最期に与えられた1秒間達のようです

7月14日11:10:05 壊面アヒャ

23 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/21(月) 22:53:40 ID:nKiD0gBk0
  
7月14日11:10:05  壊面アヒャ



現代日本において、
生きるための金がなくなる、というのは、
本人の性質が善にせよ、悪にせよ、当然のようにあるものだ。
特に、後者の人間であればあるほど、堕ちるのは早い。

ギャンブル、薬、風俗、その他諸々。
金と身を破滅させるため道具はそこらへんにゴロゴロ転がっている。

賢い人間がそれらに手を染めることもあるが、
やはり頭の悪い者程、用意に手を伸ばしがちだ。

元が善人であろうが、悪人であろうが、
馬鹿は滅びる。
それが自然の摂理とでも言うように。

(; ゚∀゚ )「あー、やっぱ、悪いことってのは上手くいかねぇもんだなぁ」

草むらの中、
大きな鞄を手にアヒャは外の様子を覗き見る。

(  ゚∀゚ )「ケチケチするもんじゃねぇだろうにな。
      金のあるヤツは施しやがれっての」

そう言って彼は鞄を強く抱きしめる。
腕から伝わってくる感触は、
かさついた紙幣がしわになってゆくものだ。

24 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/21(月) 22:54:23 ID:nKiD0gBk0
  
鞄が膨れ上がるほどに詰められた紙幣は、
言うまでもなく、綺麗な金ではない。
それを得るために使用された拳銃は、
アヒャのポケットに無理やり突っ込まれ、太陽光を浴びて鈍く光っていた。

彼は目下、警察に捜索されている立場であり、
その理由はわざわざ語る必要すらないだろう。

(  -∀- )「まあ、豚小屋の中までヤクザも追いかけてこねぇだろ……」

臭い飯を進んで食いたいとは思わないが、
こうなってしまっては仕方がない。
希望を一つ思い浮かべ、覚悟を決める。

下る一方の人生ではあるが、
残念なことに、まだ死のうとは思えないのだ。

(  ゚∀゚ )「降参。降参だ」

両手を挙げ、草むらから顔を出す。

凶悪な銀行強盗が相手だとしても、
日本の警察はそうそう発砲してこない。
こちらに敵意がないことさえ示すことができれば、
多少押さえ込まれる程度の負傷で済むはずだ。

(  ゚∀゚ )「――あ?」

25 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/21(月) 22:54:58 ID:nKiD0gBk0
  
誰も動かない。
アヒャが声をあげて出てきたというのに、
周囲にいる警官達は皆、明後日の方向を向いている。

数名はこちらを見ているのだが、
怒声を上げるわけでもなく、
逮捕のために駆け寄ってくることもない。

(  ゚∀゚ )「んだ、これ?」

草を掻き分け、警官の前に立つ。
右手を軽く振ってみるが反応はない。
よく見てみれば、彼らは瞬き一つしていなかった。

(  ゚∀゚ )「おーい?」

数人の顔を軽くはたいてみるが、
やはり眉一つ動かすことなく固まっている。

(  ゚∀゚ )「こりゃあ……」

顎に手をやり、アヒャはゆっくりとその場から後退していく。
静止している警官達を全て視界にいれ、
そのまま視線を右へ、左へ、上へと移動させた。

(; ゚∀゚ )「信じられねぇことだが、
     時間が止まってやがるのか」

26 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/21(月) 22:55:32 ID:nKiD0gBk0
 
生活音もサイレンの音も消え、
羽ばたく鳥や吹き抜ける風までもが動きを止めている。

昔見た、アニメのビデオテープで停止ボタンを押したときのような光景に、
アヒャは訝しげな顔をしながらも現状を整理していく。
中卒で、多くの物事に無知である彼だが、
流石に現状が普通のことではないことくらいは理解していた。

(; ゚∀゚ )「夢か? それとも、オレを捕まえる罠か何かか?」

どちらも否であろう。
夢であるという選択肢は、諸手を挙げて歓迎できるものであるが、
彼はそこまで往生際の悪い人間ではない。
自身の犯した罪を認識し、逮捕もやむなし、と考えている。

罠である可能性もない。
降伏を示している相手にわざわざ手のこんだ罠を仕掛ける馬鹿はいない。

幾通りかの選択しを浮かべ、消す作業をしていくと、
不意に答えが舞い降りてきた。
それは突拍子も無さ過ぎて笑えてしまうような答えだったが、
一寸のズレもない正解であることを彼は知ってしまっている。

(  ゚∀゚ )「これが神様の慈悲ってやつかぁ?」

片方の眉を上げ、嘲笑するように言う。
まさか、犯罪の真っ只中である自身にまで慈悲をくれるとは、
神という存在は何と情け深いことなのだろうか。

27 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/21(月) 22:56:23 ID:nKiD0gBk0
  
(  ゚∀゚ )「どうせ慈悲をくれるってんなら、
      もうちっと早くよこしやがれってんだ」

天を仰ぎ、雲の向こうにでも鎮座しているのであろう神へ抗議を送る。
返答は期待していないが、
文句の一つもつけなければやってられないというものだ。

(  ゚∀゚ )「世界が滅ぶってんなら、
      こんなもん、あったってしょうがねぇや」

アヒャは手にしていた鞄のチャックを開けると、
勢いよくそれを振り回した。

福沢諭吉が印刷された小さな紙が空を舞う。
何もかもが止まっているはずの世界で、
彼が触れていたものだけは時を取り戻したかのように動き、
汚い紙吹雪を作り出す。

(  ゚∀゚ )「アヒャヒャヒャ!
      ほれほれほれ! こーんな紙に、オレは引っ掻き回されたんだ!
      最後くらい鬱憤を晴らしてやるぜ!」

地面に舞い落ちた札を踏みつけ、蹴り上げる。
価値がある、と万人が信じたからこそ、その紙は値となった。

世界が滅ぶというときに、小さな紙一枚に重きを置く者はいない。
すなわち、紙はただの紙に戻ったのだ。
どれだけ粗末に扱おうと、文句を言う人間はいないだろう。

28 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/21(月) 22:56:54 ID:nKiD0gBk0
  
(  ゚∀゚ )「まったく! 神様! お前はサイッコーだぜ!」

空に届けと高く嗤う。

精々醜い己を見て、
創世に失敗したことを嘆き、悲しめばいい。

悲しくも強い、怒りの感情がアヒャの胸から、口から、垂れ流される。

(  ゚∀゚ )「クソみてぇな人生だったオレが、
      お綺麗な人生を歩んでいったヤロウと一緒に、
      はい、せーの、で死ねるってんだからなぁ!」

札を踏みにじり、空になった鞄を叩きつけた。

(  ゚∀゚ )「だがよぉ! この1秒はいらなかったぜ!
      返品だ! 返品!」

暗く、淀んだ人生だった。
後悔も悲しみも多く、
長い1秒間で振り返るのも嫌になるような、
泥沼の生き方をしてきた。

無為に時間を与えられるくらいならば、
心臓が一度鼓動する間に殺してもらったほうが余程楽だったことだろう。

29 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/21(月) 22:57:59 ID:nKiD0gBk0
  
(  ゚∀゚ )「あー……」

足元の一万円札はいくつかの破片になっており、
遠くに落ちたそれらは茶色い絨毯となって周囲を覆っている。

飛び込んで全て自分のものにしたい。
そんな欲求があったのは時が止まる前までの話で、
今となっては汚いゴミクズにしか見えなかった。

(  ゚∀゚ )「こんな紙切れが色んなもんに化けてたんだもんなぁ」

上手い飯でも、家でも、女でも。
足元のちり紙があれば得ることができた。
ほんの少し前まではそれが当たり前だったというのに、
懐かしみすら感じられる価値観と化してしまっている。

(  ゚∀゚ )「ツマンネェ世の中だったぜ!」

胸ポケットからタバコを取り出し、火をつけた。
肺に煙を吸い込み、吐き出せば、
遠くの方で気持ちが落ち着いてくのが感じられる。

(  ゚∀゚ )y-~「せっかくだから逃げるとすっか」

頭を乱雑に掻き回し、アヒャはその場を後にした。

死にまでのわずかな時間、
むさくるしい警官共に囲まれて終わるのもいかがなものか。
いらぬ慈悲で間ができたのだから、
彼らのいない場所まで逃亡するのもいいだろう。

30 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/21(月) 22:59:08 ID:nKiD0gBk0
  
(  ゚∀゚ )「すっげ、みんな固まってら」

犯罪者であるにもかかわらず、
お天道様の下、アヒャは堂々と道を行く。

笑顔の女も、驚きの表情を浮かべている男も、
誰も彼もが固まっている。

おそらく、後者の人間は既に長い1秒を経験した者なのだろう。
心なしか顔色が悪く、
周囲の人間へ何か伝えようとしているように見えた。

(  ゚∀゚ )「オレは何番目だったのかねぇ」

何処かへ向かって走りだそうとしているサラリーマンの頬を軽く叩く。
アヒャよりも先に世界の終わりを知った彼は、
誰に会うつもりだったのだろうか。

(  ゚∀゚ )「……羨ましいこって」

男を叩いていた手をだらりと下げ、
彼はとぼとぼとその場を去る。
目的を持って行動しようとしている男の姿は、
アヒャの目を潰す毒にしかならなかった。

愛する者がいる。
もしかすると、可愛い娘がいるのかもしれない。
きっと、男は良い父親であったことだろうし、
世界が終わるその瞬間まで、そうで在り続けるのだろう。

31 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/21(月) 22:59:45 ID:nKiD0gBk0
  
(  ゚∀゚ )「世界ってやつは不平等なもんだよな」

アヒャはアル中の父親と、
意志薄弱な母親のもとに生まれた一人息子だ。

絵に描いたような底辺家庭に生まれた彼は、
義務教育をギリギリ卒業し、すぐに近所の工場で働き始めた。

(  ゚∀゚ )「努力しねぇと幸せになれないヤツ。
      したってどうにもなんねぇヤツ。
      なーんにもしなくても幸せなヤツ」

吐き捨てるように呟く彼の目に光はない。
淀んだ色だけがどろどろと蠢いている。

彼の母親は息子が一人で生きていけると見るや否や、
別の男と共に家から逃げ出してしまい、
怒り狂った父親はことさらアヒャに強く当たるようになった。

(  ゚∀゚ )「クソがクソを産んで、
      成れの果てがオレ」

高くもない給料の半分以上が父親に盗られ、
浴びるようなアルコールへと変換される日々。
家を出るほどの金もなく、彼はずるずると暗い毎日を過ごすばかり。

32 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/21(月) 23:00:22 ID:nKiD0gBk0
  
(  ゚∀゚ )「どうしたら良かったのか教えてよカミサマーってか」

乾いた嗤いを空へ送る。
唾の一つも吐きかけてやりたいが、
自分の戻ってくると知ってなお、実行に移そうとは思えなかった。

(  ゚∀゚ )「もっと人助けをせよ。他者を愛せ。清く正しく生きろ。
     そんな言葉を与えてくれるわけじゃねぇだろうな?」

芝居がかった動きで述べていく。
見たことのない聖書にでも書かれていそうな文句だが、
アヒャからしてみれば、粧品の広告につけられているキャッチコピーのほうが、
余程ためになることが書いてある、というレベルのものだ。

辛い生活を漫然と続けていくうちに職場の悪い先輩にギャンブルの愉しさを教え込まれ、
借金を作り、ヤクザの世話になり、首が回らなくなった。
ちまちまと空き巣や振り込め詐欺もやっていたのだが、
利息利息で膨らみ続ける借金に嫌気が差しての銀行強盗。

他者を思いやる余裕などなく、
清く生きる土台さえ存在していない。
そのような人間に、神はどのような啓示を与えてくださるのだというのか。

(  ゚∀゚ )「世界を終わらせるほどの力をあんたが持ってるってんなら、
      オレの一人くらい、救ってくれたってよかったじゃねぇか」

思い出したくもない過去が背後から迫り来る。

33 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/21(月) 23:01:00 ID:nKiD0gBk0
  
(  -∀- )「なぁんてな」

アヒャは目を伏せた。
目蓋の内側に浮かぶのは己が行った悪行の数々。

自分を満たすためだけに誰かを傷つけ、騙し続けてきた。
そんな人間がクソのような生活を送るというのは、
ある種も何もなく当然の結末なのだ。

むしろ、迎える終わりが世界の終末だというのだから、
逆転さよならホームランもかくや、という最期に感謝しなくてはならないだろう。

(  ゚∀゚ )「ヒャヒャ、精々、残った時間を楽しませてもらおうかな」

公園を通り抜けようとすれば、
冷たいアイスクリーム屋があった。
暑い夏、遊びにきた子供を狙った出店だろう。

彼は変わりない足取りで近づいてゆき、
躊躇することなくアイスの入った箱を開ける。

(  ゚∀゚ )「ソーダ、ソーダっと」

好きな味を選び、勝手にコーンを取って盛り付ける。
一段では足りないとばかりに、二つ、三つと違う味を載せれば、
冗談のような段々アイスの出来上がりだ。

34 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/21(月) 23:01:31 ID:nKiD0gBk0
  
(  ゚∀゚ )「どれどれ……。
      あー、うっめぇなぁ」

やってきた悪行に後悔はない。
それしかなかったから、あるいはそれが最善であると判断したから、
選び取ってきたものばかりだ。

結果として良心が欠如してしまい、
時が止まっているのを良いことに盗み放題、好き放題をしているが、
どの道、世界が終わるというのだから、誰かの不利益になることもないだろう。

(  ゚∀゚ )「つーぎーは、何しようかな」

軽い足取りで様々な店を覗いて回る。
楽しい気持ちで売り物を見るのは初めてだった。

盗みやすいものではなく、
換金しやすいものでもなく、
生きるための食料でもなく。

好きなものを好きなように選び、
手に取ることが出来る幸せをアヒャは実感する。

当たり前のように誰かは享受している幸せを
自分は何故、ここまで来なければ得ることができなかったのか。
多少の憎らしさはあれども、自分の怠慢を今更誰かのせいにするつもりもないし、
神に賠償を要求するつもりもない。

ただ少し、愚痴を言うくらいは許してくれてもいいだろう。
大人になってしまった今、
甘えられるのは世界を作った偉大なる父しかいないのだから。

35 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/21(月) 23:02:06 ID:nKiD0gBk0
  
(  ゚∀゚ )「んだよ、ゲームできねぇのか」

とあるゲームショップにて、
新作の携帯ゲーム機とソフトを盗ったアヒャは唇を尖らせてぼやく。

箱を開け、近場のネットカフェにコンセントを繋ぎ、
充電をしながらプレイしようとしていたところまでは良かったのだが、
悲しいかな、画面は黒いまま動く様子がない。

どうやら、機械の時間は止まったままのようで、
動ける人間がいくら触れたところで起動してくれないようだった。

生まれてから数度しか触れたことのない
ゲームという玩具に高揚していた気持ちは無残にも萎んでしまう。

(  ゚∀゚ )「こんなもんいらね」

遊ぶことができないのであれば、
こんなものはただのゴミだ。
アヒャはピカピカのゲーム機を放り投げ、
また目ぼしい物を探すため、町を歩き出す。

(  ゚∀゚ )「なんつーか、
      もう世界が滅んでるっつわれても納得って感じだよな」

自らの心臓が動いていることこそ、
世界が存続している証明であることはわかっているのだが、
静まり返った町を見ていると、最早そこに生命の息吹は感じられず、
この場所こそが死んだ世界に思えてなかなかった。

36 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/21(月) 23:02:35 ID:nKiD0gBk0
  
(  ゚∀゚ )「オレだけが、生きてる世界……」

たった一人、世界に取り残された気分だ。
胸にぽっかりと穴が空いてしまったような、
奇妙な感覚に、アヒャは首を傾げる。

遠い遠い昔に味わったことのある感覚のような気もするが、
腐った生活の中で消え去ってしまったものだ。
思い出すことは難しそうだったので、
彼はあっさりと記憶を浚うことを諦める。

(  ゚∀゚ )「王様ってなぁ、こんな風景を見てたのかねぇ」

広い世界を統べる王様になれば、
不幸せなど見えなくなるのだろう、と夢想したことがあった。
全ての人間が自らの足元に傅き、望むものが手に入るだろう、と。

何もかもが静止している世界で、
どのような行為に走ったとしても咎められることはない。
彼を裁く法も時期に消える。

(  ゚∀゚ )「……ツッマンネェ風景だなぁ」

幼い頃、夢見た風景とはあまりにも違っていたし、
思ったほど望んだものは手に入らない。
権力を持ち、王になったわけではない、というのが一番の理由ではあるが、
それ以上に、彼は、欲するものが少なすぎた。

37 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/21(月) 23:03:06 ID:nKiD0gBk0
  
腹が膨れるだけの食事と、
汚れていない服。
古くてもいいから遊べるゲーム機。

その程度だ。
大金がなくとも手に入るような、
ほんの少しの欲望。

(  ゚∀゚ )「オレって、何だったんだろうな」

遠くに見える山を見つめる。
思えば、隣の県にさえ一人で行ったことのない身だった。
根性と時間さえあれば徒歩でも行ける距離だというのに、
それを望み、実行することさえなかったのだ。

追い詰められていたのだ、
環境が悪かったのだ、と告げれば、
何人かは同情してくれるだろう。

だが、そんなものでアヒャは満たされない。

(  ゚∀゚ )「あんな大金を必要としてたってのに、
      オレ自身が欲しかったのは、
      ひと掴み分の札でどうにかなる程度のものだったってか」

乾いた笑いが生まれる。
こんな惨めな気持ちになるくらいなら、
さっさと1秒を終わらせて殺してほしい。

38 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/21(月) 23:03:30 ID:nKiD0gBk0
  
落ち込んだ気持ちを携え、
どうにか少しでも楽しいものを、とアヒャは町を歩く。

何人かの慌てた顔をしている人間を笑い、
楽しげに町を歩く親子の顔を見て表情を歪める。
それの繰り返しだ。

いつの間にか、アヒャは店を覗くことなく、
町に生きる人々を見て回るようになっていた。

(  ゚∀゚ )「馬鹿そうなツラしてらぁ」

友人と楽しげに笑いあっている男子高校生を見て、
からかうように言う。

他人の顔なんぞ殆ど興味なく生きてきた彼にとって、
普通に生きる人々の表情というのはどこか新鮮なものがあった。
笑みも怒りも、焦りも悲しみも。
全てがキラキラと光って見えるのだ。

(  ゚∀゚ )「いいなぁ」

無意識に出た言葉に、アヒャは驚愕する。
すぐさま手で口を押さえるが、
彼自身の脳と鼓膜が先ほどの発言を何度も繰り返してきた。

(  ゚∀゚ )「……何、だってんだよ」

39 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/21(月) 23:04:08 ID:nKiD0gBk0
  
無いものねだりは子供の頃で卒業したはずだ。
欲する気持ちがあったとしても、
自身の行いや現状を鑑みて諦める癖がついていたはずなのに。

(  -∀- )「しかたねぇし、どうしようもねぇ」

ゆっくりと搾り出すように息を吐き出し、首を横に振る。
地獄の底よりも少し上、
崖から突き出している枝にかろうじて掴まっているような人生だ。

上へ這い上がる努力をしたところで、
実を結ぶのは何年後になることやら。
少なくとも、世界の終わりには間に合わないだろう。

(  ゚∀゚ )「さてさて、まーだ1秒は終わんねぇのかぁ?」

両ポケットに手を突っ込もうとして、
拳銃の存在を思い出す。

(  ゚∀゚ )「あーらら、持ったままだったか」

黒光りしている銃身を取り出し、手の中で弄ぶ。
大金を用意する決意表明をしたところ、
餞別代りに、とヤクザから都合してもらった物だ。

扱い方も一通り教わったが、
正直なところ、引き金をひいたことはなく、
的に当てる自信はわずかもない。

40 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/21(月) 23:04:41 ID:nKiD0gBk0
    
格好だけでも、と銀行員に向けはしたが、
発砲はしていないので死傷者はゼロ。
ただし、銀行員及び、利用客のトラウマに関しては考慮しないことにする。

(  ゚∀゚ )「最期までこんなもん持ってんのもなぁ……」

お綺麗な手をしているわけではないが、
最後の最期くらい、汚いところを隠して逝きたい。
残されたわずかな時間の中でまで、
周囲から忌諱されるのは勘弁願いたいところだ。

(  ゚∀゚ )「どっかに隠すか」

ゴミ箱に突っ込んでもいいのだが、
世界の終わりに加えて、
日常生活ではまずお目にかかることのない銃火器なんぞが出てきた日には、
周辺の人間が盛大なパニックを起こすことが目に見えている。

アヒャの中に残されたひと欠片の良心が、
それは良くない未来である、と判断した。

(  ゚∀゚ )「お誂え向きに公園があんじゃん」

視線を左右にやれば、
緑化目的なのか、大量に植樹されている公園が目に入った。
青々とした草木の中に隠してしまえば、
そうそう見つかることはないだろう。

41 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/21(月) 23:05:14 ID:nKiD0gBk0
  
嬉々として公園に足を踏み入れたアヒャは、
手ごろな茂みの中に銃を隠す。
奥の奥。わざわざ顔を突っ込まなければわからないような場所へ。

(  ゚∀゚ )「これで、よし、と」

一仕事終えたとばかりに上を見上げれば、
太陽の光が木の葉で遮断され、
美しい木漏れ日を作り出していた。

葉の隙間から覗く青空は美しく、
白い雲とのコントラストにアヒャはため息をついてしまう。
長らく、空を見上げることもしてこなかったな、と。

しばしの間、ぼんやりと空を眺めていたアヒャだが、
首が痛くなってきたのを機会にして、その場を離れることにした。

せっかく銃を手放したのだから、
物理的に距離をとっておきたかったのだ。

(  ゚∀゚ )「どっこまで行こうかねぇ」

足取り軽く、アヒャは進む。
具体的にどれ程の距離をとりたい、ということはなかったのだが、
別段、目的があるわけでもないので真っ直ぐ進むことにする。

42 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/21(月) 23:06:00 ID:nKiD0gBk0
  
(  ゚∀゚ )「――あ?」

唐突に、アヒャは足を止めた。

ξ゚听)ξ

女が一人、道に立っている。
いや、時が止まるその瞬間まで、
彼女はどこかへ向かって歩いていたのだろう。
片足がわずかに浮いていた。

右手にはスマートフォンを持ち、
もう片方の手は胸の高さまで持ち上げられ、
何かを表現しようとしていたのか、薄く開かれている。

(  ゚∀゚ )「ツン」

小さく彼女の名を呼ぶ。
昔、まだアヒャが中学生だったとき、
同じクラスになったことのある女子の名前だ。

あれから十数年という時が流れており、
背丈や顔つきはずいぶんと変わってしまっている。

特に、化粧を知らなかったあの頃とは違い、
今の彼女は薄くチークやアイシャドーが塗られており、
昔よりもずっと綺麗に見えた。

だというのに、アヒャはひと目で彼女であるということがわかった。

43 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/21(月) 23:06:31 ID:nKiD0gBk0
  
(  ゚∀゚ )「元気、だったかよ?
     何て、聞こえてねぇよな」

急速に乾き始めた喉を唾で潤し、
恐る恐るといった具合でツンに近づいていく。

(  ゚∀゚ )「風の噂でな、聞いたぜ、
     幼馴染のヤツと、付き合って、
     婚約まで持っていった、って」

心臓が激しく脈打っているのは恐怖のせいではない。
在りし日の、そう、まだ幼く、現実というものに夢を抱いていた時代の、
淡い初恋が呼び起こす胸の高鳴りだ。

(  ゚∀゚ )「それ聞いたとき、オレァ、すっげぇショックだったんだ。
     お前には言ってなかったけどよぉ、
     オレの初恋、だったからさ」

気が強くて真面目で明るくて。
ツンはいつでもクラスの中心人物だった。

少々暴力的な部分が目立っていたアヒャを嗜め、
無実の罪を着せられたときには助けてくれるような、
天使か聖母か。そうでなければ、女神だと、
アヒャは本気で信じていた。

44 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/21(月) 23:07:14 ID:nKiD0gBk0
  
(  ゚∀゚ )「本当に、すっげぇ、べっぴんさんになってよぉ……」

じりじりと近づいていた距離は、
後数歩の距離まで縮められており、
手を伸ばせば柔らかな頬にだって触れることができそうだった。

アヒャは目を細め、
愛おしげにツンの顔を眺める。

(  ゚∀゚ )「もう、会えねぇと思ってた。
      これも、神様のご慈悲ってやつかよ」

泥に身体を漬けている自分が、
輝かしい世界に生きるツンに、
どの面を下げて会えばいいのかわからなかった。

第一、大人になった彼女が自分を蔑む顔は見たくなかったし、
たとえ、そんな目を向けられることがなかったとしても、
面と向かい合えばツンの輝かしい光に身を焼かれ、殺されてしまうだろうと怯えていたのだ。

寂しいことではあるが、時が止まった中、
一方的な形での対面というのは、
彼にとって理想的なシチュエーションだった。

(  ゚∀゚ )「大人になってよ、女を抱いたこともあるけど、
      こんな風に好きになったのは、
      お前だけだったよ」

45 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/21(月) 23:08:14 ID:nKiD0gBk0
  
白く細い手にそっと触れる。
自身のそれが汚れていることは承知していたが、
愛おしい初恋を前に、衝動が抑えられない。

(  ゚∀゚ )「好きだ、ツン」

かろうじて純粋な部分を残していた中学時代。
唯一、まともに人を愛せた時代の、初恋。
胸の片隅に残っていたそれを言葉にする。

ξ゚听)ξ

返事はない。
当然だ。
彼女の時間は止まっている。

また、そうでなければ、
アヒャは気持ちを声に出したりなどしなかった。

(  ゚∀゚ )「んだよ、お前、指輪してねぇの?」

触れた手を見て、小さく噴出す。
スマートフォンを持つ手にも、
薄く開かれた手にも指輪どころか、
それをつけていた跡すらない。

どうやら、相手の男は甲斐性なしのようだ。

46 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/21(月) 23:09:32 ID:nKiD0gBk0
  
(  ゚∀゚ )「お前よー、婚約指輪くれぇ、さっさと贈ってくれる野郎じゃねぇと、
      オレとしてはちょーっと許せねぇぞ?」

情けなく眉を下げ、
愛する人の恋人へと苦言を呈する。

アヒャにそのような権利はないのだが、言わずにはいられなかった。
大切な初恋の人なのだ。
世界中の誰よりも幸せになってもらわなければ困る。

(  ゚∀゚ )「あ、そーだ。
      ツン、ちょっとだけ待ってろよな」

言われずとも、彼女は動けない。
1秒が過ぎるその時まで、
その場で微動だにせず立ち続けていることだろう。

(  ゚∀゚ )「1秒って後どんくれぇだ?」

パタパタと出来の悪いフォームで走りながら、
考えてみるものの、神の采配による1秒がいつ間で続くのかなどわかるはずもない。

結局、アヒャに出来ることといえば、
1秒が終わる前にツンのもとへ戻れるよう、
精一杯走り抜けることだけなのだ。

47 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/21(月) 23:10:28 ID:nKiD0gBk0
  
何件かの店を通り過ぎ、
アヒャは目的の場所へたどりつく。

(  ゚∀゚ )「おー、まだやってたか」

それは、古くからやっているジュエリーショップで、
確かな質だとこの辺りでは有名な店だ。
近隣に住む者ならば皆、結婚、婚約指輪はここで調達する、らしい。

(  ゚∀゚ )「ちょいとお邪魔しますよー、っと」

自動ドアを無理やりこじ開けて中に入ってみると、
こじんまりとした店の中は宝石と金属でキラキラと輝いていた。

彼はジュエリーショップという場所に来ること事態が始めてだったため、
店に指輪以外のアクセサリー類が売っていることすら驚いてしまう。
ショーケースに飾られた美しい宝石達と、
カウンターの端にかけられたネックレス類。

(  ゚∀゚ )「婚約、指輪、指輪……?」

勢いに任せてここまできたものの、
高価なアクセサリーとは縁のなかった男だ。
指輪の種類どころか、何号の指輪を買えばいいのかすら、
さっぱり検討がつかなかった。

(  ゚∀゚ )「たっしか、昔、工場のおっさんがつけてた、のは、
      ありゃ、結婚指輪だったっけか。
      まあ、あんな感じのでいいだろ」

48 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/21(月) 23:10:51 ID:nKiD0gBk0
  
記憶をどうにか手繰りよせながら、ショーケースを見て回る。

大きな宝石がついているものや、こったデザインのもの。
シンプルながらも、素材にこだわっているらしいもの。
素人目でもわかるものから、違いがさっぱりわからないものまで、
多種多様な取り揃えだ。

店の評判が良いのも頷けるというもの。
これで店員に話が聞ければ最高だったのだろうけれど、
肝心の彼、彼女は笑顔で接客をした状態で固まっている。

(  ゚∀゚ )「んー、とりあえず、二、三個、
      良さ気なのを盗ってくとするか」

良心は痛まない。
そうしようと思った段階で、
彼の心はどこか欠けてしまっているのだ。

パリン、と高い音が凍った世界に響く。
ショーケースは強化ガラスになっていなかったようで、
アヒャが拳を振り下ろせば簡単に割れた。

(  ゚∀゚ )「これと、これーと、これっと」

自分の感性にあった指輪を三つ手に取り、
服についたガラス片を軽く払う。

(  ゚∀゚ )「すまねぇな。
      貰ってくぜ」

49 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/21(月) 23:11:25 ID:nKiD0gBk0
  
手にしたのは小粒のダイヤがついた指輪と、
シンプルなリング状の指輪。
そして、ハート型のアクセントとトパーズがついた可愛らしい指輪だ。

ダイヤは宝石の代表だろうと、
シンプルなものは昔、工場の先輩がつけていた指輪を思い出して。
最後のトパーズは、ツンの蜂蜜のような髪色を連想しての選択だった。

(; ゚∀゚ )「まだ経ってくれるなよ、1秒」

ジュエリーショップを後にしたアヒャは、
駆け足でツンのもとへと戻る。

世界が終わる間際に、
窃盗でしょっ引かれることはないだろうけれど、
せめてツンにはこれらが盗品であることを知られたくない。

ξ゚听)ξ

(; ゚∀゚ )「ま、待たせたな」

違うとわかっていても言いたくなるのは、
恋人ごっこを望む幼心のせいだろうか。

アヒャはしっかりと握ってきた指輪をそっと抓む。
まずは、ダイヤの指輪。

50 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/21(月) 23:11:51 ID:nKiD0gBk0
  
(  ゚∀゚ )「あ、ちっとでけぇか」

ツンの左手、薬指に指輪を通すと、
するりと指の又まで入る。
しかし、見るからにサイズが合っておらず、
指とリングの間に隙間が見えた。

(  ゚∀゚ )「んじゃこっち」

指輪を抜き、用済みとばかりに放り投げる。
代わりに取り出したのはシンプルな指輪だ。

(  ゚∀゚ )「……ちっせ」

今度は逆に、指輪が小さすぎた。
第二間接までは入ったのだが、
その先まで通そうと思えば、かなりの力技になりそうだった。

いっそ、抜けないくらいの指輪をしてやりたいのはやまやまなのだが、
指先にまで血が行き届かなくなったら大変だ。
何も、アヒャはツンを虐めたいわけではないのだから。

(  ゚∀゚ )「じゃあ、これが最後、な」

これが駄目なら諦めよう。
そう心に近い、アヒャは最後に残った指輪を取る。

51 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/21(月) 23:12:15 ID:nKiD0gBk0
  
(  ゚∀゚ )「――お」

大きくもなく、小さくもなく。
最後に通した指輪は、ツンの指にぴったりと納まった。

(  ゚∀゚ )「ピッタリじゃねぇか!
      オレの目も捨てたもんじゃねぇな」

ヒャヒャ、と笑い、
二歩程後ろに下がる。
丁度、彼女の全身を視界に入れることが出来る距離だ。

(  ゚∀゚ )「お似合いだぜ。
      世界で一番、お前に似合う指輪だ」

仕事をしているのであろうツンの左手、薬指に光る指輪。
髪の色とよく似ていて、とても綺麗だった。
可愛らしいハート型というのも、
愛おしいツンによく似合っている。

どんな高級な絵画も、
この光景には敵わないだろう、という自信がアヒャにはあった。
少なくとも、彼にとっての最高はここにある。

(  ゚∀゚ )「ざまあみろ。
      もたもたしてるから、ツンのここに、初めてやったのは、
      お前じゃなくて、オレだ。この、オレなんだ」

52 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/21(月) 23:12:43 ID:nKiD0gBk0
    
再びツンに近づき、
指輪を軽く撫でる。
そこが重要な意味を持つことくらいは、
アヒャでも知っていた。

知っていて、そこに指輪をはめてやった。

(  ゚∀゚ )「……ツン、さよならだ。
      お前に、一方的だけど、
      告白ってやつができてよかったよ」

最後にキスでもしてやろうかと、
頬に手を沿え、そっと降ろす。

(  -∀- )「じゃあな」

気づかれぬ交わりだとしても、いや、気づかれぬからこそ、
一線を越えてしまうことをアヒャのプライドは許さなかった。

自身の思いを残すのは、指輪一つで充分だ。
愛おしい人の、重要な指へ、最初を贈ることができた。
これ以上は贅沢が過ぎるというもの。

(  ゚∀゚ )「幸せにな」

静かに終わるばかりの世界で幸せも何もないかもしれないが、
彼女の最期が幸せであることを願うのはおかしなことではないはずだ。

優しく、寂しい表情を浮かべたアヒャは、
名残惜しげにツンを瞳に写し、振り切るようにしてその場から離れて行った。

53 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/08/21(月) 23:13:05 ID:nKiD0gBk0
  

――そして、秒針が1つ、進む――



ツンからどれだけ離れただろうか。
世界に時間が戻った。

(  -∀- )「……さっさと終われ」

ガードレールに腰かけ、
アヒャは目蓋を閉じる。
最後に綺麗な思い出を得た。

他には何もいらないし、
何も見たくない。

悲しいことや苦しいことを思い出すよりも先に、
何かの気の迷いでツンのもとへ戻ろうと思ってしまうよりも先に、
世界の終わりを望む。

今、この瞬間に終わることができたならば、
きっと何よりもの幸福に違いないのだ。

遮断することのできない聴覚から悲鳴が聞こえたような気もするが、
心の奥底から満たされ、まどろむアヒャには関係のないことだった。

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