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74 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:16:27.644 ID:Ay5AiMcAa
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『7月
』
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75 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:17:12.989 ID:Ay5AiMcAa
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ミセ*゚ー゚)リ「そうだなー、最近は忙しそうだけど……」
(゚、゚トソン「はい」
夏本番。今日も地球は暑い。
この広くて緑いっぱいの帝国大キャンパスにおいても、太陽は容赦なく照りつけています。
ちょっと前に気温が40度を超えたとか報道されて以来、私達の生活は無駄に暑さを増したよう。
明るい木漏れ日の下を歩く私とトソンちゃんは揃いも揃って薄手の長袖です。
先月からの同居人に影響されたとかじゃなく、直射日光を避けた方が涼しく感じるのです。
そんな私とトソンちゃんの会話なんですが。
ミセ*゚ー゚)リ「……猫。公園で野良猫と戯れてるの、前の日曜日に見た」
今日は偶然にも、その同居人の話題でした。
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76 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:18:10.512 ID:Ay5AiMcAa
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lw´‐ _‐ノvと過ごした冬の夏、のようです
(゚、゚*トソン「野良猫? 公園って、狛ケ崎公園ですか?」
身を乗り出してくるトソンちゃん。
私はゆるやかに一歩距離をとり、トソンちゃんは一歩距離をつめる。
ミセ*゚ー゚)リ「う、うん。トソンちゃんって、そんなに猫好きだっけ……?」
(゚、゚トソン「……別に好きというわけでは。キャリアの為に面識を持っておきたいだけです」
ミセ*;゚ー゚)リ「それは勝手にすればいいと思うけど、将来に繋がる面会にはならないと思うな」
(゚、゚トソン「まあまあ。ミセリ、この後は暇ですね? 案内を!」
ミセ*;゚ー゚)リ「べ、勉強……ごめんなさい暇です暇でしたから! なんなら三人で鍋でも!」
(゚、゚;トソン「い、いや、鍋は流石にちょっと」
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77 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:18:55.959 ID:Ay5AiMcAa
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狛ケ崎駅に電車が滑り込んだのは、午後の3時過ぎくらい。
ゆるく空調の利いた車内からの気温差は、降り立った私達をどろどろに融かすに足るものだ。
いつか誰かが言っていた通り、便利すぎることは必ずしも幸福につながるわけではない。
げんなりしつつもどうにかこうにか狛ケ崎公園に辿りついたのはおよそ15分後。
(゚、゚トソン「……はぁ……」
目当てのお猫様がご留守と知って、トソンちゃんから魂が抜けたのも、その時間。
現在の我々はと言うと、近隣の子供たちに交じって噴水の水に足を浸し、避暑に勤しんでいるのです。
(゚、゚トソン「それにしても、こうも暑いとアイスでも食べたくなりますね。ねえミセリ、」
ミセ*゚ー゚)リ「嫌だよ?」
(゚、゚トソン「ちっ」
遠くからけたたましい街宣が聞こえてくる。
私は足を噴水に浸したまま、仰向けに倒れ込んだ。照りつける日差しが今日も眩しい。
ミセ*゚ー゚)リ「あの人たちは、今度は何を騒いでるの?」
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78 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:19:27.288 ID:Ay5AiMcAa
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(゚、゚トソン「あれ、知らないんですか?」
ミセ*゚ー゚)リ「何を?」
(゚、゚トソン「WEUとロシア。北海地域の連続テロを巡って、また緊張し始めてるんだとか」
ミセ*゚ー゚)リ「んー……知らないや」
うちにはテレビみたいな電気喰らいの高級品はありません。
ラジオは、壊れてなければまだ動くと思うけど、確か電池切れ。
そんなわけで、地球の反対側のニュースがうちに届くまではかなり時間がかかるのであった。
街宣が私には情報源として機能するだなんて、なかなか気の利いた冗談じゃないかな。
ミセ*゚ー゚)リ「それで、日本でテロを起こしそうな我々外省人も便乗して排除しようってとこ?」
(゚、゚トソン「……そうです」
風が吹いたら移民排斥である。
もっとも都政はともかく、国政は右寄り中道といった感じで、すぐにどうこうされることは無さそうだけれど。
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79 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:19:51.691 ID:Ay5AiMcAa
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ミセ*゚ー゚)リ「この暑いのに、元気だよねー……」
(゚、゚トソン「ミセリは、最近すこし元気が無さそうですが」
ミセ*゚ー゚)リ「……そう?」
子供たちのはしゃぎまわる声が公園の空に抜けてゆく。
言われてみれば確かに最近は、今一つ活力が足りないかもしれない。暑さに勝てない。
ミセ*゚ー゚)リ「暑いし?」
(゚、゚トソン「それだけじゃないでしょう?」
ミセ*゚ー゚)リ「あー……うん、まあ……そっすね。要は進路の悩みみたいな」
トソンちゃんも仰向けに転がった。
ほんの一瞬、騒音が遠ざかったような感じがした。
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80 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:20:15.704 ID:Ay5AiMcAa
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ミセ*゚ー゚)リ「ほれ、私って社会科のできない子ちゃんじゃないですか」
(゚、゚トソン「補って余りあるくらい数学ができますけどね」
ミセ*゚ー゚)リ「照れるなこんにゃろう。……やりたいことと噛み合わないっていうか」
(゚、゚トソン「ミセリもそんな事を考えるんですね」
ミセ*゚ー゚)リ「うん、まぁ……うん?」
(゚、゚トソン「まあ、好きにするといいと思いますよ。どうせ知識は無駄になりませんし」
それに、ミセリならどの道、合格するでしょう。
トソンちゃんは事もなげに言う。
ミセ*゚ー゚)リ「んー……そうだと助かるんだけどねー……」
(゚、゚トソン「それに、ミセリには良い先生がついているんですよね?」
ミセ*;゚ー゚)リ「う……あの……はい」
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81 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:20:41.396 ID:Ay5AiMcAa
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(゚、゚トソン「最近は、その世貝大先生とはどうなんですか?」
ミセ*゚ー゚)リ「んー、かなり基本的なところを教えて貰ってるよ。この前は法精神だとか」
(゚、゚トソン「いやいや、そうじゃなくて。ミセリ、世貝先輩のこと好きなんですよね?」
ミセ*゚ー゚)リ「うん、まあ、そうなんだけれど」
改めて指摘されるとけっこう心に来るものがある。
あるけれど、その程度のことで怯む私でもないのです。
ミセ*゚ー゚)リ「そうだよね、モララー先輩の事もなんとかしないと……」
(゚、゚トソン「なんとか?」
ミセ*゚ー゚)リ「……私、まだ外省人だって言ってないんだよね」
(゚、゚トソン「なんだ、そんな事ですか。私はついてっきり、あの男が私のミセリに強引に言い寄っているのかと」
ミセ*゚ー゚)リ「……いや、そんなことは」
(゚、゚トソン「あるんですか!?」
ミセ*;゚ー゚)リ「い、いやいや! 無い! 無いから!」
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82 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:21:22.045 ID:Ay5AiMcAa
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ミセ*゚ー゚)リ「まーなんにしても、学力を最優先で保たねばなんですが」
(゚、゚トソン「その為の元気が無さそうだから心配しているんです」
ミセ*゚ー゚)リ「……えー、そこまで?」
(゚、゚トソン「そこまでです」
ミセ*゚ー゚)リ「うーん……夏だからね」
(゚、゚トソン「夏バテですか」
ミセ*゚ー゚)リ「夏バテです。……トソンちゃん、うちでご飯食べていかない?」
(゚、゚トソン「いいですよ、でも」
もうちょっと涼んでからで。そう言い残し、トソンちゃんは目を閉じた。
やがて子供達の声も遠ざかり、世界に私とトソンちゃんの二人だけになって、やがて私は一人になった。
目が覚めるまでに私は、魚の夢をみていた気がする。
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83 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:22:03.401 ID:Ay5AiMcAa
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シューさんは最近、帰りが遅い。
大抵は夜の10時を過ぎるし、朝だって私が起きるより先に居なくなっている。
本人が言うには仕事が込んでるんだとか。でも相変わらず、どこで何をしているかは教えてくれない。
ご飯も要らないとか言うし、私としてはちょっとさみしいんだけど、まあ仕方ない。
……本当に仕事なんだろうな、どこかの家にお邪魔してるんじゃなくて。
lw´‐ _‐ノv「猫じゃないんですから」
ミセ*゚ー゚)リ「ごめんなさい」
試しにそう言ってみたところ、シューさんの反応はこれだ。
日曜日はなんとかお休みにできるそうで、今日もこうして冷えた緑茶をすすっているというわけです。
lw´‐ _‐ノv「まあでも、もうすぐ落ち着くと思います。寂しいのはわかりますが、こればかりは仕方ありませんよ」
ミセ*゚ー゚)リ「いやいや、寂しいとかありませんから」
またまた御冗談を。
確かにシューさんが来てから退屈してなかったのは事実ですが、もともと私は一人でも生きていけるタイプですし。
私はそれ以上なにも言わず、再び教科書と睨みあう。
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84 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:22:27.018 ID:Ay5AiMcAa
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シューさんは静かに緑茶を飲み、私は静かに勉強に励む、そんな時間が静かに流れる。
傍若無人と見せておいて、シューさんは私がノートに向かっている間は、一切の邪魔をしてこない。
時間が静かに流れる。
日が高く昇り、いつしか傾き、沈んでいた。
シューさんが音もたてずに静かに立ち上がり、私はつられて顔を上げる。
lw´‐ _‐ノv「ミセリ、夜ごはんは何がいいですか?」
ミセ*゚ー゚)リ「んー……あんまり食欲ないや」
lw´‐ _‐ノv「それじゃ私の好みに合わせて作りますね。食べますね?」
ミセ*゚ー゚)リ「んー……」
l w ´ ‐ _ ‐ ノ v 「 食 べ ま す ね ? 」
ミセ*;゚ー゚)リ「やめてやめて! 私が悪かったから! 食べるから!」
必死で頷く私。やむなし、彼女のこの攻撃から逃れられたことなどないのです。
私を心配してくれた、ような気もするんだけど、真意の程はわからないのが彼女の常。
台所に立つシューさん、どこか満足げに見えるのが、私には――。
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85 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:22:51.926 ID:Ay5AiMcAa
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ともかく、食卓に並んだ熱々のマーボーを見て、現金な私の胃袋が食欲を取り戻したのは、僅か数分後。
lw´‐ _‐ノv「ミセリが何を焦っているかまでは、はふっ、熱ッ、分かりませんが……」
ミセ*;゚ー゚)リ「いやいや、シューさんこそ焦って食べ過ぎだ! 美味しいけど!」
確かにシューさんの作ってくれた麻婆豆腐が美味しいのは認めざるをえない。
一口食べると暴力的な辛味が稲妻のように口内を荒れ狂い、二口も食べると全身を寒波が這いまわり震えあがらせる。
寒い。32度の室温すらも、只管、寒い。身体を駆け廻るスパイスの業火の前に、夏のぬるい暑さなど、何をも為さない。
三口。繊細に織上げられた深紅の芸術の前に、気付かされる。燃えたぎっているのは、極上の醤ではない。私自身だ。
燃えたぎっているのは、私の身体を駆け廻る血潮だ。共鳴しているのだ。私の身体を燃やせと、私の血潮が命じている。
猫科の猛獣の全身が一瞬の狩りに投入されるように、総ての味が、味蕾が、全てを賭して私を焼きつくそうとしている。
そして、それでも、それだけじゃない。凶悪な焔に焼かれる私に救いの手を差し伸べるのは、ああ、これも計算づくなの。
白米。真っ白な輝きはまるで慈悲深き天使の翼のように私に癒しを与えてくれる。――仮初の、その場しのぎの癒しを。
一口、二口、ああ、満たされることはない。私は今も感じている。とろみの付いた甜面醤の業火は決して消えない火種。
幾度となく焼き尽くされるとしりつつ、私は業火の渦へと歩みを進ませる。大皿へとスプーンを進ませる。そして、燃える。
感謝いたします、私の天使よ。お恨み申します、私の天使よ。私の白米よ。あなたは、私が膝を屈することすら許さない。
踊る銀のスプーンは、戦天使の命ずるまま挑み敗れ焼かれる私の掲げる脆く美しい刃。勇壮にして悲壮なる、剣の舞。
茶碗を、大皿を、米を、麻婆を、交互に、交互に、私のスプーンは掬い、私の口は咀嚼する。私は燃え上がり、また蘇る。
シューさんは横で顔色ひとつ変えずに淡々と食べていた。
lw´‐ _‐ノv「……ふぅ、御馳走様でした。気を張りすぎることはお勧めしませんよ。ミセリ、あなたはあなたであれば良い」
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86 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:23:13.759 ID:Ay5AiMcAa
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ミセ*゚ー゚)リ「ん……ありがと、よくわかんないけど、ちょっと元気出た。ごちそうさま。洗い物は私がやるよ」
私はシューさんの返事を待たず、すっかり空になった大皿にお茶碗ふたつを重ね、立ち上がった。
蛇口から細く流れる水が、薄い赤の油膜を押し流し、排水溝へ。
シューさんの言葉は、水のように、私の心に流れ込んできた。
心にこびりついた焦りは、そう簡単に流れて消えはしない。清廉な水は、脆く、弱い。
スポンジを手に取り、洗剤を落とした私の右手を、私の背中越しに、シューさんの右手が捕まえた。
lw´‐ _‐ノv「……そうですね。ミセリ、少しだけ元気の出るプレゼントを差し上げます」
ミセ*゚ー゚)リ「へ、プレゼントって、シューさん?」
lw´‐ _‐ノv「私のとっておきです。皆には内緒ですよ」
泡立てたスポンジを、私の手を使って、大皿の隅にくっ付ける。
そのまま右上に、弧を描くように短い線。右下に落ちて、小さな円。
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87 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:23:46.109 ID:Ay5AiMcAa
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ミセ*゚ー゚)リ「これって……」
lw´‐ _‐ノv「……『ミ』」
ミセ*゚ー゚)リ「!」
シューさんはそのまま、私の腕を右に引っ張る。
スポンジの泡の線は右上へ、僅かに反り返るように、長く尾を引く。終わりには、左回りの小さな円。
lw´‐ _‐ノv「『セ』、『リ』」
最後は右下。斜めの線は弧を描くように下向きに落ちる曲線。くるりと小さく、右回りの線。
ミセ*゚ー゚)リ「私の、名前」
lw´‐ _‐ノv「全部の文字は教えてあげられません。ごめんね」
ミセ*゚ー゚)リ「……ううん、ありがとう。すごく、嬉しい」
シューさんの身体がするりと離れる。
私は何も言えず、ただ白い泡の線が、壊れて細くなっていく姿を見つめた。
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88 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:26:36.767 ID:Ay5AiMcAa
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その夏、私にとっていくつかの嬉しいことと、悲しいことがあった。
一つ目の悲しいことは、帝大の夏休みが眼前に迫った、7月の終わりのことだ。
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91 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:29:03.691 ID:Ay5AiMcAa
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きっかけとなった会話は、覚えていない。
というのも、その時の私は少し、否、かなり、否、もの凄く舞い上がっていたから。
(゚、゚;トソン「……ねえミセリ」
ミセ*^ー^)リ「うん?」
(゚、゚;トソン「……いえ、なんでもありません。今日も暑いですねと言おうと思っていたんですが……」
ミセ*^ー^)リ「そうだね、暑いよね。嫌になっちゃう」
(゚、゚;トソン「………………聞いても?」
ミセ*^ー^)リ「うん? 仕方ないなあー」
(゚、゚トソン「ファック」
ミセ*;゚ー゚)リ そ
(゚、゚トソン「良いからキリキリ喋って下さい」
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92 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:29:32.405 ID:Ay5AiMcAa
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私は簡潔に、かつダイナミックに、熱く語った気がする。
トソンちゃんの、やや引き気味のリアクションは記憶にあるからだ。
(゚、゚トソン「要はモララー先輩が映画に誘ってくれたというだけでしょう?」
ミセ*;゚ー゚)リ「だけって! だけって言わないで! 『アルファベット・ウォーズ』の最新作なんだよ!?」
(゚、゚;トソン「そんなに熱くなるほどの映画なんですか?」
ミセ*゚ー゚)リ「当たり前だよ! トソンちゃんは――待って、トソンちゃん、ひょっとして見たこと無いの?」
(゚、゚トソン「ありませんが」
ミセ*゚ー゚)リ「そんな、まさか……」
数年しか過ごせなかった第二の故郷で、一度だけ見た『映画』、その10年越しの続編。
ただでさえ全世界の男達の血を滾らせた名作であり、加えて私には郷愁の情念が絡んで、もう何か頭がヤバい。
何せ、映画館だなんて滅多にいけませんでした。憧憬の先端だった場所です。
チケット代と財布とを見比べては諦めていた日々を考えれば、どれだけの喜びかもわかろうもの。
まして、私の渇きを察したように無料券を差し出してくれたのがモララー先輩だとくると、私はもう、この有様でありました。
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93 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:30:51.832 ID:Ay5AiMcAa
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ミセ*゚ー゚)リ「そういうわけで、私は今週末には至福の時を過ごすのです」
(゚、゚トソン「至福。ふむ……至福と言えば、ミセリ、服は?」
ミセ*゚ー゚)リ「え、服……服……っ!?」
(゚、゚トソン「……私、ミセリの服って、3種類くらいしか見てない気がするんですけれど」
ミセ* д)リ「……サンシュルイシカモッテマセン」
(-、-#トソン「ああ、やっぱりですか。この 馬 鹿 者 !」
トソンちゃんがここまで言うのは、かなり珍しいことだったみたい。
でも、できれば、教室中が振り返るような怒鳴り方は止めて欲しかった、なんて。
思い出すだけでも結構、かなり、物凄く恥ずかしいです。
(゚、゚#トソン「ミセリ、私は前にも言いましたよね! 華の乙女の咲くは一時、散れば誰そ有りて憐れまんや、否憐れむ者なし!」
ミセ*:゚ー゚)リ「い、いやでも、私達外省人スクール生には、そんなことにかまける時間なんてッ!」
あとお金、とは言えかった。
もし言ったとしても、トソンちゃんの性格ならきっと、そんなこと気にせず踏み越えてくる気がするから。
私が言いださないことが、最後の防衛線になっている気がするから。
(゚、゚#トソン「せからしかっ! とにかく着いて来なさい! いいですね、ミセリ!」
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94 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:31:17.551 ID:Ay5AiMcAa
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ミセ*゚ー゚)リ「で、でもトソンちゃん、私、服なんて」
(゚、゚トソン「いいえ、ダメです! ほら、きびきび歩く!」
ミセ*゚ー゚)リ「ああ、もう、どうにでもなあれ……」
こうして私はドナドナと、もとい、キビキビと歩かされ、呉服店に連れ込まれるのです。
トソンちゃんは日本人の、こう言ってはなんですが、良いとこのお嬢様。
彼女の行きつけと言うと……お腹痛い、百年紙幣たる福沢様が、ああお腹痛い……となるお店かと思ったのですが。
(゚、゚トソン「ほら、ミセリ! まずはこれ、着てみなさい!」
ミセ*;゚ー゚)リ「うっわ高そうな……って、あれ?」
なかなか綺麗な水色の半袖ブラウスの攻撃、私の胃が受けたダメージは予想していた20分の1程度。
これなら一年分のSP(サイフ・ポイント)を削りきられることなく一日を終えられそう。
私は驚いてトソンちゃんの顔を覗き返しました。
(゚、゚トソン「何を驚いているんです、古着ならこんなものでしょう」
ミセ*゚ー゚)リ「へ、古着……?」
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95 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:31:38.308 ID:Ay5AiMcAa
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(゚、゚トソン「? 嫌でした?」
ミセ*゚ー゚)リ「え、いや、そうじゃないけど、でもちょっと意外」
トソンちゃんが古着屋に詳しいとは、正直、思ってなかったから。
私が素直にそう言うと、トソンちゃんは少し不満そうに、整った眉を寄せた。
(゚、゚トソン「そりゃあ、使う事もありますよ。掘り出し物も多いし、何より、この雑然さが良いんです」
ミセ*゚ー゚)リ「雑然さ」
(゚、゚トソン「そう。例えば、これ」
ミセ*゚ー゚)リ「? そのスカートが何?」
(゚、゚トソン「新品で買うと、5万は下らないメーカーです。」
ミセ*゚ー゚)リ「ご……は、え?」
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96 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:32:40.546 ID:Ay5AiMcAa
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(゚、゚トソン「見る人が見ればわかりますけどね。ですが、ここではそんなの関係無く、実用性で値打ちが決められています」
ミセ*゚ー゚)リ「……うん」
すとん、と音を立てて、胸の内に何かが落ちたような気がした。
敵わないなぁ、トソンちゃんには。
(゚、゚トソン「どこか一色に凝り固まったブランドショップより、私はこうして、様々な商品に出会える店の方が……ミセリ?」
ミセ*゚ー゚)リ「ん、いや、トソンちゃんが素敵な理由がまた一つわかった気がして」
(゚、゚*トソン「……ほら、試着してきなさい、早く!」
私とブラウスとスカートを狭い部屋に閉じ込め、カーテンを閉めるトソンちゃん。
抵抗すらできない私が言われるがまま着替え、感想というか独り言を聞き、別の服を渡されるまでが1セット。
3セット目には服のサイズがぴったりになっていて、5セット目には私の顔に簡単な化粧までし始める。
彼女が満足したのは、野球で言うと延長三回までもつれ込むほどチェンジを繰り返した後だ。
ミセ*゚ー゚)リ「おお、おおう……誰だこの美少女」
(゚、゚トソン「……ハラショー……」
赤っぽしいロングスカート、深緑の長袖シャツ、風通しの良さげなジャケット、オリエンタルな……首飾り?
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97 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:34:08.072 ID:Ay5AiMcAa
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ミセ*゚ー゚)リ「うわ、すっげえ、何これオシャレ……ネックレス? こんなの初めて着けた。すっげえ……」
(゚、゚トソン「その程度のアクセントならいつもの、ムラサキ芋みたいな色のカットソーにも合うでしょう?」
こんにゃろう、私のお気に入りの一張羅に何てことを言うんだ。
ミセ*゚ー゚)リ「ぐぬぬ……まあ、素直に喜ぶとします。その、トソンちゃん」
(゚、゚トソン「礼は聞き入れません。どうせ言うなら大事なデートが終わってからにして下さい。ほら、着替えた着替えた!」
ミセ*゚ー゚)リ「……ありがとう」
(゚、゚トソン「聞こえませんよーだ」
トソンちゃんは首飾りだけをさっと受け取り、カーテンを閉めた。
礼は聞き入れません、だなんて、ずるいと思う。
着替え終わって試着室を出た私に、こっそり会計を済ませたネックレスを突き付けるのは、もっとずるい。
そんなことされたら、私、とても敵わないよ。
私は、すごく幸せで、幸せすぎて――だからきっと、どこかでバランスを取らなきゃいけなかったんだ。
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98 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:36:45.208 ID:Ay5AiMcAa
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それから三日後のことは、きっと死ぬまで忘れないと思う。
ミセ*゚ー゚)リ「……服よし、化粧良し、財布……は有っても無くても大差ないけど!」
lw´‐ _‐ノv「おお、気合いが入っていますね」
ミセ*゚ー゚)リ「有ったり前じゃない! 『アルファベット・ウォーズ』だよ! どれだけ夢見たことか!」
lw´‐ _‐ノv「ほー」
ミセ*゚ー゚)リ「ふっふっふ……。実に、長かった。あまりにも、長すぎた」
映画の名台詞を噛み締めるように口に出す私、緑茶を飲むシューさん。
時計はと見ると、電車の時間までもうあと二十分ほど。
万が一が無いように、そろそろ出発しておきたい時間だ。
lw´‐ _‐ノv「……まあ、楽しそうで何よりです」
ミセ*゚ー゚)リ「そうでしょ、うへへ……行ってきます」
lw´‐ _‐ノv「あ、待って、ミセリ」
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99 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:37:28.270 ID:Ay5AiMcAa
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ミセ*゚ー゚)リ「?」
lw´‐ _‐ノv「人生は冒険です。困難は付き物ですから」
ミセ*゚ー゚)リ「うん? ……ええと、よく分からないけど、頑張るよ」
lw´‐ _‐ノv「……どんな困難があるかは、私にも、予測できないけれど。だけど、私達はきっと……」
浮かれ切った私に、シューさんの言葉は最後まで届かず、頭をすり抜けていった。
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100 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:38:01.643 ID:Ay5AiMcAa
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ミセ*゚ー゚)リ「ーー! 〜〜!」
( ・∀・)「! ……!」
ミセ*^ー)リ
(*・∀・)「〜〜」
色々なことを、私は既に教わっていた。
色々なことを、私は既に知った気になっていた。
だけど、私はまだ、何も経験していなかったんだと思う。
どこかできっと、バランスを取らなきゃならなかったんだろう。
モララーさん、トソンちゃん、そしてシューさんに、大きすぎる幸せを貰ったこと。
そして、そのモララーさんを裏切るような、隠し事をしていたこと。
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101 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:38:25.055 ID:Ay5AiMcAa
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д('A`#)『ーー!』
_,
ミセ*゚ -゚)リ
( ・∀・)「〜〜」
ミセ*゚ -゚)リ「!」
( ・〜・)「〜〜」
ミセ* - )リ
( ・∀・)「?」
ミセ* - )リ「…………。〜〜?」
( ・∀・)「〜〜」
ミセ* ー;)リ「……」
( ;・A・)「!?」
ミセ*゚ー;)リ「――」
(l!l・A・)「!!」
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102 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:42:06.125 ID:Ay5AiMcAa
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昼前には自宅に着いた。
太陽がじりじりと外の地面を焦がし、やがて疲れて休みにつく。
どこかへ出かけていたシューさんが帰って来たのは、それからずっと経ってからだった。
lw´‐ _‐ノv「……ゆっくりで良いから、話してごらん」
「……街宣が来てたの。駅前に」
lw´‐ _‐ノv「……いつもの、デリカシーの無い連中ですね」
「私は、出来る限り、何でもないふりをしようとしたんだけど。でも、できなかった」
lw´‐ _‐ノv「できなかった?」
「きっと嫌な顔、しちゃったんだ。そしたら、モララー先輩は……」
lw´‐ _‐ノv「彼らの肩を持ったんですね」
「……うん。気持ちは分かる、って。ちょっとでも外省人を追い出したいと思ってしまうのは、日本人なら普通だって」
lw´‐ _‐ノv「それは……いいえ、完全に間違いではないでしょうね」
「私は、『外省人の友達に、素敵な人が居る』って、言ったらっ……!」
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103 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:43:38.926 ID:Ay5AiMcAa
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シューさんは布団越しに、私の背中をさすってくれた。
「モララーさんは、『凄いな』って……『この時世で、外省人と友達だって堂々と言えるのは、カッコいい』って」
lw´‐ _‐ノv「……悪気は、なかったんじゃないかな。風当たりが強くなっているのは、間違いないんですから」
「ん……そうかも。でも、最後まで聞けなくて、逃げてきちゃった……情けないよね」
lw´‐ _‐ノv「……いいえ、ミセリはよく頑張りました。もう小娘なんて呼べませんね」
「……ありがと」
lw´‐ _‐ノv「もう、知ってると思うけれど。悲しいことは、沢山あります。生きているなら」
シューさんの言うとおり。私はもう、知っている。
悲しいことは沢山あって、でも、私達はそれを乗り越えられるようにできているんだ。
でも。
「今はちょっと、時間が欲しいな。少しだけ、休みたいんだ」
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104 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:44:17.512 ID:Ay5AiMcAa
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lw´‐ _‐ノv「だめです。そんな時間はありません。明日は私に付き合って下さい」
こうして、たった一言で翌日……8月1日の私の予定は強引に埋められてしまった。
たった一週間の間にたくさんの悲しいことがあった、夏の終わりの月。
私とシューさんの、お別れの月。
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105 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:44:55.924 ID:Ay5AiMcAa
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『7月 末日
失恋しました。
頭の中がぐちゃぐちゃで、何かを考える気力がわいてきません
思い出したくないことばかりが浮かんできて、死んでしまいそうです。
今月は嬉しかったことも幸せだったことも沢山あるけれど、今はそれを思い出すのも辛いのです。
また後日、加筆します。
追記。
シューさんが明日どこかに連れて行ってくれるとのことです。気を使ってくれているのかもしれません。
変な人だと思っていたけれど、最近はそれ以上に、すごい人だと分かっています。尊敬しています。
これからも、色々と教えてもらえたらいいな、そう思っています。
』