艦娘がいない鎮守府のようです 改

428 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/06/08(土) 01:30:05 ID:9//7Mvdo0
('A`)「どうだった?」

( ^ω^)「いや特に何も……割と良い施設ってだけで」

('A`)「マジ?」

( ^ω^)「こうして嗜好品の恩恵に預かれてる時点で文句の吐けようもないお」


ガラス製の灰皿にトンと灰を落としながら、ブーンは煙を吐き出した
輸出入制限が課せられている今となっては、タバコも決して気軽に楽しめる嗜好品とは言えない
現状世界最大の艦娘戦力を抱える日本ですら、辛うじて供給出来ているという現状だ


( ^ω^)「俺らの給料はこれで消えそうだお」

('A`)「全くだな……こんな場所じゃ金の使い道も無いし」


だからと言ってキッパリとやめられないのがニコチン中毒の悲しい性だ
長い獄中生活で培った禁煙も、あっさりと終わってしまった


('A`)「フゥー……」

「飯が出来たぞー!!取りに来い!!」

( ^ω^)「待ってました!!」


厨房からの呼び声に、いち早くデブが反応する
かく言う俺の腹の虫も、餌を求めて鳴き声を上げた


(´^ω^`)「っかー!!気兼ねなく腕を振るえるってのは良いもんだなぁオイ!!」


カウンター越しに料理を置いていくオッサンの顔を見れば、どのような感想を抱いているかなど言うに及ばない


( ^ω^)「ひょー!!うんまそうだお!!」

(´^ω^`)「せやろがい」


ブーンの言う通り、『ジジジ』と音を上げる龍田揚げと生野菜のサラダは否が応でも溜飲を下げさせた
揚げたての油物などいつぶりだろう。これほど瑞々しい野菜も久しい。湯気を立てる汁物も心を躍らせる

429 名前: ◆L6OaR8HKlk[sage] 投稿日:2019/06/08(土) 01:32:39 ID:9//7Mvdo0
(´^ω^`)「全く信じられねえほど厚遇だ!!食材も酒もたんまり入ってやがった!!三人じゃ食い切れねえほどにな!!」

('A`)「……?」

( ^ω^)「何ボケっとしてんだお!!さっさと食おうぜ!!」

('A`)「ああ……」


『三人じゃ食い切れねえほど?』囚人に必要以上の余剰分を置いていたって事か?
それに、タバコもそうだが酒も置いてある意味が読み取れねえ。余りにも待遇が良すぎる
いや、例えば海軍関係者が今後この場所に滞在するのならそれもあり得ないとは言い切れない


('A`)「うーん……」

(´・ω・`)「なんだ唸ったりして?腹でも痛えのか?」

('A`)「いや……なんでもない」


どうにも腑に落ちなかったが、美味そうな飯の誘惑には勝てなかった
思案の時間などいくらでもある。今は腹を満たすのが先決だ


( ^ω^)「いただき卍!!」

('A`)「古っ……いただきます」

(´^ω^`)「めしあがれ」


早速、熱々の龍田揚げに箸を運ぶ
サクリとした歯ごたえの後に、火傷しそうなほど熱い肉汁がじゅわりと溢れ出た
にんにくが効いた鶏肉を数回咀嚼し、すかさず炊きたての白米を口にすると


('A`)「うっめ……」


脳汁が迸るほどの幸福感に包まれ、無意識に賞賛の一言を口にした

430 名前: ◆L6OaR8HKlk[sage] 投稿日:2019/06/08(土) 01:34:55 ID:9//7Mvdo0
(´^ω^`)「ブサイクでも味はわかるようだな!!」

('A`)「その一言が無かったら手放しで褒めてたのに」

( ^ω^)「ハムッ!!ハフハフ、ハフッ!!」

(´^ω^`)「豚も豚みてえにがっついててなによりだ!!」

( ^ω^)「ねぇ、飯が不味くなるから一々罵倒すんのやめて?」


性格と料理の腕は必ずしも比例しないらしい


('A`)「以前も鎮守府で勤務を?」

(´^ω^`)「あったぼうよ!!大飯食らいの面倒を一辺に見てたんだぜ?」

( ^ω^)「あー、わかる。艦娘って消費カロリーすげえもん」


艦だった頃の名残か、それとも艤装を動かすために必要なのか
艦種にもよるが、艦娘のエンゲル係数は異質なまでに高い
厨房の忙しさは人間相手と比べるまでも無いだろう


(´^ω^`)「たった三人分の飯じゃちょいと物足りねえがな!!ガハハ!!」

( ^ω^)「おかわり!!」

(´・ω・`)「テメーで注いでこい」

( ^ω^)「あ、はい……」


情緒どうなってんだこいつ

431 名前: ◆L6OaR8HKlk[sage] 投稿日:2019/06/08(土) 01:39:29 ID:9//7Mvdo0
('A`)「恐れ入ったよ。てっきりメシマズが過ぎて島送りにされたのかと」

(´・ω・`)「メシマズが調理師に選ばれるワケねえだろ」

('A`)「それならどうして六人もぶっ殺した馬鹿と同じ場所に送られちまったんだ?」


オッサンの表情から色が抜け落ちる。誰しも落ち目を突かれたらこうもなるだろう
しかし、俺にも知る権利はある。これから共に暮らすと言うのに、得体が知れないとオチオチ寝ていられねえ
まぁ、それはオッサンにもブーンにも言える事だろう。何せ、殺人犯との共同生活だ


(´・ω・`)「……誘拐」

('A`)「……」


ボソリと呟かれた二文字。そう言えば、監視の一人が言っていたな、『ロリコンの分際で』と
鎮守府に置いて最も多い犯罪は『性暴力』だ。一時期はその傾向も鳴りを潜めていたと聞くものの
実際の現場では黙認される事も多い。俺がこの場所へ到った原因を見れば一目瞭然だ
言わずもがな、誘拐は犯罪だ。こんな事言いたくねえが、技術力の結晶たる艦娘なら重要度も増す
仮に、お隣の頭の愉快な国へと送り込まれ、分析などされてしまえば、莫大な軍需で潤っている我が国にとっては堪ったものではないからだ


('A`)「俺が言うのもなんだが、よくもまぁ生きていられたな」

(´・ω・`)「お互い、悪運だけは良いようだな……腹に二発。かろうじて腸に傷は付かなかった」


どのような目的であれ、無断で艦娘を連れ出すのは重罪に値する。発見次第射殺すらあり得るのだ
それだけ艦娘という『兵器』の情報漏洩には細心の注意が払われている。人としての扱いより、『物』としての扱いの方が遥かに厳重だ


(´・ω・`)「俺も絞首刑を待つ身だったが、人生とは最後までわからんもんだな。こうして、また人に料理を振舞えるなんて」

('A`)「……」


鎮守府に勤務していたのなら、当然その危険は理解していた筈だ。命を懸けてまで『それ』をする必要があったのだろう。覚悟と勇気を伴って
そして失敗した。目的は達成できず、死にぞこない、罪人として後ろ指をさされ、こんな場所へとたどり着いた


('A`)「……美味ぇよ」

(´^ω^`)「飯炊きの冥利に尽きるぜ」


思わず出てきてしまった慰めの言葉に、力のない笑顔を返してくる
『信じられないほどの厚遇?』冗談じゃない。俺らに課せられたのは、『負け犬』として生きながらえる苦しみだ

432 名前: ◆L6OaR8HKlk[sage] 投稿日:2019/06/08(土) 01:40:27 ID:9//7Mvdo0
( ^ω^)「おデブ!!」


ドンと勢いよく長テーブルに置かれたビール瓶に、俺らの身体は飛び跳ねた


( ^ω^)「暗ぇお。二人っきりになったらいきなり会話が少なくなる友達以上恋人未満の関係かお前ら」

('A`)「咄嗟にその例え出てくるのすげえ気持ち悪いな」

( ^ω^)「折角の新生活一日目に落ち込んでどうすんだお。呑むぞ!!」


ブーンがリズムよく瓶の蓋を外すと、安い金属の王冠がテーブルの上で踊った


('A`)「グラスは?」

( ^ω^)「みみっちぃ事言うなお。お行儀を重んじる性格でもないだろ?」

(´^ω^`)「クク……いいじゃねえか。酒で無茶してた若い頃を思い出すぜ」

('A`)「俺らはまだ若いですけど?」

(´・ω・`)「そういうのやめろよ……」


アホなティーンのノリをこんな場所でするとはな。だが、断る理由もない
美味い飯と酒を前に、暗い雰囲気など野暮というものだ

433 名前: ◆L6OaR8HKlk[sage] 投稿日:2019/06/08(土) 01:41:34 ID:9//7Mvdo0
('A`)「乾杯の音頭は?」

( ^ω^)「言い出しっぺの法則というものがあってだな」

('A`)「出たよ……」

(´^ω^`)「ドックンの!!ちょっといいとこ見てみたい!!」

('A`)「それは音頭の後だろ……」


文句を言うのも面倒だ。サッサと済ませてしまおう


('A`)「ハァー……クソッタレ共の檻に」


実に自虐に満ちている。しかし、早く呑めるのなら音頭などどうでもいいらしく


(´^ω^`)「おっぱい!!」

( ^ω^)「おっぱい!!」

(;'A`)「……」


勢いよく瓶をぶつけ合い、のど越しの良い小麦のジュースを一気に流し込んだ
舌を奔る苦みと炭酸の泡。胃に落ちていく清涼感に、俺はまた一つ『納得』を知った


『ああ、なるほど。お先真っ暗な奴が溺れるワケだ』と

434 名前: ◆L6OaR8HKlk[sage] 投稿日:2019/06/08(土) 01:44:09 ID:9//7Mvdo0
―――――
―――



田舎の夏休みというものに縁がない人生だった。両親共々都市部出身の上、アウトドアな趣味も持ち合わせていなかった
キャンプの経験も兵学校の門を叩いてからだ。それから一年の三分の二ほどをテントの下で過ごした
戦時中だ。穏やかな寝起きの筈もない。なんなら宗教狂いのカス共に寝込みを襲われたことすらある
一日一日を生きるのに精いっぱいで、老後には田舎で農業して云々などと、将来の展望を考える暇もなかった
まぁ、どちらかと言えば俺も趣味はインドアな方だ。スマホの電波が頻繁に圏外になるような場所に、わざわざ赴く気も起きなかっただろう


('A`)「フゥー……」


つまり、ここでの生活は田舎初体験とも言える。一週間ほど過ごした感想は


('A`)「飽きるな……」


だった


《ようドク、異常は?》

('A`)「ねえよ。ずっとねえ。カモメが飛んで波が立って、それ以上もそれ以下もねえ」


見張り台から眺める景色は、ただ水平線が広がっているだけだ
最初の三日ほどは双眼鏡を覗いたりしていたが、今となってはパラソルの下でFMを聞きながら図書室に置いてあった漫画本を読んでいる始末だ
これで給料が出るんだからチョロい仕事だ。オバケの類も今のところ俺らを襲いには来ない
湖を抱える廃キャンプ場が近くにあれば、ホッケーマスクの臭い不死身男がお茶でも嗜みに訪れるのだろうか


《適当に切り上げちまえ。おやつ作ったから食いに来いよ》

('A`)「冷たいコーヒーも頼むぜ。濃いめでな」

《はいよ》


フィルター際まで吸ったタバコを、所々錆びついた吸い殻入れに放り込む
『夏休み』も残り三日だが、日中はまだまだ暑い日が続きそうだ。渇いた喉を潤しに行くか

435 名前: ◆L6OaR8HKlk[sage] 投稿日:2019/06/08(土) 01:46:57 ID:9//7Mvdo0
( ^ω^)「うっま……ポッキーうま……ナッツも散りばめてあるとか神か……?」

(´^ω^`)「そうだよ」

( ^ω^)「調子乗っ……神様……」

(´^ω^`)「本音を隠す努力をしろ」


程よく効いた空調で、冷えた空気が肺に入って心地良い
食堂では一足先に男同士のティーパーティーが行われていた
ブーンも工房で何かしらの作業をしていたはずだが、デブは食い物の事となると俊敏になるらしい。獣と一緒だな


(´・ω・`)「おう、お疲れ」

('A`)「おう……ポッキーか。何でも作れるな」

(´^ω^`)「お嬢様方の要望に応えるショボンおじさんやぞ?」

('A`)「だってよお嬢様」

( ^ω^)「苦しうなくてよ」

(´^ω^`)「すっっっげーーーーーーーーーーーーやる気失くす」


氷の入ったキンキンのアイスコーヒーを一飲みし、ナッツが降りかかったポッキーを咀嚼する
既製品よりも太めに作られたそれは、小気味良い歯ごたえとナッツの食感がクセになる味わいだった


('A`)「うん……イケる。カロリーに目を瞑れば大好評だったろうな」

(´^ω^`)「それ小娘共にもめっちゃ言われた」

( ^ω^)「デブと女性に対する配慮はねーのか」

(´・ω・`)「テメーは自己管理が足りてねえだけだろうが。ドクを見習え。腹筋バキバキやぞ」

( ^ω^)「俺だって下腹が愛らしいって陰でコソコソ言われてました~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!」


陰口を都合よく解釈しただけじゃ無いのか?とツッコミを入れたくなったが、不毛なので言い留まって
リモコンを手に取りテレビの電源を入れた。画面の中では老若男女入り乱れた集団が、プラカードを手に行進をしている姿が映し出されている

436 名前: ◆L6OaR8HKlk[sage] 投稿日:2019/06/08(土) 01:49:42 ID:9//7Mvdo0
(´・ω・`)「……この手の連中は、世界が終わるまで居なくならねえだろうな」

('A`)「……」


第二次大戦終戦後、日本は第九条の下、侵略戦争行為とは無縁の国となった。そして何十年にも渡る平和により、徐々に国民から『危機感が』薄れていった
例えお隣の国がミサイルを飛ばそうが、領海にちょっかいを出そうが、情熱と暇を持て余した『愛国者』さん達は、政府や軍関係者へ向けてこう唱える

『戦争反対』『軍事力の廃棄を』『対話による解決を』『子供達に未来を』と

大いに結構だと思う。ぶっちゃけた話、俺だってお国の為なんかに死にたかねえ。食い扶持を稼いでるとは言え、戦争なんて無い方がよっぽど良いに決まってる
『死にたく無い』『殺したく無い』。人が人である為の抑止力を外さなきゃいけない行為など真っ平御免だと往来で主張するのもわからなくはない
だが今は平和な世の中ではなく、『戦時中』だ。それも、史上類を見ない『全人類対バケモノ』という、SF小説のネタにでもなりそうな戦争なのだ
戦争を起こさなければ命は今以上に散り、軍事力が無ければ領海、領土は今以上に踏み荒らされていた
兵は、艦娘は、子供達の未来を守る為に戦地へ赴いている。対話で解決?タチの悪いジョークだ


( ^ω^)「知らぬが仏、だお。俺は逆に安心するね。この国はまだこれだけ寝ぼけた奴らがのさばれる程度には平和なんだって」


皮肉の利いた物言いだが、事実その通りだ。今や日本は世界一安全な国なのだ
各地に配備された鎮守府という砦と、艦娘という唯一深海棲艦に対抗できる守護者を抱え、今の今まで持ちこたえている
ブーンの言い分も理解できる。テレビに映る連中は、日本がまだ民主主義国家の体を保っている象徴とも言えるのだろう


(´・ω・`)「悪い、変えていいか?」

('A`)「ああ……勿論」


だから何だ?俺ら軍属の人間にとっちゃ不愉快極まりない映像に変わりはない。あんな連中の為に戦っている自覚など生まれてこの方抱いたことはないが
現場も知らねえ連中に好き勝手に言われて、気にするなという方が無理だ。平和、民主主義、お綺麗な言葉が一々癪に触る

こんな話もある。深海凄艦出現の最初期、艦娘技術が日の目を見ていなかった頃、当時の首相『南慈英』が独断で起こした海上自衛隊の出動命令
敵対生命体による侵略行為に対する返答としては満点を贈っても良いほどの英断だったが、メディアと一部政党はこれを痛烈に批判した
『軍事権力の乱用』『帝国主義の復活』『大日本帝国の再建』。エイリアンから領地を守っただけでこの言われようだ
これらの寝言は艦娘が配備されてからも国会で振りかざされ続けた。国を守る艦娘戦力は、近隣諸国を悪戯に刺激する危険要素だとも
一時は実質的な艦娘の規制及び制限法案である『艦娘三原則』まで成立したのだ

437 名前: ◆L6OaR8HKlk[sage] 投稿日:2019/06/08(土) 01:51:19 ID:9//7Mvdo0
('A`)「……」

(´^ω^`)「おっ、クソ映画やってんじゃん!!やっぱりてれ東なんだよなぁ!!」


真っ当な軍人としての道を自ら絶った俺にとっては、もはや関係のない話なのだろう。恐らく今後、戦場に立つことも無い
そう割り切ろうとしても、胸中の苛つきは晴れることなく募るばかりだ。腐っても俺は兵士らしい


('A`)「ごっそーさん」

(´・ω・`)「ん、おお?どこ行くんだ?」

('A`)「ジム。運動してくる」

(´・ω・`)「おいデブ、ドクを見習ってお前も鍛えたらどうだ?背筋バキバキやぞ?」

( ^ω^)「色男、金と力はなかりけり」


抱腹絶倒の自虐ギャグだったが笑う気にもなれず、コーヒーを一気に飲み干し食堂を出た
冷たい物による頭痛が襲ってきたが、甘んじてそれを受け入れた


('A`)「ハァー……」


気が紛れるのなら、痛みも苦しみもそんなに悪いもんじゃ無い

438 名前: ◆L6OaR8HKlk[sage] 投稿日:2019/06/08(土) 01:53:13 ID:9//7Mvdo0
ブーンが初日に言った通り、僻地の鎮守府にしてはかなり設備が整っている
中でもトレーニング用の備品に関してはどこよりも充実していた


(;'A`)「フーッ……フーッ……」


筋トレは好きだ。数を熟せば必ず結果が着いてくる。ベンチプレスも今や百四十を持ち上げられるようになった
兵学校時代も同期と競うように鍛えたものだ。思えば、やや過剰だったかもしれない。どうにも負けず嫌いな連中が多かったようだ
ある時、そんなアホ共の姿を見て誰かが言った。随分とやさぐれた表情で、吐き捨てるように


『どれほど鍛えたところで、艦娘にも深海棲艦にも敵うものか』


人間兵はあくまで艦娘の補助に過ぎない。戦車や火器を使って倒すことも可能だが、掛かる時間も労力も『主兵力』とは比べるまでもない
思えば、彼なりの忠告だったのかもしれない。肉体を強化しようが所詮人は人、怪物には敵わないのだから別の事に注力しろと
だがアホの一人は不快に思うどころか、寧ろイキイキとした表情でこう言い返した


『いいや勝てる!!俺は見た!!デカい矛一つで深海凄艦をぶった斬った男を!!』


反応は、大半が笑いを上げるかあざ笑うかであった。かく言う俺もその一人で、てっきり冗談か何かだと思ったのだ
最弱とも称される駆逐級でも、人からしてみれば装甲を纏い砲を抱えた鯨のようなものなのだ。アニメや漫画の読みすぎでもなけりゃ、信じる筈もない
だが、中には深妙な顔をして黙りこくる奴らもいた。俺以外にもその存在に気づいた奴もいたらしく、笑い声は徐々に小さくなっていく


『大洗でか?』

『ああ、お前も?』

『いや、俺は生き残った知り合いに聞いた』


かつて大洗を火蓋に世界中に被害と衝撃を齎した戦闘があった。通称、『列島事変』である
口に出すのも憚られる『学園艦凄姫』の侵攻の下、戦車道強豪チームである『大洗女子学園』に侵入を許し、戦場となった
政府は艦娘勢力だけでなく当時の陸自、海自を惜しみなく投入。更には国連が保有する対深海凄艦特殊部隊を要請し、対処にあたった
辛くも勝利したものの、犠牲者は大洗だけでも六万人に昇り、更には『学園艦』という巨大艦船にすら取り付く奴らへの恐怖は全世界の人類に驚愕と恐怖を与えたのだ

439 名前: ◆L6OaR8HKlk[sage] 投稿日:2019/06/08(土) 01:58:29 ID:9//7Mvdo0
『俺はSNSだ』

『ニュースにもなってなかったか?』

『ネット掲示板落ちるくらい盛り上がってたぞ』


二人の会話を揮発剤に、口々に『スーパーマン』の目撃情報が上がってくる
人が、火器も使わず深海凄艦を倒す。俺も笑いはしたが、一つ前例があったのを思い出した


『ドイツじゃナイフ一本で倒した奴がいたって聞いたぞ?』

『だがそれを真に受けたフランスが白兵部隊を投入して返り討ちに遭ったって言うじゃねえか!!』


ヨーロッパに大打撃を与えたベルリンでの戦闘記録に、とある少尉が敵旗艦をナイフで刺し殺したというものがある
深海凄艦上位種……所謂、『人型』に関しては、肉薄すれば人の力でも武器が刺さり、急所の位置も変わりはないという確実なデータはあるものの
結局、艦砲レベルの超火力を背負ってるバケモノには変わりなく、話の信憑性の確認もせずフランスで編成された白兵部隊は呆気なく犬死にした
その少尉とやらが神に愛されたラッキーマンなのか、それとも砲撃を食らってもビクともしない超人なのかは確かめる術はないが
少なくとも、深海凄艦に剣や槍などの原始的な武器で挑むなど無謀に変わりはない。ましてや、『この目で見た』などと言われても、幼稚なジョークにしか聞こえないのも無理はない

440 名前: ◆L6OaR8HKlk[sage] 投稿日:2019/06/08(土) 01:58:54 ID:9//7Mvdo0
『政府が極秘に開発した人型兵器とか?』

『既に艦娘がいるのに、白兵戦力にリソースを割く意味はあるのか?』

『艦娘の艤装に適応した数少ない人間って話も……』


喧々諤々の議論は白熱していった。信じられなくとも、夢のある話だったからだ
いくつになっても男は『スーパーヒーロー』に憧れる。未知の敵対生物との戦争真っ只中なら余計にだ


『なぁ、そいつはどんな奴だったんだ?アイアンマンみたく、スーツでも着ていたのか?』


最初に『見た』と言った男は、その質問に対して目を煌めかせながら捲し上げた


『パンッパンの筋肉に身の丈の二倍はある矛を振り回して、艦娘を率いて深海のクソ共をぶっ殺して回った!!』

『豪快な光景だった!!命の危険が迫ってるにも関わらず、俺は逃げるのも忘れて見入っちまった!!艦娘が勝利の女神とするのなら、彼はまさしく軍神だ!!』

『何より惹かれたのは、顔を特徴的なマスクで覆い隠してたってとこだ!!痺れるじゃねえか!!まさにスーパーヒーローだった!!』


俺は合いの手も込めてこう聞いた


「どんなマスクだったんだ?」

『へへ……シンプルなもんだったぜ。アルファベット一文字で……』

441 名前: ◆L6OaR8HKlk[sage] 投稿日:2019/06/08(土) 02:00:06 ID:9//7Mvdo0





『( T)』






442 名前: ◆L6OaR8HKlk[sage] 投稿日:2019/06/08(土) 02:01:11 ID:9//7Mvdo0
(;^ω^)「ドク、ドク!!」

(;'A`)「ッ!!」

(;^ω^)「潰れちまうお!!オイ!!」


ブーンの声が回想から意識を引き上げる。いつの間にか持ち上げる事をやめていたバーベルが、胸を圧迫していた
道理で息苦しい筈だ。恥ずかしながら自力で持ち上げる体力は残っていないらしく


(;'A`)「悪い……手伝ってくれ」

(;^ω^)「お、おお……」


ブーンの手を借りて過負荷から逃れられた


(;^ω^)「ストイックも結構だけど、余力を考えてトレーニングしろよ。自殺願望でもあんのかお?」

('A`)「……すまん」

(;^ω^)「あ、ごめ、今のデリカシーない発言だったお」

('A`)「気にしねえよ……迷惑掛けたのは事実だしな」

(:^ω^)「ん」


差し出されたスポーツドリンクを受け取り、礼を言ってから一息に半分を飲み込んだ
ブーンは向かいのベンチに座り、ジッと俺の顔を見据えてくる
暑苦しいのに暑苦しいものを見せられているが、救われた以上文句も言えない


('A`)「……あのよ」


どうにも気まずくなり、今しがた思い出した話を切り出すことにした

443 名前: ◆L6OaR8HKlk[sage] 投稿日:2019/06/08(土) 02:02:11 ID:9//7Mvdo0
('A`)「人が、白兵戦で深海凄艦を殺す事は可能か?」

( ^ω^)「何いきなり怖……」

('A`)「与太話だ。深く考えなくてもいい」


ブーンは腕を組んで天井を仰ぎ、しばし唸って


( ^ω^)「出来る。ただし、状況による」


と答えた


('A`)「その心は?」

( ^ω^)「極端な話、ドチャクソに拘束された人型深海凄艦なら女子供でも心臓一刺しで殺せるお。その必要があるのかどうかは別として」


状況を想像して、思わず吹き出してしまった
実に黒い冗談だ。そんなもん深海凄艦に限った話じゃないしな


( ^ω^)「戦場だと……真正面からは余程の幸運に恵まれてない限りは無理だお。奇襲、強襲による隙を突いた戦術なら、低確率だろうけど成功する。あるいは……」

('A`)「あるいは?」

( ^ω^)「対深海凄艦を想定して編制、訓練された部隊なら、真正面からぶつかっても打ち勝てるお」


眉を顰めた。今、こいつは『打ち勝てる』と言い切った
まるでそんな馬鹿みたいな部隊が『いる』と知っているかのような口振りで
そんな俺の反応を見て、ブーンは肩を竦めた

444 名前: ◆L6OaR8HKlk[sage] 投稿日:2019/06/08(土) 02:04:24 ID:9//7Mvdo0
( ^ω^)「可笑しな話じゃないお。艦娘が投入される以前なら、どんな手段を用いてでも奴らに対抗する必要はあった。それこそ、足軽よろしく剣と槍を背負って戦った兵士だっているだろうし」

('A`)「……ここの、提督もか?」

( ^ω^)「あれ?結構有名な話だと思ってたんだけど……」


旧友が見たという『スーパーヒーロー』の話に信憑性が増した
メディアが取り上げた『大犯罪者』の実情は負の側面ばかりだった。俺もそれに染まっちまっていたらしい


( ^ω^)「戦歴なら艦娘を凌ぐ数少ない叩き上げの提督だったらしいお。指揮、訓練だけでなく自らが前線に立ち、先陣を切った戦人だったとも。時代錯誤もいいとこだおね」

('A`)「……」


提督に対する個人的なイメージは『指揮官』で固定されている。ましてや、俺が経験した戦場で、前線に立ったなんて話は一度もない
艦娘を題材にしたライトノベルやアニメなんかもあるが、その殆どが艦娘のハーレムを侍らせる誠実な提督像だ
見るに堪えないオタク向けの作品を、よくもまぁ作り上げたものだと感心はしたが
徴兵の活性化、軍のマイナスイメージの払拭には、ある程度の貢献はしたのでは無いだろうか


( ^ω^)「これでも元整備士だお。戦場から帰ってきた艦娘と話す機会も多かった。みんな口々に『あそこの鎮守府は頭と戦闘力ヤバい』と言ってたお」

('A`)「限界化したオタクみたいになってんな」

( ^ω^)「草。もっと具体的に話すと、かなりの戦闘狂集団だったらしいお。提督も艦娘も、嬉々として敵を皆殺しにする連中ばかりだったって」


提督は兎も角、艦娘までその有様とは恐れ入る。世界最強の部隊は性格も一味違うらしい
好戦的な艦娘もいるにはいるが、それらを差し置いて『ヤバい』と言わしめる程には狂っていたのではないだろうか

445 名前: ◆L6OaR8HKlk[sage] 投稿日:2019/06/08(土) 02:05:31 ID:9//7Mvdo0
( ^ω^)「彼や鎮守府に纏わる黒い噂は別として、数多くの戦場で戦果を挙げたのもまた事実。日本が今まで持ち堪えたのも、彼らの貢献があってこそだと思うお」

('A`)「……随分と肩を持つんだな」

( ^ω^)「おっと、話が脱線しちゃったお。とにかく、人は深海凄艦も倒せる力を持ってる。この中じゃ、お前が一番近いだろうよ」

('A`)「へっ……ご期待に添えそうには無いがな」

( ^ω^)「謙虚で結構。戦場じゃ無謀な奴から早死にするお……そんじゃ、仕事に戻りますかね」


ブーンは膝をパンと叩いて立ち上がる。去り際に


( ^ω^)「ああ、そうそう。彼はその三倍の重さを毎日持ち上げてたらしいお」


と、言い残し、ジムを後にした


('A`)「三倍……三倍?」


人にもバケモンはいるらしい。そんな感想を抱いた後に、ブーンの発言が引っかかった


('A`)「なんで知ってんだよ。そんな事……」


一週間程度じゃ、腹の内を覗き込められない
いつかその答えを聞ける日が来るのだろうか


446 名前: ◆L6OaR8HKlk[sage] 投稿日:2019/06/08(土) 02:10:42 ID:9//7Mvdo0
今日はここまで

大洗やらドイツやらなんのこっちゃって人は7Xさんに同世界線のシリーズがまとめられているので頑張って読んでください
http://nanabatu.sakura.ne.jp/boon/dokuo_sinkaiseikanto_tatakau.html

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