春に抱かれて恋する川д川のようです

60 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 01:12:13 ID:h4NrjpbwO
* * *

ふわり、淡雪は包みこむようなやさしさで、わたしの指に触れました。
それは、まるであのひとのよう。


二度目の春が、近づき、
あっというまに盛ります。

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61 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 01:12:50 ID:h4NrjpbwO

はやる気持ちが走り出すのをこらえ、早足で、わたしは学校から戻りました。
咲いていたから。
だから、今日のような春の夕焼には、きっと。

川*ー川「…長岡さん」
  _
( ゚∀゚)「――貞子さん!」

さあ、と吹いた風に目をつむり、
ひらくと…いちめんの黄金色と、赤色でした。

ずっとずっと、待ちわびたように、たんぽぽが花開き、夕焼けの下で明るいいのちを燃やすように、そこにいます。

…そんなふうに横にいるひとに伝えると、
やはり、楽しそうに笑ってくださるのです。

その日、それ以上に言葉を交わすことは、ありませんでした。

これが、わたしにとっての春の風景。
この赤い夕焼けが燃えて落ちようとも、この想いとともに、熱く焼けつくようにわたしに残り続ける。
そんな、いちばん特別な風景になったのです。

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62 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 01:13:25 ID:h4NrjpbwO




こんな風景の下でなら。
きっと、あしたにもあなたが旅立とうとも、笑って送り出せるでしょう。
わたしは、大好きなこの場所に、とどまり続けるでしょう。



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63 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 01:14:14 ID:h4NrjpbwO
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( ゚∀゚)「去年、このたんぽぽを見に行ったとき、本当に驚いたんですよ。
     春といえば、まず桜が浮かぶものです。
     誰もがたんぽぽを知っているのに、これだけの畑、この国では簡単に見られない」

そう、回想なさいます。
わたしの中でも、あの時のことが思い出されます。もはや、懐かしい記憶。
  _
( ゚∀゚)「それだって、青空の下の畑をまずは想像するでしょう。だから、新鮮でした」

川д川「…わたしは、ずっと親しんでいた風景をご紹介さしあげただけのつもりだったんですよ。
    でも、ほとんど知らない方に、あんなにすんなりと話せたことは、初めてでした」
  _
( ゚∀゚)「あの時、貴女はとても楽しそうでした。あんなに楽しそうにご紹介されたら、すぐに行ってみたくなりますよ」

楽しそう。ぱっと聞いただけでは、結び付きません。
けれど、きっとそうでした。自然に口が動いて、みっともないかもしれないくらいに無我夢中で。思い出しても、自然と嬉しくなってしまうのですから。

川ー川「ありがとうございます。絵には、描かれたのですか」
  _
( ゚∀゚)「もちろん。残念ながら、手元にはありませんが…、春が終わる前に、手元に残しておきたいですね」

そこで、間を置かれてから、一息にこうおっしゃいました。

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64 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 01:14:59 ID:h4NrjpbwO
  _
( ゚∀゚)「俺が絵を描くのは、好きだから、仕事だから、色々とありますが。
     …好きな風景を、あと何度見られるかわからない。だから描く、という気持ちもあります」

何かを、覚悟されたような表情が。
わたしに否応ない予感をさせました。

川д川「……長岡さん」

いつもの笑顔は。
ほんのすこし、かなしみを堪えるかのように見えて。

川д川「…わかっています」
  _
( ゚∀゚)「……はい」

去年、と回帰する記憶は、
もう、一年ぶんも遡れるのですから、それは――。

川д川「わかっています…わたしは、見送ると決めたのですから。
    それでも、今だけ、わがままを言ってもいいですか」

川 д川「本当は……本当は、行ってほしくありません。見送りたくなんかありません!
     すべてを投げ出して、後を追ってしまいたいくらいに!」

ひくり、のどが震えて、
抑えていたものが、ぽろぽろ、流れ落ちます。

65 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 01:15:52 ID:h4NrjpbwO

川;д;リ「だけど、わたしは後は追わない。悲しんだりしない。ぜったいに」

この場所が好きだから。
この宿を守りたいから。
あなたと出会えた場所を、ずっと。
今だけは、後を追いたいと叫ぶ心のままに。

霞む視界の中、彼の叫ぶような声が聞こえました。
  _
(  ∀ )「…俺だって、行きたくない。きみを置いてなんか行きたくない!
     いっそ、きみを連れていってしまいたいくらいに…!」

そんなことを言われたら……涙が、さらにあふれてしまって。
  _
(  ∀ )「それでも、俺は夢を追う。絵を描き続ける。絶対だ。…だから」

そこで言葉を切り、涙をぬぐっていたわたしの手を、そっと両手で包みこまれました。
わたしはびっくりして、でも、抵抗できず、続きの言葉を聞き取ってしまうのです。

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66 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 01:16:17 ID:h4NrjpbwO
  _
( ゚∀゚)「貞子さん。俺は行きます。今度、もう一度、風が吹いたころに」
  _
( ゚∀゚)「…最後に、ここでの俺の一番好きな風景を描いていこうかと思います。
     貴女にも、長くお世話になりました」

さわり、と、
わたしの心のように、半分綿毛となったたんぽぽが揺れる音がしました。

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67 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 01:17:02 ID:h4NrjpbwO
* * *


わたしの特技は早起きです。
就寝が遅くなろうとも、毎朝五時には目が覚めます。

風よ、どうかまだ吹かないでください、と祈りながら。
その朝も起き、わたしはまっさきに、窓を開きました。

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68 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 01:17:34 ID:h4NrjpbwO





「ああ、行ってしまわれるのですね」




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69 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 01:18:02 ID:h4NrjpbwO





ぱらぱらと日記の頁がめくれる音を聞きながら、
髪を乱す風の向こうを、ただ、見つめていました。




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70 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 01:18:39 ID:h4NrjpbwO





   谷山浩子「たんぽぽ」
   http://nico.ms/sm12490786

71 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 01:19:40 ID:h4NrjpbwO
* * *

日記は、とうとう空白の頁へとたどり着きました。

出ていかれるのは、午後。
夕焼けの見えるころ。

わたしは、日記をぱたりと閉じました。


今日、わたしはお休みをいただいて、あの場所でひとり、待っていました。

川ー川「こんにちは、長岡さん」
  _
( ゚∀゚)「こんにちは。貞子さん」

もうほとんど白く変わったたんぽぽが、みずからを送り出すかのようにざわめいています。
この風に乗り、旅立つひとへ、かけられる言葉はそう多くありません。
どんなに尽くしても足りないとき、人は、単純で一番慣れた言葉にすべてをこめるしかないのかもしれません。
だから…。


川*ー川「今まで、ありがとう。いってらっしゃいませ」


ふいに、歩み寄られ、頭へ手を伸ばされました。
…わたしは、胸に頭を預けるような格好で、……抱きしめられていました。
  _
( ゚∀゚)「……俺が行ったら、俺のいた部屋を見て下さい」

そう囁かれ、ゆっくり、離れました。
どちらのものかわからない、どきどきと聞こえた鼓動が、幻でないことを知らせていました。

  _
( ゚∀゚)「会えて良かった、ありがとう!」

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72 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 01:20:23 ID:h4NrjpbwO



“――行ってきます”


彼が手を挙げて、聞こえたその言葉と同時に、風が、一気に胞子を飛ばし運びます。
赤い空に染まらず白く舞い上がった春が、晴れたさきには、もう、だれの影も見えなくなっておりました。


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73 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 01:20:53 ID:h4NrjpbwO
* * *










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74 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 01:21:28 ID:h4NrjpbwO





―あふれるほどの春に抱かれて、
わたしは、恋をしたのです。





(終)

75 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 01:22:15 ID:h4NrjpbwO
* * *

―エピローグ



夕日がまだ、名残惜しむようにかけらを投げかけています。
彼の部屋であったここは、それを忘れたかのようにがらんとしています。
いずれ、他のだれかへと引き継がれていくでしょう。
だから、その前に。

それは文机の上に、ぽつんと置かれていました。


スケッチブックから剥がした跡のある画用紙に、あの、風景がありました。
わたしの記憶よりも、いちめんに広く、大きく広がったその場所に、良く見れば、小さく描かれた黒髪の少女の後ろ姿。

…そして、そのそばに、切り取られた画用紙の上に咲いた……、一輪のたんぽぽの絵。

ああ。すべて、わかりました。
言葉の裏にのせた想い、
別れの時に囁いたその気持ちを――。

川 д川「……長岡、さん」

もう、こらえられませんでした。

川;д;リ「ながおかさん…ながおか、さんっ……!
     っう、ううっ、ふ、うああ――」

夕日は落ちて、ただひとり。
部屋の中に、座り込んで泣き続けました。
笑えるように、笑えるように、泣き続けました。

“ようこそ、いらっしゃいませ”

いつか、そう言えるようになるために。


たんぽぽが白くもえるころ。春の終わりとともに、あの人は旅立ったのです。




春に抱かれて恋する川д川のようです―終

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77 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/03(日) 01:24:02 ID:h4NrjpbwO


終わりました!!!


これで終わりです。
ブーン系初投下です。
緊張で死ぬかと思いました。
支援、乙など本当にありがとうございます。めちゃくちゃ励まされました

それでは。質問などもありましたら。

76 名前:名無しさん[] 投稿日:2016/04/03(日) 01:22:56 ID:h4NrjpbwO
* * *

谷山浩子「たんぽぽ」

フル
http://nico.ms/sm12490786
*谷山浩子氏ご本人が、ご自分の楽曲のアップロードについて黙認の姿勢をとられることを明言されています。
そのため文中でもリンクを貼りご紹介させていただきましたが、ニコニコ動画へのリンクそのもの等がまずければ教えて下さると助かります。

歌詞
http://www.kasi-time.com/item-17399.html

主な収録CD
http://www.amazon.co.jp/HIROKO-TANIYAMA-%E2%80%9980s-%E3%82%A8%E3%82%A4%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%82%BA-%E8%B0%B7%E5%B1%B1%E6%B5%A9%E5%AD%90/dp/B00005HL8S

*私は図書館でCD借りました。図書館に御用のある際は是非に。

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