最期に与えられた1秒間達のようです

7月14日11:10:40 欝田ドクオ

216 名前: ◆ClQdFJYDPw[] 投稿日:2017/08/23(水) 19:50:14 ID:pIqRYV1Y0
  
7月14日11:10:40  欝田ドクオ



少なくとも、彼にとって、この世界というのは優しいものではなかった。

('A`)「……」

高校を卒業後、大学への受験に失敗。
一年間の浪人期間を経て、
無職の引きこもりへと化した。

('A`)「ざっこ」

遮光カーテンによって太陽から隔離された室内は、
常に一定の温度を保っており、
四季の移り変わりどころか、朝と夜の変化さえ存在していない。

薄暗い部屋を照らすのは、パソコンのモニターのみ。
画面の中は、多人数で殺し合いをするオンラインゲームが表示されている。

('A`)「初心者プレイ乙ーっと」

稼働時間の殆どをゲームに充てている彼の勝率は非常に高く、
慣れていないのだろうことが容易に推察されるプレイヤー程度ならば、
食事をしながら倒すこととて苦はない。

217 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 19:51:50 ID:pIqRYV1Y0
    
('A`)「ゲームの世界でならオレだって……」

呟いてみるが、現実は現実だ。

軽快に戦場を駆け抜けようにも、
ここ数年、碌に外出もしていないドクオでは、
蝿が止まるような速さしか出ないことは必然。

銃を手に入れたとしても、
反動ですっ転ぶのがオチだろうし、
ナイフ一つ持たせてみたところで、
相手の皮膚をわずかに切り裂く程度にしかならないだろう。

('A`)「どっかの小説みたいに、
   異世界転生とかして可愛い女の子とイチャイチャしてぇよ」

パソコンの画面を落とし、
漫画やラノベで溢れたベッドへと突っ伏す。
耳を済ませれば外の声が薄っすらと聞こえてくるが、
様子を見よう、という気は全く起きない。

このまま昼寝でもしようか。
ドクオが考えたときだ。

ゲームアプリを起動させる時以外、
殆ど使われることのないスマートフォンがラインの通知音を半分程度響かせ、止まった。

218 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 19:53:31 ID:pIqRYV1Y0
  
('A`)「んだよ」

中途半端な音に気づくことのなかったドクオは、
のそり、と腕を伸ばし、冷えたスマートフォンに触れる。

('A`)「あ?」

だが、画面は暗いままで、
どこを押そうが、何をしようがロック画面さえ見せてはくれない。
充電がなくなったのか、と考え、
ケーブルを挿してみるが反応はなし。

(;'A`)「壊れたか?
    うっそだろー」

引きこもりであるドクオの財源は両親の給与だ。
修理一つにしても、彼らの顔色を窺い、タイミングを見計らい、
精々申し訳なさそうな顔をしてみせる必要がある。

たったそれだけ、と思われるかもしれないが、
意外とこういった演技というのは難しいうえに、神経を使う。

('A`)「せめて新型が出るまではもってくれよー」

そう言いながら、再度ボタンを押してみるが、
やはり反応はない。

('A`)「チッ。しゃーねぇなぁ」

219 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 19:54:22 ID:pIqRYV1Y0
  
乱暴に頭を掻くと、
白いフケがふわふわと室内を舞う。
思えば、ここ一週間ほど風呂に入っていない。

('A`)「……ついでにシャワーでも浴びるか」

記憶に間違いがなければ、今の季節は夏のはず。
もしも、万が一、自身で携帯ショップへ行く必要が出た場合、
店員に白い目で見られることは避けたかった。

('A`)「かーさん、いる?」

部屋を出て、真っ先にリビングへと向かう。
母のパートがいつ休みであるかを把握していないため、
所在の確認から始めなければならないのだ。

('A`)「……いない、っと」

母の返事も姿もない。
どうやら、今日は出勤日であったらしい。

食事は彼女が働きに出ていようがいまいが、
朝の段階で三食分、部屋の前に置かれているため、
こういった用事でもなければ母の仕事を意識することさえなかった。

('A`)「夕方には帰ってくる、よな」

220 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 19:55:49 ID:pIqRYV1Y0
  
ならば先にシャワーでも浴びようか、と考え、
風呂場へと向かい、服を脱ぐ。
見れば、肩の辺りにもフケが付着しており、
清潔感とはかけ離れた場所にいることが一目瞭然だった。

('A`)「あったけぇお湯で肩のこりもちっとは治るかねぇ」

一日中、前傾体勢でパソコンと睨めっこをしているため、
ドクオの体はあちらこちらが硬くなっており、
軽く腕を回しただけでもバキバキと骨が嫌な音をたてる。

本当ならば湯船に浸かったほうが疲れは取れるのだろうけれど、
久々の入浴とあって、風呂をため、湯に入る、という行為が面倒に思えてならなかった。
シャワーのみでも充分に汚れがとれるのだから、と、ドクオは蛇口を捻る。

('A`)「……おい」

一度、二度と回すが、
お湯も水も、ほんの一滴すら出てくる様子がない。

(#'A`)「んだよ! 断水してんのか?」

日頃は風呂に入れぬことを気にしないどころか、
その時間をゲームに充てずしてどうする、という思考のドクオであるが、
入ろうと思ったときに入れぬ、というのは多大なストレスになるようだ。

苛立ちに任せ、散々暴言を吐くが、
それで水が出るはずもなく、
結局、彼は下着と服を洗濯されていたものへ変えただけに終わる。

221 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 19:56:35 ID:pIqRYV1Y0
  
(#'A`)「断水するならするって伝えとけよな。
    役にたたねぇクソババアめ」

予定が狂ってしまったことに対する憤りは収まらない。
たとえ、母親が親切に断水を伝えにきてくれていたとしても、
彼は暴言の一つ、二つを吐いて追い出していたであろうことには目を瞑る。

('A`)「あー、久々にテレビでも見るか。
   マスゴミ様のお仕事もたまには拝見してやらんとな」

嘲るような口調は、少しでも他者を見下しておきたいという願望の現われだ。
無職であっても、視聴者を騙しているような連中よりはマシなのだ、と。
狂った思考を抱くことでしか自分を保つことができない。

('A`)「……あ?」

リモコンのボタンを押すが、反応はない。
電池でも切れたのかと思い、
本体についているボタンを押してみるが、
やはり電源が入ることはなかった。

(#'A`)「壊れてんのか?」

荒い口調で吐き捨ててからふと思う。
両親にとって、テレビは貴重な情報収集源であり、
他者とのコミュニケーションを図るために必要なものだ。

それが壊れたのならば、ドクオの部屋にまで聞こえるほど騒ぐだろうし、
すぐさま修理の人間を呼ぶか、新品購入の検討が始まるはず。

222 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 19:57:08 ID:pIqRYV1Y0
  
(;'A`)「……何か、変じゃね?」

じわり、とドクオの身体を嫌な予感が侵食する。

断水など、ここ数年であっただろうか。
スマートフォンが壊れるような予兆はあっただろうか。
テレビの買い替えのためにお金が必要になる、というような会話はあっただろうか。

(;'A`)「いや、気のせいだろ。
    久々に部屋から出たからそう思うだけだ」

頭を振り、フケを落としてからドクオはリビングを出る。
つまらないワイドショーの一つも見れないのならば、
その場に留まる理由はない。

自身の王国たる部屋に戻り、
再びゲームにでも興じるほうが精神衛生上、健全だ。

('A`)「たまにはフリゲーでもしよう。
   シングルプレイも乙なもんだし」

散らかり放題の部屋はドクオを暖かく受け止めてくれる。
彼を責めるモノも、追い詰めるモノもない。
あるがままに在れる、そんな空間だ。

不信と不安を煽るばかりであった外の世界と違い、
この場所でならゆっくりと息を吸い、心を落ち着けることもできる。

223 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 19:57:35 ID:pIqRYV1Y0
  
('A`)「……」

パソコンの前に座り、電源ボタンを押す。
嫌な予感がした。

(;'A`)「……?」

ゆっくりと押し込み、指を離すが反応はない。
カチリ、という音が聞こえるだけで、
他はファンが回る音すら聞こえてこなかった。

(;'A`)「おいおい、嘘だろ?」

水道はいい。
テレビもいい。
スマートフォンもいい。
だが、パソコンは駄目だ。

これまで奪われたとなれば、
先の人生をどう歩めばいいのかすらわからない。

(;'A`)「働かないことに痺れを切らせたクソジジイが回線を切ったか?
    いや、そうだとしてもパソコンの電源はつくはず」

焦りで手が震えた。
何か、説明のつかない事態が起こっている。
そんな気がしてならない。

224 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 19:58:48 ID:pIqRYV1Y0
  
(;'A`)「あ、停電か?
    それだったらテレビやパソコンがつかねぇのもしかたない」

よく耳を済ませてみれば、
二十四時間稼動体勢に入っているクーラーも沈黙している。
未だ室内が冷えているため、気づくのが遅れてしまった。

(;'A`)「何だ。それだったら仕方ねーや。
    いや、教えとけよって話しだけどさ」

乾いた笑い声を上げる。
本当は気づいているのだ。
停電などではない、ということに。

(;'A`)「しっかしまいったな。
    停電ってことはゲームもできないし」

外の様子は見ていないが、
近くで落雷があったのならば振動や音でわかる。
何らかの要因で電線が切れたというのならば外からざわめきが聞こえるだろう。
状況によっては、業者が家々を回ってくることだって考えられる。

そのどれもが、現状に当てはまっていない。
耳をすませてみれば、外は異様なほどに静かで、
いつもは耳障りに思えてならない声の一つすら聞こえてこないのだ。

異常、としか言いようがない。

225 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 19:59:28 ID:pIqRYV1Y0
  
(;'A`)「水も電気もないなんて、原始時代かっつーの」

迫り来る嫌な気持ちをどうにか振り切ろうと、
ドクオはカーテンに手をかける。
何気ない、いつか見た日常がそこにあれば、
安心して漫画やラノベを読むことができる、と。

(;'A`)「夏場ってのがクソだよな。
    数時間もしたら茹で蛸になって死んじまうんじゃね?」

数センチ、カーテンを開く。
途端に差し込んでくる強烈な光は、
ずいぶんと拝んでこなかった太陽のものだ。

思わず目を細めるが、
瞳を突き刺してくる光の強さは電球なんぞとは比べ物にならず、
彼の瞳はあまりのダメージに、
外の景色をぼんやりと写すことしかできなかった。

それでも、少し時間が経てば慣れるのが人間というもの。
弱ったドクオの瞳も徐々に視界をクリアにさせていく。

(;'A`)「外、変わってないな」

微々たるところに変化はあるものの、
大まかに見れば、引きこもる前に見た風景と同じものがそこには広がっていた。

226 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 20:03:15 ID:pIqRYV1Y0
  
('A`)「あぁ、昔はここからブーン達を見下ろしてたんだっけ」

高校時代の友人はとても気の良い奴で、
受験に失敗したドクオのことをよく心配してくれていた。

遊びに、あるいは勉強をしに家を訪ねてきてくれた時、
ドクオはいつも自室から彼を見下ろし、
笑みを向けていたはずだ。

('A`)「……今は社会人だっけか」

二度目の受験に失敗した際、
ブーンは我がことのように悔しがってくれていた。
心優しい彼を素直に受け入れることが出来ず、
酷い暴言を吐き散らかしてしまったのは苦い思い出の一つだ。

一方的な喧嘩の後も彼は度々、家を訪れてくれたのだが、
気力も希望も失ってしまっていたドクオは門前払いをし続けている。
そう、今もまだ、彼は時折ここを訪ねてきてくれているのだ。

何となく入れてみたラインには、
アドレス帳に登録されていた数少ない友人達の名前が連なっている。
ブーンもその一人で、今も彼からは数ヶ月に一度はメッセージが送られてきており、
引きこもりながらもドクオは旧友の近況を大よそ把握していた。

('A`)「ツンにプロポーズしたのかねぇ」

幼馴染であるツンと付き合い始めたのは、
まだドクオが一度目の受験勉強をしていた頃のはずだ。

227 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 20:04:39 ID:pIqRYV1Y0
   
違う大学に進学した二人は、
喧嘩をしてドクオを巻き込むこともあったが、
上手くやっているように見えた。

実際、そうだったのだろう。
ドクオのトーク画面には、
婚約指輪を買ったが、
どのタイミングで渡せばいいのかがわからない、という内容のメッセージが入っているのだ。

外にさえ出れていない身に喧嘩を売っているのか、と問いかけたいところだが、
ブーンはそういう人間ではないことをドクオは良く知っていた。
本当にアドバイスが欲しいだけなのだろう。

('A`)「アイツならいつでも良いだろ、って久々に返信してやったら、
   もっと真剣に考えて欲しいお! つってたっけか」

顔を合わせて会話しようとは思えないけれど、
声が聞きたい、と思ってしまった。

('A`)「オレも人恋しいのかねぇ」

無為に時間が浪費されていくたび、
世界の終わりを願う。
一人で死ぬよりも、誰かと逝きたいと思ってきた。

('A`)「……でも、オレはやっぱ駄目な人間だわ」

228 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 20:05:15 ID:pIqRYV1Y0
  
(-A-)「愛よりも、憎しみの方がどうしたって強くなる」

そっとカーテンを閉める。

('A`)「この世界はクソだ」

部屋を出て、台所へ。

('A`)「あんなに頑張って頑張って、
   二度目なんて、殆ど勉強勉強の毎日だったのに、
   第一志望どころか、第二志望にも滑ってさ」

一本、包丁を抜き取った。

('A`)「そりゃ、もう何もできねーだろ。
   就職つってもさ、受験に失敗した高卒のガキ、って目で見られるんだろ?
   耐えらんねぇよ」

鈍い銀色をした刃は、
ドクオの母がよく磨いでくれているらしく、
柔らかな肉ならば大した抵抗もなく切れそうに思える。

('A`)「ボロクソな毎日で、誰かを恨まなきゃやってらんなかった」

大学を恨み、親を恨み、神を恨んだ。
同時に、いつかの救済を待っていた。

('A`)「そんな人生のオチが世界の終わりか」

229 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 20:05:49 ID:pIqRYV1Y0
  
外の世界を見たドクオは、気づいてしまった。
駆ける人間が、飛ぶ鳥が、動きを止めていることに。

気づいてしまえばあとはあっという間で、
嫌な予感は全身を駆け巡り、
時間の停止と世界の終わりをうるさいくらいに伝えてきた。

心と脳がどう否定しようとも、
もっと高位の存在が、直接、ドクオに叩き込んでくるのだ。
これが、真実なのだ、と。

(゚A゚)「ふっざけんな!
   オレの人生は何だ!
   玩具じゃねーんだぞ!」

手にした包丁を握り締め、
激しい足音を立てながらドクオは外へ出る。
数年ぶりの外は、生ぬるく、眩しい。

(゚A゚)「こうなりゃ復讐だ。
   オレ以外の人間全てへ、復讐だ!」

どうせ、世界は終わるのだ。
罪深い行為に走ったとしても、
咎めるような人間はすぐ消えてなくなる。

(゚A゚)「先に逝かせてやるよ!
   どうせ、お前も! お前も! お前も!
   オレを嗤っていやがったんだろ!」

230 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 20:06:39 ID:pIqRYV1Y0
  
暑さにひるむことなく、
ドクオは包丁の切っ先を通行人へ向けて回る。

世界の終わり、という、大きな絶望を前に、
長年抱いていた被害妄想が爆発していた。
世界中の人間が自分を嘲笑い、
ゴミのように扱おうとしている、と。

(゚A゚)「殺してやる!
   死ね! 世界の終わりよりも先に!」

最初のターゲットは女性だ。
この辺りに住んでいる主婦で、
高校に登校する時間、いつも家の前を掃除していた彼女は、
いつも笑顔でいってらっしゃい、と言ってくれていた。

(゚A゚)「どうせ、外に出てこなくなったオレを蔑んでるんだろ!
   さっさと死ねばいいと思ってるんだろ!」

歯を食いしばり、鈍い音を出す。
優しい彼女を疑う自己嫌悪と、
現実と錯覚する程の強さを持った被害妄想の狭間で、
彼の心が悲鳴を上げた音だ。

(゚A゚)「うわああああ!」

包丁を振り上げ、勢いのままに首を狙う。

231 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 20:08:21 ID:pIqRYV1Y0
  
(゚A゚)「――あ」

肩で呼吸をするドクオが見たのは、
吹き出る血でも、倒れる女性の姿でもない。

(;゚A゚)「は、マジ、かよ」

時間を止めた人間の身体というのは不思議なもので、
触れれば柔らかく、弾力があるというのに、
悪意を持って振り下ろされる刃物の侵入は阻むようだった。

ドクオが向けた切っ先は皮膚を数ミリも傷つけることなく、
肌の直前で静止してしまっていた。
まるで薄いバリアでも張られているような感覚だ。

(;゚A゚)「じゃあ、お前!」

次は見知らぬ子供。
傷つけやすそうである、という部分によって選ばれたターゲットであったが、
結果は先ほどと同じ。

包丁はわずかの傷も作ることなく、
アスファルトで固められた地面に落ちた。

(;'A`)「人は殺せません、か」

俯き、その場に座り込む。。
言い表せぬほどの脱力感がそこにあった。

232 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 20:09:07 ID:pIqRYV1Y0
  
(;'A`)「そりゃ、そうか」

この時間は、あくまでも慈悲深い神による贈り物だ。
お優しい神様は、自身の預かり知らぬところで散らされる命を見捨てやしないだろう。

('A`)「じゃあ、時間停止セックスもできないんだろうなー」

子孫繁栄は生物の常とはいえ、
世界の終わりが目前まで迫っているのだ。
生まれる命どころか、着床にすら至れない。

世界で最も信者を抱え込んでいる宗教の神は、
快楽のための性行為を禁じていたはずだ。

終わりをもたらす神がどこの誰かは知らないが、
創世を司っているらしいことがぼんやりとわかってしまっていたので、
慣れ親しんだよろずの神の一柱でないことは確かだろう。

('A`)「童貞くらい捨てときゃ良かった」

ドクオは地面に仰向けになる。
時間が止まった世界でも、
空は青く、高く、何処までも澄んでいた。

太陽に熱せられたアスファルトは、
密着しているドクオの身体をあぶるように暖め、
凝り固まった筋肉を柔らかくしてくれる。

233 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 20:10:00 ID:pIqRYV1Y0
  
('A`)「オレみたいな存在に、こんな1秒はいりませんでしたよー」

空へ向かって声を投げてみる。

やりたいことも、やりのこしたことも特にない。
後悔と恨み妬み嫉みがあるだけの人間だ。

長い1秒を頂いたところで、碌な考えを持たないのは、
先ほどの蛮行を見てもらえば神にもわかってもらえるだろう。

(うA-)「……何で、オレってこんな奴なんだろうな」

眩しい光を片手で遮り、小さく呟く。
彼の声には、強い自己嫌悪の色が滲み出ていた。

(つA-)「要領が悪くて、失敗して、嫌になって、
    自棄になって、こんな風になっちまった」

第一志望のレベルを下げていれば、
今頃は一年遅れで社会人になっていたかもしれない。
二度の失敗くらい、と割り切れるような人間であれば、
少しはマシな人生とやらが歩めていたのかもしれない。

全て仮定であり、数多くあった未来の一つだ。
そして、今はもう消えてしまった未来でもある。

(つA-)「努力できる人間であれたなら、
    一歩を恐れない人間であれたなら」

234 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 20:10:50 ID:pIqRYV1Y0
  
臆病で、ちっぽけな人間でなど、在りたくなかった。
抜け出すための術も、力もないのだと内側へ引きこもった自分が憎い。
こちらへ差し伸べてくれている手があったというのに、
それをとる勇気すらなかった自分に反吐が出る。

('A`)「……変わりたい」

もう、遅いけれど。
決心を新たにしたところで、
世界の終わりは緩やかに近づいてきている。

('A`)「死ぬ前、多くの人間が、
   挑戦をしてこなかったことを後悔するらしいけど」

視界に入る青い空。
青々とした木々の葉。
世界が美しいことをドクオは思い出す。

('A`)「オレだって、こんな状況じゃなかったら、
   変わりたいなんて思わなかった」

薄暗い部屋とパソコンの画面。
それだけで完結してしまえるような世界のままだったならば、
彼は悪感情だけをこじらせて時間を潰していっていた。

('A`)「終わってしまうから、
   先がもうないから、そんな気分になれるだけだ」

235 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 20:11:27 ID:pIqRYV1Y0

上半身を持ち上げ、
懐かしの住宅街を見る。

('A`)「世界の終わりが嘘っぱちで、
   また長い未来が与えられたなら、
   オレは先に怯えてまた閉じこもるに違いない」

何処かへ駆ける男がいれば、
視界の端に映る公園には最期の遊具を楽しむ子供と、
それを愛おしげに眺める母親の姿もあった。

皆、それぞれが先が失われてしまったことに背を押されている。
明日に響くから、と走ることを止めず、
家事をしなければならないのだから早く家に帰ろうとも言わない。

('∀`)「人間ってやつはどうしようもねぇな!」

自嘲気味に、しかし、吹っ切れたような爽やかさを伴って笑う。
過去は変えられず、未来はもう既にないも同然。
在るのは今だけだ。

('∀`)「最期なら、終わるその時まで、
   せめて変わったオレでいよう」

立ち上がり、息を大きく吸い込む。
動きを止めた空気は生ぬるく、
心地良さの欠片もないのだが、
ドクオには新鮮なものに感じられた。

236 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 20:12:09 ID:pIqRYV1Y0
  
('A`)「日の光ってのはいいもんだな」

太陽の光を体にめいっぱい浴び、
家の周囲をぐるりと回る。

('A`)「この辺りも、ちょっとずつ変わってるもんだなぁ」

昔は綺麗だった隣の家の壁はすっかりと薄汚れており、
窓からちらりと見えた室内には、
奇妙なオブジェクトが並んでいた。

優しい老夫婦とその息子が住んでいたはずだが、
引きこもっている間に新興宗教にでも魅入られてしまったのかもしれない。

('A`)「あ、いつのまにか鉄棒がなくなってら」

公園へと足を向ければ、
かつて遊んでいた遊具の欠落に気づく。

昨今は子供の安全を守るため、
様々な遊び場が消えているのだとネットで騒がれていたが、
こんな身近でそれを感じられるとは思っていなかった。
彼がいかに外との関わりを遮断していたのかがよくわかる。

('A`)「スズメをこんなに近くで見たのは初めてだ」

公園の隅で雑草を啄ばんでいるスズメは、
思っていたよりも細く、可愛げが半減されているように見えた。

237 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 20:12:52 ID:pIqRYV1Y0
  
ドクオは近所をぐるりと回り、
自然の息吹、営み、人の姿を見て回る。
途中、意味なくゴミを拾い上げ、あるべき場所へ捨ててみたりもした。

(*'A`)「ちょっと楽しくなってきた」

身体を動かすということは、
こうも心地良いことだっただろうか。
生き物の姿は心を癒してくれるものだったか。

彼は緩んだ顔で足を進めていく。
一歩、また一歩と進み、
周囲の風景に心を穏やかにさせる。

静まり返った世界は彼を拒絶せず、
外とドクオが馴染んでいくのを見守ってくれているようにさえ思えた。

('A`)「綺麗だな」

世界は、画面越しにみる絶景何ぞよりも、ずっと綺麗だった。
ただの家や木々、空の青さがこれほどまでに美しいのだと、
古今東西の芸術家達はいつ気づいたのだろう。

それを伝えるための作品をドクオはほんの数点しか知らず、
今になってとても惜しいことをした、と悔やむ気持ちが生まれてきた。

('A`)「もうちょい時間があったら、
   海とかも見に行きたかったな」

238 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 20:14:25 ID:pIqRYV1Y0
  
友人と海へ行って、もう何年も経つ。
あの頃は気づくことの出来なかった美しさが、
そこにもきっとあるのだろう。

('A`)「森とか山とか」

もっと自然を堪能してみたい。
山頂で食べるラーメンに舌鼓を打ってみたり、
森林浴をしてみたり。

('A`)「流氷とかも良いな」

動画では見たことがあるけれど、
実物を目にしたことは一度もない。

('A`)「そうそう、オーロラとかも」

あれは見れるかどうか、一種のギャンブルで、
下手をすれば見ることなく帰宅するはめになると聞いている。
レアリティが高いほどありがたみが増すのは、
自然でもガチャでも同じだ。

('A`)「でも、人工物もいいよな」

今はなき九龍城。
美しい廃墟に今も人の住む都会の絶景。

ドクオの一生をかけても世界の全てを見ることは叶わない。
わかっているからこそ、あれもこれもと夢見心地で口にしていく。

239 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 20:15:02 ID:pIqRYV1Y0
  
('A`)「――だけど、やっぱり最期は」

立ち止まりながらも進み続けていたドクオは、
ぴたりと足を動かすことをやめる。

('A`)「家が一番、ってな」

そう言って見上げた先にあるのは、
愛おしいとすら言えなかった我が家だ。
汚れた壁に、年に数度しか手入れが行われていない庭。

二階の窓には分厚いカーテンがかかっており、
中の様子を想像すらさせない。

何処へ行き、何を感じたとしても、
ドクオにとって最期に在るべき場所は自室しかなかった。

('A`)「ただいま」

久々の運動に足はすっかり震えており、
靴を脱ぐことにすら苦労する。

念のために家の中も回ってみるが人の姿はない。
母も父も戻ってこようと思っていないのか、
己が足では帰ってこれぬ場所にいるのか。

('A`)「そういや、オレ、母さんがどこで働いてるのか知らねぇや」

240 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 20:15:55 ID:pIqRYV1Y0
  
見捨てられたのだ、と言われれば、
それも致し方なし、と思える程度にはドクオも自身の有様を自覚している。
むしろ、最期に抱きしめられでもしたら罪悪感で爆発してしまいそうなので、
どうかこのままゴミのように捨てて欲しいと願うばかりだ。

('A`)「は、オレの部屋、きったねぇ」

自室の扉を開ければ、
ごちゃごちゃと物が散乱している狭っ苦しい空間があった。
日光の差し込まぬ部屋の空気は重く、
ドクオが抱き続けてきた汚い感情が沈殿しているようだ。

ほんの数メートル向こうにある外の世界とは大違いで、
穢れた部屋に足を入れることさえ躊躇してしまう。

('A`)「こんなとこにいたら、
   暗い気持ちにもなるよな」

それでもドクオは腹に気合を込め、部屋へ入る。
パソコンもゲームも漫画も全て無視し、
彼は窓へと一直線に向かう。

('A`)「おりゃ!」

掛け声と共に、カーテンが勢いよく開かれた。
長年動かされていなかったそれからは埃が舞い散り、
日の光を浴びてきらきらと輝きながら落ちていく。

241 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 20:16:35 ID:pIqRYV1Y0
  
('A`)「空気も入れ替えじゃー!」

続いて窓を開ける。
残念なことに、心地良い風は入ってこないけれど、
心なしか部屋の空気が軽くなったような気がする。

('A`)「こっから見える景色も綺麗じゃん」

窓枠に手をかけ、
前のめりになって外を見る。
少し高い位置から見た公園の緑も中々良いものだ。

視界が広がり、
遠くの景色まで薄っすらと見える。

('A`)「良いな」

ドクオは目を細めた。
太陽の光のせいではない眩しさに、
世界を直視できない。

('A`)「世界は、綺麗だ」

蝋燭の炎は、消える寸前が最も大きい。
桜は散る姿が美しい。
世界もまた、終わる少し前に自身を美しく、壮大に見せているのだろう。

('A`)「オレ、生まれてきてよかったよ」

242 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/23(水) 20:18:04 ID:pIqRYV1Y0
  

――そして、秒針が1つ、進む――



生ぬるい風が緩やかに舞い込んでくる。
世界に時間が戻ったらしい。
同時に、中途半端に終わっていたスマートフォンの音がかすかに鳴った。

('A`)「そういや、何だったんだ」

触れてみれば、スマートフォンはあっさりとロック画面を表示してくれる。
充電も殆ど減っていない。

('A`)「……そっか」

ロックを解除し、メッセージを読む。
ドクオは小さく笑い、
返信のため指を動かす。

世界が終わるよりも前に、
友人へ祝いのメールを送らなければならない。


ブーン
 【聞いてほしいお!
  とうとう! プロポーズしたんだお!】


ご丁寧に指輪を嵌めた自撮り写真つき。


('∀`)「おめでとさん! お前らの終わりに幸あれ!」

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