ζ(-、-*ζは眠るようです

1 名前: ◆/Rjv8uUtNNW1 [] 投稿日:2016/03/27(日) 21:34:40.501 ID:sLW7pJSn0
カツン、カツン、と足音が響く。
真っ白な部屋には窓一つなく、硬質な床と壁があるばかり。
そこを歩くのは一人の女の子だ。

小さな彼女の足にはピンヒール。
慣れていないのか、ふらつきながら歩いている。

しばしの間、歩き続けていると白ではない色が見えてくる。
愛らしいピンク色をした扉。

女の子は立ち止まる。
扉に触れていいのかどうか迷っているのだ。

この場所は不変で退屈だ。
代わりに、恐怖もない。逃げなければならないようなモノもいない。

対して扉の向こうはどうだろうか。
何があるのかわからない。
暑いのか寒いのか。
生き物がいるのか否か。

そもそも、扉の向こうが外である保障もない。
変わらぬ白が続くだけだとすれば、それもまた怖い。
永久に留まり続ける停滞は、ゆるやかな死だ。

ならば、外に続くかもしれない、という希望を抱き続けたいような気さえした。

4 名前:以下、\(^o^)/でVIPがお送りします[] 投稿日:2016/03/27(日) 21:37:25.741 ID:sLW7pJSn0
結局、彼女は扉に触れることにしたらしい。
おずおずと手を伸ばし、ピンク色を外へ押し出す。
重苦しい音をたてながら、扉が開いた。

途端、舞い込んでくるのは爽やかな風だった。
甘い香りを運んでくる風はほの温かく、
女の子の身体を優しく撫でながら部屋の中へ入り込んでいく。

彼女は静けさを湛えていた顔に笑みを浮かべる。
そして、ピンヒールを脱ぎ捨てて外へ駆け出した。

外の世界はとても美しいものだった。
まるで彼女を歓迎するかのように暖かく、色とりどりに溢れている。

黄色に染まった空に、赤やピンクの花々。
橙色の川にクリーム色の木々。
空高く輝く太陽はワインレッド。
歓迎の歌を唄う小鳥達は桜のような淡い色あいを持ち、彼らが紡ぐ音符は蜜柑の色。

暖かな世界を女の子は駆け抜ける。
足取り軽く、跳ねては歌い、歌っては踊る。

「おはよう! 世界!」

今ならばわかる。
あの白い世界は眠っている世界なのだと。
暖かな色合いこそが、目覚めた本当の世界なのだ。

5 名前:以下、\(^o^)/でVIPがお送りします[] 投稿日:2016/03/27(日) 21:37:51.384 ID:sLW7pJSn0
女の子は橙色の川から水を汲み、喉を潤す。
口いっぱいに広がる甘い味に思わず顔が綻んだ。

赤とピンクの花を摘み、冠と指輪を作る。
一つは自分の頭と指に。
他にもたくさん作った指輪は可愛らしい小鳥達の頭へ。

「これでバッチリ!」

彼女が笑えば小鳥達も笑う。
ワインレッドの太陽は微動だにせず、この世界を照らし続けている。
これ以上ない、完璧な世界だ。

今ならば何処へでも行けるような気がした。
もっと他の、小鳥だけでないモノに会ってみたくてしかたがない。
外への恐れはもうない。
遠くの世界を夢見るのだ。

淡いグリーンのフクロウや、薄紅の鹿とお話をして、
真っ白な魚と臙脂色の亀と橙色の海を泳ぐ。
期待に胸を膨らませ、彼女は足を踏み出した。

だが、彼女の後ろには、開け放たれたままの扉がある。
何処まで進んでも、どこで立ち止まっても、それはいつだって彼女の後ろにある。
白く冷たい部屋が、ずっと彼女の帰りを待っているのだ。

6 名前:以下、\(^o^)/でVIPがお送りします[] 投稿日:2016/03/27(日) 21:38:34.263 ID:sLW7pJSn0
 
ζ(゚−^*ζ「んっ……」

デレは目を開ける。
とても楽しい夢を見ていたような気がするが、
目覚めてしまった今、その詳細は一秒ごとに遠くなり、
ベッドから起き上がる頃にはすっかり頭から消えてしまっていた。

ζ(゚ー゚*ζ「あー、よく寝た」

布団を押しのけ、背伸びをする。
カーテンを開けると輝く太陽が見えた。

太陽は暖かな日差しをさんさんと室内にそそいでくれる。
室温はいつだって快適に保たれているが、
自然光による暖かさは人工の暖かさと一味も二味も違う。

目覚めたばかりのデレをまどろみに落とし込むことができるのは、
人の手が一切加わっていない太陽の光だからこそのものだ。

○O。ζ(-、-*ζ「……」

ξ゚听)ξ「デレ? 起きてるの?」

Σζ(゚ー゚;ζ「ふへ!」

部屋の外から聞こえてきた母の声に、デレは妙な声を出してしまう。
眠ってしまう直前というのは実に無防備なものだ。

7 名前:以下、\(^o^)/でVIPがお送りします[] 投稿日:2016/03/27(日) 21:39:11.610 ID:sLW7pJSn0
 
ζ(゚д゚;ζ「お、起きてるよ! おはよう、お母さん」

ξ゚听)ξ「おはよう。朝御飯できてるからね」

安心したような声色でツンは朝食の出来上がりを告げる。
デレは垂れかかっていた涎を軽く拭った。

ζ(゚ー゚*ζ「はーい」

良い返事をし、デレはパジャマのまま部屋を出る。
朝食ができているとはいえ、まだ顔を洗っていないし歯も磨いていない。

とてとてと廊下を歩き、洗面所へ。
父と母、そして娘であるデレの分、三本の真新しい歯ブラシが並んでいる。

ζ(´ワ`*ζ「えへへ……」

綺麗に並んだそれが、彼女はとても嬉しく、思わず顔が緩む。
鏡に映ったデレの顔は全くもって締まりがなく、
気づいた彼女自身が顔を赤らめてしまうほどだった。

ζ(゚ー゚*ζ「危ない、危ない」

喜びにかまけて朝の貴重な時間を浪費している暇はない。
何と言っても、今日は特別な日なのだ。

8 名前:以下、\(^o^)/でVIPがお送りします[] 投稿日:2016/03/27(日) 21:39:44.563 ID:sLW7pJSn0
 
リビングの手前で深呼吸を一つ。
気合を入れて、勢いよく扉を開く。

ζ(゚ー゚*ζ「おはよ! おとーさん!」

( ^ω^)「おはよう。髪が跳ねてるけど、どうしたんだお?」

ζ(゚д゚;ζ「まだ髪を整えてないだけ!」

ξ゚听)ξ「ちゃんと学校に間に合うの?」

ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫大丈夫」

立体映像機の傍らに置かれているアンティーク物の時計が指し示す時刻は午前六時。
家を出るのは七時過ぎの予定なので充分間に合うだろう。

ζ(´ワ`*ζ「……」

ξ゚ー゚)ξ「どうしたの? だらしない顔して」

ζ(゚ワ゚*ζ「だって嬉しいんだもん」

父であるブーンの向かい側に腰を下ろし、デレは笑う。
ことり、とツンが朝食をテーブルに並べていく。
今朝のご飯は米と出汁巻き卵と焼き魚だ。

ζ(´ー`*ζ「こうして、朝から家族で一緒にいられるなんてさ」

9 名前:以下、\(^o^)/でVIPがお送りします[] 投稿日:2016/03/27(日) 21:40:33.965 ID:sLW7pJSn0
 
ζ(゚ー゚*ζ「今まで、お父さんと会えるのは夕方だけだったし」

(;^ω^)「すまんお。どうしても仕事が……」

ζ(゚ワ゚*ζ「いいの! 気にしてない!
       これからはずっと一緒だし!」

デレが首を横に振ると、あちらこちらに跳ねた髪も一緒になって揺れる。

ξ゚ー゚)ξ「お父さん、ずーっと気にしてたもんねぇ」

朝食を並べ終えたツンはブーンの隣に腰を下ろす。
これで家族が全員集合した形となる。

ξ゚ー゚)ξ「今日だって、ちゃんとデレの朝を迎え入れられるだろうか、
      ってそわそわしちゃって」

( //ω/)「母さん!」

ζ(゚ー゚*ζ「そうなの? 気にしなくてもいいのに」

母による秘密開示に、ブーンは顔を赤くして言葉をやめさせようとする。
しかし、軽く袖を引っ張る程度の抵抗は無に等しいもので、
彼女の口が止まることはなかった。

ξ゚ー゚)ξ「いつもはね、タブレットでニュースを見ながら朝御飯食べてるのよ」

10 名前:以下、\(^o^)/でVIPがお送りします[] 投稿日:2016/03/27(日) 21:41:15.580 ID:sLW7pJSn0
  
現在、父の傍らにタブレットはない。
娘との食事をいかに楽しみに思っていたのかがよくわかる。
親子の語らいに、文明の機器は必要ないのだ。

( //ω/)「べ、別に、デレと話すために読まなかったわけじゃ……」

ζ(゚ー゚*ζ「もー! そういうとこ、母さんにそっくりなんだから」

デレは微笑みながら言葉を返す。
わかりやすい顔をしながら、天邪鬼なことを言うのは両親の特長だ。
長いとはいえない時間の中でも、デレは彼らのことをよく理解していた。

ζ(゚ー゚*ζ「ほら、早くご飯食べよ!
       せっかく三人揃っての朝御飯なのに冷めちゃう」

ξ゚ー゚)ξ「そうね。あなたも学校の用意をしないといけないし」

ζ(゚ー゚*ζ「うん!」

いただきます、の言葉と共に箸を伸ばす。
少し冷めた出汁巻き卵は、よく味がしみこんでいて寝起きの舌にじんわりと溶けていく。
美味しい、とデレは素直な気持ちを口にする。

両親を反面教師にしたのか、それ以外の要因が大きかったのか、
デレは自分の意思に反したことを口にしない、とても素直な子に育った。
可愛い我が子の成長に、ブーンとツンは優しい眼差しを向ける。

11 名前:以下、\(^o^)/でVIPがお送りします[] 投稿日:2016/03/27(日) 21:42:04.094 ID:sLW7pJSn0
  
ξ゚听)ξ「……今日から、中学生ね」

ζ(゚ー゚*ζ「そう! 同じ年の子と一緒に授業を受けるの」

頬に米粒をつけたままデレが言う。

ζ(゚ー゚*ζ「今から楽しみ!
       ご飯を食べたらすぐに制服に着替えるから、お父さんも見てね」

( ^ω^)「VIPの制服は可愛いことで有名だから楽しみだお」

今日から彼女が通うのは、公立のVIP中学校。
学力も校風も平均的な学校だが、
セーラー服がとても可愛らしいと周辺地域では有名な学校なのだ。

上は白をメインとし、赤いスカーフをアクセントに、
下は紺色のスカートなのだが、よくよく見てみれば薄っすらと濃紺のチェックが入っているのが特徴だ。

ζ(゚、゚*ζ「アタシは可愛くないのー?」

(;^ω^)「勿論、可愛いデレが着るからこそだお!」

唇を尖らせたデレに、ブーンは慌ててフォローを入れた。
わたわたと述べられてしまうと嘘っぽく聞こえてしまうが、
彼が本心から言っていることをデレは知っている。

父が自らを愛してくれていなのではないか、と悩む時期はとうに過ぎ去った日々だ。
今となっては彼の気持ちを疑うことすらしない。
拗ねてみせたのは、ちょっとした意地悪だ。
コミュニケーションの一種だと思ってもらうしかない。

12 名前:以下、\(^o^)/でVIPがお送りします[] 投稿日:2016/03/27(日) 21:42:43.463 ID:sLW7pJSn0
  
( ^ω^)「……そ、それにしても」

デレが焼き魚、最後の一切れに手を伸ばしたとき、
おずおずとブーンが切り出した。

( ^ω^)「その、よ、よく、眠れた、かお?」

多少どもりながらも、ブーンは何とか言葉を言い切る。
見れば、ツンもどことなく不安げな顔をしていた。

ζ(゚ー゚*ζ「ん? うん、ぐっすりだったよ」

寝起きにうつらうつらとしてしまったものの、良い睡眠を取れたとは思う。
今は眠気もなく、一日をハツラツと過ごせそうだ。

( ^ω^)「そ、そうか」

彼は出汁巻き卵を口に含み、咀嚼する。
デレも口に焼き魚を運んで口を動かす。
二人がそれらをを飲み込んだ頃、再びブーンが口を開いた。

( ^ω^)「……今日も、眠れそうかお?」

その言葉に、デレは少しだけ眉を下げる。
できるだけ両親に心配はかけたくないし、彼らのお願いを聞いてやりたいと思っているのだが、
彼女にだって出来ることと出来ないことがある。

14 名前:以下、\(^o^)/でVIPがお送りします[] 投稿日:2016/03/27(日) 21:43:29.036 ID:sLW7pJSn0
  
ζ(´−`*ζ「……うん。ぐっすりだよ」

( ^ω^)「……なら、いいお」

ブーンとて、デレを責めたいわけではないだろう。
彼女の胸に、一抹の不安をねじ込みたいわけでもない。
ただ、彼は夕方にしか会ってこなかったため、どうにも慣れていないだけだ。

ξ゚听)ξ「ほら、デレ。
      食べ終わったなら着替えてきなさい。
      髪も綺麗にしないと」

ζ(゚ー゚*ζ「うん」

ごちそうさま、と言葉を残し、彼女は席を立つ。
とことこ、と足音をたてながら再び洗面所へ向かっていく。
食後の口内洗浄と髪の毛の手入れに向かったのだ。

ξ゚听)ξ「……お父さん」

( ´ω`)「ごめんお」

デレが立ち去ったリビングで、ツンがため息をつく。
ブーンの気持ちがわからないわけではないが、
せっかくの朝を台無しにするような発言は控えるべきだっただろう。

15 名前:以下、\(^o^)/でVIPがお送りします[] 投稿日:2016/03/27(日) 21:44:08.711 ID:sLW7pJSn0
  
ξ゚听)ξ「ようやく親子揃って暮らせるのよ。
      そういうことは言わない約束でしょ。
      あの子は特別繊細なんだから」

( ´ω`)「うぅ……」

ブーンは深くうな垂れる。
朝食はまだ半分ほど残っているが、これが食べられることはないのだろう。
捨てるのも勿体無いので、彼の弁当にでも無理やりいれてやろう、とツンは頭の片隅で考えていた。

( ´ω`)「でも、まだ信じられないんだお。
      お前は今までもデレと朝を一緒に過ごしてきてたから、
      ボクの気持ちがわからないんだお」

ξ゚听)ξ「そりゃ、受け入れるでしょう。
      毎日のことだしね」

彼としてはちょっとした確認のつもりだったのだろう。
その結果、娘を悲しい顔にさせてしまった反省はしなければならない。

ツンは背中を小さく丸めたブーンを軽く撫でてやる。
かつては自分もそうだったので、彼の気持ちがわからないわけではないのだ。
数日もすれば慣れるだろうけれど、それまでがとても長く感じてしかたがない。

ξ゚听)ξ「あの子だって好きであんな風に産まれたわけじゃないの」

一度、言葉を区切り、ツンは目を閉じる。
産んだ者として、ブーンとは違った形の責任が彼女にはあった。

ξ--)ξ「アタシも、望んであの子をあんな風にしてしまったわけじゃない」

16 名前:以下、\(^o^)/でVIPがお送りします[] 投稿日:2016/03/27(日) 21:44:52.377 ID:sLW7pJSn0
  
ξ゚听)ξ「偉いお医者さんや学者さんでも、どうにもできなかったんだから、
      後は私達が支えてあげるしかないでしょ」

( ^ω^)「……そうだおね」

十二年と少し。
まだそれだけの時間しか生きていない娘。
眠っている時間を考えれば、およそ八年程しか生きていない、ともいえる。

これから先、彼女の前に立ちはだかる困難を思えば、
親として出来ることはたかが知れているだろう。
ならば、せめて手を伸ばしてやれる範囲で助けてやらなければならない。

それが、親としての責任であり、そうしてやりたい、と願う嘘偽りない感情だ。

( ^ω^)「友達ができるといいおね」

ξ゚听)ξ「そうね。私達よりも、ずっとあの子の傍にいていられるような、
      そんな友達を作ってほしいわ」

彼らはデレの最期を看取ることができない。
先に産まれた者の宿命であり、
最愛の子供との間にできた、残酷なまでの寿命差でもある。

ξ--)ξ「眠る、ってどういう気持ちなんでしょうね」

ツンの静かな声がリビングに響いた。

17 名前:以下、\(^o^)/でVIPがお送りします[] 投稿日:2016/03/27(日) 21:45:06.207 ID:sLW7pJSn0
   




世界は眠らない。
二十四時間、三百六十五日、常に稼動し続けていることをそう称しているわけではない。
常に地球の何処かは朝であり、誰かが起きている、ということでもない。


人類から眠りが抜け落ちた、ということだ。




   

18 名前:以下、\(^o^)/でVIPがお送りします[] 投稿日:2016/03/27(日) 21:46:07.869 ID:sLW7pJSn0
人々は朝も夜も関係なく動き回る。
一日の区切りは時計と、午前零時と共に鳴り響く日付変更音で感じるのが常だ。

出来る社会人、などという言葉が入った電子書には
須らく今日の日付がわかる時計と手帳の所持が記載されている。
それらを持っていなかったがために、うっかり約束の日取りであることに気づけなかった、
という事例がいくつも存在しているのだ。

そんな人類が繁栄する中、生まれてきたのがデレだった。
地球上にただ一人、眠りが必要なヒト。

|゚ノ;^∀^)「せ、先生!」

産声を上げた後、デレは母の手に一度抱かれ、医者の手によって新生児室に運ばれた。
親と離された赤ん坊達はお腹を空かせて泣いていたり、
室内に流れている教育音に耳をすませていたりと様々だ。

一見するとデレもその仲間であり、何の問題もなく見えた。
彼女の異常性が露見したのは、生後数日経ってからのことだった。

O゚。(-、-* スー

ξ;゚听)ξ「うちの子、どうしたんですか?」

授乳のため、ツンの腕に抱かれていたデレは、
げっぷもして落ち着いたのか、スヤスヤと眠ってしまったのだ。

19 名前:以下、\(^o^)/でVIPがお送りします[] 投稿日:2016/03/27(日) 21:47:08.115 ID:sLW7pJSn0
目もしっかりと開き、
周りの子達は見えもしない目をキョロキョロと動かし始めているというのに、
何故だかデレは目を閉じてじっとしていることが多かった。

(;-@∀@)「こんな子は初めてです……。
       調べてはみますが、どうなるか」

ヾ(゚、゚* ウー?

ξ;゚听)ξ「こんなに元気なのに、どうして」

目を開けているとき、デレはとても可愛い赤ん坊だった。
ゆっくりと指を動かしてみたり、音のする方を見ようとしてみたり、
極普通の子供と同じようにしているように思えた。

(;-@∀@)「すみません。こちらも方々調べつくしたのですが」

ξ゚听)ξ「そうですか……」

(;-@∀@)「一応、命に別状はないので退院していただいても大丈夫ですけれど」

ξ゚听)ξ「……わかりました」

結局、原因がわかる者は見つからなかった。
この時点で、突然意識を失う赤ん坊のために、延びに延ばされた退院日は、
一ヶ月を越えており、そろそろ家が恋しくなっていたツンは自宅へ帰ることを選択した。

20 名前:以下、\(^o^)/でVIPがお送りします[] 投稿日:2016/03/27(日) 21:47:59.819 ID:sLW7pJSn0
  
( ^ω^)「おかえりだお!
      マーイスゥイートハニー! アーンド、ドォター!」

荷物を持って帰宅を果たしたツンを迎え入れたのは、
退院日の連絡を受け、すぐさま有給を申請した夫、ブーンだ。
ややこしいことになった、という連絡と大まかなことだけ教えられていた彼は、
お見舞いにも行っていなかったため、妻と実に一ヶ月ぶりの再会を果たすこととなってしまった。

ξ;゚听)ξ「あっ」

デレのことについて報告は受けていたものの、
直接様子を見てみないことには実感もわかない。
そのため、ブーンの頭からは「静かにする」という項目がすっかり抜け落ちてしまっていた。

(-、-* ウ……

ξ;゚听)ξ「馬鹿!」

(;^ω^)「えっ」

怪物が、目を覚ます。

(>д<。* ウゥ……

ブーンの声によって呼び起こされた赤ん坊は、
近所迷惑になってしまう程の大声で泣き叫んだ。

21 名前:以下、\(^o^)/でVIPがお送りします[] 投稿日:2016/03/27(日) 21:48:50.198 ID:sLW7pJSn0
  
どうにかデレをあやし、泣き止ませることに成功すると、
ブーンはマジマジと赤ん坊用ベッドに寝かされたデレを観察した。

( ^ω^)「本当に意識を失ってるおね」

ξ゚听)ξ「でしょ? お医者さんにも原因がわからなかったのよ。
      同じ新生児室にいた子に比べると泣く回数も多いし……」

O゚。(-、-* スー

小さく息を吐き出しながらも、目を閉じてかすかに身体を動かすだけの赤ん坊は
やはりどこか身体の調子が悪いに違いないのだが、
肝心の医者に原因がわからない、と言われてはどうしようもない。

ξ゚听)ξ「とりあえず、様子を見るしかないわね」

( ´ω`)「うーん、ずっとこのままだったらどうしようかお」

ξ゚听)ξ「その時考えましょ」

( ^ω^)「だおね」

そこからの育児は二人一組、力を合わせて立ち向かった。
しかし、現実というのは厳しいもので、
彼らの力を合わせたところで、そう容易く打ち破ることができるものではかった。

22 名前:以下、\(^o^)/でVIPがお送りします[] 投稿日:2016/03/27(日) 21:49:33.688 ID:sLW7pJSn0
  
ξ゚゚听゚)ξ「我が子ながらデレがわからない……」

大きな物音に驚いて泣くのはわかる。
空腹や排泄が原因の場合もわかる。

だが、意識を失い、取り戻した瞬間に泣き叫ぶのだけはわからない。
そもそも、目を開けるタイミングも上手く掴むことができなかった。
泣き喚いて泣き止まない、などということもしょっちゅうだった。

巷で噂の育児書もあてにはならず、
ツンの母や近隣のご老人達に話しを聞いてもらっても
良いアドバイスをもらうことはできなかった。

それもそのはず。
周囲の人間も、本を書くような人間も、
誰も眠る赤ん坊を知らないのだ。

(ヽ^ω^)「ツン、ずいぶんやつれたお」

ξ゚゚听゚)ξ「あなたこそ」

(ヽ^ω^)「元気なのはデレだけだおね」

ヾ(゚ワ゚* キャッキャ

笑いながら手を伸ばすデレは、既に生後二ヶ月を過ぎていた。

23 名前:以下、\(^o^)/でVIPがお送りします[] 投稿日:2016/03/27(日) 21:50:32.438 ID:sLW7pJSn0
  
デレの奇行に慣れたのは、流石母親、というべきかツンが先だった。
意味もなく泣き喚くデレを冷静にあやしては意識を落とす手腕は見事なもので、
傍らで見ていたブーンに感嘆の声を上げさせた。

ξ゚听)ξ「それにしても、この子ってまだあまり動かないわよね」

( ^ω^)「意識がない時間が多いから、筋肉が発達しにくいのかもしれないお」

一応、とダウンロードした育児書には、
生後二ヶ月もすると首がすわり、寝返りをうち始める、と記されていた。
対してデレはといえば、意識を失っているときは当然として、
目を開けている時でさえ鈍く動く程度。

首がすわるのにはまだ一ヶ月程かかりそうな予感さえする。

ξ゚听)ξ「ちゃんと大きくなるかしら……」

( ^ω^)「大丈夫だお。先月よりも大きくなってるお
      体重も順調に増えてるんだお?」

ブーンは先月撮った写真を見せる。
比べてみれば、わずかとはいえ成長しているのが見てとれた。

歩みが遅いなりにデレも徐々に大きくなっているのだ。
いつかはきっと普通の子供と同じようになる。
そんな期待をブーンは抱いていた。

24 名前:以下、\(^o^)/でVIPがお送りします[] 投稿日:2016/03/27(日) 21:51:01.102 ID:sLW7pJSn0
  
生後三ヶ月検診を受けてもやはりデレに異常は見られなかった。
身体の発育が少々遅れていたが、内蔵や脳におかしなところはなく、
感情面に関しては、むしろ他の赤ん坊よりも豊かなところが多々見受けられたほどだ。

ξ゚听)ξ「元気ならいいんだけどね」

ヾ(゚、゚*ヾ アー、ウゥー

ξ゚听)ξ「はいはい。母さんですよー」

小さな手をそっと握る。
暖かな体温は他の子と変わらない。
生きている証だ。

ξ゚ー゚)ξ「ん、可愛いね、デレ」

ヾ(゚ワ゚*ヾ キャッキャ

ξ゚ー゚)ξ「あんたはどうして意識がなくなっちゃうのかなぁ。
      母さんはずーっとデレが笑ってるところを見てたいんだけどなー」

赤ん坊に言ってもしかたのないことだとわかっていながらも、
彼女にして文句を言えないのだからしかたがない。
ツンはデレの鼻っ柱を突きながら言ってやる。

ξ゚ー゚)ξ「ま、元気に育ちなさいな」

25 名前:以下、\(^o^)/でVIPがお送りします[] 投稿日:2016/03/27(日) 21:51:44.251 ID:sLW7pJSn0
  
デレの異常が、睡眠である、と発覚したのは、
彼女が離乳食を食べ始めるようになった頃の話だ。

ξ゚听)ξ「あら、お客さん?」

チャイムの音が部屋に響き、ツンは姿見ボタンを押す。
すぐさま現れた立体映像には、一人の男が映されていた。

( ФωФ)

見覚えのない男だ。
年の頃は四十後半。もう老人と言っていい。
グレーのスーツをピシリと身にまとっており、姿勢も良い。

どこの誰かはわからないが、
育ちの良さだけはひと目見ればわかる、といった風貌だ。

ξ゚听)ξ「どなたですか?」

応答ボタンを押し、尋ねてみると、立体映像の中にいる男が口を開く。

( ФωФ)「創作町に住んでいる麻尾ロマネスクと申します。
       実は、娘さんについて確認したいことがあって訪ねさせていただきました。
       お時間をいただいても宜しいでしょうか」

丁寧な口調は好感をわかせる。
ツンは少し悩んだものの、すぐに扉の開閉ボタンを押した。

26 名前:以下、\(^o^)/でVIPがお送りします[] 投稿日:2016/03/27(日) 21:52:20.261 ID:sLW7pJSn0
  
( ФωФ)「始めまして。改めまして、麻尾ロマネスクです。
       そちらが娘さんですか?」

ξ゚听)ξ「そうよ。河合デレ。
      ほら、デレ、おじさんに挨拶は?」

(゚、゚* アー?

まだ言葉を解していないデレは、ツンの言葉に疑問符を乗せたような声を出す。
ツンは小さく笑いながら、彼女を抱きかかえた。
生後一ヶ月の頃と比べると段違いに重くなった我が子に、
異常こそあれども日々成長しているデレを愛おしく思い笑みが零れた。

ξ゚听)ξ「こちらへどうぞ。
      お茶くらいならお出しします」

( ФωФ)「いえいいえ、お構いなく」

そう言いつつも、ロマネスクは案内されるがままに椅子へ腰を降ろした。
ツンもお茶を淹れた後、彼の向かい側の椅子へ座る。

( ФωФ)「噂でお聞きしました。
       デレちゃんは意識を失うのだと」

ξ゚听)ξ「えぇ。病院で診てもらったんですけど原因不明で」

27 名前:以下、\(^o^)/でVIPがお送りします[] 投稿日:2016/03/27(日) 21:52:46.068 ID:sLW7pJSn0
  
( ФωФ)「なるほど……。
       ちなみに、日に何度ほど」

ξ゚听)ξ「最近は少なくなってきましたけど、
      それでも日に三度ほど。
      もっと小さかったときは何度も何度も……」

ロマネスクは持論を確かなものにするため、
いくつかツンに質問を繰り返した。

デレが意識を失うタイミング。
どの程度の時間、意識を落としたままでいるのか。
そして、目を開けてからの反応。

知りたかったことを全て聞き終えると、
彼は目を閉じ、頭の中を整理する。

( +ω+)「奥さん」

ξ゚听)ξ「はい」

( ФωФ)「おそらく、娘さんは眠っているのです」

発せられた単語の意味を、ツンは正確に理解できなかった。
元より聞きなれない単語だ。
すぐさま意味を理解するのは難しい。

28 名前:以下、\(^o^)/でVIPがお送りします[] 投稿日:2016/03/27(日) 21:54:21.223 ID:sLW7pJSn0
  
ξ゚听)ξ「えっ?」

( ФωФ)「これを持って病院へ行きなさい。
       そして、然るべき施設へその子を預けるのです」

ロマネスクは懐から一枚の封筒を取り出す。
中には、デレが眠っていることを示す手紙が入っているのだろう。

ξ;゚听)ξ「ま、待ってください」

突然やってきた男にそう告げられ、二つ返事で頷くような親はいない。
ツンは席を立ち、詳しい説明を要求した。

( ФωФ)「我輩は歴史人類学を修めておりましてな」

曰く、彼は昔の人間がどのような生活を送っていたのか、という研究をしているらしい。
その中で、睡眠というものはあまり重要視していないのだが、
過去を調べる上でその単語に触れない、ということはありえないらしい。

デレの噂を聞き、似たようなものを知っているな、というデジャヴュに襲われ、
学者仲間に話してみると、それは睡眠なのではないか? という結論が出たそうだ。

( ФωФ)「しかし、我輩は詳しくはしりませんし、
       何より、その子に必要なのは文化的な意味合いの睡眠を知ることではなく、
       医学的な意味合いの睡眠を知ることでしょう」

29 名前:以下、\(^o^)/でVIPがお送りします[] 投稿日:2016/03/27(日) 21:54:57.889 ID:sLW7pJSn0
  
睡眠によって、身体にどのような影響が出るのか。
それを知るのは歴史学ではなく、医学なのだ。

むろん、医学を修めている者達は現代に必要な知識を主に叩き込んでいるため、
遠い昔にあった睡眠のことなど深く知っているはずがない。
専門的に睡眠を調べている学者との協力も必要になってくるだろう。

二つの分野が協力し、情報を提供しあわなければ、
眠る子供への対処は非常に難しいものとなってしまう。

( ФωФ)「我輩としてはすぐにでも行動することを勧めます」

何の知識もない現代人に扱えるモノではない。
健やかな育成のためにも、デレはここにいるべきではないのだ。

ξ゚听)ξ「でも、施設なんて」

( ФωФ)「奥さん、この家にベッドはありますかな?
       赤ん坊用ではありません」

ξ///)ξ「な、何を突然!」

ツンは顔を真っ赤にして声を荒げた。

30 名前:以下、\(^o^)/でVIPがお送りします[] 投稿日:2016/03/27(日) 21:55:29.273 ID:sLW7pJSn0
  
それも当然のことだ。
見ず知らずの男に、アダルトグッズの話をされて怒らない女はいない。

( ФωФ)「いや、申し訳ない。
       だが、その反応こそが、デレちゃんを施設に入れる理由なのです」

ξ゚听)ξ「え?」

( ФωФ)「眠る、ということは、そのための場所が必要、ということです」

ソファーや床で眠るのはあまりよくないらしい、
とロマネスクは聞きかじった情報をツンに伝える。

( ФωФ)「昔はベッドも、眠るための道具だったそうですよ。
       今では割高なアダルトグッズの一つとして残っているだけですけどね」

セックスを楽しむための道具としての役割しか持たぬ今のベッドでは、
快適な睡眠をとることは難しいのかもしれない。
その辺りのことを調べることすら、素人には出来ないのだ。

( ФωФ)「奥さん」

ロマネスクはツンの目を見て、次にデレを見る。
幼い、まだまだ長い未来が待ち受けている赤ん坊だ。

( ФωФ)「今生の別れを、と言っているのではありません。
       子供には親の存在が必要不可欠。
       会えなくなるようなマネはしますまい。
       たた一時、ほんの少しだけ、離れるだけです」

31 名前:以下、\(^o^)/でVIPがお送りします[] 投稿日:2016/03/27(日) 21:56:04.070 ID:sLW7pJSn0
  
その後、ツンは帰宅してきたブーンに睡眠とやらの話をした。

ロマネスクという男をどこまで信用していいのかはわからない。
しかし、デレのために出来ることがあるのならば、私はそれを選びたい。
それがツンの意見だった。

( ^ω^)「きっと、デレのことを一番想っているのはツンだお」

だから、ツンの選ぶ道は正しい。
ブーンは笑顔で彼女の選択を肯定したのだ。

ξ゚ー゚)ξ「ありがとう、ブーン」

( ^ω^)「どういたしまして」

ξ゚听)ξ「じゃあ、今から病院に行ってくるわ」

( ^ω^)「ボクも行くお」

ツンがデレを出産した病院はそれなりに大きな病院で、
二十四時間医者が配置されている。
現在時刻の確認はしていないが、すぐに向かっても問題はないだろう。

ブーンは停めたばかりの車を出し、
アスファルト道路をソーラーカーで走りぬけた。

32 名前:以下、\(^o^)/でVIPがお送りします[] 投稿日:2016/03/27(日) 21:56:39.773 ID:sLW7pJSn0
  
ξ゚听)ξ「うちの子、もしかしたら眠っているかもしれないんです」

(-@∀@)「睡眠? いやいや、それはないでしょ」

ξ:゚听)ξ「一度調べてみてください」

( ^ω^)「お願いしますお」

ツンの訴えも始めは真剣に取り合ってもらえず、
医者はありえない、の一点張りだった。

ξ゚听)ξ「あ、そうだ。これを……」

(-@∀@)「手紙? 古風な物をお持ちで。
      ……ふむ」

しかし、ロマネスクから預かった手紙を渡すと、
彼も表情を引き締めて真剣に文面を追った。
時折、今も目を閉じて意識を失っているデレに顔を向けては、
再び手紙を見直す、という作業を繰り返す。

幾分かが経った後、医者はデレを預かります、とツンに返した。

後日、ツンのもとに一本の電話が届く。
ロマネスクの考えは、見事的中していたのだ。

34 名前:以下、\(^o^)/でVIPがお送りします[] 投稿日:2016/03/27(日) 21:58:02.766 ID:sLW7pJSn0
  
何が原因で先祖返りが起こったのかはわからない。
だが、確かに、紛うことなく、デレは眠っていたのだ。

(-@∀@)「詳しい検査の結果、驚くべきことですが、
      デレちゃんは眠っている、ということが判明しました」

太陽が沈み、夜になるとデレの脳の一部はその機能を休止させる。
そして、ゆっくりと深い眠りにつき、また浮上していく。
これを何度か繰り返していることがわかった。

(-@∀@)「つきましては、今後、睡眠の分野に詳しい先生方にも協力を仰ぎ、
      彼女の健やかな育成の経過観察を行っていきたいと思います」

世界初の出来事に、学者達は色めき立っていた。
実のところ、本当はそんなものはなかったのではないか、
という説まで出ていたヒトによる睡眠が、この現代に蘇ったのだ。

医療の分野と協力することで、
今と昔で人間にどのような違いがあるのか、ということまで明確に知ることができるかもしれない。
これに心躍らぬ者は学者である資格がない、とまで裏では言われていたくらいだ。

ξ゚听)ξ「あの……。私はもう、娘とは会えないのでしょうか」

(-@∀@)「いえいえ! そんなことはありませんよ。
      ただ、一ヶ月程はお待ちいただきたい」

35 名前:以下、\(^o^)/でVIPがお送りします[] 投稿日:2016/03/27(日) 21:58:45.212 ID:sLW7pJSn0
  
一ヶ月の間で、睡眠に関する基礎知識をまとめると共に、
デレの睡眠パターンのデータを取る。
そして、彼女が起きている時間に限り、面会を許可する、とのことだった。

退院、という形にならないのは、ありとあらゆる面で予想がつかないため、
日々の計測や観察が必要不可欠である、と判断されたためだ。

ただ、「面会」とは銘打っているが、外へ出かけてもらっても構わないし、
室内で遊んでくれていても構わない。
あくまでもこの研究および観察は、デレという赤ん坊が、健やかに育つためのものなのだ。

そこに母親が加われない、等というのはおかしな話だろう。

ξ゚听)ξ「そうですか。安心しました」

(-@∀@)「これからも大変でしょうけど、我々も努力します。
      お母様も娘さんと共に頑張ってください」

ξ゚ー゚)ξ「えぇ、勿論。
      先生。これから親子共々、よろしくお願いいたします」

ツンは力強い笑みを浮かべ、医者の手をとった。

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