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127 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 21:32:32 ID:YMTol5tc0
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7月14日11:10:20 津出ツン
社会人として生活を始め、早数年。
二十代後半を越え、三十路を目前にし、
焦る気持ちがないと言えば嘘になる。
大学時代の友人達は次々に結婚し、
その度に三万円と交通費、美容院代といった出費がかさむ日々。
懐が寒くなるもの悲しみの一つではあるが、
やはり、幸せな結婚、というものに憧れとわずかな嫉妬があった。
中には既に子供を二人もうけた者もおり、
SNSの近況報告を見るたび、ツンのない胸は痛みを訴える。
ξ゚听)ξ「ふぅ、今日もあっついわねぇ」
ミンミンとうるさいセミの鳴き声は、
夏が始まったことを嫌という程思い知らせてくるというのに、
太陽の暑さまで付け加えられた日には、
クーラーの効いた会社から一歩足りとも出たくなくなってしまう。
しかし、これも仕事。
炎天下の中、取引先へ向かうのが嫌だとは、
口が裂けても言えないのだ。
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128 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 21:33:07 ID:YMTol5tc0
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駅へ向かって歩いていると、
鞄の中に入れていた携帯電話が震えだす。
ξ゚听)ξ「はい、こちら津出です」
ツンが所属している会社からの電話だ。
明日の会議について、急を要する案件があったらしい。
ξ゚听)ξ「えぇ、はい。
でしたら、私の机の上にある、
もちろん、構いません。適当に探ってもらって、はい」
要求されたデータが何処にあるのかを一瞬だけ考え、
彼女はすぐさま返事を出す。
携帯電話を持っていない方の手は、
書類の在りかを示すべく大振りに動いているが、
誠に残念ながら、相手には伝わらない。
ξ;゚听)ξ「は……。
え? ちょっ、待っ――」
電話の向こう側で何やら騒ぎが起きているようだった。
だが、ツンはすぐに気づく。
異常事態が起こっているのは、
会社の方だけではない。
自身の周囲も、だ。
めまぐるしく変わる人の姿と声。
まるでぶつ切りの映像を見ているような。
ξ;゚听)ξ「な、に……?」
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129 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 21:34:15 ID:YMTol5tc0
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唐突に、周囲が静かになった。
頭を割ろうとしているかのようなセミの声も、
人のざわめき、足音、車の音。
全てが消え去っている。
ξ;゚听)ξ「ちょ、ちょっと、何、何よ」
手にしていた携帯電話を落とし、
ツンは右を、左を、何度も何度も見た。
その間、動いたり、音を発したりする存在は何一つとしてない。
誰も彼もが、何もかもが、
フリーズしてしまったゲーム画面のように静止している。
ξ;゚听)ξ「あなた、何をしてるの?」
近場の男性に声をかけてみるが、
彼は絶望を顔に浮かべ、口を開けたまま動かない。
肩を叩いても、顔の前で手を振っても、だ。
ξ;゚听)ξ「やだ、怖い」
両手を胸の前で握り、
一歩後ずさる。
理解できぬ光景は、
下手なホラーよりも恐ろしくツンの目に映った。
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130 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 21:34:46 ID:YMTol5tc0
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ξ;゚听)ξ「止まって、る?
時間、が?」
知らず知らずのうちに、
彼女の息が荒れ始める。
受け止めきれない現実を前に、
心が限界を向かえそうだった。
ξ;゚听)ξ「しかも、世界が終わるですって?
そんな、まさか」
楽しいばかりの人生ではなかったけれど、
死を望むほどの不幸を体感したことはない。
まして、世界の滅亡を望んだことなど、
ツンには一度とてなかったのだ。
ξ;゚听)ξ「嘘よ。嘘と、言って」
誰に言うでもなく、
懇願にも似た悲鳴を上げる。
すっかり大人になってしまった彼女にも、
まだ未来はあったはずなのだ。
笑顔でウエディングドレスを着ていた友人達のような。
幸福に満ちた未来が。
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131 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 21:35:15 ID:YMTol5tc0
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ξ;゚听)ξ「ブーン」
ツンは震える足を動かす。
ξ;゚听)ξ「助けて、ブーン!」
硬いアスファルトを蹴り上げ、
彼女は走りだした。
数センチのヒールがバランスを不安定にさせるものの、
慣れたものだと言わんばかりにツンは道を駆ける。
カツカツと音が静かな世界に響いていく。
ξ;゚听)ξ「私、怖い」
気楽な学生時代が終わり、
全速力で走ることなど、
たまの寝坊時にしかなくなっていた。
体力は衰え、
今も十数メートルの距離を行くだけで足が震え始めている。
それでも、彼女は足を止めない。
救いを求め、
愛する者のもとへ向かうため。
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132 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 21:35:52 ID:YMTol5tc0
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結婚の流れから取り残されつつあるツンではあるが、
世間一般の、所謂、行き遅れとは違い、
焦る気持ちは少なかった。
それというのも、彼女には将来を約束したパートナーがいたのだ。
幼稚園の頃から家が隣近所で、思春期前も最中も後も、
常に一定以上離れることのない距離にいた幼馴染。
それが、内藤ブーンだ。
ξ;゚听)ξ「私、まだ、死にたく、ない」
付き合って欲しい、と告白されたのは大学に入学する前のことで、
それから今まで、喧嘩をしたことは数知れず。
しかし、別れるという言葉だけはお互い出したことがない、
仲睦まじい二人であった。
ξ:凵G)ξ「だって、まだ」
ツンが傷つき、涙に暮れた時、
いつだってブーンは傍にいてくれた。
怒りに満ち、歯を鳴らしているときでさえ、
彼は優しい笑みをツンに向けてくれていたのだ。
心の安寧を、最期の願いを求め、
彼女はブーンがいるであろう場所を目指す。
ξ;凵G)ξ「プロポーズ、聞いてない、よ!」
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133 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 21:36:28 ID:YMTol5tc0
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照れくさいのか、
まだ家庭を持つタイミングではないと思っているのか。
ブーンは未だ、ツンにプロポーズというものをしていなかった。
月に数度のデートの度、密かな期待を瞳に乗せているのだが、
いつも甘い触れあいをするだけに終わっている。
本当のところは愛されていなのではないか、という、
つまらない憶測をする時期はとうに過ぎた。
目を見つめ、身体に触れ合えば、
彼が自身んを愛してくれていることは明白で、
疑うことすら馬鹿馬鹿しくなってしまうのだ。
だからこそ、ツンはいつまでも待つつもりでいた。
追い立てるようにして告げられるプロポーズに魅力はない。
ξ;凵G)ξ「もう、間に合わなく、なっちゃう、よ」
どうせ死ぬというのならば、
最期くらい、言葉を求めても罰はあたらないだろう。
たった一言でもいい。
愛してるでも、結婚して欲しい、でも。
もしもあるというのなら、来世を約束しよう、でも。
ξ;凵G)ξ「私も、言うから」
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134 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 21:36:59 ID:YMTol5tc0
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恥ずかしくて、言い出せなかった大好きを、
あると信じていた未来の分も吐き出したい。
両手から零れ落ちるほどのハートを渡したい。
ξ;う听)ξ「えっと、電車……」
視界を歪ませる涙を拭い、
足を震わせながらもツンは第一の目的地へと到着する。
そこはいつも利用している駅で、
平日の昼間でも少なくない本数が出ているはずだった。
ξ;゚听)ξ「あ……」
電光掲示板で次の電車を確認しようとし、
ツンは愕然とした表情を見せた。
ξ;゚听)ξ「そっか、時間」
時が止まっている中、
どうして電車が動けるというのだ。
先発の時刻は数分後であるけれど、
その時間が来るまで世界が残っているとは限らない。
ξ;゚听)ξ「……ブーン、待っててね」
彼が勤務している会社は、
ここから二つ向こうの駅にある。
歩いても充分たどり着ける距離だ。
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135 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 21:37:36 ID:YMTol5tc0
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ツンは深呼吸をし、
激しく脈打っている心臓を少しでも押さえようとする。
これから再び負担をかけるのだ。
多少、労をねぎらってやらねばなるまい。
ξ゚听)ξ「靴も脱いでいこうっと」
駅を出た彼女は、線路を見据え、
先月おろしたばかりのパンプスをその場に脱ぎ捨てた。
足を守ってくれる大切なものではあるけれど、
道を駆けてゆくにはどうも向いていない。
心残りはあるけれど、それより大切なものがツンにはあるのだ。
ξ--)ξ「……まだ、大丈夫」
疲労から足が震えているが、
だからといって休憩してはいられない。
彼女は一度目を閉じ、愛しい人の笑顔を思い浮かべる。
ちっぽけなことのように思われるかもしれないが、
これが一番、ツンに元気を与えてくれるのだ。
ξ゚听)ξ「よしっ!」
声と同時に彼女は走り出す。
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136 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 21:38:13 ID:YMTol5tc0
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細かな道はわからないので、
ひたすら線路をたどって行くことにした。
障害物等々のことを考えれば、
線路の上を行くのが正解なのだろうけれど、
いつ何時、時間が動き始めるのかわからない以上、
リスクが高すぎる、という判断だった。
ξ;゚听)ξ「あっつい……」
時間は止まっているというのに、
暑さだけは何一つ変わっていない。
激しく身体を動かすことにより上昇する体温も相まって、
ツンの体からはとめどなく汗が流れ続けている。
化粧は流れ落ちてしまっただろうか。
最期に見せる顔くらい、綺麗でありたいのだけれど。
そんなことを考えながらツンは走る。
世界の終わりだとか、今の現実だとかを真正面から見つめる勇気はない。
多少、馬鹿だと思われようと、
瑣末なことで頭を満たしているほうが精神衛生上宜しい結果になるのだ。
ξ;゚听)ξ「こ、れで、かいしゃに、いな、かったら、
た、ただじゃ、おかない、んだからねっ」
息を弾ませ、悪態をつく。
外回りの少ない業種であるブーンなので、
会社にいるとは思うけれど、例外というのはどこにでもある。
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137 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 21:38:58 ID:YMTol5tc0
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胸中に湧きあがった不安を押し込め、
ツンは前だけを見て走る。
一つ目の駅は越えた。
各駅の間隔はそう広くなかったはずなので、
ブーンが勤めている会社への最寄り駅も近いうちに視界に入ってくるはずだ。
スピードは徐々に減少しているけれど、
まだ早足よりは速く走れている。
いざとなれば這ってでも行く気概はあるけれど、
好きな人の目の前でしたいと思える格好ではないので、
どうにか足がもてばいいと思わずにはいられない。
ξ;゚听)ξ「あし、いたい……」
アスファルトを踏みしめるたび、
小石がツンの柔い肌を刺す。
走るために力がかかっている分、
それらはより深く彼女の内側へと食い込んでいく。
そのうえ、黒々とした地面は太陽により熱せられており、
肌へのダメージはより深刻なものとなっていた。
泣き言を口にしてしまうのも納得できるというものだ。
ξ;゚听)ξ「きゃっ」
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138 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 21:39:29 ID:YMTol5tc0
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小さな悲鳴。
重量のあるものが叩きつけられる音。
ξメ:゚听)ξ「うぅ……」
とうとう体力が尽きたらしいツンは、
派手な音をたてて地面に倒れこむ。
熱さと疲れから朦朧とし始めていた体では受身を取るどころか、
倒れるより前に手をつくこともできなかったようで、
彼女は身体のあちらこちらに小さな傷を負うこととなってしまった。
ξメ:゚-)ξ「い、たい……」
顔に膝、手のひらと足の裏。
大小様々な傷からは赤い血が滲み出ている。
ξメ:;凵G)ξ「いたいよぉ」
いい歳をして、とツン自身、思わないわけではないのだが、
涙が勝手に溢れては零れていく。
痛みと疲れ、先へ進みたいという焦りがそうさせるのだろう。
ξメ:う凵G)ξ「ブーン」
震える手で身体を起こし、
一度止まってしまったためか、力の入らぬ足を叱咤する。
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139 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 21:40:34 ID:YMTol5tc0
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ξメ:゚听)ξ「あれ、何、これ」
どうにか立ち上がることに成功したツンが怪我の具合を確認すると、
左手の薬指に見慣れぬ指輪をがあった。
ハート型をモチーフとしているらしいデザインに、
美しいトパーズがはめ込まれた、
おそらくはそれなりに値のはるだろうもの。
_,
ξメ:゚听)ξ「……気味が悪い」
ブーンが贈ってくれたものではない。
そんな記憶はないし、
眠っている間にプレゼントされていたのだとしても、
彼と最後に会ってから数日は経っている。
今の今まで気づかなかった、というのはおかしな話だろう。
_,
ξメ:゚听)ξ「誰かの悪戯かしら」
彼氏がいる未婚女性の左薬指に指輪など、
冗談だとしても性質が悪すぎる。
ツンは見知らぬ指輪を抜き取り、
わずかに迷いを見せながらもそれを道の端に置く。
ξメ:゚ー゚)ξ「あなたに恨みはないんだけどね。
ここは予約済みだから」
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140 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 21:41:04 ID:YMTol5tc0
-
穏やかな微笑みを浮かべたツンは、
指輪をひと撫でしてから足を踏み出した。
最早、走る体力は残されていない。
身体全体が痛みに嘆きを訴えているし、
足と心臓は限界を叫んでいる。
ξメ:゚听)ξ「待ってなさいよ」
それでもツンは止まれない。
諦めればそこで全てが終わってしまう。
世界が終わるよりも先に、
自身の希望を終わらせてはいけない。
彼女は歯を食いしばり、
痛みに耐えながら前へ前へと足を運ぶ。
ξメ:゚听)ξ「本当、文明って素晴らしいものだったのね」
車や電車があれば、
今頃、ブーンのもとへたどり着いていたことだろう。
携帯電話さえ使えれば、
タクシーを呼ぶこともできたし、
ブーンに連絡を取ることだってできた。
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141 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 21:42:09 ID:YMTol5tc0
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ξメ:゚听)ξ「無くなって、初めてわかる、
科学のありがたさ、ってわけね」
自嘲めいた声で呟く。
生まれた時には既に便利な物が溢れかえった世の中であったし、
彼女が成長するにつれ、科学は更なる進歩を遂げた。
これから先、SF映画のような世界がやってくるのだ、と、
信じて疑わなかったというのに。
ξメ:--)ξ「脆いものよねぇ」
慣れ親しんだ物が使用不可になっただけで、
ツンの体はボロボロになるまで酷使されてしまった。
生態系の頂点に立っている、などというのは、
傲慢な考えでしかなかったのだと思い知る。
ξメ:゚听)ξ「ねぇ、神様」
空を見上げることはしない。
そんなことをしている暇があれば、
一歩でも前へ行かねばならないのだ。
ξメ:゚听)ξ「あなたの望む進化ってやつを
私達はできなかった、ってことなの?」
だから、終わってしまうのか。
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142 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 21:42:49 ID:YMTol5tc0
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ξメ:゚ー゚)ξ「無視?
良い度胸してるじゃない」
遠くに目的の駅が見えてきた。
あの場所まで行けば、
ブーンの会社まで後一息だ。
ξメ:゚ワ゚)ξ「死んで、あなたに会ったなら、
私、すっごく文句言ってやるんだから」
疲れが振り切れ、気分が高揚し始めたのか、
ツンは高らかに笑い、叫ぶ。
ξメ:゚ワ゚)ξ「勝手なことしないでよっ! ってね。
ビンタもしちゃうかもしれない」
仏の顔も三度まで、というので、
二度くらいは許してもらわねば。
勝手な考えを巡らせる。
ξメ:゚ワ゚)ξ「いいでしょ?
あなたの都合で、突然、死ぬことになったんだから」
諦めるつもりは毛頭ないけれど、
もしも、ブーンに会えぬまま終わったしまったら。
相手が誰であろうとも、ツンは許せる気がしない。
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143 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 21:43:38 ID:YMTol5tc0
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ξメ:゚-)ξ「やっとここまでこれた……」
神への恨み言と、黙って進むことに集中を繰り返した結果、
ようやくツンは元いた場所から二つ先の駅にたどり着くことができた。
真の目的地まではまだ少しあるが、
ここから先は何度か通ったことのある道。
距離感もある程度はわかっているので、
どれ程の時間がかかるかわからぬ駅を目指すよりも、
気持ちとしては楽なほうだ。
ξメ:゚听)ξ「よしっ」
気合を入れなおし、
ツンは身体を引きずるようにして足を進める。
駅前の大きな道は、
彼女が働いている会社周辺と同様に栄えており、
多くの人影が目に映る。
ξメ:゚听)ξ「……この人達もきっと、
私と同じ目にあったんだろうなぁ」
悲しみに暮れている顔や、絶望を抱いた顔を見るたび、
今の自分と重ねて見てしまう。
誰かを求めて手を伸ばす者の気持ちは、ことさらよくわかる。
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144 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 21:44:21 ID:YMTol5tc0
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彼女はまだ幸いな方で、
足を使えば愛する者に会いに行ける距離にいた。
これが出張中だとか、友人達と旅行中、であれば、
ツンも絶望と悲壮に満ちた顔をしていたに違いない。
ξメ:--)ξ「……酷い、話よね」
広大な世界の中で、
何人が幸せに満ちたまま終わりを迎えることができるのだろうか。
愛を、感謝を伝えられる人間が、どれだけいる。
ξメ:゚听)ξ「でも、きっと、変わらないんだ」
本当は、とツンは呟く。
不治の病にかかるかもしれないし、
事故で死ぬ可能性だってある。
人はいつだって、死と隣り合わせで生きている。
それをうっかり忘れていただけなのだ。
ただ一つ、神の意思とやらで終わりを迎えるのであれば、
何も告げずに終わってくれたほうが、どれだけ幸せだったことか、とは思う。
少なくとも、この通りにいる何人かは穏やかな気持ちで逝けたはずだ。
無様に喚き、苦悶の表情を浮かべる彼らは哀れとしか言いようがない。
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145 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 21:44:46 ID:YMTol5tc0
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ξメ:゚听)ξ「あと、少し……」
騒々しさの欠片もないこの場所は、
まるで見知らぬ土地のようにも見えるけれど、
確かにブーンと通ったことのある道だ。
ツンは一人、道を行く。
痛みが寂しさを誘発するが、
それもあと少しの辛抱。
出血を抑えるためにできたかさぶたが、
足を動かすたび、わずかに引きつった感覚をツンに与えてくる。
膝の大きな傷は未だじわじわと出血しているらしく、
すねの辺りまで血が垂れていた。
ξメ:゚听)ξ「ここまで来たんだから、
何処かに出かけてたりしないでよね」
お願い、神様。
日常の一幕であれば、そんな言葉が出てきたことだろう。
だが、この状況で神に祈りを捧げる馬鹿はいない。
彼の人がそこに救いを与えてくださるのであれば、
生ける全人類に、幸せな最期を贈ってくれたはずだ。
ξメ:゚ー゚)ξ「正真正銘、私の運試しよ」
眉を上げ、ツンは不敵に笑う。
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146 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 21:45:32 ID:YMTol5tc0
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ξメ:゚听)ξ「すみませーん、ってね」
自動ドアを力任せに開け、
ツンはブーンが勤めている会社のビルへ侵入する。
いつもならば警備のおじさんが受付をしてくれているのだが、
どうやら今日は不在のようだった。
一足先に長い1秒を贈りつけられ、
何処かへ去って行ってしまったのかもしれない。
ξメ:゚听)ξ「ブーンは確か、三階だっけ」
いつもの癖でエレベーターに向かい、
途中でツンは足を止める。
ξメ:゚听)ξ「……使えないんだった」
電車同様、エレベーターもすっかり止まってしまっている。
試しにボタンを押してみるのもいいけれど、
足がすこぶる痛い今、無駄足を踏むことは避けたい。
ξメ:゚听)ξ「このビルの階段ってどこだっけ」
使用した覚えがとんとないものを探すため、
彼女は受付の前まで再び戻り、案内図に目を通す。
ξメ:゚听)ξ「ここね」
外に設置されている非常階段とは別に、
室内を通る階段がちゃんと用意されているようだ。
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147 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 21:46:03 ID:YMTol5tc0
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痛む足で階段を登るのは辛いことだが、
ここで座り込んでしまっては、
何のために怪我を負ったのかさえわからなくなってしまう。
ツンは一段一段を着実に踏み、
三階との距離を縮めていく。
ξメ:゚听)ξ「ふぅ……」
大きく息をつく。
ようやくたどり着いた三階。
後はブーンを探すだけだ。
ξメ:゚听)ξ「ブーン?」
声をかけるが、やはり返事はない。
内部をぐるりと見渡せば、
いつもより人間の数が少ないことがわかる。
すでにここを立ち去った人間がいるのだろう。
残っている者の殆どは困惑顔をしており、
ほんの一部の人間だけが、異変に気づかぬ鈍感なのか、
未だ日常の中、という顔をしていた。
ξメ:゚听)ξ「どーこー?」
バラバラと点在している人を掻き分け、
お目当ての人物を探す。
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148 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 21:46:39 ID:YMTol5tc0
-
一つ目の部屋を抜け、二つ目。
人間の数はやはり少ない。
ξメ:゚听)ξ「もー、階段の近くにいなさいよね」
無茶を言っている自覚はある。
だが、足は怪我で痛いだけでなく、
ここまでの道のりで疲労しきっていた。
他の階層まで探しに行くことを考えると、
ぞっとしない気持ちになる。
ξメ:゚听)ξ「……探す、けどさぁ」
唇を尖らせ、ツンは奥へと進む。
階段の上り下りに比べれば、
平坦な廊下を歩いているほうがいくらかましだ。
ξメ:゚听)ξ「どこ? ブーン」
扉を開け、覗き、声をかける。
どこか弱々しい呼びかけは、
彼女の不安を現しているようだった。
明確な目的地があったからこそ、
ここまでこれたというのに。
下がりそうになる眉をどうにか平常通りに保ちながら、
ツンは三階の一番奥にあった扉を開ける。
ξメ:゚ワ゚)ξ「あっ」
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149 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 21:47:11 ID:YMTol5tc0
-
(;^ω^)
そこには捜し求めていた男の姿があった。
ξメ:;凵G)ξ「ブーン!」
両腕を広げ、勢いよく彼のもとへ飛び込む。
周囲には慌てふためく人間の姿があり、
ブーン自身も移り変わる風景に混乱しているようだったが、
今のツンにそんなことは関係ない。
ξメ:;凵G)ξ「良かった! 会えて、良かった!」
背中に腕を回し、強く抱きしめる。
もう、二度と離れない、と言わんばかりだ。
ξメ:;凵G)ξ「このまま、最期まで会えなかったら、
私、死んでも死にきれないところだった」
今まで押さえ込んでいた不安や恐怖が一斉に溢れ出し、
零れ落ちた涙でブーンのシャツが濡れてゆく。
どれだけ話しかけたところで1秒が過ぎるまで返事はない。
わかっていながらも、ツンは言葉を止めることができなかった。
ξメ:;凵G)ξ「ずっと、ずっとずっと好きだったの。
死ぬなら、ブーンの隣がいいの。
ねぇ、ブーンも、そう思ってくれてるよね」
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150 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 21:47:48 ID:YMTol5tc0
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ブーンの温もりを感じていると、
身体中にできた傷の痛みなど忘れられた。
世界で唯一つ、ツンが欲するものが目の前に在るのだ。
他のことは何もかもがどうでもよくなってしまう。
ξメ:;凵G)ξ「もしね、ブーンにも1秒がきたら、私の傍にいてほしい。
私、頑張ってここまできたから。
ブーンは傍にいてくれるだけでいいよ」
病めるときも、健やかなるときも。
如何な困難も二人で支えあって生きてゆく。
神の前で誓いをたてることはもう出来そうにもないけれど、
誰に告げずとも、そう在ることはできるはずだ。
ξメ:;ー;)ξ「だから、褒めて」
ここまで来てくれてありがとうと言ってくれれば、
よく頑張ったね、と言ってもらえれば。
それだけでツンは満足できた。
ξメ:゚听)ξ「……好き。
あなたが、世界で一番」
ツンは顔を上げ、
踵をわずかに浮かせる。
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151 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 21:48:16 ID:YMTol5tc0
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――そして、秒針が1つ、進む――
(;^ω^)「ツ、ツン?」
ξメ:゚ー゚)ξ「ブーン」
瞬きの間に現れた恋人の姿に、
ブーンは顔に浮かべていた驚愕をより色濃くさせる。
ξメ:゚ー゚)ξ「私、あなたのことを愛してるわ」
(*^ω^)「どうしたんだお、急――」
言い終わるよりも先に、
ツンの世界が変化する。
ξメ:゚听)ξ「ブーン?」
先ほどまで目の前にいたはずの恋人が姿を消している。
周囲にいた人間も殆どが消え、
残されているのはツンと、片手で数えられる程度の人間だけだ。
ξメ:゚д゚)ξ「ど、どこに、行ったの?
ブーン!」
悲しみの色に染まった声が響く。
-
152 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 21:48:47 ID:YMTol5tc0
-
(;^ω^)「あっぶねぇぇ! 間に合わないところだったお!」
ξメ:゚听)ξ「えっ!」
まさか相思相愛ではなかったのか。
そんな絶望にツンが押しつぶされる直前、
勢いよく扉が開き、愛おしい恋人の姿が現れる。
(;^ω^)「ツン! ボクにも色々わかったお。
だから、終わりが来る前に言わせてほしいんだお」
どうやら、彼も長い1秒を体験してきたらしい。
時間が進むよりも先に戻ってくるつもりだったようだが、
ほんのわずか、数秒だけ足りなかったようだ。
つかつかと早足でツンのもとまでやってきたブーンの息は荒く、
全速力でここまでやってきてくれたのだとわかる。
( ^ω^)「ツン」
ξメ:゚听)ξ「はい」
( ^ω^)「ボクは、ツンを、世界中の誰よりも愛しているお」
そう言って差し出されたのはアクアマリンが付いた指輪だ。
シンプルなリングの上に、一粒だけ乗っているそれは、
きっと高価なものではない。
-
153 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/22(火) 21:49:30 ID:YMTol5tc0
-
ξメ:゚听)ξ「これ……」
( ^ω^)「高いものじゃなくて、ごめんだお。
でも、このアクアマリン、ツンの瞳と同じ色なんだお」
透き通った南国の海。
高く遠い空の色をそのまま閉じ込めた、
雄大さと慈愛を詰め込んだ色。
( ^ω^)「この指輪を見たとき、すぐに決めちゃったんだお。
だって、ボクの大好きな、ボクをじっと見てるツンを思い出したから」
ξメ:゚听)ξ「……はめてくれる?」
( ^ω^)「もちろん」
恭しくツンの右手を取り、
その薬指にリングを通す。
ぴったりとはまったそれは、
あるべき場所に納まったかのようにキラキラと輝いていた。
( ^ω^)「本当は三ヶ月前に買ってたんだけど……」
ξメ:゚听)ξ「えっ! 何ですぐくれなかったの?」
(;^ω^)「タイミングがわからなくて。
デートの度に持って行ってたんだお」
ξメ:゚ー゚)ξ「馬鹿ね」
いつ、どんなタイミングであったとしても、
愛する人からの告白を嬉しいと思わぬはずがないというのに。