lw´‐ _‐ノvと過ごした冬の夏のようです

107 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:47:53.621 ID:Ay5AiMcAa
『8月












109 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:48:34.693 ID:Ay5AiMcAa
ちょっと大切な人のところに行くから。
シューさんはそう言って、私におめかしを強要しました。
つい先日にも着たばかりの新しい古着に身を包み、渡辺さんに教わった通りにお化粧をしまして。
もちろん首元には、新たに人生最大の宝物に加わったネックレスも忘れません。


lw´‐ _‐ノv「準備は良いですか、ミセリ?」

ミセ*゚ー゚)リ「うん、ばっちり。……どこに行くかすら知らないけどね」


長旅の準備をする必要はない。私が持っている情報は、これだけ。
昨日のうちに聞けば教えてくれたのかもしれない気がするけれど、それは言っても詮無きかな。
シューさんはというと、いつもより黒っぽしく露出の少ない服装で、お前それ死ぬほど暑いだろと言うに言えずでしたが。


lw´‐ _‐ノv「では、行きましょう。日が昇りきる前に駅に行き着きたいですね。クソ暑いのは御免です」

ミセ*;゚ー゚)リ「あ、やっぱり暑いんすね……それ、持っていくの?」

lw´‐ _‐ノv「これですか?」

110 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:48:57.256 ID:Ay5AiMcAa
シューさんは肩掛け鞄の他に、革張りのヴァイオリンケースを片手に持っている。
小さな楽器とは言え、手に持って運ぶとなるとそれなりに重いはずだ。


lw´‐ _‐ノv「ぜひ、今の私を聴かせてあげたいですから」

ミセ*゚ー゚)リ「へー……シューさんって時々かっこいいよね」

lw´‐ _‐ノv「何を言いますか。私は常にカッコいいですよ」

ミセ*゚ー゚)リ「はいはい。シューさんはいつもカッコいいですね」


シューさんはいつも、カッコいい。
掴みどころ無く飄々としているようで、芯が通っているんだ。
私なんかじゃ、とても追い付けない。

斜め前を歩くシューさんの、スッと伸びた背中。丈は私と変わらないはずなのに。


lw´‐ _‐ノv「――いいですね、ミセリ?」


気付くと、そのシューさんは、券売機の前で私を振り返っていた。
参った。家を出てから一切の記憶が無い。

111 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:49:28.017 ID:Ay5AiMcAa
ミセ*゚ー゚)リ「……え、ごめん、なに?」

lw´‐ _‐ノv「こういう場合ははい、と答えておけばいいんですよ」

ミセ*゚ー゚)リ「? じゃあ、はい」

lw´‐ _‐ノv「今回は私の都合なので旅の費用は私に出させてもらいます、そう言いました」


シューさんはいつの間にか用意していた乗車券を私に差し出した。
私がボーっとしていたことも織り込み済みだったらしい。やりよる。


ミセ*゚ー゚)リ「……それじゃあ、お言葉に甘えて……って、何これ9870円!?」


ご丁寧にも帰りの分も用意してあるという周到ぶりである。
2人でしめて40,000円という旅費の時点で、正直ちょっとお腹が痛い。
何より、そもそも、それだけあれば何処まで行けるやら。


ミセ*゚ー゚)リ「この……ええと、キンザンまで行くの?」

lw´‐ _‐ノv「そうです。ここからだと片道だいたい8時間くらいかな」


向こうに着く頃にはきっと日差しも落ち着いているはず。
シューさんは涼しい顔でそう言ってのけた。

112 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:49:45.540 ID:Ay5AiMcAa
旅路は意外にも、そう退屈はしなかった。

私はシューさんの事をあまり深く知らなかったし、シューさんは私のスクール生活に興味津々だった。
どんな勉強をしているのか、周りの皆とは打ち解けているか、トソンちゃんやブーン君はどうしているか。

シューさんの知識は驚くほど幅広く、深い。
文学や芸術はもとより専門的な数学の話や経済学、歴史学に至るまで、シューさんは全てに興味を示し、答えた。
中でも言語に関しては、私以上に私の祖国とその周辺のことばを知り尽くしていて、舌を巻かされたものだ。

車窓から覗く景色は、緑から灰色、灰色から緑に移り変わり、三度目の乗り換えを済ませた頃には一面の緑だった。

夏。夏の緑。
うだる暑さの中にあってなお、青々と茂る緑。
地球の、人類の冬なんて笑い飛ばすように、青々と茂る緑。

午後のゆるやかな日差しの下、列車はゆっくりと走りだしてゆく。
気付けば私は、柔らかなまどろみの中に沈んでいった。
魚の私は、明るい空を見上げながら、深く、寂しい海の底へ――。


lw´‐ _‐ノv「――ミセリ。次の駅がカナヤマです。降りる準備を」

113 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:50:03.277 ID:Ay5AiMcAa
それなりに込みあった電車で、それなりに大きな駅に止まったのに、降りる客はほとんど居なかった。
そこそこ立派な町並みの中、降り立ったホームから電車が西へと走り去り、静けさが残る。

出迎えは、いくぶん穏やかな猛暑。
改札を抜けると、、広いホームにはまばらな人影があるばかりだった。


ミセ*゚ー゚)リ「へー、なんて言うか……もの寂しいところだね」

lw´‐ _‐ノv「これでも昔は、かなり栄えた大都市だったんですよ。復興の向きもありますが、このご時世ですから」

ミセ*゚ー゚)リ「昔はって……」


言いかけて、言葉が勝手に止まった。
駅の壁に、簡単な地図が掛けられている。

遅まきながら、自分がどこに居るかがようやく分かった。
ここは、地獄だった場所だ。中国からの、最新型のミサイルが直撃して、一面の地獄になった場所だ。


ミセ*゚ー゚)リ「その、シューさん、会いたい人って」

lw´‐ _‐ノv「もうちょっと先ですよ。ここからは、バスで行きます」

114 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:50:24.473 ID:Ay5AiMcAa
ミセ*゚ー゚)リ「……住んでる人、居るんだね」

lw´‐ _‐ノv「外れの方まで行けば、ですけれどね」

ミセ*゚ー゚)リ「……」


私はただ黙って頷いた。

見渡す限り、空き地ばかりだ。
土地の売買に、政府がかなりの制限を掛けたのだとシューさんは言う。
この辺りは流石に除染はかなり進んでいるけれど、それでも、人は帰って来れないのだと。

やがて小さなバスが止まり、私達と、他に数人の乗客が乗り込む。


ミセ*゚ー゚)リ「どこまで行くの?」

lw´‐ _‐ノv「終点の、星林除染区までです」

115 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:50:44.345 ID:Ay5AiMcAa
ミセ*゚ー゚)リ「除染区って……」

lw´‐ _‐ノv「除染作業の最前線ということですよ。数百人規模の除染隊員が今日も頑張っています」

ミセ*゚ー゚)リ「それじゃ、このバスに乗ってる人も?」


窓の外の風景が、次々と置き去られてゆく。
シューさんはただ、静かな目で風景を見送っている。


lw´‐ _‐ノv「……義務」

ミセ*゚ー゚)リ「え?」

lw´‐ _‐ノv「人生は、義務だそうです。辛くとも、苦しくとも、果たさねばならない、義務」

ミセ*゚ー゚)リ


投げ出す事は、許されない。冷たい声でシューさんは呟く。

――シューさんも人生が義務だと思っているの?
ただ一言の質問は、なぜか喉につっかえて、出てこなかった。

117 名前:再投稿 ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:53:11.488 ID:Ay5AiMcAa
(*゚∀゚)「啊啊,小歌!隔了好久!」

lw´‐ _‐ノv「久不見、親愛的。瘦了?」

(*゚∀゚)「妳說什麼。朋友?」

lw´‐ _‐ノv「一樣的妳。ミセリ、柬埔寨系。能說日語」

(*゚∀゚)「? 啊ー、誠然……」


ミセリって単語だけ、どうにか聞き取れた。

星林でシューさんが訪れたのは、停留所か少し離れた小さなコンテナハウス。
30代くらいに見える綺麗な女性と、流暢な……中国語?でシューさんは挨拶を交わした。

女性は私を上から下まで眺めると、嬉しそうに声を上げた。


(*゚∀゚)「あ、あー……ミセリちゃん」

ミセ*゚ー゚)リ「は、はい! ミセリです!」

118 名前:再投稿 ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:53:41.182 ID:Ay5AiMcAa
(*゚∀゚)「おー、通じた! 日本語久しぶりだ!私はちゃんとしゃぺってるかな? 可愛いなー、何歳? 学生?」

ミセ*゚ー゚)リ「え、えっと」

lw´‐ _‐ノv「こちらつーさん。何年か前からこの一帯を除染してる」

(*゚∀゚)「宜しくだよー、除染したいもの有ったら言ってねー、頑張って処理するよー」

ミセ*;゚ー゚)リ「普通の女の子は除染したいものなんて持ってないと思う!」


つーさんは無邪気に笑い、私の肩をばしばし叩く。ちょっと痛い。
助けを求めて振り返ると、シューさんは素知らぬ顔でふらふらと歩き去っていくところだった。


(*゚∀゚)「アイツはいっつもあんな感じだから気にする必要ないよー。どうせすぐ帰ってくるさー」

ミセ*゚ー゚)リ「ああ、シューさんはこちらでもご迷惑を……」

119 名前:再投稿 ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:54:21.160 ID:Ay5AiMcAa
つーさんは笑顔で私をコンテナハウスに招き入れ、座布団を引っ張り出して床に放り出し、勧めてくれた。
手狭で雑多な空間。正座すると、彼女の生活感が間近に出迎えてくれているような気がする。


(*゚∀゚)「もうシューのすることには慣れたよー。それより、日本語上手だねー」

ミセ*゚ー゚)リ「あ、うん、私、日本人が混じってるから」

(*゚∀゚)「ハーフかー! 日本人にしか見えないよー! 可愛いなー!」

ミセ*゚ー゚)リ「お、おおう、ありがと……つーさんは、中国の人?」

(*゚∀゚)「中国人だけど中国て言われるの嫌だよー! 大陸人と一緒にしないでー!」

ミセ*゚ー゚)リ「おおう、それじゃあ、南中国から?」

(*゚∀゚)「うん。南沙では一緒に戦った同士だよー!」

ミセ*゚ー゚)リ「なんと、これは失礼しました」


つーさんは困った顔で、溜息をつく。
前大戦で、大国・中華連邦の一部は本国と決裂し、西側日本側についた経緯がある。
彼らの大半は、つーさんのように、中国人とくくられることを嫌がるものだ。


(*゚∀゚)「日本の人みんな私見て大陸のスパイ言います。仕方ないよー」

120 名前:再投稿 ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:54:44.270 ID:Ay5AiMcAa
ミセ*゚ー゚)リ「や、それは大変なご苦労を……」

(*゚∀゚)「その点ここなら、私が中国人と気にする人居ません。そもそも中国人のせいで人居ません」


ごめんよー。申し訳なさそうな声音を作るつーさん。
思わず笑ってしまった。なかなかブラックなユーモアだ。


ミセ*゚ー゚)リ「ま、前向きですね」

(*゚∀゚)「ポジティブだよー。人生に困難はツキモノだもの、乗り越えてこそ人生です」

ミセ*゚ー゚)リ

(*゚∀゚)「啊、ごめんごめん、そう言えばお茶も出してないねー」

ミセ*゚ー゚)リ「いやそんな、お気遣いなく」

(*゚∀゚)「そうはいかないよー、台湾人は歓迎が大好きだよー。今日は二人ともここに泊っていくの?」

ミセ*゚ー゚)リ「えっと、分かんない。シューさんだし」

(*゚∀゚)「分かんないかー、シューだもんなー」


シューさんというのは、ひょっとして物凄く便利な単語なんじゃなかろうか。
私とつーさんは、顔を見合せて笑った。あの不思議な女性が今、不思議な縁で私達を結び付けてくれている。

121 名前:再投稿 ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:55:04.567 ID:Ay5AiMcAa
ミセ*゚ー゚)リ「シューさんは今、どこに?」

(*゚∀゚)「たぶん私みたいな除染作業員のところ回ってるよー」

ミセ*゚ー゚)リ「へー、みんな台湾の人?」

(*゚∀゚)「違うと思うなー。どいつもこいつもナニ喋ってるか分からないよー」

ミセ*゚ー゚)リ「おおう、そりゃまた難儀な」


そんな光景、想像するだに恐ろしい。
そう思いかけて、ふと自分のことと、スクールの皆を思い出した。

ブーン君もギコ君もタカラ君も、あるいはトソンちゃんやモララーさんも、同じ日本語で話しているだけだ。
本当はすごくバラバラなんだ。バラバラの私達が、ゆるやかに、強く、結びついているだけだ。


(*゚∀゚)「そろそろダンナが帰ってくるから、晩御飯にするよー。ちょと座っててな」

ミセ*゚ー゚)リ「あ、はい、すいません」


腕によりをかけるよー、陽気な声がコンテナの奥から聞こえてくる。
改めて見渡すと、手狭な部屋の中には、彼女の故郷を思わせる幾つもの宝物があるようだ。
私は棚の、一冊の大きな背表紙に手を伸ばした。アルバムだろうか。簡素な表紙を――

122 名前:再投稿 ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:55:22.179 ID:Ay5AiMcAa
(*゚∀゚)「ミセリちゃん、苦手な食べ物とかある?」


――開こうとした手を、慌てて止めた。
何か人の心に土足で踏み込もうとしていたような後ろめたさが、波紋のように心に広がる。


ミセ*゚ー゚)リ「え、あ、はい、いいえ、無いです!」

(*゚∀゚)「辛いものとか平気?」

ミセ*゚ー゚)リ「平気! 大好き!」

(*゚∀゚)「良かったー! 今日はマーボーだよー!」

ミセ*゚ー゚)リ「え、本当? やたっ!」


つーさんは楽しそうに厨房に戻る。
アルバムは、開かずに棚に返してしまった。
麻婆。私は写真よりも今の彼女の姿の方を見たかったから。
シューさんとフサさん――つーさんの旦那さんが帰ってきたのは、私とつーさんの至福の食事が終わった後だった。


ミ,,゚Д゚彡「先に食べてるなんて酷いんだから!」

lw´‐ _‐ノv「まあまあ、ミセリの食い意地は筋金入りですから、仕方ありませんよ」

ミセ*゚ー゚)リ「ぐっ……何も言い返せないっ……!」

123 名前:再投稿 ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:55:48.301 ID:Ay5AiMcAa
シューさんはただ一言、一泊だけしていきます、そう言った。
つーさんもフサさんももっと長くいるように勧めてくれたけれど、シューさんは「わりと忙しいので」とだけ言って断った。

二人ともシューさんとは、それほど長い付き合いというわけではないらしい。
良くはわからないけれど、シューさんの「仕事」の関係での付き合いだとか。

不思議そうな顔をしていたのであろう私には、「以前、今の私とミセリのような関係でした」とだけ教えてくれた。

シューさんのことをもっと知ることが出来る、最大のチャンスだったのかもしれない。
だけど、私の頭からは、そんなことはすっかり追い出されてしまっていた。


ハソ*゚ー゚)ソ「シューさん」

lw´‐ _‐ノv「……」


寝巻とお風呂までお借りして、客用の布団を出して貰って、ありがたい限りの中で私は、すでに微眠んでいる。
シューさんはすぐ隣、つーさんの布団を借りている。つーさんはフサさんの懐に潜り込んでいるらしい。

呼びかけへの返事はなかった。
私の声が小さすぎて、聞こえていなかったのかもしれない。

つーさん達と出会って、私は初めて気付いた。
シューさんもいつか、モララー先輩との別れがあったように、私の前から居なくなってしまうんだろう。

124 名前:再投稿 ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:56:16.081 ID:Ay5AiMcAa
翌朝、私は大寝坊した。
目が覚めるともう既に日は高く昇り、シューさんつーさんの姿は無い。
寝起きでぼさぼさの髪、乱れた寝巻のまま、私はゆっくりと身体を起こし、そしてフサさんと目が合った。


ミ,,゚Д゚彡「あっ」

ハソ ゚д゚)ソ「おっ……」

ミ,,゚Д゚彡「い、いや、何も見てないから!」

ハソ*゚д゚)ソ「……」


悲鳴を上げずに済む程度には、私もいろいろと体験してきた人生だ。
慌てて背を向けるフサさんを、わたしはシューさんをモデルにした冷静な瞳で見つめる。
フサさんは恐る恐るといった様子で振り返り、真っ先に髪の毛だけをまとめ直し終えた私を見て、また慌てて背を向ける。

紳士的な人だ。つーさんはさぞ、大切にされていることだろう。ちょっと羨ましい。

125 名前:再投稿 ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:56:37.881 ID:Ay5AiMcAa
ミセ*゚ー゚)リ「シューさんも一言かけてくれればよかったのに……」

ミ,,゚Д゚彡「仕方ないんだから。シューちゃんだし」

ミセ*゚ー゚)リ「そっか、シューさんだもんね」


なんとも便利な言葉だ。
私は用意していただいた……パン?を頬張りつつ、ありがたくも便利な言葉を噛み締めた。

聞くとどうやら、シューさんとつーさんは二人、星林の奥に向かったのだと言う。
いつもの革張りの鞄も無くなっている。シューさんの言っていた演奏を聞かせたい相手というのが、そこに居るのだろう。

聞くとどうやらつーさんもフサさんも今日はお仕事が休みだとか。
貴重な休日を私達に費やさせてしまい、申し訳ないやらありがたいやらで胸一杯である。

しかし、そう言ってみると、この気のいいスラブ系の大男は、


ミ,,゚Д゚彡「全然いいから! 僕達はミセリちゃん達が喜んでくれれば何よりだから!」


とのこと。つくづく紳士的な男性である。
そう言いつつも彼は、仕事道具なのだろう、装備の手入れに余念が無い。

126 名前:再投稿 ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:57:00.238 ID:Ay5AiMcAa
ミセ*゚ー゚)リ「シューさん、いつ帰ってくるのかな」

ミ,,゚Д゚彡「んー、そろそろじゃない? もう出て行ってから四時間くらい経つし」

ミセ*゚ー゚)リ「うえ、そんなに早くから行ってるの?」


不覚。まったく気付かなかった。
今だいたい11時過ぎだから、7時ごろには出て行った計算になる。

……うん、私が寝坊助すぎでしたね。


ミ,,゚Д゚彡「もともとミセリちゃんを起こすつもりじゃなかったみたいだから、仕方ないんじゃないかな」

ミセ*゚ー゚)リ「ぬぬ。ますます私は何の為にここへ……」

ミ,,゚Д゚彡「う、うーん……シューちゃんだから」

ミセ*゚ー゚)リ「……そっか、シューさんだもんね」


シューさんだから。
だからきっと、私が気付いていないだけで、何か意味があるんだろう。


ミ,,゚Д゚彡「シューちゃんとは長い付き合いなの?」

127 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:57:21.481 ID:Ay5AiMcAa
ミセ*゚ー゚)リ「ううん、全然。まだ二カ月くらいだよ」

ミ,,゚Д゚彡「あれ、そうなの? すごく信頼してるように見えたから」

ミセ*゚ー゚)リ「信頼」


信頼。信頼してる。
改めて口に出すのはちょっと抵抗があるんだけれど。
でも、こんなところまでのこのこ着いて来るくらいだから。


ミセ*゚ー゚)リ「うん、信頼してる。と思う」

ミ,,゚Д゚彡「ギコハハハ! 何よりなんだから! シューちゃんは人を裏切って騙すような人じゃないんだから!」

ミセ*゚ー゚)リ「そだね」


フサさんは豪快に笑い、装備の手入れに戻った。
朝食を食べ終えた私が覗きこんでいると、彼は笑いながら、一つ一つの道具を説明してくれた。

話はずいぶんと盛り上がり、土の話、瓦礫の話からカビの養殖まで、シューさん達が帰ってくるまでずっと続いた。

128 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:57:44.732 ID:Ay5AiMcAa
ミセ*゚ー゚)リ「本当にお世話になりました」


私は深々と頭を下げる。
こんなにも気持ちのいい人々との出会いは、滅多にない。


(*゚∀゚)「いえいえ! また来るといいね! 待ってるよ!」
ミ,,゚Д゚彡「遠慮はいらないんだから、いつでも遊びにきてほしいんだから!」

lw´‐ _‐ノv「また気が向いたら来ます。ネーヨにも宜しく」


シューさんは振り返ることなく、停留所に回り込んできたバスに乗り込む。
つーさん達は、私達の乗ったバスが見えなくなるまで、手を振ってくれていた。


lw´‐ _‐ノv「どうでした、ミセリ」

ミセ*゚ー゚)リ「ん……素敵な人達だったね。私……なんで、あの人たち……どうして……」

lw´‐ _‐ノv「その答えは、ミセリ、既に知っているはずです」


ぼろぼろで、形にならない私の問いに、それでもシューさんは静かに頷いて答えた。
だから私はミセリをここに連れてきたんです、と。

129 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:58:12.490 ID:Ay5AiMcAa
それから八時間をかけ、狛ケ崎駅についた時にはすでに夜の九時を回っていた。
シューさんは用事があるからと言って駅から別行動をとり、私は一人、家路に着く。

生温い風が頬をなでる。
静けさに心が不安を訴え、理性がそれを処理してゆく。

一歩、また一歩と我が家が近付くにつれ、不安は力を増してゆく。

最後の角を曲がった、その瞬間に、心臓が大きく跳ねた。


ミセ*;゚д゚)リ「な、何……これ……」


寄宿舎は、さながら超大型の局地的台風に見舞われたような有様だった。
ガラスは片っ端から叩き割られ、植木は引き抜かれ、壁にはいくつも罅が走っている。

駆け寄ろうとした足は、積み上げられたガラクタの前で止まった。
残らずスクラップにされた自転車だと気付くまで、少し時間がかかった。


ミセ*;゚д゚)リ「なんで、なんでこんな……なんでさ!」


ラッカーで落書き塗れにされた扉を、必死で叩く。
一階管理人室。いつも私達を支えてくれた、アラヤダさんの部屋。

返事は無かった。

130 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:58:35.298 ID:Ay5AiMcAa
ミセ*;д;)リ「なんで、こんな……」

(;゚ω゚)「み、ミセリちゃん! 落ち着くお!」

ミセ*;д;)リ「ぶうんぐん……でも、落ぢ着いでなんで……」

(;゚ω゚)「アラヤダさんは無事だから安心して、とにかく静かにしてくれお! 騒いじゃまずいお!」


ブーン君の声で、私の心に冷たい何かが流れ込んできた。
燃え上がっていた感情が、炎をそのままに、一部で冷えてゆく。

これは台風なんかじゃないんだ。自然災害なんかじゃない。
爆撃なんだ。私達は、最前線に居る。


(;゚ω゚)「お、落ち着いた……?」

ミセ*;д;)リ「……落ち着いた。説明して」

(;゚ω゚)「お、それじゃ、着いて来るお」

131 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:59:10.916 ID:Ay5AiMcAa
ブーン君は昨日から、彼女さんの家に身を寄せているらしい。
寄宿舎が窓から見えるマンションの一室に、私は連れ込まれた。

夜分遅くだというのに、ブーン君の彼女さんは嫌な顔一つせず、私を迎え入れてくれた。


ミセ*゚ ‐゚)リ「何があったの?」

( ^ω^)「……順を追って説明するお。昨日、テロがあったのは知ってるおね?」


私は首を横に振った。
星林に居た私に、そんな話は何も伝わってきていない。


( ^ω^)「その、東京で毒ガステロがあったんだお。何百人も死んだ」

ミセ*゚ ‐゚)リ「!」

( ^ω^)「犯人は不法侵入してきた東側の人間だお。外省人の移民を装って生活してたんだとかで」

ミセ*゚ ‐゚)リ「……何も知らなかった」

( ^ω^)「それで、暴動が起こったんだお。僕達が寄宿舎で不法移民をかくまっているんじゃないかって、それで……」


かくまうも何も、正当な移民を装われてしまえば、私達にも察知する術は無いのに。
とにかく、寄宿舎はそのテロリストの巻添えを受けてめちゃくちゃな破壊にあったということだ。

132 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 23:59:30.713 ID:Ay5AiMcAa
ミセ*゚ ‐゚)リ「いま暴動は、どうなってるの?」

( ^ω^)「分からないお。今日は不気味なくらい何もなかったけど……」


警察隊は遅くまで出てこなかったらしい。
いったい何をしていたんだというと、テロの方にかなりの人手を取られていたのだとのこと。

ブーン君はこのマンションから、寄宿舎が大騒ぎの渦に飲まれる様を、ただ見ているしあかできなかったそうだ。


ミセ*゚ ‐゚)リ「寄宿舎の皆は?」

( ^ω^)「無事だお。連絡がつかなかったのはミセリちゃん達だけ。全員、無事だお」

ミセ*゚ー゚)リ「……そっか。良かった」


なんでも、テロが起こった昨日の朝のうちに、アラヤダさんから都内に近付かないようにと通達があったそう。
アラヤダさんの謎の人脈というか情報網というかに助けられた形だ。


ミセ*゚ー゚)リ「それじゃ、私は寄宿舎に戻るよ」

( ^ω^)「……は?」

133 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/04(月) 00:00:34.634 ID:nyjGNNE+a
ミセ*゚ー゚)リ「え、だって、暴動はもう一旦は収まったんでしょ?」

( ^ω^)「そ、そうだろうけど、それでも危ねーお!」

ミセ*゚ー゚)リ「だったら尚更、戻らないと。シューさんはまだ、何も知らないんだから」

(;^ω^)「ば、バカ! もしかしたらシューが、その――」

ミセ*゚ー゚)リ「わかってるよ、そんなの。でも私はシューさんを信じる」

(;^ω^)「……そうかお。朝になったら、ここに安全確認に来てくれお。スクールは休校で、そのまま夏休みだお」

ミセ*゚ー゚)リ「おっけー。美味しいお茶、御馳走様でした」


外の風は、幾分の涼しさをはらんでいた。

積み上げられたスクラップ自転車を乗り越え、私は寄宿舎へ。
壁は一面にラッカーが吹きつけられ、ところどころを叩き壊され、何部屋かはドアさえ壊されている。

私の住む206号室は、比較的ダメージが少なかった。
もちろん窓ガラスは外からの投石で破られていたけれど、それくらいだ。

まずは石とガラスを適当にベランダに放り出し、ベッドに身を投げようとして、流石にそれは止めた。
幸いにも、一晩過ごせる場所は他にもある。私は押し入れを開け、シューさんの寝床に身を投げた。
あんにゃろう、壁紙どころか天井まで模様替えしていやがる。
シューさんお手製の星天井を眺めるうちに、私は深い眠りに落ちていった。

134 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/04(月) 00:00:53.020 ID:nyjGNNE+a
夢の中で魚の私は、夜空に浮かぶ星を眺めていた。
ブーン君が言おうとして喉につっかえさせた言葉は、私の中にもあって、私を苛んでいる。
私は既に溺れかけていた。近付いていた星空が、遠く離れて行く。

inserted by FC2 system