春に抱かれて恋する川д川のようです

33 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/01(金) 23:06:27 ID:0t4CjmL2O
* * *

日記をめくります。

秋はやさしい時間でした。
思い返せば、あの頃にはもういつのまにか、長岡さんよりもわたしの方が多く話すようになっていました。

長岡さんの言うとおりです。
わたしは、話し始めることこそ苦手でした。
でも、風景を、心情を、言葉にしてみせるのが好きでした。
率直な表現も、恥ずかしいほどしゃれた表現も。自分なりに使って現わして。

聞いていて、楽しい言葉。
わたしは、それを言えていたでしょうか?
楽しんでもらえていたでしょうか?

日記はいまへと近づきます。めくるたび、心を重ねるように。

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35 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/01(金) 23:07:12 ID:0t4CjmL2O
* * *

長岡さんの好きなこと。

絵を描くことがお好き。
お散歩がお好き。
猫がお好き。
人の話を聞くことがお好き。
食べ物は、そこそこ偏食。でも、和食は何でもお好きで、お味噌汁や豚汁などを特に好まれる。
苦手なことは、朝起きること。あと、スーツ。
画材は水彩を主にし、風景画が中心で、都会の風景、歴史の遺産、色々なものをお描きになる。

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( ゚∀゚)「しばらくの間、自然の絵を描きたくて。どうせなら一年くらいどこかに滞在しようと思ったんです」
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( ^ー^)「今まで色々な所を回りましたが、長く留まることはありませんでしたから。画廊には無理言いました」


少しずつ、長岡さんについて、知っていることが増えてきました。
少しずつ、空気が乾き、冷えてくるにつれて。

季節はもう…冬。
彼の滞在期間は、あと半分をとうに通り越していました。

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36 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/01(金) 23:08:23 ID:0t4CjmL2O

(゚、゚トソン「進路?」

川д川「ええ、学校で聞かれて。まだ、そんなはっきりしたものじゃなくてもいい、ってことだけど」

彼のことだけではありません。わたし自身のこと。それを考えはじめなければいけない時期が、わたしにも来ていました。

(゚、゚トソン「なるほどねぇ。何か答えたのかい」

川д川「…とりあえず、大学には行かないって言ってきたから」

母にそう報告したのは、決意表明のつもりでした。わたしの将来は、もう決まっている、という。

(゚、゚トソン「ふぅん。とりあえずね。…それだけかい」

川д川「……」

(゚、゚トソン「なら、あたしはもう寝るよ」

川д川「……おやすみなさい」

わかっていたのです。「とりあえず」なんて不確定な言葉、母は聞かないということは。
言われても困るだけ。呆れたり、怒った顔をされなかっただけ、ましでした。
……けれど。

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37 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/01(金) 23:10:23 ID:0t4CjmL2O
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( ゚∀゚)「暖かくなれば、ここ一面に、たんぽぽが咲くんですね」

いまだ生命の見えない、霜のふる畑を見渡し、その遠くに見える、白く染まった山を見つめ、その上に春の風景を重ねていらっしゃるのでしょう――そうおっしゃいました。
  _
( ゚∀゚)「ちゃんと見たのに、まだ信じられないなあ」

思わず、くすくす笑いが漏れてしまいました。
気持ちはわかります。

川ー川「安心してください。わたしの覚えている限り、咲かなかったことはございません」

そうお答えすると、長岡さんも笑って、
  _
( ゚∀゚)「それはよかった。
     ……今度は一緒に見たいかな」

…笑って返してくださったあとに、小声で、独り言のようにつぶやかれました。
反応していいのかわからず、でも、

川*д川「……あ、あの」
  _
(  ゚∀)ゞ「……いいですか?」

"川*д川

こくこくとうなずくのが精一杯でした。
わたしはマフラーを引っ張り、口元を隠しながら、あわてて何か他の話題を探します。

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38 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/01(金) 23:13:29 ID:0t4CjmL2O

お話する習慣は、まだ続いていました。
ここ草咲は、大雪や積雪こそ少ないものの、そこそこに雪が降る地域です。
体の芯まで冷えるような寒さにはさすがにこたえますから、応接間で短くお話をすることが多くありました。
でも、この日は晴れ。
いつもの長椅子の横に立ち、わたしは、数日前の進路の話を、母に報告した内容をそのまま、長岡さんにしてみました。
  _
( ゚∀゚)「なるほど……」
  _
( ゚∀゚)「文章を書くことがお好きなら……詩人や小説家など、著述家を目指されるのは?」

川д川「そういうのも、いいかとは思いますが…家のことも、ありますから」

そう言うと長岡さんは、少し低めの、教師が生徒に説くかのような声色になって、こう切り返されました。
  _
( ゚∀゚)「貞子さん。家の事情で、将来の選択肢を狭める必要はないと、俺は思います。
     今はそういう時代じゃあありませんよ」

川д川

わたしは、服のすそを掴みました。
そこまでおっしゃると、長岡さんは、いつもの穏やかな声に戻し、続けました。
  _
( ゚∀゚)「あれほど言葉にするのが好きな貴女が、
     もしもそういう理由で諦められるのでしたら、あまりに勿体ない」


掴む手に、力がこもって。

“とりあえずね。…それだけかい”

母の言葉と、長岡さんの言葉が、ぐるぐる、回ります。
ぎゅっと、掴んで、掴んで――何かが、切れる音がしました。

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39 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/01(金) 23:14:19 ID:0t4CjmL2O


川д川「――やめてくださいますか」

  _
( ゚∀゚)「貞子さん……?」

川 -川「誰でも、あなたのように夢をはっきり持てる訳じゃありません」

川 -川「なぜ、わたしのことを知ったようなふりをして、無責任にそんなことを言うのですか?」

口が、勝手に動いて。
話すことに慣れてしまったから、それとも、冷静じゃないから、
…止まらなくて。

川 д川「長岡さんに、わたしの何がわかるというのですか?長岡さんなんて、」

40 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/01(金) 23:15:19 ID:0t4CjmL2O


――すぐにいなくなってしまうくせに!


そして、ひどく残酷なことを言い放ってしまったと気付いたときにはもう遅かったのです。

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41 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/01(金) 23:16:01 ID:0t4CjmL2O
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(  ∀ )「………」
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(  ∀ )「…ええ、全く貴女の仰るとおりです」
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( ゚∀゚)「俺は、この数ヶ月で貞子さんと様々なお話をして…親しくなれたと調子に乗っていたのかもしれません。
     若い貴女に対し、無責任に、自分の思想を押し付けてしまっていました。
     所詮、春になれば居なくなる、只の客に過ぎないというのに」

違う、違うのです。悪いのはわたしです。そんなつもりではなかったのです。
その言葉を、すぐに言わなければなりません、なのに。

44 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/01(金) 23:18:48 ID:0t4CjmL2O



川 -川「………、ちが…わた……」


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45 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/01(金) 23:21:05 ID:0t4CjmL2O


どうして、どうして、こんな時に。
肝心の時に、言葉が出ないのですか。
どうして――。

  _
(  ∀ )「……申し訳ありません」


わたしは母に、長岡さんに、何を言ってほしかったのでしょう。
何を。
それすら、わからないのに。
何も言えるわけがないではありませんか。

ただ、自分のほしい答えが出ないからって、やつあたりをしただけ――。

風が冷たい。
雪が……降りだす。
痛いほどに、咎めるように。

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