lw´‐ _‐ノvと過ごした冬の夏のようです

135 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/04(月) 00:01:18.624 ID:nyjGNNE+a
朝になっても、シューさんは戻っていなかった。
きっと無事だろうと思う気持ちが半分、ここに帰ってくることはないだろうという奇妙な確信が半分。
着替えを済ませ、前日の約束通りツンさん、ブーンさんの彼女さんの家に顔を出し、近所の公園へ。

考えておきたいことが幾つもあって、でも、その気力すらなくて。
うだる暑さから逃げるように、足が勝手に狛ケ崎公園へと向いただけだ。


ミセ*゚ー゚)リ「信じる、なんて言ったんだけどなー……」


ツンさんの家の新聞を見ると、一面には大きくテロの報道があった。

毒ガス。
被害にあった人達の苦しみは、想像を絶するものだっただろう。

噴水に両足を突っこんだまま、全身を芝生に投げ出す。
いつかのような陽気な音楽は、公園には響かない。


ミセ*゚ー゚)リ「どこ行っちゃったのかなー……」

「それはこっちのセリフです」

ミセ*゚ー゚)リ「へ?」

(゚、゚#トソン「どれだけ心配したと思っているんですか、この馬鹿者!」

136 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/04(月) 00:01:42.625 ID:nyjGNNE+a
ミセ*゚ー゚)リ「トソンちゃん? なんでここに?」

(‐、‐#トソン「丸二日も連絡を絶っておいて、第一声がそれですか?」

ミセ*゚ー゚)リ「え、いや、その……ごめんなさい……」


トソンちゃんは私の頭を一度軽くぶつと、靴を脱いで隣に腰かける。
私は身を起こし、いつかのようにふたり、水辺に並んだ。

子供達の声は、今はしない。


(゚、゚トソン「ブーンから連絡がありました。あなたが見つかったって」

ミセ*゚ー゚)リ「迷子の犬じゃないんだから」

(゚、゚トソン「似たようなものです。今朝はブーンが止めるのも聞かずに出て行ったそうですね」

ミセ*゚ー゚)リ「や、それは……そうだっけ、覚えてないや」

(゚、゚トソン「この馬鹿者は……」

ミセ*゚ー゚)リ「ごめんなさい……へへへ」

137 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/04(月) 00:02:02.924 ID:nyjGNNE+a
(゚、゚トソン「どこに居たんですか?」

ミセ*゚ー゚)リ「んー……西の方? シューさんの星に」

(゚、゚トソン「ああ、ミセリもすっかり宇宙の電波に毒されてしまったんですね」

ミセ*゚ー゚)リ「星林って分かる?」


トソンちゃんは驚いて私の顔を覗き返した。


(゚、゚トソン「星……って、そういう事なんですか!? ミセリ、体調は平気ですか!?」

ミセ*゚ー゚)リ「う、うん、身体は元気だよ」

(゚、゚トソン「はあ……そういう危ないことは控えて下さい」

ミセ*゚ー゚)リ「え、ええと」

(゚、゚トソン「返事!」

ミセ*;゚ー゚)リ「は、はい、ごめんなさい!」


今日は、というか、この前から叱られっぱなしだ。
トソンちゃんは呆れた顔で溜息をつき、頭をなでてくれた。

138 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/04(月) 00:03:18.520 ID:nyjGNNE+a
(゚、゚トソン「ミセリが元気なら、とりあえず、それでいいです。モララー先輩には悪いことをしてしまいました」

ミセ*゚ー゚)リ「モララー先輩? なんで?」

(゚、゚;トソン「いや、その……」


珍しく口ごもるトソンちゃん。
私の方は、モララーさんとのことなんてすっかり忘れてしまっていたので、寝耳に水の反応。


(゚、゚;トソン「彼が、その、スクールに来て、ミセリを傷つけるようなことをしてしまったとかホザいたので」

ミセ*゚ー゚)リ「え、あ、うん、そんなこともあったね」

(‐、‐;トソン「ミセリも来ていないので、その……強引にアレされたんだと思い込んで、ついカッとなってしまって」

ミセ*゚ー゚)リ「う、ん……ん?」

(=、=;トソン「顔面を、その、グーで、ポカっと……」

ミセ*;゚ー゚)リ「……本当は?」

(、=;トソン「………………ボッコボコに」

ミセ*;゚д゚)リ「可哀想過ぎる! モララー先輩はそんなに悪い人じゃねえよ!」

140 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/04(月) 00:03:40.547 ID:nyjGNNE+a
(゚、゚トソン「ところで、その……シューさんからは、何もされませんでしたか?」

ミセ*゚ー゚)リ「トソンちゃんも疑うんだね」

(゚、゚トソン「……疑いたいわけじゃないですよ」

ミセ*゚ー゚)リ「私もそんな感じ」


不意打ちでトソンちゃんの右手首を掴む。
驚いたトソンちゃんは小さく震えた。たった一言のために、緊張しすぎだよ。


ミセ*゚ー゚)リ「正直ハタから見てても疑わしいもん、シューさん。そりゃあ考えちゃうよ」


シューさんも、移民を装ったテロリストの一人だったんじゃないかって。


ミセ*゚ー゚)リ「そもそも異星から来たとか何ヶ国語も話せるとか日本語じゃ自分の名前も書けないとか、胡散臭すぎたよ!」

(゚、゚トソン「う……ですが、その……」

ミセ*゚ー゚)リ「いいえ、この際文句を言いきります! あんにゃろうこの前の祭りの日に家に金魚何十匹も掬ってきてさ」

(゚、゚トソン「うわ、それはまた……どうしたんですか、その金魚」

141 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/04(月) 00:04:17.785 ID:nyjGNNE+a
ミセ*゚ー゚)リ「仕方ないからうちに置いといたよ。でもちょっとずつ減ってて、どうしてたと思う?」

(゚、゚トソン「え? ええと……食べてた?」

ミセ*;゚д゚)リ「シューさんをそんな目で見てたの!? 正解は、ここの噴水に放流して野良猫に狩らせてた、でした」

(゚、゚トソン「それはまた随分と……羨ましいけれど、うーん……」

ミセ*゚ー゚)リ「変なことばっかりするんだもん。変なことばっかりだけどさ、でも……」


でも、沢山のことを教えてくれた。


ミセ*゚ー゚)リ「……うん、私は、シューさんが良い移民さんだって信じるよ」

(゚、゚トソン「はあ……ミセリらしいですね。それじゃ私もそうします」

ミセ*゚ー゚)リ「おー、さっすがトソンちゃん! 我が親友!」

(゚、゚トソン「む……その、とにかく、シューさんが見つからないことには何にもなりませんよ」

ミセ*゚ー゚)リ「んー……そうだね。まあ、見つけるにしても、探しようがないけど」

(゚、゚トソン「シューさんですからね」

ミセ*゚ー゚)リ「シューさんだからね」

142 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/04(月) 00:04:36.956 ID:nyjGNNE+a
そのあと私達はいくつか約束をして、トソンちゃんは帰路に着いた。
ただでさえ不安ばかりの状況のなか、よく来てくれたと思う。

シューさんはきっとどこかで、いつものように飄々と過ごしているはずだ。
どこか楽観的な考えは、すぐに掻き消されてしまった。

テロがあって、暴動があって、それから丸一日の平和。

落ち着いた、そう思うべきではなかった。
言うなれば、鉄砲に弾を込める時間が必要だっただけだ。
鉄砲に弾を込めて、引き金を引く時間が必要だっただけだ。

駅までトソンちゃんを送り届けて寄宿舎まで帰ってきたたあとだ。
まるで夏祭りをやり直すかのような大歓声が、夕暮れも終わりを迎える狛ケ崎の一角で立ち昇った。

143 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/04(月) 00:05:50.231 ID:nyjGNNE+a
ミセ*;゚ー゚)リ「……うげ、まさか今の、狼群の遠吠えみたいなのって」


家に入ろうとした足を止めず、寄宿舎をスルーする道を選んだのは良い判断だったと思う。
というのも、ちょうど通りの向こうに覆面をつけた暴徒の先兵がちらっと見えたからだった。
しかし私は慌てない、走らない、騒がない。避難なれした一流の外省人は、この程度では追い詰められやしないのだ。
だからほら、こうして三人組の詰襟が肩のぶつかる距離まで近づいても、


Ω「ん……おい、こんなところで何してる?」

ミセ*゚ー゚)リ「え、何って、家に帰るところですけど」

Ω「なんだ紛らわしい! ……じゃあ急いで帰れ、巻き込まれないうちにな」

ミセ*゚ー゚)リ「巻き込まれるって?」

Ω「移民狩りにだよ。ほら、行った行った!」


と、こんなふうに私はスルー。
そもそも私は見た目はほぼ日本人だし言葉だってペラペラ、襲われる要素は無いのです。
ですが、世の中にはぶっこく余裕のないデブも居るというのが困りもので。


( ;゚ω゚)「ミセリちゃん!? 何をモタモタしてるお! そいつら暴徒だお、早く逃げるお!」

ミセ*;゚ー゚)リ そ

144 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/04(月) 00:06:38.743 ID:nyjGNNE+a
Ω「おい、テロリストが何か叫んでるぞ!」
Ω「お前、連中の仲間か!?」

ミセ#;゚д゚)リ「ふっざけ、おま、バッ……! お前のせいでバレちゃっただろーが!」

( ;゚ω゚)「アッー!?」


腕を掴んできた暴徒の顔面にグーを叩きこみ、怯んだ隙に全力で走る。
ちくしょうあのバカ、頭はそこそこ良いのに、どうしてあんなにバカなんだ。


Ω「ひっ……一人向こうに逃げていったぞ! 鼻がぁっ!」
Ω「捕まえて見せしめにしろ!」

ミセ*;゚д゚)リ「ふざ、ふざけんな、畜生!」


必死で走って路地を抜け、角を曲がり、必死で逃げる。
鬼ごっこは長くは続かなかった。続く路地に入ったところで、私は足を止めた。

建物とブロック塀に挟まれた路地、その行く先には別のブロック塀。
塀と壁の隙間は、あまりに細い。暴徒達のあげる咆哮が一瞬だけ遠くなった気がした。


ミセ*;゚ー゚)リ「はは……マジかよ、ここに来て行き止まりッスか」

('A`)「追い詰めたぞ、引き摺り出してやる!」
っΩ バッ

もう覚悟を決めた。こうなったからには仕方が無い。拳一つだ。

145 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/04(月) 00:07:29.212 ID:nyjGNNE+a
Ω「おい、通りを回り込め! 向こうに抜けて警察署に逃げ込むつもりだ!」

Ω「おう!」

('A`#)「んのクソアマぁ……」


こうして都合良くバラけてくれたから、これで殴り倒す相手は二人。
しかし一人は鼻血をだらだらさせて、見るからにご機嫌斜めの様子である。

捕まったら何とも考えたくもないことになるだろう、私は覚悟を決めて、足元に転がる瓦礫をひっ掴んだ。


('A゚)「覚悟しrくぁwせdrftgyふじこlp;@:「」」

ミセ#゚д゚)リ「おぉやったるぁああ……って、あれ?」


鼻血を流す暴徒のおっさんは、脱力しきったように膝をつき、ブロック塀に沿って崩折れた。
残ったもう一人の詰襟暴徒が、彼の脇に黒い、警棒のようなものを押し当てている。
そのまま彼……彼? 覆面さんは覆面を顔の半分まで押し上げ、わざとらしく口もとに片手を当て、


(A)「に、逃げろぉおおおおおおおおおお!! 移民仲間がウジャウジャ出てきやがった!」

146 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/04(月) 00:09:55.942 ID:nyjGNNE+a
「な、何だと!? 待ってろ、皆を呼んでくる!」

ミセ*;゚д゚)リ「え……ええー……?」


もちろん、私にはウジャウジャ湧いてくる仲間など居ない。
回り込んでいた暴徒君はあっさり引き返し、残ったのは私達二人。路地と覆面と私。
身構える私を、覆面さんはちょいちょいと手招きする。


ミセ*;゚д゚)リ「な、何?」

(A)「あ゛、あ゛ぁー……怪我はありませんか、ミセリ?」

ミセ*;゚д゚)リ「え……あ、おま、はあ!?」

lw´‐ _‐ノv「よっ……と。この人達、何が楽しくてこんな窮屈な覆面をしているんでしょうね」
っΩ

唖然とする私の手を引いて、シューさんは急ぎ足で路地を抜ける。

どこに行っていたんだとか、何をしていたんだとか、聞きたいことは山ほどあった。
だけど、何かを聞くほどの余裕は、残念ながら、息切れ激しい今の私にはなかった。
ここ最近ずっと運動不足だったのが災いしまくっていて、ちくしょう、忌々しいFFタンパク質め。

147 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/04(月) 00:10:29.208 ID:nyjGNNE+a
lw´‐ _‐ノv「今回の暴動に対しては機動隊も動いています。今日一日は都心に避難を」

ミセ*;゚д゚)リ「お、おう……シューさんは?」

lw´‐ _‐ノv「近くまで送って行きます。ほら急いで下さい、ミセリ……ミセリ?」


強引に腕を引くシューさん、思ったよりもずっと力強いその手に、私は足を踏ん張って抵抗した。


ミセ*;゚ー゚)リ「ちょ、ちょっと打ち合わせ、っていうか、段取りの確認っていうか、あれしたいんだけど、いい?」

lw´‐ _‐ノv「……仕方ありませんね、十秒だけですよ」

ミセ*;゚ー゚)リ「えっ十秒、あの、ええと、シューさんって、本当にまっとうな移民なの?」

lw´‐ _‐ノv「本当はまっとうな移民じゃありません。さぁ急いで」

ミセ*;゚д゚)リ「お、おま……! いや、もう何でもいいや、助けてくれるなら何でもいいや」

lw´‐ _‐ノv「いい判断です」


辺りはもうすっかり暗く、少し前を歩くシューさんの詰襟姿も夜の色に溶けかけている。
暴徒の歓声はいつしか狛ケ崎中に広まったようだ。爆発音が時おり響き、暗い空をチカチカと点滅させている。

148 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/04(月) 00:10:51.426 ID:nyjGNNE+a
ミセ*;゚ー゚)リ「シューさん、ひょっとして、こうなるのは分かってたの?」

lw´‐ _‐ノv「いいえ。一昨日のものまでは想定していましたが、今日は不意を突かれました」


それ以上聞くことはできなかった。
群衆の咆哮が近くで上がり、シューさんが忌々しげに舌打ちする。

爆発の音に混じり、今や発砲音までもが響いてきていた。


lw´‐ _‐ノv「全く、これだから過激派政党は……」

ミセ*;゚ー゚)リ「な、なに、何が起こってるの?」

lw´‐ _‐ノv「警察隊が到着しているんでしょう。彼らは都政の属ですから」


簡単に発砲許可が下りるんです。
私は自分が一気に青ざめたとわかった。


ミセ*;゚ー゚)リ「そ、そんなの、どっちもヒートアップするだけに決まってるじゃん!」

lw´‐ _‐ノv「そうですね。確かにちょっと、まずいことにはなっています」


シューさんは事もなげに言う。
私は思わず、ぷっと吹き出してしまった。

149 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/04(月) 00:11:39.883 ID:nyjGNNE+a
ミセ*;゚ー゚)リ「……よくそんなに落ち着いてられるねー」

lw´‐ _‐ノv「慣れですよね、お互い様です。ゲームみたいなものですよ」

ミセ*;゚ー゚)リ「ゲームて」

lw´‐ _‐ノv「ゲームみたいなものですよ、生きるということは。ちょっとの困難は付き物で、ほら、ちゃんとゴールも」


シューさんは遠く、ぼんやりと明るい一角を指した。
いつの間にか、狛ケ崎駅が見えるところまで近づいていたらしい。


ミセ*;゚ー゚)リ「疲れたよ、今日は本当に……」

lw´‐ _‐ノv「そうですね。私も疲れました。早いとこ抜け出して温かいお風呂に入りたい」

ミセ*;゚ー゚)リ「あはは、いいねそれ。また今度は、温泉にでも行こうよ。トソンちゃんも誘ってさ」

lw´‐ _‐ノv「良いですね。行きましょう」

ミセ*;゚ー゚)リ「うん、約束ね」


シューさんが足を止める。目の前に大柄な白い輸送車が停まった。
警察隊。私はどこか夢でもみているような気持ちで彼らを見ていた。


lw´‐ _‐ノv「さて、ここでお別れのようですね。お元気で、ミセリ。ああ、私のことは心配しなくていいですから」

150 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/04(月) 00:12:37.144 ID:nyjGNNE+a
ミセ*;゚ー゚)リ「お別れって、どういう……」


盾を構えた男が数人下りてくる。
何か言うより先に彼らは私をつかみ、シューさんから引き離した。

驚く暇も無かった。シューさんの手はあっさりと私から離れ、私の視界から消える。


ミセ*;゚д゚)リ「ちょ、何、なんで……離して」

「はいはい、落ち着いて下さい! もう大丈夫ですからね!」


暴徒一名確保。市民を保護。冗談のような言葉が、次々と出てくる。

シューさんの姿が、一瞬だけ、男達の足の隙間から覗いた。
銃口を突き付けて引き倒され、頭をアスファルトに擦りつけられる姿だった。

羨ましいくらい綺麗な白い首筋に、黒い警棒が添えられる。

151 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/04(月) 00:13:12.017 ID:nyjGNNE+a
ミセ#;゚д゚)リ「やめろ、離せ! おい!」

「うおっ、何をする!」


そこからは無我夢中だった。
警吏に飛び掛かり、その手から警棒を奪い取った。
バチバチと高圧電流が流れる警棒を、素手で掴んだ私の両手が、びりびり痺れる。

いつもの無表情じゃないシューさんを見たのは、久しぶりだった。
驚き、慌てるシューさん。おお、新鮮だ。強く組み伏せられて気を失う直前に、私は初めて彼女の怒号を聞いた。

152 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/04(月) 00:13:47.703 ID:nyjGNNE+a
「本っ当に、申し訳ありませんでした!」

ハソ*゚ー゚)ソ「あ、いや、私はみなさんに保護して頂いた側なので……」


とか何とか上手いこと言ってなんとか頭を上げて貰うのが、状況を理解して最初の作業。
丸一日も寝ていたのだというから、随分ときつく締められたのだろう。生きてて良かった。

私の行動は……公務執行妨害に当たる……当たるはずだから、深々と頭を下げられるのは具合が悪い。
彼らが言うにはどうやら、詰襟を着込んでいたシューさんは暴徒で、庇った私もその仲間だと判断したんだとか。

私がカッコ悪く気絶している間に私の持ち物から移民証が見つかり、これはまずいと確認が飛び、私は無実と判明。
なにせ暴徒と言えば反移民を掲げて日本社会と戦う日本人集団なのだから、移民の私が関わりあるはずなどない。
シューさんについてはどんな話術からか、「暴徒から逃れるために暴徒から奪った服を着ていた」ことにされていた。

ところで、そのシューさんがどうなったかは、私はよくわかっていない。
「まともな移民ではない」、シューさんはそう言っていたが、それが本当なら当然、かなりマズいはずだ。
ただの冗談だったのか、あるいは上手く官憲を誤魔化しているのか、私にその話題はまだ振られなかった。
「大した怪我はしていなかったから入院はしなかった」とだけ、警察病院のお医者様から伝えられた。

私が退院できたのは、二日後だ。
すぐに出られると思っていたが、むしろ事務的な手続きに時間がかかったらしい。

153 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/04(月) 00:14:28.136 ID:nyjGNNE+a
ミセ*゚ー゚)リ「すいませんどうも、長らくお世話になりまして」

「はい、もう世話したくないから二度と来ないでね」


狛ケ崎市内はかなり荒れたらしい。
逮捕者は一晩でなんと四桁にもおよび、死者は暴徒・外省人ともに二桁を超える。
襲撃された建物は私の住んでいた寄宿舎を含めて100棟以上。うち全焼が20棟ほど、半焼までふくめると50棟ほど。

これだけの大暴動――もっとも地球が風邪を引いてからはよくある程度の騒動だが――に発展した事情もある、らしい。
かなり普通じゃない方法で扇動した連中が居たんだとか、そんな噂を教えてくれたのは、私を気絶させた警官さんだ。

それでも、そんな裏事情も含めて、この世界では良くあることだ。

そんな状況で私があっさり釈放されたのには、正当な表事情がある。身元保証嘆願だ。
誰が集めてくれたのかは知らないけれど、何十人分もの署名を集めて、提出してくれたということで。
私を信じて、私の潔白を保証してくれる人が、何十人も居たということだ。

トソンちゃん……都村和ちゃん、ブーン君、ギコ君を筆頭に、スクールの皆の名前。世貝先輩に、茂木先生も。
管理人の新谷田さん、魚屋さんや八百屋さん、果てはつーさん達の名前まで束ねられた上に、監視官の印。白野優歌さんという方らしい。

こうして私の潔白は認められ、皆に支えられる生活に帰ってこれたという事だ。

154 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/04(月) 00:14:51.241 ID:nyjGNNE+a
ミセ*゚ー゚)リ「あーらーやーだーさーん! ただいま帰りました!」

(゜д゜@「ミセリちゃん!? 無事だったのね!」


私の知り合いは、奇跡的にも、誰ひとり被害に遭うことなく暴動をやりすごしたそうだ。
ブーン君なんかは、ツンさんの家のドアを挟んで暴徒とやりあったそうだけれど、間一髪で警吏隊に助けられたという。

これを機に狛ケ崎を離れた人も少なくなくて、外省人はもちろん、日本人も同じことだ。
魚屋の女将さんも引っ越してしまったと知ったときには、私もひどく悲しかったものだ。

それでも私達は、意外とタフに生きている。これからも、タフに、しぶとく生きてゆく。

155 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/04(月) 00:15:09.974 ID:nyjGNNE+a
ミセ*゚ー゚)リ「ただいまー……」

返事はない。


シューさんは結局、そのまま居なくなってしまった。
退院した私が帰ったとき、散乱していたガラスは綺麗に片づけられ、カーテンは新しく分厚いものが掛けられていた。
石でも投げつけられて、窓を叩き割られたとしても、ガラスが飛び散らないように、ということだろう。

テーブルには何やら分厚い紙の束が置かれていて、一番上には私が習った三文字が記されていた。
シューさん流の手紙のつもりだろうか。それならせめて、私が読める字で書いてほしかった。

押し入れを開けると、何も無くなっていた。
ファンシーな壁紙も服もランプも、天井の手描きの星も、その痕跡すら残っていない。

私は探しにも行かなかったし、待つこともしなかった。

後で役所に問い合わせてわかったことだが、あの居住命令も偽物だったそうだ。
二人で取り決めたお家賃2万円の10カ月分、20万円がきっちり先に納入されていたことも、その時に初めて知った。
変なところで律義というか、それがシューさんらしい。

156 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/04(月) 00:16:02.080 ID:nyjGNNE+a
こうして、シューさんと過ごした夏は終わった。

シューさんの残した落書きはほぼ読めなかったが、最後にたった一文だけ、私のわかる言葉が添えられていた。
たった一文だけの言葉は、何年も経った今も、私の心に残っている。

くじけそうになる私を、卑屈になる私を、奮い立たせてくれている。


『                    Life is Life,  Fight for It.                    』

158 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/04(月) 00:17:32.739 ID:nyjGNNE+a
『8月 












159 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/04(月) 00:17:47.214 ID:nyjGNNE+a
『9月 












160 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/04(月) 00:18:15.528 ID:nyjGNNE+a
『10月 












161 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/04(月) 00:18:30.007 ID:nyjGNNE+a
『11月 












162 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/04(月) 00:18:49.388 ID:nyjGNNE+a
『12月 












163 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/04(月) 00:19:08.057 ID:nyjGNNE+a
『1月 












164 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/04(月) 00:19:22.439 ID:nyjGNNE+a
『2月 












165 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/04(月) 00:20:13.307 ID:nyjGNNE+a
『3月 末日

合格しました。










166 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/04(月) 00:24:35.546 ID:nyjGNNE+a
『6月』

168 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/04(月) 00:25:23.601 ID:nyjGNNE+a
「ここ、いいかい?」

ミセ*゚ー゚)リ「どうぞ」

「ありがとうね、お嬢ちゃん」


列車が走り始めて数分ほど老紳士は彼女を眺めていた。
彼女は老紳士の視線に気づくと、顔を上げ、視線で問いかける。
老紳士は咳払いを一つして、こう尋ねた。


「もし間違いだったらすまないが、お嬢ちゃん、ひょっとして外省人かい?」


彼女は目を丸くして、静かに頷く。


ミセ*゚ー゚)リ「びっくりした。一目で気付かれたのは初めてです」

169 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/04(月) 00:25:48.618 ID:nyjGNNE+a
「これでも昔、外で仕事をしていたのでね」

ミセ*゚ー゚)リ「それは……いえ、それでは、気付くのも道理ですね」


彼女は老紳士から視線を逸らし、窓の外に目を向けた。
窓の外を流れるのは、最後に彼女が見てから、もう五年も経つ景色だった。


「日本で働いているのかね?」

ミセ*゚ー゚)リ「はい。といっても、今年からですが」

「そうか、それは……それは素晴らしい」

170 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/04(月) 00:26:14.924 ID:nyjGNNE+a
ミセ*゚ー゚)リ「そうですね。ずっと就きたかった仕事ですから」

「ふっふ、そうか。私達も嬉しいよ」

ミセ*゚ー゚)リ「ありがとう、ございます」


紳士は懐かしそうに目を細めた。
彼女はなんとなく気恥ずかしくて、目を逸らした。


「いいや、礼を言うのは我々の方だよ。お嬢さん。お嬢さんは我々の夢を一緒に叶えてくれたんだから」

ミセ*゚ー゚)リ「……?」

「馬鹿げた夢だと笑われて、非国民だと石を投げられて、それでも……我々が忘れられなかった夢だ」

ミセ*゚ー゚)リ「私一人の力じゃないですよ。お爺さん、あなた達の力だって」

「……ああ、そうだったらいいね」


紳士は目を閉じ、長く息を吐いた。
彼女は再び窓の外に目をやった。荒れ果てた地を、暑い夏の中を、行き交う人々の姿が目に映る。

やがて列車は緩やかに速度を落としはじめた。

171 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/04(月) 00:26:46.298 ID:nyjGNNE+a
ミセ*゚ー゚)リ「それじゃ、私はここで。良い旅を」

「お嬢さんこそ……ああ、お嬢さんには、ここが出発点なのだな」

ミセ*゚ー゚)リ「はい」

「良い旅を。良い人生を」

ミセ*゚ー゚)リ「人生……ふふ、ありがとうございます」


彼女はホームに降り立ち、列車は再びゆるやかに加速してゆく。

振り返ると、紳士は窓の外を眺めていた。
一瞬だけ目があうと、紳士は目を細め、にっこりと笑った。

彼女は改札を出て、歩き始めた。

172 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/04(月) 00:29:42.532 ID:nyjGNNE+a
……

手紙の文字を読めるようになったのは、数年前だ。
大学でノートに何気なく書いた『ミセリ』の落書き三文字を見て難なく解読したのは、トソンちゃんだった。

どこか知らない国の言葉、どころではなく、なんと日本語の変則文字だったという。
知らなければ分かるはずが無いとは言え、あっさりペテンに掛けられていたと知った時の悔しさと言ったら。

それから勉強して、手紙に残されていた幾つかの手掛かりをもとに、自分の人生を決めた。
私の力になってくれた人達のように、私も誰かの力になりたい。
シューさんと過ごしている間は漠然としていた私の願いが、翼を得たように生き生きと動きはじめた。

困難は、少なくなかった。だが、そんなものは、何でもなかった。

私の人生は、冒険だ。チャンスだ。そして、私の人生は私の人生だ。
難関とされる国家試験に合格し、純日本民族限定と噂された採用枠をもぎ取り、小さなバッジを手に入れた。


ミセ*゚ー゚)リ「ふぇぇ、今日も暑いよぅ……」


地球が風邪を引いて、人類は冬を迎えて。火種と焼け跡ばかりが残った戦争が過ぎて。
そうして今も困難のど真ん中に居るんだけれど、それでも私達は、タフに生き残っている。

私は今から、いつかの嘆願書を集めてくれた監理官、シラノ・ユウカさんに――
――優しい歌だなんて、似合いすぎる名前の新しい上司に、赴任の挨拶に行くところだ。

これから私達二人が過ごす二度目の冬の夏も、きっと楽しくなる。

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