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36 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 23:04:38 ID:/OZyJZx20
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( ><)「子どもをね、殺したんですよ」
俺の真向かいで胡座をかいていた男が、床の一点を見つめながらぼそぼそと呟いていた。
( ><)「三人、いや、四人、五人かな。もっとかな。二人目を殺してからよく覚えていないんです。死んだ子たちに申し訳ないですね。
そうです。全員、健康そうな男の子でした。
僕、男と女なら男の方が好きだったんですけど、殺すとしたら小さい子でなくてはダメだったんですよ。大きくなってしまうとすぐ暴れますからね。
声変わりすると悲鳴も汚くなるし、そうなると聞くに堪えません。
子どもはね、おどろかすとすぐに固まるんです。
逃げるよりも先に、目の前の状況をしっかり見つめて理解しようとしちゃうんです。それだけ動物に近いんですよね、頭が。
それから、声を張り上げるんですが、このときの声はどの子も澄んでいてとてもかわいらしかった・・・・・・まるで天使の歌のようで」
同じ内容の身の上話が小一時間は続いている。
話し始めの頃に小屋の窓から差し込んでいた陽光も、すっかり移動して男の顔を照らしているが、男はまぶしがることもなく唇を動かしていた。
自殺志願者の集まりの中、喋っている男以外の者は俺も含めてみんな黙っていた。
顔を膝の間に挟んでじっとしている人もいれば、ひたすら腕立て伏せを続けている人や、正座をして目を閉じている人もいる。誰もが思い思いに時間を潰していた。
俺たちの入っているところは木製の小さな小屋だ。
元々はハイキングコースの休憩所として使われていたものだが、観光業も衰退した今となっては誰も使っていない。蔦が絡まり古びているが、枠組みはまだ確固としていた。
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37 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 23:05:43 ID:/OZyJZx20
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小屋の真ん中にある火鉢から煙が上がり、あたりを薄く白で染めつつある。練炭だ。
このまま煙が充満すれば肺に酸素が送られなくなり、俺たちは眠るように死ぬだろう。
( ><)「一番楽な殺し方は薬ですよ。手を汚さないで済みますからね。でも薬は高いし、監視の目も強い。
だからといって凶器を使うのはダメです。一番いけません。返り血を浴びてしまいますから。
第一、刺してしまうと五月蠅くなるんですよ。いくら子どもといえども、痛みから発する悲鳴は耳障りです。必死になっちゃいますからね。よろしくない。
一番手頃でしかも綺麗に済ます方法としてお薦めなのは眠っているときにそっと首を締めることです。
声が聞こえないとつまらないので、ちゃんと鳴ける程度に気道を空けてあげるんです。
そうするとやがて呼吸に呻きが混じってくる。子どもが起き始めているんですね。実際目を開いてしまった子もいます。
もしそうなってしまったら、暴れる前に喉の真ん中を押してください。喉仏の種みたいなものがありますから、
それを、こきゅって。それで死にます。痛みはたぶん、ありません。すぐですし。
とはいえ酷いことしますでしょう。殺しですからね。
もちろん自分の立場はわきまえています。普通じゃないでしょう。だから死ぬんですよ。
わざわざ警察の助力なんて得る必要はありません。自分で自分に手を下せば良いんです。
わかっているんです。自分がおかしいって。だから死ぬんです。だから、死ぬんで、だから、だから、だから、だから、だから、だから、だから」
男の言葉は、「だから」から先へは進まなくなった。百何回目かの「だから」の後に、ようやく静かになった。
頭が回らなくなったのか。言葉が紡げなくなるくらいになると、すぐに眠くなるだろう。息が詰まってやがて死ぬ。
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38 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 23:06:37 ID:/OZyJZx20
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静寂の中、俺は目を閉じた。練炭の燃える音がする。誰も物音を立てないでいる。呼吸音はあるが、少しずつ薄らいでいく。
死が近づいている。ブーンが先に逝った世界が待っている。そう考えると気持ちが安らぐようだった。
途端。
(=゚ω゚)「サツだ!」
目を開ければ、微動だにしなかったはずの正座の男が立ち上がって喚いている。
遠くから、サイレンの音が聞こえ始めていた。
(=゚ω゚)「ちくしょう、誰かがばらしやがったな! おい、お前か!」
正座の男が隣にいた腕立て伏せの男を殴りつけた。腕立て伏せの男の方も逆上して、わけのわからないことを女声で喚いて殴りかかっている。
防具も何もつけない拳がお互いの顔とぶつかって血飛沫をはじけさせた。
ほんの数秒の間に、小屋の中は鉄臭い地獄絵図となった。
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39 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 23:07:36 ID:/OZyJZx20
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(-_-)「君は逃げた方がいい」
膝から顔をあげないでいる男が、俺を指差して言った。
(-_-)「君は若いんだろう。警察につかまって一番ぐちぐち言われるのが君だ。嫌だろう? そういうの。
マスコミが嗅ぎつければ家族にも食いついてくる。君は大衆の玩具になる。君とは関わりないけれど、そういうの僕は嫌いなんだ。
だから、君は裏口から抜け出して山を下りろ。街に辿り着かず奴らに捕まっても、遭難したと言い張れ。今ならまだ誤魔化せるから。とりあえず生きておけ。いいな」
男に見えているのかわからない頷きを返して、言われたとおりに裏口へ向かった。
(#><)「警察、警察! 冗談じゃ無い! わたしは捕まりたくない。誰にも迷惑をかけたくないんです!」
しゃべりっぱなしだった男が起き上がった姿を横目に見ながら、俺は扉を閉めた。
緑の豊かな山を走った。傾斜があれば下へ向かう。それだけを考えて駆け抜けた。
ハイキングコースの名残はあったが、概ね土と石に覆われていた。
走っていると素足の皮がむけ、血が滲んできた。やむなくなんども立ち止まった。
サイレンの音は聞こえ続けていたが、ちかづいてくることはなく、走るうちに小さくなっていった。
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40 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 23:08:35 ID:/OZyJZx20
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あの警察を呼んだのはきっとツンなのだろう。全くどこまでも俺の邪魔をする。
生きろ、と小屋で言われたことを思い出し、鼻で笑った。逃げたのは、生きるためでも家族のためでも自己の名誉のためでもない。
山の中なら、誰にも見られずいくらでも死ねる。
日が暮れ始めた頃に、地面の傾きが消えた。
右も左も薄暗く、どちらが下りなのかわからない。
もとより降りるつもりの無い俺は、ほくそ笑んで立ち止まった。
手持ちのリュックに手を入れ、ロープがあるのを確認する。手頃な枝を見つけ、その端っこを放り投げた。
垂れ落ちてきたロープの端を、二重に巻いて、弧を通す。簡易なリングが俺の顔の位置で揺れる。調整して、頭の上に漂わせた。
('A`)「よし」
勢い込んでロープにぶらさがった。
同時に、何かの折れる音がする。
ロープの張りが無くなり、目の前に枝の端が落ちてきた。
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41 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 23:09:36 ID:/OZyJZx20
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運が悪いと思い、別の枝を探そうとして、脚を止めた。
枝を掴んで確認する。
断面が半分真っ平らだ。まるで途中まで刃物で斬りつけたかのように。
もしかして、ここにある枝全てこうなっているのか。
予感して背筋が寒くなる。
(#'A`)「んなもん、知るか!」
やけくそになって、ロープを放り投げ続けた。何度も、何度も。
ロープの掛かる枝もあったが、その前に落ちてくる枝もあった。あたり一面の枝をためしているうちに、体力が尽きていった。
やがて日が落ち、山に夜が訪れた。街灯も何も無い森の中だ。枝は全く見えなくなり、否が応でもロープを手放さなければならなくなった。
歯軋りしながら横になり、草の間から空を見上げた。
天の川が見えている。雲一つない星空だ。
耳を澄ませば、虫のさざめきや、猛禽類の鳴き声がする。
普段人の声の裏に隠れて聞こえないような、小さな声が俺の耳に突き刺さってくる。
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42 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 23:10:36 ID:/OZyJZx20
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いっその事、このまま獣に食われてしまえばいい。
そんなことを思いながら、横になって目を閉じた。
音はする。鼠だとか、鼬だとか、自然の中に潜んでいる動物が確かにいるのだろう。だがそのうちの一匹として、俺のそばには現れなかった。
意識は次第に遠くなっていった。
心地よい微睡みの中、ふと大きな物音を聞いた。
首に違和感を覚え、薄めを開く。
星空が半分翳っている。雲が出たのだろうかと思ったが、よく見るとそれは人の顔をしていた。
( ><)「こうね、締めるんですよ。そうすれば痛みを感じません」
小屋の中で話していた男だ。警察からは逃げおおせたらしい。
男の手は俺の首元へと伸びていた。俺ののど仏に親指がかかっているのが感覚でわかった。
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43 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 23:12:19 ID:/OZyJZx20
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( ><)「君はね、正直に言うと私の好みではありません。大きすぎますから、暴れたりしないか怖いんですよ。
でも私、頑張ります。わかっていますよ。小屋にいたときから、いや、ここに集まったときから、見えていましたよ。
君が最も死にたがっていること、感じていました。だから殺します。殺してあげます。
妙な横やりが入ってさぞやお辛かったでしょう。痛みのないように殺してあげますよ。私の得意技なんですから」
間違いだ、と叫びたかった。
この殺し方は、めちゃくちゃ痛い。呼吸がわずかにできているから、なおのこと、自分の首の骨が圧迫されていくのがわかる。
声が出せないし、力も入らない。思い切って首を横に振りたかったが、それすらも固められていてできやしない。
月明かりに照らされて、男の顔がありありと浮かんだ。
唇が張り裂けそうなほどの満面の笑みを浮かべている。
のど仏が、こきゅっと小さく鳴った。
(*><)「はぁぁ……」
男の熱い吐息が顔に掛かる。あまりの臭さに噎せかえりそうになるが、身体が逸らせない。息も吐き出せない。怒鳴れもしない。
喉がきりきり悲鳴を上げる。
(; A )「もうダメだ」
と、声が出た。
俺の声だ。
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44 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 23:13:25 ID:/OZyJZx20
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(;'A`)「え?」
呟いたときには既に、喉が痛くなくなっていた。身体にのしかかっていた重みも無い。
怖々、目を開いた。
月が見える。
だが人影は無い。
いなくなったわけではない。存在自体がその場から掻き消されている。
人がひとり、跡形も無く。
(;'A`)「う、うわああ!」
鳥肌が立つのを感じながら、木々の間へと飛び込んだ。足下はふらついたが止まる気にはなれなかった。
足の裏に石が食い込む。枝葉に皮膚を切り裂かれた。盛り上がった土に脚をとられ、転び、這うようにしながらも前へと進んだ。
向かう先が山の上なのか下なのかもわからなかった。
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45 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 23:14:25 ID:/OZyJZx20
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川の音が聞こえてきた。街へと流れる川の上流だ。音を信じて脚を進めた。
川の途中には滝もある。岩場もあったはずだ。何もせずに無心で流れていたら、運良く頭を打ってどこかで死ねるかもしれない。
痛いだろうがこの際案じてもいられない。これ以上、邪魔などさせるものか。
水音は大きくなってくる。
開けた場所に出た途端、清涼な空気が肌を振わせた。
星空を反射させた川が目の前をさらさらと流れている。
一声叫び、飛び込んだ。
思ったより深い。身体全体が水の中へと入り込む。水は冷たいし、流れも速い。
やった、これで・・・・・・これで。
身体が流れていくのを感じ、俺は心中で高らかに笑った。森の中を笑い声が響き渡る。
流れはますます速くなる。
目を閉じて、愉悦に浸った。
まぶたの向こう側で強い光を感じたが、目を開こうとはしなかった。
§∞∞
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46 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 23:15:26 ID:/OZyJZx20
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穏やかな鳥の声が聞こえた。
薄く目を開くと、周囲が乳白色で染まっていた。薄いシーツが身体に掛かっている。払いのけようとしたが、震える手ではうまくできなかった。
ξ゚听)ξ「暑い?」
応える間もなく、脇に座っていたツンにシーツを払われた。
頭に二つ束ねた髪が胸元に垂れ下がる。垣間見えた口元はゆるやかな微笑みを湛えていた。
ξ゚听)ξ「すごい偶然。たった今目覚めるだなんて。あたし、今来たばかりなのよ」
丸二日は眠っていた、とツンが教えてくれた。
救助隊に発見されたときには衰弱状態で、身体にも無数の擦り傷が出来ていたらしい。
幸いにも致命傷は無く、麓の病院に救急搬送されて治療を受け、病室に運ばれたのだという。
ξ^凵O)ξ「今お医者さんに連絡するね。お母さんも、呼べばすぐ来てくれるから」
ツンが俺の枕元にあるナースコールに手を伸ばした。
('A`)「待ってくれ」
掠れた声で呼び止めると、ツンは身体を伸ばしたまま、目を見開いて俺を見つめた。
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47 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 23:16:25 ID:/OZyJZx20
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('A`)「頼むから、俺をもう助けないでくれ」
ξ゚听)ξ ・・・
ξ゚ー゚)ξ「何言ってるのよ」
椅子に座り直して、ツンが冗談めかして笑った。
('A`)「お前、タイムリープしてるだろ」
なるべく口早に、斬り込むように言ってやった。
海の波が引くように、ツンの顔から表情が消えていった。
ξ゚听)ξ「え?」
('A`)「知ってるんだよ、全部」
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48 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 23:17:25 ID:/OZyJZx20
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ξ゚听)ξ「何馬鹿なこと言ってるのよ。長く寝ていたから、おかしな夢でも見たんじゃないの」
('A`)「それは……」
正直に言えば、自信は持てなかった。
修正された過去は記憶の奥底に封じ込められ、勘違いとして始末される。
そのことを教えてくれたのは、不可解な姿をした男ただ一人。
思い返しても奇妙な記憶だ。むしろあれこそ勘違いかもしれない。信憑性は、本当はかなり低いだろう。
ξ゚ー゚)ξ「ドクオって意外と子どもっぽいのね。そんな話をするなんて」
ツンの口がまるく弧を描く。慈しみに嘲笑を鏤めたような、こそばゆい視線が送られてくる。
俺は騙されているのだろうか。
一瞬、心が揺らぐ。
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49 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 23:18:16 ID:/OZyJZx20
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だがその一方で、心のもう一端がにわかに抗い立つ。
('A`)「お前が俺の自殺を食い止めようとしていたのは確かなはずだ。
学校の屋上から飛び降りようとしたときも、橋の上から川に落ちようとしたときも、
ネットで知り合った連中と一緒に山で練炭を焚いていたときも、お前は必ず俺の邪魔をしていた」
薄れた記憶を依り代にした曖昧な憤りが、俺の口を動かしていた。
ξ゚听)ξ「どれもこれも偶然の成り行きで助かっただけじゃないの」
ツンの顔色はなおも変わらない。
('A`)「そう思うか?」
ξ゚ー゚)ξ「ええ」
('A`)「なら、おかしいぜ」
ξ゚听)ξ「何がよ」
('A`)「俺は、橋から落ちようとしていないし、橋でお前を見てもいない」
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50 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 23:19:26 ID:/OZyJZx20
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薄ら笑いを浮かべていたツンの顔が、さっと歪んだ。
何か言うか少しまって、また俺から話し始めた。
('A`)「当然助けられた記憶も、今の俺には無い。なのに、お前に邪魔されたと言われたのにも関わらず、お前は顔色一つ変えなかった」
ξ゚听)ξ「勘違いしただけよ」
と言いながらも、ツンの眦がつり上がっていった。
('A`)「どうだか」
俺とツンとは、しばらく黙っていた。睨み合っていたと言ってもいい。
外からは相変わらず鳥の声が聞こえてきている。賑やかな雛の声だ。
すぐ近くにツバメの巣でもあるのだろう。差し込んでくる陽光は暖かく俺とツンとを照らしていた。
タイムリープに関して、言葉だけではどうしても平行線になる。
俺は溜息をついて、今一度ツンに語り掛けた。
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51 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 23:20:25 ID:/OZyJZx20
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('A`)「俺に構わないでくれ。俺は、命を絶つと決めたんだ。亡くなったブーンに対して、死んで償いたいんだよ」
ξ#゚听)ξ「償いですって?」
ツンが声を張り上げた。
ξ#゚听)ξ「死ぬことは償いじゃないわ。ただの逃亡よ。あなたはちゃんと、ブーンの分も生きなきゃならないのよ」
荒々しい口調となるツンに対し、俺も力を振り絞った。
(#'A`)「決めつけるんじゃねえ」
声はだいぶ強くなった。痛んだ喉を振り絞ったものだから、唾が四方に飛んでいった。
おそらく顔にかかったはずだ。それなのに、ツンはまったく顔を動かさなかった。
(#'A`)「生きなきゃならないだと? ブーンは俺のせいで死んだんだぞ。
俺があいつと仲良くしたばっかりに、親から見放されて、耐えきれなくなって死んだんだ。
それなのにどうして無頓着でいられるんだよ。可哀想だと思わねえのか」
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52 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 23:21:25 ID:/OZyJZx20
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ξ;゚听)ξ「ブーンが何を考えていたかなんて、わからないわよ」
(#'A`)「想像くらいつくだろう。あいつはずっと悩んで、苦しんでいたんだ。
これはあいつへの弔いなんだよ。わからなくても、構わない。だけど、もう邪魔をするな」
ξ;゚听)ξ「どうしてよ・・・・・・」
ツンの表情が、崩れた。目元がすぼまり、唇が歪み、両手で頭を抱え持って俯いた。
ξ; )ξ「どうして死ぬなんて言うのよ。やめてよ」
ベッドの上に肘をついたツンは、嗚咽混じりに、同じことを何度も呟いた。
泣き声を聞きながら、俺は横になった。枕元に手を伸ばし、ナースコールのボタンを押した。
遠くで呼び鈴が鳴った。もうすぐ看護師が来るだろう。
('A`)「ほら、早く起きろよ」
ツンに呼びかけるが、彼女の方は首を横に振った。
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53 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 23:22:26 ID:/OZyJZx20
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ξ; )ξ「こんなことなら、話さなきゃ良かった。ブーンのことなんて、やっぱり口にしちゃいけなかったのよ」
ただの愚痴だ、すぐ収まる。そう思って、俺は黙って仰向けでいた。
それがいけなかった。
ベッドの傾きが無くなる。
はっとしたときにはもう遅く、ツンの姿はいなくなっていた。
そもそも最初からいたのかどうか。
('A`)「あいつ、タイムリープを」
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54 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 23:23:26 ID:/OZyJZx20
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俺がツンに何を言ったのか。
記憶が、靄の中へと消えていく。
(#'A`)「くそったれ! 消すんじゃねえよ」
( 'A`)「畜生……」
何でもかんでも消されるのなら、ツンはもう止められない。
俺が死ぬことも叶わない。
歯を噛みしめて低く呻いた。
看護師の駆けてくる音が容赦なく迫っていた。
§∞§
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55 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 23:24:27 ID:/OZyJZx20
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頬を撫でる風を感じた。窓は空けていない。病室にいたはずなのに変だ、とは思った。
目を開いたら星空が見えた。何者にも邪魔されない広い空だが、縁が白んで見えていた。おそらく街の明かりだろう。
(´・ω・`)「おはよう」
寝ている俺の前に逆さまの大きな顔が現れた。相変わらずの銀色タイツで全身と顔の周りを覆っている。
勘違いではなかったらしい。
('A`)「よう、未来人」
そう返事をするだけの気力はあった。眠気も、外の空気のせいで掻き消えていた。
見覚えの無い屋上にいた。ライトに照らされた看板の後ろ側に、俺の入院していた病院の名前が左右逆さまに浮かんでいた。
(´・ω・`)「ひどい寝顔だったね。悪夢を見ていたようだ」
('A`)「ああ。俺も看護師からも聞いたよ。目が覚めて以来、夜ごとに呻いているらしい」
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56 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 23:25:28 ID:/OZyJZx20
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入院してから、日が経っていた。身体は快方に向かっている。
脚を降ろして立ってみた。防水シートでふわふわとしている。
「お疲れ様だね」といいながら、銀色タイツの男がどこからともなくマグカップを差し出してきた。
暖かいココアの香りがする。タイミング良く、俺の腹がぐう、と鳴った。
('A`)「何しに出てきたんだ」
(´・ω・`)「君を労いに。よく今まで頑張ったね」
('A`)「はあ?」
(´・ω・`)「当分は、落ち着けそうだよ」
何を言っているのかわからなかった。問い返そうとしたが、その前に男の口が開いた。
(´・ω・`)「タイムリープをすれば人間は時を超えて移動する。肉体もその時代の自分に戻る。自分自身に取り憑くようなものだね。
でも、その精神だけは時間移動後も共通している。使いすぎれば、磨り減っていく。だからタイムリープだって無限にできるわけじゃない」
男はココアを啜り、吐息を吐いた。夏の夜だが、漂う湯気がはっきりと見えた。
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57 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 23:26:25 ID:/OZyJZx20
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(´・ω・`)「ツンにもそのことは説明していたんだ。だけど、抑えきれなかったんだろうね。限界の限界までタイムリープを繰り返してしまった」
サイレンの音が聞こえていることに、今更ながら気がついた。
初めは遠くで鳴っていたものが、次第に近づいてきている。病院へ向かう救急車のサイレンだ。
('A`)「ツンの精神は限界なのか」
答える代わりに、男は小さく項垂れる。
(´・ω・`)「彼女はもうタイムリープできない。良かったね。これでもう君は心置きなく死ねる」
(#'A`)「何言ってやがる」
マグカップを持つ手に力が籠もった。
(;'A`)「どうしてそんなことになるまでツンはタイムリープしたんだよ」
(´・ω・`)「それだけ死んで欲しくなかったのさ」
(;'A`)「そんな強情な……俺は死にたいって言ってたのに」
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58 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 23:27:25 ID:/OZyJZx20
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カップを静かに、膝の上に降ろした。まだ一口も飲んでいないココアに映る星空が揺れている。
(;'A`)「わかんねえ。どうしてあいつが死ぬんだよ」
(´・ω・`)「君は、ツンには死んで欲しくないのか」
(#'A`)「当たり前だろ!」
マグカップを投げつけたくなるのを寸でのところで堪えた。
(;'A`)「あいつは、何も悪くないんだから」
と呟くように答えると、男は呆れ顔で肩を竦めた。
(´-ω-`)「ツンも同じ事を言っていたよ」
(;'A`)「同じこと?」
(´-ω-`)「わからないのか。君がブーンに抱いた罪悪感と、同じものを彼女も感じていたんだ」
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59 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 23:28:26 ID:/OZyJZx20
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サイレンの音が一際近づき、止まった。
騒がしい音が階下から、微かだが聞こえてくる。
精神を磨り減らした者が病院で回復するものだろうか。結果を俺はまだ知らない。
(´・ω・`)「あの子にタイムリープの力を授けたのは僕だ」
男の言葉が俺の耳に突き当たり、何度もしつこく反響した。
状況は、ゆっくりと飲み込めた。それと同時に憤りが胸の内にわき起こった。
('A`)「どうしてそんなことをしたんだ」
(´・ω・`)「あの子が望んでいたからさ。君を止めることを」
('A`)「お前はツンとは無関係だろ」
男は何も言わずにやりと笑みを浮かべた。
(´・ω・`)「ああ、そうとも。無関係だ。今となっては」
引っかかる物言いだったが、男は言葉を切った。
俺と男は睨み合い、そのうち男の方から先に視線を逸らせた。
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60 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 23:29:26 ID:/OZyJZx20
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(´・ω・`)「もう一度聞く。ツンは死なせたくないか」
('A`)「……ああ」
(´・ω・`)「なら、チャンスをやろう」
そういうと、男は胸もとに手を当てた。黒い手袋をしている。甲の方に妙な四角い膨らみがあった。
見つめているうちに、掌の方が輝き始めた。
(´・ω・`)「ツンはもう助からない。だから、そうなる事実を消す」
('A`)「どういうことだよ」
(´・ω・`)「私が過去に戻り、分岐を変える。僕はツンと会わないことにするよ。そうすれば、ツンはタイムリープを授からない。
時間としては、ちょうど君が自殺をするかしまいか迷っている最中だよ」
やっぱり初めからこうすれば良かったんだよね、と男は小さく口添えした。
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61 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 23:31:39 ID:/OZyJZx20
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(;'A`)「待てよ。まだよくわからねえ。どうしてそんなことをするんだ。タイムリープは精神を削るんだろ。てことは、お前にとって危険なんじゃないのか」
(´・ω・`)「うん」
銀色タイツは素っ気なく返事をする。
(;'A`)「ならどうして、無関係な俺たちのために命を削るような真似をするんだ」
(´・ω・`)「そういう変わり者なのさ」
そう言うと、男は眦を下げ、口元に大きな笑みを浮かべた。
こんなにも人らしくない笑い方があるだろうか。
('A`)「……なあ、タイムリープって、いつごろできるようになるんだ」
ふと頭の中に浮かんだ疑問を投げかけてみた。
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62 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 23:32:39 ID:/OZyJZx20
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(´・ω・`)「君が思っているよりも、結構近いうちだよ」
銀色タイツが朗らかに答えてくる。その胸に当てた手はいまや煌々と光を放っていた。
(´・ω・`)「さあ、エネルギーの充填は終わった。もう時間だ。最後に一つ言っておく」
彼の光で俺の目が眩む。
指を向けられているのが微かに見て取れた。
(´・ω・`)「いいか、覚えておくんだ。君が今覚えていることを、断片でも良いから、決して忘れるな。
ツンは何度も君を救おうとした。君は生きることを望まれているんだ。
決して死ぬな。死んだら、必ず彼女が悲しむ。そんな未来を僕が許さない。彼女のそばにいるべきは君なんだ」
僕じゃなく、ね。
最後に零したその一言が耳に残った。
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63 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 23:33:40 ID:/OZyJZx20
-
目を開いたら、もう空は見えなくなっていた。
俺は病室の中にいて、あたりは患者たちの掠れた寝息で満ちていた。
俺は誰と会っていたのだろう。
記憶は薄れ始めている。
頭を抑えながら、脇机の抽斗からメモ帳を取り出し、ペンを握って走り書きをする。
死ぬな、決して。忘れるな。
そのあとに続く言葉は全て、既に思い出せなくなっていた。
§∞§
ΛΛΛ