艦娘がいない鎮守府のようです 改

395 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/02/07(木) 21:19:53 ID:vpwffbZI0
『よだか』。俺のあだ名だ。宮沢賢治の小説は読んだことあるか?国語の授業で習っただろ?
『実にみにくい鳥です』。他の鳥はそいつの顔を見ただけで嫌になっちまうっつってな。他人事じゃねえと思ったよ
ただ、あの話は最後に、鷹に迫害されて住処を追い出されたよだかが、空高く舞い上がって星になるっつーオチだった。

気に食わなかったね。他の鳥を見返しもせず、最後はお星様だぁ?
意味がわからなかったし、テストで『作者の心情を答えよ』と問われても、俺にはさっぱりだった
だからせめて俺は、突っ張って生きてやろうと思った。馬鹿にした連中には噛み付いてやったし、誰にも負けないように腕っ節も鍛えた
そうして行き着いた先が、『海軍』っつー腕力が物を言う職場だった

ガキの頃は『せんそうはいけないことです』だなんて教育が当たり前だったよな?
だが今となっちゃ、『いけないこと』をしなきゃ生きていけない環境になっちまってる。言い換えりゃ『戦争で食える』世界だ
兵士は正に天職だった。死と隣り合わせだが、殺せば殺すほど評価される。しかも相手は同じ人間じゃねえ。海からやってきたバケモノ、『深海棲艦』とその眷属
それと宗教の為なら自爆も辞さないクソテロリスト。良心はチクリとも痛まなかったね
男ばかりの組織も、ブサイクな俺には気が楽だった。勘違いしてもらっちゃ困るが、別にそっちの気があるワケじゃねえ
顔面格差による劣等感も、いくらか安らいだってだけだ。戦場を渡り歩いた戦友とも、良い関係と築けていた

396 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/02/07(木) 21:22:20 ID:vpwffbZI0
あれはアフリカでの防衛戦だった。深海棲艦および『寄生体』の侵攻を食い止める任務だ
俺は避難民の受け入れ及び警護を担当していた。楽な仕事じゃねえが、命の危険は前線より遥かに少ない
海辺から微かに聞こえるドンパチをBGMに、夜間の哨戒に就ていた。娯楽も何もねえ場所だったが、星は綺麗でな
夜空を眺めながらぶらついていたら、戦友の一人が『おい、おい』と呼んだ。戦場には似つかわしくない、新しいオモチャもらったガキみてーな顔してたよ

それがなんだか可笑しくて、俺も釣られてニヤついた。「何だよ」と聞くと、「良いから」と言いながら手招きをした
任務の最中だったが、ちょっとくらい良いだろうと思ってついていった。てっきり、ハッパでも……おっと、これはオフレコで頼む
案内された先は廃墟寸前の民家。避難区のテントから少し離れた場所だった
窓からは温暖色のLDEライトの灯りが漏れ、笑いと話し声が聞こえた。戸がぶち壊れた玄関には、申し訳程度の隠し布がされていてな


「ケーキとクラッカーでお出迎えか?誕生日はまだ先だぜ?」


そう聞くと、戦友は『頼むぜオイ』とも言いたげに空を仰いだ


「任務ばっかで気が詰まるだろ?分隊長殿が息抜きを手配してくれた。さぁ、入れよ」


俺は呆れて笑っちまった。任務中にも関わらず、不真面目なこって。とな
とは言え、分隊長殿の厚意を無下にはできない。それに俺も『息抜き』は嫌いじゃない
現地の商売女でも呼び込んだんだろうとでも期待して、隠し布を払い中に入った


そして、室内の様を目の当たりにして、俺の笑顔は引きつった

397 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/02/07(木) 21:25:17 ID:vpwffbZI0
出迎えの歓声あげる分隊のメンバーと、『息抜き』を用意した分隊長殿
そしてその中心には、四肢を拘束された『日系』の少女が、猿轡をされて横たわっていた
その瞳に涙と、猛烈な怒りを燃やして俺を睨めつけている。アフリカの地に削ぐわない『セーラー服』は目も当てられないほど破け、所々に焦げ目がついていた
『人間じゃない』と一目見てわかったのは、その娘の髪色が『銀色』だったから。陽炎型駆逐艦、『浜風』と呼ばれている艦娘だった


「分隊長殿、これは?」

「何、ここ一帯を締める提督殿とはちょっとした顔見知りでな。手を回してもらった」


俺の声は震えていたが、周りの連中は手拍子と囃子をあげる。頭は悪酔いしたかのようにグルグルと回り出し、喉から込み上げてきた吐き気をグッと堪えた
それが、連中には期待で唾を飲んだかのように見えたらしい。両手に構える四キロ近い鉄の塊が厭に重くなって、壁に立てかけた
傍に立つ、俺を呼び寄せた張本人は肩に手を置いて顔を近づけた。吐く息から、酒の臭いがプンと鼻につく


「分隊長殿がな、素人童貞のお前に一番に良い思いさせてやろうってんで俺らはお預け食らってたんだ。果報者だなぁ?ええ?」

「『よだか』のお前にゃ一生に一度あるか無いかの機会だぜ?逃す手はねえって!!」


わかっていた。男社会の海軍にとっては、同じく戦場に立つ目麗しい艦娘は性の対象になるってことも
ただそれは、酒の肴に話す卑下た妄想の粋に、『いつかヤれたらいいな』くらいの妄想に留まっていると思っていた
そりゃ、それくらいなら俺だって幾らでも付き合った。妄想も、無いと言えば嘘になる
それに、分隊長の『厚意』も、他の連中の『お預け』も、欲望はあるだろうが俺を想っての行為だろうと理解もできた。だが


「……ああ、すまねえ」


商売女ならどれだけ気が楽だったことか。『仕事』というサービスを受けることで『対価』を支払う、言わば対等の立場と合意の上に行われる行為だ
しかし艦娘が、俺ら兵士を差し置いて、最前線でバケモノと戦い続ける少女が


ただの『息抜き』として使われるのは、我慢ならないものがあった

398 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/02/07(木) 21:30:35 ID:vpwffbZI0
俺は醜い『よだか』だ。金を支払わなきゃ女など縁のない人生だと知っている
艦娘という美少女に、人間だったらブタ箱に間違いなくぶち込まれる『強いた姦淫』を行えるまたと無いチャンスだとも

だが、それでも


人として、『男』としての尊厳を容易く捨て去れるほど、『醜悪』ではなかった


「すまねえ」


二度目の謝罪で、その場にいる全員の笑顔が凍り付いた。腐っても兵士だ。『殺意』には過敏になる。じゃなきゃとっくにおっ死んでいる
それが背中を預けあった仲間から発せられた物でも例外じゃない。切り替えは素早く、誰もが『腰のイチモツ』に手を伸ばした
ただし、俺には『素面』というアドバンテージがあった。無かろうと、この場にいる誰よりも素早い自負があった

左の裏拳で隣の男の顔面を殴りつけると同時に、右腰のSIG P220を抜き、右端から順に頭を撃ち抜いていった
最初は分隊長殿だった。最年長、四十過ぎのオッサンで、息子さんは今年高校に進学したらしい
次は最年少、俺の後輩だ。新米の頃から面倒を見てきた。ようやく一端の面構えするようになったばかりだった
三人目、副分隊長。若く才能のある男だった。嫁さん自慢が鬱陶しかったな

三人を撃ち殺し、ここでようやく残りの連中の銃口が俺を見定め始めた。俺の所属していた分隊は七人編成。俺を除けば残り三人
左端の先輩が吠えながら拳銃を向ける。さっき殴りつけた同期の胸倉を掴み、盾にした


「東ごっ……!!」


背中から肺を撃ち抜かれ、気道を昇って来た血が俺の名前と共に噴き出した
エロ本の貸し借りをしては『穴兄弟だな』とか、ふざけた話ばっかしてた。最後の言葉が俺みてえな野郎の名前とは、全くロマンチックだな
その盾越しに先輩を撃つ。俺達同期三人を最初に風俗に連れて行ったのはこの人だった。当の本人は平井堅みたいな嬢に当たったと聞いて腹抱えて笑った
肉盾を維持したまま、最後に残った正面の同期に銃口を向ける。ただし、奴のそれは俺を狙っていなかった


「何のつもりだ……!!」


撃つのを躊躇ったのか、それともこっちの方が俺を止める算段があると判断したのか
『浜風』を抱え上げ、無骨な『イチモツ』を頭に押し当てていた

399 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/02/07(木) 21:34:57 ID:vpwffbZI0
「わかってんのか!?おまっ……っ、仲間を殺した!!何故だ!!」


泣いていたよ。仲間を偲んでか、狂った俺を憐れんでかは定かじゃないがな
その慈しみを、銃口を向ける少女に少しでも向けていたら、こんな惨劇は起こらなかっただろうに


「……何故?ハハ……」


自分でも不気味になるほど、その笑いは自然に零れたよ。当の本人でこれなんだから、彼方にとっちゃ滅茶苦茶恐かったんだろうな
顔は青ざめて、今にも股座を濡らさんばかりの怯えぶりだった。拳銃も、カタカタと震えていたよ
『何故?』。タチの悪いジョークだった。何が一番悪いかって、『俺が一番聞きたかった』からだ

何も殺さなくても良かったじゃねえか。怒鳴りつけて一発殴り飛ばせば、彼らも過ちに気づいただろうに
左手の死体を持っていられなくなり手放した。思考を巡らせるために、額を小突きたくなったからだ
掌底で古い家電の調子を直すように叩いたが、答えはすぐには浮かんでこなかったが
詰まった息を吐き、拳銃を構え直すと、案外すんなりとそれは見つかった。この重さが、『軽さ』が、正しく答えだった


「『これ』だよ」

「は……?」


答えは、俺らが置かれている状況にあったんだ。『戦争』だ
『せんそうはいけないことです』。教科書や授業じゃ到底知りえない、教えて貰えない生の実感が圧し掛かる
深海棲艦や、寄生体や、テロリスト。連中に向けて引き金を引いて引いて引いて引いて―――――


「『軽くなっちまった』」


最初は重たかった筈の引き金が、今じゃ何の躊躇いもなく引ける
一時の激情に身を任せて仲間を撃つことが『これほど容易く』なるほどに
せんそうはいけないこと。ああ、身をもって実感した。法や道徳など、お利口さんのおべんちゃらなんかよりもずっとずっと


「イカレたようだ。俺も、お前らも」

「ドク、待っ……!!」

400 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/02/07(木) 21:38:08 ID:vpwffbZI0
これが例えば、平和な世界であるならば
彼らは『息抜き』と称したレイプ・パーティーなど開催しなかっただろうし
俺も、仲間を『六人』も撃ち殺すこともなかった。死んだ連中がもし口を利けたなら、俺と一緒にこう言うだろう


『戦争が、俺らを狂わせた』


ってな


「……」


最後に撃ったのは、俺の親友だった。こいつだけは、俺を『よだか』と呼ばなかった
あいつは溜りに溜まった鬱憤を晴らそうとしただけだった。誰も彼もが、終わりの見えない異国の戦場で、一時の癒しを求めただけだ
運が悪いとすれば、俺という融通の利かないアホが、部隊に一人いただけだった

銃声はキャンプにも届いただろうか。いずれにせよ、俺は言い逃れができねえことをした
狭い部屋に広がった血の溜まりを歩き、頭から出ちゃいけない代物がドロドロと流れ出る分隊長殿に近づき、ポケットを弄った
胸ポケットにお目当ての『鍵』があったよ。家族の写真と一緒にな
俺は急いてしまったかもしれなかった。これを見りゃ、『父』である彼は考えを改めたかもしれなかったからだ
最も、その写真は既に効力を失っていたのかもしれないけどな

浜風の怒りは消え、怯えの視線を向けていた。理由はどうあれ、ものの数十秒のうちに六人を殺したんだ。無理もなかった
四肢を拘束していた手錠は艦娘用の特殊鋼材製だった。用途は連行や懲罰だけでなく、このような事も含まれるのだろう
手足を自由にさせ、猿轡を解いても彼女はすぐには動かなかった。吐き気を抑えるかのように口を手で覆い、へたり込んだままガタガタと震えていた
慰めに掛ける言葉など無く、辛うじて血で汚れてない場所を見つけると、座ってタバコに火を着けた

401 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/02/07(木) 21:41:27 ID:vpwffbZI0
「どうして……」


やっと口を開いたかと思えばこれだ。さっきのやり取りを聞いてなかったらしい
イラついたよ。どうあがいても解けない問題を延々と問われ続けているようでな。腹いせに持ってた拳銃を壁に投げつけても、気は晴れなかった


「いいからとっとと出てけよ……」


ビクリと身体を弾ませた彼女に対して、続けて怒鳴りつけるまでの気力は残ってなかった
六人。六人だ。どうあがいても刑は免れない。遺族に合わす顔も無い。俺の人生は今ここで終わりを告げた


「……逃げましょう」

「ハハ、どこへ?」

「どこでも構いません。このままだと貴方は……」

「頼むから!!」


彼女がどんな面持ちで、どんな想いで俺を連れ出そうとしたかはわからねえ
ただこれ以上、俺は生き恥を晒したくなかった。『駆け落ち』と言やあロマンチックだろうさ。だがそんな逃避行、耐えられるワケがねえ
タバコの先端が、中程までに到達した頃になって彼女はようやく


「ありがとう、ございました……」


青白い顔ぶら下げながらか細く礼を言って、出口へと進み始めた
帰る先など無いのだろう。逃げる当てすらも無いはずだ。彼女は管理者である『提督』に売られたのだから
死体の一人から拳銃とマガジンを抜き、隠し布を払いのけ、最後に


「また、お会いしましょう」


とだけ呟いて、この場を去った。『どこで』かは、聞かなくてもわかる。どうせお互い『長く無い』とでも悟ってたのだろう
とにかく、これで俺のした殺しの最低限の意味は成し得た。無責任とでも取れるだろうが、一介の兵士にはこれが精一杯だった

402 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/02/07(木) 21:44:25 ID:vpwffbZI0
大して吸いもしなかったタバコを足下に捨てると、血溜まりが火を飲み込み、消えた
残った紫煙がむせ返るような鉄の臭いと混じったが、逆にそれが気を紛らわせた
LEDライトの側に置かれていた酒瓶を手に取り、一息に呷る。安酒だが、鼻がキュウと絞まるような度数が『恐怖』を薄ませた
仕上げがまだ残っていた。『イカレ』と称したのなら、それなりの末路を迎えなければ気が済まなかった
投げた拳銃を拾って、撃鉄を上げて銃口をこめかみに押し当てる。何らかのガタを感じたが、『もう一人殺す』くらいならまだ耐えれられるだろうと信じた


「フッ、フゥー……」


最後に頭を過ぎったのは、仲間でも家族でもなく、あだ名の由来になった小説の一文


『よだかの星は燃え続けました。いつまでもいつまでも燃え続けました。』


誰も見返さず、空に高く舞い上がったあの腰抜けは、俺なんかよりよほど気高い最後を迎えたのだとようやく気がついて




俺は引き金を引いた



.

403 名前: ◆L6OaR8HKlk[] 投稿日:2019/02/07(木) 21:47:11 ID:vpwffbZI0
―――――
―――




('A`)「で、拳銃が案の定ぶっ壊れてたんで暴発した結果、俺は無様にも生き残って軍法会議。死刑を待つ身だったがなんでかどうして、よくわからん場所に送られる羽目になっちまったってこった」


( ^ω^)「ぐーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」

(´^ω^`)「ぐーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」


('A`)「お前ら人の古傷ほじくり返しといてそれはねえだろ」


あれから二年が経ったが、俺はまだ生きている
同じく何らかの重罪を犯し、同じ刑に処されたであろう連中と共に
悪路を走る輸送バスに揺らされながら、『流刑地』に向かっているのであった






『艦娘がいない鎮守府のようです 改』









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