艦娘がいない鎮守府のようです 改

463 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/06/23(日) 21:49:44 ID:fMBqo9P.0
(´・ω・`)「彼と比べて、俺は自分勝手で臆病な人間だ。日に日に増していく不安と恐怖を飲み込み、納得させられなかった」

(´・ω・`)「勤務して一年が経とうって頃だろうか、いよいよ俺は耐えきれなくなって、馬鹿な真似をしでかしちまった」

('A`)「……誘拐か」

(´^ω^`)「ああ……遊びに連れてくっつって、無許可でな。築き上げた信頼を盾に、白昼堂々と連れ出したよ」


まるで悪戯のネタをバラしたかのように、楽しそうに自分の罪を語った


(´^ω^`)「初めて出会った睦月型を一人、助手席に乗せて遊園地へと連れて行った。俺の胸中には深い後悔と罪悪感があったが、ウキウキとした笑顔の前ではそれも霞んだよ」

(´^ω^`)「多分、俺はこの時点で既に諦めてたんだろう。ただの駆け落ちとはワケが違う、軍の抱える重要機密の半身を無断で連れ出して、安住など得られるはずがないって」

(´^ω^`)「でもよ、だけどよ……自制が効かなかった。何か起こさなかったら、この子は明日にでも『新しく』なってしまうんじゃないかって思うと、気が気じゃなかった」

('A`)「……」


はさみ持つタバコの灰が、まとめてボロリと崩れ落ちる。『燃える』だけの役目を果たし終え、今やただのゴミとなった
ショボンの話を前に、『吸う』如きの動作も出来ずにただ固まっていた。余りにも切なく、救いがなく、意味が無かった


(´^ω^`)「寂れた遊園地に到着して、ガラガラの園内で『貸切だ』とはしゃいだよ。大してスピードも迫力もないジェットコースターで膝がガクガクになった俺を笑ったり、コーヒーカップ回しすぎて気持ち悪くなったりよ」

(´^ω^`)「昼にはフードコートで飯を食った。『おじちゃんのご飯の方が美味しいぴょん』なんてお世辞に照れたりもしたな。クソ高くてカラフルな綿飴には、目を輝かせてやがった」

(´^ω^`)「動物園も回った。猿に餌やったり、乗馬体験なんかも楽しそうにしてた。ふれあいコーナーでモルモットと遊ぶ姿を見て、カメラを持ってこなかったのを後悔した」

(;'A`)「オッサン、もう……」


音を上げたのは、俺が先だった。結末は既に『ここ』にある。辛すぎて、最後まで聞ける勇気がない
それでもショボンは、取り憑かれたかのように過去を語る。神の前に懺悔でも、しているかのように

464 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/06/23(日) 21:50:40 ID:fMBqo9P.0
(´^ω^`)「閉園時間になって、手を繋いで遊園地を出た。『楽しかったか?』そう聞くと」

(´^ω^`)「『楽しかった!!これで明日からも頑張れるぴょん!!』と答えた。俺は、『そうか』としか返せなかった」

(´^ω^`)「駐車場では、案の定憲兵が待機していたよ。怒り狂ってるっつーよりは、どこか寂し気にな。込み上げるモンがあったよ。人も捨てたもんじゃねえなって」

(´^ω^`)「あの子は不安げに俺の顔を見上げた。知らねえ大人が車の周りにいるんだから当然だよな。だから俺は視線を合わせて、奥歯を噛み締めながらこう諭した」

(´^ω^`)「『おっちゃんはこの後、お仕事があるんだ。帰りはあの人達が送ってくれる。安心しろ、提督さんのお友達だから』」

(;'A`)「ッ……」


鼻先にツンと何かが昇り、短く啜り上げた
今の俺は、その時のショボンと同じような表情をしているのだろうか


(´^ω^`)「憲兵も優しく接してくれたよ。わざわざ電話で忙しいであろう提督を呼び出して、通話させる程にな」

(´^ω^`)「彼から事情を聞いたあの子は、パァと顔を明るくさせた。多分、俺に対して悪いことは話さなかったのだろう。つくづく、出来た提督だった」

(´^ω^`)「『おっちゃん!!お仕事、頑張るぴょん!!今日はありがとう、楽しかった!!』」

(´^ω^`)「あの子は乗せられた車の窓から手を振った。馬鹿野郎にはもったいない程の、最高の笑顔でな。俺も、いつも通り手を振り返した」





(´^ω^`)「それが『卯月』との最期だった」




.

465 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/06/23(日) 21:52:18 ID:fMBqo9P.0
(;'A`)「……それから?」

(´・ω・`)「ご想像の通りさ……俺は晴れて誘拐犯として御用、収監されて地位と職と人生を失った」

(;'A`)「減刑……されなかったのか?」

(´・ω・`)「されたさ。だから俺は今も生きている。提督は、わざわざ上層部に頭を下げてくれたらしい。こんなクズの為にな」

(´・ω・`)「面会に訪れた彼はこう言った。『凡将の私には、こんな無様な戦しか出来ない。すまない、申し訳ない』と。額を床に擦り付ける俺に、これだけ告げて去った」

(;'A`)「……なんで、なら、猶更……!!」


勝手が起こした事件なのは変わりない。だが、上官が事情を理解して、減刑まで願い出て、どうして―――


(;'A`)「アンタはここにいるんだよ……ッ!!」

(´・ω・`)「……」


この『優しい男』は、島送りにされなければならないのだろうか


(´・ω・`)「……都合が、悪かったからだ」

(;'A`)「都合……?」

(´・ω・`)「軍にとって、いや、世界にとって、艦娘は主戦力としてなくてはならない存在だ。常に、勝利の女神としてあり続けなければならない」

(´・ω・`)「そんな彼女達を人情で連れ出したなんて前例を一つでも公にしてみろ。きっと俺のようなバカは二人、三人と続く。その規模が膨らめば、組織の崩壊にも繋がり兼ねない」

(´・ω・`)「だから……俺を我欲に駆られたクソ野郎として扱う他なかった。ハハ、まぁ実際、その通りだがよ」

(;'A`)「ッ……」


常々、世の中とは儘ならないものだと感じる。かたや戦場で娼婦の真似事をさせられる艦娘もいれば
艦娘に支えられている今のシステムを崩壊させないために、必要以上の罪を着せられる男もいる
この世を作った神様は、よほど胸糞悪い世界をご所望らしい。演じる役者たちの気持ちなど、露とも知らずに

466 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/06/23(日) 21:53:43 ID:fMBqo9P.0
(´・ω・`)「恵まれてるよ。優しい人間に救われて、変態扱いされながらその後の人生を豚箱で過ごすだけで済んでんだ」

(´・ω・`)「情にかられた人間ってだけで、大層な優遇だ。恥ずかしいよ。出来ることなら、深海凄艦目掛けて自爆特攻でもさせて欲しかった」

(;'A`)「……」

(´・ω・`)「数ヶ月後、かつての同僚から卯月が『生まれ変わった』と知らされた。いつもの様に戦場へ出て、立派に戦果を挙げた帰りに襲撃されてな。姉妹艦を庇って、沈んだそうだ」

(´・ω・`)「俺と別れてからも毎日のように食堂を訪れては、『いつ帰る?いつ会える?』と訪ねてたそうだ。届かなかった手紙の束も受け取ったよ」

(´・ω・`)「同僚は心を病んで、仕事を辞めた。俺に対する恨み節はなかった。ただ一言、『早まった真似はするな』とだけ告げた」

(´・ω・`)「独房で手紙を抱きかかえながら、何度も何度も後悔したよ。『こんな事になるなら』『寂しい思いをさせるくらいなら』『最後のその日まで、あの子に付き添ってあげられたら』」

(うA`)「……」


遂に耐えきれなくなり、目尻を拭った。なんて事はない、兵士の戦死だ
聞き慣れた、見慣れた、ありふれた日常だ。死を軽く扱えるようになったから、俺も『あんな真似』をしてしまったのに
人を、艦娘を深く想っているショボンの言葉は、正真正銘のクズである俺の心に深く、深く突き刺さった

467 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/06/23(日) 21:55:27 ID:fMBqo9P.0
(´・ω・`)「自分が許せなかった。後を追おうとした。だけど出来なかった。提督の、憲兵の、同僚の心を裏切る真似だった」

(´・ω・`)「何より、あの子の言葉が俺を踏みとどませた。『お仕事、頑張って』と」

(´・ω・`)「そしてこう思うようになった。俺が数々の人の縁でクソッタレな人生を延長させて貰えたのは、『お仕事』をやり遂げさせる為だったのだろうと」

('A`)「仕事……」

(´・ω・`)「俺はブーンのように艤装を弄れるくれーの学や技術はねえ。お前のように戦場へ出向けるほどの腕っ節も度胸もねえ。あるのはメシを作る腕一つ。明日への活力と、喜びを齎す料理の腕だけだ」

(´・ω・`)「だから……呪われた場所だろうと、たった二人にしかメシを振る舞えないとしても、俺は心底嬉しかった。『仕事』は残っていた。腐るだけの人生ではなくなったってな」

('A`)「……」

(´^ω^`)「と、これがとあるバカのしでかした罪だ。笑えねえ話を長々とすまねえな」

('A`)「……ああ、笑えねえよ。全く笑えねえ」


彼が何故、ブーンに対して寛容だったのかがよく分かった
人を信じ、人に救われた彼だからこそ、些細な不信感など取るに足らないのだろうと
俺とは正反対だ。戦友に失望し、一方的に始末を着けた、『裏切られ、裏切った』俺とは


(´^ω^`)「こんな俺だからよ、お前が浜風を助けたって聞いた時は……こう言っちゃなんだが、嬉しかったよ。理不尽に我慢ならなかった馬鹿野郎は、俺以外にもいたんだなって」

('A`)「……助けたつもりなんて微塵もねえよ。ただ、勝手に怒り狂って判断を誤っただけだ」

(´^ω^`)「お前にとっちゃそうかもな……だが、どんな方法であろうとも確実に『一人』の尊厳は守った。それもまた、『優しい人間』に出来る勇気ある行動だと思うぜ」

468 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/06/23(日) 21:56:44 ID:fMBqo9P.0
('A`)「……過大評価が過ぎるぜ、オッサン」

(´^ω^`)「それもそうかもな……っと、これ以上粘っても釣果はねえか。俺は引き上げるぜ」


ショボンは釣り糸を巻き上げ、クーラーボックスを持ち上げた


(´^ω^`)「時間だけはたっぷりある。じっくり考えて答えを出せ。信じる、信じないもお前次第だ」

('A`)「ああ……そうするよ」

(´^ω^`)「そんじゃ、俺は『仕事』に戻るぜ。釣られた魚も報われるほど、飛び切り美味いメシを作ってやる」

('A`)「……」


少なくとも一つ、分かったことがある。ショボンはその一言に、毎日の料理に、想像を絶する荷を背負いながら向き合っている
努めて笑顔を絶やさないその裏に、心の傷と深い悲しみを隠しながら、『卯月』の言葉を支えに今日も『生き』、『働いている』


('A`)「オッサン!!」

(´・ω・`)「ん?」


俺が抱いた彼への『尊敬』の念は、衝動的に去り行く背中に声を掛けた


('A`)「ありがとう、話をしてくれて」

(´^ω^`)「……なぁに、これでフェアだ。礼は無粋だぜ、『兄弟』」


『兄弟』、俺には畏れ多い関係だ。だが、相反して嬉しくもあった。再び前を向いて歩き出した彼に、俺は深々と頭を下げた
人の縁は生き方を変える。多少時間は掛かったが、『この場所へ来て良かった』と思えていた―――

469 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/06/23(日) 21:58:59 ID:fMBqo9P.0
―――――
―――




( ^ω^)「畑の様子見てくる」

(´^ω^`)「死じゃん」


外は轟々と風が吹き荒れ、窓ガラスが割れんばかりに激しく雨粒が叩きつけられる
一つ目の大きな渦巻は、天気予報図上でちょうど鎮守府に差し掛かったところだった


( ^ω^)「お外で遊べないお……」

('A`)「活発に動くようなナリかよ」

( ^ω^)「デブはお外で遊んだらアカンのか?お?」


ブーンとは今だ腹の中を晒しあってはいない。差し当たって、俺は『前提』の確認をしようと思ったからだ
『前任提督』の真相。ショボンが悪名を被らされたように、軍とメディアによってねじ曲げられた可能性がある


(´・ω・`)「こんな天候で見張りもクソもねえだろ。一局打とうぜ」

( ^ω^)「よっしゃ、用意するお」

('A`)「あー、いや、俺は遠慮しとく」


折角の麻雀の誘いだが、天候による時間の空きは有効活用したい
アレから一度も足を踏み入れていなかった執務室を調査する事にした


( ^ω^)「またトレーニングかお?もう潰されても助けねえぞ」

('A`)「へいへい重々承知してますよ。また後でな」

(´・ω・`)「そんじゃ、俺らはどうぶつ将棋でも打つか」

( ^ω^)「普通の将棋でよくない?秒で決着つくじゃん」

470 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/06/23(日) 22:00:37 ID:fMBqo9P.0
('A`)「……」


娯楽室へ向かう二人と別れ、昼下がりとは思えない薄暗さの廊下をひた進む
古い木造の校舎はある程度の補強が施されてはいるが、それでもどこかの屋根が飛ぶのではないかと不安に思えてしまう


('A`)「……」


不安は台風だけではない。嵐に乗じて、深海凄艦が現れるかもしれない
前任提督の失脚後、この海域には一度も奴らは現れていないらしい。艦娘が一人も配備されていない理由の一つだ
皮肉にも、数々の恐ろしい曰くを抱えながら、この日本で最も平和な海だと言えるのだ


('A`)「……」


それでも、俺はこの施設を少人数で管理し続ける意味がわからなかった
僻地に居を構えようとも太平洋に面する一大拠点。攻め込まれれば内地へ侵攻されるのは目に見えている
例え呪われていようが、鎮守府として機能するのであれば艦娘を常任させるのが普通ではないか?


('A`)「解せねえよな……」


真っ当な人生を失ったからと言って、思考は放棄するもんじゃない
海軍はきっと何かを隠している。ただ厄介払いをする為に俺らを送り込んだわけでもないだろう
『意味はある』。そして、その意味は鎮守府に隠されているはずだ


('A`)「……」


だからこそ、俺は目の前に鎮座する『部屋』に向き合わねばならない
『鈴の音』に導かれ、一度は訪れた、彼の居座っていた執務室に


('A`)「スー、フゥー……」


深呼吸で緊張を和らげ、ドアノブを回す。俺の気持ちなど全く省みず、扉はスムーズに開いた
変わらない。初日と何一つ、微動だにしない部屋が広がっている。締め切られたカーテンによって、廊下よりも薄暗い事を除けば

471 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/06/23(日) 22:01:28 ID:fMBqo9P.0
('A`)「……邪魔すんぜ」


返事がない事に安心しつつ、再び中へと足を踏み入れる。機能していないとはいえ、鎮守府を束ねる長の部屋だ。自然と気は引き締まった
電灯を点け、一先ず周りを見渡した。決して広いとは言えないが、ここから過去の痕跡を辿るのは一苦労だろう


('A`)「さてさて……」


少し前の俺なら、この段階でアホくさくなって止めたはずだ。『資料など残っているものか』『真っ先に押収されるに決まってる』と
だが今は、妙な確信があった。『鈴の音』の事もあるし、そして何より、引き出しの中に『彼の顔』が残っていた
『小練 詩音』が海軍にとって最大の汚点であるのなら、例え『記念』だとしてもそんな物を残すはずがない。彼に関する何もかもを抹消して然るべきだろう
勝手な推測だが、もしかすると『見つけて貰う為』に在ったのだとしたら―――


('A`)「……簡単じゃねえか」


前言撤回だ。確認すべき場所など一か所しかない
他の何にも目をくれず、執務机へと向かい不躾に椅子へ腰を下ろし


('A`)「……」


引き出しを、開けた





【 (キT) 】






472 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/06/23(日) 22:05:03 ID:fMBqo9P.0
(;'A`)「ッ……」


相変わらず、生々しい存在感を放つマスクだ。今にも語り掛けてきそうではないか
しかしただの『布』にいつまでも怖気づいてはいられない。両手で掬い上げるように、引き出しから持ち出した


(;'A`)「……」


随分と年季の入った布地で、黄色い糸で縫い合わされた箇所は、薄い染みが広がっている
色見と、『頬』に当たる位置から考えると恐らく……切り傷によって広がった血染みではないだろうか
常に身に着けていた事を鑑みると、予備が幾つかあっても可笑しくはないと思うが


('A`)「思い入れでもあったのかね……」


丁寧に縫い直されているのを見るに、余程大事に着用していた物らしい


('A`)「ふむ……」


そして一番の謎と言えば、見た感じ視界を確保する穴が開いてないこのマスクで、どうやって日常生活を過ごしていたのだろうか?
ちょうど目の位置を横切る『T』の横線も、メッシュ生地でもない。かと言って、カメラやマウントディスプレイが搭載されているワケでもない


('A`)「あー……どうすっかな」


どうするもこうするもない。簡単な話だ。現物がそこにあるんだから『確かめればいい』
誰に見られているわけでもないが、一応辺りを見回して人気が無いのを確認した。なんで悪い事してる気分になってんだ


('A`)「よし……」


履き口……いや、この場合『被り口』か。伸縮性抜群のゴム紐を広げて、一息に被ろうとして


(;'A`)「っ……」


『のろいのそうび』という間の悪いワードが頭に浮かび、躊躇ってしまった
取れねえんだっけ……ああ、クソッタレ。今更なんだ。ゲーム脳か俺は

473 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/06/23(日) 22:06:39 ID:fMBqo9P.0
(;'A`)「……フーッ」


取れなかったところで、ブサイクなツラが隠されるだけだ。どうってことねえ


(;'A`)「よし、せーのッ!!」


気合と勢いに任せ、俺は今度こそマスクを





(キT)「オラッ!!」




顎下まで一気に被った……





(キT)「……?」




よな……?

474 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/06/23(日) 22:09:34 ID:fMBqo9P.0
(キT)「いや、これ……」


被り心地がいい……なんてもんじゃなく、被った心地が『しない』
それだけじゃない。視界は被る前と一切合切変わりなく、息苦しさも感じなかった
まるで新しい皮膚が顔面に『張り付いた』かのように、自然と馴染んでいるではないか


(キ;T)「うわ気っ持ち悪!!気持ち悪!!!!!!」


しかし外れないかと言われればそうでもなく、普通のマスクと同じように簡単に脱着出来る
気味が悪いのは確かだが、『のろいのそうび』の類では無さそうだ


(キ;T)「ハァ……で?」


わかったのは、とりあえずこれが謎の超技術で作られた特別製のマスクって事だけだ
期待はしてなかったが、マウントディスプレイが広がって耳元でスーパーAIが語り掛けてくれた方がまだ夢がある
アメコミ映画の観過ぎか。一人で盛り上がってたのがバカみたいだ。サッサと脱いでしまおう


(キT)「あ……?」


その時、執務机の一部分が僅かに『光っている』のに気が付いた


(キT)「……?」


蛍光灯の光に負けてよく読み取ることが出来ないが、机上に十五センチ定規ほどの大きさの枠の中に、『文字』が並んでいるように見える
俺は急いで電灯のスイッチを消し、再び確認する。予想通り、不規則なアルファベットが並んでいた
どうやら、マスク越しでしか見えない特殊な光のようだ。俺は一体なんの探索ゲームをさせられてんだ?


(キT)「E、K、F、R、A……」


ローマ字読み……ではない。EKFRAなんて英単語もない。簡単な並び替えパズルってところか


(キT)「えーっと……多分、こう……」


英語は苦手だったが、文字を組み立てるだけなら何となくでも出来る
正しい並びの順番に、アルファベットを押していった

475 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/06/23(日) 22:14:17 ID:fMBqo9P.0
(キT)「F、R、E、A、K……」


『奇形』『変種』『変わり者』を意味する単語、『Freak』
このマスクの持ち主を体現するかのような五文字のパスワードによって


(キT)そ「うおっ!?」


机上からポップアップトースターよろしく、一枚の『板』が飛び出した
間抜けな『チーン♪』というベルの音で心臓飛び出るかと思うくらいビビったのは墓まで持っていこう
つーかなんで今までこんなゆるゆるセキュリティと遊び心満載の仕掛けがバレなかったんだよ


(キ;T)「お……驚かせやがって……」


この期に及んでナッパみたいなセリフしか出てこなかった俺も大概だが


(キ;T)「アホくさ……こりゃ、タブレットか」


八インチのタブレット端末。海軍の押収の手から逃れた『忘れ形見』だ


(キT)「ふむ……」


オカルトなど信じない性質だったが、こうもお膳立てされると考えを改めざるを得ない
何はともあれ、虎穴に入って虎児を得たのだ。今更怪奇現象の一つや二つで足踏み出来るかよ


(キT)「……」


側面の電源ボタンを長押しして立ち上げる。起動時特有のホワイトバックが画面に映し出された直後――――

476 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/06/23(日) 22:14:58 ID:fMBqo9P.0





_人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人_
> 「テメー誰の許可を得て大事な大事なマスク被ってくれとんのじゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」 <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄





スピーカーから大音量で響き渡った『男の怒鳴り声』によって、俺は椅子からひっくり返ってしまった

477 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/06/23(日) 22:19:04 ID:fMBqo9P.0
(キ;T)「いっ……てぇ~……」


「まぁ、そう設定したのは俺なんだが。悪いな。でも正直キショイわ。人のマスク被るか普通?俺とお前で間接キッスラブコールでしょだぞ」


(キ;T)「ふっ……ざけんなよ畜生……」


机を支えに立ち上がる俺に、タブレットは容赦なく地味に突き刺さる罵倒を放つ
俺だって好き好んで被ったワケじゃねえよクソが。キショイのはテメーの発想だボケ


(;'A`)「あー……クッソ。もしもし?」


「因みに、この音声は録音なんで返答は出来ない。もしかして『もしもし?』とか言っちゃったか?抱腹絶倒だな。笑えよベジータ」


台風じゃなかったら窓から放り投げてた。腹いせに脱いだマスクを引き出しに戻し、強めに閉めた


「そう怒るな。一言多いのもデリカシーが無いのも昔からの悪癖でな。死ぬ間際まで一向に直らなかったのさ」


('A`)「さいで……」


親の顔が見てみたいもんだ。どうやら、件の『提督』とやらは相当愉快な頭と性格をしていらっしゃるらしい
音声は続く。改めて椅子に深く腰掛け、若干腹立たしいが耳を傾けることにした

478 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/06/23(日) 22:21:44 ID:fMBqo9P.0
「さて、この後は納入直後のNDR114のようにホログラムと音楽を交えて自己紹介を……と思ったんだが、残念ながら技術が追い付いてこなかった」


何言ってんだこいつ


「『こっち』は余り時間がねえもんでな……単刀直入に言うとこのタブレットの中には俺がこの鎮守府で過ごした数年間の記録を保存している」

「要点だけ抑えときゃいいだろって思ってたんだが、このまま海軍のクソ共に消されるのも癪だし編集すんのも面倒だし全部ぶち込ませてもらった。頑張って読んでくれ」


俺はどんな顔してこの説明を聞かなきゃならねえんだろうか


「それで……もしお前が『覚悟』をしたのなら、最後にもう一度、俺の一方的なお喋りに付き合ってもらう」

「ものっ凄い嫌なんだが、そのマスクを被ってディスプレイに向き合えば認証ロックが解除されてボイスデータが自動再生される

「くれぐれも、記録を最後まで読んでから開いてくれ。ああ、クソ……なんであのマスクしか……でも持ってくわけにもなぁ……」

479 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/06/23(日) 22:22:24 ID:fMBqo9P.0
('A`)「……」


('A`)そ「えっ、終わり?」


いやビックリするわ。何の覚悟かの説明もないし小汚ぇマスクに未練たらたらなのも意味が分からん。持ってけよポケット突っ込めば解決だろこんなもん
どうしよう。その記録とやらが総じてしょうもないもんだったらどうしよう。この感じだったら全然あり得るのが怖い。逆に見たくなくなってきた


(;'A`)「……」


そういうワケにもいかんよなぁ。読んでも読まなくてもなんかモヤる気がしてならないが、少なくとも進展はするだろう
今度は緊張を緩めるためではなく、身体に溜まった倦怠感を吐き出す溜息をついて、最も古い日付のテキストファイルをタップした



『汚いやり口だった』



(;'A`)「っ……」


暗雲立ち込める滑り出しに、気は一息に引き締まった

『知らない部屋で目を覚まし、珍妙なマスクを脱いで焼け爛れた顔面を鏡で見た時は、「エクソシスト」を観た時よりも膝が震えた。まるで自分が少し前に流行ったシチュエーション・スリラーの舞台に送り込まれた気分であった』
『自身の問題であるのならば、まだ溜飲も下がる。理由も聞かされず顔面を丸焦げにされ、記憶を改竄され、廃村に軟禁されようとも、俺個人で始末をつければいいだけの話だ』
『それが出来なかったのは、見ず知らずの男と二人きりの共同生活を強いられた小娘に「首輪」が付けられていたから。俺の勝手一つで、彼女の命運は尽きる』
『爆薬を喉に巻かれた彼女と初めて出会った時の言葉は生涯忘れられそうにない。「逃げたきゃ逃げろ。私を含む誰もがアンタを責めたりはしない」』
『逃げられるはずもなかった。涙も溢さず、濁った瞳で力なく嗤う少女を、誰が見捨てて逃げ出せるというのか。少なくとも俺は、生存や自由よりも自分の「在り方」を優先したい。男に産まれたからには、無様を晒してなるものかと』


(;'A`)「……」


これが、世界を轟かせた悪名名高い犯罪者の日記だと言うのか?
十行にも満たない文章内でも、これだけは理解できる。彼と彼女は『何某』によって望まぬ着任をしたのだと

480 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/06/23(日) 22:25:05 ID:fMBqo9P.0
『彼女の名は「叢雲」と言った。戦場を離れて久しい俺も、艦娘の存在は知っている。彗星の如く現れた、深海凄艦との戦争に終止符を打てる可能性を秘めた「人型兵器」だと』
『メディアで報じられている彼女達の存在は、タチの悪い冗談としか思えなかった。兵器であるならば、十代〜二十代そこそこの眉目秀麗な少女のナリにする必要はない。戦場で、硫黄島で散った数多くの戦友や、辛くも生き残った俺達に対する侮辱だとも感じた』
『だがどうだ。目の前の少女はとても「兵器」とは思えない。人に裏切られ、人を信頼するのをやめ、男一人を拘束する枷として使われた一人の少女であり、それ以上でも以下でもない。「人型兵器」、よくもまぁ宣えたものだ』
『根気良い対話への試みを経て、ようやく彼女から事情を聴き出せた時は、開いた口が塞がらなかった。何でも、彼女が考案した作戦が「成功」した事で「提督」の反感を買い、このような事態へと陥ったのだと』
『成人して社会へと出ると気づくことがある。大人は必ずしも「大人」ではなく、幼稚な存在が多いと。それがまさか世界の命運を左右する軍事関連の、将校にまで蔓延しているとは』
『話のシメに彼女は、「何故、あんなモノの為に矢面に立たなきゃならないの?」と言った。返す言葉が無かった。俺も通った道だったからだ。よくわからん外敵に攻められ、どうでもいい連中の為に戦い、死ぬ。誰がそんな虚しい結末を迎えたいと言うのだろう』

『俺達がいる場所がどういう所なのかも聞き出せた。着任した提督や艦娘が不審死を遂げる鎮守府らしい。古くからの曰くが残る廃村を利用して設立されたが、半年以上の運営が成された実績がなく、口封じや厄介払いの為だけに使われる「流島」。通称、「地獄の鎮守府」』
『つまりは、俺も叢雲も連中にとっては不都合な存在で、消えてくれた方が有難いのだろう。俄然、生に対する執着心が湧いてきた。人の嫌がることはするなと親から口すっぱく教えられてきたが、それがクソ野郎共なら話は別だ』
『幸運があるとするならば、ここには余分な時間があり、叢雲はクソ野郎の手中から抜け出せた事だ。俺達をこんな目に遭わせた連中は、どういうわけか誰一人説明に上がらなかった。立ち直る好機は逃してはならない』
『二人きりの生活で、俺はいつも通りのペースで過ごした。余計な励ましなどせず、取り留めのない雑談を交わした。「何が好きか」「友達はいるのか」「趣味はあるのか」「なぁなぁ、好きな子おるん?」』
『最初は疎ましい態度だった叢雲も、徐々に心を開いてくれた。「食べるのが好き。特に甘いもの」「姉妹艦がいた」「ボードゲームと戦車道観戦」「少なくともアンタではない。これからも一生有り得ない」。こうもキッパリ拒絶されると若干ヘコむんで今後は冗談でも恋バナはしない事にした』

481 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/06/23(日) 22:26:04 ID:fMBqo9P.0
『しかし今は戦時中であり、平穏は長く続かない。やがて、小規模だが深海凄艦の艦隊が攻めてきた。艤装と、少ない弾薬を抱えた叢雲は今まで見たことがないほど目を輝かせた。「ようやく、死に時が訪れた」。彼女を兵器と思ったことは一度もなかったが、紛れもなく「兵士」であり、戦死を誉れとする「戦士」だった』
『「隠れていなさい」。嬉しい事に「あんなモノ」のカテゴライズに分類されていたであろう俺は気遣いを受けた。付け加えるなら「余計な」。俺は死ぬ気は全くなかったし、負ける気も毛頭なかった。海へ出向こうとする叢雲を引き止めると、今度は怒りに満ちた目を向けられた』
『「何も出来ない雑魚が出しゃばる気なの?」人への失意は完全に失くすことは今後も出来ないのだろう。だが、一緒にされちゃ困る。俺は艦娘よりも先に深海凄艦と戦った。ポッと出の新入りに雑魚呼ばわりされるのは心外で、腹立たしかった」

『彼女は海上での戦術眼に優れていたが、陸上での戦闘経験は無かった。俺は海の上に立てはしないが、陸に上がった深海魚と一戦交えた経験がある。「勝てる戦だ。楽しもうぜ」。彼女はその言葉を聞いて驚いていたが、俺自身も「楽しもう」の一言で目から鱗が落ちた。「あんなモノ」の為に戦う必要はない。自分自身が楽しむ為に戦ってもいいじゃないかと』
『叢雲は提案に乗った。勝ち目のない戦いで、今更どう繕おうとも意味がないってのもあったのだろうが、何より興味と好奇心が湧いたのだろう。意地の悪い笑顔と共に、「ま、精々頑張りなさい」と有難いお言葉を賜った。思えばこの時、俺と叢雲は唯一無二の「相棒」になれたのだろう。悪い気分では無かった』
『海上で叢雲による誘導を行い、湾岸から陸上に上陸させ、建築物の遮蔽を利用して各個撃破。俺の武器は両の拳と、彼女の艤装の一つであるマストを模した『槍』。叢雲は軽々と振り回していたが、細身の見た目とは反してガツンとくる重量だった』
『叢雲との初陣は、今でも夢に見る。深海凄艦全五隻中、二隻を海上で撃破。叢雲は中破状態で湾岸に到達し、奴らも追って陸へと上がった。軽巡一隻、駆逐艦二隻。戦車を含む研鑽された一中隊で相手をしてようやく刺し違える程の戦力だ。傷ついた艦娘一人と、今や一市民に過ぎない男一人』
『この時、俺達を貶めた連中にすら感謝したいくらいだった。誰もが普遍的な人生を終える中、これほど心踊る場を用意してくれた事に。大金を積んでも決して味わえない快楽が全身を駆け巡った』
『屋根から飛び降り、駆逐級の背中に槍を突き立てた。飛び散った建造物やコンクリートの破片がいくつも刺さったが、断末魔を前に痛みは消えていった。砲弾が数メートル先を横切った瞬間は、絶頂のようなスリルに笑い声が漏れた』
『標的が二人に分かれた事により、叢雲の砲撃は容易く命中した。陸に上げられた魚は泳げはしない。それが愚鈍な「非人型」の深海凄艦なら尚更だ。だが、装甲の耐久度まで落ちやしない。駆逐級の殺害は容易でも、それを上回るスペックの軽巡には手を焼いた』
『艦娘と深海凄艦の共通点として『船体殻』というバリアが存在する。砲弾が命中しても、一定の耐久度内であるならば船体に直接当たる事はない。しかしそれは『砲弾』に限られており、俺が深海凄艦に槍を突き刺したように、「白兵戦闘」においては機能しない』
『勿論、砲塔を背負った鉄の塊に剣や槍で戦おうとするバカはいない。相手もそう「タカを括って」いるからこそ』



『俺の捨て身の特攻は、功を奏したのだ』



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482 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/06/23(日) 22:29:44 ID:fMBqo9P.0
(;'A`)「……」


『イかれてる』。彼は嬉々として深海凄艦を、『原始的な方法』で殺していた
日付は、かの有名な『ベルリン』での戦いよりも数年も前だ。ナイフでぶっ殺されたとされる『姫級』よりグレードは落ちるが
それでも、人の手であの深海凄艦を倒している。狂気以外の何物でもないイかれた行為だが、高揚で胸はぞくりと疼いた


(;'A`)「マジだったんだ……」


日記の内容はブーンの言葉とも一致する。先陣を切って戦場を駆けた『戦人』だったのだ
そして、狂気と同じく『情』のある人間でもあると感じた。尚のこと、一般に流布されているイメージとはかけ離れる
拉致軟禁にしても焼け爛れた顔にしても、『叢雲』という枷にしても、どうにも腑に落ちない事も多い
疑問は解けるどころか、深まっていくばかりだ。だが、膨大な資料の駆け出しに過ぎない。再び、画面をスクロールさせて読み進めた



『敵艦隊を撃破した数時間後、政府及び自衛隊の関係者がノコノコと部隊を引き連れて海から現れた。ご挨拶よりも先に、小銃や砲塔の切っ先を突き付けて』
『「到着が遅れて申し訳ございません。ですが、たった二人でこの戦果とは驚きました。どうやら、私の取り越し苦労だったようですね」』
『いけしゃあしゃあと寝言をほざきやがるクソジジイには見覚えがあった。顔面に張り付いた穏やかな微笑みは、こんな状況じゃなきゃ警戒を解くほど暖かで』
『「私は人畜無害です」と書かれたプラカードをぶら下げているかのように迫力も無く、「平穏」「静謐」「好々爺」なんて言葉が似合いそうな、現政党の頭脳』



『茂名 尾前官房長官であった』



(;'A゚)「」



その名前を見た瞬間、俺の思考と指が止まった。まるで高所から突然突き落とされたかのような驚愕だった
『茂名 尾前』。後に、日本人でありながら国連事務総長を務めた大物政治家であり、そして――――


(;'A゚)「『小練 詩音』に殺害された……」


史上最悪とも称される要人暗殺事件の犠牲者となる人物だった

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