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98 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/04/02(土) 22:30:10 ID:JUjYJa420
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¶
バイナリー
……データが「0」と「1」で表現されているデータ形式のこと
000=0
001=1
010=2
011=3
100=4
・
・
・
¶
-
99 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/04/02(土) 22:31:12 ID:JUjYJa420
-
Λ
∨
Λ
∞
∽
8
A ∀
y
∃
E
λ
・
・
・
〇〇〇
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101 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/04/02(土) 22:32:26 ID:JUjYJa420
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時をかける俺以外
2nd Track
.
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102 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/04/02(土) 22:33:26 ID:JUjYJa420
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夏休みは終わったばかりだというのに陽射しは依然として強い。
誰もが気怠げに道を歩いているのは、実は少し羨ましい。
長期休暇が愛おしいのは、その期間を充実して過ごす証拠だからだ。
その一方で僕には、休みの度にある種の喪失感が湧く慣例となっていた。
僕の両親は夏が来るとしょっちゅう引っ越しをした。
一所に留まるのがとても嫌いな人たちだったのだ。
子どもである僕が学校に通っていても、お構いなしに訪れる季節病のようなものだった。
旅人みたいだろう、と両親は気軽な言い訳をよく僕にしてくれた。
それが誇らしく感じてもいたのだろう。
僕がもう少し友情に厚く、義理を重んじる性格だったらきっと耐えられなかっただろう。もっと悲惨な家庭になったんじゃないかな。
電車に乗って駅を数駅またぐ程度の距離ならば、僕は我慢して学校に通った。
引っ越した後の方がむしろ学校に近くなった、なんてことさえあった。
直線距離が100kmを超えると、体力的に限界が来る。
そうなると、住み慣れた街にも潔くさよならを言わなければならない。
あちこちの学校を行き来するものだから、僕は自然となるべく周りに無頓着でいるようになった。
いちいち他人に情をかけていては、心が疲れてしまうのだ。
なるべく遠く、同級生を離れてみて、ほどほどな付き合いをする。
それが僕に相応しい人生観であり、これから先もずっと続く価値観だと信じていた。
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103 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/04/02(土) 22:34:35 ID:JUjYJa420
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県を跨ぐほどの大引っ越しが、中学生に上がってすぐのときに起こった。
通い始めたばかりの中学校や、出会ったばかりの友達たちに慌ただしい別れを告げて、引っ越し用のトラックに家族とともに乗った。
揺られながら辿り着いたのは、山間にひっそりと広がる田舎町。四方を囲む高い山は僕たちを威圧して見下ろしていた。
転入学試験を受けて、一休みしていたら、夏休みは終わってしまった。
九月。セミの声はまだまだ五月蠅く、蒸し暑い空は青く晴れ渡っている。
にぎやかな語り声の聞こえていたクラスに一歩足を踏み入れると、静寂と奇異の目線が降りかかってきた。
いつものことだ、と心の中でやり過ごす。
(´・_ゝ・`)「ほらお前ら、自分の席にちゃんと着け。新学期だぞ。転校生も来てるんだから、みっともないなあ」
担任の先デミタス生が教壇の上で指をたたく。
開かれた名簿を眺めて、僕に顔を向けてくる。
(´・_ゝ・`)「自己紹介を、ショボンくん」
(´・ω・`)「はい」
転校し慣れていたものだから、自己紹介もうまくなる。
無難な言葉を織り交ぜて自分を語り、「がんばります」と最後に添えた。
嫌悪感のある瞳は見受けられない。それなりの好奇心と、それなりの面白がり。そして半数は無関心。
まずまずの環境だ、と一人胸のうちで安堵した。
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104 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/04/02(土) 22:35:43 ID:JUjYJa420
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(´・_ゝ・`)「君の席はそこね」
指をさされてた先にあったのは、教室の奥、窓際の席。
歩き出そうとした、その瞬間。
(´・ω・`) ?
初めて受ける違和感。
クラス中に、さざ波が立ったような。
「あそこって」と、誰かが口にして、ほかの誰かが「シーッ」と言う。
どうも良い類いのひそひそ話ではないらしい。
(´・_ゝ・`)「どうした」
先生が僕を急かすように声をかけてきた。
(´・ω・`)「あ、いえ」
一歩、二歩、ぎこちなく動かし、なるべく早めに進んでいく。
座り込んだ座席は窓枠の陰にあったがために少し冷たくなっている。
誰もいないその席がひとつ、初めから用意されていた。
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105 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/04/02(土) 22:36:43 ID:JUjYJa420
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(´・_ゝ・`)「さあて、出欠をとるぞ。初日から席に着いていない度胸のある奴が何人かいるが、果たして点呼に間に合うかな?」
僕へ向けられていた視線が逸れて、おどけたざわめきが教室を包み込む。
身構えていた僕も力が抜けた。
淡々と生徒たちが呼ばれていく。返事をたどってクラスの中を観察した。
可もなく不可もなく。真面目そうな人もいればだらしない人もいるが、どちらにしても無難な範囲に収まっている。
クラスの中で初日から、席についていない者はただ一人。僕の隣の席の人だ。
(´・_ゝ・`)「ツンは遅刻か」
先生の握った赤ペンが、名簿にぐりぐりと押し込まれる。
その瞬間、教室の後ろのドアが大きな音を立てて開いた。
僕も、クラスの誰もが、その姿を見る。
髪の毛を振り乱して、荒く呼吸をする小さな少女。
ξ゚听)ξ「……おはよう、ございます」
整え切らない息を吐きながら、無理やり絞り出すように言う。
担任は大きく溜息をついた。
(´・_ゝ・`)「初日だから、大目に見てやる。次からは確実に遅刻だからな」
クラスに笑いが起こって、次の生徒の名前が呼ばれる。
ツンと呼ばれたその少女は、気にせずゆっくり席へついた。
僕の右隣の席。
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106 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/04/02(土) 22:37:43 ID:JUjYJa420
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ξ゚听)ξ「あれ?」
僕を見て、ツンが首をかしげた。
(´・ω・`)「転校生です」
どうも、と軽く頭を下げる。
ツンはすぐには反応してくれなかった。
何かを考えているようで、何かを迷っているようにも見えて。
ようやく開いたその口には、微かに笑みが浮かんでいた。
ξ゚ー゚)ξ「その席、大事にしてね。私の友達が座っていた席だから」
天高く昇る秋の陽に照らされていたせいだろうか。
彼女の顔は光輝いて、目を離せないくらい綺麗見えた。
まるでヒマワリの花のように。
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107 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/04/02(土) 22:39:06 ID:JUjYJa420
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僕の座っていた席にはかつて、ドクオという生徒が座っていたらしい。
ツンと一緒の中学校から高校へと進学し、たまたま同じクラスになった。
ドクオは一言でいえば、おとなしい生徒だった。
話しかければ答えはしたが、自分から積極的に人と絡もうとはしない人。
クラスメイト内での評判も悪くはなかった。
関わりが無いために、語れることも少なかったのかもしれないが。
ツンの友達である彼は、夏休み前に自殺未遂をはかって重傷を負い、今は病院で治療をしている。
自室の梁にロープを巻き、首を括ろうとして、失敗して頸椎を損傷したのだという。
ξ゚听)ξ「昔仲良かった友達が自殺したのよ」
学校の屋上の風に吹かれ、髪をなびかせながら、ツンは打ち明けてくれた。
(´・ω・`)「自殺……」
天体望遠鏡の赤道儀を調節する腕を休めて、僕は彼女の言葉に耳を傾けた。
たまたま入った天文部に彼女がいたのはまったくの偶然だった。
星がみたいと思ったこと、体格は良いがスポーツは苦手なこと、諸々の些細な理由からひとつの部活を選んだに過ぎない。
思いがけず彼女と一緒に過ごせる部活の時間は、何とも言えず心地よかった。
内容そのものはすこぶる暗い話題であったわけだけど。
ξ゚听)ξ「その友達が死んじゃったのは自分のせいだ、って自分に言い聞かせて、追い込んで、精神すり減らして。
不器用な奴だったのよ。すごく。友達の私にも何も言わないで勝手に、ね」
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108 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/04/02(土) 22:40:06 ID:JUjYJa420
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翳が差すその顔を、僕はしばらく見つめた。
頭の中では、僕がやってくる前のクラスのことを想像していた。
会ったこともないツンの友達。今の僕の席に座っていた人。
治療がうまくいっても車椅子生活は避けられない。
年度内の復帰は絶望的。卒業までに意識が戻るかもわからない状態だという。
ツンが悲しむ理由は理解できた。
友達思いである彼女のことを優しい人だと思うようにもなった。
だけど、不謹慎ながら、それ以上に僕はツンの笑顔が好きだった。
暗がりに落ち込みがちな彼女が明るくなるようなことを言ってあげたかった。
(´・ω・`)「きっとそのうち、ドクオくんも自殺のことを悔い改めるよ。
君みたいな友達がずっと心配してくれているんだから」
自分で言っててもわかるくらい、調子のいい内容だ。
それを重々承知でいながら、ツンを前にして口が動いてしまっていた。
ξ゚听)ξ「……うん。そうだね」
ツンは頷き、小さく微笑んで、遠くを見つめる。
鰯雲の空の彼方のどこに彼女が焦点を結んでいるのか、はた目にはわからない。
どこだろうとかまわない。
気が付けば心中で小躍りしている自分がいた。
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109 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/04/02(土) 22:41:06 ID:JUjYJa420
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(´・ω・`)「好きだ」
告白したのは僕の方だ。
初めて見たときから好きで、ほかに理由はない。
あまりにも率直だったせいか、ツンは動揺して、僕の背中を叩きもした。
ξ;゚听)ξ「ちょっと待ってよ」
断られるかと思ったがそうではなく、一日の猶予を求められた。
翌日の夕方に屋上に呼び出されて、天体の撮影機器の調整をしている最中、こっそりと許可をもらった。
高校生活二年目の春。僕たちはお互い同意の上での付き合いを始めた。
学校で会えているときは付き添い、屋上では身を寄せ合い、帰り道では手をつないだ。
夜になったら連絡を取り合って、毒にも薬にもならないような当てのない会話をした。
(´・ω・`)「それでね、デミタス先生が酷いんだ。僕の水筒の中身をコーヒーとすり替えたりなんかして」
ξ゚听)ξ「どんな恨みを買えばそんな仕打ちを受けるのよ」
(´・ω・`)「むかついたから、さっき職員室に注いであった先生のコーヒーをコーラにすり替えておいたよ」
ξ^凵O)ξ「あはは」
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110 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/04/02(土) 22:42:13 ID:JUjYJa420
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ツンが笑う姿を見て、僕の胸の内が暖かくなった。
もっともっと、冗談を言いたくなった。
だから急いで頭を働かせて、ネタを拾って、新しい話題を見つけたりもした。
周りの目だって気にしちゃいられない。
何せ僕には引っ越し好きの両親というタイムリミットが起こりうる。
性急に距離を詰めていくべきだ。
すべてはツンの笑顔を見るためだった。
そのためならなんだってしてやると思った。
(´・ω・`)「今度の土曜にでも、一緒に遊ぼうか」
提案すると、ツンは若干目を伏せた。
ξ゚听)ξ「遊ぶのもいいんだけど」
何かを言いたそうな顔。
じっと待ってみたら、ツンのほうから答えをくれた。
ξ゚听)ξ「ブーンのお墓参りをしたいの」
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111 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/04/02(土) 22:43:16 ID:JUjYJa420
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(´・ω・`)「ブーンって確か、ドクオくんが死んだ原因の?」
ξ゚听)ξ「うん。すごく頭が良くて、でもそのことを決して自慢しない、優しい子だったんだよ」
ブーンのことを話すツンの姿は楽しげだった。
思い出が、その心情を補強しているのかもしれない。
優秀で、奥ゆかしく、何故かゲームが得意なブーンの話。
聞いているうちに、いつしか僕にも親しみも湧いてきた。
夏休みのある日、山のふもとにある墓所に二人で訪れた。
山の斜面を切り崩して段上にし、墓を所狭しと並べられていた。
見上げるほどに高い位置にある墓もある。
すいすいと前に進むツンを追って、僕も息を切らして歩いた。
運動不足で太り気味な体には、わずかの傾斜でも脚に乳酸がたまってしまう。
ξ゚听)ξ「ついたわよ」
僕よりも十歩ほど早くに進んでいたツンが、俺を振り向き手招きをした。
(´・ω・`)「これは……」
墓石、であることは確かだ。手入れもいくらかされている。
しかしそれでも、綺麗とはいいがたい。
墓の下のほうではすでに蔦が絡みつき始めている。
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112 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/04/02(土) 22:44:16 ID:JUjYJa420
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ξ゚听)ξ「ブーンの両親、離婚しちゃったから。ここの手入れはおじいちゃんがやっているそうなのよ」
俺の心に浮かんだ疑問を汲み取ってくれたかのように、ツンが教えてくれた。
ξ゚听)ξ「もう足腰もずいぶんと弱くて、手入れも行き届かないんだって」
(´・ω・`)「かわいそうだね」
ξ゚听)ξ「……そう言ってもらえるだけで、きっとブーンは嬉しいはずよ」
手桶にもってきた水を杓子で掬って墓にかける。
お線香を二本たてて、火種にともし、煙を巻きながら台へと収まる。
ツンは二回手を叩き、僕もそれに倣って手をたたく。
僕が目を開くと、ツンはまだ手を合わせたまま動いていなかった。
顔をしかめていたが、目は閉じている。痛みに耐えながら何かを訴える苦行僧のようだ。
それはあまりに真剣な表情で、安易に近寄ることも声をかけることも許されない気がした。
心行くまでツンの好きにさせよう。
上ってきた坂道を降りようと振り返った。
('、`*川「あら、先客がいたのね」
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113 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/04/02(土) 22:45:18 ID:JUjYJa420
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すらりと背の高い、ユリの花のような人だ。
顔だちが整っていて、絵に描いたような綺麗さを醸し出している。
女の人は僕を無視して、ツンの脇に立った。
ツンが一歩さがる。
道を譲ったようにも見えた。
ξ゚听)ξ「お久しぶりですね」
女性の背中に向かって、ツンが冷ややかに言った。
ξ゚听)ξ「今までどこにいたんですか。あなたは街から出て行ったと思っていたんですけど」
('、`*川「都会の方に転勤になったのよ。一応まだこの街の住民よ」
祈りを早々に済ませると、ブーンの母親は僕とツンを交互に見た。
('、`*川「都会はいいわよ。気の晴れるものがいっぱいあって、傷ついた心も癒してくれる……」
ξ゚听)ξ「ブーンのことをそんなに忘れたがっているんですか」
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114 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/04/02(土) 22:46:17 ID:JUjYJa420
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('、`*川「あら、そうは言っていないでしょう? いやな子ね」
ブーンの母が煽ったが、ツンは微動だにしなかった。
火花が飛び散りそうな睨み合いの末、ブーンの母の方が先に折れた。
('、`*川「お墓を綺麗にしてくれてありがとうね」
そう言うと、坂道を足早に降りていった。
ツンはまだ動かなかった。
じっと墓石を見つめたままでいる。
腕の先を見れば、力の入った拳が握られているのが見えた。
彼女が何を考えているのか。
祈りの最中に真剣な顔でいったい何を考えていたのか。
今にして思えば、その片鱗を僕はこのときはじめて目にしていた。
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115 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/04/02(土) 22:48:49 ID:JUjYJa420
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止めるチャンスはいくらでもあったのだろう。
だが僕はその機会をことごとく失した。
止めるべきものだということにさえ気かなかった。
ある日、大型の書店に寄りたくて、都会の駅に降りた。
(´・ω・`)「あ」
ξ )ξ
見慣れたツインテールが目に入った。
(´・ω・`)「ツン!」
声を掛けたのだが、彼女はすぐに人ごみに埋もれてしまった。
駅から降りる雑踏がうるさくて聞こえなかったのだろうか。
不思議に思いながら、改札を出て、彼女がいないかとのんきに周りを見回していた。
やがて、甲高い悲鳴が聞こえた。
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116 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/04/02(土) 22:49:50 ID:JUjYJa420
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どよめきが、駅構内に伝播してくる。
「通り魔だってよ」
と、耳に入った。口にしていたのはおそらく学生で、目を光らせて出口へと向かっていた。
嫌な予感を受けながら、僕も彼らの後を追った。
そして、見た。
ξ )ξ ハアァァ...
( 、 *;川
歩道の真ん中にツンがいて、すぐ隣には、おそらく通勤途中のブーンの母が倒れていた。
足元には血だまりができている。
(;´・ω・`)「ツン……」
何秒間見つめていたのだろう。
周りが静かなものだから、彼女の荒い吐息が聞こえてきている。
街での騒ぎは大きくなった。
駆けつけた警官にツンは羽交い絞めにされて、パトカーへと連行された。
-
117 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/04/02(土) 22:50:52 ID:JUjYJa420
-
ξ゚听)ξ「かえって運が良かったのよ」
面会室はひんやりと冷えていた。
ξ^凵O)ξ「ずっと会いたかった奴がのこのこと私の前に現れたんだもの。
どんな顔して会社勤めしてるのかと思って探してみたら、あまりにも無防備で、つい」
部屋の奥で警備員が目を光らせている。
あまり過激な発言はしてはいけないと、ガラスの向こう側のツンを説得したかったが、僕の声は届かないようだった。
ξ^凵O)ξ「決心するのには随分と時間がかかったわ。人の命の話だもの。ゲームのような簡単な話じゃない。何度も何度も自分に問いかけたわ。
ブーンとドクオが死んだのは確かにあの女の所業が遠因だけど、それは私が手を下すに値するものなのかしら、って。
結局のところ、恨んでいるで正解だったわけだけど。だって今とっても気持ちが清々しているし。
今となってはもっと早くに実行に移しておくべきだったわ。何を悩んでいたんだか。
ねえ、聞いて。私まだ興奮しているみたい。ナイフを刺したときの感触が未だに忘れられないの。
女の手だと苦労するって話には聞いていたけれど、実際には大して苦労しなかったわね。
するするって、絹を切るみたいにいったの。練習した甲斐があったってもんよ」
心のタガが外れてしまったようだ。
開き直ったように、自分のやったことを喜々として長々と話している。
人を殺したら、みんなこんなふうになってしまうのだろうか。
懲役十年。
ツンの子供時代は消え去った。
牢からでたら、二十代の後半。精神は痩せ細り、まともな就職も望めない。
不安が、僕の胸の内を黒々と塗り固め始めていた。
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118 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/04/02(土) 22:51:50 ID:JUjYJa420
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(´・ω・`)「なあ、僕にできそうなことなら何でも言ってくれよ。力になるから」
ツンの顔は、歪んでいた。
驚いているようにも笑っているようにも、泣いているようにもみえる。
様々な感情が錯綜し、混乱しているみたいだ。
ξ^凵O)ξ「ありがとう」
僕に向けられた明るい返事。
それなのに、同時にとても空虚に思えた。
僕にはツンのことはわからない。
ツンがブーンの母親のことを殺すほどに憎んでいたなんてまるで知らなかった。
何も知らないでいる人間が、彼女のそばにいてもできることなど何もない。
現に今、自分とツンとの間の壁を感じてうちひしがれてしまっている。
面会が終わり、外へ出た。
ちらりと振り向いたツンは顔を俯かせていた。
顔は見えない。
泣いてはいない気がした。
それっきり、もう彼女とは会っていない。
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119 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/04/02(土) 22:52:49 ID:JUjYJa420
-
世の中何が起こるのかわからないものだ。
十年間町で暮らしているうちに、街では目覚ましい発展があった。
天体観測を主とした観光業で街が一躍有名となり、駅前はビルから住宅からと様々な建物が立ち並んだ。
道路も新しく幾筋もしかれ、古かった私道が整備され、他市からのアクセスもよくなった。
華々しく街の片隅に、旧商店街が死につつあった。
かつてその中にあった、ツンの実家の生花店はとっくの昔に畳まれていた。
娘の犯した事件のためにご迷惑をおかけした、と店の主人が閉めたのだという。
(´・ω・`)「……そうか」
高校を卒業して以来、街を出ていた僕は、地質学者として戻ってきていた。
研究のために来訪した日に、観光として懐かしい街を歩き、件の商店街に辿り着いていた。
高校時代にあった街の面影は、その商店街と、潰れかけの出身校にしか残っていなかった。
それから先に起きたことは、全て偶然の賜だった。
観光名所である、宇宙人の住処などと呼ばれている谷間へ研究グループ仲間とともに赴いたこと。
そのとき、大地震が発生して大規模な地滑りが起こり、一人はぐれて山の中に取り残されたこと。
しんしんと染まりゆく夜の闇を見上げながら、岩陰に寄り添いじっとしていた。
下手に動いたら死の危険があった。
耳を澄ませば野獣の吠え声も聞こえてきている。
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120 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/04/02(土) 22:54:03 ID:JUjYJa420
-
体力も無いし、朝まで待とう。
頭ではわかっていても、心の方は怯えきっている。
(´・ω・`) ?
岩場の向こう側に広がる夜の底に光が見えた。
浮かび上がる青白い光源は、数秒ともり、やがて消えた。
見間違いかとも思った。
眠いのかもしれない。寝ぼけて、そんな幻覚を見たのかも知れない。
疑問の声を頭の中に押し込めて、僕は暗闇を歩いた。
(´・ω・`)「これは」
知らない谷間だ。
地滑りの影響で現れたのだろう。
湿り気を帯びた土がすり鉢のように広がっている。
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121 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/04/02(土) 22:55:04 ID:JUjYJa420
-
中央に黒い物体があった。ちょうど鋼鉄でできた花弁を有する塊だ。
バラのようにも見えるそれに、好奇心をあらわにして近づいた。
暗闇なのに、ほのかに光る。黒い表面の奥底に青く沈む発光があった。
(´・ω・`)「綺麗だ」
こぼれるような呟きをしながら、そっと手を触れてみる。
冷たい感触が掌に広がる。
冷たい感触が、夏の夜に火照った身体に心地よい。
この場所なら涼むことができそうだ。
と、庶民的に思い始めていた最中にそれは起こった。
目の前の景色が、揺れた。
(;´・ω・`) !?
大きなスクリーンに映し出された光景が波打っているかのようだ。
黒の中に青と赤が光り、黄色が差して折り重なる。
目に見える光の全てが渦となってこんがらがり、上も下もわからなくなる。
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122 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/04/02(土) 22:56:06 ID:JUjYJa420
-
恐怖で身動きが取れなかった。
動けないでいる自分自身の身体が保てているかもわからなかった。
目を閉じても光が止まない。
そもそも閉じる瞼が存在しない。
なのに色々な光景だけが見えている。
赤みを帯びた管の中。壁が揺れている。先の方に光が見えて、そちらへと身体が押し出される。
僕という存在が始まったそのときから、僕の時間が流れ始めた。
様々な人と出会ってきた。父や母、僕の姿。学生の頃の友達たち。それから、ツンの姿もある。
今まであった全ての人たちが景色の激流に浮かんでは消えていく。
それは僕の半生だった。
たかだか二〇余年しか生きていない僕の経験の全てが目の前に集約されていた。
激流が、少しず穏やかになっていく。
目に見える景色が一つにまとまり、焦点が合い始める。
-
123 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/04/02(土) 22:56:50 ID:JUjYJa420
-
僕は道に立っていた。昼間の道。往来の人は多い。
('、`*川
前を歩く人混みの中に、ブーンの母の後ろ姿があった。
あまり見たことがある姿でもなかったが、今の僕にはすぐにわかった。
強烈な既視感だ。
このすぐあとに、彼女は刺されて死亡する。
(;´・ω・`)「ツン!」
呼びかけて探し求めた彼女は、いた。
往来の人ごみに紛れて、目の据わったツンの横顔が見えた。
手元が光っている。
それが刃物であることを僕は事前に知っている。
いてもたってもいられずに、アスファルトを蹴って飛び出した。
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124 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/04/02(土) 22:57:24 ID:JUjYJa420
-
僕が前に現れたとき、ツンはきょとんと眼を見開いていた。
ξ;゚听)ξ「……え?」
(;´・ω・`)「やめるんだ、ツン」
戸惑っている彼女を無視して、その手を握る。
冷たい感触が指先をこする。
つかんで、抜き取る。
地面に落ちたナイフを足で踏んだ。
僕の指先は傷つき、血が噴き出していた。
(´・ω・`)「君は、こんなことをしていい人じゃない」
ξ#゚听)ξ「どいてよ!」
大きな叫び声に、僕は驚き、人々の視線も集まった。
ツン一人だけが動じずに、まっすぐ僕を見つめていた。
-
125 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/04/02(土) 22:58:19 ID:JUjYJa420
-
僕は決してどかなかった。
足を上げようともしなかった。
沈黙が耳に痛い。
周りの人たちがしびれを切らして、ようやく動き出したころ。
僕の前で、ツンは泣いた。
大きな声で泣いていた。
僕は彼女の横に立って、一緒になって歩いて帰った。
あとからじんわりと実感した。
僕は時を遡っている。
不可思議な話だが、現に起こっていることだから疑いようもなかった。
僕はタイムリープをして、ツンの犯行を未然に防いだ。
そうして得られたのは、穏やかな時間だった。
〇〇一