艦娘がいない鎮守府のようです 改

410 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/05/01(水) 02:36:09 ID:5QojOfSc0
留置所を出たのは明け方。早朝の空気は秋の訪れを感じさせる涼しさだったが、太陽は今だ自重を知らず
二時間も経てば車内は蒸し風呂のように湿気と熱が籠った。ブラインドが施された車窓は光こそ通しはしなかったが、換気も出来ず仕舞いだ
空調などという贅沢は囚人である俺達には許されないらしい。一つ壁の向こう側にいる運転席は、存分にその恩恵に預かれているというのに


('A`)「……」


それでも、熱中症という配慮から水だけは許可された。一人一本、二リットルのミネラルウォーター
この状況下では正に命の水と言っても過言ではない。残り三分の一にまで減ったそれを一口分含み、少しずつ飲み込んだ
当の間抜け面二人は、俺の独白を子守歌に大いびきを掻いている。こんな暑い中、よくも眠れるものだ


('A`)「あー……暑ぃな」

( ^ω^)「うんお!!!!!!!!!!!!!!!」

(;'A`)そ「うおっ!?」


顔だけ此方を向けてデブが返事をした。熟睡してるもんかと油断してた俺は面を食らう羽目になる
デブというのは実に見苦しい。それがこれだけ蒸し暑ければ不快感も増すというものだ

411 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/05/01(水) 02:36:49 ID:5QojOfSc0
( ^ω^)「心に残るお話をどうもありがとうだお」


その上、語尾まで馬鹿丸出しときた。顔つきこそ朗らかだが、このバスに同乗している以上、俺と同じ重犯罪者である事に間違いはない
にこやかなデブの代名詞と言えば、某映画の微笑みデブを思い出す。これからこんなのと生活すると思うと辟易する


('A`)「そりゃ結構。よく眠れたようで何よりだ」

( ^ω^)「いやほんと……工科学校にいた頃を思い出したお」

('A`)「整備士か?」

( ^ω^)「おっお、艦娘の艤装を弄繰り回す変態だお」

('A`)「変態なのは見ればわかる」

( ^ω^)「お前失礼だな」

('A`)「話の最中に居眠りこく野郎に言われたかねえな……名前は?」

( ^ω^)「平賀 文(ふみ)、ブーンとでも呼べお」

('A`)「可愛げのあるあだ名で」

( ^ω^)「『よだか』よりかは遥かにマシだおね」

('A`)「そうだな、デブーン」

( ^ω^)「新生活がギスりそうで何よりだお」


頭が痛いのは暑さの所為だけでは無さそうだ

412 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/05/01(水) 02:38:04 ID:5QojOfSc0
( ^ω^)「そんで?」

('A`)「東郷 独王」

( ^ω^)「名前かっけえ……」

('A`)「キラキラしてるだろ?本名なんだぜ、これ」


数時間は一緒のバスに揺らされていると言うのに、自己紹介はこれが初だ。身の上話が先だった理由は


(´^ω^`)「ぐーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!」


そこのオッサンが『暇だからジャンケンして恥ずかしい話暴露しようぜ!!』の提案に乗ったからだ
それにしても自己紹介が先だと思う。ついでに言うと俺の昔話に到達するまでに三つほど恥ずかしい話を暴露している


( ^ω^)「げろしゃぶか……ドクだな」

('A`)「ドクでいい」

( ^ω^)「げろsy ('A`)「ドクでいい」圧が凄い」

(´^ω^`)「俺かい!!!!!!!!!!!??????????」

(;'A`)そ「うおっ!?」

(;^ω^)そ「うおっ!?」


こいつら実はずっと起きてたんじゃねえのか

413 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/05/01(水) 02:38:51 ID:5QojOfSc0
(´^ω^`)「誰だいって顔してんで自己sy( ^ω^)「間宮 静雄だお」オイオイオイご挨拶だなテメエ」

('A`)「それで、Mr.スピード・ワゴン。職は?」

(´・ω・`)「メシ炊きだ。よろしく」

('A`)「調理師がどうしてここに?」

(´^ω^`)「オナホにした野菜でカレーを作ったんだよーーーーーーーーーーーい!!!!!!!!」

( ^ω^)「オッサン今年でいくつ?食べ物で遊んじゃいけないってママに教わらなかったかお?」

(´・ω・`)「嘘だよ……料理人が飯を粗末にすっかよ……今年四十だぞ俺……」

( ^ω^)「マジなら着いたら速攻で埋めてたお」

(´^ω^`)「ロクデナシ同士仲良くしようぜ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!」

('A`)「出来たらごめん被りたい」

( ^ω^)「顔がウザい」

(´・ω・`)「クソガキ……」

414 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/05/01(水) 02:39:33 ID:5QojOfSc0
「やかましいぞ!!」

(#´゚ω゚`)「お喋りくらいさせろカス共がーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!だぁって運転してろゴミ野郎ーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」


監視からの至極ご尤もな注意にもこの返し。やはりロクデナシで間違いはなさそうだ
戦場で最も強力な部隊は糧食班というが、連中が全員このようなイカレでは無いだろう


「チッ……ロリコンの分際で……」

(´・ω・`)「おう今なんつった?」

( ^ω^)「止せおオッサン。手首に何が巻き付いてんのか見えてないのかお?」


手錠と、左手首に大きな腕輪。二つの液体が入ってるそれは、混ざり合うと化学反応を起こし爆発する
逃げ出せば爆発。抵抗すれば爆発。外そうとすれば爆発。通信により下された指示に歯向かうと爆発
手榴弾の原理をご存じだろうか?B級映画なんかじゃ炎を噴き上げる爆弾として使われているが、本来は爆破による『破片』で殺傷する事を目的としている


('A`)「……」


この腕輪も同じ。手首が吹っ飛ぶだけなら安いものだが、下手を扱けば死人は一人に留まらない
ここであの兵士が気まぐれを起こせば車内は血みどろの大惨事になるのは目に見えている
俺としては別にそれでも構わないが、後で掃除をする連中が余りにも不憫だ

415 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/05/01(水) 02:40:11 ID:5QojOfSc0
(´・ω・`)「こんなもんフランク・マーティンだけで十分だっつーんだよ……」

('A`)「もしくは一日外出権ってとこだな」

( ^ω^)「勘弁してくれお。娯楽から離れて暫く経つってのに」

('A`)「お前らもか?」

(´・ω・`)「ああ、新聞すら読ませて貰えなかったぜ」


ショボい飯に臭くて狭い部屋だったのは共通だったらしい。普通に拷問だった
それ故だろうか。他愛のない会話を楽しんでいる自分がいた


( ^ω^)「新天地は、もうちょいまともだと助かるお」

(´・ω・`)「一杯やりてえもんだな」

('A`)「……」


『新天地』。死を許さなかった俺の運命とやらは、その贖罪の地で
一体、どんな償いをさせようってのだろうか―――

416 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/05/01(水) 02:40:39 ID:5QojOfSc0
―――――
―――



「―――以上だ。何か質問は?」

( ^ω^)「はいお」

「無いようだな。それでは、我々は撤収する」

( ^ω^)「はいお」

「くれぐれも、逃げ出そうなどと思わぬように」

( ^ω^)「はいお」

「行くぞ。長居すればタダでは済まんからな」

( ^ω^)「はいお」


必要最低限の説明を終え、移送班は逃げるように去っていった
バスが残した排気ガスと砂ぼこりを感じていないのだろうか。ブーンは五回目の挙手を繰り出していた


(´・ω・`)「さて、噂に違わぬ堂々の佇まい。これが『地獄の鎮守府』かい」


荷物を担ぎ上げ、古ぼけた木造の校舎を見上げる。逆立ちしてもこれが現代の軍関連施設には見えないが
これでも『元』は、太平洋に面する廃村を再利用した一つの『鎮守府』だったらしい
エンジン音が響く背後を振り返れば、山と緑がお出迎え。文明建築らしき代物は、鉄筋コンクリートで作られた『ゲート』くらいだ
まさしく『ザ・ド田舎』って感じの場所だった。少なくとも、フリーWi-Fiは設置されちゃいねえだろう

417 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/05/01(水) 02:41:18 ID:5QojOfSc0
('A`)「にしても、随分と緩い制約を課されたな」

(´・ω・`)「拍子抜けするほどにな。ただ……」


そこに何故『地獄』などという物騒な名称まで付与されているのか。海軍に属する者なら、ある種の都市伝説として耳にした事のある噂話がある

『着任した提督及び艦娘が悉く不審死を遂げる呪われた鎮守府』

その惨劇は、片手じゃ収まらないほど数多く存在する。故に、軍が厄介者を始末する『処刑場』とまで呼ばれた場所だった
この話は勿論ながら民間にも知れ渡っているが、何せ話が話だ。本怖スレを盛り上げる程度のネタに留まってはいた
たまにワイドショーなんかで思い出したかのようにマスコミからの質問を投げかけられたりもするが、広報担当は決まってこう言った

『ただのオカルトです。信憑性はありません』と

俺も二人も、その言葉を信じて本気にしていなかったが、ああも露骨に逃げ帰られると考えを改めざるを得ない

418 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/05/01(水) 02:42:21 ID:5QojOfSc0
('A`)「……まさか実在してたとは」

(´・ω・`)「伽椰子でも住みついてんのかね……艦娘が力で押し負けるとは考え辛いが」

('A`)「やだ怖くなってきた」

(´・ω・`)「ブサイクだから大丈夫だろ」

('A`)「根拠にならねえよクソ眉毛」

(´・ω・`)「コンプレックスをネチネチと突く天才かお前」


誰もが軍に入れば口なんて一瞬で悪くなるものだろう


('A`)「……ここの最後の主が『世界最強の提督』であり、『世界最悪の犯罪者』である変態、『小練 詩音』」


ちょうど二年も前だろうか。国内どころか世界を揺るがした大事件がある
その可愛らしい響きの名前の男は、『国連海軍特殊部隊』という枠内において国内外最強と言わしめる艦娘部隊を率いる立場でありながら
当時の国連総長である一人の日本人を殺害。全部隊員と共に行方を暗ませた。その後、捜査により次々と悪行が明らかになる


('A`)「部隊員である艦娘の洗脳に、隔離された鎮守府でのサバト、政治家との癒着、海外艦娘の不当な買収……」

(´・ω・`)「中でもスナッフ・フィルムを好んだ変態だっつー話だったな……胸糞悪い話だぜ。ったくよ」


稀代の大悪党の壮絶な人生は、以下艦娘を巻き込んだ海上での集団自決で幕を閉じたとされているが
数多く遺されている筈の死体は、一つも見つかっていない。依然として捜査と警戒は続いているものの
この広い太平洋で壮絶に爆死したのなら、魚の餌になっていると考えるのが自然だろう
それに、世間の風化は案外早い物。未知の敵対生物との戦時下なら、情報の移り変わりはより目まぐるしい
死んだ野郎の安否より、深海凄艦の動向と明日の天気の方がよっぽど重要な案件となっていた

419 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/05/01(水) 02:43:21 ID:5QojOfSc0
('A`)「そんで、俺らに課せられたお仕事が『元』悪の巣窟の管理か」

(´・ω・`)「近海の監視と一日二回の無線報告、建造物の維持、修繕。期限は終戦を迎えるまで。その後の恩赦に関しては追って考慮する」

('A`)「補給は月一、ライフライン完備、ネットは使えないが地デジは見れる……給料も、雀の涙ほどには出る」

(´・ω・`)「尚、鎮守府から半径十キロ以上離れた場合、腕輪に内蔵されたGPS信号により爆破装置が作動する」


大まかな説明は以上。実にシンプルでわかりやすく、それでいてぬるい仕事だった
この施設が『訳アリ』なのを除けば、檻の中で一生を過ごすより遥かに良い待遇と言える
まぁ、『実績』があるからこそ俺らみたいなクズを消耗品として管理人に就かせたのだろう


('A`)「何か質問は?」

( ^ω^)「はいお」

('A`)「はいブーンくん」

( ^ω^)「おやつは出ますかお?」

('A`)「あいつら帰って正解だわ」

(´・ω・`)「荷解きして探検と行こうぜ」

( ^ω^)「暗い雰囲気を少しでも和らげようと思ったのに」


余計なお世話だった。とにかく、先ずは一息つきたい
必要最低限の生活必需品が入ったバックを担ぎ直し、新たな『我が家』……別名、『あばら家』に足を踏み入れた

420 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/05/01(水) 02:44:09 ID:5QojOfSc0
鎮守府である旧校舎と隣接する居住棟の一室にそれぞれ荷物を置き、オッサンは調理場、ブーンは工廠の確認へと一目散に飛び出した
特にこれといった専門職に就いていない俺は、校舎内を適当に散策することにした。出来ることなら早急に風呂場を見つけて汗を流したい
曰くつきの施設に置いて個人行動は死亡フラグに該当するが、着いて早々登場人物が殺されるなんて盛り上がりに欠けるよなぁ


('A`)「意外と……」


てっきり廃屋一歩手前な内装を想像していたが、中は案外綺麗だった。学校の面影は色濃く残っており、教室には椅子と机が規則正しく並んでいる
初めて踏み入る場所でも『学校』とは懐古を掻き立てるものだが、それが良い思い出とは限らない。ガキの頃から問題児だった俺にとっちゃ、苦虫を頬張ってるようなものだ


(;'A`)「ああ、やだやだ」


嫌な事だけはずるずると覚えているんだから、人のオツムってのは構造的に欠陥を抱えているらしい


('A`)「ん……?」


などと、人の作りを嘆いていると、廊下の先で『リン』と鈴の音が聞こえた


(;'A`)「うっわ……」


気の所為なら良いのだが、目を向けた先に何か『白く細長い物』が軽い足音を伴って消えていったのだから、誤魔化しようもない
俺はどうもきっちりと死亡フラグを立てていたらしい。早速怪異にお出迎えされるとは、全くツキがない
いや……オカルトなんてそうそうあるだろうか?確かに『場所』として地獄の鎮守府は存在した
だが『噂』までもが実在するとは限らない。仰々しい代物には決まって尾鰭が付くものだ


(;'A`)「猫かなんかだろ……」


またもや死亡フラグを立てた気がしてならんが、正体さえ掴んでしまえば恐れも無くなる
意を決して、その後を追ってみることにした

421 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/05/01(水) 02:44:52 ID:5QojOfSc0
('A`)「……」


『りん』、『りん』
曲がり角、階段、辿り着いた先でチェックポイントのように鈴の音が聞こえ、『猫』が走り去る
まるで俺をどこかへと導いているかのようだ。その先が地獄のような有様で無ければいいが


('A`)「ん?」


二階へと上がった時、音が『きしみ』に依るものへと変化した


('A`)「おっと……」


音を追って廊下を歩くと、程なくして正体が判明した。内開きの『扉』が僅かに開いていた
ドアノブは丸いタイプであり、猫が飛び乗った所で開けられるとは到底思えない
室名札を確認すると、そこには『司令室』の文字が。あの悪名高い提督の、執務室であった


(;'A`)「マジかよ……」


好奇心は猫をも殺すというが、猫に抱いた好奇心で殺されるとは思ってなかった
しかし、背を向けて逃げるのも何か恐いし……ええい、男は度胸、なんでも試してみるものだ


(;'A`)「お邪魔……」


扉を軽く押し、変な手ごたえが無いことを確認して開けていく。ショットガンズドンとか無くて一先ず胸を撫で下ろした
カーテンは全て閉ざされている為、やや薄暗い。壁際のスイッチを押して電灯を点けた。電流走らなくて二先ず胸を撫で下ろした
先ず目についたのは重厚な執務机。その手前には応接用のソファーと足の短いテーブル。ちょっとした流し台とクッキングヒーター、冷蔵庫があるのは茶を入れるためだろう
壁際にはズラリと本棚が並んでいる。資料かと思えば、なんとほとんどが漫画本だった。中には映画のDVDも差し込まれている


(;'A`)「……」


執務室というよりは、ネカフェの有様だ。いや、紙媒体よりデータ化を好んだ人物だったのかもしれない
だが、肝心のデジタル媒体は執務机の正面に立て掛けてある液晶テレビくらいしかない
それもそうか。PCがあるなら重要な証拠となる。もし残っているなら真っ先に徴収されるだろうし
そもそもそんな物をおめおめと残したままにしとくとは思えない。俺ならば絶対に壊す

422 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/05/01(水) 02:45:45 ID:5QojOfSc0
('A`)「……ふむ」


一通り見まわした後、おっかなびっくりカーテンを開けたり執務机の椅子を蹴ってみたりしたが、特に何事も起こらない
隠れられそうな場所も確認したが、『色白なガキ』が此方を覗いてたなんてこともなかった。胸撫で下ろし放題だった


('A`)「疲れてんのかな……」


幻視に幻聴、暑さで頭がやられちまった。そう考えることにした
せっかく執務室に辿り着いたのだ。一つ、提督の気分でも味わってみるか


('A`)「よっこらしょっと……」


クッションがヘタった椅子に腰かけ、机に肘を置いて指を組み合わせる。気分はさながらNERVの司令官だ
いや、バイオ4のレオンに近いのかもしれない。俺はこんなご立派な席に着くには程遠い野郎だ
それに、『提督』という立場にも余り良い思い出がない。少なくとも一人は、艦娘を売り飛ばした人物なのだから


('A`)「……」


その中でも、歴史に残る悪行を為した奴の机に座っている。不意に、身体に震えが奔った
国家どころか世界の転覆を企み、国連総長を殺した男。テレビの向こうのニュースキャスターから教わった大事件の首謀者が


(;'A`)「……」


『この場所に、居た』
そんな生々しさを感じたが故の、悪寒によるものだった


(;'A`)「……」


『戻ろう』。そう思い立って立ち上がろうと机に手を着くと、親指が引き出しに当たり、僅かな物音が立った


(;'A`)「……」


頭は制止の信号を出したが、身体は従わず取っ手に指を掛けた
『恐いもの見たさ』とはよく言ったものだが、この中に何もないことを願っている自分もいる
矛盾で高鳴る鼓動を深呼吸で落ち着かせ、ゆっくりと引き出した

423 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/05/01(水) 02:47:04 ID:5QojOfSc0
(;'A`)「……っ」


中に入っていたのは、呪いのアイテムでも凄惨なスナッフ写真でもない。何の変哲もない『布』だった
だからこそ、俺は深く後悔する羽目になる。『ああ、見なきゃよかった』と


『小練 詩音』に関して一つ、大きな話題を呼んだ特徴がある


証言に依ると、彼は鎮守府での執務並びに戦場での活動の際、必ず顔を覆面で隠していたらしい
それは大本営での出頭、上官との面会に置いても変わりなく、素顔を知る者はごく少数に限定されていた
理由については割愛するが、そのマスクというのが


【 (キT) 】


目元に一本、眉間から顎下まで一本。合計二本の太線で『T』を模したデザインの物だった
引き出しの中に入っていたのは、正しく彼が日常で使っていたのであろうTマスクであった


(;'A`)「っ、とに、ビビらせやがる……」


右頬を黄色の糸で修繕されたそのマスクは、暑さからではない汗を流す俺を静かに見上げている
思いもよらず『涼しく』なったのは僥倖だったが、今夜は悪い夢を見てしまいそうだ
引き出しを閉じ、サッサとこの場から出ていくことにした。今となってはあの姦しい連中と一刻も早く合流したい


(;'A`)「くわばらくわばら……」


出来る限り立ち入らないようにしよう。そう心に決め、電灯を消して扉をしっかりと閉めた

424 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/05/01(水) 02:48:21 ID:5QojOfSc0






この一月後、俺たち三人の『彼』に対する認識がひっくり返るとも知らずに―――







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