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154 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 21:50:02 ID:YMTol5tc0
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7月14日11:10:22 眉下ショボン
芸術家という職業を選択した場合、
多くの者には多大なる困難が降りかかる。
中でも、金銭に関する問題は重要だ。
専業で営むのであれば、
自身の生活費に加え、
作品を完成させるための資金も必要となる。
どのような作品に仕上がるかにもよるが、
制作費はけして安いものではない。
昼は社員、夜は芸術家という二束のわらじを履いていたとしても、
日々の生活は困窮するばかり、という人間の方が圧倒的に多いのが現実だ。
(´・ω・`)「……うーん、
まだまだボクが求めているモノとは違うなぁ」
太陽の光が差し込む自室で、
額に浮かんだ汗を拭いながらショボンは呟く。
彼の目の前にあるのは一点の彫刻だ。
歪な球体と円錐が組み合わさったそれは、
凡人には理解しえぬ風貌であり、
不気味、という言葉が一般的には適切かと思われるものだった。
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155 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 21:50:37 ID:YMTol5tc0
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(´・ω・`)「もっとこう……。
ボクの熱い気持ちを、天にぶつけるような」
今年で五十路を迎える彼は、
高校を卒業して以来、ずっと芸術家として生きてきた。
理解のある両親のもと、自由に創造の翼を広げてきたのだが、
それは自らを大きく見せるためだけにあるのか、
世間を威嚇するためにあるのか。
ただの一度も羽ばたいたためしがなかった。
(*´・ω・`)「そう! 凡人にも、ボクの作品の素晴らしさが、
心で理解できてしまうような!」
オークションに出品した際の累計入札数はゼロ。
イベントへの持込、SNSによる作品の発信もしてきたのだが、
彼の感性に共感し、作品に値段をつけた人間は一人もないない。
(´・ω・`)「何だか外がうるさいし、
これじゃあ良い作品は生み出せないな」
ショボンはため息をつき、ノミをテーブルに置く。
彼を肯定し続けてくれていた両親は既に亡くなっており、
残された遺産を少しずつ食いつぶしていく毎日だ。
(´・ω・`)「――あれ?
外、静かになった?」
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156 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 21:51:08 ID:YMTol5tc0
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コトン、とノミが机と接する音がしたと同時に、
ざわざわと聞こえていた雑音が消えた。
響くセミの音や人々の声だけではない。
ショボンの自宅にある家電類から聞こえてくるはずの鈍く低い音ですら、
この場所、この瞬間では無音と化している。
(´・ω・`)「何だっていうんだ」
部屋の中からでも感じられる程に強い熱量を持った光は数秒前と変わっていないが、
外の世界で何かしらの変化があったのだろう。
彼は訝しげな顔をしながら窓際に寄り、外の様子を窺う。
(´・ω・`)「……別段、変わったところはない、か?」
毒ガスで人が倒れているわけでもなければ、
異世界に飛ばされ、見知らぬ風景が広がっているわけでもない。
ビルがあり、家があり、公園がある。
毎日見ているままの世界だ。
(´・ω・`)「でも、なら、何でこんなに静かなんだ」
首を傾げ、じっと外を観察する。
集中力がものをいう芸術家にとって、
無音の世界というのは歓迎すべきものだ。
しかしながら、疑問を抱えたままでは良い作品を作ることはできない。
少なくとも、ショボンはそう思っている。
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157 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 21:51:48 ID:YMTol5tc0
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(´・ω・`)「うーん?」
いくら外を眺めても、
頭をこねくりまわしてみても理由がわからない。
無音以外にも違和感はあるのだけれど、
決定的な何かが足りない状態だ。
(´・ω・`)「……ちょっと外に出てみようかな」
近頃は、日々の食事すらデリバリーを利用しており、
碌に外へ出ていなかったため、
炎天下の中に身を晒すことへの不安は大きい。
しかし、わからぬことをわからぬままにしておくというのも、
腰のすわりが悪く、作品に影響が出てしまうのは明らか。
次に出来るものは史上最高の傑作となる可能性がある限り、
最良の環境を整えるのは芸術家としての責務だ。
(´・ω・`)「やっぱり周囲に左右されないためにも、
山奥に引っ越すべきかな。
いや、でも、作品の発送や展覧会開催を考えれば、
田舎は不便極まりない」
ぶつぶつと言葉を零しながら、
ショボンは自室を出る。
残されたのは売れもしない彫刻や絵画、写真に簡単な工芸品。
多種多様、一貫性のないそれらは、
太陽に煌々と照らされながらショボンを見送った。
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158 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 21:52:32 ID:YMTol5tc0
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作品作りに必要な絵の具やペンキ、木材に粘土等々。
両親の部屋や居間を利用し収納されているそれらの匂いを身にまとわせつつ、
ショボンは玄関扉を開く。
(;´・ω・`)「あっつ……」
久々に外へ足を踏み出した後の第一声がこれだ。
食事や材料の配達が来たとき以外、
外へ続く扉を開けることのない彼にとって、
体温と同等の熱を持つ湿気というものは馴染みがない。
少年の頃こそ、外で駆け回りもしたが、
学生を終えて以来のことなので、
殆ど数十年を室内で過ごしていると言っても相違ない生活だ。
(;´・ω・`)「あぁ、早く原因を確認して帰ろう」
肩を落としながらも、
彼はゆっくり一歩を踏み出していく。
(;´・ω・`)「しっかし、本当に何なんだろう」
セミの声すらない、静まり返った世界。
夢か幻か。いずれかである、と告げられれば、
なるほど、と納得してしまうような雰囲気がここにはある。
(´・ω・`)「――あれ?」
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159 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 21:53:10 ID:YMTol5tc0
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珍しくもない街路樹。
道路と車。
人の影。
それらを横目に歩いていたショボンだったが、
不意に、本当に、突然、すっかり近場を見ようとしなくなってしまった目が、
違和感の根源のようなものを映し出してきた。
(;´・ω・`)「ん? んん?」
暑さも一瞬忘れ、
彼は小走りでソレに近づく。
(;´・ω・`)「キ、キミ……」
ソレは愕然とした表情で立ち尽くしている青年だった。
取り残されてしまった困惑と恐怖、悲しみ。
ごちゃ混ぜになった感情を内包したまま、
青年は指先一つ動かそうとしない。
(;´・ω・`)「これは、もし、や」
反応のない青年をしばし見つめた後、
ショボンは周囲へと目を向けた。
先ほどまで当たり前のように受け止めていた人の影。
街路樹と車。
それらのどれ一つとして、動いていない。
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160 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 21:53:47 ID:YMTol5tc0
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(;´・ω・`)「時が、止まっている?」
口にし、自覚した途端、
じわじわと腹の底から直感がわきあがってきた。
これは最期に与えられた長い1秒。
世界に明日はなく、誰も彼もが平等に終わりを迎える。
(;´・ω・`)「は、はは、それって、馬鹿げてる」
震える声でショボンは呟く。
誰かが言っていた終末論。
どれがこんな終わりを予言してくれていたというのだ。
(;´・ω・`)「人が死ぬって、世界が終わるって、
もっと大きくて、凄まじいことのはずでしょ」
人類の力が終結し、
巨悪を打ち倒す。
やりすぎなくらいに大げさで、ドラマティック。
それがショボンの考える終わり、だった。
(;´・ω・`)「こんな、あっけない」
零れた呟きは誰の耳にも届くことなく、
熱せられた空気に溶けて消える。
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161 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 21:54:53 ID:YMTol5tc0
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(´・ω・`)「……いや、馬鹿はボクか」
首を横に振り、考えを改める。
この現状ほど、壮大な終わりなんてあるはずがない。
普遍だと、いつでもそこにあり、
動き続けると信じていた時間が止まっているのだ。
たった一人だけを置いて。
まさに神の御技としか言いようがない。
(´・ω・`)「人間が到達し得なかった場所。
そこにおられる神が終わりを決めた、か」
ショボンは顔を俯け、
黒いコンクリートを見つめる。
視界の端に映る彼の手は、
いつの間にやらしわだらけになっていた。
彼は自身の存在を確かめるかのように、拳を作る。
芸術に目覚めてからの時間は長く、されども一瞬だった。
夢中になって走ってきた日々が、
後、わずかな時間で幕を閉じるという。
(´-ω-`)「酷い話だなぁ」
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162 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 21:55:33 ID:YMTol5tc0
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無意味な時間を過ごしてきたとは思わないけれど、
何かを成せたとも思えない。
作り上げてきたものは何一つとして世間に認められず、
家の中に溜まっていくばかり。
相当に良い言い方をして、売れない芸術家。
悪く言えば、親の遺産を食い潰すだけのゴミ。
ショボンは自身の才能を疑わなかったけれど、
世間一般から見れば、自分が後者として扱われるであろうことを知っている。
(´・ω・`)「こんな世の中は間違ってると常々思っていたけどね。
終わりを望んだわけじゃなかったんだ」
むしろ、と続けようとして、やめる。
文句を言うよりも大切なことに気づいたショボンは顔を上げた。
(´・ω・`)「……最期なら」
何かを作らねば。
芸術家として生きてきた数十年が叫ぶ。
ここで何一つ残さず死んでは名折れである、と。
遺作だ。遺作を作り上げねばなるまい。
そのための1秒だ。
(´・ω・`)「こうしちゃいられない」
身体を反転させ、ショボンは自宅へと向かう。
頭の中は何を作るべきか、という自問自答でいっぱいだった。
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163 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 21:56:13 ID:YMTol5tc0
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世界の終わりとはどのようなものなのか。
全ての生命が終わるだけ、あるいは、人間が滅ぶだけであるならば、
彫刻を創り、いつか生まれるであろう知的生命体に残したい。
地球も宇宙も終わるのであれば、
絵画か、写真がいいだろう。
脆く、崩れやすいそれらは、
終わりに相応しいような気がした。
(*´・ω・`)「そうだな、やはり、絵がいい」
幼少期、ショボンは美術館で見た絵に心を奪われた。
繊細な絵。奇抜な絵。写実的な絵。
いつか自分も、この場所に飾ってもらえるようなものを、と願い続けてきた。
玄関を抜け、各部屋を開けては材料を手にする。
筆と刷毛、ローラーに絵の具、ペンキ、スプレー。
描くための道具を全て集め、
複数の鞄に詰め込んでいく。
(´・ω・`)「もう、ここには戻らない」
鞄を背負い、手に抱え、ショボンは家を出る。
涼しく、住み慣れた家から離れることいに心残りがないわけではないが、
それ以上に強い想いが彼の背中を押す。
(´・ω・`)「最期の、最高の、作品を作り上げてやるんだ」
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164 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 21:56:43 ID:YMTol5tc0
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最期の作品になるのだから、
生み出す場所も重要だ。
人の目に映ることを受動的に待っていては、
誰かに評価されるよりも先に世界が終わってしまう。
(´・ω・`)「やっぱり人の多いところだよね」
この周辺は住宅地で、
日中は少々人の出入りが少ない。
時間が動き出すと同時に人の目に作品を飛び込ませるのであれば、
企業が建ち並ぶような大通りが良いだろう。
ショボンは鞄を抱えなおし、
大通りへ向かって進むことにする。
その間も頭の中では世紀の芸術を作り上げるため、
入念な想像と計画が脳を駆け巡っていた。
この世界で最期の芸術作品になるかもしれないのだから、
妥協は許されない。
(;´・ω・`)「しかし暑い。
これじゃあ、体力がなくなっちゃうよ」
汗を拭い、ため息をつく。
大掛かりな芸術を仕上げるためには、
体力が必要不可欠。
(´・ω・`)「そうだ、公園を抜けていこう」
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165 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 21:57:35 ID:YMTol5tc0
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公園には木々が植えられており、
良い具合に太陽を遮ってくれている。
さらに、ツツジの木を掻き分けてゆけば、
大通りへの近道にもなっているのだ。
(´・ω・`)「普段ならできないけど、
今なら誰に見咎められるわけでもないし」
木陰をを通れば、
わずかながら涼しさがある。
風が吹いていればよかったのだが、
時間が止まっている今、それに期待することはできない。
最期だというのであれば、
この1秒間だけは、人間が活動しやすい温度にしてくれれば良かったのに。
ショボンはそんなことを考える。
(´・ω・`)「さて、ツツジさん、ちょっとごめんよ」
彼の腰辺りまでの背をしているツツジに断りをいれ、
細く伸びた枝に手をかける。
足を踏み入れれば、数本から十数本は折れた音がしたが、
咎められることもないのでそのまま突き進んでゆく。
(;´・ω・`)「っとぉ、危ないな……」
途中、彼は何かに足をとられ、
転んでしまいそうになったが、どうにか体勢を立て直した。
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166 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 21:58:03 ID:YMTol5tc0
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(;´・ω・`)「ゴミ? 枝?
何か結構、大きなものを踏んだ気がするなぁ」
足を適当に動かせば、
大きなナニカにコツリ、と当たる。
(;´・ω・`)「んー?」
枝ではない感触だ。
誰かがゴミでも捨てたのだろうか。
ショボンは軽く体を屈め、手を地面につける。
(´・ω・`)「おっ、あった」
視界は枝に阻まれていたが、
手探りで足元を探れば、硬いものに触れることができた。
(´・ω・`)「――え?」
自身を転ばそうとしてきた物体を確かめるべく、
輪郭を確認するかのようになぞる。
指先から感じるのは硬い感触。
特徴的な形状をしたそれを理解することは容易いことだったが、
信じられない、という気持ちが先にくる。
恐る恐る拾い上げたショボンは、
しばし思案し、ソレを鞄の中に放り込む。
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167 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 21:58:36 ID:YMTol5tc0
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公園を抜けたショボンは、
大通りの様子に息を呑んだ。
自宅の前とは比べ物にならない程の人間が、
各々違った表情を見せて固まっている。
(´・ω・`)「芸術的だなぁ……」
神が創った芸術作品だと言われれば、
すんなりと受け入れることができそうな光景だ。
タイトルは「世界の終わり」とでもつけられるのだろうか。
(´・ω・`)「でも、ボクだって負けていられない」
ショボンは鞄を下ろし、
いそいそと道具を取り出す。
まずは大きな刷毛とローラーで、
大まかに着色する予定だ。
(´・ω・`)「まずはそうだなぁ」
最期に相応しい、大きな芸術作品。
構想はもう決まっている。
誰の目にも映りこみ、
世界の終わりまで輝かせるために、
巨大なキャンパスは必須だ。
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168 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 21:59:20 ID:YMTol5tc0
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(´・ω・`)「よし、ここから」
赤いペンキがたっぷり入ったバケツに刷毛とローラーをいれ、
ショボンはビルの前に立つ。
(´・ω・`)「こうだ!」
勢いよく刷毛をビルの壁、ショボンの膝下辺りに叩きつければ、
周囲にも赤が飛び散る。
だが、ショボンはそれを瑣末なことだと、
それどころか、素晴らしい味わいになる、と喜んで肯定した。
刷毛とローラーにより地上から三十センチほどの高さまで、
壁は深い赤で彩られてゆく。
範囲は徐々に広がり、隣のビル、そのまた隣へと赤が伸びる。
(´・ω・`)「次は、これ」
結局、四棟のビルに赤を塗った彼は、
次の色、黄色に手を伸ばす。
幅広い作品の全貌をショボンは目に入れていないが、
芸術家として生きてきた数十年間の経験が彼を導いてくれる。
何の不安も心配もない。
(´・ω・`)「おっと、高さがたりない、かな」
ビルの真ん中に立ったショボンは、一度だけ見上げると、
すぐさま周囲へと目をやる。
何か、足場になるものが必要だ。
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169 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 21:59:53 ID:YMTol5tc0
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(´・ω・`)「あぁ、これでいい」
少し遠くではあったが、
ショボンの視界に映る範囲に、放置されていた脚立があった。
平凡に日常生活を送っていた誰かが、
仕事のために使っていたものだろう。
見上げれば、窓ガラスの一部分だけが汚れを払いのけ、
美しく光を反射している。
(;´・ω・`)「よいっしょっと……。
意外と重いんだな」
本来ならば二人がかりで運ぶような大きさの脚立だ。
室内で細々と生きていた五十路が楽に運べるはずもなく、
彼は重たい塊を引きずるようにして作品の場所まで戻る。
(´・ω・`)「うんうん。これで完璧だ」
理想通りともいえる高さであることを確認し、
一段一段を着実に登ってゆく。
風がないため、体や足場が揺れることなく進めたのは、
時間停止における利点の一つだろう。
(´・ω・`)「それじゃあ、ここに」
黄色のペンキをつける。
ぬるりと下へ垂れていくそれは、
美しい線であるとは言い難いけれど、ショボンは鼻歌交じりに作業を進めていく。
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170 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 22:00:31 ID:YMTol5tc0
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(*´・ω・`)「あぁ、素晴らしい。
これが完成すれば、
誰もが声をあげずにはいられないものになるだろう!」
高所から降り、塗りたくった黄色を見上げて満足げに笑う。
二棟をまたいで描かれたのは、単色の十字架。
比率こそ美しくはあるけれど、
人目を惹くかと問われれば疑問を返すしかない。
(´・ω・`)「では、ここでもう一度赤を使用します」
興が乗ってきたのか、
ショボンは解説するかのような口調で赤いペンキが入ったバケツを持つ。
(´・ω・`)「そしてこれを――」
彼は真っ二つに裂かれた十字架の間、
ビルとビルの隙間に入りこむ。
丁度人が一人通れる程度の広さだ。
(*´・ω・`)「こう!」
声と共にショボンは赤いペンキがついた刷毛を壁に向かって振る。
どろりとしたペンキが眼前にある壁だけではなく、
背面にまでわずかに飛び散り、派手な模様を作り出した。
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171 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 22:01:03 ID:YMTol5tc0
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(*´・ω・`)「これだよ、これ!
流石はボクだ。
飛沫一つ、理想通りだなんて!」
笑みを浮かべ、声を弾ませ、
ショボンは何度も何度も刷毛を振り回す。
片方の壁に思い描いた通りのものができれば、
次は逆方向へと身体を向け、再び赤の飛沫模様を作る。
ペンキはショボンの顔や服にも付着していたが、
芸術には犠牲と汚れがつきものだ。
彼は上機嫌な表情を崩すことなく、作業を続けていく。
赤を思う存分に飛ばした後は、
大通りに面した部分へと戻り、
深い緑を用いて羽と翼を丁寧に描いた。
刷毛やローラーは使わず、
筆を使い、繊維の一本まで神経を注ぐ。
途中、油、水性等々、種類豊かな絵の具を使い、
細かな部分の調節をしていけば、
鮮やかなグラデーションにより、
あたかもそこに存在しているような羽と翼が四棟に舞い散った。
しかし、それらの基調は緑。
腐敗したか、長い年月により、苔に覆われたか。
いずれにしても見ていて気持ちの良い有様ではない。
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172 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 22:01:35 ID:YMTol5tc0
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(*´・ω・`)「お次は〜む〜らさき〜」
自身が描き上げたものを理解していながら、
彼は声を低く揺らし、心底楽しげに歌う。
鼻歌では納まらぬほど、ショボンの気分は高揚していた。
(*´・ω・`)「きれ〜いな〜色で〜」
細い筆が一線を描く。
片方には小さな羽根。
もう片方には鋭い牙。
浮かび上がってくるのは一本の矢だ。
風を受け止める矢羽根は勇ましく、
全てを切り裂かんとする矢尻は光沢を得ている。
使用されている色のためか、
それは毒々しく、歪に輝いて見えた。
(*´・ω・`)「こうして、完成に近づいていくのがわかる感じ。
芸術家をやってて良かった、って瞬間だよ」
一本書き上げれば次の一本。
ショボンは次々に矢を完成させていく。
時に密集させ、時には離れたところに一本のみ。
緩急をつけるようにして足されていくそれらは、
全てが同じ方向へ向かって飛ばされている。
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173 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 22:02:18 ID:YMTol5tc0
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(*´・ω・`)「もちろん、キミもちゃんと完成させてあげるからね」
うっとりとした瞳に映るのは、
質素な黄色い十字架。
紫の矢が射抜こうとしているもの、だ。
(*´・ω・`)「豪勢でありながら純潔を思わせるような美しさを。
神聖なものには他者を地面に這い蹲らせるような重圧も必要だ」
赤い海にそびえ立つ十字架。
周囲には腐り落ちたかのような緑の羽根と、
神をも射ぬかんとするような紫色の矢。
大した反神主義者だ、と他人は笑うだろうか。
神に抵抗する芸術作品である、と絶賛するだろうか。
(*´・ω・`)「この町にいる人達は幸せものだなぁ。
ボクの最期の作品を目にすることができるんだから」
矢がまた一本、ビルの壁に浮かび上がる。
ぺたり、ぺた。
後少し、もう少し、とショボンは心血を注ぎ、矢を描く。
(*´・ω・`)「作品タイトルはどうしようか。
サインも入れないと。
このビル達に書くのは嫌だし、
地面にでも書いておこうかな」
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174 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 22:03:29 ID:YMTol5tc0
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『最期の反乱/眉下ショボン』
(´・ω・`)「……うん、これで良い」
四棟の中心部分にあたる場所の地面に、
タイトルと自身の名前を書く。
見上げた先にある青と同じ色で書かれた文字は、
実に無垢なものだった。
言葉に意味はない。
ただの記号だ。
絵も、彫刻も、写真も工芸も、同じ。
意味を付与するのは人間であり、
神や自然現象ではないのだ。
(*´・ω・`)「最高のものができた」
ショボンは数歩後ろに下がり、
自身の作り上げた作品を網膜に焼き付ける。
赤い海には単色ではなく、
グラデーションになるように赤黒い色が足されていた。
近づいてよく見れば、上から重ねられた色というものが、
細かく書かれた呪詛であることに気づくことができるだろう。
そこへ浮かぶ十字架も、明暗と挿し色が追加され、
荘厳な印象を受ける細やかなものへと変化している。
周囲に浮かぶ矢と翼は禍々しく、
世界の終わりと歪さを平凡に表現していた。
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175 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 22:04:24 ID:YMTol5tc0
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ありきたりで、目新しさもない終焉の絵画。
安っぽいイラストのような傑作だ。
技術がない、というわけではない。
長い年月を費やしただけあって、
ショボンの描くものはどれも美しい。
しかし、それだけだ。
凡人が時間をかければ到達できる域を出ていない。
センスがあるわけでもなく、
絶妙な調和を成しているわけでもない。
思いをぶつけ、わかりやすく悲壮さと反骨精神を描いただけ。
一時は人目を惹くかもしれないが、
数日も経てば忘れられてしまうようなもの。
(*´・ω・`)「これぞ世界の終わりに相応しい作品だ!
そうだろう?」
誰に問うでもなくショボンは叫ぶ。
先人達が鼻で笑ってしまうような作品であったとしても、
彼にとっては紛うことなき傑作が目の前に広がっているのだ。
心の奥底が熱く奮い立たぬはずがない。
(´-ω-`)「――さて、仕上げをしないと」
ショボンは目を伏せ、気持ちを落ち着かせる。
仕上げの一筆が、作品の出来を大きく左右するのだ。
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176 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 22:04:58 ID:YMTol5tc0
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(´・ω・`)「神様」
両手を大きく広げ、
ショボンは天高くにおわす神へ語りかける。
(´・ω・`)「ボクはあなたのことを恨みます」
淡々とした声に乗っているとは思えぬ言葉。
小さくはないけれど、大きいとも到底言えぬ音量は、
果たして天にまで届いているのだろうか。
(´・ω・`)「これほどの才能をあなたはお認めにならなかった。
故に、ボクは今日に至るまで、名前の一つも認知されず、
静かに、一人で生きていくより他に道がなかった」
語られていく恨み言は、
空へ投げかけるにあたり、省略している部分もあるけれど、
赤い海に沈めたものと殆ど同じだ。
才能を世間に認められなかった悲しみ。
年下の芸術家が世に出る憎しみ。
一人という孤独。
じわりじわりとショボンを苛み続けてきた感情達だ。
最期を肌で感じながら、
彼は押し込め続けていたものを全て吐き出していく。
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177 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 22:05:55 ID:YMTol5tc0
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(´・ω・`)「全てはあなたのせいだ」
拳を握る。
骨と皮だけになってしまった手は酷く頼りないというのに、
支えてくれる力も、包み込んでくれる温もりもショボンにはない。
(#´・ω・`)「憎い。あなたが、心底、憎い!」
燃え上がる感情が口から零れ落ちてゆく。
こんなものが地面に吸収されてしまえば、
その土地は不毛の大地になってしまうだろう。
(#´・ω・`)「認めなかったうえ、
ボクに試練という名の責め苦を浴びせ続けた末が、
世界の終わりだって?
人を馬鹿にするのもいい加減にしろ!」
辛かろうと、悲しかろうと、
ショボンは賢明に生きてきたつもりだ。
評価されず、心が折れそうになりながらも、
作品を作る手だけは一日だって休めなかった。
死した後に作品が評価される、というのは、
珍しくもないことだったから。
いずれ、真の価値がわかる人間が、
残した作品を取り上げてくれるかもしれない。
そんな希望があったからこそ、
ショボンは人生を芸術に捧げてこれたのだ。
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178 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 22:06:33 ID:YMTol5tc0
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(#´・ω・`)「これは、ボクなりの反抗だ」
ショボンは降ろしていた鞄を探り、
黒光りするものを取り出した。
(#´・ω・`)「あんたの思うような終わりは迎えてやらない。
世界の終わりが来るよりも先に」
公園で見つけた一丁の拳銃。
どこぞの誰かが捨てたのか、隠したのかしたものを見つけることができたのは、
ショボンにとって、これ以上ない幸いだった。
(#´・ω・`)「ボクは死んでやる」
神に定められた終わりを迎えるわけにはいかない。
その気持ちをビルの壁画へ叩き込んだ。
ならば、仕上げは一つしかないだろう。
(#´・ω・`)「画竜点睛。
ボクは、ボクの命を持って、
この作品に目を入れてやる」
作品の中心部分。
真っ二つにされた十字架の間に入り、
ショボンは腰を下ろす。
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179 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 22:07:10 ID:YMTol5tc0
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口を大きく開け、
銃口をずるりと飲み込んだ。
(´-ω-`)「……」
息を大きく吸い込む。
最後の酸素だと思えば、
空気すら愛おしい。
恐怖はある。
受動的な死ではなく、
自発的に行われる死であるならばなおさらだ。
それでも、ショボンは成さねばならない。
芸術家として、作品を未完成のまま、
放っておくわけにはいかないのだ。
絶対に。
ショボンは震える手でトリガーを引く。
セフティのない銃など、いくらでも存在している。
彼が拾ったものもその一つだった。
高い銃声。
火薬の音。
静まり返る世界。
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180 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 22:07:49 ID:YMTol5tc0
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脳幹を貫通し、頭蓋骨を粉砕。
ビルの間に血と脳みそ、その他体液や骨を飛び散らせ、
ショボンは静かに倒れた。
痛みを感じる暇さえない。即死だ。
硬い路地に上半身を倒れさせた彼は、
瞬く間に血溜まりを作り上げてゆく。
周囲の壁に飛び散った血は、
赤いペンキの色と混ざり合い、
奇妙なコントラストを作り上げた。
数時間も経てば、酸化により判別がつくようになるのだろうけれど、
その頃には世界は終わりを迎えているはずだ。
長い1秒はなおも続いている。
介入するものがいないその光景は、
終わった後の世界そのもののようだった。
生命の息吹など感じられず、漫然とした空間があるだけの世界。
与えられた1秒は、神が平等に、公平に与えたものだ。
瑣末な事象によって没収されるなどということはなく、
他の人間達と同じだけが降り注ぎ続ける。
彼一人が死んだところで、
神の予定は何一つとして変わらないのだ。
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181 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 22:09:20 ID:YMTol5tc0
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――そして、秒針が1つ、進む――
誰かの悲鳴が響く。
瞬きの間に生まれた醜い絵と、
その中心で鉄臭い臭いをばら撒いて倒れる男。
世界の終わりに気をとられながらも、
恐る恐る近づけば、頭のない死体がそこにある。
叫ばずにいられるような者が、
この日本にそう何人もいるはずがなく、
恐怖と悲鳴は伝染するかのように広がっていった。
人々は逃げ惑い、世界の終わりが来る前に、
自身の終わりが来る前に、と足を動かす。
警察を呼ぶ者も、救急車を呼ぶ者もいない。
そもそも、既にそれらの機関はまともに動いていないだろう。
数秒もすれば、その場から人はいなくなる。
残されたのは死体とそれが作り上げた作品のみ。
皮肉なことに、人々の目は彼の死体を見るばかりで、
作品は碌に見られることすらなかった。