lw´‐ _‐ノvと過ごした冬の夏のようです

1 名前:以下、\(^o^)/でVIPがお送りします[] 投稿日:2016/04/03(日) 21:55:11.411 ID:Ay5AiMcAa
昨日はすでに過ぎ去った。明日はまだ来ていない。



          lw´‐ _‐ノvと過ごした冬の夏のようです



                    私たちの手の中には、今日だけがある。

2 名前: ◆TDGxVFEpa. [] 投稿日:2016/04/03(日) 21:56:21.223 ID:Ay5AiMcAa
『4月 末日

はじめまして。私の名前は、タチバナ・ミセリです。
今月から一年間、こうして日記……月記?をつけることにしました。
日本に移り住んで、もう三週間が過ぎました。
おばあ様が心配していたようなひどい外省人排斥は、まだ受けていません。
もしかしたら、お母様のおかげで、大和民族っぽい顔をしているからなのかな。
スクールの人達も、(私のような流れ者が多いとはいえ、)親切にしてくれています。
アルバイトを探すのは、ちょっと苦労したけれど、どうにか雇ってくれるお店を見つけました。
まだまだ慣れるまで時間がかかりそうだけれど、必死で生きています。
一年後には帝大生になれるよう、頑張るぞー!


3 名前: ◆TDGxVFEpa. [] 投稿日:2016/04/03(日) 21:56:56.549 ID:Ay5AiMcAa
『5月 末日
日本生活二ヶ月目、突然ですが、恋をしました。帝大生の、素敵な男の人です。
図書館で困っていた私を助けて以来だから、三週間は恋しています。
国家の理想を語る真剣な眼差しが、寝ても覚めても頭から離れないのです。
さて、日本暮らしも一か月を過ぎ、私の生活は落ち着いてきました。
お母様の仰った通り、日本の食事はとても美味しいです。
近くに同じ外省人の方が開いているお店があって、故郷の香辛料もそこで手に入ります。
なかなか軌道に乗っているのではないか、と言うと、調子に乗りすぎでしょうか。
ともかく、たまにホームシックに陥ること以外は何の不自由も(あとお金も)ありません。
つつましくもお勉強を重ねる日々、そして最近はそんな私がちょっと好きです。
11ヵ月後には帝大生になれるよう、頑張ります!


4 名前: ◆TDGxVFEpa. [] 投稿日:2016/04/03(日) 21:57:16.788 ID:Ay5AiMcAa
『6月










』 

6 名前: ◆TDGxVFEpa. [soko] 投稿日:2016/04/03(日) 21:57:49.793 ID:Ay5AiMcAa
――数十年前、地球は風邪をひいた。
私達がごほごほ咳き込むように各地に台風を飛ばし、私達が鼻水を流すように大雨を降らせた。
それに加えて高熱も出た。今の地球は、私が生まれる前に比べて、数度くらい暖かいんだとか。

風邪を引いて熱が出るのは、体のなかの風邪ウイルスを殺す為だと聞いたことがある。
もちろん、死に絶えた生き物は多かった。でも、その陰では、増えた生き物もたくさんいる。
たぶん、自然界をトータルで見ると、それほど致命的なダメージではないんだと思う。
共食いを始めた生き物は人類だけだった。きっと地球の熱は人類を殺そうとしていたに違いない。


ミセ*゚ー゚)リ「……暑ーい……」


電車を下りると、もう夕方にもなるのに、30度を超える熱気が全身を包んだ。
人類史は厳しい冬を迎え、私達は異常に暑い夏を迎えつつあるというわけだ。

8 名前: ◆TDGxVFEpa. [soko] 投稿日:2016/04/03(日) 21:58:14.458 ID:Ay5AiMcAa
駒ケ崎駅から寄宿舎までは徒歩で二十分ほど。
近くまではバスも出ているけれど、そんな余裕がある留学生は居ないので、スクール生はほとんど利用しない。
そんなわけで私たち貧乏学生は今日もこの炎天下の中、長いコンクリート・ロードを歩くのである。
眩い光が降り注ぐ逃げ場の無い焦熱地獄の中、国策で植えられた街路樹が何より心強い。


ミセ*゚ー゚)リ「おっと、忘れてた。お夕飯の食材……」

『――しかして、蒙昧なる佐藤政権が取った移民政策により、映えある大日本国の栄誉は――』


食事の時間ほど、日本に来てよかったと感じることはない。
四季があって海の幸と山の幸に恵まれている上に、技術力があるおかげで農作物も高水準。
そもそも、もともと外国との交流が盛んだったからか、食の選択肢が段違いに広い。


ミセ*;゚ー゚)リ「……ええと確か今日は大根が残っていたはずだから……」

『――今こそ国益を害する薄汚い侵略者共を駆逐し、日の昇る国の栄光を――』


バイトで稼いだ生活費は、ほとんど全額が食費に消えてしまう。
まあ、そこは必要経費だから仕方ない。お母様曰く、美食は心を育てる畑なんだとか。

ああ、なんて素晴らしいのだろう、私の人生。

9 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 21:59:12.575 ID:Ay5AiMcAa
ミセ*;-ー)リ「……うん、そろそろイワシが美味しい季節だったはずだし、それで……」

д('A`#)『――我らの力を結集し、今こそ我らが祖国に住まう寄生虫を一掃しようではないか――』

ミセ#゚д゚)リ「うるせえええ! 人がせっかく幸せな気分に浸ってんのに!」


商店街のど真中、拡声器を片手に大声を張り上げるバカ者共に、聞こえない程度の小声で呟く。
私は顔が良いから(日本人っぽいという意味で)、まきこまれることは無いけれど、でも不愉快だ。

彼らはいわゆる、極右というやつだ。
北陸に流れ弾の核ミサイルが着弾してからというもの、この手の輩が爆増したのだという。
この炎天下の中、数十人がかりで詰襟を着込むな。暑苦しくて仕方ない。


ミセ#゚д゚)リ「だいたい私達が何をしたってのさ、頭にくるなあもう!」

J( 'ー`)し「ごめんねえ、ちょっと悪い時にあたっちゃったみたいで」

ミセ#゚д゚)リ「いやいや、おかみさんは悪くないよ! あの連中ときたら! イワシってある?」

10 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 21:59:37.187 ID:Ay5AiMcAa
J( 'ー`)し「それでもやっぱり、身内の恥だからねえ。朝方ほとんど売れちゃったから、良いのは少ないわよ」

ミセ#゚д゚)リ「……三尾ください」

ミセ#゚д゚)リ「……そういうものですか?」

J( 'ー`)し「そうねえ。外人外人って言って、ミセリちゃんみたいな良い子も居るのに。はい、三尾で二百円」

ミセ*゚д゚)リ「えっ、何それ安っ!」

J( 'ー`)し「留学生がお金の余裕なんて無いでしょ。どうせ今日は売れ残りそうだから、それで良いわ」

ミセ*゚ー゚)リ「やたっ! ありがと、おかみさん!」

J( 'ー`)し「はいはい、またいらっしゃい。……ウチのバカ息子を許してやってね」

ミセ*゚ー゚)リ「うん、わかっ……息子さん?」

J( 'ー`)し「ほら、あの真中で拡声器持ってる子。どこで間違っちゃったのかしら」

д('A`#)『今も塩見政権は過去佐藤政権の犯した過ちを繰り返そうと〜〜』

ミセ*゚ー゚)リ「むむむ……まあ、おかみさんに免じてですね。身内って、そういう意味だったの」

J( 'ー`)し「そういう意味。まいどさん、御贔屓に」

ミセ*゚ー゚)リ「へへ、また来るね」

11 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:01:32.461 ID:Ay5AiMcAa
世界規模で災害が頻発して最初に吹き飛んだのは、東の大国・中華連邦共和国だった。
もともとひっ迫気味だった経済が、世界中の不況のあおりを全身で受けて、爆発したのだ。

ひとたび連鎖が起こるとあとは早かった。
全世界の経済が連鎖に連鎖して、どこも火の車と化し、小さな国から順に暴走してゆく。
あっちで経済封鎖が起こり、こっちで反発が起こり、そっちで戦争が起こる。

落ち目のアメリカが虚勢ばかりの中国と殴り合う。
中国べったりの東ヨーロッパことEEUが便乗し西ヨーロッパことWEUと支援者のアメリカを殴る。
もはや漁夫の利など言っていられないロシアが中国側で参戦してアメリカを殴る。
WEUが嫌いで仕方無いアフリカ諸国連合が感情に任せてアメリカを殴る。
アメリカが嫌いで仕方ないアラブ諸国連合が感情に任せてアメリカを殴る。
落ち目とはいえ大国アメリカが、中国とロシアとEEUとアラブ・アフリカ諸国連合を纏めて殴り返す。
中国はどさくさに紛れてアジア諸島国からカツアゲを始め、日本含むアジア共同体はアメリカ側として殴られる。
この殴り合いを、私達人類は第三次世界大戦と呼んだ。


(゜д゜@「あら、ミセリちゃんじゃないの。おかえりなさい」

ミセ*゚ー゚)リ「ただいまー。今日もなかなか酷かったね、商店街の」

(゜д゜@「あらやだ、またやってたのね」

ミセ*゚ー゚)リ「うん、げんなりしちゃった」

12 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:02:24.900 ID:Ay5AiMcAa
(゜д゜@「……知ってるかしら? 最近、不法入国が多くて、この辺りでもかなり摘発されてるらしいわよ?」

ミセ*゚ー゚)リ「「まじですか。ああ、それで」

(゜д゜@「いやねえ、ミセリちゃんも気をつけないと、難癖つけられてしょっ引かれちゃうかも」

ミセ*゚ー゚)リ「えー、でも、私はちゃんと手続きしてきたよ」

(゜д゜@「関係無いわよ、あの差別主義者達には。問題を起こしたことにされて、在留取り消しにされちゃうわ」

ミセ*;゚ー゚)リ「お、おおう……それは怖い……気をつけます」


百数十年ぶりの世界大戦は、疲れ切った米中露東欧西欧が共同で相互不干渉宣言を出し、あっさりと終わった。
きっかけからして継戦能力がどこにも無かったのが、不幸中の幸いだったというわけだ。

残ったのは世界中に飛び散った火種と焼け跡ばかり。もちろん地球の引いた風邪も治っていない。
今日も世界のどこかではミサイルが飛び交っているんだろうけれど、我々人類は意外とタフに生き残っています。


(゜д゜@「あらやだ、すっかり忘れてたわ。ミセリちゃんにお役所から封筒が届いてたわ」

14 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:06:16.538 ID:Ay5AiMcAa
ミセ*゚ー゚)リ「ありがと。……なんだろ、これ」

(゜д゜@「……もし何かあったら私を呼びなさいね。ミセリちゃんが真面目な留学生だって証言してあげるから」

ミセ*;゚ー゚)リ「やめて! 縁起でもないから!」

(^д^@「あらやだ、ほんの冗談よ」

ミセ*゚ー゚)リ「もー。……ありがと、アラヤダさん」


お役所からの封筒。
まさか、本当に退去命令だとかじゃないだろうな。
階段を昇りながら、固く封された口を破り開ける。

……今のところ素行不良は起していないから、いきなり追放はされないだろうけど。
臆病な仔山羊の私を脅かす恐怖の封筒、開けてみると中身はぺらぺらの紙が一枚だけ。

15 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:06:36.720 ID:Ay5AiMcAa
ミセ*゚ー゚)リ「私しってるんだ、こういうのは短ければ短いほど危ないことが書いてあるって」


ああ、読まずに食べてしまいたい。けれど、そうも言っていられない。
意を決し、息を吸い込み、吐き出すと同時に決した意がかき消える。

まずは冷たい緑茶だ。玄米茶でもいい。
せめてもの現実逃避をしながら、ひんやりしたドアノブを引く。
誰か私の代わりに読んでくれないものか。残念ながら一人暮らしの現状では叶わないけれど。


ミセ*゚ー゚)リ「ただいまー……」

「おかえりー、遅かったね」


一人暮らしの、現状――
驚きのあまり、全身が硬直した。

16 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:06:59.662 ID:Ay5AiMcAa
ミセ*゚ー゚)リ「……あ、ごめんなさい、お部屋間違えちゃったみたい」


急いでドアを閉める。表札を確認、部屋番号は、206、間違いない、私の部屋だ。

左手の封筒が書類ごとぐしゃぐしゃに潰れている。しょうがない、さっきから暑さで手汗が滲んでいるし。
うん、暑い。暑いよね。だから、幻覚と幻聴だ。よく考えたらさっきも鍵は開けてないんだから、ドアが開くはずがないもの。

落ち着いてポケットから鍵を取り出し、取り落とし、拾って鍵穴に差し込む前に、ドアは内側から押し開けられた。


ミセ*;>-<)リ「ふぎゃ、痛っつつ……」

lw´‐ _‐ノv「あれ、そこに居たのか。ごめんごめん」


鼻を押さえて蹲る私、見下ろす女性。
ああ、ダメだ、これダメなやつだ。選択を間違えた。素早く逃げて警察を呼ぶべきだった。
もう何もかも手遅れだ。逃げ切れない。口封じされる。そんで朝刊の隅にちっちゃく「移民が死体で発見、物取りの犯行」とか書かれるんだ。


lw´‐ _‐ノv「なにしてるのさ、入っておいでよ」


ああ、短い人生だったなあ。私は素直に従った。きっと抵抗しても無意味だよね。
……後で思い返すと恥ずかしい限りだけれど。とにもかくにも、これが彼女とのファーストコンタクトだった。

17 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:07:27.555 ID:Ay5AiMcAa
『        居住命令         』

ミセ*;゚ー゚)リ「……マジで?」

lw´‐ _‐ノv「マジです」

居住命令。お役所からの書類には、四文字のタイトル。
私は両手で書類を握りしめ、眼を皿のようにして読んだ。
隅から隅まで、一言たりとも見落さないように、視線でハチの巣みたいな穴を開けられるくらい、必死で読んだ。

その結果の第一声が、「マジで?」の一言だったというわけだ。
書類に書かれていることを要約すると、つまり。


ミセ*゚ー゚)リ「これからこの部屋に、あなたも住むってこと……ですか? ええと……シューさん」

lw´‐ _‐ノv「はい。そういうことです、タチバナ・ミセリ。嫌ですか?」


頭を抱える私、すらりと背筋を伸ばす彼女・シューさん。
このクソ暑い中だというのに黒い長袖を着込み、肌は透き通るような白。
その無表情に浮かぶのは微かな憂い……否、哀しみ……否、喜び……だめだ、表情は全く読めない。

18 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:08:00.276 ID:Ay5AiMcAa
ミセ*;-ー-)リ「嫌って言うか、さすがに、ちょっと心の準備がしたかったというか……良いんだけど」

lw´‐ _‐ノv「ん、意外とあっさり受け入れるんですね」

ミセ*゚ー゚)リ「そりゃあ、だって、お役所がそう言ってるんですし」


自慢じゃないけれど……本当に自慢することじゃないけれど、これでも適応力と従順さには自信がある。

生まれ故郷の村が温暖化の影響で海に沈んでも、私は生き伸びましたし。
第二の故郷たる移住先が東側勢力の絨毯爆撃で火の海に沈んでも、私は生き伸びましたし。

それに、祖国が完全崩壊した難民の私達を受け入れて、あまつさえ教育の機会までくれるこの国には、いちおう心から感謝していますし。


lw´‐ _‐ノv「ほっとしました。もし断られたりしたら、と思うと……」

ミセ*゚ー゚)リ「あ、いやいや、私も移民の外人さんですし、そこはお互い様で……」


長い睫毛。
少し気恥ずかしくて、私は書類を読み返すふりをした。
細々とした説明は、じつのところ、まだ完全には呑み込めていない。


ミセ*゚ー゚)リ「あの、まだ、いろいろと聞かなきゃいけないと思うんだけど……」

19 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:08:26.017 ID:Ay5AiMcAa
lw´‐ _‐ノv「私に答えられることならなんでも答えますよ」

ミセ*゚ー゚)リ「それじゃあ、その、……ええと、ここに住むんですよね?」

lw´‐ _‐ノv「はい」

ミセ*゚ー゚)リ「荷物とか、持ってきていないんですか? 着替えとか、そういうの」

lw´‐ _‐ノv「最低限は持ってますよ、ほら」


シューさんは部屋の一角を指差した。
もともと物が少ない私の部屋なのに、言われるまで気付かない程度。
せいぜい1メートルかける30センチほどの、四角く平たい布張りの鞄が一つだけ。


ミセ;*゚ー゚)リ「いやいや、いやいやいや、あれだけ?」

lw´‐ _‐ノv「そうです。持ち物に縛られる人生なんて、ろくなものじゃないですから」

ミセ*゚ー゚)リ「おお、なんかカッコいい……でも、それじゃ寝袋みたいなものなんて、もちろん無いですよね」



寝るところが無いのは流石に困るだろう、そう思ったんだけれど。

21 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:09:08.809 ID:Ay5AiMcAa
lw´‐ _‐ノv「それなら心配要りませんよ。寝床ならもう用意してありますから」

ミセ*゚ー゚)リ「おおー、って、え、どこに?」


よくぞ聞いてくれましたとばかりに、彼女は奥の部屋の扉を……ちょっと待って、そこは私のベッドルームのはず。
唖然とする暇は、少しだけはあった。夕方のうす暗い部屋をLEDが照らし、それを見るまで。


ミセ*;゚д゚)リ「おま、これっ」

lw´‐ _‐ノv「どやぁ、丸三時間も費やしたぜ!」


そう、私の愛用のベッドの真上に掛けられた見事なハンモックを見るまでは。

22 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:09:59.410 ID:Ay5AiMcAa
lw´‐ _‐ノv「快適そうでしょ。布だけなら500円も出せば買えるし、我ながら良い出来だと思うんですが」

ミセ*;゚д゚)リ「えっ、いや、それはちょっと、流石に……だって、ええー……?」

lw´‐ _‐ノv「なかなか寝心地が良いんですよ、これでも」


シューさんはハンモックに飛び乗り、私は止める間もなくて。
窓の手すりと、壁だか天井に勝手に取り付けられたフックが、女性一人分の体重を受けて軋む。
おい、まさか壁、それ、穴あけたんじゃなかろうな?


ミセ*;゚д゚)リ「おま、それ紐がぎしぎし言ってるじゃん! 明らかに設計ミスだよ!」

lw´‐ _‐ノv「何をバカな! もし万が一が落っこちてもいいように、ほら、安全マットまで!」

ミセ*;゚д゚)リ「まさか私のベッドのことか? そこに寝てるはずの私の安全は!?」

lw´‐ _‐ノv b

ミセ*#゚д゚)リ「下りろ! そんで今すぐはずせ!」

24 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:11:17.885 ID:Ay5AiMcAa
……

無理矢理はずさせたハンモックの残骸は、今は寝室の窓を覆う役目を負っている。
カーテンなんぞ買うお金は無かったから少しだけありがたかったのは、まぁ、黙っておこう。


ミセ*゚ー゚)リ「……さて、改めてですが」

lw´‐ _‐ノv「私に答えられることなら何でも答えますよ」


まだやるかこんにゃろう。
シューさんは私の抗議の視線を涼しい無表情で受け流す。


ミセ*゚ー゚)リ「質問はもういいよ! それより、寝るところとか、食べるものとかの話!」

lw´‐ _‐ノv「そうですね、私としては、今日はソファでもお借りできればいいかと思ってたんだけど」

ミセ*゚ー゚)リ「……やめて、言わないで、わかってるから」

lw´‐ _‐ノv「そうですね、それじゃ、お前んち本当に何もねえな広めの犬小屋と大差ないじゃんっていうのは心にしまっておきます」

ミセ*゚ー゚)リ「そっか、ハハハッ、そこまで言われるとは流石に思ってなかったな」


まあ確かに、家具は部屋にちゃぶ台と冷蔵庫・炊飯器しかありませんし、ぐうの音も出ませんよ。

25 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:12:19.708 ID:Ay5AiMcAa
lw´‐ _‐ノv「ええと、多分その書類にもあると思いますが、お家賃は少し安く抑えられるはずです」

ミセ*゚ー゚)リ「いや、そういう話じゃなく……って、マジで!?」


改めて確認すると、ぺらぺらの紙きれの下の方に、居住費の記載があった。

3月と4月はそれぞれ3万円、日本に来たときの説明通り。
本来ならこのお部屋は二人部屋とかなんとか聞いた事があったんだけれど、運悪く相方が居なかったとか。

で、今後お支払いしなければならない金額の方はと言いますと、4万円を納入のこと、だとか。


ミセ*;゚ー゚)リ「高くなってるじゃん!」

lw´‐ _‐ノv「二人で4万円ですからね?」

ミセ*゚ー゚)リ「……え、シューさんもお金出してくれるの?」

lw´‐ _‐ノv「もちろん」

26 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:14:09.774 ID:Ay5AiMcAa
ミセ*゚ー゚)リ「正直、シューさんって私並みに貧乏してると思ってた」

lw´‐ _‐ノv「これでも昼間はお仕事してますし」

ミセ*゚ー゚)リ「え、スクール生じゃないんだ」

lw´‐ _‐ノv「じゃないです。もう22です」

ミセ*;゚ー゚)リ「うっそ、私より5歳も年上なの!?」


5歳も年上なのに、その生活力の乏しさは一体どういうことなのかと。
私がためらう間に、シューさんはひらひらと、軽く手を振って立ち上がった。


lw´‐ _‐ノv「今日のところは挨拶だけってことで、明日からお邪魔することにします、よろしく、タチバナ・ミセリ」

ミセ*゚ー゚)リ「え、あ、うん。待って、宿とか大丈夫なの?」

lw´‐ _‐ノv「問題ないですよ、あてはありますから」

ミセ*;゚д゚)リ「じゃハンモックなんて作るなよ!」

lw´‐ _‐ノv「また明日からお願いします」


玄関が開き、閉じる音。ご丁寧に、鍵も掛けてくれたみたい。なんで持ってるのかは知りたくない。
こうして奇妙な二人暮らしは始まった……んだけれど、しばらくはシューさんの変人っぷりに振りまわされる日々だった。

27 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:15:05.626 ID:Ay5AiMcAa
翌日。共同生活、1日目。水曜日。

午後6時すぎにスクールから帰宅、居間にも寝室にもまだシューさんの姿は無い。

部屋の隅には例の黒い鞄があって、冷蔵庫には海苔が巻かれた御握りが二つ。
これは食べても良いということだろうか。少し悩んだけれど、とりあえずそのまま放置。
ラップが掛けられていたけど、もともと家にはなかったから、シューさんが買ってきたのだろう。

なかなか細かい所で気が利く女性だ。これは評価を改めねばなるまい。

偉そうなことを考え、その後は10時過ぎまで復習に費やし、身支度を整えてベッドに入って電気を消した。

結局、シューさんは現れなかった。
仕事もしているそうだし、忙しかったんだろうか。

一日過ごすところに当てがあるとか言っていたし、この家で居心地悪く過ごすのは嫌なのかも。

ひょっとしたら、昨日一日の出来事は夢か何かだったのかな。
ああ、でも、お家賃が4万円になってたりしてたら、もっと嫌だ。

……うとうとしていると、私の視界の隅で、すっ、何かが動いた。
私は頭だけを動かし、常夜灯の照らすオレンジ色の闇を眺めた。

すうう――静かなノイズ。
押し入れが静かに開き、病的に白く細い腕がゆっくりと這い出てきて。


ハソ;゚д゚)ソ「ぴぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

28 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:16:17.803 ID:Ay5AiMcAa
ハソ#゚д゚)ソ「てんめぇこの野郎、そういう心臓に悪いこと本当にやめろ! 今度やったら泣くぞ、これから毎晩夜泣きするぞ!」

lw´‐ _‐ノv「い、いやぁ、まさかそこまで驚くとは思わなかったもので……」


寝巻のシューさんが正座し、寝巻の私が小声で怒鳴る。
なにせ寄宿舎の壁はとても薄いのだ。下手に大声を出せば隣の部屋どころか建物中に響き渡る。

もちろん、さっきの私の悲鳴なんかは、スクール仲間を含む住民全員の耳に届いただろう。
実際とても優しい何人かは、自分の危険も顧みず、慌ててすっ飛んできてくれた。

空っぽだった押し入れは昼間のうちに改装(?)されたようで、布団一式に衣装掛けを設えたうえにランプも吊るされ、挙句に壁紙まで貼ってあった。
一畳程度のスペースで、よくぞここまでやるもんだ。

ちなみに、今回の座敷童子もどき事件については、本人も悪気はまったく無かったらしい。
なんでも昨日は眠れなかったらしく、午前中に押し入れを整備してから、ずっと寝ていたとか。


ハソ;-д)ソ「はぁ……なんかもう、眠気も引いたし、お腹すいてきちゃった」

lw´‐ _‐ノv「あれ、食べなかったんですか?」

29 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:16:45.764 ID:Ay5AiMcAa
ハソ゚д゚)ソ「何を……って、ああ、おにぎりか。だって二つあったし」

lw´‐ _‐ノv「?」

ハソ゚д゚)ソ「一緒に食べようってことじゃなかったの?」


……え、なんでびっくりするの?
お互いに顔を見合わせたまま数秒、シューさんは静かに頷いた。


lw´‐ _‐ノv「……そうですね。食べましょう」

ハソ゚ー゚)ソ「おっけー、それじゃ、温めてくるね」


外の廊下、共用のレンジで二個のおにぎりを温めて、部屋に戻るまで数分程。
相変わらず正座しているシューさんを見て、私はなぜだか、ちょっと安心した。

具材なしの塩むすびと、シューさんの淹れてくれたお茶。
この静かなお夜食で、私はシューさんと、少しは仲良くなれた気がする。

32 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:30:25.378 ID:Ay5AiMcAa
共同生活、二日目。金曜日。
お仕事は昼からだというシューさんを押し入れに放置し、私はアルバイトの朝。

顔よし、髪型よし、服装よし。鞄は持った。鍵も持った。
今朝がた炊いたお米は、私の朝食と昼のお弁当の分が減っても、まだ一食分ほどはある。

一応、いちおう書置きくらいは残しておこう。
あ、あとついでに御夕飯の買い出しもお願いしてみよう。
御夕飯は今日は私に合わせてもらうとして、相談するのは明日から。
あと鍵の場所……は心配いらないか。帰りの時間もいちおう書いておこう。

こうして長々と書き残したメモが、ほとんど何の役にも立たなかったと知ったのは、帰宅後だった。


ミセ*゚ー゚)リ「じゃがいも、ニンジン、玉ねぎ、安ければお肉も、とか書いた気がするんだけど……」

lw´‐ _‐ノv「……てへっ」


ナス、トマト、パプリカ、サヤエンドウ、ニンニク、アサリ。
残念ながら、一品たりとも揃っていない。しかもちょっとお高い食材もちらほら。
もっとも、食材の買い物リストだと分かってくれただけでも恩の字と言ったところだろう。というのも。


ミセ*゚ー゚)リ「文字が読めないなら、先にそう言ってくれればよかったのに……」


なんとこの女、これだけ流暢にしゃべっておいて、漢字はおろか、ひらがなカタカナすら読めないのである。

33 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:31:13.987 ID:Ay5AiMcAa
lw´‐ _‐ノv「てっへぺろ。言い忘れていました」

ミセ*゚ー゚)リ「びっくりしたよ、もう。てっきり日本語はかなりできるものだと」


驚くには驚いたけれど、無文字文化圏からの移民ならばさもありなん。
私にしても、祖母と母のお陰で読み書きは問題ないけれど、故郷の識字率はそこまで高くもない。


lw´‐ _‐ノv「そうでもないですよ。まだ日本で働きはじめて一年ほどですし」

ミセ*゚ー゚)リ「へえ、そうなん……って、一年!? 一年でそんなに喋れるの!?」

lw´‐ _‐ノv「私、天才なので」

ミセ*゚ー゚)リ「羨ましいくらい自信家! よく日本に来る気になったよね」

lw´‐ _‐ノv「そうですね、人生は挑戦ですから」

ミセ*゚ー゚)リ「カッコいいなー、スパッと言いきれるなんて」

lw´‐ _‐ノv「私、天才なので」


おいおい、リサーチが甘いな天才ちゃん。
お世辞をお世辞と理解できない者に日本は十年早いぜ。

34 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:31:54.072 ID:Ay5AiMcAa
ミセ*;゚ー゚)リ「それはもういいよ! まだ読み書きもできないくせに……」

lw´‐ _‐ノv「むむ、失礼な。これでも、喋るだけなら割といろいろ喋るんですよ」

ミセ*゚ー゚)リ「へえ、それじゃあ……Tar neak mok pi protes nia?」

lw´‐ _‐ノv「んー…… Khnom mok pi prates tara mueyotieta」

ミセ*゚ー゚)リ そ


凍りついた私のドヤ顔、シューさんは無表情。
この人こわい。


lw´‐ _‐ノv「私、天才なので」

ミセ*゚ー゚)リ「え、それ完璧に喋れるの? それじゃあ……」


調子に乗ってメモ帳に故郷の文字を書こうとした私、困った様子の無表情シューさん。
もしや、あれだけ流暢に喋って、ついでに発音まで完璧にしておいて。


lw´‐ _‐ノv「読めません。私、天才ですが、聞くのと喋るの専用なんです」

ミセ*゚ー゚)リ「う……そりゃまた難儀な」

35 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:32:31.345 ID:Ay5AiMcAa
lw´‐ _‐ノv「あ、勿論、私の故郷の言葉なら書けますよ?」

ミセ*゚ー゚)リ「シューさんの故郷って」


シューさんは私のペンを使い、チラシの裏で作ったメモ帳にさらさらと……って、うわ、速いし雑!
十秒足らずの間に大判メモ帳は直線と曲線とで埋まり、私が驚く間にシューさんは二枚目に移っている。


lw´‐ _‐ノv「ほら、こんな風に」

ミセ*゚ー゚)リ「それ適当に書いたんじゃないだろうな?」

lw´‐ _‐ノv「むむ、心外な」


心外なとか言いつつ全くの無表情なので心外そうには見えない。
だってどう見ても子供の落書きじゃん、そう口にする前に閃いた。


ミセ*゚ー゚)リ「じゃあそれ、読みあげてみてよ」

lw´‐ _‐ノv「いいですが、私の故郷の言葉はわかるんですか?」


こんにゃろう。

37 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:33:37.996 ID:Ay5AiMcAa
ミセ*゚ー゚)リ「ぐっ、こんにゃろう、小賢しい。それじゃ私に分かる言葉に訳してよ」

lw´‐ _‐ノv「『同居人タチバナ・ミセリは私が日本語を読めないと知るや、完全に見下した態度を取り始めた』」

ミセ*;゚д゚)リそ

lw´‐ _‐ノv「『冷たく嘲る視線。既に身分差は決してしまった。これから愚かな私は奴隷に、賢い彼女は女王様になる』」

ミセ*;゚д゚)リ「しないよ! ならないよ! 無表情の裏でどんだけ闇を抱えてるんだよ!」

lw´‐ _‐ノv「『しかし彼女は所詮貧乏スクール生。いずれ社会人たる我が金の力に不様にひれ伏すことになるだろう』」

ミセ*;゚д゚)リ「それもない! 敬語の裏でどんだけ悪意を募らせてるんだよ!」

lw´‐ _‐ノv「そういうわけで、ミセリが毎晩ノートに書き溜めてる私小説は読まないから、安心して下さい」

ミセ*;゚ー゚)リ「あれは日記! 小説じゃないから!」

38 名前: ◆TDGxVFEpa. [sage] 投稿日:2016/04/03(日) 22:34:22.056 ID:Ay5AiMcAa
ともかく、シューさんは読み書きができないと判明した。
もちろん見下すはずはない。というか、私の母語すらもすらすら喋る彼女には、むしろ畏敬の念ばかりである。


lw´‐ _‐ノv「うーん……私も日記、つけてみようかな」

ミセ*゚ー゚)リ「無理して張り合わなくてもいいんだからね?」

lw´‐ _‐ノv「かっちーん。書きます、決めました、書きます」


どうしよう、畏敬の念が冷めつつある。
私達はその晩、翌日のことを簡単に相談して、シューさんの作ったご飯を食べて、眠りに着いた。

シューさんのパエリアはものすごく美味しかったです。


ミセ*゚ー゚)リ「それにしても……」


暗い部屋、ベッドの中で、独り言。
「Tara mueyotieta」――別の星から来たと、彼女は言った。
昼間の間に何をしているかも、まだ知らない。あの人は一体、何者なんだろう。

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