( ^ω^)相朔寺永栄絵巻伝来記のようです

Page2

31 名前:以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします[] 投稿日:2016/11/19(土) 22:18:42

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


地平の絵は、変わった。
かつては小さな友たちばかりだった題材には、人や獣、花や景色が増えた。
それとともに、地平のもとに来る絵の依頼も少しずつ変わりはじめた。

ネズミよけや地震よけなどの、迷信めいたものは相変わらず。
しかし、それに加えて名所の絵や、掛け軸にしたいと絵を頼まれることも増えた。
ある時などは、屏風絵を描いてくれと言われ、たいそう苦心しながら筆を取ったこともある。


( ;^ω^)「ほんとに、僕の絵でいいのかお?」

ξ#゚听)ξ

(; ゚ω゚)「はひっ。頼まれるのはうれしいので、がんばりますお!」


時折、押し寄せる不安の虫は、小さな友たちが押し流した。
そうして、地平は絵師としての暮らしに馴染んでいった。

32 名前:以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします[] 投稿日:2016/11/19(土) 22:20:07


( ФωФ)「おい。一人で何を話している」

( ;^ω^)「ち、父上……その、」

(;'A`)

( ФωФ)「まあ、いい。茶でも付き合え」

(*'A`)ノシ


(*^ω^)「……はい、ですお!」


地平自身も、変わった。
家の者との会話がまず増えた。
阿呆だと馬鹿にされることは相変わらずだったが、昔よりはずっと言葉を交わすことができるようになった。

33 名前:以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします[] 投稿日:2016/11/19(土) 22:22:29

( ゚д゚ )「地平殿じゃないか」

(・∀ ・)「よう、地平!」

(*^ω^)「不見殿!斉藤殿! どうかしましたかお?」

( ゚д゚ )「芝居だ。お前も行くか?」

(*・∀ ・)「歩合鳴座の女形がたいそう美しいという噂でな。
      狐と名乗っているらしいんだが、あのような美女は色町にもそうそういねぇっつー話だ!」

(; ゚д゚ )「……お前はそればかりだな」

(・∀ ・)「とーぜん、行くよな」

( ^ω^)「僕、……ですかお?」


人とも言葉を交わすようになった。
もとからいつも笑っているような顔立ちである。ひとたび、話してみればそう馬鹿にされることもなくなった。


(*・∀ ・)「あったりめぇだろ、地平!」

( ゚д゚ )「そうだな。付き合ってくれると、拙者も喜ばしい」

(*^ω^)「僕でよければですお!」


親しく言葉を交わせる、友と呼べる存在もできた。
人と言葉を交わすのが、こんなにも楽しいものだと地平は知らなかった。
彼らと交わすなんでもない会話は、地平にとって驚きであり喜びであった。

34 名前:以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします[] 投稿日:2016/11/19(土) 22:24:15


三o川*゚ー゚)o川 ゚ 々゚) 三lw´‐ _‐ノv     (・ ∀・)( ^ω^)( ゚д゚ )


( ;^ω^)彡

( ゚д゚ )「どうした?」

( ;^ω^)「誰かがついてきている気がして」

(・∀ ・)「いないぜ?」


――そして、小さなものたちは、変わらず地平たちの周りにいた。
ときには友として地平に話しかけ。あるいは、ただ見守り続けていた。


三o川*゚ー゚)o川*゚ 々゚) 三lw*´‐ _‐ノv


( ;^ω^)「やっぱり、いるような気がするお」

( ゚д゚ )「そうか?」

(*・∀ ・)「なんだ? 女でもいたか?」


地平はよく外を出歩くようになった。

部屋で一人、絵を描く暮らしも好きだった。
しかし、今の暮らしは地平にとって、それ以上に大切なものだった。

35 名前:以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします[] 投稿日:2016/11/19(土) 22:26:13
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


日々は、早馬のように過ぎる。
地平のもとに大きな話が舞い込んだのは、とある秋のことだった。


( ;^ω^)「僕が、ですかお」

/ ,' 3「是非にと」


それは、とある寺の襖絵を描いてほしい。というものだった。

さる身分の方が逗留することになったのだが、寺は傷んでいる場所も多く、とてももてなせる状態ではない。
もとより裕福な寺でないので、どれだけ金を集めても補修だけで手一杯。
画家に依頼するには、とてもじゃないが金が足りない。それでもと、頼み込んではみたが、全て断られてしまった。

襖絵は必要だ。
とはいえ、下手な者には任せたくない。
たいした礼はできないが、功徳を積めると思って引き受けてくれ。老翁は地平にそう訴えた。


( ;^ω^)「是非に、と言われましても……」

36 名前:以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします[] 投稿日:2016/11/19(土) 22:28:20

寺といえば、しっかり修行を積んだ絵師が仕事をする場だ。
自分のような、趣味の延長の半端者がやるような仕事ではない。


/ ,' 3「お頼み申す」

( ;^ω^)「……」


地平は、悩んだ末その仕事を受けた。
襖に絵を描いてみたいと思ったのもある。しかし、それ以上にこれには母の説得が大きかった。


J(*'ー`)し「地平、こんなありがたい話は、滅多にありません。
      母を助けると思って、行って来なさい!」

( ;^ω^)「は、はいですお!」

J(*'ー`)し「ああ、母はお前が誇らしいよ」


信心深い地平の母は、話を聞くなり行くべきだと強く訴えた。
それが地平や、ひいては内藤家のためになるのですとまで言われてしまえば、もう断ることもできない。
けれどそれ以上に、普段は厳しい母が娘のようにはしゃぐのが、地平には嬉しかった。

37 名前:以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします[] 投稿日:2016/11/19(土) 22:30:48

とある寺――相朔寺は、古いというだけあって立派な佇まいだった。
外から見ただけでは、補修が必要な建物とはとてもじゃないが思えない。
これで木々が紅葉したら、さぞ美しいことだろうと、地平はため息をついた。


寺を案内された地平は、大きな部屋に通された。
真新しい畳の匂いのする立派な座敷である。聞けば、この部屋の襖に絵を描いてもらいたいと言う。
内藤の屋敷のどの部屋よりも、広い座敷である。その襖となれば、2枚や4枚では足りない。
実物を前にしてしまえば、本当にここに絵を描くのかと、地平は震えた。


::( ;^ω^)::「本当に、ここですかお?」

/ ,' 3「そうじゃ。できれば他の間も頼みたいのじゃが、まずはこの部屋を。
    この一面にな、竜を描いて欲しいのじゃ」


その言葉に、地平は言葉を失った。
この立派な部屋に絵を描くことにもだが、それ以上に描くのが竜だということに驚いた。
竜といえば水の神だ。地平にもそのくらいは知っている。
しかし、――

38 名前:以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします[] 投稿日:2016/11/19(土) 22:32:38


( ^ω^)「竜、ですかお……?」

/ ,' 3「左様。ここはかつて竜の絵が描かれていてな、竜の間と呼ばれておったんじゃ」
  _,
( ^ω^)「別のものではいけませんかお? 花とか……」

/ ,' 3「他の部屋はそれでも構わんが、ここには竜と決まっておる。
    それが昔からのしきたりですじゃ」


地平は困り果てた。

猫なら見たことがある。ナマズも探せばいた。
花や景色ならば得意だし、今では人を描くことも好きになった。

しかし、竜は――見たことがない。
竜の話ならば聞いたことがあるが、実際に見たという者はそうそういない。

  _,
( ^ω^)「竜……」

39 名前:以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします[] 投稿日:2016/11/19(土) 22:34:23


竜とはなにか。どのような生き物なのか、寺の者たちに聞いてもいまいち頭に浮かばない。
竜が描かれた巻物や絵を見せてもらったが。それを手本にしてみてもどうにも具合が違う。
せめて神仏のように像があればと思うが、あいにく相朔寺にはない。

  _,
( ^ω^)「本物が見れるといいんだけど……」

                                        (゚、゚トソン

  _,
( ^ω^)「……竜、捕まえられないかお」


滞在を許された部屋で、地平は困り果てた。
試しに紙に草案を描いては見るものの、どれだけ描いてみても納得するものは出来ない。

池や滝へも行ってみたが、竜どころか魚の気配すらしない。
これは駄目だと、地平は早々に諦めた。

  _,
( -ω-)「……」

40 名前:以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします[] 投稿日:2016/11/19(土) 22:36:28


――何も描けないまま、日にちだけが過ぎていく。

描くべきものが、描けない。
それは地平にとって、はじめての経験であった。
これまで地平は、己の目で見たものを描いていればよかった。
地平の描きたいものは、常に己が見たものであった。

  _,
( -ω-)「うーん」

                                        ミセ*゚ー゚)リ


人から頼まれるようになっても、それは変わらない。
猫だったり、花だったり、人だったり、場所だったり。人の求めるものは、地平の目に見えるところにあった。
たとえその場になくとも、出向けばそれを見ることはできた。
あのナマズでさえも、兄が探し求めれば手に入ったのだ。


( ;^ω^)「こういうこともあるんだおね……」

41 名前:以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします[] 投稿日:2016/11/19(土) 22:38:18

しかし、それだけでは足りぬこともあるのだと、地平は悟った。
目に見えるものばかりが、絵ではない。
ときには見えぬものこそを、描かなければならないのだと。

だが、見えぬものを描くことは自分にはできない。それは地平の知る絵ではなかった。
この部屋でどれだけあがいても、根を詰めてみても駄目だった。

――描きたいのに、描けない。
そんな苦しみがあることを、地平ははじめて知った。


( ^ω^)「……でも、描きたい。僕は描きたいんだお」

                                            ミセ*゚ー゚)リ(゚、゚トソン


地平は悩みに悩んだ末に、ようやく筆を取った。
絵を描くことは苦しいことでもあるのだと、地平は知った。
描けないのは、苦しい。だけど、それを解決するには、やはり描くしか無いのだ。


( `ω´)「僕は描くんだお!」

42 名前:以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします[] 投稿日:2016/11/19(土) 22:40:39

己に足りないものがあることはわかった。
自分ではとてもじゃないが、竜は描けない。描けるとしたら、竜を捕らえたときのみだ。
竜は描けない。それでも、竜を描かなければならない。
ならば、己が描けるもので、その足りぬものまで補えるように描こうと。


( ^ω^)「僕は、僕にできる最高の仕事をするんだお!」


己は父や兄の言うとおり阿呆だ。
阿呆な自分には見たものしか描けぬ。ならば、その見たものをどこまでも描き続けるしか無い。
それこそ、人の心を掴めるほどに。


ミセ*゚ー゚)リ

( ^ω^)Φ「いたのかお? 気づかなくてすまんお」

ミセ*゚ぺ)リ

43 名前:以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします[] 投稿日:2016/11/19(土) 22:42:29


(゚、゚トソン

( ^ω^)Φ「うん。解決したお。僕は、僕なりに描くしかないって、わかったんだお」

ミセ*゚ー゚)リ(゚、゚トソン


(*^ω^)Φ「楽しいお。僕は、今とっても楽しいんだお」


ミセ*゚ワ゚)リ(゚、゚*トソン

44 名前:以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします[] 投稿日:2016/11/19(土) 22:45:18

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


地平は苦心の末、襖絵を完成させた。
完成した画を見た老翁は、その息を止めた。

座敷の襖は、黒一色で描かれた墨絵になっていた。


/ ,' 3


荒れた空。今にも降り出しそうな空のなかに、見える不穏な光。
雲を切り裂いて、今にも現れようとする何かが、そこにいる。

その姿は見えない。
雷光なのか、それとも雨を降らせるために空から舞い降りた何かなのか。

そこには竜は、描かれていない。
しかし、描かれない場所から、今にもその姿が現れる。そう思わせる、凄みが、力が、そこにはあった。


/ ,' 3「……ほう」


老翁は、その画を見続けた。
言葉を忘れたようにひたすら見つめ続け、ほうと、息を吐いた。

45 名前:以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします[] 投稿日:2016/11/19(土) 22:46:11


( ;^ω^)


老翁の姿を、地平は見つめ続けていた。
はたして己の画がどう見られるのか。そして、それは受け入れられてもらえるのだろうか。
これまで人に絵を見てもらうことは多くあったが、緊張することはそう多くない。

これほど緊張したのは、長兄に猫と称して絵を渡した時と、次兄に花の絵を贈ったときくらいだ。
あの時描いた小さな友と猫の絵は、今でも屋敷を守っている。
次兄から花の絵を受け取った女性は、母となった。産まれた子は、口元が母親によく似た男児である。


( ;^ω^)「……」


思考をあちらこちらに飛ばしながら、老翁の返答を待つ。
地平にとっては長い、長い時間の末、老翁は重々しく口を開いた。

46 名前:以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします[] 投稿日:2016/11/19(土) 22:48:24


/ ,' 3「正直に申すと、これは儂の考えていたものとは違う。
    じゃが、この画はこちらが思っていた以上にすばらしいものじゃ」

( ^ω^)

/ ,' 3「この絵に、儂は竜を見た。他の者も同じじゃろう」

(*^ω^)「ほんとう、ですかお」

                    ミセ*゚ワ゚)リ(゚ー゚*トソン


地平の手は、気づかぬうちに震えていた。
竜の絵を求められていたのに、竜を描かなかった。
覚悟をしてのことだが、それが受け入れられないと思うと、怖かった。

47 名前:以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします[] 投稿日:2016/11/19(土) 22:50:39

もちろん全力は尽くした。
己が知る竜の全てを、見たことのある光景をつかって描いた。
それでも、認めてもらえるとは地平には思えなかった。
だが、それは今、叶った。


/ ,' 3「ここだけと言わず、他の襖にも描いてもらいたい」

(*^ω^)「もちろんですお!」


その言葉を断る理由など、地平にはなかった。
今は、ただ襖という巨大な空間に絵を描きたかった。

48 名前:以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします[] 投稿日:2016/11/19(土) 22:53:04
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

地平は多くの画を、相朔寺に描いた。
滞在を許された短い期間だけではない。
さる身分の方が逗留を終えた後も、何度も相朔寺に滞在し描き続けた。

大輪の牡丹、蓮の咲き誇る池、鮮やかに色づく紅葉、雪に沈む竹林。
全てが相朔寺に色づく自然であった。


/ ,' 3「お主、号はないのか?」


全ての仕事を終えた地平に、老翁は問いかけた。


( ^ω^)「ごう、ですかお?」

/ ,' 3「画家や俳人といった者は、名の他に号というものをつけるものじゃよ。雅号とも言う。
    儂も俳諧をやるからな、一つ号をもっておる」

( ^ω^)「そう、言われましても」


地平が絵を人に見せるようになってから、幾年かたった。
しかし、描くことだけに夢中で雅号などというものに、とんと興味がなかった。
自分の絵は手遊びのようなものであり、師もいない。そのようなものと、地平は無縁であった。

49 名前:以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします[] 投稿日:2016/11/19(土) 22:54:29


/ ,' 3「ほう。号はないとな。
    じゃったら儂がつけてやろう。そうさな……武雲というのはどうじゃ」

( ^ω^)「ぶーん……ぶうん、かお?」

/ ,' 3「武雲は、武道の武に雲と書く。
    あの竜なき竜の画のように、猛々しい雲。
    主はよく晴れた日の雲のようにぼんやりとした男だが、絵への思いはあの絵の雲のごとく猛々しい」


武雲。
己にはもったいないほどの良い名であると、地平は思った。
文も武もろくに身につかなかった身である。なのに、その名に武の一文字を頂くことになるとは。


( ^ω^)「武雲。僕が武雲」

/ ,' 3「そうじゃ。これから絵を描く時は武雲と名乗るがよい」

(*^ω^)「ありがたく、その名を頂戴しますお」


それ以後、地平は武雲と名乗るようになった。
内藤 武雲。
世間にそう呼ばれることになる絵師は、この時はじめて生まれた。

50 名前:以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします[] 投稿日:2016/11/19(土) 22:56:18
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


内藤 武雲は、正体不明の絵師である。

仲買人にほとんどを任せ、表にでることはさほどないため、その素性を知るものは少ない。
師がだれなのかさえも定かではない、謎の男。
ただ、相朔寺の見事な襖絵は彼の手によるものなのだという噂だけが、まことしやかに語られている。


(*´・ω・`)「すっかり立派になった、と思ったら……」

( ‘∀‘)「あら、どうしましたの?」

(´・ω・`)「いやね。昔、お前に贈った絵があるだろう。その作者がね」

( *‘∀‘)「ふふふ。あれはいい絵ですね、いっとう好きな絵です」

(*´・ω・`)「新たに送ってきた絵があるのだけれど、これが随分と懐かしい絵だったのでね」

( ‘∀‘)「あら、まぁ」

(*´∀`)「父上、母上! それは何ですモナ?!」


一流の絵師と比べると、その技量はいさかか劣る。
流行りの浮世絵師と比べれば、華かさでも知名度でも落ちる。
しかし、武雲の絵は、不思議と人を惹きつける力を持っていた。

51 名前:以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします[] 投稿日:2016/11/19(土) 22:58:14

名所を描けば、まるでその場にいるようだと称され。
女を描けば、あれは己に流し目をよこしたのだと、惚れる男が出る始末。

武雲の絵は傑作だとの評判だったが、それにも例外があった。
彼がたまに描く小さなもの。それには、皆一様に首をひねった。


(*・∀ ・)「見てみろ、不見。
      驚きの安値で手に入れた、武雲先生の偽百鬼!」

( ゚д゚ )「偽百鬼……あれは二度と買わぬといわなかったか?」

(-∀ -)「あれはない。かの武雲とはいえど、あれはない。武雲もついに才が尽き果てたか。
     あんなものを買うくらいなら死んだほうがましだ!」

( ゚д゚ )「確かにそう言ったな、それも本人に。武雲に描かせるなら、梅に鶯とも」

(;・∀ ・)「おれもな、地平……じゃなかった、武雲先生には梅に鶯図を描いてもらうつもりだったんだよ。
       しかし、内藤の若様の口がどうも上手くて。新作ではなく、こいつを押し付けられたんだよ。チクショウっ!」


人とも、妖怪とも、獣とも違う、奇妙な生き物。
その場にいるようだと称される地平の絵にしては、平らでいびつな。子どもの落書きのような生き物。
それでも、確かに武雲の作と言われるのは、その生き物たちが生きているかのようにのびのびと描かれているからだ。

52 名前:以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします[] 投稿日:2016/11/19(土) 23:00:35


ξ゚听)ξ('A`)


武雲の酔狂。あるいは、変わり百鬼夜行に偽百鬼。
かの武雲でも、どうにもならぬものはあるらしい。
しかし、まぁこれはこれで味があるじゃないか、という具合だ。


( ФωФ)「地平めは、またあんなものを描きよって」

J(*'ー`)し「あの子はいつもこればっかりなのですから。ふふっ」


この作品を愛し、わざわざ注文する変わり者も、時にいた。
そういった者たちは、この小さなものたちを愛し、人に語るのだ。
見てみろこの絵を。まるでこいつらは、確かにここにいるようじゃないか!、と。


从'ー'从「あら。地平さんの絵ですか? かわいい」

从*゚∀从「友だちを見ているみたいで、好きなんだ。おじうえはやっぱり、すごい。
      梅にウグイスなんかよりも、こっちのほうがよっぽどいい!」

从;'ー'从「はいん。地平さんの邪魔をしてはいけませんよ」

从 -∀从「はーい」

53 名前:以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします[] 投稿日:2016/11/19(土) 23:02:15


そんな噂の主、内藤 武雲。
そんな彼は実のところ、どんな暮らしをしているのかと問えば。
……昔とそう変わらなかった。


( ^ω^)「今日は、何を描くかお」

ξ゚听)ξ

(*^ω^)「おっおっ」

('A`)ノ

(*^ω^)「また、どくおかお?」


相も変わらず、生家の部屋住まいの独り者。
兄の世話になる身の上ではあったが、武雲を馬鹿にする者はもういなかった。
武雲の収入は家を潤したし、跡取り息子の若君はことのほか叔父の絵を愛した。

そして、彼の小さな友たちは、ずっと友としてそばにあり続けた。

54 名前:以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします[] 投稿日:2016/11/19(土) 23:04:22
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 



( ´ω`)「……」

('A`)

(,,゚Д゚)

( ´ω`)「ん。ああ、げんきだお……」

('A`)

( ´ω`)「だいじょうぶだお。僕は描くのが大好きなんだお」


武雲は、その晩年まで絵師として活躍した。
年に耐えかねてか、全盛期と比べれば作品の数こそ減ったものの、その腕はますます磨かれるばかりだった。
目がほとんど見えぬようになっても、手先が震え出すようになっても、武雲は描き続けた。

55 名前:以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします[sage] 投稿日:2016/11/19(土) 23:06:38


( ´ω`)「思えば、いろいろと描いたお。
      ……いつだって、僕は何かを描いていたかったんだお」


精緻に描かれた、今にも動き出さんばかりの獣。
見つめれば、匂い立ちそうな花。
さやさやとそよぐ音が聞こえてくるとも言われた、木々。

襖絵もあれば天井画もあった。
掛け軸もあれば、そのあたりの紙切れや木切れに描くという仕事もあった。
喜ばれることもあった。ときには叱られることだってあった。絵を見るなり泣き出されたこともあった。
その全てを、地平は糧としてきた。

喜びは数知れず。苦しみもまた、数えきれぬほど。
一人で絵を描いていた幼いころには、考えられないほど幸いな人生だった。

56 名前:以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします[] 投稿日:2016/11/19(土) 23:08:31


( ´ω`)「最期に描くのは何になるのかおね」

ξ# )ξ

( ;´ω`)「そんなに怒らないでほしいお。僕にだって、まだ描きたいものがあるんだお」

(;'A`)ゞξ# )ξ

( ´ω`)「……描き、たい?」


( ^ω^)「……そうだお。僕は、描きたいものがあったんだお」

('A`)ξ;゚听)ξ


武雲は晩年、一つの作品に取り掛かった。
誰に頼まれたのでもない、自分のための絵。
他の仕事をすべて断って、武雲はその絵を描く決意を固めた。


( ^ω^)「……どうして、忘れていたんだろう」

('A`)ξ゚听)ξ

57 名前:以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします[] 投稿日:2016/11/19(土) 23:11:35


それは、世にも珍しい絵巻だった。


小さなものたちが。彼の友たちが、遊び。踊り。暮らす。
人でも、獣でも、百鬼の鬼たちでもない、不思議な生き物が描かれた絵巻。



( ´ω`)「今はありがたくも、たくさん描かせてもってるお。
      上手いのか下手なのか、なんて考えるゆとりってのも持てるようになった」


( ^ω^)「でも、僕の絵のほんとうのはじまりは……」









( ^ω^)「僕の友たちが、他の人にも見てもらえるように、……だったんだお」

('A`)ξ゚听)ξ


小さな友たちと過ごす日々。
それは、彼の人生のすべてだった。


だから、それを残そうと武雲は決めていた。

58 名前:以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします[] 投稿日:2016/11/19(土) 23:13:26

武雲は寝食も惜しんで、絵巻を描き続けた。
それが己の最大の仕事なのだ。成すことのできないまま、終わることはできない。と、でも言うかのように。
魂すべてを込めるようにして、彼は描き続けた。


ξ;゚听)ξ

( ;^ω^)Ф「だいじょうぶ、だお」

(#'A`)

( ^ω^)Ф「これは、僕が。僕だけが成せることなんだお」

(;'A`)



(*^ω^)「どくお、つん。君たちを知るのは、もう僕だけじゃないお。
       だから、僕がいなくても、もう大丈夫だお」

59 名前:以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします[] 投稿日:2016/11/19(土) 23:15:23


どくお。
彼がはじめて出会った、竹馬の友。

つん。
愛らしい彼女は、妻子のいない武雲にとってもっとも親しい女でもあった。

義古 椎 空流 緋糸 愁留
きゅうと くるう みせり とそん 
気高い獣に似た彼を、しなやかで美しい彼女を、師となってくれた彼女を。……大切な友を、彼は描き続けた。

60 名前:以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします[] 投稿日:2016/11/19(土) 23:17:38


('A`)

ξ゚听)ξ


地平をいつくしんだ彼らが、


(,,゚Д゚)(*゚ー゚)

川 ゚ -゚) ノパ听) lw´‐ _‐ノv

o川*゚ー゚)o 川 ゚ 々゚) ミセ*゚ー゚)リ (゚、゚トソン


武雲のそばに常にあり続けた彼らが、


.

61 名前:以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします[] 投稿日:2016/11/19(土) 23:17:53




己の亡き後も、――永く栄えるように。
そう願いを込めて、その作は永栄絵巻と名付けられた。




.

62 名前:以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします[] 投稿日:2016/11/19(土) 23:19:34


  _
(# ゚∀゚)「馬鹿野郎。お前……」

从 ゚∀从「……叔父、上」



(  ω )



武雲が没したのは、永栄絵巻の完成後まもなくのこと。
その日は天が泣くような雨であったと、記録は伝えている。

63 名前:以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします[] 投稿日:2016/11/19(土) 23:21:19
━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━


好事家の間で知られる、とある絵師がいる。
内藤 武雲。名を地平。
決して格調高いとはいえないが、彼の描く暖かで生き生きとした絵は人々の心をつかんだ。
彼の絵師は、見たものしか描いたことがない、とうそぶいたという。

その代表作に、永栄絵巻がある。
地平の死後、縁のあった相朔寺に奉納されたその絵巻には、彼が好んだと言われるあるものが描かれている。
人とも動物とも妖とも異なる小さなものたち。武雲はその題材を好んで描いた。
一見すると、子どもの落書きのようにも見える不思議な生き物は、変わり百鬼や偽百鬼とも言われて親しまれた。


('A`) ξ゚听)ξ


相朔寺では今も年に数度、その絵巻を公開している。
そんな、永栄絵巻には、とある話が残されている。


絵巻に描かれている小さなものたち。彼らは、絵を抜け出して遊ぶのだという。


見たものしか描いたことがないと言った、武雲。
彼の絵師が本当にその不思議な生き物を見たのかは、わからない。
ただ、相朔寺には、その小さなものを見た者にはよいことが起こるのだという話が、今もまことしやかに伝えられている。

64 名前:以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします[] 投稿日:2016/11/19(土) 23:22:19




――これが、相朔寺に伝わる永栄絵巻の由来である。






.

65 名前:以下、名無しにかわりまして( ^ω^)がお送りします[] 投稿日:2016/11/19(土) 23:22:52
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


相朔寺永栄絵巻伝来記(そうさくじ えいえいえまき でんらいき)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 相朔寺に伝わる、永栄絵巻について書かれた書物。
 作者不詳。
 本文に、創作としか思えない記述が多くみられる。
 記録というより物語に近いが、内藤 武雲という絵師について書かれた数少ない貴重な資料である。

 なお武雲が相朔寺に描いたとされる襖絵は、彼の死から百年たった後に、火災により消失している。


 『相朔寺とその周辺』「相朔寺の宝物」より引用
 『相朔寺とその周辺』盛岡デミタス/編、美布書店、2016、p.108


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

inserted by FC2 system