

( ・∀・)「同じくVIP大2年の茂羅モララーです。本日はお招きいただき、ありがとうございます」

5 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 14:52:50 ID:jK9Wh.Rc0

 整った顔立ちの男が最後に答える。
襟元をきっちりと揃え姿勢を正して挨拶をするその姿は、学生にしては随分としっかりしているように見える。


/ ,' 3「はは、そんなに畏まらなくていいさ。それより、立ちっぱなしで話すのも億劫だ。みんな座っていいよ」


 そう言うと、老人はおもむろに一人掛けの椅子に座る。
透き通ったガラスのテーブルを挟んで、向かいの長椅子が空いている。
詰めれば4人ほど座れることだろう。

 促されるままに、3人は席に着く。
それを見届け、老人は口を開いた。


/ ,' 3「ふむ……それじゃあ最後に、私も自己紹介をしようかね」


.

6 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 14:54:04 ID:jK9Wh.Rc0





/ ,' 3「初めまして。私の名は荒巻スカルチノフ。しがない研究者だ」



/ ,' 3「そして、早速で悪いが……君たちにはこれから」



/ ,' 3「私の『実験』に、付き合ってもらう」





* * *

7 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 14:56:03 ID:jK9Wh.Rc0

 事のはじまりは、およそ1週間前。


( ФωФ)「内藤と猫田、この後ちょっと来てくれ」


 テスト期間も終わり、学生たちはこれからの夏休みに思いを馳せていたところだった。


( ^ω^)「? わかりましたお」

(*゚ー゚)「はい」


 そんな中、教授に呼ばれた2名。
彼らは同じゼミ生という以外、特に接点が無い。

 他にも同じゼミ生は周りに何人かいるのに、何故自分たちだけが呼ばれたのだろう。
そんな疑問を抱きながら、彼らは教授の元へ向かう為に軽く身支度を済ませる。


('A`)「杉浦教授から指名で呼び出し、おー怖い怖い。いってら」

( ^ω^)「おーん、行ってくるお。遅くなるかもしれないし、先に帰ってていいお」

('A`)「へいよ、そんじゃまたな」

8 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 14:57:41 ID:jK9Wh.Rc0

(*゚ー゚)「ごめんねミセリ、その話はまた今度で」

ミセ*゚ー゚)リ「ううん、良いよ。頑張ってきてね」


 各々の友人と別れを告げ、教授が行った方角を目指して歩く。
彼の姿はもう無い。
おそらく、研究室に来いという事なのだろう。


(*゚ー゚)「内藤くん、心当たりは?」

( ^ω^)「身に覚えが無いお……そっちは?」

(*゚ー゚)「私も……なんだろうね、ゼミのことかな?」


 教授の杉浦は、学生の間で厳しい事で有名だ。
彫りの深い強面な外見に加え、妥協を許さない性格が、そういった印象を与えるのだろう。

 そんな教授からの指名での呼び出し。
身に覚えが無いとはいえ、些か緊張するのも無理はないだろう。
いや、身に覚えがないからこそ緊張するのだろうか。

9 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 14:59:03 ID:jK9Wh.Rc0

 そんなことを考えつつ、軽く雑談を交わしながら、杉浦の研究室へと向かう。まだもう少しかかりそうだ。


ξ゚听)ξ「あら、ブーン」

( ^ω^)「お、ツン」


 向かいから歩いてきた女性は、津出ツン。内藤の恋人だ。

 ブーンというのは、内藤の愛称である。もっとも、そう読んでいるのは彼女と親しい友人くらいしか居ないが。

 津出は内藤が他の女性と2人で歩いてるのを見て、やや眉をひそめる。


ξ゚听)ξ「どこに行くの?」

( ^ω^)「杉浦教授に呼ばれたんだお」

(*゚ー゚) ペコリ

ξ゚听)ξ「そう……じゃあ私、先に帰ってるから」

10 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 15:00:06 ID:jK9Wh.Rc0

( ^ω^)「……わかったお」


 内藤が言い終わらないうちに、スタスタと横を通り過ぎて行く。


(*゚ー゚)「内藤くんの彼女さん?」

( ^ω^)「そうだお。高校時代からの付き合いだおね」

(*゚ー゚)「へー。なんだかごめんね、空気悪くしちゃったみたいで」

( ^ω^)「おっおっ、猫田が謝ることないお。最近ちょっと喧嘩しちゃって、少し険悪ムードなんだお」

(*゚ー゚)「ふぅん……なんで喧嘩しちゃったの?」

( ^ω^)「大した理由じゃないお。次のデート先について口論になって……」


 そこまで言うと、内藤はほんの少し顔を顰める。
どうやら、嫌なことを思い出してしまったようだ。

11 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 15:01:22 ID:jK9Wh.Rc0

( ^ω^)「あーもう、やめやめ。そんなことより、そっちこそギコとはどうなんだお」


 内藤の高校時代のクラスメイトである埴輪ギコ。
彼と内藤は、それぞれ違う学部に所属している。

 元から親しい間柄だったという訳ではないが、大学に入ってからは特に関係が疎遠になった。
詳しくは数えていないが、恐らく話した回数なんて両手で足りる程度だろう。

 猫田とギコが付き合っていると知った時は驚いたものだ。
まだ付き合って半年程度らしい。


(*゚ー゚)「相変わらずかな。今度ギコくんの家で飲むんだー」

( ^ω^)「おっおっ、仲が良さそうで何よりだお。そういえば、ギコが甘党って知ってるかお?」

12 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 15:02:19 ID:jK9Wh.Rc0

(*゚ー゚)「もちろん知ってるよー。和菓子とか大好きなんだ」

( ^ω^)「高校の時、毎日ボンタンアメを常備してたくらいだお。今は知らないけど」

(*゚ー゚)「そうなんだ、かわいいなー」


 当たり障りのない会話を続けながら、てくてくと進んで行く。
そうこうしているうちに、杉浦の研究室に辿り着いた。

 コンコンとドアを叩く。
そして名を告げようとすると、その前に中から杉浦の返事が聞こえる。
どうやら入って良いようだ。


( ^ω^)「失礼します」

(*゚ー゚)「失礼します」

13 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 15:03:35 ID:jK9Wh.Rc0

 中に入ると、待っていたのは杉浦と1人の男。
横長の机を挟んで、お互い椅子に座っていた。
杉浦は何やら手元の紙束を眺めながら、声だけをこちらに向ける。


( ФωФ)「よく来てくれた、2人とも。急な呼び出しで済まない」

( ^ω^)「構いませんお。えっと、そちらは……」

( ・∀・)


 見た感じ、おそらく学生だろう。内藤も猫田も、彼と面識が無いようだが。


( ФωФ)「彼は茂羅君。君たちとは違う学部の生徒だ。同じ理由でここに来てもらった」


 杉浦から紹介を受けると、こちらに向かって頭を下げる。
釣られてこちらも軽く頭を下げる。

14 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 15:05:08 ID:jK9Wh.Rc0

 軽い挨拶が済むと、杉浦が書類から内藤と猫田の方に視線を移す。
2人は茂羅の隣、杉浦の向かいの席に腰掛ける。
それを確認すると、杉浦は口を開いた。


( ФωФ)「さて、集まって貰って早速で悪いんだけどね。君たち、来週の土曜は空いているかい?」

( ^ω^)「はい?」

(*゚ー゚)「……ちょっと待って下さいね」

( ・∀・)「僕は大丈夫です」


 唐突な質問を怪訝に思いながら、内藤と猫田は予定帳を開いて確認する。
茂羅は何も見ずに即答した。


(*゚ー゚)「私は空いてますよ」

( ^ω^)「僕もまぁ、空けることは出来ますお」

( ФωФ)「そうか、運が良い。実は君たちに、実験の手伝いをして欲しいと依頼してきた方がいらっしゃるのだ」

15 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 15:06:27 ID:jK9Wh.Rc0

( ^ω^)「……はぁ」

(*゚ー゚)「えっと……」

( ・∀・)「……なんで僕たちに?」


 杉浦に呼ばれた3人に、特筆すべき接点は無い。
内藤と猫田は多少の付き合いがあるけれど、茂羅に至っては2人とも今日が初対面だ。

 何故自分達がその実験の対象にされたのかが、理解出来ない。
3人の考えを代表して、茂羅が杉浦に質問をする。


( ФωФ)「順を追って説明しよう。まずは依頼者の話だ」


 そう言うと席を立ち、杉浦はおもむろに壁際の棚を漁り始める。
そこにあるのは、ビッチリと収納されたファイル群だ。

 何か資料でも探しているのだろうか。
そんな事を考えていると、杉浦が思考に横槍を入れてくる。


( ФωФ)「君たち、テレポート装置は知っているよね?」

16 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 15:07:27 ID:jK9Wh.Rc0

 テレポート装置。

 今から3年前、我が国のとある研究者によって、「それ」は発表された。
世界中に衝撃を与えた大発明だ。

 2つのテレポート装置の間を、たったの十数秒程度での移動が可能、という夢のような装置である。
それも、AからBに。BからAに。
どちらからでも往き来することが出来るのだ。

 無機物はもちろん、生物の移動もOK。
さらに1度に1人だけといった制約はなく、多人数の同時テレポートを実現させた。

 漫画や映画、小説の中の世界でしかあり得なかったことが遂に実現されたのだ。
まさに夢の技術である。

 当時ニュースやテレビ番組、ネットでは当然ながらその話題で持ちきりだった。

 国民ほぼ全員が知ってると言っても、過言では無いだろう。
無論、内藤達も例外では無い。

17 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 15:09:02 ID:jK9Wh.Rc0

( ^ω^)「当然知ってますお」


 内藤が代表して答える。他の2人も同様だろう、軽く頷いている。

 すると杉浦が、机の上にファイルを広げる。
3年前、テレポート装置発表当時の記事がスクラップにして纏められたものだ。


( ФωФ)「実は今回の依頼者が、それの開発者でね」


( ^ω^)

(;^ω^)「…………え?」

(;*゚ー゚)「…………へ?」

(;・∀・)「…………はい?」


 唐突な重要情報に、理解が追いついていない様子の3人。

 茂羅が新聞記事をチラリと一瞥し、少し震えた声で尋ねる。

18 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 15:10:01 ID:jK9Wh.Rc0

(;・∀・)「……荒巻博士からの依頼、ということ、ですか?」

( ФωФ)「その通り。今回の実験の依頼人は、荒巻スカルチノフ博士。テレポート装置の開発者だ」

(;^ω^)「……マジですか?」

(;*゚ー゚)「冗談とかじゃ無いですよね?」

( ФωФ)「信じられん気持ちは分かるが、マジだ。条件に合った学生を数人寄越せと言われた。あ、これ絶対知り合いとかに言いふらすなよ」

(;・∀・)「いやいや、そもそもなんで杉浦教授の元にそんな話が?」

( ФωФ)「私は荒巻博士と親交があってな。先日手紙を寄越された」


 そう言いながら、机を指差す。
書類だらけで何が何やら分からないが、恐らくあの紙束の山の中に手紙があるということだろう。

19 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 15:10:50 ID:jK9Wh.Rc0

(;*゚ー゚)「……初めて聞きましたよ。杉浦教授が、あの荒巻博士と知り合いだなんて」

( ФωФ)「まぁそりゃあ、言ってないからな。そこそこ長い付き合いだよ」

(;・∀・)「そうなんですか……」

(;^ω^)「あの、それよりも。さっきチラッと言ってた『条件』というのは……?」

( ФωФ)「おお、そうだ。話が脱線したな」


 咳払いを1つして、杉浦は話を続ける。
3人は心なしか、先ほどより少し前のめりになっているようだ。

20 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 15:11:51 ID:jK9Wh.Rc0

( ФωФ)「荒巻博士が課した条件は、残念ながら全て開示することは出来ない。実験に関わる問題らしいからね」

(;^ω^)「はぁ……」

( ФωФ)「でもその中で、これだけは明かしても良いと言われた。それは……」


 もう一つ軽い咳払いをして、杉浦は答える。


( ФωФ)「テレポート装置を使ったことが無い人間であること、だ」



* * *

21 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 15:13:01 ID:jK9Wh.Rc0

 テレポート装置は、民間でも活用されている。

 純粋に移動手段として使われることは勿論、例えばエレベーターの代替手段として用いられることもある。

 代表例はこの国のシンボル、「VIPタワー」。
世界で一番高い建造物として名高いこの建物、高さは全長1300メートルにも及ぶ。

 そしてこの建物は、いち早くテレポート装置を取り入れたことで世界的に有名だ。

 これを導入したことにより、最上階に到達するまでの所要時間を大幅に短縮させることに成功した。
もちろん、景色を楽しみたいという人のために従来のエレベーターも備えている。

 回転効率の上昇による待ち時間の軽減と最新技術の導入によって関心を集め、来場者数は導入以前と比べ数倍に跳ね上がった、という話がある。

 このように、高層階まである建物ではテレポート装置を利用しているところも少なからずあるようだ。

22 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 15:16:30 ID:jK9Wh.Rc0

 他にも、先月にオープンしたばかりの「したらば水族館」。
水深300メートルの深海に佇む、ドーム状の自然水族館だ。

 従来のエレベーターでは維持が困難だし、客を毎回潜水艦で運ぶのはコストがかかり過ぎる。
そのような問題を一挙に解決したのが、このテレポート装置だ。

 こちらも世界中から、様々な観光客が訪れるメインスポットとなりつつある。
オープンから一月経った今でも、その人気は衰えることを知らない。

 人間が容易に行くことの出来なかった場所へ簡単に行けるようになり、行くのに時間を要した場所へは短時間で行けるようになった。

 だが、いくら便利だとはいえ、内藤達のように今まで使ったことのない人間も少なからずいる。

 先日やっていたニュースの世論調査によると、この街の7割以上の人は、テレポート装置を利用した事があるそうだ。
VIP大でも、利用したことのある人間の方が多いことだろう。

 つまり、今やテレポート装置を利用した事のない人の方が少数なのだ。

23 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 15:17:31 ID:jK9Wh.Rc0

/ ,' 3「今回の実験にあたり、条件を設けた。今一度確認させてもらうよ」


 荒巻がこちらをぐるりと見渡し、尋ねてくる。


/ ,' 3「君たちは、テレポート装置を1度も利用した事がない。間違いないね?」

( ^ω^)「はい」

(*゚ー゚)「はい」

( ・∀・)「はい」

/ ,' 3「よろしい。他の条件については何か知っているかね?」


 内藤たちは顔を見合わせる。杉浦は何も教えてくれなかった。


( ・∀・)「何も知らされていません」

24 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 15:19:33 ID:jK9Wh.Rc0

/ ,' 3「うむ、良かった。ロマはちゃんと言いつけを守ってくれているみたいだ」


 あの杉浦を愛称で呼んでいる。
どうやら、親交があるというのは事実のようだ。
疑っていたわけではないが、いざその事実を突きつけられると改めて実感する。

 しかし、一体2人はどのような関係なのだろう。

 荒巻は見た限り、齢70を超えている。
白髪だらけの頭髪や肌の皺の具合は、テレビや雑誌で見かける姿よりもやつれて見える。

 きっとこっちが荒巻本来の姿なのだと思うと、やはり研究者は苦労が絶えないのだろうな等と勝手に想像してしまう。

 少なくとも杉浦と同い年には見えない。
杉浦は見た限り50を少し過ぎた程度だ。
師弟関係か何かなのだろうか。

25 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 15:20:22 ID:jK9Wh.Rc0

 コンコン。

 控え目なノックの音が、思考の海から意識を引き上げる。
荒巻が「入れ」と言うと、奥の扉が音を立てずに開く。


川 ゚ -゚)「失礼します」


 入ってきたのは、スーツ姿の女性だった。
左手に載せたお盆には、コップが4つ並んでいる。


/ ,' 3「彼女も一応研究員なのだがね。秘書業務もこなしてもらっている」


 独り言のように呟き、お茶を受け取る。


川 ゚ -゚)「どうぞ」

( ^ω^)「ありがとうございますお」

(*゚ー゚)「いただきます」

( ・∀・)「どうも」

26 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 15:21:16 ID:jK9Wh.Rc0

 コトリと軽い音を立て、机の上にコップが並べられる。冷たい麦茶のようだ。

 空になったお盆を抱えて、彼女は再び奥の扉へと消えた。


/ ,' 3「さて、それではそろそろ本題に入ろうか。これからの実験について」


 ついにきた。

 3人とも背筋をピシリと伸ばし、座り直す。
世紀の発明家、荒巻スカルチノフの実験とは果たして何なのか。

 好奇心と、若干の恐怖心が支配する。
沈黙は、そう長く続かなかった。


/ ,' 3「今回の実験は、人間観察だ。観察対象は君たち。そこまではいいね?」

(;^ω^)「……はい」

(;*゚ー゚)「わかりました」

( ・∀・)「はい」

27 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 15:22:16 ID:jK9Wh.Rc0

 嚙みしめるように、腹を括ったように、何ともないように。

 三者三様の答えを聞き終えると、荒巻は語り始める。


/ ,' 3「君たちには、一月後にまたここに来てもらう。もちろん交通費は出すから安心してくれたまえ。それから今回の実験の参加報酬も、その時に渡す予定だ」


 報酬があるということは、前々から聞かされている。
具体的な金額については触れられていないが、少しは期待していいだろう。

 被験者3名は、それぞれ参加の拒否という選択肢が用意されていた。
自分達以外にも何人か、「条件」に合う生徒は居たそうなので、無理なら無理と断っても構わないとのことだったらしい。

 ところが、この3人は誰も拒否しなかった。
後日貰えるという報酬目当てか、それとも杉浦からの協力報酬である単位が目当てなのか、はたまたそれ以外の理由か。

28 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 15:23:21 ID:jK9Wh.Rc0





/ ,' 3「それではこれより、実験を開始する。今から君たちには、私の話を聞いてもらう」



 動機なんて何だって良い。

 賽は投げられた。

 もう後には、戻れない




.

29 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 15:24:18 ID:jK9Wh.Rc0










沼男はいないようです









.

30 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 15:26:18 ID:jK9Wh.Rc0

/ ,' 3「まずは君たち、私のテレポート装置がどういった原理で機能しているかを知っているかね」


荒巻は早速、質問を飛ばす。
いち早く回答したのは茂羅だった。


( ・∀・)「大まかにですが。出発点の人間を分子レベルに分解して、到達点で再構成するということだと認識しています」

/ ,' 3「うむ、そこまで理解しているなら話が早い」


 杉浦から見せて貰った、テレポーテーション理論についての資料に書かれていたことだ。
今回実験に参加するにあたり、3人はそれぞれ予習をしていた。

 条件から考えるに、恐らく今回の実験はテレポート装置について関わりがあると踏んだためだ。

 どうやら功を奏したらしい。

31 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 15:28:03 ID:jK9Wh.Rc0

/ ,' 3「……が、それだけでは勿論足りていない。その程度の理論なら、私はとうの昔に実用化まで出来ていた。この理論には、いくつか穴がある」

( ^ω^)「穴……ですかお?」


 頭上に疑問符を並べる内藤と猫田。
茂羅も表情に出してこそいないが、まるで分からないといった様子だ。


/ ,' 3「以降便宜上、出発点をA、到達点をBと呼ぶ事にする」


 机の上のコップを持ち上げ、中身を一口含む。


/ ,' 3「大きく分けて、問題点は2つ。まず第一に、転送と再構成の方法だ」


 コップを持ったまま、荒巻は話を続ける。


/ ,' 3「先ほど茂羅君が説明してくれた通り、A地点の人間は一度分解され、B地点で再構成される。しかしこれは、A地点の分子をそのままB地点に移動させてるわけではない」

32 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 15:30:01 ID:jK9Wh.Rc0

 目付きが研究者のそれとなる。
学生にも分かるよう、噛み砕いて説明しているようだ。


/ ,' 3「分子ごと転送させるのは、正直今の技術では残念ながら不可能だった。2地点を太いパイプか何かで繋いだりしてるわけでもないしね」

/ ,' 3「そこで、分子移動自体を諦めた。私が考えついたのは、分子情報だけの移動だ」


 そこまで言うと、少し大袈裟に首を横に振る。
やれやれ、といった表情だ。


/ ,' 3「だがもちろん、その分子情報だけでは何も出来上がらない。そこでB地点には、あらかじめ『素材』を用意しておく必要があった」


 半分ほどにまで減ったコップの中身を、ちゃぷちゃぷと左右に揺らしている。
手持ち無沙汰なのだろうか。

33 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 15:31:09 ID:jK9Wh.Rc0

 すると不意に、猫田が何かに気付いたかのように、ハッとなる。
今まで静かに聞いていた猫田だったが、唐突に荒巻に声を張り上げた。


(;*゚ー゚)「……ま、待ってください! それって、A地点とB地点の人間は別人じゃないですか!」


 ニヤリ、と。
荒巻は口角を上げる。
まるでその質問を待っていたかのように。


/ ,' 3「何故、そう思う?」

(;*゚ー゚)「な、何故って……だって、その分子は結局、別の物質ですよね? そんなの、同じ人間じゃない!」


コップを机に置き、腕を組む。


/ ,' 3「その反論は、論理的じゃないな。確かに元の物質は異なる。それは認めよう。だが、分子や原子という単位で見た場合、それは完全に同一のものだ。一体、何がどう違うというのだね?」

34 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 15:32:07 ID:jK9Wh.Rc0

(;*゚ー゚)「…………」


 猫田は何かを言い返そうと、口をパクパクと開いている。
しかし、それ以上言葉を紡ぐことが出来ていない。


/ ,' 3「先に言っておく。私が語っているのは、冗談でも妄想でもない。全て真実だ。これは前提条件として、頭に入れておいてくれ」

( ^ω^)「……」

(;・∀・)「……」

/ ,' 3「……2人は、彼女と比べて動揺が少ないね。ここまでの話を聞いて、どう思った?」


 促される。先に茂羅から、自分の考えを言葉にしていく。


(;・∀・)「……難しい、です。正直、僕も猫田さんと似た意見を持っています。ですが、人間の本質は外見じゃなくて、心や精神に宿ると考えているので……なんというか……」

35 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 15:33:58 ID:jK9Wh.Rc0

 そこまで言って、茂羅は黙り込む。
考えが上手く纏まらないようだ。


/ ,' 3「内藤君は、どう思う?」


視線を茂羅から外し、内藤へと向ける。


( ^ω^)「……特に問題は、無い、と思いますお。表面で見た限り、別の分子を使っているからって、僕ら人間には判別出来ませんし」

( ^ω^)「それに、その新しい人間は、ちゃんと前の自分の記憶を引き継いでいるんですおね?」

/ ,' 3「その通りだ。記憶だけでなく、生活習慣や日常の癖まで、全てを完璧に引き継いでいる」

( ^ω^)「だったら、別に構いませんお。僕は受け入れられると、思いますお」

36 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 15:37:31 ID:jK9Wh.Rc0

(;*゚ー゚)「なっ――!?」

/ ,' 3「ふむふむ、なるほど。この時点で、三者三様の意見が出ているね」


 猫田が内藤に向けて何かを言おうとしたが、荒巻が先に話し始める。


/ ,' 3「さて、ここまでは世間で語り尽くされた話だ。だが、ここからは少しばかり、話が飛躍する」


 3人それぞれの目を覗き込むように、じっと見つめている。

 確かめるように、噛み締めるように、一言ずつ紡いでいく。


/ ,' 3「既に少し話題に挙がったが、『感情』『記憶』『精神』『魂』『心』といった、目に見えないもの」


 組んだ腕を解き、左手の指を1本ずつ立てていく。
全ての指を開いた後、また手を元に戻す。


 そして軽く、深呼吸。

 数秒の間を置いて、言い放つ。


/ ,' 3「私はこれらを、分析、そしてデータ化することに成功した」

37 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 15:39:32 ID:jK9Wh.Rc0

 唖然、といった表現が一番適しているだろう。
まるで言葉を奪われてしまったかのようだ。
それでも、茂羅はなんとか喰らいつく。


(;・∀・)「どっ……どういう、ことですか?」

/ ,' 3「言葉の通りだ。A地点で肉体の分子情報だけでなく、精神や記憶の情報も全て読み取り、データ化する。そしてその後、マザーコンピュータを経由して、B地点にその情報が転送されるのだ」

(;・∀・)「馬鹿な!? そんなこと、出来るわけ――」

/ ,' 3「出来たんだよ。やったんだ。その産物が、テレポート装置さ」


 荒巻は立ち上がり、奥へと歩いて行った。
少し声を張って、話を続ける。

38 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 15:41:10 ID:jK9Wh.Rc0

/ ,' 3「先程挙げた、2つの問題点。1つ目は存外楽に解決出来た。以前から私が研究してた分野だったのでね」


 ガラッ

 奥にある机の引き出しを漁っている。どうやら、何かを探しているようだ。


/ ,' 3「しかし……2つ目の問題。精神や感情は、難しい問題だった。これが解決出来なければ、B地点に現れるのは、A地点にあった人間と全く同じ形をした、ただの抜け殻だけだからね」


 目当てのものを見つけたのか、荒巻は何かを手に取り、引き出しを元に戻す。
内藤たちの座っている場所からは、若干遠くてよく見えない。


/ ,' 3「だが、長年の研究の末、私は辿り着いた。人間の『精神』をデータ化することに」


 コツ、コツ、と此方へ歩み寄ってくる。

39 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 15:42:21 ID:jK9Wh.Rc0

(;・∀・)「嘘だ!!」

/ ,' 3「嘘はつかんと約束しただろう」

(;・∀・)「そんな、だって、一体どれほどの情報量に――」


 コトッ。

 戻ってきた荒巻が、机の上に何かを置く。
今、引き出しから取り出してきたものだろう。


/ ,' 3「1人分の情報につき、この記憶装置たった1つで事足りる」


 思わず3人全員が息を呑む。
見たところ、タバコの箱程度のサイズにも満たないこの小さな黒い物体。

 こんなものの中に、人間の精神は収まるというのか。


/ ,' 3「これはあくまで、視覚的に捉えやすいようにと出しただけだ。実際には、マザーコンピュータが一元管理している」

40 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 15:43:24 ID:jK9Wh.Rc0

 荒巻の台詞に食ってかかるかのように、茂羅が発言する。


(;・∀・)「それじゃあ、今この街にいる人間は殆ど――!!」

/ ,' 3「殆ど?」

(;・∀・)「…………」

(;*゚ー゚)「…………」

(;・∀・)「…………ニセ、モノ…………だらけ…………じゃないか…………」



荒巻は言い返す。


/ ,' 3「ニセモノなんかじゃない。本人そのものだ」

(;・∀・)「……失礼を承知で言わせてもらいます。それは、荒巻博士の作り物だ」

41 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 15:44:24 ID:jK9Wh.Rc0

/ ,' 3「では君にも、ついさっき猫田くんにぶつけた質問をしよう。一体、何がどう違うのだね?」


 茂羅は少し言葉に詰まる。
だがすぐに自分の意見を纏めたようで、荒巻に食らいつく。


(;・∀・)「……A地点で、オリジナルは一度殺されている。B地点で生成されているのは、本人なんかじゃない。クローン人間だ」

(;*゚ー゚)「そ、そうです!! A地点で分子レベルに分解されたそのオリジナルの意識は、そこで途絶える!! やっぱり別人です!!」

/ ,' 3「その反論は、確かに一理ある」


 すんなりと認める。
しかし、荒巻の表情は変わらない。


/ ,' 3「君たちの言う通り、A地点でオリジナルは生物学的な意味での死を迎えている」

(;*゚ー゚)「!?」

/ ,' 3「だが、そのことには誰も気が付かない」

42 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 15:46:39 ID:jK9Wh.Rc0

/ ,' 3「本人は自分が死ぬということを認識せず、君たちの言うところのクローンだって、自分が既に一度死んだということに気付いていない。それでもそれを、死と呼べるのかね?」

(;・∀・)「そんなの……」


 茂羅は反射的に言葉を紡ごうとした。
が、後に続けるべき言葉がないことに気付く。

 荒巻はそれを見透かしたかのように、追撃を放つ。


/ ,' 3「少し聞き方を変えてみよう。一体、誰が困る?」

(;*゚ー゚)「…………」

(;・∀・)「…………」


 たっぷり、10秒。
この場を沈黙が覆い尽くす。


/ ,' 3「そう、誰も困っていない。誰にも迷惑をかけていないんだ。むしろテレポート装置によって、人間は圧倒的な利を得ているじゃないか」

43 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 15:48:02 ID:jK9Wh.Rc0

 違う。そうじゃない。
そう言いたげな表情だが、何も反論を思いつかない様子だ。

 荒巻の論理は、一貫して筋が通っている。
反論しようにも、糸口が掴めない。


 話がひと段落ついたからか、荒巻は腕時計にチラリと目をやる。


/ ,' 3「さて、本来ならここでもう少し君たちと語り明かしても良いのだがね。生憎、まだ実験の本質に触れていない」

/ ,' 3「……今のところ、誰も気付いていないようだ。少し話を進めさせてもらうよ」

45 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 15:49:04 ID:jK9Wh.Rc0



 気付いてない?

 一体、何に?


 衝撃の事実により頭が混乱しているのか、荒巻が一体何のことを言ってるのかまるで分からないといった様子だ。


 勿体をつけるつもりは無いのだろう。荒巻は続ける。


/ ,' 3「津出ツン。埴輪ギコ。都村トソン」


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46 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 15:49:59 ID:jK9Wh.Rc0

 3つ、列挙された名前。
3人とも、どれかしらに心当たりがあったのだろう。
何故この場でその名前が出てくるのかと、困惑しているようだ。


/ ,' 3「君たちの恋人で、間違い無いね?」


 誰も否定しない。首を縦にふる。


 そして数瞬後、全員が同時に気付く。



 構わず、荒巻は告げる。





/ ,' 3「君たちの恋人は、テレポート装置を利用したことがある」




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47 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/30(水) 15:51:13 ID:jK9Wh.Rc0










実験、開始









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