o川* ー )o幼年期が終わるようです

《 三 》

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180 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 19:00:11 ID:v/2L0mXk0
     《 ※ 》



死んじゃうなんて思わなかったんだ。

私はただ、寒そうだったから、寂しそうだったから、
一緒にいれば幸せだから、あったかいから、おかーさんがそう教えてくれたから、
だから、抱きしめたいと思ったんだ。

抱きしめて一緒におやすみしたかっただけなんだ。
でもそれは、間違ってたんだ。

とびすけはもう、死んじゃったんだ。

冷たく硬直したうさぎの亡骸を抱えたまま、
彼女はぽろぽろと涙をこぼした。

院のみんなから無視されることも、確かに悲しい。
私なんていないんだって、そんなふうに扱われるのはすごく悲しい。
でも本当に悲しいのは、そんなことじゃない。

181 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 19:01:25 ID:v/2L0mXk0
ごめんねとびすけ。ごめんね、ごめんね。

どんなに謝っても、とびすけはもうぴこぴこ耳を回したりしない。
ころころのうんちも出さない。ふんふん鼻息を鳴らすこともない。
ぴょんぴょん飛び跳ねることはもう二度とない。

私が抱き死なせてしまったから。
死んだ子は、ずっと動かなくなるから。
ここにいても、もうここにはいないんだ。

おかーさんに会いたい。おかーさんに会いたい。
やさしいてってで褒めてほしい。あったかい声でくりくり頭をなでてほしい。
あまふわの卵焼きで口のなかを火傷したい。

でも、もう会えない。おかーさんには会えない。
死んでしまったから。とびすけみたいに、いなくなってしまったから。

とびすけは、私がこんなだから死んでしまった。
おかーさんも、私がこんなだから死んでしまったのかもしれない。
きっと、そうなんだ。

私がいると、みんなは死んでしまうんだ。
だからみんなは、私を無視するんだ。

182 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 19:02:36 ID:v/2L0mXk0
彼女は泣いた。
ぽろぽろぽろぽろと泣き続けた。

その時だった。
嗚咽をあげる彼女の背にとんとんと、何かが軽く叩かれた。

「おいで」

少年が立っていた。彼女より少しだけ背の高い少年。
少年はにこりと笑うと、彼女の腕を取って歩き出した。
彼女はとつぜんのことに抵抗するという考えもおきないまま、
泣きじゃくりながら少年に従って歩いた。

「このあたりでいいかな」

院の裏庭に到着するやいなや、少年はプラスチックのシャベルで地面を掘り出した。
粘土のような土がかき分けられ、実際は相当な時間が掛かったのかもしれないが、
彼女には瞬く間に大きな穴ができたように思えた。

「とび、すけぇ……うぇぅぅぅ……」

彼が何を作ろうとしているのかは、彼女にもすぐにわかった。
金魚のきんきんも、おかーさんと一緒にこうして埋めたことがあったから。

それでも彼女は、否定してほしくて、少年に何をしているのか尋ねようとした。
だが、嗚咽が邪魔してまともな言葉にならなかった。

183 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 19:03:50 ID:v/2L0mXk0
「さ、とびすけとお別れしよう」

とびすけが三匹くらい入れそうな大きな穴を掘り終えた少年は彼女の手を取り、
とびすけをそこに横たわらせるよう促してきた。

少年は強制的ではなかった。
その手は添えられただけで、決断はあくまで彼女の意思に任せていた。

わかっている。このままにしてはおけないんだって。
おかーさんが言っていた。死んだ子はきちんと”とむらって”あげないと困ってしまうんだって。
おかーさんの言うことはむつかしくてよくわからなかったけど、とびすけが苦しい思いをするのは悲しいから。
だから。

土を被せるのはすべて、少年がやってくれた。
彼女はその間ずっと、見続けていた。
ぺっそりとした白い毛が、茶色い土に隠されていく。

重くないだろうか。苦しくないだろうか。
そんなことを思うと、涙がさらにあふれだした。
そして、涙がこぼれて湿った泥に、最後の一盛りが重なった。
少年は手を合わせていた。彼女はただ泣きじゃくった。

「ぼくの母さん、一ヶ月前に死んだんだもな」

暑い陽がいつの間にか朱に染まりだした頃、少年が口を開いた。

「ここには妹と二人で来たんだ。でもね、妹はまだ母さんのことを引きずってて、
 ここにも馴染めないみたいなんだもな。だからね――」

184 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 19:05:05 ID:v/2L0mXk0
とびすけのお墓は丘状になって盛り上がっており、
その隆起が彼女にはとびすけの丸い背中のように見え、
いつとも知れず彼女はその背をなでさすっていた。
だが、少年の言葉を聞き、その手が止まった。

「ぼくたちの、友達になってくれないもな」

朱い太陽が彼の顔に陰を生む。
にっこりと笑ったその顔に、言葉にしがたい何かが表れているように感じた。
とびすけや、おかーさんの亡骸に表れていたのと、同じ何かが。

「だめ!」

 断られると思っていなかったのだろう。
少年は細い目を丸くさせて、こちらを見つめてきた。

「どうして?」

「それは、ひぅ、いぅぅぅ……」

うまく言葉にできない。

「ぼくがきらいもな?」

「う、うぅぅぅう! うぅぅう!」

首を振る。

「よかった」

「よ、よくないの! わ、私がいるとみんな、苦しくて、悲しくて……悲しいことに、なっちゃうんだよ!
 いっぱいだよ! いっぱい、いっぱいそうなるの!」

「そんなことないもな」

「そんなことあるの! 私、だって、こんなだもん! あたま、おかしいん、だもん!
 死なせちゃう! そんなのやだ! やだから、だから、死ななくちゃ、死ななくちゃ、なのは――」

「きみは、とびすけが寒がってるのに気づいたもな。
 みんなは気づかなかったのに、きみは気づいた。きみはやさしい子だもな」

185 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 19:06:26 ID:v/2L0mXk0
夕焼けの向こうから、長い髪の綺麗な女の子が走ってきた。
女の子は彼女を警戒するように少年の背にぴたりと隠れ、前髪の隙間からこちらを伺っていた。

「ぼくはモナー。妹の名前はレモナ。きみは?」

少年はにっかりと口を開けて笑い、手を差し出してきた。
土に汚れた男の子の手。しかし彼女はその手を取ることも、名を答えることもできなかった。

彼女は泣きながら、笑っていた。
少年は歯が何本も抜けていて、にっかり笑った口に黒い隙間がいくつも覗いていた。

それがとても滑稽で、彼女は笑いを堪えることができなかった。
笑って、泣いて、笑って、泣いて。
そうしているうちに、なぜだか何もかもが、何もかもが救われた心地になっていた。

言葉は出せなかった。

だから、彼女は、心で答えた。

いまなら届くような気がして、心で名乗った。

私はね、
私は、
私の名前はね――


.

186 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 19:07:52 ID:v/2L0mXk0
     《 三 》



目が覚めた。
うとうととした気分のなかで、キュートはわやくちゃに顔をこする。
すると、玄関扉の開くかちゃりという硬質な響きが耳に届き、キュートの意識は一気に覚醒する。

o川*゚ー゚)o「パパ!」

玄関の扉が開ききるより前にキュートは駆けだし、愛するパパに勢いそのまま飛びついた。
パパはよろけながらもしっかと抱き留め、キュートの身体はくるんと宙を旋回する。

o川*^ー^)o「キュートね、キュートね、一人でご本読めたんだよ! えらい? ねえ、えらい?」

パパの手がキュートの頭をなでた。
パパの手はおっきい。キュートの何倍も大きくて、堅くて、でもやわらかい。
パパはいつもキュートを褒めてくれる。
o川*^ー^)o「キュートね、パパと結婚するの!」

パパといるとき、キュートは自然と笑顔になる。
パパはいつもキュートのそばにいる。だからキュートは、いつでも笑っている。
ずっとずっと、笑っていられる。

o川*^ー^)o「おみやげ!」

あまいあまいお菓子の匂い。夢の袋に夢の箱。
パイにクッキー、ドーナツケーキ。パパは全部キュートにくれる。
キュートの欲しいものはなんでもくれる。だからパパは、パパもくれる。

187 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 19:09:50 ID:v/2L0mXk0
o川*^ー^)o「ご本読んで! パパ、『ようねんき』! 『ようねんき』呼んで!」

一緒のベッドで、キュートとパパは並んでおやすみする。
パパは幼年期の終わりを読む。第三部を。パパの好きな第三部を、初めから、終わりまで。

そのうちにうとうとしてきたとしても、すぐに眠ったりなんかしない。
わやくちゃに顔をこすって、起きている。だって、一秒でも長くパパの声を聞いていたいから。

それでも、いつも途中で眠ってしまう。
どうしても我慢できずに眠ってしまう。
キュートは眠ってしまう。

眠って、眠って、眠って起きる。
起きたらまた、玄関が開く。パパが帰ってくる。
キュートは飛びつき、パパはよろめきながらしっかと抱き留め、キュートの身体は宙を旋回する。

パパが好き。

だから今日の日は、おやすみなさい。
起きたら明日も、今日が来るから。
だから今日は、終わろう。
終わりましょう。



なぜ、終わらないの?

188 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 19:10:51 ID:v/2L0mXk0
キュートはベッドから跳ね起きた。パパはまだ朗読を続けている。
幼年期は終わらない。パパには本と、キュートと、この世界しか見えていない。
世界の外側が見えていない。

部屋の外、窓の向こうに目を凝らす。
薄闇の濃さをさらに凝縮した影の子供が、窓の外からこちらを見ている。
目も鼻も口もはっきりとしない影のもやもやなのに、こちらを見ていることだけは確かにわかる。

パパには見えていない。
認識しているのは、きっと私だけ。

立ち上がる。
何かが剥がれる音がしたけれど、気にせず窓のそばへと近寄る。
影の子供はキュートを見ている。窓を開ける。

o川*゚ぺ)o「入りたいの?」

影は応えない。部屋の中へ入りたいわけではないらしい。
では、影はなぜここにいるのだろう。影の視線をたどる。
興味があるのは――私?

キュートが思案を巡らせていると、とつぜんに、影の手がにゅっと伸びた。
キュートの腕のなか、こぼれそうな程に抱えたお菓子の山からひとつ、イチゴのタルトが奪われる。

キュートの大好きないちごのタルト。
パパからもらったそれが、影のうちに収まる。
そして影は、背を向けて走り出した。

189 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 19:12:15 ID:v/2L0mXk0
o川;゚Д゚)o「返して!」

キュートは窓から身を乗り出し、影を追いかけようとして、
しかし、その場に固まった。

広大無辺な暗黒の果てしなさが、ただただ眼前を埋め尽くしている。
部屋から延びる灯りなど、わずかも照らさぬうちに掻き消えている。

長大なその空間で、だがしかし、影の子供がいることだけは確としてわかる。
後込みしている間にも、離れていくのが。

部屋からは、パパの朗読が聞こえる。
この声が聞こえる間にもどってこよう。
そしてまた、明日も今日を迎えるのだ。

キュートは暗闇へと脚をかける。
安定しない足下の感触に身を曲げながら、しっかと一歩を踏み出し、去る影の背を追っていった。


.

190 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 19:13:37 ID:v/2L0mXk0
          ※



所狭しと推し並ぶ墓地の墓石(はかいし)。
伸びる陰が背後の墓石を隠し、その墓石がさらに背後の石を陰に隠するドミノの連鎖。

その連鎖を、一人の女が止めている。
ハイン。ハインは墓石の前で、待っていた。
まったく手入れのされていない、薄汚れた墓。
供えの品などあるはずもなく。

ハインはそこで待つ。
待って、そして、墓石にかかったハインの陰にもう一人分、
ハインのものより大きなそれが、重なった。

从 ゚ー从「来ないと思ってた」

ハインの背後から現れた男性は、墓前の前にかがむと手を合わせた。
ハインはそれに倣わない。ただ、男性だけを見つめる。

从 ゚ー从「思えばこうして二人だけなんて、
     こいつが死んでから初めてかも知れないね、兄さん」

191 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 19:14:55 ID:v/2L0mXk0
長岡ジョルジュ。ハインの兄。
ハインは目を閉じ手を合わせる兄から目を離さず、その呼吸の微動までじっと捉えようとする。
  _
( ゚∀゚)「そうだったか」

从 ゚ー从「そうだよ。だって私、あの後すぐに入院させられたんだもの。
     兄さん知ってる? 私あそこで、素敵な人と会ったんだ。色んなことを教えてもらったよ。
     兄さんも知らないようなことを、たくさんね……」

ハインはいたずらっぽく、くしゃりと笑った。
しかしその表情を、長岡が捉えることはない。
目をつむり、長すぎるお参りに黙想する長岡には。

从 ゚ー从「兄さんは、私のために医師を目指したんでしょう?」

長岡は目を開かない。
微動だにせず、その様子からはハインの声が届いているかも定かではない。

それでもハインは話しかける。
他愛ないこと、日常のちょっとした出来事を話題にするかのような簡素さで、報告する。

从 ゚ー从「兄さん、私、結婚するよ」

192 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 19:16:49 ID:v/2L0mXk0
長岡の目が、ゆっくりと、しかし確かに開いた。
長岡の視線は、視線は墓前に向けられたままである。
だが、それで一向構わなかった。聞こえているなら、構わない。
ハインは言葉をつなげる。

从 ー从「相手は、デミタス」
  _
( ゚∀゚)「……そうか」

長岡は決してハインを見ようとしない。
眼前の墓石だけを見つめている。墓碑には戒名が刻まれている。
この墓の下に埋められた奴とは、頭をどうひねっても合致しない仰々しい戒名が。

ハインも墓石に刻まれたその名を見下ろしながら、待った。
長岡が――兄が話し出すのを、ハインはずっと待っていた。
しかし、”今回もまた”、兄は何も言わなかった。何も言ってはくれなかった。

从 ー从「……止めないんだ」
  _
( ゚∀゚)「お前が選んだ相手だ。俺にとやかく言う権利はない」

从 ー从「デミタスが人殺しだったとしても?」

193 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 19:17:47 ID:v/2L0mXk0
ハインは間髪入れずに返す。
兄の反応を伺う。
今度こそ、今度こそと願いながら。
だが――
  _
(  ∀ )「……医療に事故はつきものだ」

兄の応えは変わらなかった。
その表情も、その声色も、その視線もハインへは向かない。

从 ー从「知ってるんだ。あいつが何をやったか知ってて、止めないんだ」

兄は立ち上がり、既に歩き出していた。ハインは引き留めようとした。
引き留めようとして、結局、何も言い出せずに兄の背が消えていくのをただ見続けた。
引き留めるための言葉が、ハインにはもう、何も残っていなかったから。
兄は、一度もハインを見ずに去っていった。

兄さんは、やっぱり――

仰々しい戒名の掘られた墓碑。
ハインはそれをにらみ、蹴った。
蹴って、蹴って、そして、足の裏を墓の表とべったりくっつけた状態のまま、止まった。

从 ∀从「……本人より立派な墓だな。だって、倒れねぇんだもん」


.

194 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 19:19:14 ID:v/2L0mXk0



(´・_ゝ・`)「もういいのかい?」

墓地そばの道路に愛用の四駆を駐車させていたデミタスは、
助手席に腰を下ろしたハインに声をかけた。

ハインはそれに答えなかった。
ただ険しい顔に、消え入るような声で、こう、つぶやいただけだった。

――キュートに、会わせろ。


.

195 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 19:20:18 ID:v/2L0mXk0
          ※



  _
( ゚∀゚)「――というわけで、あんたのお気に入りに変化は見られませんね。
     ここ二、三日は別件で監視できませんでしたが、
     どうせ飽きもせずお人形遊びに興じていることでしょうよ」

『そうですか。それでは継続して内藤キュートの観察をお願いします』

墓地を後にした長岡は、相真へ向かい車を運転しながら電話をかけていた。
電話の相手は、素直クール。この地を支配する怪老。
しかし長岡の口調に、彼女を畏怖する響きは一切ない。
  _
( ゚∀゚)「内藤キュートが旧閉鎖棟に籠もり始めて、もう半月が過ぎました。
     これ以上待っても、何も起こらないと俺は思いますよ。
     あんたが望むような出来事は特に、ね。

     そもそもあんたは、どうしてこんな回りくどい方法を採ったんです。
     あんたなら他にもっとやりようが……いや、回りくどいのはお互い様、ですかね」

『どういう意味でしょうか』
  _
( ゚∀゚)「ハインがね、結婚するんだそうです」

196 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 19:21:45 ID:v/2L0mXk0
ほとんど減速しないまま片手でハンドルを操作し、左折する。
車体が傾く。わずかに行きすぎたのを、返しを大きくして規定の路線に戻す。
  _
( ゚∀゚)「ハインにちゃんとした相手ができたなら、
     俺にとっちゃキュートの必要性はもうありません。むしろ邪魔ですらある。

     本音を言えば、状況を混乱させる”何か”など起こらないで欲しい。
     他ならぬあんたの頼みですから、続けろと言われればそりゃ、役目は果たしますがね」

『例え従妹(いとこ)であろうと、あなたにとっては道具にすぎないと』
  _
( ゚∀゚)「無論です。ハインが俺の全てですから」

あるいは、罪の表象か――。

素直クールの耳には届かないような小さな声で、長岡はひとりつぶやく。

『彼女の相手は、信頼できる者なのですか』

言われ、ハインが結婚すると報告した相手の顔を思い出す。
デミタス。かつては活気と使命感にあふれた医師であったそうだが、
とある事件――事故といってもいいその出来事を起こして以来、
人が変わったように大人しくなったと噂に聞いた。

長岡にとってのデミタスは院長モララーの腰巾着として
忙しく走り回っている小男にすぎず、正直良い印象を持っているとは言い難かった。

197 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 19:23:12 ID:v/2L0mXk0
とはいえあの奴隷根性が、結婚生活では有用に働くスキルに化けるのかもしれない。
あの手の男の方が案外、円満な夫婦生活を築いてしまうものなのだろう。
いつまでも気の若い男は、往々にして妻も子も不幸にしてしまうものだから。
だから、もはや第三者となった俺が口を挟むことなど何もないのだ。

ただひとつ気になる点があると言えば、
彼が相真に来る前に勤めていたという場所が――
  _
(  ∀ )「……俺に比べれば、誰であろうとマシです。
     相真に着きました。もう切りますよ」

長岡は一方的に電話を切った。
携帯をしまい、両手でハンドルを握る。

これでいい。俺は何も、間違えていない。間違っていないはずだ。
後はもう何も起こらず、後はただ平和に、平和に時が過ぎてくれればそれでいい。
人並みの幸福が、ハインの許に訪れてくれればそれで。

アクセルを踏む。法定速度を超えても、足を上げずに。
相真まではまだ、遠い。


.

198 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 19:24:20 ID:v/2L0mXk0
          ※



影の子供を追っていく。濃霧のごとき暗黒を、かき分けかき分けキュートは歩く。
見渡す限りの不毛な大地は、生の兆しも死の香(か)も聞こえず、
ただ何も、動くものは何もない。視界の先の、影の子供を除いては。

影の子供は奪ったタルトを高々掲げ、見せつけるように、
あるいは目印のように、暗黒のうちにその仄光る白色(はくしょく)を浮かび上がらせている。

キュートと一定の距離を保ったまま、
決して置き去りにすることなく、振り向き振り向き歩いている。

案内しているつもりなのだろうか。
行き先はどこ。そもそもここに、”どこか”があるものなのか。

わからないが、わからないまま、キュートはとにかくついて行く。
奇妙に平衡感覚の失せたこの世界を。

確かなものは、心臓につながるアリアドネの赤い糸電話。
未だ途切れぬ朗読の色が、私とパパの左手とを結びつけていることだけ。
その流れる乳白の通信だけを頼りに、歩く、歩く。歩いて、歩いて――もう、どれだけ歩いたか。

虫の呼吸ほどしか進んでいないようにも、星の生涯ほどの時が経過したようにも、
どちらも正しいように思え、どちらもまた、間違っているようにも感じるほど歩いた頃。
影の子供の姿が消えた。

199 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 19:26:01 ID:v/2L0mXk0
代わりに現れたのは、大地に横たわる巨大な何か。
犬にも猫にも馬にも鳥にも見えるが、けして人には見えないそれは、
カラフルなつぎはぎの合間から臓物のような綿をこぼしている。

キュートはそれの周りをぐるぐると見回した。
やわらかなその身体の上にも登り、そしてそこに、
一本の小さな小さな縫い針が刺さっているのを発見する。

それを拾おうとして、しかしキュートは、抱えたお菓子のため、手を伸ばせないことに気づく。
お菓子を手放さなければ、この針は拾えない。

キュートは振り返った。
闇の先から伸びる赤い糸が、どくんどくんとキュートに鼓動を送っている。

――私はこれを、作っていた。

お菓子の一部を地面に置いた。
その途端、お菓子はずぶずぶと、まるで底なし沼に放り込まれた勢いで暗黒の最中へと呑み込まれていった。
キュートは小さな小さな縫い針へと手を伸ばす。つまみあげる。抜く。

すると、ぷちぷちと、繊維のほつれる音が聞こえてきたかと思うと、
次の瞬間、カラフルな切れ端が宙を舞ったかと思うと、黄色い綿が眼前を覆い、
覆ったかと思うと、それは激しく渦を巻き、キュートを奈落へ、奈落へと落下させた。

200 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 19:28:05 ID:v/2L0mXk0
気づけばキュートは花弁のベッド、豪雨迸る浅黄の花畑で横になっていた。
起き上がり、周囲を見回すと、いた。

影の子供が、相変わらずいちごのタルトを高々と掲げ、こちらを観察している。
立ち上がり、歩きだそうとすると、あちらもまたくるりと回転、行進を開始する。

キュートはその後を追おうとし、ふと、
手中にあるべき縫い針の姿が、どこにも見あたらないことに気が付いた。

落としてしまったのだろうか。
気にはなったが、この生い茂る花々の間から、あの小さな小さな縫い針を見つけ出せる気はしない。
キュートは諦め、影の子供の後を追う。

影の子供は、子供だった。
小柄で、背は低く、背の高い花の間ではその腰から上しか露出しなかった。

キュートは子供だった。
影の子供と変わらぬ背丈で、水に濡れた花や草に何度も足をとられそうになった。

その頻度は先に進めば進むほど多くなり、周囲の草花の背は徐々に徐々に高くなり、
やがて子供の頭上を軽く越えるほど高くなり、視界一面、深緑の浅黄に埋め尽くされ、
キュートは再び、影の子供を見失った。

201 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 19:29:38 ID:v/2L0mXk0
代わりに現れたのは、子供の案山子。
綺麗な服を、雨に濡らせて傾いでいる。

――そう、朝は天気だったのに、急に降り出し。

足下にはいくつもの小さな花が、窮屈そうに絡み合ってもがいている。
キュートはその上に、抱えたお菓子の半分を投げた。

すると、つたが蠢き互いを食い合い、
首がこぼれるように花弁だけが円上に連なって落下した。
キュートはその花飾りを、案山子の首にかける。

案山子が傾ぐ。自重に耐えきれずそのまま横に倒れ、
そして案山子は、粉々に砕け散った。
雨と土に汚れた洋服だけを残して。

――喜んでくれると思ってたんだ。

案山子の破片は四方へ飛び散り、薙がれた草木はもれなく末枯れ、
見晴らしよく、驟雨は霧散、繊毛の天蓋漂うここはすでに、暑熱の別天地である。

影の子供はいくらも離れていない場所で、キュートを見ながらいちごのタルトを掲げていた。
再びキュートはついていく。影の子供も歩き出す。

202 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 19:31:12 ID:v/2L0mXk0
砂利と土の地面は確かな足場で、過たずそこは現実的だった。
ただ熱だけが、熱だけがゆらめく陽炎を生み出し光と色とをゆがめている。
むせかえる熱気に、吸気も細まる。

――ここにこもって、息苦しさも楽しんで。

それが規定通りであるように、影の子供は陽炎に消える。
キュートは影の消えたその先へ追いつこうとして、何かと衝突した。

やわらかな壁。いつしかキュートは、世界の果てへと到達していたようだ。
かすかな弾力を持つ繊毛構造をしたその壁に、キュートは寄りかかる。
身体をもたれさせて、そのまま地面に横倒れる。

目があった。
瞳を動かす女性の写真が、壁の一部とつながっていた。
誰かとよく似たその顔が。

それを認識した瞬間、胸のなかのお菓子が残らず、ぐじゅぐじゅと音を立てて溶けだした。
その内から一振りの鋏を残して、一つ残らず跡形もなく溶け消える。

心臓が早鐘を打つ。
写真の女性はキュートを見ている。
慈しむようにも、哀れんでいるようにも見える表情。

誰かに似ている。
けれど、どうしても誰なのかわからない。
よく知っている人のようでもあり、出会ったことのない誰かのようでもあり……。

――私はこれを切らなければならない。そう教えてもらったから。



――だれに?

203 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 19:33:08 ID:v/2L0mXk0
パパの声は未だ止まらず、キュートを励ましている。
赤い糸、赤い伝達。でも、鼓動が微妙にずれている?

現れた鋏を握る。
暑いからだ。暑くて呼吸がままならないから、パパと呼吸がずれるんだ。
一刻も早く、ここから抜け出なければならない。
早く、早く、早く。

写真の女性に鋏を突き立てる。隙間から、赤い光がこぼれだした。
それは鋏を開き写真表面を歪めたことでいっそう強く降り注いできた。

――まだ足りない。

キュートは鋏を動かす。
もっと細かく、さらに細かく、原型を確認できなくなるまで、切って切って切り刻む。
無限に拡大する写真を、無限に切り刻み、切り刻み――気づけば辺りは、外だった。

夕焼けの公園。
撤去されたブランコの残滓。鉄棒の残滓。滑り台の残滓。
ジャングルジムの残滓。シーソーの残滓。
かつてこの場所に設置され、そして、時代にはねのけられた数多の遊具の残滓の亡骸。

――私はここを知っている。ここにはそう、あれがある。

204 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 19:34:48 ID:v/2L0mXk0
遊具の残滓に取り残されて、そこだけはいつかの姿のまま現存していた。
砂場。子供には広大な、大人には幼稚なその創世世界。
そこに、いた。影の子供と、その隣。子供の形をした砂の人。
口を開いた砂の人。その舌の上で光るものは――。

近づいてはいけない。

キュートの中の誰かがそう警鐘を鳴らしている。
すべてが崩壊してしまうと、そう告げている。
なのに、足だけはひとりでに、砂場の流砂に引き寄せられてしまう。

――もっと大切なものならって。

舌の上には、銀の指輪。
そっとつまむ。
砂の人は崩れ、砂塵となって姿を消した。

ここにあるはずのないもの。
ここにあってはならないもの。
そう、これがあるべきは――。

205 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 19:36:48 ID:v/2L0mXk0
公園の周りに、アパートが、マンションが、
空を隠すように歪曲して生え伸びる。

見覚えがある。
あれも知っている。
これも見たことがある。
ひとつ、ひとつ、どれもこれもが記憶に残っている。

――もちろん、私が住んでいた場所も。

思うと同時、キュートはマンションの廊下に立っていた。
そしてそこに、とある一室の前に、影の子供が、
いちごのタルトを、もはや掲げず胸に潜めて佇んでいた。

――私の指輪は、ここに在る。

――私の記憶は、ここに在る。

――私の全てが、ここに在る。

206 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 19:37:43 ID:v/2L0mXk0
違う。
こんな記憶は、違う。
こんなことはあり得ない。

だって私には、パパがいるんだ。
パパが私の全てなんだ。
ここは、私とパパの家じゃない。

この家は、違う。
帰ろう、帰ろう、帰らなきゃ。
パパが呼んでる。パパが。呼んでる。呼んでる。呼んでる呼んでる呼んでる。

それなのに――。

糸から伝わる通信はてんででたらめで、パパの声なのにパパでなく、まったく波長が揃わない。
遠い、遠い、パパが遠い。糸を伝って、キュートはもと来た道をもどろうとした。

しかし、それは阻まれる。

207 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 19:38:56 ID:v/2L0mXk0
震動が、天地を逆(さか)にし重痾振りまく球雲を天上に産む。
飛ぶ。屋根が飛ぶ。電柱が飛ぶ。砕けし歩廊が飛び荒ぶ。
砕けし瓦礫はさらに微細に穿たれ弾かれ、塵となって天に呑まれる。

キュートの左右上下も廊下としての役目を失い、
ふわりと浮かんだそれらは天へ天へと上昇する。

その中のひとつに、影の子供が乗っていた。
影の子供は微動だにせず、胎児の格好で眠るように座っていた。

そしてその姿が、キュートには。
泣いているようにも、見えた。

――どうして泣いているの?

考えての行動ではなかった。
キュートは反射的に手を伸ばし、影の手をつかんでいた。
力を込めて、胸のうちに引き寄せる。
いちごのタルトを抱えた影が、こちらの足場へ着地する。

けれど、それで終わり。
キュートは影の子供を抱きしめた状態で、その場にぺたんと崩れ落ちた。
重い。とても重たい。抱きつく影は鉛のように、まとわりつく責任のように、苦しく重たい。

208 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 19:40:55 ID:v/2L0mXk0
部屋の扉が開いている。我が家へと続く玄関の扉。
パパといたあの家と同じ形、同じ景色、同じ照明に照らされている懐かしき我が家。
ここに入れば、ひとまずこの状況は凌げるかもしれない。

でも、いやだ。
ここはいやだ。ここにだけは入りたくない。
ここに入ったら、”私が終わってしまう”。

パパのところへ帰れれば。
酷くなる一方の糸電話からの通信だが、それでもまだ途切れず、つながっている。
つながっていれば、帰れる。帰ることはできる。

けれどそれは、一人で帰ろうとした場合のこと。
影の子供を連れて行くことは、到底できない。

このしがみつく子供を振りきり見捨てなければ、パパの元へはきっと帰ることはできない。
見捨てさえすれば、またあの甘くやさしき日常へ、帰れる。見捨てさえすれば。

それも、いやだ。
私の中の何かがそれを、許さしてくれない。
泣いてしがみつくこの子を、どうしても放っておくことができない。

放っておいたら、この子はきっと耐えられないだろうから。
放って置かれていたら、私はきっと壊れていただろうから。

209 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 19:42:27 ID:v/2L0mXk0
――大丈夫、大丈夫だからね。

記憶。
ありえない記憶。
自分がかつて、誰かに救われた記憶。

誰か。

存在するはずのない、誰か。

だって、私にはパパがいる。

私はパパと、幸せに暮らしていたのだから――。


――私がそばにいるから。













おねえちゃん。



.

210 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 19:43:30 ID:v/2L0mXk0
           ※



私はパパの夢を見ていました。
毎日です。パパと暮らす幸福な日々。
永遠に変わらない、今日という一日。

なのに、不思議なんです。
永遠に変わらないはずの今日に、変化があったんです。
私は、家から出て行くんです。

不思議です。
私がパパから離れるはず、ないのに。
私の全てがパパなのに。

旅出た私は、いくつもの世界を巡ります。
魔法の鍵で扉を開く、おとぎの旅です。
扉をくぐる度、違う世界に目覚めました。
もしかしたら見え方が異なるだけで、全部同じ世界だったのかもしれません。

私は旅をします。
旅の果てに、元いた家にたどり着きます。

パパのいる家です。
でもそこは、パパとの家ではないんです。
私の家ではあるけれど、パパとの家ではないんです。

211 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 19:45:22 ID:v/2L0mXk0
私はそこに入ることを拒みました。
怖かったからです。
そこに入ると、取り返しのつかないことが起こってしまいそうで。
行くことも、戻ることもできずに、私はその場に留まりました。

……そういえば、私はなぜ帰れなかったのでしょう。
私はなぜ、旅だったのでしょう。

誰かに誘(いざな)われたような気がします。
でも、思い出せません。
私を誘ったのが誰であったのか、思い出せません。

大切なだれかだった気がするのに。
忘れてはならないことだったのに。
あれは、だれだったのだろう。
あれは――



――おねえちゃん。


.

212 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 19:46:40 ID:v/2L0mXk0



ふいにキュートは、強烈な視線が向けられているのに気づいた。
眼前には、長岡が立っていた。初めて見せる表情で、キュートのことを見下ろしている。

私はいま、何を話していた――?

  _
(  ∀ )「いまさら……」

何事かつぶやいた長岡は、その場にかがみ、
床に転がる水筒をつかみキュートに手渡した。
デミタスが食事とともに運んだものだ。

しぃのいるこの部屋に持ってきたまま、放置してしまっていたようだ。
見れば、念入りに書き込んだカルテの山も周囲に散乱している。

長岡が、そのうちの一枚を拾った。
そして、おもむらに破り裂いた。

213 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 19:48:09 ID:v/2L0mXk0
o川;゚Д゚)o「な……!?」

朦朧とした意識が、一気に覚醒する。
  _
( ゚∀゚)「もういいだろう。おままごとは終わりだ。
     後は俺が引き継ぐ。お前はもう、帰れ」

しゃべりながらも、長岡はその手を休めない。
キュートがこの半月をかけて取り続けてきたデータが、
一枚一枚、跡形もなく消し去られていく。

o川#゚Д゚)o「何をするんですか――」
  _
(# ゚∀゚)「迷惑なんだよ!」

とつぜんの怒声。息を呑む。
年上の男性から本気の怒りを向けられたことのないキュートは、
ただこれだけで、何も言えなくなる。
  _
( ゚∀゚)「今後のことが心配なら、素直クールには俺から話をつけてやる。
     悪いようにはしないと約束する。精神科医になりたいというなら、
     言い添えてやるくらいは――」

――それには及びません。

静寂に、旧閉鎖棟がしんと冷え固まる。
幾重にも反響する甲高い足音が、徐々に、だが確実に音を増し近づいてくる。

214 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 19:49:40 ID:v/2L0mXk0
あいつだ。あいつがきた。

枯れ木のような身体を直立させ、正しき法の名の下に、
地を統べる怪老が、素直クールが示現する。

素直クールは部屋のなかを、目だけを動かし観察しているようだった。
キュートを見る。しぃを見る。散乱したカルテの残骸を見る。
まだ生き残ったカルテを手に持つ長岡を見て、視線が止まる。

川 ゚ -゚)「長岡、説明を」
  _
( ゚∀゚)「……見ての通りですよ。こいつはもう限界です」

言いながら、長岡は破ったカルテを突きつけるようにキュートを指す。
その指示に従い、素直クールがこちらを向く。頭のてっぺんからつま先まで、
時間をかけてじっくり見られているのがはっきり感じられる。

やがて、素直クールが口を開いた。

川 ゚ -゚)「内藤キュート、あなたはいま、自分がどんな状態であるか気づいていますか」

素直クールからの質問。
どんな状態であるか?
質問の意味が分からず、キュートは返答に窮する。
すると、素直クールは目をつむり、首を横に振った。

215 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 19:50:58 ID:v/2L0mXk0
川 ゚ -゚)「残念ですが、これ以上あなたに杉浦しぃを診る資格はないようですね。
     後は長岡に任せ、ゆっくり養生なさい。長岡、彼女のエスコートを」
  _
( ゚∀゚)「仕方ないですね」

返事をするやいなや、長岡の手がキュートに掛けられた。
がっしりと筋肉のついた太い腕。
有無をいわさぬその腕力に、小さなキュートが適うはずもなく。

その差は正しく大人と子供。
必死の抵抗もまるで意味をなさず、キュートの身体はいともたやすく引きずられてしまう。

o川;゚Д゚)o「待ってください!」

引きずられるまま、キュートは叫ぶ。
引きずられるキュートを、素直クールが睥睨する。

川 ゚ -゚)「……進級のことが心懸かりですか? でしたらその心配は杞憂です。
     先に長岡が言ったように、悪いようには致しませんので。
     あなたは十分に働いたと、陣内院長にも口添えしておきましょう」

o川;゚Д゚)o「そういうことじゃありません! 説明を、説明をしてください!」

川 ゚ -゚)「何の説明が必要でしょう。
     あなたの目的は、精神科への進級を認めさせることであったはず。
     目的が達せられた今、これ以上あなたがここにいる理由はない。違いますか?」

216 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 19:52:07 ID:v/2L0mXk0
それ以上話すことはないという意志を表明するように、素直クールは背を向ける。

彼女の言い分は、たぶん正しい。

私が杉浦しぃの治療に参加したのは、あくまで進級のため、精神科医になるためにすぎない。
もし初めから何の傷害もなく精神科に進めていたならば、間違いなく私はここに来ていない。

目的の果実を渡されたいま、素直クールが言うように、私がここにいる理由はない。
大学に戻って勉学に励み、そして私は精神科医となり、復讐を果たす。
それでよい。それが私のすべてなのだから。

すべて――だった。

でもいまは、もう、それだけではないのだ。
復讐の源泉となった存在。私の存在理由。
奪われたはずのパパが、確かな実感を伴い現前しているのだから。

そして、もはや理解している。
杉浦しぃが触媒なのだと。
彼が私とパパをつなぐパイプなのだと。
しぃから離れるということは、つまり――

217 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 19:53:27 ID:v/2L0mXk0
o川  Д )o「……しぃの傍に、いさせてください」

素直クールが、振り向いた。
その枯れ木の肉体からは想像もつかない速度でキュートに迫り、
彼女の顔を両手で、その枯れ枝の手で鷲掴みにした。

鼻と鼻が触れそうな位置で、視線を合わされる。
固定されたキュートの頭は、微動だにできない。
逃げ出すことなどもっての他であった。

だがそんな心配をするまでもなく、キュートは怪老の凝視を受動した。
勢いに呑まれ、受動する事以外の何も、行う余裕がなかった。

川  - )「魔境に囚われてしまいましたか」

急に身体の拘束が解かれた。
素直クールの手からだけでなく、長岡の腕からも解放されている。
畢竟、キュートの身体は支えを失い、彼女は尻餅をつく。

218 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 19:54:51 ID:v/2L0mXk0
川 ゚ -゚)「ついてきなさい」

そんなキュートの様子を垣間見ることもなく、
その静的でありながらよく通る声を発した後、静かに歩き出した。
そばに立っている長岡を見上げると、彼も首を振って、素直クールについていくよう促している。

キュートは矢継ぎ早に起こった出来事を整理しきれず混乱を抑えられなかったが、
ひとまず、即座にしぃから離される事態は凌げたものと理解する。

そして今後もしぃのそばにいられるよう交渉することを目的に、
急に態度を変えた素直クールの底意を不気味に思いつつも、その後を追った。


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