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54 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/05/26(金) 06:54:11 ID:ydJcqT4w0
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――ξ゚听)ξ――
背後で轟音が聞こえた。反射的に振り返った私は、視線を上に向けた。
高架橋の上を行く列車は、のどかな休日の昼下がりを数秒だけ別の色に染め替え、
いつになく青く見える空と川の間を切り裂くようにして通過した。
一瞬の出来事だった。その一瞬で、乗客は私が生きるエリアから走り去って行った。
少し羨望を覚える。なんとあっけないことか。けれど、そういうものかもしれない。
あの日、私の感情が爆発したことと同じだ。事を起こすまでに要した時間は実に短かった。
物思いに耽り、立ち止まっていた私を現実に引き戻したのは、再び聞こえ出した少年の掛け声だった。
進行方向へ身体を反転させると、パーカーにジーンズというラフな格好の母が先を行っていた。
やっぱりこちらの方がしっくりくるなと思い、妙に安心してしまう。
母が散歩に出かけようと口にしたのは唐突だった。
断ることに抵抗を覚え、言われるがままについて行った私が連れて来られたのは、この遊歩道だった。
それなりに見栄えがする場所だった。
右手側に見える少年野球の練習が行われている河川敷から登り、
その先にあるこの道は、草が生い茂る傾斜を線引きするかのように石畳が敷かれ、
それに覆いかぶさるように、左手側では葉桜が身をしならせていた。
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55 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/05/26(金) 06:55:13 ID:ydJcqT4w0
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木陰に設置されたベンチには、母親と幼い子供が手を繋いで座っている。
その情景に少し目を奪われていると、挨拶をされてしまい、私は小さく返した。
あまり母の姿を目に入れたくなかったので、元から俯き気味ではあったけど、
気恥ずかしくなった私は頭と地面を平行にした。土混じりの花びらばかりが目に映る。
放任主義で友達感覚の母はあまり叱ることが無い。あんな事件を起こしても同様だった。
しかし、学校側と被害者側に謝り倒す際は、別人のような真剣な姿を見せ、
同伴していた私は流石に罪悪感を覚えた。これも刷り込みというものだろうか。
……駄目だなぁ、本ばかり読んでも。
素直に謝ることがなぜ出来ないのか。
それがトラウマから起因するものとは分かってはいるけど、解決方法が分からなかった。
顔を上げると母の背中が見えた。
少し、呼吸が苦しくなる。
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56 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/05/26(金) 06:56:54 ID:ydJcqT4w0
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ζ(゚ー゚*ζ「中々の快晴だねー、こう、身体を動かしたくなるような」
影を感じさせない母は、どこか見覚えがあるようなピッチングフォームを真似た。
ξ゚听)ξ「……なんで?」
ζ(゚ー゚*ζ「んー?」
ξ゚听)ξ「……なんで怒らないの?」
ζ(゚ー゚*ζ「え」
ξ゚听)ξ「えっ?」
ζ(゚、゚*ζ「ん?」
母は一文字ずつ、擬音のような声を発し、
大げさなジェスチャーで考え込むような素振りを見せた。
ζ(゚ー゚;ζ「……ツンちゃんってなんか悪いことしたの?」
ξ;゚听)ξ「……は?」
訳の分からない言動に、理解が追い付かなかった。
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57 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/05/26(金) 06:57:43 ID:ydJcqT4w0
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ξ゚听)ξ「いや、普通は大問題もいいところじゃない……」
ζ(゚、゚*ζ「普通ってねぇ……ツンちゃんが大暴れする時点でおかしいもん」
ξ゚听)ξ「……モンペ」
ζ(゚ー゚#ζ「あー! また変な言葉使って……。だから本ばっかり読んでちゃ駄目なんだよ」
ξ゚听)ξ「いや本関係ないから」
ζ(゚ー゚*ζ「あるんだなぁ。引きこもって身体が動かなくなるからそうなる。健全な精神にはなんとやらだよ」
ξ゚听)ξ「私これでも結構動けるんだけど」
ζ(゚ー゚*ζ「よし、それならあそこの野球チームに混ぜてもらおう」
ξ;゚听)ξ「えっ!? ちょっと……」
急に私の手を取った母は、河川敷と繋がっている階段をゆっくり下りた後、
グラウンドの方へ声を掛けた。……見知った顔がいる、グラウンドの方へ。
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58 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/05/26(金) 06:58:27 ID:ydJcqT4w0
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ζ(゚ー゚*ζ「へー、あの子ピッチャーなんだね、知ってた?」
ξ゚听)ξ「……知ってたって訊きたいのはこっちなんだけど」
腕を上げた内藤に、私は軽く手を振り返した。
( ;^ω^)「その、ごめんなさい!」
ξ゚听)ξ「なんであなたが謝るのよ」
向かいに座っている内藤は、下げた頭をテーブルにぶつけてしまいそうだった。
ζ(゚ー゚*ζ「ねー、家に来た時からこんなんばっかりだよ」
隣にいる母は、呆れたようにメニューを眺めていた。
早上がりをして着替えを済ませた内藤は、着いたファミレスで腰を落ち着けると、
途端に謝罪を口にした。奇異なものを見る視線を感じたけど、彼は気にもしていないようだった。
ξ゚听)ξ「来たっていつ?」
ζ(゚ー゚*ζ「ツンちゃんがこもってた時」
ξ゚听)ξ「なんで言わなかったのよ……」
ζ(゚ー゚*ζ「どうせ意固地になって出て来ないと思ったからかなー」
悔しいことに正解だった。
誰に呼びかけられても、あの時は反応したくなかった。
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59 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/05/26(金) 06:59:52 ID:ydJcqT4w0
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ξ゚听)ξ「……で、なに? 内藤から美化された私の話を聞いたから怒らなかったの?」
ζ(゚ー゚*ζ「成り行きを聞けたのは嬉しかったけど、そこは別に変わらないんじゃないかな」
( ^ω^)「……良いお母さんだお」
ξ゚听)ξ「頭が軽いだけよ」
ζ(゚ー^*ζ「大正解」
母は持っていたメニューを離し、空いた手でパチパチと拍手をした。
ξ゚听)ξ「……ほらね」
( ^ω^)「おー……」
内藤の顔は変わらなかったけど、どこか苦笑しているようにも見えた。
ξ゚听)ξ「……あの、今更だけど、私の方こそごめんなさい。
迷惑をかけた……というより、今もかけているわね。
面倒なやつにつきまとわれてるって風評は消えないだろうし」
私のような大人しい人間が問題を起こすと、謂れのない噂が雪だるま式に膨らみ、
謝罪を繰り返していく内に投げかけられる言葉は辛辣になっていった。
自分で蒔いた種だから、弁解する気も無かったけど、腹が立たなかったと言えば嘘になる。
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60 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/05/26(金) 07:00:47 ID:ydJcqT4w0
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( ^ω^)「……まあ、そうかもしれないお」
いつになく落ち着き払った内藤は、ゆっくりと言葉を紡いだ。
( ^ω^)「でも、それ以上に嬉しかったから良いんだお」
どういう反応をすればいいのか分からなかった。
ストローを吸い、ドリンクバーで注いだジュースを飲んだ。
しばらくしてから口を離し、息を一つ吐く。少し気が静まった気がする。
けれど、隣に良くない視線を感じた。母がにやけている。私は睨みで返した。
ξ゚听)ξ「……あなたって、野球とかしてたの?」
私はなにかを誤魔化すように、別の話を始めた。
( ^ω^)「まあ、それなりにだお」
ζ(゚ー゚*ζ「それなりでピッチャーなんて有望だなぁ」
ξ゚听)ξ「ピッチャーってそんな凄いの?」
ζ(゚ー゚*ζ「大体は一番上手い子がやると思うよ」
内藤は照れ臭そうにしている。あながち間違いでもないらしい。
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61 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/05/26(金) 07:02:54 ID:ydJcqT4w0
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ζ(゚ー゚*ζ「やっぱりゆくゆくはモララーみたいに! とか思うの?」
( ^ω^)「……確かに憧れの選手ですけど、どうしてモララー?」
ζ(゚ー゚*ζ「あっ、まあ、ちょっとね……」
ξ゚听)ξ「ファンなんでしょ」
たまに母が野球中継を観ていることを思い出した。
さっき真似していたフォームの既視感は、そこにあるのかもしれない。
ζ(゚ー゚*ζ「ファンというか……うーん、難しい。まあ甲子園といえばモララーの世代だったからねぇ」
( ^ω^)「ああ、なるほど」
ζ(゚ー゚*ζ「当時はもう王子様扱いだったもん」
ξ゚听)ξ「王子様ねぇ……」
あのどこかに連れ去ってくれるような、ファンタジーな存在。
現実にいるとも思えない。私には到底理解出来ない。だから。
( ^ω^)「……おっ」
ξ゚听)ξ「そんな柄にも見えないけど」
内藤を見ながら、つい強い口調で否定をしてしまった。
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62 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/05/26(金) 07:03:53 ID:ydJcqT4w0
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( ^ω^)「おー……」
ξ;゚听)ξ「あっ、違う、そうじゃないの!」
ζ(^ー^*ζ「あはは! ツンちゃんひどーい」
ξ#゚听)ξ「ちょっと黙ってて」
私は感情の制御が随分下手くそになっていた。
ζ(゚ー゚*ζ「あのね、内藤君。ツンちゃんがこんなに慌ててるってことは本当にそうじゃないからね、多分」
そのことを察したのか、母は言い聞かせるような声で話した。
ξ゚听)ξ「多分は余計」
ζ(゚ー゚*ζ「いーや、必要だよ」
母からは、ゆるいようで、はっきりとした意思を感じた。
珍しいと思った。けれど、不思議だとは思わなかった。
ξ゚听)ξ「そんなに凄いの? その、モララーって人」
話題がモララーという選手に戻ったのは、ある程度料理に手を付けた後だった。
ζ(゚ー゚*ζ「どうなんだろうね。専門家から見るとどうなの?」
( ^ω^)「専門家じゃないですけど……多分、超一流とかそういう選手じゃないお。だけど、とにかくかっこいいんだお」
ζ(゚ー゚*ζ「かっこいいよねー」
ξ゚听)ξ「かっこいい」
間抜けな復唱が三回続いた。
本当に、曖昧でしかない表現なのに、私は妙にその選手が気になってしまった。
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63 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/05/26(金) 07:04:46 ID:ydJcqT4w0
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ζ(゚ー゚*ζ「……ツンちゃん?」
ξ゚听)ξ「えっ?」
ζ(゚ー゚*ζ「口をポカーンと開けてちゃ勿体ないよ。折角かわいいんだから。ねぇ、内藤君」
( ;^ω^)「おっ!? ……え、えっと」
ζ(゚ー゚*ζ「なーんてね。あっ、そういえば思い出したんだけどさ、モララーって来週の日曜日に投げるんだよね」
母の言葉を聞いた内藤は、なにかを思い付いたように頬を掻いた。
( ^ω^)「……あの、実は、その日は僕も投げるんだお」
内藤はゆっくりと、けれども芯がある声で言った。
( ^ω^)「良かったら、君に見に来て欲しいんだお。野球とか、つまらないかもしれないけど」
ξ゚听)ξ「つまらなくなんてないわよ。あなたが投げるなら」
一瞬、空気が固まった気がした。
ξ゚听)ξ「……どうしたの?」
ζ(゚ー゚*ζ「……あー、今のツンちゃんは悪いことしたね」
ξ゚听)ξ「なんでよ……」
ζ(゚ー゚*ζ「なんででも」
母はまた笑っていたけど、今回は不快に感じなかった。