ワンダーランドではないようです

その3

41 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/05/21(日) 21:36:19 ID:pRmr/vW.0
――ξ゚听)ξ――


あの漫画は面白かったと伝えるところまでは良かった。
懲りずに私の席まで来た内藤も嬉しそうにしていたし、自分も悪い気はしなかった。
けれど、その後に感想を続けると、途端に彼は困惑し始めた。

ξ゚听)ξ「えっと……なにかおかしいことを言ってしまったみたいね」

触れたことの無いジャンルだったせいか、感覚がずれていたらしい。

( ;^ω^)「おかしいというか……僕と見てるものが違うお」

ξ゚听)ξ「どういう感想が一般的なの?」

( ;^ω^)「そもそもそんな深く考えて読んでないお。まあ、主人公がかっこいいとかは思うけど」

ξ゚听)ξ「……そんなものかしら?」

( ;^ω^)「そんなものなはずだお! ……いや、自信無くなって来た」

内藤は語尾を萎ませ、右手で自分の髪を荒く擦った。

声と身体を使い、分かり易く喜怒哀楽を表す彼は、
私には到底理解出来ない存在ではあったけど、見ていて退屈はしなかった。
しかし、意図せずとも振り回してしまい、内藤を悪目立ちさせるのは良くないと思った。

42 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/05/21(日) 21:38:20 ID:pRmr/vW.0
ξ゚听)ξ「とりあえず、落ち着いて」

私は立ち上がり、内藤の頭に掌を添えた。
彼は一瞬身を震わせたけど、この前のように振り解くことは無かった。

( ;^ω^)「……だから、それはやめてくれお」

その代わり、弱々しい言葉で私に抗議した。
あまり嫌がっているようにも見えないのだけど。

それでも彼が戸惑っているのは確かなので、私は「ごめんなさい、つい」と言った。

ξ゚听)ξ「……どうしたの?」

内藤は少し驚いたような表情をしている。

( ^ω^)「……いや、なんでもないお」

ξ゚听)ξ「……そう」

引っ掛かるものはあったけど、特に追及はせず、私は手を離した。

( ^ω^)「……えっと。ちょっと次の授業の準備をしてくるお」

すると内藤は、そそっかしい様子で自分の席へ戻って行った。
私は再び引っ掛かりを覚えたけど、呼び止めることはしなかった。

43 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/05/21(日) 21:39:37 ID:pRmr/vW.0
内藤が去ってしばらくすると、私の耳が妙な音を拾い始めた。
その正体はクラスメイトである彼らの騒ぎ声だった。
いつもなら環境音でしかないのに、現在は聞き流すことが出来なかった。

彼らの方へ視線を向けると、からかわれている内藤の愛想笑いが歪んでいた。
普段は軽い冗談で済んでいるのだろうけど、今日はやけにしつこく絡まれている。

それを見た私は、海辺の岩がひっくり返される様や、
塩漬けされた魚の缶詰が開けられる様を連想してしまった。

デジャヴを感じた。汚いものが色として可視化されている。
数年前の経験が修復することは不可能だと告げている。

44 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/05/21(日) 21:41:00 ID:pRmr/vW.0
毒を持って毒を制すという言葉を思い出した。なんかの本で出てきた言葉だ。
怒りにまかせて敵を殴り倒す主人公を思い出した。この前読んだ漫画で見たシーンだ。
後者の方が鮮明に思い出せたのは、最近見たものだからだろうか。……違うなぁ。

私は単純に気持ちいいことがしたいだけ、そう気づいた時には既に立ち上がっていた。
数人に囲まれている内藤の席へ向かうと、彼らは私にも同じような言葉を使い始めた。
周りを確認する。近くには誰も座っていない。とても都合が良かった。

私は、無人の席から拝借した椅子を振り回した。

45 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/05/21(日) 21:41:58 ID:pRmr/vW.0
――( ^ν^)――


夜の高速道路を攫って来たガキと駆け巡る。
大半の人間は経験しないシチュエーションだが、あまり異常な事態に思えない。
助手席の少女に俺の平衡感覚は壊されてしまったらしい。

ξ゚听)ξ「あの、帰るのすごい面倒だと思うんですけどいいんですか?」

( ^ν^)「だからてめーが言い出したんだろうが」

ξ゚听)ξ「すみません」

( ^ν^)「今更謝んなよ」

なんで連れ去った子供に謝られないといけないのか。
これもストックホルムなんたらか、と浅い知識が浮かんだが、
こいつは最初からこんなもんだな、と一瞬で思い直した。

46 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/05/21(日) 21:43:55 ID:pRmr/vW.0
車間距離にゆとりがある内に、ハンドルの横にある缶コーヒーを取った。
緩みそうになる気を張り直そうとして取った行動だったが、
そもそもこの状況で気が緩みそうになるのは異常だった。

ある種の解放感があったのかもしれない。
昼間の日差しも、それに照らされる新緑の季節も、やはり俺には毒でしかない。
街の営みをただの煌びやかな景色に変換し、橙色に染まる、この道ぐらいが丁度良かった。

しばらく無言が続くと、癖でセットしたCDに耳を委ねるようになった。
もがき続けているようなボーカルの声が、今日はやけに響いた。

ξ゚听)ξ「あの」

( ^ν^)「ん?」

ξ゚听)ξ「生きてて良かったと思ったことってありますか」

( ^ν^)「……凄い失礼な質問じゃね」

ξ゚听)ξ「すみません」

( ^ν^)「だから謝んなって」

常備しているタバコに手を伸ばそうとしてやめた。

47 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/05/21(日) 21:46:05 ID:pRmr/vW.0
( ^ν^)「まあ、あったな。……一瞬だけ」

こんな事態に陥ったのも、その一瞬が引き金だった。

ブームをアルコールに見立て、酔狂は一瞬だと馬鹿にしていた俺の方が、
未だにデレの気まぐれに囚われているのは皮肉なものだった。全てが的外れだ。

( ^ν^)「お前は?」

ξ゚听)ξ「え」

( ^ν^)「……だから、お前はあるのか?」

言った後に、ガキになにを訊いているのかと思い直し、一瞬詰まったが、
ここまでおかしい……変わっている人間になるのは相応の理由があるように感じた。

ξ゚听)ξ「……気持ちよかったことはありましたね」

( ^ν^)「……なんだそれ」

ξ゚听)ξ「実に野蛮な話なんですけど、私、暴力沙汰を起こしたんです」

( ^ν^)「……は?」

ξ゚听)ξ「引きました?」

引くというよりはよく理解出来なかった。
華奢な少女の口から、暴力沙汰という言葉が出ることが。
こいつをまともな物差しで計れないのは今更なのに、殴られたような衝撃があった。

48 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/05/21(日) 21:49:16 ID:pRmr/vW.0
( ^ν^)「……で、続きは」

まともに言葉を拾えるか疑わしくなり、CDを取り出した。、

ξ゚听)ξ「要は切れ散らかして? からかう人間を殴り倒したんですよ。
最中は気持ちよくてしょうがなくて……とか、まあ、そんな感じですね」

( ^ν^)「まずお前が切れ散らかすところが想像出来ない」

ξ゚听)ξ「自分でも驚きましたね。……いや、そうでもないか」

( ^ν^)「どっちだよ……」

また無言が続いた。さっきと違い、気まずい空気を感じた。
少し息苦しくなった俺は、適当なCDを放り込み、気を紛らわすことにした。
一々面倒だったが、型落ちの車には外部プレーヤーを接続する箇所が無かった。

ξ゚听)ξ「やっぱり駄目ですね。私の内面も、どうしようもないほどに汚い」

少女は自虐した。
淡々とした声だったが、音の波に埋もれることは無かった。

( ^ν^)「正直気持ちは痛いほど分かるけどな」

俺を虐げたあいつらを殴り倒せたら、と思ったことは一度や二度では無かった。
だが、結局思うだけだった。夢の中では復讐出来ても、現実では何も出来ない。

今考えれば、デレの近況を見た際に爆発した感情には、
そんな自分に積み重なった嫌気も多分に含まれていたのかもしれない。

49 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/05/21(日) 21:50:15 ID:pRmr/vW.0
ξ゚听)ξ「誘拐犯に共感されるとかおしまいじゃないですか?」

( ^ν^)「……笑えるわ」

タバコとライターを取り、窓を開けると、切り裂かれた夜風が車内を舞い、
歪んだギターやしゃがれ声と奇妙なアンサンブルを奏でた。
腐るほど流した音楽が、やけに新鮮に聴こえた。

少しだけ涙がこぼれそうになる。
誤魔化すように、口に含んだ棒に火を点けた。

「……変な質問いいですか」

「なんだ」

「サンタクロースとか嫌いですか」

「大っ嫌い」

「……やっぱりおしまいだなぁ」

騒音の中に、微かな笑い声が混じった。

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