死ぬも生きるも他人の勝手止める輩は何々奴だ、のようです

24 名前: ◆oFLOXqmM1c[] 投稿日:2016/03/31(木) 01:07:03 ID:b8K6e2cE0



主の優しさ素直に取れぬだってわたしは浅ましい


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25 名前: ◆oFLOXqmM1c[] 投稿日:2016/03/31(木) 01:07:39 ID:b8K6e2cE0
ホームルームが終わって早々、プギャーは俺の席にすっ飛んで来た。

( ^Д^)「ドクオ! カラオケしよーぜ!」

('A`)「俺カラオケ嫌いなんだけど」

( ^Д^)「じゃあゲーセンでもいいぜ!」

('A`)「校則で禁止されてるだろ」

( ^Д^)「平気平気、六時までに出れば店員だって何も言わないんだぜ?」

('A`)「ああそう、でも遠慮しとくわ」

( ^Д^)「じゃあファミレス行こうぜ! ファミレスでもいいから!!」

('A`)「ええ……」

もはや断る口実も尽いてしまった。
適当に突き放すと、プギャーは頬を膨らませた。
女子かよ。

( ^Д^)「いい加減俺と遊べよう!」

('A`)「そう言われても金ないしさー」

( ^Д^)「今回は奢るって」

('A`)「えー」

( ^Д^)「えー」

さてどうしたものかと悩んでいた時である。

(´・ω・`)「いい加減離してあげなよ。どう見ても鬱田くん困ってるじゃないか」

( ^Д^)「だって俺ドクオともっと話したいしよー」

(´・ω・`)「君はそうでも鬱田くんはそうじゃないんだからさ」

今のうちに行きなよ、という視線が送られる。
それに頷き、俺は席を立った。

('A`)「悪いな二人とも」

背後からは相変わらずプギャーがさわいでいるが、もう知らない。
そそくさと教室を後にした。

26 名前: ◆oFLOXqmM1c[] 投稿日:2016/03/31(木) 01:08:33 ID:b8K6e2cE0
('A`)(そういやデレから返事来てるかな)

携帯を取り出せば、緑のランプが点滅している。

('A`)(お、来てる来てる)

少し気分が浮つき、思わず口角があがる。
が、それも長くは続かなかった。
今日は委員会があって遅くなるから会えないと書かれていて、その後には過剰ともいえるほどの謝罪文が連なっていた。
口から憂鬱じみた空気が逃げていく。

('A`)(ま、しょうがねえかあ……)

考えてみればお部活の体験だの、グループワークだの、やることはたくさんあるのだ。
……もっとも、俺はああいう感じなのでそのことがすっぽりと頭から抜けていたのだが。

('A`)(あいつ真面目だからなぁ)

母親と違って、彼女はとても大人しい。
頼まれてしまうと断れないタイプであるし、今頃委員会とやらで面倒事を押し付けられているのではないだろうか。

('A`)(そういうのもあって痛みが逃げ出したとか……?)

何が起きて、デレの心に負担が掛かったのだろう。
それだけが気になり続けて、だけど本人に会ってみないことにはどうにもならないのだ。

('A`)(またそのうち誘うか)

その時が来たらそれとなく様子を探ればいい。
とりあえず家に帰ろう。
そう言い聞かせて俺はやっと高校から出ることが出来た。

27 名前: ◆oFLOXqmM1c[] 投稿日:2016/03/31(木) 01:09:33 ID:b8K6e2cE0
……のだが、

('A`)「あ」

ζ(゚ー゚;*ζ「あっ」

何故か団地の駐輪場で、ばったりと出くわしてしまった。

ζ(゚ー゚;*ζ「ひ、久しぶりだね……」

気まずそうに視線を地面に落としつつ、デレは言う。

('A`)「春休みに遊んだっきりだよな」

俺は気にしてない風に返事をした。

ζ(゚ー゚*ζ「……元気?」

('A`)「ぼちぼちな。そっちは?」

ζ(゚ー゚*ζ「わたしも元気だよー」

('A`)「ならよかった」

二重の意味を込めて、そう言った。

('A`)「……あーでも、なんか痩せたか?」

ζ(゚ー゚*ζ「そうかな?」

('A`)「分からん。ただ前よりもシュッとしてるような気がする」

わざと茶化すように言うと、デレは噴き出した。

ζ(゚ー゚*ζ「そんなことないよ、ちゃんとご飯食べてるもの」

('A`)「じゃああれか、チャリ通になったから運動量が増えたとか」

ζ(゚ー゚*ζ「そうかもしれないねー」

にへら、と彼女は笑った。
このふやけたような笑みが、俺は好きだった。

28 名前: ◆oFLOXqmM1c[] 投稿日:2016/03/31(木) 01:10:09 ID:b8K6e2cE0
('A`)「……なあ、立ち話もなんだからちょっと座って話さないか」

断られるだろうか、と半分心配していた。
が、デレはあっさり頷いた。

ζ(゚ー゚*ζ「じゃあ公園でお菓子食べようよ」

('A`)「いいのか」

ζ(゚ー゚*ζ「……お母さんが帰ってくる前なら大丈夫だよ」

('A`)「……なんか悪いな」

ζ(゚ー゚*ζ「んーん、いいよ」

ガシャン、と自転車の鍵が閉められる。

ζ(゚ー゚*ζ「コンビニ行こ?」

('A`)「おー」

コンビニに着くまでの間、俺たちは他愛のない話をした。
お互いの学校のこと。
歩いて行くのと自転車で行くのとどっちが楽か。
セーラー服のリボンがまだ上手く結べないこと。
俺の高校の女子制服もセーラー服だったらよかったのにという話。
黒基調のセーラー服よりも爽やかな水色のものがよかったこと。
学校指定のハイソックスがダサいこと極まりないこと。
そのせいで殆どの学生が好きな丈にソックスを折り曲げていること。
デレも三つ折ソックスの方がずっと気に入っていること。
他人から聞くとくだらない話かもしれないが、俺たち二人にとっては楽しくて仕方がない話題ばかりであった。
だからコンビニに着くまでの十分なんて、あっという間に過ぎ去っていった。

ζ(゚ー゚*ζ「ここのコンビニ行くのも久々だなー」

('A`)「俺もここに行くのは久々だわ」

ζ(゚ー゚*ζ「だよねー」

('A`)「というかよく潰れずに残ってるよな」

29 名前: ◆oFLOXqmM1c[] 投稿日:2016/03/31(木) 01:11:03 ID:b8K6e2cE0
古びた手書きのポップには、焼きたてパンありますという素朴な文字。
たしか俺の記憶によれば、店主は高齢のおばあちゃんであった。
レジ前に椅子を引いて、日がな一日そこでお客を待っているのだ。
あとそれから、店内には猫が一匹放し飼いにされていた。
茶トラのでかい猫で、撫でても逃げ出さない気のいい猫であった。

('A`)「あのおばあちゃん元気かね」

店内に入ると入店音が虚しく響いた。
かつていたに猫も、レジで居眠りしていた店主も、姿が見えなかった。

ζ(゚ー゚*ζ「……でも、元気じゃないかなぁ」

入り口に置かれたでかい糠床の樽を見ながら、デレはそう言った。

ζ(゚ー゚*ζ「糠漬け、どれもひとつ百円だって」

('A`)「え、食べたいの?」

ζ(゚ー゚*ζ「や、採算取れてるのかなーって」

('A`)「ああ、うーん」

どうなんだろ、と言いつつ店の奥へ。
陳列棚にはお馴染みの商品以外に、手作りのパンや野菜などが並んでいた。
それから店の一角には年季の入ったアルマイト鍋やコンロ用のガスボンベ、トイレットペーパー、更には仏花まで売っていた。

('A`)「すげえな」

ζ(゚ー゚*ζ「すごいねえ……」

ほぼ同時に感嘆の声が漏れ、思わず二人で笑ってしまった。

('A`)「日用品が随分多いな」

ζ(゚ー゚*ζ「昔は需要あったんじゃないかな」

なるほど、と俺は納得した。
今でこそこの団地には空きが多いが、昔は七百人ほどの人間が集まって、ここで暮らしていたらしい。
ここからさらに十五分ほど歩けばスーパーがあるが、ちょっとした買い物なら全てここで揃ってしまう。
なら、このコンビニに行った方がよっぽど楽なのである。

30 名前: ◆oFLOXqmM1c[] 投稿日:2016/03/31(木) 01:11:36 ID:b8K6e2cE0
('A`)「あのおばあちゃんって先読みの天才だったんだな」

ζ(゚ー゚*ζ「ねー」

と、言いながらデレはコッペパンを手に取った。

('A`)「腹減ってんの?」

ζ(゚ー゚*ζ「そういうわけじゃないけど」

慌ててデレは棚にそれを戻した。

('A`)(ちょっと今のはなかったな)

気恥ずかしそうに俯くその姿が不憫に感じられた。
人に不愉快な思いをさせてしまったという罪悪感が、そぞりと背筋を撫でた。

('A`)「……俺、コッペパン買うわ」

デレの代わりに手を伸ばし、二つそれを掴んだ。
ぽかんとしているデレに、俺はさも普通そうな顔をした。

('A`)「あと何買う?」

ζ(゚ー゚*ζ「え、えっと……。ココアシガレット?」

('A`)「お前好きだもんなー」

と言いながらデレの視線を探る。
その先には、ビッグカツがあった。
それもさりげなく手に取った。
もちろん二枚だ。
あ、あ、とデレは泡を食ったような顔をする。
それに気付かないふりをして、そそくさとレジに向かった。

31 名前: ◆oFLOXqmM1c[] 投稿日:2016/03/31(木) 01:13:12 ID:b8K6e2cE0
('A`)「すみませーん」

ζ(゚ー゚;*ζ「ドクオ、」

('A`)「……誰も来ないな」

ζ(゚ー゚;*ζ「ちょっと、」

('A`)「すみませーん!!」

ζ(゚ー゚;*ζ「ダメだよそんなの」

財布を出そうとするデレに、俺は首を振ってみせた。

('A`)「入学祝いってことにしてくれよ」

ζ(゚ー゚;*ζ「ドクオだって同じでしょ!」

('A`)「いいから財布しまえよ」

と、ごちゃごちゃ騒いでいる時だった。

£°ゞ°)「お待たせしました、いらっしゃいませ」

(;'A`)「!?!?」

何してんのお前、という言葉が喉でこんがらがっていた。
本当は突っ込みたくて仕方ないのだが、声をかければデレに説明を求められるだろう。
その時にうまく誤魔化せる自信が俺にはなかった。

ζ(゚ー゚*ζ「ドクオ?」

(;'A`)「……え、あ?」

ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫? やっぱりお金足りないんじゃ」

(;'A`)「いやなんでもない大丈夫だから!」

再び財布を取り出そうと鞄を漁る手を掴み、ロミスを睨みつける。

32 名前: ◆oFLOXqmM1c[] 投稿日:2016/03/31(木) 01:13:59 ID:b8K6e2cE0
£°ゞ°)「どうなさいましたか? お客様」

ロミスは、心底意地悪い笑みを浮かべていた。
多分俺がデレに出会うのを見越してこんなイタズラをしたのだろう。
きっとどこに出掛けたって、こいつはちょっかいを出すに違いなかった。

('A`)「……なんでもないです」

£^ゞ^)「左様でございますか」

二百七十円になります、とロミスの言葉。
しかしそれに被さるように、あ、という小さな声が聞こえた。

('A`)「どした?」

振り返って声をかけると、ハッとしたようにデレは首を横に振った。

ζ(゚ー゚*ζ「なんでもないよ」

('A`)「なんでもないってことはないだろー」

しつこく聞いてやろうか、と思ったその時だった。

£°ゞ°)「……お二人は、高校生ですか?」

ζ(゚ー゚*ζ「あっ、えと、そうです」

£°ゞ°)「ふふ、微笑ましいものですね。新しい制服、とてもよくお似合いですよ」

特にあなたは、とロミスはデレに視線を送る。

('A`)(イラッとするわー)

俺とデレとの関係性を知っているくせにどうしてこんなことをするんだろう。
さっさとお金を払ってしまおうと財布を開いた。

£°ゞ°)「ではささやかながら入学のお祝いをさせていただこうかと」

('A`)「えっ?」

ロミスが取り出したのは、ボロボロのノートだった。
そこにはプラス三十円で、コッペパンにピーナツバターやマーガリンを塗ってくれるという文が載っていた。

33 名前: ◆oFLOXqmM1c[] 投稿日:2016/03/31(木) 01:15:01 ID:b8K6e2cE0
£°ゞ°)「どうぞ好きなものを選んでくださいな」

ζ(゚ー゚*ζ「あ、でも……」

('A`)「俺小倉がいいっす」

£°ゞ°)「……畏まりました」

お前のためじゃねえよ、という間があったが、俺は気にしない。
こうして遠慮なく振舞ってやると、デレも後に続くことが多いのだ。
つまり、わざとである。

ζ(゚ー゚*ζ「……わたし、ジャムがいいなぁ」

デレの小さな声には、喜びがかすかに滲んでいた。

£°ゞ°)「ではその様にしてお出ししましょう」

ビニール製の手袋をはめたロミスが、パンを取り出した。
もう片方の手には細身のナイフが握られていて、スッと横にスライスを入れた。
ぱっかりと空いたそこに、同じナイフでまず小豆が塗りたくられた。
デレのパンには、あんずのジャムがたっぷりと乗せられた。

('A`)(手付きが慣れてる)

昔からここで働いていたといわんばかりにロミスは仕事をこなしていく。
新しい袋を手に取り、はみ出した甘味がその中を汚さない様丁寧に入れられる。
その入り口に、金色のモールがくるくると巻きついた。

£°ゞ°)「はいどうぞ」

ζ(゚ー゚*ζ「ありがとうございます……!」

勢いよく頭を下げるデレに、ロミスは驚いたらしい。
いつも浮かべている人畜無害そうな笑みが、一瞬途切れたからである。

£°ゞ°)「どういたしまして」

そうして、次の瞬間には真新しい笑顔を用意してくるのだからこいつは怖いのである。

34 名前: ◆oFLOXqmM1c[] 投稿日:2016/03/31(木) 01:17:05 ID:b8K6e2cE0
団地の公園には、シーソーや滑り台、バネでぐねぐねと前後する動物の遊具や、回転する球体型のジャングルジムなどが未だに現役だ。
今時の公園にしては珍しいが、子供の遊ぶ姿はない。
このだだっ広くて侘しい空間の利用者は、俺とデレの二人だけであった。

('A`)「久々に食うとうめえなぁ」

もふもふとふかふかが合わさった生地の柔らかさ。
軽い食べ口と後を引く小豆の甘さ。
粒あんは苦手だけど、コッペパンとイチゴ大福だったらそれも許せそうである。
とにかくまあ美味しくてたまらなかったのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「素朴な味がするねえ」

口の端についたジャムを舌で拭いつつ、デレは幸せそうに笑った。
俺は短く返事をして、それっきり会話は途切れた。
黙々とコッペパンを食べているなんて、他人が見たら変だと思うだろう。
だけどやってみると、これがなかなか楽しいのだ。

('A`)「昔だったら絶対ここには来れなかったよな」

二口ばかり、コッペパンを残して俺は口を開いた。
見ると、デレも半分ほどコッペパンを残していた。

ζ(゚ー゚*ζ「上級生の子達がみんな遊具取ってっちゃったもんね」

('A`)「そうそう、仕方ないから団地の廊下で鬼ごっこしてさ」

ζ(゚ー゚*ζ「でもほら、B棟の……」

('A`)「荒巻の爺さん?」

ζ(゚ー゚*ζ「そうそう、あの人にすっごい怒られてたでしょ」

('A`)「あれはやばかったわ。親父にクッソ怒られたし廊下は遊び場じゃありませんなんて張り紙貼られちまったし」

ζ(゚ー゚*ζ「うーん、仕方ないよねえ。子供の声って結構響くしさ」

('A`)「まあな。でも遊びたくなるんだから仕方ねえじゃん」

ζ(゚ー゚*ζ「廊下禁止令出された後はどこで遊んでたの?」

('A`)「チャリ乗って遠くの公園に行ってたよ。十五分くらいかけて」

35 名前: ◆oFLOXqmM1c[] 投稿日:2016/03/31(木) 01:17:40 ID:b8K6e2cE0
ζ(゚ー゚*ζ「上級生がそっち行けばよかったのにね」

('A`)「ま、文句言ってもしゃあねえわ。時間が戻ってくるわけじゃなし」

ζ(゚ー゚*ζ「……年取っちゃったねえ」

('A`)「まだ十六だろ俺ら」

ζ(゚ー゚*ζ「ふふ、そうね」

ココアシガレットの箱が、デレの手によって暴かれる。
透明な袋に入ったそれは、思ったよりも小さく見えた。

ζ(゚ー゚*ζ「……ドクオは、よく一緒に非常階段で遊んでくれたよね」

差し出され、シガレットを一本頂戴した。
手にするとますますその貧弱さが際立った。
本当に、昔からこんな長さだっただろうか。

('A`)「お前も度胸あるよな。大人にあそこ入ってくの見られたら問答無用でゲンコツだからな普通」

ζ(゚ー゚*ζ「ゲンコツなんか怖くないわよ」

口の端から八重歯が覗いた。
かと思うと、そこにシガレットがあてがわれた。
かり、と小さく齧る音が響いた。

ζ(゚ー゚*ζ「でも、どうして来てくれたの?」

('A`)「……いつもどこで遊んでんのかなーって後つけてた」

ζ(゚ー゚*ζ「言ってくれれば連れてったのに」

('A`)「あの時そういう勇気がなかったんだよ」

察しろよう、と冗談めかして言ったが、デレは少し力の入った表情をした。

ζ(゚ー゚*ζ「……そう、だよね」

ごめんね、と小さくデレは呟くから、俺は慌てて首を振った。

36 名前: ◆oFLOXqmM1c[] 投稿日:2016/03/31(木) 01:18:30 ID:b8K6e2cE0
('A`)「謝ることなんかねえよ、そんな……」

ζ(゚ー゚*ζ「でも、あの時お母さんがドクオに言った言葉が申し訳なさすぎて」

('A`)「もう気にしてないって」

ζ(゚ー゚*ζ「……うん」

空気がたちまち淀み始めるのがわかった。
空も、さっきと変わらない青色なのにくすんでしまったような気がした。
デレの挙動や心一つで、こんなにも感じ方が変わるのかと俺は少し驚いていた。

('A`)「……最近、どうなんだよ」

一口、シガレットを齧りながら問う。
スゥッと口の中が涼しくなり、微かにココアの香りがした。
ミントの味はしないのに、口の中がすっきりするのだから不思議なものである。

ζ(゚ー゚*ζ「どうって?」

デレもまた、シガレットを口にしていた。

('A`)「その、手首のさ」

遠回しな言い方に、デレはぽかんとしていたがやがて気付いたらしい。
ああ、と言葉を漏らしながら、彼女は袖を捲くった。
晒された右手首には、うっすらと白っぽい線が連なっている。
小学生の時から始めた、リストカットの跡だ。

('A`)「だいぶ治ってきたな」

ζ(゚ー゚*ζ「どんなに傷付けてもいつかは塞がっちゃうのね」

('A`)「その方がいい」

試しにそっと手首に触れた。
デレは大人しくそれを受け入れた。
線の中でも特に太いものは、カミソリによって出来たものだ。
受験や将来に対する不安からうっかり傷付けてしまったのだとデレは言っていた。
それがとてもショックで、俺はデレに怒っていた記憶がある。
どうしてこんなことをするんだ、止めろ、と。

37 名前: ◆oFLOXqmM1c[] 投稿日:2016/03/31(木) 01:19:42 ID:b8K6e2cE0
デレは、申し訳なさそうに首を垂れていた。
もう二度とこんなことをしないで欲しい、止めてくれと俺は懇願した。
とても悲しかった、辛かった。
そう言い続けて、デレはようやく説得に応じた。
それ以来、彼女は切るのを止めてくれた。

('A`)「でもよかった」

ζ(゚ー゚*ζ「よかったの?」

('A`)「うん、環境も変わってなんか大変じゃねえかなーとか思って」

ζ(゚ー゚*ζ「んー、大丈夫だよ」

('A`)「そうか? なんか合わない人がいるとか、また親とめんどくさいことになってるとか、ない?」

具体的な例を出してみるが、デレは首を振る。

ζ(゚ー゚*ζ「平気だよ、大丈夫」

('A`)「ならいいけどさ、困ったことがあったらいつでも頼れよ」

手首から手を離し、袖を元に戻す。
その間中ずっとデレは黙っていたが、ようやく

ζ(゚ー゚*ζ「……ありがとうね」

と、笑ってくれた。
微かに口角があがったような、固い笑みだったがそれでも十分だった。
デレが生きてくれるなら、俺はそれでよかったのだ。

('A`)(頑張ろう)

彼女を支え続けなくては。
現実でも、戦いでも、両方の意味で。

ζ(゚ー゚*ζ「……大丈夫だよ」

デレは、俺を安心させるように再度そう言った。
俺が考えていることも、痛みとの戦いも知らないのに。
でもその一言だけでも救われるのだ。

('A`)(絶対に守らなきゃ)

ぐつり、と腹の中で決意が煮えた。

38 名前: ◆oFLOXqmM1c[] 投稿日:2016/03/31(木) 01:21:42 ID:b8K6e2cE0
まんまるくて黒いストッパーに、力を込める。
ぐっとそれを押し出せば、チキチキという音が部屋に広がった。
カッターナイフは、板チョコレートから発想を得て作られたのだと聞いたことがあった。
板チョコレートをパキリと割る様を見て、古くなった刃先を折って、いつでも切れ味のいい刃物を作ろうと思ったそうなのだ。
カッターナイフを作った人は、とても頭のいい人だと思う。
だからこそ、本来の目的から外れた使い方をする人を、生みの親は軽蔑しているだろう。
申し訳ない限りだと心が痛む。
だけど手軽に買えて持ち歩けるのはこれとカミソリだけなのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「…………」

再度ストッパーに力を込め、今度は手前に引く。
せっかく飛び出したのに、使われることなく刃はしまわれていく。
恨めしそうにギラリと光ったけど、仕方ない。
ドクオとの約束を守らなくてはいけないのだから。

ζ(゚ー゚*ζ「はあ……」

代わりにため息をひとつ吐く。
ペン立てにカッターをしまい、机に突っ伏した。

ζ(゚ー゚*ζ「…………」

障子の向こうからは、大勢の話し声や食器のぶつかる音がした。
お母さんが集会所から帰ってくると、お客さんを何人か連れてくるのだ。
最初はそんなに多くなかったはずなのに、今ではほぼ十人近くの人がやってくるらしい。
らしいというのは、その人達が来る間は一歩も外に出ないからだ。
わたしはお母さんのように神様を信じない。
どの宗教の神様も、信じない。
信じたって何をしてくれるわけではないからだ。

ζ( ー *ζ(ああ、うるさいなぁ)

今頃お母さんは忙しく、台所と居間を飛び回っているだろう。
うちは特に裕福なわけではない。
むしろ昔お父さんが死んでしまって、その遺産を食い潰しているような状態だ。
お母さんもスーパーでパートをしているけどももらえる金額は雀の涙。
おまけにその給料のほとんどを、神様か自分よりも不幸で可哀想な人にあげてしまうのだ。
そう、可哀想な人達。
こうして夕飯をご馳走するのも、そういう人を助けるための一環らしい。

39 名前: ◆oFLOXqmM1c[] 投稿日:2016/03/31(木) 01:22:36 ID:b8K6e2cE0
ζ( ー *ζ(お母さん)

ある日突然、お父さんが事故で死んでしまった家は、不幸じゃないんでしょうか。
お父さんがいない子は、不幸じゃないんでしょうか。
もしくは可哀想だと思わないんでしょうか。
たしかに世間は広いから、探せばたくさんもっと不幸な家はあるのでしょう。
だけど、お母さんのやっていることは正しいんだろうか。

ζ( ー *ζ(お腹すいたなぁ)

普段はここで寝てしまうか、お客さんが帰った後の残り物を食べるしかない。
お母さんにご飯を直接ねだると、だいたい嫌な顔をされるからこうするしかないのだ。
でも今日は、ドクオが買ってくれたコッペパンの残りがあった。
あとビッグカツも貰ってしまったので、それも食べることにした。

ζ(゚ー゚*ζ(カツって言っても、のしイカなんだよね)

小さい時はお肉だと思い込んでいたから、とっても喜んでいたのを思い出した。
妙に科学的な甘ったるさを感じるけど、この安っぽい味こそがビッグカツなのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「おいしい……」

ジャムパンも、死ぬほどおいしかった。
この甘酸っぱいあんずのジャムが昔から好きだった。

ζ(゚ー゚*ζ(今度お兄さんにお礼を言いに行こう)

その時お金に余裕があったら、お礼にお菓子をひとつ買っていこう。

ζ(゚ー゚*ζ(あ、でもその時にドクオの分も、)

買って、と、思ってから気付く。

40 名前: ◆oFLOXqmM1c[] 投稿日:2016/03/31(木) 01:23:58 ID:b8K6e2cE0
ζ( ー *ζ(ダメだ)

今までずっとドクオに頼って生きていた。
だけどこんなわたしに付き合っていたら、ドクオの心が持たないだろう。
ネットでもよくメンヘラに振り回されて人生をふいにした人の意見をよく見かけた。
わたしだって決して健全だとは言い切れない。
むしろ、そっちの気は十分すぎるほどあるのだ。
だから、高校入学を機に距離を取ろうと思っていた。
どうせそのうちお互い忙しくなるだろう。
そうすると自然と連絡を取る機会も減っていって、しまいには忘れられてしまうだろう。
そうであって欲しかった。
もうこれ以上わたしに構わないでいいのだ。
彼に優しくされたらその善意を食い散らかして、つけあがってしまうからだ。

ζ( ー *ζ(優しくなんてしなくていい)

どんどん遠慮を忘れてしまう。
甘えて、ドクオを傷付けてしまう。

ζ( ー *ζ(頑張ろう)

頑張って、一人で、生きなきゃ。

41 名前: ◆oFLOXqmM1c[] 投稿日:2016/03/31(木) 01:26:20 ID:b8K6e2cE0


主の優しさ素直に取れぬだってわたしは浅ましい 了


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