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182 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 22:10:17 ID:YMTol5tc0
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7月14日11:10:30 流石兄者
昨今、屋上への扉というのは閉ざされたままになっているのが普通だ。
飛び降り自殺や事故を防止すると同時に、
外部からの侵入者を防ぐ有効な手段である、というのが理由にあたる。
しかしながら、いつの時代も、
生徒と教師の争い、知恵の絞りあいというものが存在し、
悪い方向で大人の上をゆく子供というのがいるものだ。
(;´_ゝ`)「あっついなぁ……」
(´<_`;)「夏場に屋上で弁当なんて、
正気の沙汰じゃないぞ」
(;´_ゝ`)「しかし、これは伝統だ」
(´<_`;)「何のだよ」
彼らは布藍高校三年の名物双子。
悪戯好きの兄とブレーキ役の弟。
友人にするには良いが、彼氏となると微妙だ、というのが、
女子生徒からの総評だ。
二人の昼食は、雨天時を除き、
三年間、いつもこの屋上だった。
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183 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 22:11:09 ID:YMTol5tc0
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( ´_ゝ`)「自然を感じながらの食事!
それも高所! 美味くないはずがないだろ!」
(´<_`;)「夏は暑く、冬は寒い。
付き合わされているこっちの身にもなってくれ」
弟者は深くため息をつく。
付き合っている自分も自分だ、とは思うのだが、
双子の情か、
何だかんだと面白おかしい日々を提供してくれていることに感謝をしているのか、
どうにも兄者を放っておくことはできない。
こっそり用務員室から拝借した鍵から合鍵をつくり、
屋上へ侵入しているのだが、三年間よくバレなかったものだと思う。
もしかすると、本当は気づかれていて、
目を瞑ってくれているだけかもしれないが、そこに触れるのは野暮というものだ。
( ´_ゝ`)「……ところで、下がやけに騒がしくないか?」
(´<_` )「校庭でもバラバラと走ってる奴らがいるが」
フェンスに近づき、下をみれば、
何人かの生徒が走っている様子が見える。
昼休みに校庭で遊ぶ年頃はとうに過ぎたはずだが。
( ´_ゝ`)「んー?」
悲鳴のような声や、雄たけびは聞こえるものの、
何を喚いているかまではわからない。
兄者は首を傾げる。
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184 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 22:11:59 ID:YMTol5tc0
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( ´_ゝ`)「一度、下に行ってみる、か……?」
提案しようとして、兄者の言葉尻が減速する。
隣にいたはずの弟がいない。
(;´_ゝ`)「弟者?」
先ほどまで確かにいたはずの場所へ手を伸ばすが、
兄者の手が何かにぶつかることはなく、
生ぬるい空を掻くばかりに終わる。
いち早く状況を判断すべく、屋上を出て行ったのかとも思うが、
ここへ繋がる扉は長い年月を経て錆びついており、
気づかれぬように開閉することは困難だ。
少なくとも、扉と兄者が今いる場所程度の距離ならば、
間違いなく軋んだ音が聞こえるはず。
(;´_ゝ`)「かくれんぼか?」
暑さからではない汗を流しながら、
彼はキョロキョロと周囲を見る。
そして、気づいた。
( ´_ゝ`)「何か、静かだ」
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185 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 22:12:32 ID:YMTol5tc0
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騒がしいと思っていた声が消えている。
空に近い分、よく聞こえていた飛行機の音も、
風やセミといった自然の音も。
何もかもが消え去り、真夜中よりも静かな、
無音の世界が広がっているではないか。
(;´_ゝ`)「これはどうなっているんだ?」
改めて周囲を観察してみると、
弟の不在よりも気になる点がいくつか見えてくる。
眼下に広がる校庭にある小さな人の影。
それらは騒ぐことも、走ることもやめ、
ぴたりとその場で静止しているではないか。
屋上からはよく見えないが、
走っている途中のポーズのまま固まっている者も少なくない。
(;´_ゝ`)「時間が止まっている?
そんなことが、ありえるのか」
浮かんだ仮定をすぐさま打ち消すが、
それが真実である、と身体全体が訴えてくる。
この止まった時間は、最期のプレゼントなのだと。
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186 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 22:13:09 ID:YMTol5tc0
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( ´_ゝ`)「……神様からのプレゼント?」
空を見上げ、小さく笑う。
こんな贈り物よりも、
可愛い彼女を与えてくれる方が何十倍もありがたい。
( ´_ゝ`)「需要と供給がわかっていないな。
お前もそう思うだろ?」
隣にある虚空へと語りかける。
――そうだな、兄者。
だが、兄者にはしっかりと弟の声が聞こえていた。
何もなく、触れることすら叶わないその場所に、
弟者の気配を確かに感じることができる。
( ´_ゝ`)「オレとしたことが、少々混乱してしまったが、
さて、これからどうしようか」
唐突に消えた弟に驚き、取り乱してしまっていたが、
これが超常的な力によって引き起こされた事象だというのであれば、
少しは頭も冷える。
常識でものを見るから現実が見えなくなるのだ。
相手が常を越えてくるというのであれば、
こちらもそれなりの心構えというものがある。
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187 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 22:14:08 ID:YMTol5tc0
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気持ちの整理さえついてしまえば後はどうにだってなる。
所在不明の片割れに関しても、
神とやらが関係しているのだと思えば、消えたのではなく、
単純に見えなくなっただけだ、という考えに至ることは容易い。
理屈はわからないが、そんなもの、
時間が止まったこの世界に求めるほうがおかしいのだ。
よって、兄者は傍にいるはずの弟者の気配を探す。
そうすれば、彼を見つけ出すことは難しいことではなく、
空気を介さぬ声さえ兄者は聞くことができた。
( ´_ゝ`)「どうやら世界が終わるらしいぞ」
――軽く言ってくれるな。
双子の神秘、家族の絆か、
これすらも神の御業か。
どちらでも構わない。
大切なのは、与えられた1秒をどう使うか、という点だ。
( ´_ゝ`)「将来における面倒は全てなくなったようだが、
冬に発売予定だったゲームや、
最終回を楽しみにしていた漫画の続きが読めないというのは、
何とも困ったことだな」
――それどころじゃないだろ。
世界が終わるというのなら。
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188 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 22:14:51 ID:YMTol5tc0
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( ´_ゝ`)「正直、彼女は欲しかった」
――オッケー、兄者。そうじゃない。
目に見えぬ弟と聞こえぬ声。
幻聴や勘違いの類でないことは否定できないが、
双子の兄である自身が間違いない、と思っている限り、
これは弟者のものなのだろう。
兄者は情けないような、困ったような小さな笑いを浮かべ、
屋上の扉に手をかけ、力を入れる。
時が止まっている中でも扉は己の使命を全うするつもりがあるらしく、
ぎぎぎと錆びの音を響かせながらも学校内への道を提示してくれた。
( ´_ゝ`)「明日、世界が終わるとしたら」
――確実に終わるようだが?
( ´_ゝ`)「うるさい。そうじゃない。
終わるとしたら、と話したことが何度かあっただろ」
――まあ、究極の選択的な感じで、
定番の議論内容だよな。
修学旅行の夜、眠れないと言いながら、
適当な話題の一つとして、
暇な時の雑談として、こういった話の種を投げたことがあった。
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189 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 22:16:00 ID:YMTol5tc0
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( ´_ゝ`)「お前は何て答えてたっけか」
――さあな。たぶん、美味いもんを食いたいとかじゃないか?
兄者はクラスのマドンナに告白する、だったか?
( ´_ゝ`)「そう言ったときもあったな。
クールさんに告白するんだーって」
今となっては懐かしい話だ。
流石兄弟よりも一つ上の学年であったクールは、
既に布藍高校を卒業し、どこぞの大学に編入しているらしい。
( ´_ゝ`)「こうして、実際に世界が終わることになってしまったが、
思っていた以上に猶予というのはないらしい」
階段を降りてゆけば、
廊下に生徒の影が見えるようになってきた。
――明日、とかいってたのに、
実際はもうすぐ、って感じだもんな。
四階、三階、と階を降りていくが、
目に映る人の姿は常と比べれば非常に少なく、
放課後を過ぎた時、朝早くつきすぎた時の校内を思わせる。
兄者達の時間が止まるより前に世界の真実とやらを知ってしまった者達は、
学校に残ることを拒否し、思い思いの場所へ駆け出して行ったのだろう。
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190 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 22:17:13 ID:YMTol5tc0
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屋上から見えていた、
また、今、廊下で走っている様子の者達は、
周囲の異変からこの場にいてはいけない、と判断できた者だろう。
細かなことはわかっておらずとも、
本能が何かを叫んでいるのかもしれない。
この1秒間において、兄者が世界の終わりを理解してしまったように。
( ´_ゝ`)「神様はせっかちだな」
残りの時間が一日、一週間あるのであれば、
出来ることの幅も広がっただろう。
遠方にいる恋人のもとへ、足を使って駆けつけることができたかもしれない。
積んでいたゲームを消化することもできたかもしれない。
自分以外に誰もいない1秒間と、
世界が動き出したわずかな時間で何を成せというのか。
――無駄に永らえていれば、
混乱と略奪を生む、という心遣いかもしれん。
( ´_ゝ`)「時間が止まる、目の前から人が消える、という事態だけで、
充分すぎる混乱が生まれているだろう。
――オレに言われても。
呆れた顔をしている弟者が目に浮かぶようだが、
彼もこの会話を楽しんでいることくらいはわかる。
いつものことだから、わかるのだ。
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191 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 22:17:48 ID:YMTol5tc0
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( ´_ゝ`)「今の気持ちはどうだ?」
穏やかな顔をして問いかける。
世界が終わると知らされた人間、
それも高校生のする表情ではない。
兄者が浮かべている表情は、
満たされ、達観している者のそれだ。
――どう、とは?
( ´_ゝ`)「何がしたい」
美味いものが食べたいというのならば、
近場のスーパーを荒らしてしまえばいい。
何も知らぬまま作られた惣菜が溢れていることだろう。
彼女が欲しいと心底望むのであれば、
キスの一つや二つくらいなら、
まだ校内に残っている女子生徒で済ますことができる。
――……兄者は。
( ´_ゝ`)「多分、お前と一緒」
とうとう一階へたどりついた兄者は、
下足室で靴を履き替え、外へ出る。
( ´_ゝ`)「やっぱり、家族は揃っていないとな」
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192 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 22:18:46 ID:YMTol5tc0
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世界の終わりを目前に、
自分にはどのような望みがあるのかを考えた。
やりたいこと、見たいもの、味わいたいもの、成したいこと。
数多く浮かぶ欲望の中で、
唯一つ、どうしても捨てることのできないものがあった。
選ばずに終わりを迎えれば、
後悔することが目に見えていた。
それが、家族という存在。
――流石だな、兄者。
オレと同じ答えだ。
( ´_ゝ`)「きっと姉者や妹者も同じように考えてる。
早く家に帰ろうではないか!」
――早退して怒る教師もいないしな。
( ´_ゝ`)「いたとして、誰が学校にいないのかを把握するより先に、
世界が終わっているだろうから問題ない」
――それは問題ないと言ってしまっていいのだろうか。
( ´_ゝ`)「細かいことはいいだろ」
生真面目な弟に笑みを見せてやり、
兄者は校門へと向かう。
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193 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 22:23:38 ID:YMTol5tc0
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――兄者。
( ´_ゝ`)「ん?」
声をかけられたような気がして立ち止まれば、
顔を向けた方向に二人の女子生徒が座っていた。
一つ下の学年である彼女達とは、
委員会活動や学校行事を通し、顔見知り程度の仲だ。
( ´_ゝ`)「渡辺と高岡じゃないか」
二人は花壇に腰掛け、
楽しそうに微笑みながら向き合っている。
周囲の騒然とした状況など、
自分達には一切関係がない、と言わんばかりの様子だ。
――あの二人って仲良かったっけか。
( ´_ゝ`)「普通の友達、って感じだったが……」
兄者が記憶している限り、二人は特別に仲が良いということはなく、
学校で会えば言葉を交わし、都合が合えば複数人で遊ぶ、という間柄だったはず。
顔を仄かに赤らめるだとか、幸せそうな笑みを向けるだとか。
そういった雰囲気は今までの学校生活の中では一切感じられなかった。
( ´_ゝ`)「秘密の百合園、か?」
――下世話だぞ、兄者。
( ´_ゝ`)「何を言う。お前こそ気になっているのだろ?
でなければわざわざ声をかけてきやしなかっただろうに」
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194 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 22:24:33 ID:YMTol5tc0
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からかうようにして言ってやれば、
言い訳をするような、誤魔化すような言葉を弟者は並べ立ててくる。
姿は見えないが、顔を赤らめ、必死になって言い募っているに違いない。
( ´_ゝ`)「まあ、良いんじゃないか?」
――何がだ。
( ´_ゝ`)「秘密であろうと、オレ達の勘違いであろうと、
二人が幸せに終わりを迎えられるというのなら、
オレ達がどうこう言う問題じゃない」
同性愛を否定するつもりはないし、
親よりも友、あるいは恋人を選ぶことに不満があるわけでもない。
ネットの世界や同人誌くらいでしか見ることのなかった光景が、
目の前に展開されていることへの興奮はあれども、
思うところといえばそれだけだ。
――そうだな。
二人が幸せそうなら、それでいいよな。
( ´_ゝ`)「何だ。お前、本当にどちらかが好きだったのか?」
――はあ? そんなんじゃない。
( ´_ゝ`)「怪しいなー」
――馬鹿なこと言ってると置いていくからな!
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195 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 22:25:28 ID:YMTol5tc0
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大股で帰路へついているであろう弟の後を追いかける。
笑いをどうにか噛み殺しながら足を進めているのだが、
おそらく、向こうには伝わってしまっていることだろう。
――笑うな! 違うと言ってるだろ!
( ´_ゝ`)「すまんすまん。だが、面白いことがあれば、
笑うのが人間というものだ」
恋人ができた、というのならば嫉妬の心が生まれただろうけれど、
密やかな片思いだった、そして、告白の前に振られた、となれば、
からかうのにこれ以上ない良質なネタだ。
ついに我慢の限界に達したのか、
兄者は道路の真ん中で腹を抱えて笑い出す。
――兄者!
( う_ゝ`)「わ、笑うな、というほうが、む、無茶だとは、
おも、わないか?」
――むしろ何故笑う!
( ´_ゝ`)「まさか弟が片思いをして、何も言う前に、
振ら、振られるとは、思わなかったも、のでな」
そこまで言い切ってから再び笑い声を上げる。
他人の不幸は蜜の味、というのだから、仕方がない。
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196 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 22:26:24 ID:YMTol5tc0
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――違うと言ってるだろうが!
( ´_ゝ`)「こういう事態になってしまったんだ。
照れくさいなどという概念は捨ててしまったほうが良いぞ」
誰を愛していたとしても、咎められる理由はなく、
恥ずかしいという思いさえも一瞬のうちに消えてしまえる。
何かを隠そうという労力は不必要な世の中になってしまったのだ。
――本当に違うんだ。
( ´_ゝ`)「ほう」
――ただ、少し、
高岡の方が、心配だったんだ。
他者の機微をよく見て、
気にかけることのできる弟者は、
同じ委員会に属しただけの相手にも心を砕く。
兄としてはその長所を褒めてやりたい気持ちでもあったし、
将来、良いように使われてしまうのではないか、という悩みの種でもあった。
( ´_ゝ`)「どうして」
――アイツ、時々だけど、
凄く申し訳なさそうな顔をする時があったから。
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197 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 22:27:32 ID:YMTol5tc0
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快活で、真っ直ぐで、少し騒がしい。
高岡のイメージといえば大体こんなもので、
時折、眉をわずかに下げ、申し訳なさそうな顔をすることがとても気になっていた。
いつだってその表情はこっそりと作られており、
彼女の友人達は世界が終わったとしても知ることのないままだろう。
――たまたま目に入ったことがあって。
それから、意識してみると時々、そういう顔してるな、って。
( ´_ゝ`)「ふーん。あまり想像できないな」
――だよな。オレも初めは白昼夢でも見たのかと思った。
(;´_ゝ`)「お前、それは流石に失礼だと思うぞ」
気持ちはわからないでもないが、と小さく付け足す。
事実、弟者の言うような顔を見たことがない兄者にとって、
高岡の申し訳なさそうな顔、というのは想像上ですら上手く作り上げることができない。
( ´_ゝ`)「ともかく、お前はあの二人のどちらかに、
片思いをしていたわけではない、と」
――その通り。
( ´_ゝ`)「何だ、つまらんな」
――勝手に勘違いしたくせに、
その言い草はなんだ。
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198 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 22:28:02 ID:YMTol5tc0
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通いなれた道を歩く二人は、
片方の姿が見えずとも常と変わりのない雰囲気だった。
馬鹿なことを言い、からかい、ツッコミを入れる。
何処にでもいる普通の男子高校生そのもの。
だからこそ、異常だ。
世界が終わろうとする中で、
突然に与えられた1秒間の中で、
彼らは大きく取り乱すこともなく、日常を歩んでいる。
( ´_ゝ`)「しっかし暑いなぁ」
――今日は三十度を越すらしい。
( ´_ゝ`)「マジか。
ひえー、溶けるー」
カラカラと笑い、日陰を上手く使いながら二人は家へ向かう。
これがテスト週間であったならば、
今日のご褒美とでも銘打ってアイスの一つや二つ、コンビニで購入していたに違いない。
( ´_ゝ`)「あー、海行きたかったな」
――夏休みに入ったら、
皆で行こうって約束してたんだが、
それも、もう駄目になってしまった。
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199 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 22:28:47 ID:YMTol5tc0
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( ´_ゝ`)「歩いていける距離だったら、
今からパーッと行ったんだけどさ」
――電車で一時間だから無理だろうな。
(;´_ゝ`)「夏といえば海。
海といえば兄者様、だったんだが」
――そんな話、生まれてこの方、聞いたことないぞ。
彼らの言葉に悲観の色はない。
あったはずの未来を話題にするだけで、
それが消えてしまったことに対する恨み言は冗談交じりに発せられるだけだ。
( ´_ゝ`)「後は花火」
――お祭りにも行きたかった。
( ´_ゝ`)「妹者を連れてな」
――それが終わったら二学期の始まりだ。
(;´_ゝ`)「嫌なこと言うなよなー」
――学校は嫌いじゃないだろ?
( ´_ゝ`)「……まあ、楽しいけど」
授業と宿題が嫌いなだけで、
学校自体は非常に楽しく通っている。
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200 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 22:30:02 ID:YMTol5tc0
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――姉者達はもう家にいるのかな。
( ´_ゝ`)「さて、どうだろう。
オレ達が最初だったら笑うんだが」
十字路を通り、駄菓子屋の前を行く。
家まではもうあと少しだ。
( ´_ゝ`)「一番心配なのは父者かな」
――仕事だもんな。
父者の職場は、家から徒歩三十分程度の場所にある。
問題なく抜け出していれば、
1秒を使って帰宅することは可能だろう。
( ´_ゝ`)「お前とよく似て、真面目だからな」
――兄者の不真面目は誰に似たんだ?
( ´_ゝ`)「そりゃ、父者じゃなかったら……」
――おっと、それ以上は不味い。
( ´_ゝ`)「時間が止まっているとはいえ、
母者ならそれすら破ってきそうな感はある」
――というか、母者も厳格な人だろ。
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201 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 22:30:41 ID:YMTol5tc0
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悪さをすれば目にも止まらぬスピードで鉄拳制裁をかましてくる母だ。
不真面目や適当とは全くもって縁のない人間だろう。
――本当、兄者はどこの血を持ってきたんだ。
冗談交じりに笑っている弟者であるが、
彼とて真面目なだけの人間ではない。
幼少期は兄者と一緒になって悪戯三昧であったし、
高校卒業が見え始めたこの歳になっても、
友人達と馬鹿なことをして回る瞬間がある。
( ´_ゝ`)「……実はな、オレ」
だが、兄者はその点について言及することなく、
沈痛な面持ちを見せてきた。
最期だからこそ、告げることができる真実がある、とでも言いたげに。
( ´_ゝ`)「弟者」
目には見えないが、きっとそこにいるのであろう弟者へ顔を向ける。
悲しみに彩られた目を彼が見ることは叶わないだろうけれど、
震える声を聞くだけでも表情というのは伝わってくるものだ。
――兄者?
静かに問う。
何か、それ以上の言葉を紡いでしまえば、
途端に何もかもが壊れてしまいそうな気がして。
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202 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 22:31:26 ID:YMTol5tc0
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( ´_ゝ`)「オレ、養子なんだ」
――だとすればオレも姉者も養子になるわ、馬鹿。
真剣な声で発せられた答えに、
すぐさま弟者はツッコミを入れる。
兄者と弟者はどこからどう見ても一卵性の双子であるし、
すぐ上の姉も血の繋がりを色濃く感じられる程に似ていた。
彼がどこからか拾われてきた子であるとするならば、
もれなく弟者や姉者も同じ場所からやってきたことになってしまう。
( ´_ゝ`)「妹者は」
――いや、だって、可愛すぎるだろ。
常識的に考えて。
もごもごと弟者は答えた。
愛おしい妹のことを養子だの何だのとは嘘でも言いたくない。
しかしながら、彼らの妹はあまりに可愛らしい。
細目、垂れ目の家系だというのに、
まん丸な目を持ち、仏頂面ではなくいつも笑顔。
家族の中で誰かが一人、血が繋がっていません、と言われたのであれば、
誰もが妹者のことを見てしまうくらいには、彼女の容姿は特殊だった。
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203 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 22:32:11 ID:YMTol5tc0
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( ´_ゝ`)「馬鹿なことを言っているうちについてしまったな」
あと何年かのローンを残しているらしい一軒家は、
小まめな手入れをしているおかげで壁も庭もそれなりに美しく整えられている。
家族六人で住むには少々手狭な感が否めないが、
それを不満に思うのは年に数回程度のことだ。
――何事もなく帰宅することができたんだ。
喜ぶべきだろう。
( ´_ゝ`)「正論だな」
成す術のない終わりを目前に、
大きなトラブルなどあってたまるものか。
家族と共にいたい、などという、
些細過ぎる望みくらいはまともに叶えてもらわなければ困る。
トラブルが美味しいのは、
連載を長引かせようとしている漫画だけで充分だろう。
( ´_ゝ`)「この1秒がいつ終わるのかもわからんからな」
――どうせなら、直感であとどのくらい
この時間が続くのかわかるようにして欲しかったよな。
( ´_ゝ`)「神様ってのはケチみたいだからな」
兄者はため息をつきながら玄関扉を開く。
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204 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 22:32:40 ID:YMTol5tc0
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( ´_ゝ`)「ただいまー」
――ただいま。
見慣れた玄関には、
家族から兄者達の分を抜いた全ての靴が揃っていた。
( ´_ゝ`)「オレ達が最下位のようだな」
――運がなかったようだ。
既に集まっているらしい家族のもとへ向かうべく、
二人はクスクスと笑いながら靴を脱いでゆく。
( ´_ゝ`)「――あ」
ふと、兄者が顔を上げると、そこには姿見があった。
流石家の女性陣が出かける際に服装をチェックするためのものだ。
彼が物心ついた時には既にそこにあり、
風景の一部として馴染んでいたもの。
( ´_ゝ`)「弟者」
――ん? どうした?
( ´_ゝ`)「見ろよ」
そう言って兄者は、姿見を指差す。
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205 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 22:33:30 ID:YMTol5tc0
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(´<_` )「……鏡は、真実を映し出す。
物語の中のお決まりだな」
鏡の中で、弟者が笑った。
( ´_ゝ`)「お前、ちゃんと隣にいたんだな」
気配のようなものを感じ、
会話までこなしていたというのに、
兄者は驚きの色を滲ませて呟く。
(´<_` )「正直、兄者と話しながら、
これはヤバイ幻聴かもしれん、と思っていた」
( ´_ゝ`)「奇遇だな。オレもだ」
目に見えるもの、科学で証明できるものにすっかり慣れてしまっていた二人にとって、
互いの存在というものを真に確信することは難しいことだった。
学校からここに至るまでの間、
彼らの胸には常に不安と恐怖が寄り添っていたのだ。
わずかな揺らぎを見逃さず、心を蝕むために。
(´<_` )「姿が見えるというのは、
思っていたよりも大切なことらしい」
声は相変わらず鼓膜を揺らさないけれど、
鏡の中にいる弟者の口は、兄者が感じている言葉の通りに動いている。
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206 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 22:34:04 ID:YMTol5tc0
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( ´_ゝ`)「視認できるというのが、
こうも心強いものだとはな」
反射を隔てた会話は味気ないけれど、
何も見えない、現実が幻聴かわからない、という状況と比べれば、
これ以上ない程に喜ばしいものだった。
( ´_ゝ`)「……お前がいて良かったよ」
(´<_`;)「何だ、急に。
気持ち悪いぞ」
(;´_ゝ`)「失礼な」
兄者は一呼吸置いて、
鏡の中の弟をじっと見る。
生まれた時から傍にいる、一番の家族。
( ´_ゝ`)「たぶん、お前まで他の皆みたいに固まってたら、
オレは長い間、混乱したままだっただろうし、
ここまで冷静にたどり着けていたかもわからん」
最終的に、この家へ帰ってくることは間違いないだろう。
しかし、過程は、今とはずいぶん違っていたはずだ。
世界の終わりも、止まった時も、
終わる命さえ、認めることができなかったかもしれない。
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207 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 22:34:56 ID:YMTol5tc0
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分身ともいえる者が、
見えないながらにも感じることができていたからこそ、
兄者は冷静な心を抱いたままにいれた。
(-<_- )「それはオレだって同じだよ」
何せ、双子だ。
一卵性で、遺伝子までそっくりそのままの。
成長し、性格や好みに差が出来たとはいえ、
根本のところは結局、大きく変わりようがない。
(´<_` )「兄者がいたから安心できた。
世界が終わるにしたって、
家族と一緒にいられるなら、と思えた」
広い世界の中で、
独りぼっちにならずにすんだ。
小さななことのように思えるが、
人間が社会性を持つ動物である以上、
誰と共に在れる、というのは、非常に大きな意味を持つ。
(´<_` )「――まあ、彼女がいたら、そっちを選ぶけどな」
( ´_ゝ`)「この野郎」
二人は笑う。
見え透いた嘘をついた弟へ、
兄は軽くパンチを食らわせるような動きをしてみせた。
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208 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 22:35:42 ID:YMTol5tc0
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――そして、秒針が1つ、進む――
(´<_`;)「痛っ」
( ´_ゝ`)「おぉ、ナイスタイミングだ」
(´<_`;)「バッドなタイミングだよ。馬鹿」
時間が進み始めたことにより、
二人は互いの姿を己の目で確認できるようになった。
当然、腕を振れば当たる。
極当たり前の、弟者も兄者もよく知っている世界の法則がそこにはあった。
( ´_ゝ`)「そんなことより、
早くリビングに行くぞ」
(´<_`;)「謝罪の言葉はないのか」
( ´_ゝ`)「お前が家族よりも彼女ちゃんを取ろうとするからだろ」
軽口を叩きあいながら、二人はパタパタと廊下を走る。
残された時間は、きっとそう長くない。
( ´_ゝ`)「ただいまー」
(´<_` )「皆いるよな?」
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209 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 22:36:17 ID:YMTol5tc0
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∬´_ゝ`)「おかえり」
l从・∀・ノ!リ人「おっきい兄者と、ちっちゃい兄者がビリッケツなのじゃー」
@@@
@#_、_@
( ノ`) 「ずいぶんと遅かったじゃないか」
彡⌒ミ
( ´_ゝ`)「間に合ってよかったよ」
リビングに置かれた大きなソファに、
四人は座っていた。
母者の膝の上にちょこんと座っている妹者。
その傍ら、ソファの端に腰掛けているのは姉者だ。
一家の大黒柱たる父者は、愛する妻の隣。
大きいとはいえ、四人もの人間が座るには無理のあるソファだ。
押し込まれるようにして座っているその光景に、
兄者と弟者の入るスペースがあるようには見えない。
l从・∀・ノ!リ人「兄者達はこっちなのじゃー」
可愛い妹者が母の膝から飛び降り、
二人の手を優しく引いてくれる。
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210 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 22:37:01 ID:YMTol5tc0
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兄者は父者の隣、ソファの縁へ。
弟者はソファの背、両親の間に足を入れるように。
(;´_ゝ`)「おぉ……。
乗れるもんだな」
(´<_`;)「せっま! あぶなっ!」
∬´_ゝ`)「ワガママ言わないの」
彡⌒ミ
( ´_ゝ`)「さて、今日は仕事も休みになったことだし、
夕飯は豪勢なものが食べたいね」
@@@
@#_、_@
( ノ`) 「焼肉でもするかい?」
(´<_` )「オレはすき焼きのほうがいい」
( ´_ゝ`)「はーい! オレはやっぱり寿司!」
l从・∀・ノ!リ人「妹者、フランス料理がいいのじゃ」
∬´_ゝ`)「えー? フランスよりイタリアンでしょ」
来ることのない夜について語るのは、
悲壮な終わりよりも日常の延長戦の果てを望むからだ。
暖かな温もりと、隣り合う愛おしい家族。
流石家にとって、これ以上の終わり方は存在していない。