-
1 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 22:30:25 ID:/OZyJZx20
-
蒸し暑い夏の夜だ。
反対車線に停車したばかりの電車から大勢の人々が降りてくる。どいつもこいつも疲れ切った顔をしている。
俺に肩をぶつけても平気な顔をして歩き去って行く。文句を言おうと振り向いたら今度は背中に肘鉄を食らわされた。どこの誰のせいなのか見当もつかない。
誰も俺を見ていない。実感するのはむしろ俺にとって好都合だ。なにせもうすぐそこにさよならの時が来ているのだから。
「特急電車が通過します」
ホームに所狭しと設置されたスピーカーから鳴らされるアナウンスは段々に折り重なり、無機質な唱和となって、白線の内側にいることの危険性を訴えている。
都会で一番死にやすい場所。それが駅のホームだ。ほんの少し勇気を出せば、じっと突っ立っているだけでも死ねる。
焦ってはいけない。思わぬ邪魔が入る可能性がある。やるならもっと引きつけてからだ。
特急電車の前方ライトが見えてくる。
心が躍った。あと数十秒であの鉄塊は俺の前を通過する。
ここはただの通過駅だから、止まる事なんて想定していない。前に立てば容赦なく俺の身体を粉々にしてくれるだろう。
誰かの手が俺の腕に触れた。この期に及んでぶつかってくる奴がいるのか。わざと大きく舌打ちをして、振り向きもせずに手を払った。
視線は線路に釘付けされていた。
踏切の音が聞こえる。特急列車の真っ赤な仮面のようなフォルムが薄暗い夕暮れ時に紛れて接近してきている。
過激に回る車輪を想像すると俺の心臓が刺激された。鼓動が盛り上がり、足を踏み込み、そして前へ。
-
2 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 22:31:25 ID:/OZyJZx20
-
ξ゚听)ξ「久しぶり」
声は真後ろから聞こえ、振り向くと同時に腕をつかまれた。
相手の手が思いの外強く俺の腕を握り、俺は思わず悲鳴を漏した。
後頭部を風が撫でる。大音響をあげる鉄塊が通過していく。特急電車が走り去るのを傍目に見た。
機会を逸した。
ξ゚听)ξ「どうしたの、ドクオ」
言葉も無く打ち拉がれている俺に向かって彼女、ツンは微笑みを浮かべていた。
あまりに無邪気で怒りも起きない。それどころか、逆に恐怖が浮かんでくる。
ツンが俺の顔を覗き込んでくる。
まっすぐに俺を見てくる瞳。
動揺している俺を見て、何を考えているのだろう。
何も考えていないのであればどれだけいいことだろう。
俺は首を横に振った。
自分の意志を伝えるために、小さくだが、はっきりと。
ツンは眉を顰めたが、何も言わずに返答を待ってくれた。こういうところは優しい奴だ。
俺は深く息を吐いた。
-
3 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 22:32:14 ID:/OZyJZx20
-
('A`)「なあ」
突飛な発想ではない。それは直感だ。
この世で最も信頼できる、俺のこの目が観測した事象と、ほんの少しの助力により、辿り着いた回答例。
('A`)「お前らさ、タイムリープしてね?」
遠くから聞こえてくるヒグラシの名残惜しい鳴き声が次第に空気に溶けていく気がした。
∽∽∽
-
4 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 22:33:28 ID:/OZyJZx20
-
時をかける俺以外
∞∞∞
-
5 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 22:34:13 ID:/OZyJZx20
-
学校の屋上は案外汚いものだ。
舞い込んできた砂埃や落ち葉などは掃除もされずに散らばって混ざり合っている。鳥の糞もいくつもある。
こんなところに踏み込むのは、長期期間中に天体観測をする天文部くらいしかいなかった。
('A`)「俺は天文部じゃ無いんだけどな」
ξ゚听)ξ「なによ、文句あるわけ」
鏡筒を片付けながらこっそり言ったつもりなのに、ツンには聞こえていたらしい。
ξ゚听)ξ「どうせ休みの暇な時間を寝てばっかりで過ごしているんでしょう。不健康きわまりないわね」
('A`)「決めつけるなよ。まあ、そのとおりだけど」
ξ゚听)ξ「だったら、こうして運動の機会を与えてやった幼馴染みに感謝してもらいたいものだわ」
ツンの言葉に生返事をしながら、片付けを続ける。
鏡筒の載っていた、斜めに向いた台座がすっかり冷たくなっていた。
赤道儀という部品だ。
台の水平面を天の赤道に合わせ、鏡筒を載せれば、円を描くようにして目当ての星の軌道を追うことが出来るようになる。
太陽を追うあの花がヒマワリというのだから、こちらはさながらホシマワリ、ツキマワリといったところか。
-
7 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 22:35:13 ID:/OZyJZx20
-
望遠鏡が設置されたのは休みが始まってすぐのことであり、顧問に頼めば部員はいつでも好きな時間に空を観測できた。
('A`)「横着な部活だな。雨が降りそうになって慌てて片付けるなんて。観測が終わるたびにすぐにしまえばいいだろ」
ξ゚听)ξ「帰りが遅い時間にならないように、って先生が先に帰してくれてるのよ。いい人なの。もうおじいちゃんだけど」
歳を言い訳にして、顧問の先生も望遠鏡を放ったらかしにしているということらしい。
話している間にも、空には黒ずんだ雲が広がりつつあった。
カラスの群れの鳴き声に混じって、不穏な遠雷も微かに聞こえる。
急がなきゃ、とツンが慌てて校舎の中へと入っていき、扉を音を立てて閉めた。
後を追って立ち上がろうとして、ふと街へ目を向けた。
屋上から、街の全景が見渡せる。翻って言えばそれくらい屋根の低い街だ。
四方を囲む山々を越えたらさらなる田舎が広がっていると聞く。
都会と呼べる場所に出るには、私鉄に乗って、両手で数え切れないくらいの駅を越えなければならない。
視線を下げれば野球部が練習していた。
小さなフィールドに散らばった白いユニフォームの部員たちがなにやら騒いでいる。
-
8 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 22:36:14 ID:/OZyJZx20
-
俺の頬に冷たい滴が当たって、雨が降り始めたとわかった。
瞬く間に雨の勢いが強くなる。校庭には誰もいなくなった。水たまりができあがり、視界がより一層暗くなる。
さらに視線を下げると、校庭と校舎との境目に伸びる花壇が見えた。刈り込まれた低木の葉にみっしりとクチナシの花が咲いている。
ふらふらと足を進めて、屋上の縁まで歩んでいった。
フェンスはあるが、乗り越えるのは簡単だった。
落ちれば、あっという間に死ねる。
金網に手をかけた。
ξ゚听)ξ「ドクオ」
声はすぐ左横から聞こえた。
-
9 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 22:37:14 ID:/OZyJZx20
-
(;'A`)「う、うわ」
ξ゚听)ξ「なに驚いているのよ。びしょ濡れだし」
指摘を受けながら、俺はまじまじとツンを見つめた。かくいうツンは折り畳み傘をさしている。
いつから隣にいたのだろうか。
('A`)「お前、いつの間にそこに来たんだ」
冗談ではなく、本気で尋ねていた。
屋上へと続く扉が閉じる音を俺は確かに聞いていた。錆びついたドアは、開くとき必ず音を発する。
('A`)「扉が開く音、しなかったと思うんだが」
ξ゚听)ξ「はあ? 何言ってんの。扉は開けておいたわよ」
('A`)「……え?」
お前こそ何を言っているんだ、と言い返そうとして、俺は口を噤んだ。
扉の閉まる光景を確かに目にしていたし、音も聞いた。
その一方で、扉が開けっ放しになった光景も、俺は覚えている。
記憶が入り交じっている。どちらが勘違いなのか、はっきりしない。
-
10 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 22:38:21 ID:/OZyJZx20
-
ξ゚听)ξ「大丈夫?」
二の句が継げないでいる俺の顔を、ツンが下から覗き込んできた。
ξ゚听)ξ「顔色悪いよ。雨に当たりすぎたんじゃない? 早く入りなよ」
ツンは俺の服の袖を掴み、有無を言わさず引っ張った。
よろめきながらもツンの後ろについて行く。
扉が開かれた。軋んだ音が響く。
この音をさっき俺は聞いただろうか。思い出せない。
本当に俺の思い違いだろうか。
ξ゚听)ξ「ほら、早く」
先に入ったツンが俺を手招きする。
ふと、気づいた。
('A`)「望遠鏡は?」
振り返れば、屋上には何も転がっていなかった。
-
11 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 22:39:14 ID:/OZyJZx20
-
ξ゚听)ξ「もう全部仕舞ったわよ」
言葉を失っている俺の脇で、ツンが屋上への扉を閉めた。
途端に雨が強く扉に打ち付け始めた。
∞∞§
雨が止むまで校舎の中にいた。
文化祭の準備に勤しむ同級生と話しているうちに、雨音が遠くなり、赤い夕焼けが雲間から差し込んだ。ほんの通り雨だったらしい。
帰る方向が同じだからと、ツンは俺と一緒に学校から出た。
ξ゚听)ξ「二人で帰るのは久しぶりね」
('A`)「ツンはいつも勉強して帰るものな」
ξ゚听)ξ「あんたがいつも速攻で帰るからよ」
国道沿いの歩道を進んだ。
平日の夕方ということもあり、道行く人の数は比較的多い。それでも横断歩道を渡って脇道に逸れれば、静けさが増していった。
-
12 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 22:40:21 ID:/OZyJZx20
-
小さな商店街の入り口でバス停に辿り着いた。
すでに三人ほどのおばさんが並んでお喋りをしていた。
俺とツンはその横に並んで腰掛けた。それだけで待合室はいっぱいになった。
バスが来るまであと一〇分程だ。のんびり走っているものだからいつも五分は遅れて来る。長すぎるわけでもないが、手持ちぶさたが身に染みた。
ξ゚听)ξ「そういえば、新学期には転校生が来るんだって」
屋上の鍵を返すときに担任の先生と雑談して、その話をきいたという。
ξ゚听)ξ「全体の数が四で割り切れるから、来年の修学旅行の班分け人数が綺麗に揃いそうだよ、って先生喜んでいたな。さすが数学の先生」
('A`)「そうかい」
ξ゚听)ξ ・・・
ξ−凵|)ξ=3「少しは興味を示しなさいよ。あんたも同じクラスじゃない」
('A`)「俺が同級生のあれこれに興味を抱くと思うか」
ξ−凵|)ξ「うわ、中二病? 高校生にもなって」
('A`)「……」
溜息をついて、口を閉じていた。顔を伏せもした。
それでもツンが俺の方を向いていて、何も言わないものだから気が散った。
-
13 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 22:42:05 ID:/OZyJZx20
-
('A`)「人付き合い、苦手なんだよ」
ξ--)ξ「知ってる」
('A`)「中学校ですらサボり気味だったし」
ξ--)ξ「うん」
('A`)「……反応、薄いな」
ξ゚听)ξ「中学校時代の話しなんてどうだっていいじゃない。今は高校生なんだし、関係ない」
はっきりと言い張るツンに、俺は言葉を詰まらせた。
ツンとしては真っ当なことを言っているつもりなのだろう。
実際、相手が俺でなかったら、それは一般的な応援のメッセージとなりうる。
でも、俺の場合は事情が違う。
どうしてツンは顔色ひとつ変えずにいられるのだろう。
-
14 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 22:43:22 ID:/OZyJZx20
-
('A`)「あの頃は、ブーンがいたからだ」
呟き声は低く重く垂れ込めた。
ほんの三ヶ月前まで俺のそばにいて、もうこの世にいない友人の名前。
彼が亡くなったときの景色や騒動が思い浮かんで、一挙に脳裏に広がった。
('A`)「あいつはもういないのに、どうして高校の奴らと仲良くなんかできるか」
抑えていたつもりだったのに、言葉の尻尾が波打った。
前に並んでたおばさんたちの会話が止んだ。
俺が大きな声を出したせいで傾聴しているらしい。
何だか急に恥ずかしくなって、耳が熱くなってくる。
腰が浮きかけていたのをゆっくり降ろした。
前を自動車が次々と通り過ぎていく。もう街灯が点されている。おばさんたちはいつの間にかまた話を始めていた。
ツンは目を見開いていた。しまった、と顔に書いてある。
俺がブーンの名前を口にしたからだろうか。
ツンは彼のことを忘れようとしているみたいだ。
-
15 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 22:44:14 ID:/OZyJZx20
-
様々な言葉が胸の内に湧いてくる。悔恨や痛罵、そして怒り。
何も無かったかのように振る舞うツンが許せなくて、意地でもブーンを思い浮かべ続けた。
目に力を込めて、彼の名を出そうとした。
その途端、大きな影が俺たちを囲んだ。
気がつかないうちに緑色の巡回バスの大柄な姿がバス停に横付けされていた。
あら早いのね、とおばさんの誰かが言っている。
バス停の横の時計を見ると、俺たちが待合室に来てから八分しか経っていない。
ξ゚听)ξ「いつも遅れているけれど、早く着いたんだ。こういうこともあるのね」
おばさんたちの後にツンが続いてバスへと乗り込んだ。
ξ゚ー゚)ξ「ほら、早く」
数時間前に屋上でしたときと同じように、ツンが俺へと手を伸ばしてくる。
('A`)「……手はいらねえよ」
乗り込むとすぐにバスは出発した。
乗客はとても少なく、待合室にいたメンバーから全く変わっていなかった。
∞§∞
-
16 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 22:45:12 ID:/OZyJZx20
-
ξ゚ー゚)ξノシ「それじゃあね、ドクオ」
バスを降りてしばらく歩いて、十字路の手前でツンが手を振った。
ξ゚听)ξノシ「休み中、寝てばっかりいるんじゃないよ」
('A`)「うるせえ」
賑やかなツンが右に曲がり、俺は真っ直ぐ進んで、塀に挟まれながら初夏の夜の湿気を感じていた。
やがて橋に辿り着いた。行きと帰りの道路と、歩道があるだけの質素な橋だ。
ブーンはこの橋の上から飛び降りて亡くなっていた。
橋の途中で足を止めた。
足下では川がごうごうと流れている。夕方の雨のせいか、水かさがいつもより増していた。
今落ちれば確実に急流に巻き込まれる。街中といえども、頭を砕く障害物は川の中にいくつもある。
ツンはもう側にいない。
元来た道を見てみても、誰もいない道を街灯がじっと照らしているだけだった。
('A`)「まさかな」
-
17 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 22:46:13 ID:/OZyJZx20
-
頭を振って、鼻で笑う。
死にたかった。
死んで、彼の後を追いたかった。
ツンが俺の邪魔をしている。
最近、あまりにもタイミングよく彼女が現れるものだから、そんな想像が俺の頭の中に浮かぶようになっていた。
でも、今なら邪魔は入らないだろう。
魅入られたように、橋の欄干に手を触れる。
(´・ω・`)「当たっているよ」
聞こえてきたのは、ツンの声では無かった。
-
18 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 22:47:14 ID:/OZyJZx20
-
俺は飛び上がるほど驚いて、身を翻し、欄干にもたれかかった。
大人に注意されると思ってあわてて振り返った。すぐに謝ろうとした。否定しようと思った。
それなのに、折り曲げようとした腰が止まった。
目に飛び込んできたのは、俺とあまり歳の変わらない少年だ。
垂れた眉毛につぶらな瞳。体格は大柄で、そして何よりも奇妙なことに、全身を覆う銀色のタイツを着込んでいた。
('A`)「……は?」
初めて出てきた言葉がそれだった。
(´・ω・`)「君の考えは当たっている」
男はゆっくりのんびり頷いて、俺に一歩近いてきた。
(´・ω・`)「君はこう考えているんだろう。この欄干を飛び降りようとすれば、ツンが邪魔しに来るんじゃないか。
さっき学校の屋上から飛び降りようとしたときに邪魔されたときみたいに、ってね」
頭の中に浮かんでいた想像と寸分違わぬ内容だ。驚愕している俺をよそに、男はさらに説明を重ねてきた。
-
19 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 22:48:12 ID:/OZyJZx20
-
(´・ω・`)「そしてそれは正しい。彼女は時を遡って君の自殺を幾度となく邪魔している」
男の指先がまっすぐ俺に向けられた。
突っ込みたいことは多々あった。言動もおかしいし、格好からして意味がわからない。
質問しようにもどこから訊いていいのやら。
('A`)「幾度となく?」
考えた末にその問いを口にした。
(´・ω・`)「そう。幾度となく。君、今まで何回自殺しようとしたか覚えているか」
(;'A`)「自殺って……そりゃ、それなりにだよ」
突然の質問に面食らいつつも、そう答えた
。
胸を張って言うことではないが、死にたいと思ったことなどそれこそいっぱいある。
もちろん数えてなどいない。常日頃から、厭世観を抱えて今まで生きていた。
(´・ω・`)「それじゃ、ここ三ヶ月では?」
三、と口の中で思わず繰り返した。
-
20 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 22:49:13 ID:/OZyJZx20
-
(´・ω・`)「もっと正確に言おうか。三ヶ月前、四月一七日に、ブーンが投身自殺したのを知ったときから、いったい何回死のうと思った?」
(;'A`)「な、なにいきなり言ってるんだよお前!」
物騒を通り越して恐怖を感じ、強い口調で言いのけた。
だが、男は顔色一つ変えずに言葉を続けた。
(´・ω・`)「教えてやろう。たった今の飛び込み未遂を合わせて合計二五七回だ。そしてそのほとんど全てがツンの介入によって食い止められている」
銀色タイツの男は両手を広げ、空を仰いだ。雲が多いが、星がいくつか瞬いていた。
(´・ω・`)「上手くいったものは君に悟られずにかき消えただろうが、強引に改変したこともあったはずだ。身に覚えが、あるんじゃないかな」
疑問符とともに視線が俺にまた向けられる。
突然な話だ。かといって、思い当たらないわけでもなかった。
(;'A`)「今朝、ツンから突然電話が来たんだ。天体望遠鏡を片付けるのを手伝ってくれって。そのとき、俺、ちょうど駅のホームにいてさ」
何の道具も用意することなく、簡単に死ぬことが出来る場所。
言いにくくて、その先は口にしなかったが、多く言葉を繋げなくても銀色タイツの男は頷いてくれた。
(;'A`)「随分タイミングがいいな、ってたしかに思ったよ。死にたくなったのも久しぶりだったし。でも、あれがまさか」
-
21 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 22:50:13 ID:/OZyJZx20
-
(´・ω・`)「君は今朝の九時二六分に一度死んだ」
はっきりと言い渡されて、気温が少し下がった心地になった。
(;'A`)「でも、死んだなんて記憶にないぞ」
(´・ω・`)「忘れたんだよ。同じ時間に関して、二つも記憶は要らない。片方は残り香となってそのうち消える。勘違いとしてね」
そんな、と呟くも、しばらく続きが思い浮かばなかった。
どういうわけか、人知を超えた力がツンに芽生えて、俺の自殺を阻止している。納得しろと言う方が無茶だ。
(#'A`)「知るかよ、そんなの」
銀色タイツに詰寄って、胸ぐらを掴んだ。着るにはあまりに窮屈そうな服だ。引っ張ったら伸びて黒いインナーが僅かに見えた。
(#'A`)「見た目だけじゃなく言ってることまでふざけやがって。死ぬのを全部邪魔するだあ? 俺がいつ死のうが勝手だろうが」
何度も襟元を持ち上げたが、男は動じることなく突っ立っていた。身体が頑丈にできているし、体重も俺よりはるかにあるのだろう。
-
22 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 22:51:13 ID:/OZyJZx20
-
(´-ω-`)「路上で破廉恥なことをするんじゃないよ」
男は目を閉じて、俺の手を掴んだ。
(;'A`)「なにを・・・・・・うっ」
尋常で無い痛みが手首からせり上がってきた。どこかしらを思い切りよく抓られたようで、思わず手を離した。
そのすきに男が俺の胸を両手でつき、橋いっぱいに再び間隔が開いた。
(´・ω・`)「どんなに頑張っても君は死なない」
男の垂れがちな目の奥から、鋭い視線が俺を射貫いてきた。
(´・ω・`)「だからもう無駄なあがきは止めろ。大人しくして、ちゃんと生きろ。ツンを悲しませるな」
(;'A`)「う、うるせえ!」
渾身の力で、男に殴りかかった。
拳は空を切った。
男の姿は無い。どこにもいない。
確かにそこにいたのに、その記憶だけが頭の中にある。
-
23 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 22:52:12 ID:/OZyJZx20
-
(;'A`)「現実を変える、ってこういうことかよ」
アスファルト吐いた唾が染みとなり、ぽつぽつと、似たような水跡がそこかしこに現れた。
また雨が降ってきたようだ。
腕に妙な重さを感じて、目を向けると、傘を握っていた。
コンビニで売られているような、柄の無い小さな折りたたみ傘。
当然、持っていた覚えはない。
(; A )「俺は、死ななきゃいけないんだよ」
思いっきり叫んで、傘を川へと投げ捨てた。
黒い傘が放物線を描いて飛んでいく。雨落ちに紛れてはいたものの、水面に落ちる音が耳に届いた。
∞§§
-
24 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 22:53:13 ID:/OZyJZx20
-
ブーンの遺体が発見されたのは川の中州だった。
俺たちの暮らしていた街の隣の、そのまた隣の市だ。
当日は天気が荒れていて川の流れも速く、発見されたときにはすでに冷たくなっていたという。
自殺が判明すると、ブーンの家に捜査が入った。
警察が玄関に尋ねてくるのを近所の人たちも見かけていた。
ブーンの母親が最初に事情聴取され、夜になって父親も警察署に連れてこられた。仕事の都合を優先していたから遅くなったのだと噂されている。
ブーンが死を選んだ原因は、望んだ高校に入学できなかったからだとされた。
珍しい理由でも無い。春休みのあの時期、進路の悩みで死を選ぶ若者の話はニュース番組でも散々取り上げられていた。
だが、ブーンが当初から学業に熱心だったかというと、俺はそうは思わない。
昔のブーンがどれだけ無邪気に遊んでいたか、幼馴染みだからこそよく知っていた。
小学生の頃のブーンは俺の家にしょっちゅう遊びに来ていた。
毎日通っていた塾が始まる前の一時間程度だが、それでもブーンは毎回ゲームをやりたがった。
外に出るのを嫌がっていたのは、今思い返せば他の知り合いに見つかるような遊び方をして親に忠告されるのが嫌だったからだったんだろう。
俺も外で遊ぶタイプじゃなかったし、学校もよくサボっていたものだから、喜んでブーンのゲームの相手をした。
一番盛り上がったのは俺たちが小学校の頃に発売されたばかりだった某社の対戦格闘ゲームで、熱中しすぎてコントローラが汗まみれになった。
-
25 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 22:54:30 ID:/OZyJZx20
-
そのブーンも、中学生の半ばに差し掛かると俺の家に来なくなった。
学校で見るあいつの姿は日に日にやつれていった。
勉強はものすごくできた。
学校の授業で教えている内容を何項目も先取りして頭にたたき込んでいた。
その出来映えは同級生にも有名になって、ブーンのノートのコピーは怠惰な生徒の間で出回った。
このことには俺も憤ったし、ツンはそれ以上に怒っていたが、ブーンは曖昧に笑うだけであり、むしろ喜んでいる節さえあった。
(ヽ^ω^)「僕は勉強しかしていないから、人の役に立てるようなことはこれくらいなんだお」
中学校の行事でさえ、ブーンは欠席がちだった。
三年生の初めに行われた修学旅行でさえ休んでいた。
後で体調を伺ったら、突然俯いて、目を潤ませていた。ずっと家に籠もって勉強をしていたのだという。
こうして高校生になった今になって、ブーンの行動を思い返してみるが、共感なんてできやしない。
まるで独裁政権下の住民の私生活を覗いているようだ。理にかなっているとはとても思えない。
中学生の自我ってのはそれくらい不安定なものなのだろうか。自分の親も厳格だったら、似たように従属していたのかもしれない。
-
26 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 22:55:36 ID:/OZyJZx20
-
('A`)「待てよ」
高校受験が迫っていた冬のある日、授業が終わって帰宅しようとするブーンを引き留めた。
(ヽ^ω^)「僕、今日は夜に家庭教師が」
('A`)「あと一時間くらいは余裕あるだろ。息抜きしようぜ」
視聴覚室にブーンを連れ込むと、先に待機していたツンがプロジェクターのスイッチを押した。
着想元は秋の初めに潜り込んだ近所の高校の文化祭だ。
土曜日ということもあり、お祭りムードの校内はどこもかしこも混み合っていた。
特に盛況だったのは体育館だ。そこではステージ一面に引いたスクリーンに、プロジェクターでゲームの画面を投影して観客にプレイさせていた。
中学三年生ともなれば、ハードとコネクタとの繋がりも理解できるようになっていた。
ツンと協力して設置した視聴覚室のスクリーンに、画面が浮かび、軽快な音楽が流れる。
その頃はもう懐かしのゲーム扱いを受けていた、例の格闘ゲームが表示された。
ξ^凵O)ξ「ほら」
ツンがブーンにコントローラを手渡した。
-
27 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 22:56:37 ID:/OZyJZx20
-
ブーンがどんな顔をしていたのかは、暗くてよく見えなかった。
臨場感を出すために室内の照明を消していたのが、案外ブーンにとって好都合だったかも知れない。
試合は三回続けて行い、全て最後にはブーンが勝った。正直むちゃくちゃ強かった。そこは小学生の頃からひとつとして変わっていなかった。
時間が来るとブーンはすぐに視聴覚室を後にして自宅へ向かった。機材はすぐに俺とツンが片付けた。
その後ゲームについて先生から指摘を受けたことはない。
俺たちは誰にもばれなかったし、ブーンも家庭教師の時間には無事に間に合った。波風は一切立たなかった。
だけど、ブーンは受験に失敗した。
滑り止めに選んでいたのは、俺とツンが今通っている、中程度のレベルの私立高校だ。
ブーンが入学することになるなんて、多分誰も考えもしなかった。
-
28 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 22:57:41 ID:/OZyJZx20
-
受験の結果を噂で聞いてから、ブーンと連絡を取ろうとした。
結果は残念だったけど、ともに同じ学校へ通えることを嬉しく思うと伝えたかった。
だけど、ブーンが電話口に出ることも、メールで返事が送られてくることも一切無かった。
高校の入学式にもブーンは顔を出さなかった。俺とツンは偶然にもブーンと同じクラスになったのだが、それをメールで知らせても反応は無かった。
それから三週間後の土曜日にブーンは川へ飛び込んだ。
葬式会場には高校の同級生が全員入った。
一度も顔を見たことがない同級生を弔えというのも無茶な話で、ほとんど全員が困り顔のまま焼香を上げていた。
俺とツンだけが涙目で、特にツンは大声を上げて泣いていた。
他の奴らが泣かない分を背負って、棺の中のブーンに聞かせようとでもしているかのようだった。
-
29 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 22:58:36 ID:/OZyJZx20
-
俺も悲しかった。だがその前に、喪主であるブーンの両親に気を削がれた。
ブーンの両親は二人とも顔を揃えて喪主の席に座り、目を閉じ顔を俯かせて、焼香の終わるのをじっと待っていた。
泣いてはいなかったと思う。泣き顔を想像することもできないようなのっぺりとした顔つきだった。
息子が死んだにしては大人しすぎるんじゃないか。
違和感を抱いたまま、会食の席についた。
俺とツン以外の同級生はとうに帰っていた。
仕事が終わって駆けつけてきた俺の母を保護者として、ブーンの親戚たちに囲まれてしょっぱい料理を味わった。
焼香が終わると大半の参列者が固い雰囲気を解し始める。
人が死んで悲しい場ではあるが、ずっと重苦しい気分ではいられない。アルコールも手伝って、少しずつ声が大きくなり、会食若干おとなしめの宴会になっていく。
('、`*川「あなたがドクオさんね」
不意に横から声をかけられた。振り向けばブーンの母親がいた。声を聞くのも姿を見るのも初めてだった。
背が高く、肉が薄い綺麗な女性だ。どちらかというとふくよかな体型だったブーンとは似ても似つかなかった。
('、`*川「うちのブーンと仲良くしてくれてありがとう」
-
30 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 22:59:34 ID:/OZyJZx20
-
ブーンの母親は手に持っていたオレンジジュースを俺の空っぽのグラスに注いだ。了解を得ようとはしなかった。
甘ったるそうな濃いオレンジ色のジュースに、不格好に広がった俺の顔が映っていた。
('、`*川「あの子、友達思いの子だったでしょう。貴方たちのことをよく話してくれていたわ。特に最近はね」
折悪しくブーンの母親が親戚に呼ばれ、会話は断ち切られた。
俺に会釈して立ち去っていく背中を見送りながら、俺は最後の言葉を反芻していた。
友達思いだった、と母親は知っていた。ブーンが俺とツンの話しをしたこともあったという。
いったいどんなことを話したのだろう。最近なんて、それこそ俺たちとは連絡を取ることも無かったのに。
そもそも、どうしてブーンは俺たちと同じ高校を滑り止めとして選んだのだろう。
田舎町にある寂れた私立高校だ。大学進学実績なんてせいぜいが都内の中堅私立大学。
ブーンが良い環境を望んでいれば、滑り止めと言えどももっと条件の良い高校を選べたはずだ。
いや、それを言うなら、そもそもブーンはどうして志望校を落ちたのか。
ブーンが目指していたのは確かにハイレベルな都会の高校だった。
でも、ブーンの成績だってずば抜けていた。よほどの失敗をしない限りは落ちはしないと誰もが予想していた。先生だって、両親だって、ツンや俺だって。
-
31 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 23:00:36 ID:/OZyJZx20
-
ブーンが落ちたことを、彼の両親はどのように受け止めたのか。それ以前に、ブーンはどう感じたのか。
友達思い。
リフレインされた言葉が想像をかき立て、やがてたった一つの嫌な想像へと帰着する。
もしかして、ブーンはわざと試験を落ちたのではないか。
想像が正しければ、それはブーンのささやかな反抗だったに違いない。
ずっとブーンを勉強に縛り付けていた両親への怒りを、自分にできうる限りの方法で示したのだ。
俺とツンという、幼い頃からの友達が待っていることも彼の背中を後押ししたのかもしれない。
-
32 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 23:01:36 ID:/OZyJZx20
-
だが、その反抗が両親の逆鱗に触れたとしたら。何か身のすくむような酷いことを言われ、怒られ、罵られたとしたら。
一時は抱いた反抗の意志。それを貫き通せるほどの強さをブーンは持ち合わせていただろうか。
残念ながら、とてもそうは思えなかった。
ξ゚听)ξ「大丈夫?」
隣の席に座っていたツンが、いつからか俺を見つめていた。
ξ゚听)ξ「顔色悪いわよ。無理して食べなくていいんだから、少し外へ行って休んだら?」
(;'A`)「・・・・・・いや、ここにいる」
箸を置いて、前を見つめた。並々と注がれたオレンジジュースは一滴も減っていなかった。
-
33 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 23:02:37 ID:/OZyJZx20
-
葬式が終わり、さらに数日が経った五月の始めに、ブーンの両親が離婚したとの噂を聞いた。
試しに確認しに行ったら、ブーンの家は既に蛻の殻だった。
元々壊れ気味の夫婦だったらしい、と後になって親から教えてもらった。
春から誰も座らなかった窓際の机もゴールデンウィークの後に撤去された。
ブーンが生きていた痕跡は、クラス名簿の二重線の下にのみひっそりと残された。
それから先の高校生活を楽しむ余裕は俺には無かった。
言葉少なく日常を過ごしながら、頭の中で同じ反省を繰り返した。
俺たちが仲良くなんてしなければ、ブーンは今も生きていただろうか。
たとえ友達関係を続けていたとしても、遊びに誘うのではなく彼を応援する形で付き合っていればよかったのだろうか。
遊びたければ、高校受験が終わってからでも良かったはずだ。
あるいはその先の大学、社会人になってからでも良かった。
連絡先さえ交換していれば、これからさきの人生でいつまでだって生きているあいつに会えただろう。
悔やんでも悔やんでも、悔やみきれなかった。
-
35 名前: ◆QS3NN9GBLM[] 投稿日:2016/03/27(日) 23:03:36 ID:/OZyJZx20
-
死にたくなったのはその頃からだ。
自分が生きていることに価値が見いだせなかった。
何よりも、ブーンだけを死なせて俺だけ生きていることが心苦しくてならなかった。
死ぬことは決して怖くなかった。むしろ死は俺にとっての償いだった。
だが今、俺が死ぬことをツンが許さないという。
タイムリープとかいう、わけのわからない力を授かった彼女が俺の試みを何百回と阻止している。
そんなふざけた話、納得できるわけがなかった。
だから、俺は。
( A )「諦めねえよ」
考えていたことが、思わず口からこぼれ落ちた。
薄暗い自分の部屋の中。誰にも見られないように、窓にはカーテンをひき、扉には鍵をかけてある。
画面には掲示板が表示されている。黒い背景の中に、薄緑色の投稿フォームが浮かんでいる。
「参加します」との文字のあとに連絡先を添付して、俺は静かに返事を待った。
∞§§