春に抱かれて恋する川д川のようです

49 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/02(土) 14:21:11 ID:pEO63tfAO
* * *

あれから、一週間。
長岡さんと言葉を交わすことも、それどころか、姿を拝見することもありませんでした。

牡丹雪の降る夜、お仕事が終わり部屋に戻ろうとした時、母に呼び止められました。
母は用件から簡潔に、はっきりと話す性分です。母の部屋へ行きすぐに、こう聞かれました。

(゚、゚トソン「貞子、最近長岡様と話してないだろ。何かあったのかい」

川д川「……!」

いきなり彼の名前を聞いて、肩がびくりと跳ねました。
お話していること。知っているだろうとは思っていました。けれど、今までは何も言ってはきませんでした。

(゚、゚トソン「あんた少し、仕事に集中できていないようだし。
     あの方も最近少し食が細いようだから、関係あるんじゃないかとね」

両方とも、言われるまで、気がついていませんでした。…長岡さんが。

川д川「……ごめんなさい」

(゚、゚トソン「責めちゃいないよ。解決できる宛てがあるんなら、別にあたしにも何も言わなくていい」

きっと母は、お客様である長岡さんの体調を気にして言っているのです。
それでもわたしは、口から滑り出るままに、一言だけ言いました。

50 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/02(土) 14:21:50 ID:pEO63tfAO

川д川「……わたしは、大学に行かないって言った。なら、家を継げ、って言わないの」

声色は、弱々しくすがるようでした。
自分でも、いやになるほど。

(゚、゚トソン「あんた、あたしにそう言ってほしいだけだろ」

返ってきた言葉はやはり簡潔で、核心を突くものでした。

川д川「……なんで」

(゚、゚トソン「わかるさ。自分はそうするしかないと、思い込んでんだ」

川д川「…そうでしょう?わたしには、兄弟もいなくて」

(゚、゚トソン「そんなのは何とでもなる。一族経営じゃなくちゃいけないわけでもないんだ。
     いいんだよ、大学に行こうが、この町を出ようが、あんたが選んだことなら。
     だから、うちを継ぎたいなら、それを選んでから言いなさい。『それしかない』で、宿主をやるもんじゃない」

川д川「……お母、さん」

があんと、頭を叩かれた気分でした。
それしかない―。そんなふうに、わたしは自分の道を決め付けていたのです。

(゚、゚トソン「……あんたは」

ひとつ息をつき、母がわたしの方に手を伸ばしてきました。

(-、-トソン「まったく、考え過ぎる子だよ」

あたたかい感触がしました。

.

51 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/02(土) 14:22:36 ID:pEO63tfAO

(-、-トソン「…父さんが、いなくなって。忙しくするあたしを助けたい。そう言ってあんたは、働くことを申し出てくれた。
     あんたには色々なことを教えこんだ。けど、それしかないと思わせるほど、厳しくしすぎたかね」

どれくらいか久しぶりに聞く、あたたかい声で。
何年ぶりかに――母は、少し皺の寄った手で、そっと頭を撫でてくれました。


川д川「……覚えて、いたの」

(-、-トソン「当たり前だろ。…ねぇ、貞子」

母はゆっくりと、ひとつひとつを紡いでくれます。親としての言葉を伝えようとしてくれるように。

(-、-トソン「大学や別の学校に行って、宿をやりたいか考えるのもよし。
     行かずにここで働き続けるのも、別の就職を考えるもよし。時間はあるんだ。ゆっくりと考えていいんだよ。
     今やってる仕事だって、辞めても構わないさ。ま、今すぐはちょいと困るけどね」

くりかえし、あたたかな手で撫でられるほど、その温度で、わたしの心が氷解していきます。
今まで、決め付けていたこと。見えなかったこと。それをゆっくり見つけてもいいのだと。
だからこそ、今、しなくてはならないことがあります。

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52 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/02(土) 14:23:21 ID:pEO63tfAO

(゚、゚トソン「どうだい、自分が今すべきことは見つかったかい」

川д川「……うん」

(゚ー゚トソン「なら、きっちり仲直りしなさい。その時間は仕事空けとくから。
     あんたが笑って話せるようになった相手なんだろ」

川ー川「うん。ありがとう…、お母さん」


あの時のことを謝ろう。
自分から、きちんと話そう。

もうすぐ季節が一巡りする。春を迎える、その前に。

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53 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/02(土) 14:24:20 ID:pEO63tfAO
* * *

仕事の前に、わたしは長岡さんの部屋の前へ行き、話がしたいと伝えました。
返事はありませんでしたが、ドアをノックする音が、ひとつ返ってきました。

すこし曇った空に、黄色がかった夕日が落ちていて、ひゅうひゅうと風が鳴っています。
果たして、さくりと霜を割る音がして、長岡さんは来てくださいました。

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54 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/02(土) 14:24:55 ID:pEO63tfAO

開口一番、わたしは頭を下げました。

川д川「まずは、申し訳ありませんでした、長岡さん。この前のことを、謝らせてください。言い訳をさせてください」

川д川「わたしは、母が好きです。田舎宿かもしれないけれど、この宿が好きです。だから、いつか宿を継ぐのだと信じていました。
    …ですが、母は、一度もそうは言いませんでした。だから無意識に、長岡さんに頼ってしまいました」

川д川「…選択肢を狭めるべきでないとおっしゃられてたときに、
    宿を継ぐことを否定されたように感じ、思い通りの答えが貰えないことにかんしゃくを起こしました」

川 -川「長岡さんが、そんなつもりではないとわかっていたのに、酷いことを言いました。
    本当に、ごめんなさい」

55 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/02(土) 14:25:36 ID:pEO63tfAO

すべて、伝えました。
…長岡さんは、一言目に頭を下げられ、俺も、と、謝られました。そしてこう話を始められました。
  _
( ゚∀゚)「俺のほうが、頭を下げるべきなんです」
  _
( ゚∀゚)「…俺は、とある商家の長男でした。当然、家を継ぐということが、第一の選択肢にありました。
     けれど、俺は、ずっと絵を描きたくて。両親の制止を振り切り、絵描きを目指したんです」
  _
( ゚∀゚)「…そんな過去を、どこか貴女に重ねてしまった。
     家にとらわれていると思い込み、貴女自身の人生に余計なことを言い過ぎてしまいました」
  _
( -∀-)「申し訳ありません。貴女を傷つけたことを今まで、ずっと謝れませんでした」

長岡さんの想い。
わたしは、わたしが気づいているよりもずっと、母にも、彼にも、思いやっていただけていました。
おかしいことに、それが…涙がにじんでしまいそうなほど、嬉しいのです。
でも。いえ、だからこそ。彼に伝えるべきことは、まだあります。

川д川「わたしは、母の想いを知ることができました。自分には時間があり、可能性があることを、知ることができました。
    …ですから、謝るのは、これきりにします」


川*ー川「ありがとうございます、長岡さん。全て、あなたにお会いできたおかげです」

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56 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/02(土) 14:26:15 ID:pEO63tfAO

風が、やみました。
  _
( ゚∀゚)「……貞子さん」

そのとき、長岡さんが、わたしの方に手を伸ばされて……顔の横の髪に、触れられた感覚がありました。
びっくりしてしまって、顔がかあっとなって…動けなくなってしまうけれど。
恥ずかしいけれど…長岡さんの目を見つめます。
目を細めて微笑まれ。一瞬、わたしの頬にてのひらが添えられて、…そっと離れました。

  _
(  ゚∀)「“歩いても、歩いても、ぼくはもう風にはなれない”」


白い吐息がよく見えて。
  _
(  ゚∀)「…俺の好きな歌詞の一節です。俺は貴女のように、自分の言葉を使うのが、得意じゃなくて」

いつのまにか雲は晴れて、夕焼けは燃え落ち、すっきりと澄んだ空では星がみずからを主張しています。
空気がさらに冷えはじめたというのに、頬には熱さがいつまでも残っておりました。


綺麗に咲くだろう、たんぽぽ畑。
きっとふたりで見られるように。

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57 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/02(土) 14:27:02 ID:pEO63tfAO





   谷山浩子「会いたくて」
   http://www.kasi-time.com/item-17401.html

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