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243 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 20:19:36 ID:pIqRYV1Y0
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7月14日11:10:48 聞屋デレ
その日は、とても不思議なことが起きた。
美譜小学校に通っているデレは、
クラスの友達と一緒に遊んだり、勉強をしたり。
いつもと同じことをしていたはずだった。
日常が崩れたのは、給食前の時間のこと。
一人、二人と騒ぎ始め、
いつしか教室は大騒ぎの大混乱の渦中にあった。
ζ(゚ー゚;ζ「みんな、どーしたの?」
デレの声は誰にも届かない。
泣く子、怒る子、消えてしまった子。
めまぐるしく変わる光景に、彼女の目もぐるぐる回る。
ζ(゚д゚;ζ「なに、なにが、おこってるの?」
いつもだったらすぐに飛んできてくれる先生もやってこない。
1秒ごとに変わる世界に、デレの目には涙がたまり始める。
誰かに助けを求めようと、
彼女がとっさに取り出したのは母親が持たせてくれた緊急用の携帯電話。
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244 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 20:20:42 ID:pIqRYV1Y0
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数度しか使用したことのないものだが、
現代っ子の嗜みとして、使い方はしっかりと把握している。
デレは短縮ダイアルで母の電話番号を呼び出すと、
縋るような気持ちで耳を押し当てた。
ζ(>、<;ζ「おかあさん……!」
コールが鳴る。
騒がしい教室の声と音にかき消されそうになりながらも、
一度、二度と携帯から音が鳴り、通話が繋がった。
「デレ! あなた、大丈夫?」
ζ(゚ー゚;ζ「お、おかあさん!
へんなの! みんな、おかしくて……!」
焦ったような母の声。
電子に変換された音の背後には、
教室と似たような騒ぎ声がある。
どうやら、母の方も大変な騒ぎになっているらしい。
「落ち着いて、とにかく、お父さんのところに行くの。
お母さんもすぐに向かうから。
場所はわか――」
ζ(゚ー゚;ζ「……おかあさん?」
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245 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 20:21:20 ID:pIqRYV1Y0
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騒がしい音が、一瞬で静まり返る。
叫び声や泣き声だけではなく、
大好きな母の声すら、世界から消えてしまった。
ζ(゚ー゚;ζ「ねぇ、おかあ、さん」
しん、とした携帯電話に何度も声をかけるが、
たった一音の返事すらない。
ζ(゚ー゚;ζ「みんな……?」
そろり、と顔をあげ、周囲を見る。
数人のクラスメイト。
見知らぬ大人の姿。
混乱に混乱を重ねたような泥沼の光景は確かにそこにある。
だが、先ほどまでのような苛烈さはない。
ζ(゚ー゚;ζ「どうして、じっとしてるの?」
誰も動かず、話さない。
古い床一つ軋ませず、彼らはただそこに居るだけだ。
暴力的な恐ろしさこそないけれど、
中途半端な体勢で静止している姿には不気味な恐ろしさがある。
ζ(゚ー゚;ζ「お、おへんじ、してよ」
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246 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 20:22:22 ID:pIqRYV1Y0
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弱々しい声に返ってくるのは沈黙ばかりで、
デレが望むようなものは何もない。
状況説明どころか、共に混乱してくれる者すらいないのだ。
ζ(゚ー゚;ζ「どうしたら、いいの?」
彼女は震える手で携帯電話を強く握り締める。
職務を放棄して沈黙を守るそれは役に立たぬゴミに等しいが、
母と最後まで繋がっていた、という点がある限り、
幼いデレの心を支える役割を持つ。
ζ(゚ー゚;ζ「ヘリちゃん」
悲鳴のような声を上げて泣いていた友人に声をかける。
頬に流れた涙さえ動きを止めており、
大粒のそれが太陽の光を受けて柔らかく光っていた。
ζ(゚ー゚;ζ「フォックスせんせ?」
何をしても反応のない友人を諦め、
いつの間にやら消えてしまった担任を探す。
緊急時には信頼の置ける大人を頼りにする、という意識が、
日々の学校生活や両親からの言葉によって形成されていたのだ。
ζ(゚ー゚;ζ「せんせ、どこ?」
廊下を覗くがそこに探し人の姿はない。
そもそも、いるのは生徒ばかりで、
教師を含め、大人の姿というものが見当たらなかった。
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247 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 20:23:06 ID:pIqRYV1Y0
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ζ(゚д゚;ζ「せんせー」
こうなれば、担任以外でもいい。
そう判断したデレは、恐る恐る廊下へと足を踏み出す。
彼女の教室に先生はいない。
ならば、隣のクラス、上級生、下級生の教室を見て回らなければならない。
ζ(>、<;ζ「だれか、たすけて」
ものをよく知らぬ子供でも、
現状が異常であることはわかる。
動かぬ人々と、夏場の昼とは思えぬ静けさ。
これらをもって、異常と判断できないのは、
赤子か痴呆老人か、眠ったままになっている人間か。
少なくとも、自我とまともな思考回路を持った者でないことは確かだろう。
ζ(´、`;ζ「おばけさん、でてこないでください」
デレは胸元で携帯電話を握り締めながら、
そろりそろりと足を進めて行く。
大昔の人間が、理解の及ばぬ現象を妖怪や精霊、神の仕業にしたように、
幼い子供はお化けのせいにしたがるものだ。
クラスの中でも臆病な方に分類される彼女は、
この異常事態を「お化け」の仕業である、と判断したらしい。
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248 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 20:23:36 ID:pIqRYV1Y0
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ζ(゚ー゚;ζ「せんせー」
極力、音をたてないように注意して扉を開ける。
そっと覗き込んだ隣の教室は、
見事にデレのクラスと同じ状況だった。
何度か遊んだことのある子の姿を見つけ、
声をかけてみるけれど、やはり返事はない。
ならば次、と、恐怖心を抱きながらも彼女は気丈に行動していく。
一つずつ教室を開けては覗き、
知った顔を見つけては言葉を投げ、肩を叩くが、
結果はどれも同じものばかり。
教師の姿を見つけることができた時もあったのだが、
子供達と同じく彼らからの返答もない。
ζ(>、<;ζ「どうしよぉ」
デレは同級生の子供達と比べれば、賢く、しっかりしている。
しかし、緊急時に自己判断が出来る年齢ではない。
まだまだ親や教師の庇護が必要な彼女に、
現状の分析と行動を求めるのはいささか無理が過ぎること。
神もそれを察したのだろう。
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249 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 20:24:41 ID:pIqRYV1Y0
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ζ(゚ー゚*ζ「……じかん、とまってる、の?」
かつて、ジャンヌ・ダルクへ与えたように、
神はデレへ天啓を授けた。
本来ならば、自身がその可能性にわずかでも、
無意識であったとしても、気づくことで初めて得られる本能からの回答。
過程を飛ばして降り注がれた答えは、
長くも短い1秒を有意義に使いなさい、というお達しだ。
ζ(゚ー゚*ζ「せかいが、おわ、る?」
デレはその場に座り込む。
突如として与えられた知識は、
彼女の小さな頭で処理するには時間がかかるようだ。
ζ(゚ー゚*ζ「わたしは、いま、ひとり」
緩慢に首を動かし、右を左を見る。
静かな世界に動くものはなく、
正しく彼女が一人きりであることを証明してくれた。
ζ(゚ー゚*ζ「……おわったら、どう、なるの?」
真実は残酷だ。
必ずしも人を救済するものではない。
ζ(゚ー゚*ζ「しんじゃう、の?」
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250 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 20:25:16 ID:pIqRYV1Y0
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ぱちり、ぱちり、と目を瞬かせ、
少しずつ情報を噛み砕き、理解していく。
まだ人の死と直面したことのない彼女ではあるが、
学校で飼っている動物や、道徳の授業を通し、
命の尊さと絶対的な死という概念に対する認識は持っていた。
そこから導き出される答えは、
小学生に突きつけるべきではない程に、
恐ろしく、残酷なものだ。
ζ(゚д゚;ζ「し、んじゃうの?
わたし、しんじゃうの?」
勢いよく立ち上がった彼女は、
混乱を如実に表現するがごとく、
その場で右往左往し始める。
ζ(;д; ζ「うそ、うそ。
だって、しんじゃうって、こわいよ。
そんなの、おかしいよ」
目から涙がポロポロと零れだす。
止めることなどできやしない。
ζ(;д; ζ「どうして、なんで。
せかいがおわっちゃうってなに?」
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251 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 20:26:52 ID:pIqRYV1Y0
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とめどない涙は彼女の頬を伝い、
廊下へと落ち、小さな水溜りを作っていく。
ζ(;д; ζ「ヘリちゃんも、でーちゃんも、
みんな、これをしってたの?
だから、ないちゃったの?」
思い出されるのは、教室で見た友達の表情。
恐怖であったり、混乱であったあり、
細部は違えども、誰もが涙を零し、
助けを呼んでいたようだった。
ζ(;д; ζ「わたし、すききらい、しないよ?
おとうさんとおかあさんのいうことだって、
ちゃんときくから」
助けてほしい。
殺さないでほしい。
幼い子供が命の対価として支払えるのは、
日々の生活で「良い子」であることだけ。
純粋無垢な願いにはひと欠片の邪念だってない。
心優しき人間であれば、
彼女の涙と思いに心動かされることもあっただろう。
だが、神は違う。
既に下された決定を変えることは決してない。
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252 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 20:27:44 ID:pIqRYV1Y0
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ζ(;д; ζ「おねがい、します」
嗚咽を漏らし、
零れる涙を何度も何度も拭う。
残酷な回答を得たときのように、
神からの返事を待ち、
彼女はお願いを続けた。
ζ(;д; ζ「わがまま、いいません。
クリスマスも、たんじょうびも、
プレゼントほしがったり、しません」
友達と遊ぶ明日を疑ったことなどない。
帰ればおかえり、と言ってくれる母の声が消える時のことなど、
大好きな男の子と会えなくなってしまうことなど、
デレは考えることなく、今日までを生きてきた。
ζ(;д; ζ「だから、たすけてぇ」
とうとう、彼女は身体を丸め、
地面にうずくまってしまった。
外敵から身を守ろうという本能だろう。
ζ(;д; ζ「お、かぁ、さん」
厳しくも優しい母だ。
デレが困ったときにはいつだって助けてくれる。
今回も、母がいればきっと、どうにかなるはずだ。
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253 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 20:28:21 ID:pIqRYV1Y0
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親への絶対的信頼を持ってデレは携帯電話を握る。
自分はまだ子供だから、
わからないことも、できないこともたくさんある。
けれども、母ならば、大人ならば、
この絶望しかないような終わりから助けてくれるはずだ。
ζ(;д; ζ「……あ」
携帯電話を抱きしめ、思い出す。
母は言っていたではないか。
ζ(;д; ζ「お、とうさんのとこ、いかなきゃ」
小さな体に力をたくさんこめ、
彼女は上半身を持ち上げる。
ζ(う、;*ζ「おかあさんも、いくって、いってた」
詳しいことは知らないけれど、
デレの父親は研究者、というものをやっているらしい。
賢いところはお父さん似ね、とデレは親戚からよく言われていた。
ζ(゚ー゚*ζ「きっと、おとうさんなら」
抱えきれぬほどの期待と羨望を胸に、
ボロボロになってしまった心はどうにか気持ちを持ち直す。
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254 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 20:29:09 ID:pIqRYV1Y0
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立ち上がったデレは、
すぐさま駆け足で下足室へと向かう。
上履きで外へ出ては駄目だと教師達はいつも言っていた。
ζ(゚、゚*ζ「おとうさんのおしごとばって、
たしかあそこだったよね」
父の働く研究所には何度か行ったことがある。
理由として一番多いのは、忘れられた弁当を届けに行くことだったが、
彼が早く帰れる、と言った日がたまたま小学校の短縮授業と被っていれば、
母と共に歩いて迎えにいったりもした。
道順は忘れていないし、
子供の足でもそれほど問題なくたどりつくことの出来る距離だ。
ζ(゚ー゚*ζ「よし!」
お気に入りの靴へ履き替えて外へ出る。
強い太陽光がデレの腕と顔、足を焼く。
美譜小学校には制服がないため、
彼女は半袖半ズボンという装いだ。
ζ(゚ー゚*ζ「おとうさん、まっててね!」
彼女は地面を蹴り上げ、校庭を駆ける。
一刻も早く、父に、母に会いたかった。
涙こそ止まっていたけれど、
彼女の心はまだまだ不安と恐怖で一杯なのだ。
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255 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 20:29:41 ID:pIqRYV1Y0
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ζ(゚ー゚;ζ「ひー」
学校を飛び出してしばらく進んだところで、
デレは息をきらせて立ち止まっていた。
正真正銘の全速力だ。
長時間、維持し続けられるようなスピードではない。
ζ(>ー<;ζ「おっかしいなぁ」
彼女の想像としては、
風のように町を駆け抜け、
父のいる研究所まで一直線のはずだった。
しかし、そこは子供の考えること。
自身の体力やトップスピードを無視した夢物語的な想像であって、
現実的であるとは到底言えやしない。
結果、彼女は無茶な予定から脱落し、
壁に寄りかかって息を整えることになっている。
ζ(゚ー゚;ζ「ちょ、ちょっとゆっくり、いこう、かな」
涙で乾いた目元に汗が流れ落ちると、
少しひりひりと痛んだ。
ζ(゚ー゚;ζ「あ、すいとう、もってくればよかったなぁ」
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256 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 20:30:19 ID:pIqRYV1Y0
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夏の暑さにデレは呟く。
学校に置いてきてしまったピンク色の水筒には、
冷たい氷と麦茶が入っている。
炎天下の中で飲む冷えた麦茶は美味しい。
喉から胃へ、そして全身まで冷気が伝わってくるようなあの感覚は、
今の季節だからこそ楽しめるものだ。
寒い冬になってしまえば、
楽しむどころではなくなってしまうし、
何よりも飲料は冷えたものから暖かなものへと変化してしまう。
ζ(゚ー゚;ζ「しっぱいしたなー」
目の上に手をかざし、
デレは進行方向を見る。
道中もそうであったが、
先の道にも人影がちらほらとあり、
全員がこの1秒の中に存在していない。
ζ(゚、゚*ζ「……へんなかんじ」
目の前の光景がお化けによるものではないこと、
父に会えば胸の中から湧き上がってくる恐怖を払拭できると確信していること。
二つの要素が組み合わさることで、
彼女は少し冷静に周囲を見ることができるようになっていた。
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257 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 20:30:50 ID:pIqRYV1Y0
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大きい人も小さい人も、
男も女も、誰も彼もが固まり、
素の表情を見せている。
ζ(゚ー゚*ζ「きゅうけい、おーわりっ!」
ぴょん、と跳ねるようにして第一歩目を踏み出す。
息を整えたデレは、走ることを止め、
ゆっくりと、しかし着実に研究所へ向かうことを選んだ。
すれ違う人々の顔を覗きながら行けば、
彼らの殆どが恐怖や焦りの表情を浮かべている。
ζ(゚、゚*ζ「おとなのひとでも、こわいっておもうんだ」
いつも見ている大人の表情とあまりにも違う。
デレの目に映る彼らは、動揺することなど殆どなく、
冷静で真面目で、優しい。
人としてこうあるべき、という模範解答のような存在だった。
それが今ではどうだ。
涙を流し、喚き散らし、悲壮に暮れる大人の多いこと。
ζ(゚、゚;ζ「……おとうさん、だいじょうぶ、だよね」
こういう大人もいるだけだ。
父は違う。
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258 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 20:31:21 ID:pIqRYV1Y0
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信じなければ、足が動かなくなってしまう。
そう直感したデレは頭を振りかぶり、
可哀想な大人達から目をそらした。
ζ(゚ー゚*ζ「あ、ネコさん」
花壇の中でネコが心地良さ気に丸くなって眠っていた。
首輪はなく、野良猫であるようだ。
ζ(゚ワ゚*ζ「かわいいねぇ」
軽く頭を撫でてやれば、
ごわごわとした毛の質感が伝わってくる。
どうやら、この猫は美意識が低いらしい。
ζ(゚ー゚*ζ「ちゃんとけづくろいしないとダメなんだよー」
時間が止まっていて良かった、と思う初めての瞬間だった。
警戒心の強い野良猫は見知らぬ人間に身体を触らせなどしない。
平常時であれば、ここまで近づくよりも先に、
猫が花壇から立ち去ってしまっていたことだろう。
ζ(゚、゚*ζ「ネコさんはせかいがおわるってしってるの?」
眠る猫からの返事はない。
ζ(゚ー゚*ζ「しってて、おひるねしてるのかな」
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259 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 20:34:19 ID:pIqRYV1Y0
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猫が何処まで知っているのか、
あるいは、知ることになるのか。
答えを教えてくれる者はいない。
しかし、神の子から外れて間もないデレにはわかってしまう。
太陽のもとで眠る猫は、世界が終わるその瞬間まで、
いつもと同じように生きているのだろう、と。
ζ(゚ー゚*ζ「すごいねぇ」
日々を精一杯に歩む彼らは、
世界が明日終わろうと、一年後に終わろうと、
後悔も一大決心もしない。
在るがままに生き、死ぬのだ。
生物として、これほどまでに潔く、
美しい在りかたはないだろう。
デレはうっとりとした表情を見せる。
思いを言葉にする力を出れは未だ持たないけれど、
胸の内側に生まれた気持ちだけは大人のそれと遜色ないものだ。
ζ(゚ワ゚*ζ「またね」
未来が来ると信じている気持ちと共に、
彼女はその言葉を動かぬ猫へ向けた。
そうして名残惜しげに最後にひと撫でし、
ゆっくりとその場を離れて父のもとへ足を進めていく。
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260 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 20:35:02 ID:pIqRYV1Y0
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緑のある小道を抜け、
大きな道路のある場所へと抜ける。
周囲には大きなビルが建ち並び、
申し訳程度の街路樹が道を彩っていた。
ζ(゚ー゚*ζ「くるまにちゅうい、だよね」
道を渡る前には律儀に左右を確認し、
手を上げて小走りに行く。
動く車がないから、という事実を理由に、
安全確認を怠る発想はないらしい。
ζ(゚ー゚*ζ「あとちょっと、もうちょっと」
軽いリズムに乗せて楽しげに歌う。
ここまでくれば、研究所は目と鼻の先だ。
気持ちが喜びの色に染まるのも無理はない。
ζ(゚ワ゚*ζ「おっとうさん、おっとうさん!」
長い1秒が与えられていなければ、
彼女は父と再会することなく、その命を終えていただろう。
デレが神に感謝を抱くことはないけれど、
一時の幸福を感じられたというのならば、
慈悲には意味があったのかもしれない。
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261 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 20:35:45 ID:pIqRYV1Y0
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ζ(゚ー゚*ζ「あっ! おとうさんのじだ!」
道行く人の視線を射止めるために設置されているショーウインドウ。
幼い子供とはいえ、女性であるデレは、
飾られている服や鞄、靴に玩具。
それらに目を惹かれながら歩いていた。
ぼんやりと流れてゆく風景の中、
ひどく見覚えのあるものを見つけ、
彼女は足を止める。
【世界の終末。
長い1秒。
誰かいるのなら、ここへ文字を】
汚れ一つなかったであろうガラスに、
黒いインクが付着していた。
それが描く文字は、デレの父親の筆跡によく似ている。
ζ(゚、゚*ζ「……の、い。
か、いるのなら、ここへ、もじ? を?」
漢字が多く使われた文章だ。
ほんの少しであれば漢字も読めるデレだが、
書かれた言葉の意味を解する程の知識はない。
疑問符をつけながら読んでみるけれど、
父が書いたのであろう、ということがわかっただけだ。
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262 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 20:36:27 ID:pIqRYV1Y0
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ζ(゚ワ゚*ζ「あ、こっちはよめる!」
【います。ぼく、ここに、います】
【ボクは、アサピー】
幼さの残る誰かの文字は、
全てひらがなで書かれており、
容易く読むことができる。
ζ(゚ー゚*ζ「おとうさん、このことおはなし、してたのかな?」
小さな手が父と幼い誰かの文字に触れ、
順々にたどるようにしてなぞってゆく。
【ぼく、ぎこ】
どうやら、幼い誰かはぎこ、という名前らしい。
文字が書かれている高さから考えるに、
デレと同年代であろうことが予測された。
ζ(゚ー゚*ζ「ぎこくん、か」
この辺りの子だろうか。
実は同じ小学校に通っていたり、
もしかすると、次の春に入学してくる子だったりするのかもしれない。
浮かんでは消える想像に、
彼女の頬は緩む。
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263 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 20:37:10 ID:pIqRYV1Y0
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見たことも、会ったこともない子。
自身の父と文字を通して言葉を交わしている、
字の雰囲気からみて、おそらく男の子。
彼に会ってみたい、とデレは思った。
ζ(゚ー゚*ζ「これが、うんめい?」
夢見がちな乙女は、
黒いインクにだって胸をときめかせる。
きっと、父に言えば大事になるに違いないから、
母にだけこっそりと教えてあげるのだ。
そうして、いつかどこかで出会い、
文字を見たときから運命に気づいていたよ、と言う。
ζ(´ワ`*ζ「へへへ……」
そこから始まるハートフルな恋愛模様を想像し、
デレの表情はますます緩む。
運命、という単語には、それだけの力があるのだ。
ζ(゚ワ゚*ζ「まっすぐで、つよいじ。
わたしは、すっごくふあんなのに」
この1秒間の中で、何度、心が折れそうになったことか。
両親という心の支えを持ったところで、
不意に襲いくる恐怖の全てを消し去ることはできない。
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264 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 20:38:14 ID:pIqRYV1Y0
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けれど、ガラスに書かれた文字は違う。
へたくそで、歪な文字ではあるけれど、
強い意志と力を感じさせてくれる。
【ギコくん、ボクは世界のために、もうすこしがんばります。
へんじをくれて、ありがとう】
ζ(゚ー゚*ζ「おとうさんもがんばってるんだよね」
ぎこにあわせ、殆どがひらがなで書かれた文章を読み、
デレは小さく息を漏らす。
彼女の父は、彼女が思った通りの人であった。
その安心感から出た吐息だ。
ζ(^ー^*ζ「せかいはおわらない!
がんばってたら、ぜったいにむくわれるんだ、って、
おかあさんいってたもん!」
努力を続ける人間がいるのであれば、
世界が終わる道理はない。
ζ(゚ー゚*ζ「よーし! じゃあ、はやくおとうさんに会いにいって、
おてつだいをしないと!」
荷物運びでも、実験でも、お買い物でも。
出来る範囲のことをやろう。
そう決心したデレは、勢いよく駆け出した。
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265 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 20:38:55 ID:pIqRYV1Y0
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故に、彼女は気づかない。
父の残した言葉の下に、
戸惑うような、縋るような文字が残されていることに。
【まって】
【どこにいくの】
【ひとりはいやだよ】
【おかあさんはどこ?】
【ねえ】
【もういないの?】
【また、ひとりなの?】
問い掛けに応えるように書かれていた文字とは違い、
これらはとても小さなものだった。
不安に揺れる気持ちがそうさせたのだろう。
一文が増えるたび、
書き手の力が失われていったらしく、
文字は下がる一方で、
最後には地面とそう離れていない高さに書かれていた。
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266 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 20:39:41 ID:pIqRYV1Y0
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悲しい結末を知らぬデレは軽快なリズムで地面を蹴り、
父親のもとへ向かって行く。
ζ(゚ワ゚*ζ「おとうさん」
人も、物も、展示も全て無視して走り続け、
狭くはないけれど、人通りは少ない道へと入る。
後は真っ直ぐ進むだけ。
もう、研究所の概観が見え始めていた。
ζ(゚ワ゚;ζ「おとうさん……!」
足が地面につく。
その振動を体全体で感じるたび、
彼女の胸が軋みだす。
ζ(;ワ; ζ「おと、うさん……!」
ゴールを目前に、
頑強であれ、と勤めていた胸に緩みが生じたのだ。
運命のときめきも、
強い安堵と湧きあがる不安に挟まれ、
すっかり見る影もない。
-
267 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 20:40:17 ID:pIqRYV1Y0
-
――そして、秒針が1つ、進む――
ζ(;д; ζ「おとうさん!」
勢いのまま、研究所の扉を開ける。
本来ならば部外者の侵入を防ぐため、
警備員がいるはずなのだが、この状況下だ。
既に姿はなく、正面玄関は無防備に晒されていた。
( "ゞ)「おや、デレさん」
ζ(;д; ζ「デ、ルタ、さん……?
あれ、なん、で」
えぐえぐと涙を零している少女は、
時の流れが戻ったことに頭がついていっていないらしい。
白衣を着た男を前にして、不思議そうに首を傾げる。
ミセ;゚ー゚)リ「あぁ、間に合って、良かったわ」
ζ(;д; ζ「……お、かあさん」
ミセ;゚ー゚)リ「ごめんね。遅くなっちゃって」
-
268 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 20:40:47 ID:pIqRYV1Y0
-
続いて現れたのは、
息を切らしている母、ミセリだった。
瞬きをしている間に姿を見せたということは、
彼女も少し遅れて1秒間を体験していたらしい。
( "ゞ)「ミセリさんまで……。
ここへは――」
ミセ*゚ー゚)リ「夫に会いにきました。
お役には立てませんが、
傍にいるくらいは許してもらってもいいでしょ」
( "ゞ)「……えぇ。もちろんですとも」
さ、早く、と白衣の男は二人を誘導する。
ミセ*゚ー゚)リ「状況がよくわからないなりに、
あなたをここへ誘導できて良かったわ」
廊下を早足で行きながら、ミセリはしみじみと呟く。
一歩間違えれば、我が子だけを放っていくところだったのだから、
安堵の気持ちも大きいのだろう。
ζ(゚ー゚*ζ「ちゃんとひとりでこれたよ」
ミセ*゚ー゚)リ「えらいわね」
先頭を歩いていた男が一声かけて扉を開ける。
その先にいたのは、待ち望んだ父の背中だ。