( ^ω^)プロメテウスの火を灯すようです
第三話



222 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 22:12:55 ID:JN3sHMF20

  〜interlude〜

 

  ――壁板の隙間から差し込む光の中で、微細な埃がキラキラと舞っている。
  手をついた礼拝者用の長椅子は、少し力を加えれば折れてしまいそうな程に腐食が進んでいた。

li イ ゚ -゚ノl|「ここが、この街の唯一の教会なのですか」

  白く清楚なワンピースを着た少女が、同じ配色のつば広の帽子を上げて嘆息する。
  つばの下から覗くその顔と、剥き出しの肩にしなだれかかる髪は、少女の召した衣装以上に白い。
  新雪のような純白の中で、ただ一点、色があるのはその瞳。
  雪原の中に二粒だけ実った苺めく、赤い、赫い瞳。

  年代物のスーツケースを提げて、秋口だというのに素足にサンダル履きな彼女は、廃教会という場所もあってか、その佇まいそのものが非現実的だった。

li イ ゚ -゚ノl|「それにしても、酷いですわね。ニホンの行政は何をなさっているのでしょうか」

川 ゚ -゚)「それだけ、ここが“神の愛から遠い街”だという事だろう」

  説法台の上の傾いた十字架を見上げる白の少女に、入口の方から返事を返すものが居る。
  眉と耳横で切り揃えられた、黒蜜の様な髪はストレート。
  黒地に紫で控えめに装飾された修道服の上からでもわかる、扇情的な肢体。
  先の少女とは対照的な黒づくめの女の顔は、目鼻立ちから何に至るまで、鋭く、それでいてどこか無機質でもあった。

223 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 22:15:15 ID:JN3sHMF20

川 ゚ -゚)「そもそも、ニホン人にとって信仰というものは縁遠いものと聞く。
      何か一つのものを崇め、それに祈るという事自体、廃れて等しいそうだ」

  平淡な声で淡々と言いながら、黒の女は長椅子の一つの埃を払って腰を下ろす。
  ハシバミ色の瞳は、割れたステンドグラスの中で煤塗れなままの聖母を見るともなしに眺めていた。

li イ ゚ -゚ノl|「……悲しい事です。祈る神も無く、信ずる教えも無ければ、一体この街の人々は何を道しるべとして生きておられるのでしょうか」

川 ゚ -゚)「さてな。そこの所は当人たちに聞いてみなければ――いや、解り易い奴が直ぐ近くに居たか」

  けたたましいブレーキの音が、寂れた礼拝堂を震わす。
  どるるん、どるるん、という低いエンジンの唸りが止まると同時、腐れかかった教会の木戸を押し開いて、一人の男が現れた。

<_プー゚)フ「チョリィィイッス!周囲の見回り、カンリョーしましたァッ!ってんだこりゃ、随分しみったれた所じゃないのォッ!」

  ユニオンジャックのヘアバンドで纏めた金髪はパイナップルのよう。
  ピアスだらけの顔の下、肌蹴た僧服の胸元から覗く十字架が、辛うじて彼の信仰する神の名を示している。
  痛んだ床板に気を配る事もしない大股の歩みからも、彼が神父服を着ているのは悪い冗談のようにしか見えなかった。

224 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 22:16:03 ID:JN3sHMF20

川 ゚ -゚)「ちょうどよかった。エクスト、お前は普段から何を道しるべとして生きている?」

  エクストと呼ばれたその男は、がに股の歩みを止めると「は?」と間の抜けた表情を浮かべて頭をかく。
  
<_プー゚)フ「えーっと、道路標識とか?いや、最近はグーゲルマップとかあるか……。
       ストリートビューとかマジすげえのな。あれあれば旅番組とかいらないっしょ。いやマジで」

川 ゚ -゚)「猿に説法を説いた私が馬鹿だった。忘れてくれ」

<_プー゚)フ「あれ?あれあれ?もしかしなくてもエクストっち馬鹿にされたりなんかりしちゃってる?しちゃってる系?」

li イ ゚ -゚ノl|「少し、黙っていてもらえます?貴方の言葉を聞いているとこっちまで頭が悪くなってくるような気がするので」

<_プー゚)フ「わぁおノエルっち辛辣ぅ〜!でも、そんなツンツンした君も、激カワだぜ!」

川 ゚ -゚)「おい、私と言うものがありながらお前は何を言っている。殺すぞ」

<_;プー゚)フ「ま、またまたァ。そういう事言って、クーにゃんは全然そんな気ないくせにィ」

川 ゚ -゚)「勿論殺すなんて言うのは冗談だ。このような些細な失言如きで愛する男を手に掛ける程、私は余裕の無い女ではない」

<_;プー゚)フ「え、いやそう言うつもりで言ったんじゃなくて…愛してるとか…そんないきなり……」

川 ゚ -゚)「どうした?何時もから私は言っているだろう。誰よりもお前を愛しているぞエクスト。
     お前を片時も離したくない。お前の事を常に考えている。夢の中までフォーリンラブだ」

225 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 22:16:58 ID:JN3sHMF20

  たじろぐエクストに、クーはその表情をピクリとも変えることなくずずいっと迫る。
  平淡な声色で囁かれる“愛している”という言葉は何とも奇妙な音色だ。

川 ゚ -゚)「言葉で伝わらないなら身体で伝えるか?だが婚前交渉まではいかんぞ。
      お前の事は勿論愛しているが、それ以前に私たちは曲がりなりにも聖母の使徒でもある」

<_;プー゚)フ「え、あ、その……」

  今にも唇を奪われそうなエクストは、涙目になりながら傍らの少女に目線で助けを求める。
  笑いを堪えてその様子を見ていた少女は、目尻に浮かんだ涙(エクストが浮かべるそれとは違う類の)を拭いながら、口を開いた。

li イ う -^ノl|「あ、あの、それでブラザー・エクスト、お聞きしても宜しいですか」

<_;プー゚)フ「お、おおうとも!なんでもお聞きしてくださいよマジで!」

川 ゚ -゚)「…むぅ」

  それ今だ、とばかりにクーの腕から逃れ、エクストは白い少女――ノエル――の後ろに隠れる。
  ティーンエイジ半ばの少女の影から「ふーっ!」と猫のように威嚇する青年を、クーは幾分か名残惜しそうな目で見ていた。

li イ ゚ -゚ノl|「確かブラザー・ハインリッヒと一緒にお出かけになられていたと思いますが、彼はどちらに?」

<_プー゚)フ「ああ、あいつはなんかまだちょっち散歩したいって言うから置いてきたわ。
        意外とこの街が気に入っちゃった系とかじゃないノ?」

226 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 22:17:51 ID:JN3sHMF20

li イ ゚ -゚ノl|「散歩、ですか。あの人の悪い癖ですね。観光気分で居てもらっては困るというのに……」

川 ゚ -゚)「まあそう言ってやるな。今回の様な事でもない限り、我々が極東の外れの島国に来ることなど無いのだから」

<_プー゚)フ「なんならノエルっちも俺と一緒にJAPAN満喫しちゃう?フジヤマ行っちゃう?」

li イ ゚ -゚ノl|「結構です。私はやるべきことがあるので。……というか、やるべきことがあるのは私だけじゃないですよね」

  じとーっとした目でエクストを睨むノエル。
  その視線の真意には気付かず、エクストは腕組みをして唸る。

<_プー゚)フ「んー、やるべき事ね…JAPANに来たからにはやっておきたいこと、色々あるよね……」

川 ゚ -゚)「…うむ。いいぞ、その何処までも突き抜けた頭の悪さも愛しているぞ、エクスト」

<_プー゚)フ「フジヤマ、ハラキリ、ゲイシャ、スキヤキ…カンジ…そうだ、カキゾメだ!」

  頭の上に電球を浮かべそうな勢いで指を弾くと、エクストは鋲やシルバーアクセサリーでごちゃごちゃしたカソックをごそごそとやり、短冊と筆ペンを取り出す。
  100円均一の値札が貼られたままのそれを握り、彼はうんうんと唸り始めた。

<_プー゚)フ「ノエル・ブラッドベリー……ジュウニガツ…イチゴ…ふむ」

li イ ゚ -゚ノl|「何時のまにそんなもの買ってたんですか……」

  溜息をつくノエルを前に、さらさらと筆ペンを動かすエクスト。
  ぎこちない指先で“カキゾメ”を終えると、彼は短冊を二人に向かって突き出した。

227 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 22:20:04 ID:JN3sHMF20

li イ ゚ -゚ノl|「なんです……」

川 ゚ -゚)「これは……?」

  短冊には、ミミズののたくったようなへろへろとした筆跡で、何かが書きなぐられている。
  エクストはむんっと胸を反らすと、得意げな顔で、

<_プー゚)フ「ふふんっ、これはな、ノエルっちのニホン名よ」

  そう言い切った。

li イ ゚ -゚ノl|「私の、ニホン名…?」

<_プー゚)フ「おうとも。ノエル・ブラッドベリー。ノエルはニホンじゃジュウニガツ!
        ジュウニガツじゃちょっとごろ悪いから、ジュウニガツと言えば雪!ベリーでイチゴ!」
  
  「どうよこのセンス」、と鼻の頭を弾いて見せるエクストは自信満々だ。
  彼が握る短冊の文字は、確かに「雪苺」と読めなくもない。

li イ ゚ -゚ノl|「ゆき、いちご…?」

<_プー゚)フ「KAWAIIだろ!?」

li イ ゚ -゚ノl|「カワイイ?」

川 ゚ -゚)「キュートという意味だ」

li イ ゚ -゚ノl|「…はぁ」

228 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 22:26:16 ID:JN3sHMF20

川 ゚ -゚)「なあ、折角だから私のニホン名もつけてくれないか」

<_;プー゚)フ「え、クーにゃんの?」

川 ゚ -゚)「ああ、是非ともお前に決めてほしいのだ。他でもない、愛するお前にな」

<_;プー゚)フ「え、いや、えーと……」

川 ゚ -゚)「さあ、私に相応しいKANJIを!その太くて黒いもので!早く!ハリー!ハリー!」

<_;プー゚)フ「え、ちょっ!やめっ!近づかないデ!イヤ!ノエルっちー!イヤアアア!」

  渡された短冊と、その中でヘロヘロとのたくった「雪苺」の文字を、ノエルはじっと見る。

li イ ゚ -゚ノl|「私の、名前……」

  ぎゃあぎゃあ騒ぎながら圧したり押し返されたりするエクストとクー。
  二人が自分を見ていないのを上目遣いで確認してから、彼女は自らの名前の書かれた短冊を両手でそっと抱くようにして微笑んだ。

li イ*^ー^ノl|「私の名前……」

  16歳の少女に相応しい、それは実に屈託のない笑顔だった。

229 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 22:28:05 ID:JN3sHMF20

 

 

第三話

「セントエルモの火」

 

 
.

230 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 22:29:43 ID:JN3sHMF20

  〜1〜

 

  ――満天の星空の中に、大輪の花が咲く。
  どんぱんっ、どんぱんっ、ひゅるるーと飛んで更にどんぱんっ。
  赤青黄色、緑にピンク。白く輝く星々の間を埋める様な花火の原色。
  思わず「たまやー」、なんて言いそうになるところをぐっとこらえて、僕はこめかみにそっと右手をあてる。

( ^ω^)『こちらチーム・ブーン。ランデブーポイントの安全を確認。これよりクイーンシベリア号の追走を開始する』

爪'ー`)y‐『HQよりチーム・ブーンへ。既に船上でのパーティーは始まっている。迅速に合流された後、所定ポイントで待機せよ。オーバー』

  頭の奥で、僕とフォックスさんは「言葉の無い会話」を終えると、一時的に「回線」を閉じる。
  ツンから渡されたメモの中で赤丸をつけられていた「念話術式」は、初歩の初歩ということもあり僕でも問題なく扱えているようだ。
  
ζ(゚ー゚*ζ「さあ、それでは私たちも参りましょうか」

  傍らに立った浴衣姿のデレちゃんの言葉に、僕はベンチから立ち上がる。
  電灯の明かりだけがぽつぽつと照らす入會宮海浜公園の中に、僕たち以外の姿は無い。
  小高い丘の上から見下ろせば、麓の入會宮埠頭の周りが、何時も以上の明かりを放っているのが見える。
  50周年記念という事で、あちこちから出店や屋台などが集まり、遊歩道の真ん中ではテレビ局主催の早食い対決なんかも開催されているほどの盛況ぶりだ。

231 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 22:30:56 ID:JN3sHMF20

ζ(゚ー゚*ζ「どうせなら、あっちでお祭りを楽しみたかった、ですか?」

  まるで心の内を見透かしたかのようなデレちゃんの言葉に、僕は苦笑する。

( ^ω^)「正直な所を言えばそうだけど、これは僕が選んだ道だから」

  その場その場の流れでここまでやってきてしまったといえば、本当はそれまでだ。
  だけど、魔術刻印を開いて貰って、魔術を教えてもらって、今こうして「テロリスト」の一員としてここに立っている以上、それは僕が選んだ道なのだ。

  後悔が無いと言えば、嘘になる。覚悟が固まっているかと言えば、自分でもわからない。

  だからこそ、僕は進まなければならないのだと思う。
  この血塗られた道を進み、その先にある、僕が選んだこの道の意味を探すために。

( ^ω^)「――それに、お祭りって言うなら、それなりに楽しめてはいるしね」

  言って、隣のデレちゃんを横目で見る。
  今回の作戦に当たる上で、何時もの給仕服(この際もうメイド服でいいか)だと目立つという事で、デレちゃんは浴衣を召している。
  50周年記念式典の観客に紛れる為の衣装だが、黒地に金で蝶をあしらった浴衣はデレちゃんの大人っぽい魅力を引き立てていて、ある意味で目立ってしまうのではないかとも思えた。

ζ(゚ー゚*ζ「?」

  僕の視線にデレちゃんが小首を傾げれば、その結わえた金髪の一筋が、浴衣の襟から覗く鎖骨の上を撫でて、僕は思わずぞくりとする。
  ツンと比べると、その、えっと、胸が大きいので(というかツンが歳の割に小さいのか)、浴衣は似合わないんじゃないかと思ったけれど、これはサラシを巻いているのだろうか。
  そこの所は大いに気にはなるのだけれど、まさかそんな事正面切って訊けるわけがない。
  そんなことを聞いた日には、VIPの中ですら生きていけなくなってしまう。

232 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 22:32:18 ID:JN3sHMF20

( ;^ω^)「え、えっと何でもない。何でもないです、はい」

ζ(゚ー゚*ζ「……変な内藤さま」

  くすりと笑って、デレちゃんは僕の左腕に自身の右腕を絡めてくる。
  一応、打ち合わせで「お祭りを見に来たカップルのように振る舞う」というのは決めて置いたけど、分かっていてもやっぱりドキドキする。
  だって、童貞だもの。ふみたろう。

( ;^ω^)「デ、デレちゃん、当たってる。当たってるって」

  ――ガントレットが。

ζ(゚ー゚*ζ「……?」

( ^ω^)「いや、ごめんね。一度言ってみたかったんだ」

ζ(゚ー゚*ζ「はぁ」

  まさか祭りを楽しみに来た女の子が、あのような無骨な鋼鉄の手甲などをちらつかせているわけにもいくまい。
  そんなわけで彼女の得物である所の弾倉式術式手甲は、彼女の浴衣の振袖の中に軽量化術式を施した上で暗器のように隠されているというわけだ。

  デレちゃんが腕を絡めて来ている都合上、歩くたびに振袖が揺れる。
  するとアメリカンクラッカーのようにして鋼鉄の塊が僕の尻を打つわけで、これが中々痛かったりなんかりする。
  しかし務めてそれを表情に出さないようにした僕の努力の甲斐あって、目的地へとつくまで結局デレちゃんがその事に気付く事は無かった。

  男とは、かくも悲しき生き物なのか。

233 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 22:33:14 ID:JN3sHMF20

ζ(゚ー゚*ζ『チーム・ブーンよりチーム・ジョルジュへ。船上の様子は如何ですか?どうぞ』
  _
( ゚∀゚)『チーム・ジョルジュよりチーム・ブーンへ。こっちの方は特に変わり無しだ。作戦決行までまだ時間はあるが、早急に合流されたし。どうぞ』

ζ(゚ー゚*ζ『チーム・ブーン、了解。これより合流を開始します。オーバー』

  念話を終えたデレちゃんは、耳にかかった金糸の髪をかき上げてから水辺にしゃがみ込む。
  入會宮埠頭から1キロばかり離れた名もなき入り江(正式名称はあるだろうけれど、僕が知らないだけだ)。
  周りを大きな岩に囲まれた浜辺には、ボートが一つと杭が二つ。
  杭に繋がれた小型モーターボートの綱を解くデレちゃんの後姿を眺めつつ、僕は制服のベルトに挟んだ“チャンバー”の感触を確かめた。

  “基礎術式もまだ覚えきれてない以上、貴方が「攻撃する」時にはそれが必要よ”

  “6発中、3発は甲弾術式、もう3発は虚槍術式を装填しておいたから、一応遠近両用で戦えるようにはなってる”

  “でも、いい?引金を引けば、弾が相手に当たると思わないで。術式槍が勝手に相手を倒してくれるとは思わないで”

  “甲弾を当てるのは貴方。槍を振るうのは他でもない、貴方自身だという事。肝に銘じておいて”

( ^ω^)「僕が、当てる。……僕の、意志で」

  生唾を、飲み下す。
  遠くの空で、花火が咲く。
  準備を終えたデレちゃんが、こっちを振り返って小さくうなずいた。

234 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 22:34:40 ID:JN3sHMF20

  〜2〜

 

  ――秋の日は釣瓶落とし。
  夕日を飲み込んだ宵闇は既に濃く夜の色を空に広げ、星々の賑わいに華を添える花火の彩をより一層引き立ていた。
  _
( ゚∀゚)「ほ、ほご!こべっ!こべうま!うまうま!ほご!」

  最も、花より団子という言葉が示すように、一端の風情を介さない者も勿論いるようで。
  _
( ゚∀゚)「北京ダックうみゃー!これならおまんま三杯はいけるでー!」

  白波を掻き分ける客船の上。
  クイーンシベリア号のデッキでは、和洋中と色とりどりの豪勢な料理の数々が、この日この時を待ちわびていた人々の為に、潮風すらもかき消すほどに芳醇な香りを放って振る舞われていたのだった。
  _
( *゚∀゚)「おっほ!おっほっほ!おっほっほっほー!んんんんまあああい!こらいける!ばりしゃきいけるでー!」

  万国旗で飾り立てられた一般開放区画。
  人々の犇めきの中に点在するテーブルの間を往ったり来たりする、中年ヤンキー。
  昇り龍の刺繍も眩しいスカジャンを羽織った我らが長岡ジョルジュは、その両手に紙皿を三枚ずつ持ち、一心不乱に今宵の晩餐に舌鼓を打っていた。

235 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 22:35:31 ID:JN3sHMF20
  _
( ゚〜゚)「ん、こっちの…パスタも…ホタテの出汁がきいとって…なかなか……」

o川;゚ー゚)o「……」
  _
( ゚〜゚)「ふむっ…ナンとはまたなんのこっちゃ…ナンちて…でゅほっ!…これもまた…スパイシーかつ…まろやかで…」

o川;゚ー゚)o「……」
  _
( *゚∀゚)o彡0「おっほー!味の万国博覧会やー!」

  一皿摘まんでは奇声を上げ。
  また一皿平らげては身体をくねらし。
  「喰らう」ことの喜びを全身で表現するその様子を、周囲の乗客たちは一定の距離をとりつつ、舞踏会に乱入した猿を見るような目で眺めていた。

( ・∀・)『おい、ジョルジュ。定時報告の時間だ。何か変わったことはあったか』
  _
( ゚∀゚)「んん、いや別に――おっ、この千巻美味そうやな」

( ・∀・)『こちらも同じく異常は――っておい、貴様何をしている』
  _
( ゚∀゚)「いや別に――お、嬢ちゃんそれ持ってるのん一口分けてもろてもええか?」

o川;゚ー゚)o「ひっ!は、はいどうぞ……」

( #・∀・)『おいジョルジュ!何をしていると聞いて――』
  _
( ゚∀゚)「なんやこれ…嬢ちゃんこれなんて言うん?…なに、きまぐれシェフのアドリア海風味キングババロアソテー?
     けったいな名前やなー。ホンマに美味いんか?」

236 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 22:36:23 ID:JN3sHMF20

o川;゚ー゚)o「え、いや、あたしまだ一口も食べてないんで――」
  _
( ゚∀゚)「まあええ、おっちゃんが味見したるけん。……んう…ん…ぷるぷるして…ちゅりゅんってなっとうて…酸味が…ほお、ほほお…ほっほー!」

( #・∀・)『な!が!お!か!ジョルジュ!聴いているのか貴様!』
  _
( ゚∀゚)「なんやもう、うるさいなぁ…はいはい聴いとりまっせ、聴いとりまっせー。――嬢ちゃんこれ旨いで。おっちゃんオススメや」

o川;゚ー゚)o「え、あ、はぁ…ってほとんど残ってないし!」

  七割方空になった紙皿を少女に託し、ジョルジュは傍らを通りかかったホストからシャンパングラスを受け取る。
  きざったらしく一口飲むと、彼は人混みから離れてデッキの縁へ進み、手摺に腰掛けた。
  _
( ゚∀゚)『いやぁ、食った食った。これだけ食うて五千円はちょっと申し訳なくなるなあ』

( #・∀・)『本当に申し訳ないと思うなら真面目に働け。作戦行動中だぞ』
  _
( ゚∀゚)『なんや、乗客に紛れる為やん。なあんも問題なんかあらへんやろ』

( #・∀・)『ちっ…ああ言えばこう言う…緊張感の問題だ!まさか貴様、酒まで入れてるんじゃないだろうな』
  _
( ゚∀゚)『まっさかあ。流石のうちでも業務時間中に飲酒なんかせえへんて。ホンマ信用無いなあ』

  念話でモララーをあしらいつつ、ジョルジュはグラスを傾ける。
  炭酸が喉を刺激し、思わず「ぷはー」と声が出そうになるのを、彼は寸でで堪えた。

237 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 22:37:26 ID:JN3sHMF20

( #・∀・)『信用が欲しいなら普段からの行動に――ああ、くそ!
      何故私が中年相手に説教を垂れねばならないのだ…!』
  _
( ゚∀゚)『そらモラやんが一番しっかりしとるからやろなぁ。
     モラやんがきちっとしめる所しめてくれるから、ウチみたいなのが馬鹿やる余裕が出来るんやん』

( #・∀・)『貴様が馬鹿な真似をしなければもっと余裕が出来るだろうが!ふざけるのも大概にしろ!』
  _
( ゚∀゚)『そこは照れてデレるところやろおがあ。ツンちゃんかてもっと丸っこいでぇ……』

( #・∀・)『……不愉快だ。これ以上貴様と話していても拉致があかん。
      兎に角、年長者なら年長者らしく、もっと威厳のある行動に努めるが良い。――通信を終わる』

  押し殺したような怒りの声で告げると、モララーは一方的に念話を打ち切る。
  やり取りの間中ずっと苦笑を浮かべていたジョルジュは、そこで小さくため息をついた。
  _
( ゚∀゚)「まったくモラやんは、若手の中ではいっちゃん頼りになるけど、真面目すぎるのが玉に瑕やなぁ」

ミ,,゚Д゚彡『……ふん、またこっぴどくしぼられたようだな』
  _
( ゚∀゚)『なんやフサやん聴いとったんか。ホンなら助け舟の一つでも出してくれたら良かったにぃ』

ミ,,゚Д゚彡『自分のケツくらい自分で拭け、馬鹿が』
  _
( ゚∀゚)『そないな殺生なこと言うてぇ…フサやんは昔っからうちに冷たいのんなぁ』

238 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 22:38:55 ID:JN3sHMF20

ミ,,゚Д゚彡『そういうお前は昔から何一つ変わっていないな。――またぞろ、ガキの心配でもしていたんだろう』
  _
( ゚∀゚)『ん、まあ、心配言うか、な』

ミ,,゚Д゚彡『少なくとも、モララーは貴様が心配するほど弱くはない。
      仮にもイギリス魔術師界に名を轟かせたマクスウェル家の遺児だ。扱える術式の規模だけならば、十年前の俺にも匹敵する』
  _
( ゚∀゚)『……いや、それは知っとうよ。下手すれば、モラやんはうちよりも強い。それは知っとるねん。ただ――』

ミ,,゚Д゚彡『メンタル面、か』
  _
( ゚∀゚)『……ん。あの通り真面目すぎる性格やからなぁ。完璧主義言うか……。
     ああやっていっつも張り詰めてて、しかも何でもかんでも背負い込む性質やろ?』

ミ,,゚Д゚彡『……否定はせんよ』
  _
( ゚∀゚)『せやからなぁ。何時か、抱えきれなくなってびたーんとぶっ倒れでもせえへんかと思うとなぁ……』

ミ,,゚Д゚彡『……さてな。そうなったらそこまでのヤツだったという事だろう。それは常日頃から奴自身が言っていることだ』
  _
( ゚∀゚)『……フサやんは冷たいなぁ。そんなんやからシィちゃんも――』

ミ,,゚Д゚彡『……』

239 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 22:40:05 ID:JN3sHMF20
  _
( ゚∀゚)『すまん。今のはうちが悪かった。忘れてや』

ミ,,゚Д゚彡『…元から何も聴こえてなどいないさ』
  _
( ゚∀゚)『……おおきに』

ミ,,゚Д゚彡『……しかし、お前にはモララーよりも他に心配するべきガキがもう一匹残っているんじゃあないのか』
  _
( ゚∀゚)『ああ、ブーンか。……あっちは大丈夫やろ。
     なんせ、おっかない鬼嫁が二人もおるんやからな。うちが心配する事なんかなんもあらへん』

ミ,,゚Д゚彡『ふん、どうだかな。“引金”を引いたとはいえ、あいつはまだ素人童貞だ。
      ここぞという所で勃たないなんて可能性は十分あるだろうよ』
  _
( ゚∀゚)『――そん時は、フサやんがアワビの場所を教えてやるに決まってるやろ。何他人事みたいに言うとるねん。
     ブーンを引き込んだんはお前や。お前にはそうする責任がある。それが筋ってもんや』

ミ,,゚Д゚彡『……ウラスジだけに、ってか?』
  _
( ゚∀゚)『――フサやん。うち、これでも怒ってるねんで』

ミ,,゚Д゚彡『…分かっている。分かっているとも。奴の尻拭いくらいなら喜んで引き受けよう。だがな――』

  “俺がケツを拭く前に、糞ごと吹き飛んで無くなっていたっていうなら、それはそこまでだったって事に変わりはないぜ”。

240 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 22:41:09 ID:JN3sHMF20
  _
( #゚∀゚)『――ッ!』

ミ,,゚Д゚彡『……以上、定時報告を終わる』

  反射的に手摺から身を乗り出し掛けて、ジョルジュは思わず踏みとどまる。
  途切れた念話に苛立ちの矛先を失い、彼は握った拳を所在無げに開くしかなかった。
  _
( ゚∀゚)「――ったく、ホンマ気苦労の絶えない職場やで。先にぶっ倒れるんはもしかしたらウチかもしらへん」

爪'ー`)y‐『……お疲れ様。すまないね、君ばかりに押し付けてしまって』
  _
( ゚∀゚)『今度はフォックスはんですか。全部聴こえてましたん?』

爪'ー`)y‐『そりゃあね。フサギコくんとの通話からは個人回線に切り替えてたようだけど、一応君たちの念話の中継役をしてるのは全部僕だからね』
  _
( ゚∀゚)『なら話は早いっちゅうこっちゃ。この作戦が終わったら、飲みに付き合ってもらいますで』

爪'ー`)y‐『ははは、そういう事言うと死んじゃうかもしれないよ』
  _
( ゚∀゚)『はは、かもしれまへん。ほんなら、ここでフォックスはんがうちに驕る約束してくれても、かまへんでしょ?』

爪'ー`)y‐『そういう事なら、僕もそれなりの店を探しておくよ。本部待機でお留守番っていうのも、これが意外と暇でね』
  _
( ゚∀゚)『期待してまっせ』

241 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 22:42:31 ID:JN3sHMF20

  苦笑いを浮かべて念話を切ると、ジョルジュは長く息を吐いて上を仰ぎ見る。
  _
( ゚∀゚)「ホンマ、手のかかるやつらばっかりで困ってまうで……」

  客船の頭から突き出した煙突を眺めるその目は、言葉とは裏腹に暖かい光を湛えていた。

242 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 22:43:34 ID:JN3sHMF20

  〜3〜

 

  ――蛇口から噴き出す水しぶき。
  シンクを埋める鍋に釜。
  その傍らに聳える皿、皿、皿の山。

(#@ゞ@)「おらぁあ!ポテトサラダの上りはまだかぁ!ちゃっちゃと仕上げろやぁ!」

(#+V+)「ふざけんな!五分前に補充分出したばっかだろうが!誰かぶちまけたとでも言うのかよ!」

(#@ゞ@)「知らっねえよすったこぉお!空になってたもんは空になってたんだよ!良いからさっさと追加作れや!」

(#+V+)「なんなんだよ!ふざっけんなよ!これでもう今日で何度目だよ!なんでこんな料理の減りが早いんだよ!意味分かんねえよ!」

  飛び交う怒号、蹴り飛ばされるバケツ、悪態と悪罵の応酬。
  油と水と、出汁とソースに塗れた、厨房はまさに地獄の戦場。

(#+V+)「くそっ…!くそっ…!帝国ホテルの厨房に居たときだって、こんな日は無かったってのに…!狂ってやがる…狂ってやがるぜ畜生…!」

(;'A`)「あ、あはは…誰か、掃除機みたいに料理を吸い込んじゃうような人でも乗ってるんですかね」

  コック帽をむしり取る料理長の横で、エプロンドレスの袖を捲ったドクオは皿洗いを続ける。
  洋上の紛争地帯と化した厨房の中にあって、その華奢な姿は一段と浮いていた。

243 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 22:44:38 ID:JN3sHMF20

(#+V+)「だとしたらそいつにゃ直々にお礼を申し上げにゃあならんな。くそったれ…!食べ放題だと思って好き勝手やりやがって!」

(;'A`)「こ、これだけ沢山食べて貰ってるんですもん、きっと料理長の味にぞっこんなんですよ」

(*+V+)「んん〜?あそう?まあそう言う事も無いとも言い切れないかもしれないけどさあ」

(;'A`)「あ、あはは……」

( +V+)「あ、そう言えばドクミちゃんそろそろ休憩じゃない?」

('A`)「え?あ、はいそうですけど――いいんですか?こんなに忙しいのに?」

( +V+)「いいのいいの。ドクミちゃんはよく働いてくれてるし、それに可愛いし」

(;'A`)「はぁ…それじゃあ、お言葉に甘えて……」

( +V+)「あ、よかったら6番冷蔵庫の中のプリン食べちゃっていいからね〜」

  鼻の下を伸ばして手を振る料理長に会釈を返し、ドクオは厨房の奥の扉を潜る。
  厨房と隣り合うその部屋は倉庫。
  フリルのエプロンで手を拭くと、ドクオは油断なく四隅に視線を配って誰も居ない事を確認してから、小さくため息をついた。

(;'A`)「さっき公開回線で聴いてたけど…絶対あれ、ジョルジュさんのせいだよね……」

  僕が「一足早い戦場」で泡塗れになっているときに、あの人は何をやっているんだろう。
  モララーさんじゃなくても、抗議の一つはくれてやりたい。
  理不尽な思いをそれでもぐっとこらえると、ドクオはエプロンドレスの帯を緩める。

244 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 22:46:28 ID:JN3sHMF20

('A`)「んー。潜入用ってことで貰った服だけど、今回限りっていうのも勿体ないなあ」

  ヘッドドレスを手の中で弄ぶこと三秒。
  名残惜しい気持ちで給仕服を脱ぎ去ると、黒のラバースーツになった彼は、食糧棚に足をかける。

('A`)「今度、イオイの人達に言って買ってきて貰おうかな……」

  断腸の思いで給仕服から視線を上げ、天井のダクトの金網を外す。
  するりとその中に滑り込むと金網を戻し、闇の中で念話回線を繋いだ。

('A`)『こちらチーム・ドクオ。予定通りダクトへ潜入。これより、ダンスホール上へと移動します』

爪'ー`)y‐『HQよりチーム・ドクオへ。現状確認されうる限り、船上、洋上共に異常は無し。
      そのまま所定の位置まで移動後待機。Sの準備が整い次第、おって報告されたし。以上』

('A`)『チーム・ドクオよりチーム・ブーンへ。こちらの方はあと五分程で全ての準備が整います。そちらの方の進行具合を報告してください』

( ;^ω^)『チーム・ブーンよりチーム・ドクオへ。こっちの方も今、船腹に横付けし終えた所です。これから船内に潜入するので、あと十分程……』

('A`)『了解。待機ポイントまで到達したらおって報告を下さい』

( ;^ω^)『りょ、了解ですます』

('A`)『ふふっ、大丈夫だよ。焦らないでいいから、見つからないようにだけ気をつけて』

( ;*^ω^)『ひゃ、ひゃわい!』

245 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 22:47:31 ID:JN3sHMF20

  念話を終えたドクオは、ふっと微笑みを漏らす。
  ブーンに多少の遅れがあるとはいえ、ここまでは順調だ。
  少し緊張はしていたが、今しがたかちこちになったブーンの声を聴いていたら、それも知らぬ間に無くなっていた。
  他人が焦っていると自分が逆に冷静になるというのは本当なのだな、と思えば、また笑みが増す。

('A`)「そうだね。僕は、ブーン君より先輩なんだ。先輩らしいとこ、しっかり見せなきゃね」

  「うん、よしっ」と頷くと、ドクオはダクトの中を這い進む。
  やっぱり給仕服も畳んで持ってくれば良かったな、と、暗闇の中で少しだけ後悔した。

246 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 22:48:38 ID:JN3sHMF20

  〜4〜

 

  ――暗黒の海原。サーチライトの光。
  旧東京湾の縁を照らす、ビルの明かりは遥か遠く。
  岬に突き立つ灯台の上を、冷たさを増した秋風が吹き抜ける。
  
ξ゚听)ξ『ポイントTから各員へ定時報告。洋上、陸、共に異常なし。そのまま作戦を継続されたし。以上』

  ミスター・フォックスを通したメンバー共用回線で報告を済ませ、私は目の前の手摺にもたれ掛る。
  入會宮灯台のてっ辺から見渡す旧東京湾はべた薙ぎ。
  周囲を哨戒飛行させている15体の「アルキメデス」達からも、これと言った異常は伝わってこない。

  順風満帆。
  ナイトクルージングには持って来いの、静かな夜。

  ……静かすぎて、逆に不安になってくるような、そんな静寂だ。

ξ゚听)ξ「……何も、なければいいけれど」

  望遠術式を起動。
  夜間視用の疑似タペタムと、強化された視力でもって、遥か数十キロ先の洋上に浮かぶクイーンシベリア号に目を凝らす。
  本職の錬体術師でない私では、船体の外観を捉えるのが精いっぱいで、船上の乗客の顔まで識別することは出来ない。

247 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 22:50:12 ID:JN3sHMF20

ξ゚听)ξ「……何してるんだろ、私」

  「アルキメデス」のうちの1体と視界のチャンネルを繋げば、望遠術式なんか使わなくてもいいのに。
  直感的に慣れない錬体術式など使って。
  ひょっとして、私は焦っているのだろうか。

ξ゚听)ξ「……はぁ。認めたくないものね」

  目を閉じ、思考のチャンネルをクイーンシベリア号に最も近い「アルキメデス」のそれに合わせる。
  疑似視神経が映し出す黒い波間に、豪華客船の巨大なシルエットと、その傍に浮かぶ空になったモーターボートが見える。
  既にあの二人は船内に潜入した後だろう。もうしばらくすれば、念話で報告が入る筈だ。

( ^ω^)『……こちら、チーム・ブーン。船内の所定ポイントに到達。これより待機に入ります。お待たせしてすいませんでした』

  ……ほらきた。

  ――って、何だかこれはこれで癪というものだ。
  これではまるで、過保護な姉みたいじゃないか。

ξ゚听)ξ『……いや、タメだっつうの』

( ^ω^)『ほえ?』

爪'ー`)y‐『ツンちゃん、どうかしたかい?』

ξ;゚听)ξ『い、いえ、何でもありません。異常なし。ええ』

248 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 22:51:36 ID:JN3sHMF20

爪'ー`)y‐『そうかい。――それじゃあ、いよいよ作戦の決行と行こうか。皆の武運を祈る。以上』

  手短に状況開始を告げて、回線が閉じる。
  短く息を吐き出すと手摺から身を離し、私は後ろの壁にもたれ掛った。
  これからが本当の作戦の始まりだというのに、もう既に疲れていた。

ξ゚听)ξ「……こんなんじゃ、ダメね」

  人の心配をしているような身分ではない。
  確かに「彼」の教育係を任せられているとはいえ、ジョルジュの言う通り私もまだ「子供」であることは事実なのだ。
  悔しいが、そればかりは認めよう。
  私には、余裕が足りない。

  ブーンにああいった手前、人の心配をしていて自分がミスを犯すような事は許されない。
  何より、このような緒戦で躓いているようでは、これから私たちが――私が成し遂げようとしていることなど、夢のまた夢なのだから。

ξ゚听)ξ「――そうよ。私は、こんな所で失敗なんかしていられないんだから……」

  魔術を知らない無辜の人々を食い物にする連盟の上層部。
  自らの利益の為に、喜んで無知なる者の流血を歓迎する腐った大人たち。

  裁かねばならない。
  他の誰でもない、この、私自身の手で。
  奴らを。あの、男を――。

ξ゚听)ξ「私は……」

  ――アルキメデスに、反応。

249 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 22:52:40 ID:JN3sHMF20

ξ゚听)ξ「――っ!」

  瞬時に壁から身を離し、柵の下、灯台の麓を見下ろす。
  反応があったのは、灯台の周囲、地上付近で待機させていたアルキメデスの一体。
  灯台の一般開放は午後7時までで、それ以後はフェンスに鍵が掛けられ、灯台の敷地内は立ち入り禁止となる。

  どうやって忍び込んだのか、フェンスの中の草っぱらを悠々とした足取りで歩むその影は、つまり「堅気」のものではないという事だ。

ξ゚听)ξ「……やっぱり、このままただで終わらせてくれるほど、甘くは無いわよね」

  海上哨戒に回していた「アルキメデス」達を呼び戻し、臨戦態勢を整えると、念話回線を開く。

  ……開く前に、その影がこちらをふり仰いだ。

从 ゚∀从「やあやあ、そんな所で何をしているんだい?花火見物かな?」

  地上まで60m。
  互いの顔など見えない筈のその距離で、赤く裂けたその口が、三日月の様なその口が、薄笑いを浮かべて。

从 ゚∀从「――それなら僕も、ご合席させて貰おうかな」

  ――直後、影の疾走が始まった。

250 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 22:54:03 ID:JN3sHMF20

  〜5〜

 

  ――これより先は、一般のお客様の立ち入りはご遠慮願います。
  深々と頭を下げる入會宮港のマスコット「にゅっくん」の看板の横を、多少の気おくれを感じながら通り過ぎて、僕たちはクイーンシベリア号の一頭客室棟を歩く。

  廊下ですれ違う人々は、老若男女、誰もが煌びやかなドレスや燕尾服を召していて、一目で上流階級の、僕みたいな一介の高校生(もう、頭に“元”がつけれど)とは縁遠い世界の人々なのだという事が分かる。

( ;^ω^)『ね、ねえデレちゃん、僕たち大丈夫かな…不審がられてないかな……』

  結び慣れない蝶ネクタイの位置を直しながら、念話で隣のデレちゃんに問いかける。
  紳士服なんて、生まれてこの方着た事が無い。
  ともすれば、歩き方が変になっていたりはしないだろうか。

ζ(゚ー゚*ζ『……問題ありませんわ。今の所、誰も私たちに注目している人はおられません。お似合いですよ、お坊ちゃま』

  僕の事を横目で見て、意地の悪い笑みを浮かべるデレちゃんは、何時ものメイド服に着替えている。
  潜入前にボートの上で着替えた僕たちは、設定としては「良家のボンボンとその従者」と言った所か。
  偽坊ちゃんの僕はさておき、両手をエプロンドレスの前で柔らかく組んで、しずしずと歩くデレちゃんの姿は、本場大英帝国のハウスメイド顔負けの風格だ。
  日ごろからツンの従者然とした振る舞いをしている所からして、矢張りデレちゃんはそう言った立場の出身なのだろう。

  ――とすれば、ツンがお嬢様という事になるのかな。

251 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 22:55:07 ID:JN3sHMF20

( ^ω^)『ツンがお嬢様かぁ……』

  確かに、違和感はない。
  仕草の一つをとっても、どこか気品が感じられるところはあるし、何より人に傅かれる事に慣れているようなきらいがある。
  でも、何だか「お嬢様」という単語と「ツン」というものを結び付けようとすると、デレちゃんじゃ無いけど意地悪な笑いがこみ上げてくるのだ。

  何でだろう。……まあ、どうでも良いか。

ζ(゚ー゚*ζ「坊ちゃま、こちらです」

  廊下の中ほど、道路の一時駐車スペースのようにして設えられた休憩スペースで僕たちは足を止める。
  ラ・トーレ占部浦の内装程とはいかないまでも、品の良いソファとローテーブルが置かれたそこに先客の姿は無い。
  今頃は、皆が皆、この先のダンスホールに集い、上流階級の社交界とやらで談笑を浮かべていることだろう。
  ソファの一つに腰を下ろすと、直ぐにでも抜けるよう、上着の下で“チャンバー”の位置を直す。

( ^ω^)『……こちら、チーム・ブーン。船内の所定ポイントに到達。これより待機に入ります。お待たせてすいませんでした』

  念話での短いやり取り。
  言葉少なに告げられる作戦決行の合図。
  ツンが何か言っていたようだけど、特に問題は無さそうだ。
  後は、ドクオさん達を待つだけ。

252 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 22:56:45 ID:JN3sHMF20

( ^ω^)「……」

  待つだけ、となってくると途端に落ち着かなくなる。
  自分でも「小学生か」と突っ込みたくなるが、それだけではない。

  これから僕は、「テロリスト」の一員として、「テロ行為」に手を染めるのだ。
  どのような理想があろうと、どのような大義名分を掲げていようと、世間様にとっては「犯罪」であり「悪」である行為の片棒を担ぐことになるのだ。

  流されるままにここまでやってきて、未だVIPの理想というものが何なのか、彼らが何を成そうとしているかの全貌も掴みきれないまま、僕は彼らの一員として動いている。

  選択肢が少なかった、というのはある。
  けれども、たった二つ、乗るか反るかの選択において、乗る方を選んだのは他ならない僕だ。
  後戻りは出来ない。

  後戻りが出来ないなら、僕はその先の道に見出さないといけない。
  僕が、この道を選択した意味を。この戦いに身を投じる、その意味を。

ζ(゚ー゚*ζ「坊ちゃま…?」

  気づかわしげに覗き込んでくるデレちゃんに、僕は慌てて笑みを返す。
  大丈夫、心配はしないで、と、そう言おうとして、僕の口は開いたままで固まった。

( ^ω^)「あっ……」

ζ(゚ー゚*ζ「どうか、なさいましたか……?」

  心配そうなデレちゃん顔の、その向こう。
  廊下の先から歩いてくる、その姿。

253 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 22:58:37 ID:JN3sHMF20

「えっ――」

  白いイブニングドレスを纏ったその人が、僕に気付いて歩みを止める。
  二人の距離は、5メートル。
  お互いがお互いの戸惑いを隠せず、僕たちは真正面から向き合って、ただ茫然と立ち尽くしていた。

( ;^ω^)「どうして――」

(゚、゚;トソン「どうして、内藤君がここに――」

  困惑の言葉だけが、唯一僕たちが紡げた言葉だった。

254 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 22:59:31 ID:JN3sHMF20

  〜6〜

 

  ――ピアノの伴奏は、落ち着いたワルツ。
  柳のように揺れ踊るのは、見目にも煌びやかなスーツやドレスの紳士淑女たち。
  一個の楽団と、100人あまりの富豪たちを収めてなお、クイーンシベリア号のダンスホールにはまだまだ余白が残っている。

( ,,^Д^)「いやはや、これはなかなか随分と豪勢な催しでございますな」

  政界や財界に名を連ねる名士たちの集いを遠目に見ながら、宝剛三(たからごうぞう)はそのでっぷりした腹を高足椅子の上で窮屈そうにゆする。
  ダンスホールの壁際にしつらえられたバーカウンターの周囲には、彼と、彼の秘書官の他には、一人の老人が彼同様に椅子の背もたれにもたれ掛っているのみだ。

( ,,^Д^)「入會宮港が出来て早50年。確かに、その節目に相応しい夜だ。だが――」

(  ゚¥゚)「……」

  言外に、「相応しくない者」を糾弾するような含みを持たせ、タカラは傍らの老人をちらと見る。
  バーカウンターでバーボングラスを握った老人は、グラスの中をじっと睨んだままでタカラを見る事はしない。
  背中と佇まいだけで言葉を促すその姿は、老獪な鷲のようだった。

( ,,^Д^)「……さて、このような宴席の場にわざわざ君たちがやってきた、と言うのはどういうことかね。手短に説明してもらおうか」

(  ゚¥゚)「……真新都の対テロ警戒宣言を、もう一週間延ばしてもらいたい」

255 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 23:00:41 ID:JN3sHMF20

( ,,^Д^)「はっ――」

  老鷲の言葉に、タカラは失笑めいた笑みをこぼす。

( ,,^Д^)「何を言うかと思えば……」

(  ゚¥゚)「無理な事は承知の上で頼んでいるのだ。それなりの準備はある」

  目線で促され、老鷲の背後の秘書が足元のスーツケースの位置を、さりげなく見せつけるようにして直す。
  ふてぶてしい失笑を張り付けたタカラの目が、僅かに細められた。

( ,,^Д^)「そんなもので、今更儂が首を縦に振るとでも?」

(  ゚¥゚)「……厚生労働省の、あれはヤマムラ、だったか」

( ,,^Д^)「……」

(  ゚¥゚)「最近、どうにも彼、“肝臓の調子が悪い”そうじゃあないか」

( ,,^Д^)「さて、どうだったか…歳を取るとどうにも物忘れがひどくてな……」

(  ゚¥゚)「そう、彼もそれなりに高齢だという。歳を食ってからの病気程恐ろしいものはない。何事も無ければいいのだがな」

( ,,^Д^)「……まったく、その通りだな。ああ、まったく――」

  形だけで神妙そうな顔を浮かべて、二人は同時に手の中のグラスを煽る。
  老鷲は、空になったグラスをカウンターにそっと置くと、タカラに背を向け立ち上がった。

256 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 23:02:00 ID:JN3sHMF20

(  ゚¥゚)「君も、身体には気をつけたまえ。タカラ内閣官房副長官殿におかれては、これからも益々のご健勝を我々一同お祈りしているよ」

( ,,^Д^)「……ふんっ」

  自分の秘書を伴い、その場を後にする老鷲。
  残されたスーツケースに一瞥をくれると、タカラは面白くもなさそうに2杯目のカクテルを注文した。

( ,,^Д^)「……相変わらず、気味の悪い連中だ。ヤマムラの事まで調べ上げて…一体何が目的だ。この街で何をしようとしている」

  政財界の中で、まことしやかに語られる「悪魔」の噂は、枚挙に暇がない。
  彼らが語る「頼み事」と引き換えに得られる莫大な利益。
  決して正体を明かさない徹底した秘密主義。
  契約を交わした者の中には、不審な死を遂げた者も居ると、何時か何処かで耳にした。

  故に、「悪魔」。

  富や名声の果て、最期に彼らが要求してくるのはやはり自分の魂なのだろうか。
  だとしたら、ゾッとしない。

( ,,^Д^)「……今後は、奴らとの関わり方も考えていかねばな」

  差し出されたカクテルをちびちびと飲みながら、タカラは傍らの秘書に手招きする。

( ,,^Д^)「今後は、奴らの手のものから連絡があっても、直ぐには私に繋ぐな。
      一度時間を置いて、それでも私に交渉を持ちかけてくるようなら、そこで初めて私に報告しろ」

257 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 23:03:17 ID:JN3sHMF20

( ・w・)「……承知しました」

( ,,^Д^)「――まったく、対テロ警戒宣言の延長など、軽々しく言ってくれる……」

  主がぼやきながら酒杯を傾ける事に集中し始めたのを見て取り、男性秘書は目だけを動かしてダンスホールの天井を見上げる。
  広い広い、ホールの天井に穿たれた換気ダクト。
  その中で、闇よりなお暗い黒真珠の光が2つ、煌めいていた。

( ・w・)「……」

  中肉中背、これと言って特徴の無い中年の男性秘書は、ダクトのそれを確かめると、ゆっくりと自分の後ろ越しに手を回した。
  誰も、彼の主でさえも、その動きを咎める者は居なかった。

258 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 23:04:55 ID:JN3sHMF20

  〜7〜

 

  ――気付けば、僕は一歩、踏み出していた。

( ;^ω^)「都村、さん……?」

  確かめるようなその呟きに、目の前の女の子の肩がピクリと震える。
  肩の開いたイブニングドレスを着ていても、銀色の耳飾りをしていても、そのバレッタでアップにした髪は、見間違う筈なんか無い。

(゚、゚;トソン「内藤、くん…ですよね」

  わかりきっている事なのに。その筈なのに。
  現実を上手く処理できない僕たちは、間の抜けた言葉で、お互いに無駄な確認を重ねる。

( ;^ω^)「どう、して、都村さんがここに――」

(゚、゚;トソン「それは、私が訊きたいことです!今まで一体何処に行ってたんですか!?どうしてメールにも電話にも出なかったんですか!?」

  どうして――。
  よろめくように踏み出した都村さんの顔は、困惑から心配、くしゃりと歪んで泣き顔になる。

(;、;トソン「心配、したんですから――」

  下唇を噛んで、眉をハの字にして、涙の粒をぽろぽろと零す都村さんのそんな顔は初めて見るもので。
  情けない事に、僕はどうしていいか分からず、その場でおたおたとする事しか出来なくて。

259 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 23:06:55 ID:JN3sHMF20

( ;^ω^)「えっと、あっと、その、あう……」

(;、;トソン「人の気も知らないで…いっつも、いっつも貴方は……」

ζ(゚ー゚*ζ「あの、内藤さま……?」

  泣き崩れる都村さんと、事情の説明を求めるデレちゃんとの板挟みで、僕の思考はいよいよオーバーフローする。

( ;^ω^)「これは、あの、ええっと――」

  どうしたらいい。
  兎に角、都村さんを泣き止ませないと。
  そう思って、しゃがみ込む都村さんの薄い肩に触れようとした時、廊下の向こうで盛大な破砕音が響いた。

ζ(゚ー゚*;ζ「内藤さま!」

( ;^ω^)「お、おっ!」

(う、;トソン「へっ――?」

(#'A`)「わあぁあああ!」

  3人ともが振り返る、廊下の先。
  黒いラバースーツを着て猛然と駆けて来るのは、ドクオさん。
  彼の両腕にそれぞれ抱えられた老人と中年は、そのどちらにも見覚えがある。

( ,, Д )「――」

  一人は、宝剛三。ブリーフィングの時に見た、今回の目標。
  ドクオさんの疾走に合わせてがくがくと首が揺れるのは、意識を失っているからか。

260 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 23:07:48 ID:JN3sHMF20

  ――そして、もう一人。

( #・w・)「おい、糞ホモ野郎!こちとらヤワなカタギの中に入ってやがんだ!もう少し丁寧に運びやがれ!」

  米俵のようにして抱えられ、悪罵の限りを力一杯に叫ぶその姿は、あの時地下駐車場の入口でドクオさんと話していたあの人物だ。
  やはり、彼もまたVIPの一員だったのだろうか。

(;'A`)「ホ、ホモ野郎って…そんなこと言ったって、揺れないように走るなんて無理――」

  抗弁するドクオさんの右頬を、銀の円盤が掠める。

( #`U´)「くそ、やられた――!VIPだ!VIPの襲撃だ!」

  廊下の壁に突き刺さったのは、円状の鋼刃。
  ドクオさんの背後には、一対のトンファーを構えて追いすがる黒服。
  腕には黄色の腕章。連盟の魔術師。

( #`U´)「都村君、何をしている!早くそいつを止めるんだ!」

(;'A`)「ブーン君、デレちゃん、足止めをお願いっ!」

  黄色腕章とドクオさんの言葉。

(゚、゚;トソン「VIP……」

( ;^ω^)「え――」

  僕と都村さんの時間が、止まる。

261 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 23:09:13 ID:JN3sHMF20

ζ(゚ー゚*;ζ「内藤さま、お下がりくださいっ!」

  頓狂なデレちゃんの叫び。
  慌てて飛び退けば、足元に突き刺さる円刃。

( ;^ω^)「あ――あ――」

ζ(゚ー゚*;ζ「ここは私が食い止めます!内藤さまはドクオさまたちを!」

( #`U´)「くっ…!都村君、何をボケっと突っ立っている!そいつらがVIPだ!逃がすな!」

(゚、゚;トソン「え――あ――でも――」

(;'A`)「ブーンくん、こっちに!ここはデレちゃんに任せて――!」

  混乱する頭。混沌と化す廊下。
  都村さんが連盟の魔術師で僕はVIPのテロリストでそれで――。

( ;^ω^)「ぼ――くは――」

( #・w・)「おいクソジャリ!いいから私たちと来い!
      このクソホモ一匹じゃクソ穴から逃げる事もままならねえ!てめえが梅雨払いをするんだ!」

  すれ違いざまの罵声が、凍りついた僕の耳朶を強く打った。
  考えている、暇はない。
  弾かれたように走り出し、頭の中から全ての疑問を無理矢理に締め出していく。

262 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 23:10:08 ID:JN3sHMF20

(゚、゚;トソン「あ――あ――あ――」

( #`U´)「ええい、もういい!都村君、君はデッキへ向かえ!そっちでもVIPの魔術師どもが暴れているそうだ!」

(゚、゚;トソン「あ――わ、かりました――」

  視界の端に、僕たちとは反対方向へと走っていく都村さんの背中が見える。
  考えるな。考えるな。考えるな。

( #^ω^)「――っ!」

  今はただ、我武者羅に足を動かす事だけを、考えるんだ。

263 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 23:11:02 ID:JN3sHMF20

  〜8〜

 

  ――こめかみから左手を離すと、長岡ジョルジュはそのしまらない顔にサメの様な笑みを浮かべた。
  _
( ゚∀゚)「さあて、向こうさんも遂におっぱじめよったで」

  一頭客室棟での騒ぎは、こちらに響いてくるほどの音だった。
  にも拘らず、船員側からの説明らしい説明は未だ無い。
  デッキの各所に散らばった乗客たちの間には、僅かなざわめきが伝播している。
  殆どの者が、漠然とした不安を顔に浮かべる中、険しい顔をして船内へと向かっていく者の姿もちらほらと確認できた。

  言うまでもない。
  ここが、自分たちの動き所だ。
  _
( ゚∀゚)『ほな、そろそろうちらの出番やでぇ。お二人さん、準備の方はええか?』

( ・∀・)『貴様に言われるまでも無い。さっさと始めるぞ』

ミ,,゚Д゚彡『……無論だ』
  _
( ゚∀゚)『ええかフサやん、派手にやるのはええけど絶対に堅気の皆さんに手ぇ出したらあかんで。
     ええか、絶対やで。フリやないで』

ミ,,゚Д゚彡『喧しい。俺に指図するな』

264 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 23:11:52 ID:JN3sHMF20
  _
( ゚∀゚)『なんぞ、フサやんはうちと居るときだけはツンケンしよるのんなあ。なにそれ、逆ツンデレ?』

( #・∀・)『おい、貴様ら真面目にやるつもりはあるのか』

ミ,,゚Д゚彡『不真面目なのはそこの不良中年だけだ』
  _
( ゚∀゚)『あ、なんや自分だけ良い子ぶりっこして!ホンマ、フサやんは昔っからそうやって――』

( #・∀・)『いい加減にしろ!――くそ、こいつらと居ると頭が痛くなる…無理を言ってでも確保役に回してもらうんだった……』

ミ,,゚Д゚彡『おい、俺をそこの偽大阪人と一緒にするな。俺はそいつ程脳がカブレているつもりはない』
  _
( ゚∀゚)『フサやんノリ悪ぅ!昔はウチのボケにももうちょいがっついてきたやんか!』

ミ,,゚Д゚彡『錯覚だ。もしくは改竄記憶だ。今度貞子に頼んで正しい記憶をサルベージして貰え』

( #・∀・)『くそっ…!くそっ…!くそっ…!何故この俺がこんな中年共のお守りをしなければならないっ――!
      ありえない――!矢張りフォックスは指揮官には相応しくないっ!』

爪;'ー`)y-『おおっと、僕の方まで飛び火するのかい!?勘弁してくれよジョルジュくん……』
  _
( ゚∀゚)『だっはっはっ!ホンならそろそろ真面目にやりましょか』

  気持ちを切り替えるかのように長い瞬きを一度。
  デッキを蹴って跳躍すると、ジョルジュはまるで猿のようにして船の舳先に降り立った。

265 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 23:12:40 ID:JN3sHMF20
  _
( ゚∀゚)「善良な市民のみなみな様方、どうもお晩です」

  突如として現れた彼の姿に驚く聴衆に恭しく一礼。
  _
( ゚∀゚)「さあさお立合いお立合い。今宵お目に掛けますは珍妙奇天烈摩訶不思議、
     現代の世に甦った風魔の妙義!括目してご覧あれ!」

  芝居がかった調子でジョルジュが言い終わると同時、甲板に凄まじい烈風が叩きつけられた。

266 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 23:13:42 ID:JN3sHMF20

  〜9〜

 

  ――初手を誤った。
  そう思ったのは、降り注ぐナイフの雨霰を「そいつ」が縫うように躱し、灯台の入口を蹴破ったのが見えた時だった。

从 ゚∀从「ははっはー!熱烈な歓迎ありがとおおおおう!今そっちに行くからねええええ!」

ξ;゚听)ξ「ちぃっ――!」

  甲高い嬌声に、咄嗟に傍らのドアを開けて灯台内部に引き返す。
  伽藍のような灯台内部は、内壁に沿って螺旋を描く階段だけが唯一の通路。
 
  見下ろす眼下、最下層のコンクリ床の上。
  くすんだ灰色のざんばら髪を振り乱して階段を駆け上がってくるその影は、カソックコートを着ていた。

ξ;゚听)ξ「教会の使徒…!そう、矢張り奴らも嗅ぎ付けて来てたってわけね……」

  呼び戻した「アルキメデス」で即座に五体一個の編隊を組む。
  先の攻撃では、平面的な射線が仇となって避けられた。

  ならば今度は、多角的に攻める。

267 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 23:14:31 ID:JN3sHMF20

ξ#゚听)ξ「包囲しなさい!」

  螺旋階段を疾走する使徒へ向けて飛びかかる五体の「アルキメデス」。
  上、下、斜め前、斜め後ろ、縫い包みの腕が握る合計30本のナイフが使徒へと放たれた。

从 ゚∀从「ひょほっほおぉおおお!きたきたきたぁああ!」

  瞬間的な包囲からの、多方面同時攻撃。
  並みの魔術師ならばこれでチェック。
  使徒はその場で階段を蹴って跳躍、身体を捻ってこれの回避を試みる。

ξ#゚听)ξ「初めから、これで倒せるなんて思ってないわ!」

  回避行動など、織り込み済み。
  むしろ、これを避けられないような相手ならば、私が相手をするまでも無い。
  ナイフの射線の隙間に身体をねじ込もうとする使徒へ向けて、後続の「アルキメデス」五体が追撃のナイフ30本を叩きこむ。
  無論、それぞれがそれぞれ、別々の角度から放たれた、言わばナイフによる二重の檻。
  躱すには何かカードを切らねばならないこの状況、相手はどう出るか。

从 ゚∀从「おおおおっひょおおおおお!テンション上がってきたあああ!」

  嬉しい悲鳴を上げ、使徒はその赤い口の口角をより一層吊り上げる。
  耳障りなその声に混じって、金属の擦れる甲高い音が聴こえる事に私は気付いた。

从 ゚∀从「ッシャオウ!」

  カソックコートをはためかせて捻られた身体。
  ボロボロになったその両袖から飛び出したのは、一対の鎖付き回転鋸。
  俗に言うバズソーの刃が、火花を散らせて二重旋回。
  主を包囲する60本のナイフ全てを叩き落とした。

268 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 23:15:54 ID:JN3sHMF20

ξ゚听)ξ「やはり、近接系統…しかもバズソーと来るのね」

  灯台の入口に向かって走り出した時点で、大よその予想はついていた。
  元々が「魔術」そのものの根絶を謳っている性格上、密葬教会の使徒たちは魔術刻印(彼らは“聖痕”と呼んでいるが)を開いてこそおれど、魔術の力に頼る事を極力避けるきらいがある。
  もっとも、そのような傾向があると言うだけで、全てがそれに当てはまるというわけではない。
  故にこうして確かめてみたわけだが、概ね事は私の推測通りに進んでいた。

从 ゚∀从「…ぃよっと」

  空中に身を躍らせたままの使徒は、頭上に向かって回転鋸を投擲。
  螺旋階段の裏側に刃を食い込ませ鎖を引っ張ると、再び階段の上へと復帰した。
  わざわざ迂遠な手を取らなければいけない様子からして、相手には飛行術式に類する手段の持ち合わせがないと見える。

  それならば、やりやすい。

ξ゚听)ξ「ようは、近づけなければいい。――いいえ、叩き落とすだけで十分」

  再び疾走を始めようとする使徒。
  先の「アルキメデス」10体に、再度、ナイフを投擲させる。

从 ゚∀从「うひゃ!まあたこれかぁ!」

  同じ手がそう何度も通じるわけがない。
  即座に二つのバズソーが唸りをあげ、「アルキメデス」ごと引き裂かれる。
  宙に舞い散る綿とキルトの雪の中で、使徒が赤い口を開けて哄笑した。

269 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 23:17:31 ID:JN3sHMF20

从 ゚∀从「ひゃはっ!ばらばらぁ!良いね良いねぇ!所詮綿だけど、やっぱ“引き裂く”ってのは最高だぁ!」

  両腕の鎖を振り回し、二つのバズソーをぐるぐると旋回させる使徒。
  唸りをあげる回転鋸が形作るは結界。
  近づくものを、触れるものを無差別に引き裂く鋼の断裁壁。
  ざんばら髪を振り乱した使徒の突進が、キルトと綿の小悪魔たちをバラバラに、ズタズタに引き裂き、切り裂き、千切り、ばら撒いていく。

ξ゚听)ξ「そう…それが今のあなたの取りうる最善の策なのね」

  階段を、壁を蹴りつけ、猛烈な勢いで駆けあがってくる使徒と私の距離は目測にして大体30メートル。
  先に投入した10体の「アルキメデス」は引き千切られて既に綿の雪。
  呼び戻した哨戒中の「アルキメデス」は15体だから引き算をすれば残りは5体。

ξ゚听)ξ「……問題ない。何も、問題は無いわね」

  乱舞する使徒の突進は止まらない。
  念の為、残りの「アルキメデス」を自分の周囲に配し、その瞬間を待つ。

从 ゚∀从「どうしたどうしたぁ!?お人形さんの方はもう品切れかぁい!?」

ξ゚听)ξ「ええ、生憎と“玩具の軍隊”の行進はここまで。後は無いわ」

从 ゚∀从「だったら嬢ちゃん自身が“綿”を差し出してくれよなァ!綺麗なピンク色の、綿をよォァ!」

ξ゚听)ξ「いいえ、後が無いと言ったのは、そう――貴方に使うのは、“10体まで”という事――」

270 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 23:18:57 ID:JN3sHMF20

  使徒が、壁を蹴って跳躍する。
  降りしきる綿の雪の中を、飛翔する。

ξ゚听)ξ「――悪いけれど、それ以上は貴方程度に使うつもりはないって意味よ」

  瞬間、明かりの無い灯台の中が、真昼と化した。

从 ゚∀从「ア――?」

  爆轟。
  宙を駆ける使徒を包み込む、爆発の連鎖。
  綿、綿、綿、爆発が爆発を呼ぶ誘爆の起爆源は、綿。
  先に彼の使徒が愉快そうに引き裂き、まき散らした「アルキメデス」の中身。
  その綿の一つ一つが、使徒の周囲に降りしきっていた綿の一つ一つが、私の思考一つで一斉に爆ぜたのだ。

ξ゚听)ξ「……所詮は綿とキルトで出来た人形。だからこそ、私みたいな人形師は仕込みを怠らないの。
      何故なら私たちの戦いは、準備の段階から始まっているのだから」

从メД从「ガッ――ゴッ――」

  爆風に弄られ、伽藍の央へと落ちていく使徒。
  その腕が、回転鋸を投擲する。

ξ゚听)ξ「させると思って?」

  私の脇に控えた残りの「アルキメデス」達が、即座に反応してナイフを放つ。
  二本の鎖はその腹にナイフを受けた事でたわみ、バズソーの刃が螺旋階段に食らいつく事は無かった。

271 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 23:20:16 ID:JN3sHMF20

ξ゚听)ξ「落ちていきなさい。――あるのならば、貴方たちが言う所の“地獄”とやらまでね」

  重力の中へと飛び出した使徒の身体は、真っ逆さまに降下を始める。
  伸びきった鎖を手繰り寄せ、再びバズソーを投擲する時間も無い。
  地上30メートル。
  常人ならば即死を通り越してミンチの高さ。
  錬体術師ならば、或は耐え切ってくるだろう。

  だから、勿論トドメの仕掛けも用意してある。

ξ゚听)ξ「……さようなら。名も知らない神の使徒さん。
      特に感想も反省も沸いてこない戦いだったけど、まあ大抵の戦いなんてそんなものよね」

  螺旋の中央を落ちる使徒。
  地上まで残り10メートルに迫ったその瞬間、彼の四肢が胴体から切り離された。

从 メД从「ゴボッ――」

  輪切りにされた傷口から噴き出す血しぶきが、闇の中に浮かび上がらせるのはピアノ線。
  先にナイフで二重の包囲網を作った時に、トドメとして仕掛けて置いたブービートラップ。
  ダルマになった使徒は次の刹那にはその首ももがれ、彼が引き裂いてきた縫い包み同様、“ばらばらに”なって、地に堕ちた。

ξ゚听)ξ「……ふぅ」

  灯台の底で、血の池に沈んだ使徒の身体が動く事は無い。
  バラバラに散らばった肉片の傍らでは、先まで彼が振り回していた鎖付きバズソーが虚しく転がるのみ。

272 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 23:21:19 ID:JN3sHMF20

ξ゚听)ξ「……呆気ないものね」

  ひとりごちてから、このことをまだ報告していなかった事に思い至る。
  咄嗟に反撃体勢を整える事を優先してしまったから、結局誰もここで戦いがあったことを知らないままだ。
  増援の可能性も考慮すると、共用回線で皆にこのことを伝えておくに越した事は無い。

ξ゚听)ξ『ポイントTより各員へ。二分ほど前に、敵の襲撃を受けました。密葬教会の使徒です。
      撃退は出来ましたが、一人とは限りません。各自、教会の介入の可能性も視野に入れて動いてください。以上』

  念話に対する返答はない。
  皆、既に作戦が始まった事で念話に集中している暇も無いのだろう。
  私もまだ、ここで油断することは出来ない。
  解れそうになる緊張の糸を張りなおし、手摺を掴むと「アルキメデス」の数を補充すべく頭の中で組成式を編む。

「――そう言えば、名前、まだ言ってなかったよねえ」

  ――突然の呼びかけは、直ぐ耳元からだった。

「僕の名前はハインリッヒ。ハインリッヒ・フォン・ネッテスハイム」

  背中に氷塊を突っ込まれたような怖気に、反射的に振り返る。

从 ゚∀从「教会のお友達からは、“皆殺しの”ハインリッヒ、なんて呼ばれているよ」

  裸の上半身に無数の刺青を刻みつけた件の使徒が、傷一つない姿でそこに居た。

273 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 23:22:47 ID:JN3sHMF20

  〜10〜

 

  ――太ももを上げて床を踏みしめる。
  靴の裏に伝わる感触へ踏ん張りを利かせて体を押し出す。

  走る。
  言葉にすればたったそれだけの動作なのに、今はそれを行う自分の身体がまるで別物のように感じられる。

( ;^ω^)「はぁ――はぁ――はぁ――」

  肉体強化術式。
  地下駐車場での訓練で使ったそれを、作戦前にドクオさんから教わった乳酸を分解する術式と併用発動させての疾走。
  運動も特別得意というわけじゃない僕にとって、このような速度で走る体験は無かった。

  それは小さな世界の変革だったけれど、目の前を走るドクオさんは、僕とは更に一次元違う世界を疾(はし)っていた。

(;'A`)「ブーン君、頭下げて!」

  声を張り上げたドクオさんは、両脇に二人を抱えたままで壁へ飛ぶ。
  彼の残像を穿つように飛来するのは鋼槍。
  警告通りに頭を下げていなければ、今頃僕は首なし死体になって居た事だろう。

274 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 23:23:47 ID:JN3sHMF20

(,,#゚L゚)「見つけたぞ!」

(;'A`)「っ…!回り込まれた!」

  廊下の向こうから続々と現れる、連盟の魔術師達。
  黒いスーツや燕尾服を着ている者から、普通の大学生の様なカジュアルな格好をしたものまで、その服装に統一性は無い。
  一般人に紛れ込んで船内の各所に潜伏していたのだろう。

( #・w・)「ちぃっ…!どこぞの誰かがボサっとしていやがるから――!」

  通路を塞ぐ魔術師達の数は四人。
  その中の一人が錬成術式で造りだしたコンクリのバリケードを盾に、彼らは弾倉式術式杖を構えるや鋼槍の弾幕を放つ。

(,,#゚L゚) 「議員の爺には構うな!撃て!撃てえ!」

( ;^ω^)「うわああああああ!」

(;'A`)「伏せて!」

  倒れ込むように床に伏す僕達の頭上を、クロームの槍弾が掠めては壁を抉った。
  空薬莢を吐き出して回転する弾倉。次のシリンダーを撃ち出すべく、跳ね上がる撃鉄。

  ツン曰く、「初心者が慣れない組成式を脳で処理するよりも、“チャンバー”は引金を引くだけで良い分速い」という。
  つまり、僕みたいなペーペーが一夜漬けで覚えた術式を披露する前に、勝負はつくという事。

275 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 23:25:20 ID:JN3sHMF20

( ;^ω^)「あ――あ――」

  ――殺される。

(;'A`)「っ――!ブーン君、二人を――!」

  飛び出したのは、ドクオさん。
  両脇の二人を離し、地を駆る狼のような四つ足での疾走。
  魔術師達がもう一度引金を引くよりも速く距離を詰めた彼の両腕が、黒く光る。

(,,;゚L゚)「なんだこいつっ――速いっ――!?」

(#゚A`)「るぅうぅうぉおぁあ!」

  何時もの細い、ともすれば女の子のような声とは一転した、野獣のような咆哮。
  身の毛もよだつ様な吠え声と同時、ドクオさんの腕が一瞬にして獣の――いや、鬼のそれへと変わった。

(#゚A`)「あぁあぁららららららぁあぁあ!」
  
  黒灰色にテラテラと光る鬼獣の腕。
  禍々しくも鋭い鉤爪。
  魔獣のそれが、豪風の速度で唸った瞬間。

(,,;゚L゚)「あば――」

  四人の魔術師達の首が、まばたきの合間に宙を舞った。

276 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 23:33:08 ID:JN3sHMF20

( ・w・)「……けっ。相変わらず見苦しい術式だな、おい」

( ;^ω^)「あっ――あっ――」

  面白くもなさそうに毒づくスーツの中年男の横で、僕は唇を震わせていることしかできない。
  動体視力を強化していても、ドクオさんの腕の軌跡は辛うじて追えるかどうか。
  だけど、ギリギリで追えた。追えてしまった。

  ……だからこそ、その凄まじいまでの速度が。
  その禍々しい異形が、恐ろしかった。

(;'A`)「はぁ…はぁ…さあ、ブーンくん、早く逃げ――っ…!」

  血の池の中で振り返ったドクオさんが、僕を見てその幼い顔を歪ませる。
  泣き出しそうなその表情に、自分がどんな顔をしていたかを悟って僕は後悔した。

( ;^ω^)「ち、違うんです!僕はそんなつもりじゃ――」

('A`)「ううん…いいんだ。怖がられるのには、慣れてるから」

  自嘲気に、ふっと笑うドクオさんが纏うのは、諦観のそれ。
  なおも言い募ろうとする僕を首を振って押しとどめると、ドクオさんは再び二人を抱える。

('A`)「それよりも、今は逃げる事に集中しないと。怪我はない?まだ走れる?」

( ;^ω^)「は、はい……」

('-`)「……そっか。なら、よかった」

277 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 23:34:01 ID:JN3sHMF20

  優しい笑みで僕を気遣うドクオさんに、顔を合わせられない。
  うつむく僕にドクオさんは少しだけ寂しそうな顔をしたけれど、直ぐに表情を引き締めて走り出す。
  言い訳も謝罪の言葉も考えさせてくれない「戦場」の空気を呪いながらその後を追う。

(#゚J゚)「こちらプロキオン1!対象を確認!これより攻撃行動を――」

(#'A`)「あぁあぁあらぁあぁあ!」

  走る通路の脇という脇から次々と現れる連盟の魔術師。
  両手の塞がったドクオさんは、これを時に壁を蹴った三角飛びからの踵落としで、時に懐への突進による膝蹴りで撃退し、進んでいく。

( ;^ω^)「これが…錬体術の専門家……」

  出くわす相手、出くわす相手、その誰もが、出会い頭のドクオさんに反応する事が出来ない。
  術式が発現する前に、組成式を編む前に、ドクオさんの足技が閃き、魔術師達はくずおれる。
  あまりにも一方的すぎて、彼らはドクオさんにやられる為だけに出てくるハリウッド映画のモブキャラクターなのではないかとすら錯覚するほどだ。

(#'A`)「おぉあぁあぁああ!」

  曲がり角の先。
  待ち構えるようにして立つ、青年魔術師の膝を蹴って、ドクオさんは跳躍。
  宙返りの姿勢で伸ばした爪先が、青年魔術師の顎をしたたかに蹴り上げるサマーソルトキック。
  またしても華麗な一撃が決まって、青年魔術師は仰向けに倒れ込む。
 
  だが、今回はその後ろに後続の魔術師がもう一人居た。

278 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 23:37:19 ID:JN3sHMF20

(;'A`)「っ――!」

  ナイフ状の“チャンバー”を構えた中年の魔術師が、引金に指を掛ける。
  ドクオさんは、まだ宙に浮いたまま。
  躱せない。

(#゚M゚)「死ねええええ!」

  鋼の槍が、胸を貫く。
  ごぼり、と喉から血が溢れだす。

( ゚M゚)「……げほっ」

  チャンバーナイフを手からこぼし、中年魔術師は膝から崩れ落ちる。
  何とか、間に合った。

(;'A`)「ブーン、くん――」

( ^ω^)「……謝らせてくれない上に、助けられっぱなしってのはモヤモヤしちゃいますから」

  “チャンバー”の引金から指を離して、着地したドクオさんを見る。
  驚いたような表情は、直ぐにあの優しげな笑顔にとってかわった。

(*'-`)「……そだね。…ごめん…ううん、ありがとっ」

  はにかむような、嬉しそうなその微笑みに、僕は思わずどきりとする。

( ・w・)「ブン×ドク…ドク×ブン…うーん、どっちも捨てがたいが……」

( ;^ω^)「ほほほほほホモちゃうわ!」

279 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 23:38:41 ID:JN3sHMF20

('A`)「さあ、行こう!ここを抜ければ上部デッキに出られる!」

  担いでいた中年男性をその場に下ろすと、ドクオさんは突当りのドアを開ける。
  バルブのついたドアの向こうは、様々な機械が通路を席巻し、騒々しい音を立てる機関室。
  僕が中に入ったのを確認して扉を閉めると、ドクオさんはバルブを捻ってからそれにロックを掛けた。

('A`)「これで向こうも暫くは入ってこれない筈、だけど……」

  この船の中にどれだけの術式を振るう魔術師が居るかは分からないが、ここまで来る間に観てきた魔術師の殆どは甲弾術式や投槍術式を使っていた。
  恐らくは、船に重大な被害を出さないよう、破壊規模の小さい術式を使っていたのだろうけれど、鋼鉄製の圧力扉を壊すにはそれだけでは火力が足りないだろう。
  彼らがどの段階で吹っ切れて、規模の大きな破壊術式を使うかは分からないから、そうゆっくりもしていられない。

( ^ω^)「……ここから抜けると、丁度煙突の根本に出るんですね」

('A`)「外に出たら、後はもうこの船から脱出するだけだよ」

( ・w・)「さて、そう上手くいくもんかね」

  階段の脇に下がる船内見取り図から顔を上げ、僕達は階段を上り始める。
  機関室に人の気配は無く、機械が吐き出す蒸気の音と、僕達の靴音だけがカンカンカンと響く。
  そうやって、不気味な静寂の中を昇り続けていくと、やがて鉄の階段の終点に出口が見えてきた。

280 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 23:39:52 ID:JN3sHMF20

('A`)「……準備はいい?」

( ^ω^)「……はい」

  ドアのバルブに手を掛けて、ドクオさんはこちらを振り返る。
  “チャンバー”の柄を振って伸ばすと、それを両手で握って僕は小さく頷いた。

('A`)「いくよ…!」

  鬼獣のようなドクオさんの腕に筋肉が盛り上がり、バルブがゆっくりと回りだす。
  錆びついた金属がこすれる甲高い音が響いて圧力扉が開くと同時、僕は先陣を切って夜の中へと飛び出した。

( ;^ω^)「……」

  油断なく“チャンバー”を構え、周囲を見渡す。
  先に船内見取り図で見た通り、僕達が出たのはクイーンシベリア号に突き立つ2本の煙突のうち、船首側の1本の根本。
  煙突と煙突の間の上部デッキは小さな庭園のようになっており、気持ちばかりの花壇とベンチが置かれている。
  そのベンチの上に腰を下ろして、ハードカバーの本を読んでいた男が、ゆっくりとこっちを向いた。

(;TДT)「や、矢張りこちらに来ましたか。こ、ここ、ここで待っていて、せ、正解でしたね」

  吃音の酷い男は、片手で握っていた本をパタンと閉じるとベンチから立ち上がる。
  ダークブラウンのスーツの腕には、紫色の腕章。
  七三に分けた髪を神経質気味に撫でつけるこの男は、連盟の魔術師…その中でも、上から数えたほうが早い程の序列に位置するようだった。

281 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 23:41:03 ID:JN3sHMF20

('A`)「やっぱり待ち伏せされていたか……」

( ・w・)「ま、こうならあな」

( ;^ω^)「む、紫腕章って…だ、大丈夫なんですか…」

('A`)「――分かんない。こればっかりは、やってみないと……」

(;TДT)「ま、魔術の世界的なか、開示などという、よ、世迷言…断じてゆ、赦す訳にはいきません…し、神秘は我々がた、正しく管理し、ひ、ひひ秘匿せねばならない」

  ひきつるような声で言う紫腕章。
  周囲の空気が、心なしか湿り気を帯びる。

(;TДT)「ま、ままま魔術の力は、ひ、人の手に余る…分別の無い者の手に委ねれば、せ、せせ世界は大いにみ、みみ乱れる事でしょう…」

  いよいよもってその湿気が異常なほどに強くなったと自覚した瞬間、紫腕章の背後で「そいつ」が立ち上がった。

(;TДT)「わ、わわ我が名はモカー。よ、世に混乱をもたらす貴方たちVIPには、わ、わわ私がじじじ直々に誅罰を与えてくれましょう」

  小山のように聳えるそれは、夜風にその身を震わせる、ゼリーの化け物だった。

282 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 23:42:13 ID:JN3sHMF20

( ・w・)「モカー…“ザ・ブロブ”のモカーか…!面倒なヤツが!」

  モカーと名乗った男の背後に聳えるのは、絶えずその形を変え続ける不定形のスライムめいた塊。
  高さにして5メートルもある黄緑色の原形質は、往年のSF映画の中に出てくる怪物そのものだった。

(#'A`)「ブーンくん、避けて!」

( ;^ω^)「へ?え?」

(;TДT)「た、たたた叩き潰せ!」

  頭上から、叩き下ろす大波濤のようにしてゼリーの怪物が襲い来る。
  咄嗟に横に飛んで回避。
  上部デッキの床にぶつかった「ブロブ」は、そのまま跳ねるようにして身を伸ばすと僕を狙う。

( ;^ω^)「う、うわああ!?」

  再びのサイドステップ。
  横を通り過ぎる黄緑の粘液体。
  しかしまた、直ぐに方向を修正、僕を狙う。
  今度は背後から。横へ跳ぶか…いや、先に躱した「ブロブ」の身体が残っている――。

( ;^ω^)「うおおお!?」

  思い切り、上体を仰け反らせる。
  ワイシャツの胸を、僕の喉仏を、不定形の触手が掠めていく。
  瞬間、「ブロブ」に触れられた箇所が灼熱した痛みを訴え、僕は体勢を崩していたこともあってそのまま仰向けに倒れ込んでしまった。

283 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 23:43:09 ID:JN3sHMF20

(;'A`)「ブーン君!」

( ;^ω^)「あっ…あっ…あっ……」

  見れば、胸元が酷い火傷でも負ったかのように爛れている。
  強酸性の体――。
  ますます、フィクションの怪物めいてきた。

(;TДT)「おお、追い詰めたな!とととトドメを刺せ!」

  二度、三度と空を切ったゼリーの怪物は、宙でその身をくねらせ、震わせる。
  倒れた僕の、その上を取った「ブロブ」。
  黄緑色の肉塊が、真っ逆さまに落ちて来る。

( ;^ω^)「こぉおなくそぉおぉおお!」

  伸び来る幾つもの触手。
  無数の「点」による、質量の攻撃。
  弾倉を回転させ、目当てのシリンダーを選び、引金を引く。
  撃鉄の衝撃を確認すると、僕は一気に“チャンバー”を振りぬいた。

(;TДT)「――むっ!?」

  千切れ飛ぶ、粘液の触手。
  宙を舞った黄緑色の原形質は、飛沫となって上部甲板に降り注ぐ。

  振りぬいた僕の“チャンバー”の先には、鋼鉄製(クローム)の鋭い刃。
  演算水晶球から投影された、仮初の、虚ろなる槍の刃。

284 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 23:44:30 ID:JN3sHMF20

( ;^ω^)「はぁ…はぁ…はぁ……」

  “6発中、3発は甲弾術式、もう3発は虚槍術式を装填しておいたから、一応遠近両用で戦えるようにはなってる”

  ツンの言葉が、脳内でリフレインする。
  虚槍術式。
  初等級の錬成術式だが、鋼鉄製の刃は本物の鋼鉄と全く同じ硬度を持つ。
  強酸性の粘液を滴らせる「ブロブ」相手では心許ないが、今はこれで相手をするしかない。

(;TДT)「ふ、ふん。このブロブを相手に、虚槍術式など…わ、わわ悪足掻きにもならぬと知れ!」

  切り飛ばした触手が、床の上で蠕動して原形質状の塊に戻る。
  震えながら床を滑ったゼリーの塊は、モカーの足元まで来ると、本体の巨大な「ブロブ」へと飲み込まれるようにして融合した。

  不定形の塊が震えるのは、直ぐにも次の攻撃が来る証。
  床を転がって距離を取り、立ち上がる。
  槍と成った“チャンバー”を構えると同時、「ブロブ」の体躯が一際大きく振動した。

(;TДT)「アシッド・スプラッシュ・フォーメーションである!」

(;'A`)「いけない、ブーンくん!」

  吃音も忘れて高らかに叫ぶモカー。
  「ブロブ」の身体が膨れ上がり、刹那、その表面が弾ける。

  360度、全方位へ向けて乱れ飛ぶ、原形質の塊は強酸性の散弾。

  躱せるか。何処に逃げ場がある。
  防げるか。この散弾の全てをか。

285 名前:[] 投稿日:2014/05/15(木) 23:46:15 ID:JN3sHMF20

( ;゚ω゚)「うわああああああああ!」

(#゚A`)「るうぅうぅうぅうぅうおぉおぉおぉお!」

  叫び声が、重なる。
  いや、叫びじゃない。もう一つは、咆哮だ。

(#゚A`)「おぉおぉおぉおぁああぁあぁああ!」

  タカラを、もう一人の中年を抱えたまま、僕の前へと飛び出すドクオさんの黒い影。
  鬼獣の腕と不釣り合いなほどに華奢な、ラバースーツに包まれた細身。
  その背中が、瘤のように盛り上がり。

  めきめき、ごりり、ぐしゃっ。

  黒灰の、蝙蝠の翼が、飛び出した。

293 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 03:01:06 ID:GaEFtsHI0

  〜11〜

 

――下部甲板は、混沌の坩堝と化していた。

( ;゚ё゚)「撃て!撃てぇ!ひるむな!撃って撃って撃ちまくれえ!」

  悲鳴、怒声、罵声、阿鼻叫喚。
  逃げ惑う乗客、走り回る魔術師。

( ;0‗0)「なんだアレは!一体どうなっている!テロリストなのか!?」

( ;@w@)「乗客の皆さん!どうか落ち着いて!クルーの指示に従って避難してください!」

  飛び交う鋼槍、閃く雷撃、降り注ぐ氷柱の群れ、空を焼く熱線。
  _
( ゚∀゚)「うっひょ〜!乱痴気騒ぎにドンドンパチパチ!関東の祭りも中々やりよるやないかい!」

  混乱の中心。
  遠距離術式の射線を一身に集めるのは、甲板の上を飛び回るジョルジュ。

( ;゚ё゚)「くそっ!ちょこまかちょこまかと!これだけ撃って一発も当たらないなんて、あり得てたまるか!」

  砲弾が、雷撃が、氷柱が、熱線が、或は火球が次々に放たれ殺到するが、そのどれもがジョルジュを掠める事は無い。
  ヤンキー中年を狙った遠距離術式は、躱されるか、そうでなければ全てが「吹き飛ばされ」てしまっていた。

294 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 03:01:59 ID:GaEFtsHI0
  _
( ゚∀゚)「名付けて!“奥義・風纏いの術ぅ〜!だっはっはっは!
     ええ〜眺めやで〜!昔の殿様も、こないな気分やったんやろかなあ〜!」

  宙に浮くジョルジュ。
  彼の身体を取り巻くのは、逆巻き、吹き荒れる暴風。
  船上のテーブルや料理を吹き飛ばし、海水までをも巻き上げるそれは、最早超小型の竜巻にも等しい。

( ;゚ё゚)「ぐっあああ!見下しおってえええええ!」

  弾倉式術式長剣を振りかざし、黒腕章の魔術師が突進する。
  転がったテーブルを飛び越え、クランベリーパイを踏みつぶして進む先はジョルジュ。
  身体強化術式で増強された跳躍の頂点で、剣の引金を引きしぼ――。
  _
( ゚∀゚)「あ、ほいさっと」

  ――る前に、烈風にあおられ、夜の海へと真っ逆さまに落ちていった。

( ;ё;)「くっそぉああ!何時か絶対出世してやる〜!」
  _
( ゚∀゚)「……うーん、再就職っちゅうのも選択肢の一つやで」

  どぼん、と間の抜けた音を立てる水面を一瞥して、ジョルジュは船首へと降り立つ。
  甲板の上では20人前後の魔術師達が、手に手に弾倉式術式兵装を構え、ジョルジュの隙を伺っている。
  その後ろでは、訳も分からないままに戦火に巻き込まれた乗客たちが、船員の指示によって押し合いへし合いしながら船内へと避難していくところだった。

295 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 03:02:40 ID:GaEFtsHI0
  _
( ゚∀゚)「うむうむ、取りあえずカタギの皆さんは海の男たちにお任せして――」

  腕組みをして大仰に頷くジョルジュ。
  その頬を、橙の熱線が掠めた。
  _
( ゚∀゚)「――ってぇ…なんやぁ?」

  死線を潜り続けてきたジョルジュの身体は、自身へ向けられた攻撃には敏感だ。
  直撃軌道だったのならば、本能が身体を動かし回避運動を取る。

  わざと狙いを外した一撃。
  威嚇の熱線を放った者の姿を探し、ジョルジュは甲板を見渡した。

(゚、゚トソン「……術式を解除し、今すぐ投降して下さい。――次は、当てます」

  肩の出た白いイブニングドレス。
  栗色の髪をバレッタで一纏めにした少女の眼光は、若さの中にも決然としたものがある。

  腕には橙色の腕章。
  ドレスと同色の手袋をして“チャンバー”を握る姿は、戦場に咲く一輪の花のようにあでやかだった。
  _
( ゚∀゚)「ほっほおう…。ええ面構えや。んでもって“次は当てる”ときたかい」

(゚、゚トソン「……今日の私は不機嫌です。投降しないと言うならば、命の保証はありませんよ」
  _
( ゚∀゚)「――おもろいこと言いよるなあ、嬢ちゃん。ええで、付き合っちゃる」

  ゆらり。ジョルジュの肩が揺れる。
  ぴたり。風が止む。

296 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 03:04:03 ID:GaEFtsHI0
  _
( #゚∀゚)「やれるもんならやってみいやあ!やれれるもんならなぁ!」

  怒号。
  瞬間、凪の沈黙を内から食い破り、大気が爆発した。
  _
( #゚∀゚)「若造の割によお吠えたなあ嬢ちゃん!せやからうちも本気出したる!本気の鬼ごっこや!」

  爆風が如き暴風に乗り、ジョルジュは再び宙を駆ける。
  椅子が飛び、テーブルが転がる甲板。
  皆が頭を伏せる中、トソンは頭上を舞うジョルジュを真っ直ぐに見据えて“チャンバー”を構えた。

(゚、゚#トソン「本気だとか手抜きだとか!遊びのつもりでえ!」

  トソンの握る弾倉式術式杖が、音を立てて可変する。
  持ち手より上半分が開き、先端の水晶球を中心に展開。
  腰だめに構えた杖の穂先は、まるで弓かバリスタのような形状をしていた。

(゚、゚#トソン「遊び半分で街を壊して!遊び半分で船を襲って!何も知らない人を巻き込んで!悪戯に混乱を招いて!」

  白熱する水晶球。
  細指が引く引金。
  直後、闇を切り裂き紅蓮の光条が迸る。
  放たれたのは、灼熱の光。可視光線に分類される、それは「レーザー」だ。

297 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 03:13:42 ID:GaEFtsHI0
  _
( #゚∀゚)「お遊びなのはおたくらやろが!政治屋のじじばば共とつるんで好き放題やりよって!マネーゲームも大概にせえや!」

  光の速度で放たれるそれは、視認した時点での回避は不可能。
  故に、水晶球の先に展開する組成式を読んで、射角を知る事で回避行動とする。

  言うは易く行うは難し。
  組成式の発光から術式発現までのコンマ2桁にも満たない刹那で、これから発現しようとする術式を見極める事が出来る魔術師が一体どれほどいるだろう。

(゚、゚#トソン「連盟は秩序の担い手です!だというのに貴方たちの様な魔術を悪用しようとする賊が後を絶たないから!」

  故に、規格外。
  故に、“到達者”。
  常人では到底成し得ぬ高みに到達しえた者として、誉れも高く湛えられるべき魔術師界の最高峰。
  次から次へと放たれる光条を、ミリ単位で躱しながら空を駆ける、この似非関西人ヤンキー中年は、まごうことなき最高峰の魔術師であった。
  _
( #゚∀゚)「なあにが秩序や!なあにが平和や!戦争を幇助して!内乱を誘発して!世界の平和を乱してるんはどっちやっちゅうんや!」

  熱線、熱線、そしてまた熱線。
  引金が引かれ、水晶球が発光する度、乱れ飛ぶ光の矢。
  シリンダー内の魔素と、水晶球による演算。
  この二つの補助こそあれど、トソンが放つ光線術式もまた、その威力、狙い、共に高いレベルで練り上げられている。
  後の先を常に取り続けるジョルジュに何発かを掠めさせる腕前は、彼女が橙腕章で収まる器ではない事を確かに訴えていた。

298 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 03:15:29 ID:GaEFtsHI0

(゚、゚#トソン「次から次へと妄言を…!」

  水しぶきを巻き上げる暴風。
  空気を焼く熱線。

(゚、゚#トソン「そうやって虚言を吹き込んで、内藤君もたぶらかしたんですか!」

  壮絶なドックファイトは、しかし、唐突に終わりを告げた。
  _
( ゚∀゚)「なん――やと――」

(゚、゚#トソン「赦せない…何も知らない内藤君を…無関係な内藤君を…」
  _
( ゚∀゚)「内藤て――お前――」

(;、;#トソン「返せ!内藤君を返せ!内藤君はこっち側に来るべき人じゃない!
       内藤君は日向の人間なんだ!内藤君は“日常”なんだ!返せ!返して!返し――」

  ――爆音が、響く。
  咄嗟に、二人は振り仰ぐ。
  甲板の上、張り出した船橋から立ち上る、黒い煙。

ミ,,゚Д゚彡y−~『おい、ジョルジュ。囮は良いが、その嬢ちゃんばかりにかまけてる場合じゃあねえぜ』

  砕けた窓枠の残骸に腰掛けるのは、フサギコ。
  爆発の原因。爆裂術式の担い手。

299 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 03:19:41 ID:GaEFtsHI0

ミ,,゚Д゚彡y−~『こっちの奴らもちゃんと相手してくれなきゃよお』

  一口吸った煙草を、その指が放り。

ミ,,゚Д゚彡y−~『俺の仕事が増えるだろうが』

  壮絶な爆発が、船橋を粉々に砕いた。

(゚、゚;トソン「なっ――」

  爆発は、船内へと続く通路の真上。
  ガラスが、鉄骨が、破砕片が降り注ぐ先には、未だ避難を終えていない乗客たちの列。

o川;゚ー゚)o「あっ――あっ――あっ――!」
  _
( #゚∀゚)「――っ!くそったれええええ!」

  怒号一喝、烈風を爆発させてジョルジュは夜の海を駆ける。
  船上まで、大よそ500メートル。
  この距離からでは、風の腕(かいな)も届かない。
  _
( #゚∀゚)『モラやん!見えとるか!』

( #・∀・)『見えているがこっちはそれどころじゃない!クソッ、フサギコのヤツめ――すまないがそっちで対処して――』
  _
( #゚∀゚)「っっちっくしょぉぉおおぉおぉおおお!」

300 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 03:22:44 ID:GaEFtsHI0

(゚、゚;トソン「なんてことを――!くっ!このっ!このぉっ!」

  甲板の上。
  連盟の魔術師達が、降り注ぐ瓦礫を鋼槍や雷撃で撃ち落としていく。
  撃ち落としていく、が、足りない。
  数が、多すぎる。

ミ,,゚Д゚彡「そらそら、もっと気張らんと間に合わんぞ」

  数が多すぎる上に、爆発は尚も続く。
  立て続けに爆炎が轟き、次から次へと瓦礫の雨が降り注ぐ。

o川*;Д;)o「いや…いやあああああ!」

  狂乱する乗客の中。
  目を見開いて泣き叫ぶ少女。
  二つの小さな瞳に映る、視界いっぱいの鉄骨。
  _
( #゚∀゚)「こおおおおのやろおおおおおおお!」

  腹の底からの咆哮が、風となる。
  吹き荒れる颶風がジョルジュを押しやり、その身体が船首を飛び越える。
  _
( #゚∀゚)「とおおおおどけええええええええ!」

  目いっぱいに伸ばす右の手。
  掌に刻まれた紋様、風車状の刃を模った刻印が碧に輝く。

  届け、届け、届け、届いてくれ。
  祈りを乗せた烈なる風が、竜と化して甲板を駆け抜けた。

301 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 03:23:44 ID:GaEFtsHI0

(゚、゚;トソン「――っ!」

o川*;Д;)o「――」

  時が止まったようなその刹那。
  少女の身体は宙を舞う。
  横殴りの竜巻に吸い上げられ、放り出されたその身を受け止めるのは、スカジャンに包まれた両の腕。
  17の娘を抱いて宙を駆けるのは、“到達者”、長岡ジョルジュその人だった。

o川*;д;)o「わた――わたし――い、生きてる――?」
  _
( #゚∀゚)「はぁ…はぁ…何とか…間に――あった――な――へへ」

o川*;д;)o「あれ――さっきのおじさん――」
  _
( ゚∀゚)「……ババロアソテーだかなんだかのお礼がまだやったからな。急遽、駆けつけたっちゅーわけや」

o川*;д;)o「ババロア…結局殆どおじさんが食べたじゃん…」
  _
( ゚∀゚)「せやからそのお詫びにこうして駆けつけたわけやん。ババロア代に命だったら、釣り銭ぎょーさん出るで」

o川*うー;)o「へへっ…そーかも」

  涙でぐしゃぐしゃになった顔に、「ふにゃっ」とした笑顔が戻った事で、ジョルジュはようやく息をつく。
  そのまま飛行速度を落とすと、甲板へ着地。
  ざわめき立つ魔術師達の目の前で、腕の中の少女を下ろした。

302 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 03:24:45 ID:GaEFtsHI0

(゚、゚;トソン「何故――」
  _
( ゚∀゚)「おおっと、撃つなよお。喧嘩ならこれからなんぼでも付き合うさかい、カタギの嬢ちゃんだけは巻き込まんでや」

  両手を上げるジョルジュに、連盟の魔術師達は戸惑いながらも武器の矛先を下げる。
  それに満足したようにうなずくと、ジョルジュは少女の背中をポンと押した。

o川;*゚ー゚)o「うぇええう!?」
  _
( ゚∀゚)「ほれ、お前さんはそっちや。これからおっちゃんたち、またどつき合いせなあかんねん。
     ぼーっとしとったらまた危ない目に合うで」

o川;*゚ー゚)o「どつき合いて……」

  不安げな顔で連盟の魔術師達とジョルジュとを見比べる少女。
  その瞳が、一人の影を見つけて見開かれる。

o川*゚ー゚)o「え――いいんちょ――?」

(゚、゚トソン「キュートちゃん……」

o川;*゚ー゚)o「え?だって、塾があるって…いや、え?どうして…?」

  問いかける少女は、そこで友人が手に握る“チャンバー”の存在に気付く。

o川*゚ー゚)o「え…どつき合いって――」

303 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 03:26:10 ID:GaEFtsHI0

( 、 トソン「――ごめんなさい」

  鳩尾に、一撃。
  当身によって気を失った少女を、トソンは抱き留める。
  腕の中で眠る友を見るその瞳は、深い哀しみと慚愧に満ちていた。
  _
( ゚∀゚)「なんや、嬢ちゃんら知り合いなんか」

( 、 トソン「……」
  _
( ゚∀゚)「そんならもう、この辺にしとかんか。うちもうごっつ疲れとんねん。
     そろそろお開きにしてくれると、中年的には助かるっちゅうねん、なんちて〜」

  だはは、と笑って頭をかくジョルジュ。
  そんな彼に、トソンは無言で背を向ける。
  _
( ゚∀゚)「……ほっ。話の分かる嬢ちゃんで助かったで」

( 、 トソン「――キュートちゃんを助けてくださった事は、お礼を申し上げます」
  _
( ゚∀゚)「ああ?ええねんええねん、市民として当然のことをしたまでやか――」

( 、 トソン「なので、今回に限り、私はもう引きます。ですが、他の人達までは知りません」
  _
( ゚∀゚)「……ま、そらそうなるわな。せやけど嬢ちゃんだけでも手え引いてくれるんなら充分やわ。
     ブーンの友達とタマの取り合いすんのはやっぱり気が乗らへんところやし――」

( 、 トソン「内藤君は――」

  上擦る声。

304 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 03:26:52 ID:GaEFtsHI0

( 、 トソン「内藤君は、必ず返してもらいますから。……何があっても。絶対に、何があっても」
  _
( ゚∀゚)「……」

( 、 トソン「――っそれだけです」

  肩を震わせ、拳を握りしめ、何かを振り切るようにしてトソンは船内へと歩き出す。
  その背を見送りながら、ジョルジュは密かに瞑目した。
  _
(  ∀ )「取り返す――か」

  “返せるもんなら、今すぐにでも返してやりたいわ”

  声にならない言葉は、誰にも聞かれることも無く、風の中に消えた。

305 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 03:28:57 ID:GaEFtsHI0

  〜12〜

 

  ――皺の寄った被膜を伸ばし、骨格を組み立てながら、漆黒の翼が広がっていく。

(;TДT)「せ、せせせ生体変化系統の術式…それもここここんな大規模な…!ばばば、馬鹿な!
     このような反動の大きい術式、たたた、例え組成式を知っていたとしても早々使いこなせるようなものじゃあない!」

(#゚A`)「あああがあああああああ!」

  差し渡しで4メーター近くはある黒翼。
  神話が謳う「悪魔」めいたその翼は、しかし僕たちを包み込んで守る、天使の翼だった。

( ;゚ω゚)「ド、ドクオさん!?」

(;'ー`)「だ、大丈夫…これくらい…大したダメージじゃないから……」

  僕の前に仁王立ちしたドクオさんは、翼と自らの背を盾に、強酸の雨弾に耐える。
  強酸の粘液は彼の身体と翼を容赦なく焼くが、それ以上の速度で傷口は再生していく。
  再生術式。それも、デレちゃんが使っていたような治癒術式とは比べ物にならない程の、強力な術式。

  確かに、これだけの術式があるならば問題は無いだろう。

( ;^ω^)「で、でも……」

(;'ー`)「痛くは、ないよ。鎮痛術式だって、ちゃんとあるんだから」

306 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 03:30:56 ID:GaEFtsHI0

  僕を安心させる為に浮かべた笑顔の上には脂汗。
  本当に、痛くないのだろうか。
  生体変化術式を二つも使った上、更に再生術式も使い続けているのに、鎮痛術式まで並列発現させる余裕があるのだろうか。
  いいや、無いに決まってる。こうやって、痛みに耐えているのが何よりの証拠だ。

(;'A`)「僕の事は、良いよ。それより、今は、アレにどう対処するか――」

  強酸の散弾を放ち終えた「ブロブ」とモカーは、先よりも僕達から離れた位置に立ってこちらの様子を窺っている。
  ドクオさんの並列術式制御の腕を見て、これを驚異的と判断したのだろう。
  何にしろ、奴らが攻撃の手を緩めているのは僕達にも好都合だった。
  この隙に、何とかして打開策を練らなければ。

('A`)「このスライムみたいな怪物――“ブロブ”は、魔術師によって生み出された人工的な魔生種…いわば、人造生物なんだ」

( ^ω^)「人造の…生物……」

('A`)「先ず、この手の人工魔生種の共通項として、脳はあるけど、知能も低く魔術刻印も持ってないから、操接魔術師が自分の分身の様な感覚で、意のままに制御出来る、というのがある」

( ^ω^)「“ブロブ”も、それに含まれる、と?」

('A`)「うん、そうだね。逆に、魔術刻印を持った魔生種なんかは、操接魔術師の意志のままに操る事は中々難しい。
    大抵は、“操る”と言うよりも“従属”と言う表現の方が相応しいかな」

( ^ω^)「つまり、“ラジコンを操縦する”のと、“部下に指示を出して働かせる”のの違い、ってことですか」

('A`)「そう言う事。魔術を扱える魔生種を使役するのは強力だけど、
   いざという時自由に動かせないのを嫌って、“ブロブ”のような魔生種を操る者も居る」

307 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 03:32:28 ID:GaEFtsHI0

('A`)「“ブロブ”のような魔術を扱えない個体は、代わりに肉体そのものが武器になるように初めから生みの親の操接魔術師によって“設計”されているんだ」

('A`)「そして見た通り、この“ブロブ”は液体の様な身体をしているせいで、力学的な攻撃は先ず通用しない」

( ^ω^)「切っても切っても直ぐに繋がっちゃうし、触ると強酸の粘液で溶かされるおまけつきですね」

('A`)「だから、遠距離から雷撃や凍結術式、火炎術式で対処するのがセオリーなんだけど……」

  説明を続けるドクオさんの言葉尻が掠れていく。

('A`)「僕はこの通り、錬体術が専門分野で、事象魔術は全然扱えないんだ。……“ブロブ”とは、最悪に相性が悪い」

( ;^ω^)「……」

('A`)「……ブーン君は、その、さっき言ったような事象魔術は――」

  言いかけて、ドクオさんは僕の表情で全てを悟る。

('A`)「そう…そうだよね……」

( ^ω^)「ごめ…なさい……」

  ツンから教えられた戦闘向きの術式は、初歩的な肉体強化術式と弾丸術式ぐらいで、しかもそれすらまだ碌に扱いこなせていない。
  今の僕が持ちうる攻撃手段は、“チャンバー”の中の虚槍術式と甲弾術式の二つのみ。
  何れも、槍による斬撃と対人サイズの徹甲弾による射撃と、“ブロブ”に通用するとは思えないものばかり。

308 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 03:35:50 ID:GaEFtsHI0

('A`)「……いいんだ。魔術の特訓を始めてまだ一週間も経ってないんだから、それはしょうがないよ」

( ; ω )「……」

  しょうがない、とドクオさんは言う。
  生きるか死ぬかの瀬戸際で、自分の命を預けなければいけない相手を、その不甲斐なさを「しょうがない」の一言で、ドクオさんは割り切れる。
  僕より2コ年上というだけなのに、そこまで覚悟が固まっている。

  ツンもそうだった。
  僕と同じ歳なのに、戦場のその矢面に立って、僕を守ると。

  強い、と思う。
  魔術の腕だとか、そう言ったこと以前に。
  平々凡々と生きてきた僕なんかが持ちえない、「生きる」為の強さが。
  「戦う」事を選べる強さが、とても眩しい。

( ; ω )「――っ!」

  僕も、その場所に追いつきたい。
  追いつきたいけど、今僕に出来る事は殆どない。
  戦おうにも、選択肢が少なすぎる。

  ……ならば、どうするか。
  考えろ。考えろ。考えろ、内藤文太郎!

309 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 03:36:53 ID:GaEFtsHI0

(;TДT)「ふむ。……に、にらみ合いも、ここまでとしましょうか」

  僕達を嘲笑うように蠕動する「ブロブ」。
  思考を中断して、僕達は飛び退く。
  黄緑色の激流が僕達の間に着弾、波濤となって追撃の触手を伸ばす。

( ;^ω^)「くそっ!くそっ!僕に出来る事…僕に出来る事…!」

(;'A`)『ブーンくん、落ち着いて!ひとまずここは回避に専念して!』

  二人を抱え、津波の様な“ブロブ”の体当たりから逃げながら、ドクオさんは念話を飛ばす。

( ;^ω^)『だ、だけど!』

(;'A`)『現状、“ブロブ自体”はどうすることも出来ない!取りあえず、司令塔であるモカーを叩く作戦で行ってみよう!』

( ;^ω^)『――っ、わかりました!』

(;'A`)『この通り僕は手が空いていない!僕が囮になるから、ブーンくんがオフェンスを!』

( ;^ω^)『了解っ!』

(;TДT)「そ、そこだっ!捕まえろ!」

  上部甲板を駆け抜けるドクオさん。
  追いすがる「ブロブ」は枝分かれし、触手の束となってその黒い影に伸び行く。
  翼を折りたたんだドクオさんは、それを身を捻り、時に小さく跳躍し、頭を下げてギリギリの所で躱していく。

  人間が飛行するには、翼があるだけでは足りないのだと、昔どこかで聞いた。
  とすれば、ドクオさんの翼は防御のそれか、或は滑空用か。
  どちらにしろ、回避が優先される今この状況では的が大きくなるだけで邪魔になると判断しての行動だろう。

310 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 03:37:51 ID:GaEFtsHI0

( ;^ω^)「僕が、攻撃……」

  黄緑色の流動体から逃げながら、僕は上部甲板の中央に立つモカーを観察する。
  渦巻く「ブロブ」の中心に立つ姿は、まるで台風の目そのもの。
  モカーの足元から、360度全方位に広がった「ブロブ」は、僕達を攻撃する触手とは別に、モカー自身を守るようにして盛り上がり、ゼリーの壁を形作っている。
  よしんば触手の攻撃を躱して近づいたところで、僕の槍が届くかどうかは怪しい。

( ;^ω^)「それなら、これで――!」

  弾倉を回転させ、引金を引く。
  選んだシリンダーは甲弾術式。
  仮初の刃が消え、代わりに水晶球の先から鋼の槍弾を放つ。

  燐光を放ち、空気を裂いて飛ぶ鋼の砲弾。
  行く手を遮る黄緑の触手を千切り、真っ直ぐにモカーを目指す。

  ――この貫通力ならいける。
  
  そう思った矢先だった。

(;TДT)「こ、ここ甲弾術式程度、この私が、ななな、何の対策もしていないと?」

  僕を追う触手が、刹那の内に引き戻る。
  連動して厚みを増す、黄緑色の壁。
  甲弾が着弾する、コンマ秒の出来事だ。
  鋼の槍は、分厚いジェルの半ばでその動きを止め、グズグズと溶解を始めた。

311 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 03:39:10 ID:GaEFtsHI0

(;TДT)「む、むむ紫腕章を、舐めてもらってはこここ困る。ただ“ブロブ”を使役する程度でここまで成り上がれるならば、
      操接魔術師の全員が今頃は“クルーリエ”に入っているだろうからねえ」

( ;^ω^)「くそっ……!」

  甲弾を溶かし終えた「ブロブ」は、すぐさま僕への追撃を再開する。
  正面からの触手を、再展開した虚槍の刃で薙ぎ払い、僕もまた回避に専念する。

  予想していたとはいえ、実際に現実を突きつけられると絶望感が増す。
  甲弾術式は今ので残り1発となってしまった。
  虚槍術式も再展開した事でこちらも同じく残り1発。

  シリンダー内の魔素だけで実体化されている刃は、そのままでは長く持たない。
  攻撃手段に成り得ないとはいえ、数少ない触手への防御手段を失うわけにもいかないから、自分の魔素を使ってこれを維持する。

( ;^ω^)「どうする…どうする…!」

  今の攻撃で、「ブロブ」の壁を突破するのが限りなく不可能に近い事が分かった。
  甲弾術式で貫通できなければ、接近して“チャンバー”の槍を振るった所で同じ。
  腕ごと飲み込まれ、グズグズに溶かされるのが落ちだ。

(;'A`)『やっぱり、力学的な攻撃じゃ通用しないか…こんな事なら事象魔術の一つでも覚えておくんだった…!』

  力学的な攻撃は、通じない。
  雷撃や凍結術式、火炎術式などの事象魔術で対処するのがセオリー。
  僕達はそれらの術式を扱えない。
  それならば。

312 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 03:40:58 ID:GaEFtsHI0

( ;^ω^)『他の人達…ジョルジュさんやフサギコさん達は…!』

(;'A`)『さっきから念話で連絡を取ろうとしているけれど、返事が無いんだ。
    フサギコさんやモララーさんなら“ブロブ”にも対応できると思ったんだけど……』

  ジョルジュさん、モララーさん、フサギコさんの役割は陽動。
  恐らく今この瞬間も連盟の魔術師達を一手に引き受けて立ち回っているのだろう。
  返事が無い、という事はそれほどまでに余裕が無いという事。
  救援は、期待できない。

(;'A`)『もう、“バロール”を使うしかないのか……』

( ;^ω^)『な、何か手があるんですか!?』

(;'A`)『いや、ダメだ…!こんな所でアレは使えない…ブーンくんどころか、下手をすれば船そのものを巻き込んでしまう……』

( ;^ω^)『ど、ドクオさん……?』

(;'A`)『……やっぱり、僕がやるしかない。ブーンくん、ポジション交代だ。僕がオフェンスに回るから、ブーン君は二人を連れて囮役を』

( ;^ω^)『だ、ダメですよ!幾ら再生術式があるからって、真正面からアレに突っ込んだら、どろどろに溶かされちゃいますよ!』

(;'A`)『だけどもう、他に手は無いんだ。僕だったら、翼を盾にすれば、或はあのゼリーの壁を突破出来るかもしれない』

313 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 03:43:38 ID:GaEFtsHI0

( ;^ω^)『で、でも……出来なかったら』

('A`)『……少なくとも、ブーン君たちが逃げる時間は稼げる。ジョルジュさん達と合流して――』

  ――嗚呼、ダメだ。

( ;ω;)『止めてください!』

(;'A`)『ブーン君、でも――』

( ;ω;)『そんな…そんな、自分が捨て駒になるみたいな…そんな焼けっぱちな作戦、絶対に聞けませんお!』

  僕はまだ、ドクオさんやツンみたいな、「強い」在り方は出来そうにない。

( ;ω;)『僕を守るって、ドクオさん言ったじゃないですかお!守るんだったら、最期まで僕の隣に立っていてくださいお!』

  何時も取り繕っている口調が滅茶苦茶になっちゃうくらい、僕は「弱い」。

( ;ω;)『生きて、僕の隣に立ち続けてくださいお!』

(;'A`)『ブーン君――』

  鼻水を垂らして、泣きじゃくるしかない程に、僕は――。

314 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 03:44:20 ID:GaEFtsHI0

「あーあーあー、17にもなった野郎がピーピーピーピー泣き喚きやがってよぉ」

( ;ω;)「――!」

  声は、向こうから。

( ・w・)「みっともないったらありゃあしねえ。てめえには男の意地ってもんがねえのかよ、ええ?」

  ドクオさんの脇に抱えられた、特徴の無いスーツの男の口から。

( ・w・)「おい、クソガキ共。囀る事しか出来ねえてめえらに特別ヒントだ。
     今すぐ機関室に引き返せ。逆転満塁さよならホームランの打ち方を教えてやる」

  涙を拭って、僕は彼を見る。
  中肉中背、これと言って特徴の無い彼はいったい何者なのか。
  ここまでずっとドクオさんに抱えられ続けていた事と、身体の見えている部分に魔術刻印が見当たらない事から、少なくとも魔術師のようには見えない。
  だからこそ、今まで僕は彼の事を無意識的に戦力として見ていなかった。
  彼には何か、打開策があると言うのだろうか。

( ;^ω^)「で、でも機関室に引き返したら後ろからの追手と挟み撃ちにされるかもしれないじゃないか!」

( ・w・)「ここでウダウダやってたって同じだろうが。早くしろ、一分一秒だって惜しいんだ」

( ;^ω^)「だけど、本当に機関室に行けば逆転出来るの?」

( ・w・)「ああ出来るとも。それは私が保証する。だから早く――」

( ;^ω^)「そ、それはどんな方法――」

315 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 03:45:49 ID:GaEFtsHI0

( #・w・)「頭が馬鹿かてめえ!ここで言ったらそこのそいつにも聞かれるだろうが!良いからさっさと動け!」

(;TДT)「な、なにをごちゃごちゃと算段しているのです?」

  飛来する黄緑の触手。
  仮初の槍でそれを切り払って、僕はドクオさんの顔を見る。

(;'A`)「……一か八か、やってみるしかない」

( ;^ω^)「……」

  重々しく頷くドクオさんの顔には、明らかな疲労の色。
  二人の男を抱えたままで、ここまでを全力で走って戦ってを繰り返してきたのだ。
  最早、迷っている暇など無い。

( #・w・)「おらおら、ぼさっとすんな!死にたくなかったら動け!」

( ;^ω^)「りょ、了解!」

  踵を返すと、もと来た道を、機関室のドアを目指して走り出す。
  その先に希望があると、今は信じるしかなかった。

316 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 03:46:43 ID:GaEFtsHI0

  〜13〜

 

  ――頭上で回転する灯台の明かりが、一瞬、そいつの姿を浮かび上がらせる。

从 ゚∀从「どうしたの、そんな死人を見たような顔をして。何かよっぽど怖い事でもあったのかい?」

  明かりが過ぎ去っても尚、闇の中で浮かび上がる真っ赤な口。
  三日月の様に吊り上がった、耳まで裂けているのではないかと思えるようなその口が浮かべているのは、愉悦。
  獲物を前にした狂犬が浮かべる、殺戮への喜びだ。

ξ;゚听)ξ「そんな――だって――さっきバラバラに――」

  無意識に、声が上ずる。
  落ち着け、落ち着け私。これは魔術師同士の殺し合い。
  殺したはずの相手が生きているなんて、何もおかしなことなんてない。
  身代わりか、幻影か、兎に角何か魔術によるトリックがある筈だ。
  何も、何も恐れる事なんてない。恐れる事なんて――。

从 ゚∀从「肩、それに脚も震えてるよ?可愛いなァ…すごく可愛いィ…ねえ、チューしていい?」

ξ;゚听)ξ「こ、こないで!」

  咄嗟に「アルキメデス」の一体を動かし、ナイフで切り付けさせる。
  ハインリッヒの頬に、赤い線が走る。
  歩みを止めたハインリッヒは、傷口をそっと撫でると、芋虫のように蠢く舌でもって指先についた血を舐めとった。

317 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 03:50:29 ID:GaEFtsHI0

从 *´∀从「嗚呼…アァ…イイ…凄くイイ…最高だよ君…ねえ、名前、なんて言うの?教えてよ」

ξ;゚听)ξ「あ、貴方に教える名前なんて――」

  一歩、後退る。
  一歩、ハインリッヒが詰めてくる。
  もう一歩、下がろうとして、腰に堅い感触が当たる。

从 *゚∀从「そう言わずに教えておくれよ。僕、君の事がスゴク気に入っちゃったんだ。ねえ……」

  手摺に沿って横にずれ、何とか距離を取ろうとする。

  兎に角、この距離は不味い。
  相手は恐らく白兵型。
  戦術の大半を「アルキメデス」による遠隔攻撃に頼っている私は、この間合いに長く留まっているだけでも不利。早く、距離をあけなければ。

从 *゚∀从「ホントは君たちVIPは見つけ次第殺さなきゃイケないんだケド、君は別だよ。
       僕は君が欲しい。君と一つになりたい。君を食べちゃいたい。この想い、まさしく愛だよね!」

ξ;゚听)ξ「そう、熱烈な告白をありがとう。“震える程”嬉しいわ」

  皮肉を言って、何とか平静を保とうとするが、脚の震えは止まらない。
  相手の手管が判然としないのもあるが、何よりこのハインリッヒという男の言動が、行動が、理解できなかった。

  既に私を仕留められる間合いに居るというのに、その節くれだった身体には筋肉の強張りと言ったものがない。
  錬体術の専門家がよくやるような、弛緩した状態から咄嗟に動けるような構えや備えをしている素振りも、何一つ。
  殺気。およそ、この男には私と戦おうとする、私を殺そうとする意志そのものが無いようにすら見受けられた。

318 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 03:51:22 ID:GaEFtsHI0

ξ;゚听)ξ「なん、なのよ……」

  この隙に、新たな「アルキメデス」を造りだすなり、残りの「アルキメデス」で仕込みをするなり、何かしら行動するべきなのに。
  それでも、次の瞬間こいつが何をしでかすかが分からない。
  分からないから、動けない。分からないから、怖い。

从 *゚∀从「嗚呼…愛しい愛しい名も知らぬキミよ…その柔肌に触れさせておくれ」

  正直に言おう。
  私は、こいつを、恐れてしまっていた。

从 *゚∀从「さあ、良い子だから――」

ξ;゚听)ξ「アルキメデス!」

  隊列も戦術も何も無い、我武者羅な縫い包みの突撃。
  5体の小悪魔が握る30本のナイフが、ハインリッヒの裸の上半身に、革のパンツの太ももに、突き刺さる。
  ハインリッヒは、防御する素振りさえ見せなかった。

从 ゚∀从・∵「ォゴ――」

  口から血を溢れさせ、魔人は恍惚の笑みを浮かべる。
  30本の刃を痩躯に生やしたまま、よろよろと近づいてくるその様は、まるで幽鬼。

从 *゚∀从「イイ…今のはヤバい…イキそうになった…最高に気持ち良かった…もっと、もっと挿しておくれよ…」

ξ;゚听)ξ「ひ、ひぃっ!?」

319 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 03:52:06 ID:GaEFtsHI0

  両腕を広げて近づいてくるその姿に、遂に私の口から小娘の様な情けない悲鳴が上がった。

  ダメだ。
  倒すとか、倒さないとか、強いとか、弱いとか、それ以前に、怖い。
  錬体術師がナイフ程度で死ぬような柔な相手だなんて思っていない。
  そうじゃないんだ。

  こいつは、それ以前に、あまりにも異常すぎる。

ξ;゚听)ξ「いや…いや……」

从 *゚∀从「それとも今度は僕に攻めて欲しいの?しょうがないなぁ――」

  自身の身体に刺さったナイフを引き抜いて、幽鬼はそれをチロチロと舐める。

从 *゚∀从「でもその前に――」

  徐にその柄を逆手に握ると、ハインリッヒは自らの生白い腹に向かって突き刺した。

从 * ∀从「嗚呼!嗚呼、挿入(はい)ってる!キミのナイフが、僕の中、挿入って!ンアアッ!」

ξ;゚听)ξ「あっ――あっ――」

  嬌声と共に、自ら突き立てた刃を捻ってぐちゃぐちゃと掻きまわす。
  広がった傷口から、内臓の桃色がはみ出せば、それを握って更に引きずり出す。

  強烈な吐き気が、私の喉元までせりあがってくる。
  悲鳴を上げたら吐瀉物まで吐き出してしまいそうで、だけどそれを堪える事も出来なくて、私は血が出るのも構わず下唇を思い切り噛んだ。

320 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 03:53:19 ID:GaEFtsHI0

从 *///∀从「ハァ…アァ…ん…っふう……イっちゃったよぉ……」

  自らがぶちまけた血だまりの中で、自らの内臓の端を握りながら、ハインリッヒは恍惚に浸る。
  血の混じった涎を垂らして笑う、狂いに狂いきったその姿を、私は尻餅をついて見上げていた。

从 *゚∀从「あっと、ごめんごめん、自分だけ先にイっちゃうなんて失礼だったね。ごめんよ」

ξ;゚听)ξ「来ないで――来ないで――」

从 *゚∀从「お待たせ。次はキミの番だよ」

  上気した息を吐きだし、魔人がナイフを振りかぶる。

ξ;凵G)ξ「いやあああああああ!」

  幼子の様な私の悲鳴は、花火の音にかき消されて消えた。

321 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 03:54:07 ID:GaEFtsHI0

  〜14〜

 

  ――黄緑色の大波濤が、背中に迫る。
  全てを飲み込もうと、「ブロブ」の体躯がうねり、荒ぶり、触手を伸ばす。

(;TДT)「にに、に、逃がしませんよ!」

(;'A`)「ここは一旦、僕が足止めした方が良い。ブーン君、この人をお願い!」

( ;^ω^)「え、ちょ――」

  僕の横を並んで走るドクオさんが、右脇に抱えたままのタカラ副長官の身体を僕に向かって放り投げる。
  ちょっと待ってください、僕じゃ重くて持てませんよ、と抗議の言葉を上げる前に、反射的に両手でキャッチして、それでも何とか取り落さなかった自分に、僕自身が一番驚いた。
  僕みたいなペーペーの肉体強化術式でも、大人の男性一人を抱えて走れるとなると、いよいよ魔術の力もそこが知れない。
  僕がタカラ副長官を受け止めたのを確認して、ドクオさんは件の無個性スーツ男を下ろした。

(;'A`)「君もブーン君と一緒に行って!真正面から“ブロブ”を相手にするとなれば、流石に両腕が空いてないと――」

( ・w・)「それはいいがよ、ドクオ」

(;'A`)「な、なに?」

( ・w・)「今回に限っちゃ、てめえの見せ場はねえ。――気張りすぎて、死んだりなんかするなよ」

('A`)「あ――」

322 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 03:55:12 ID:GaEFtsHI0

( ・w・)「……それだけだ。脇役らしく、部を弁えて時間稼ぎでもしてやがれ」

(*'-`)「――うんっ!」

  目を反らしつつ、吐き捨てる様な無個性男の言葉に、ドクオさんは一瞬呆けたような顔をした後、あの無邪気で人懐こい笑みで頷く。
  鬼獣の両腕を広げて一人、「ブロブ」と対峙するその背中から顔を戻すと、無個性男は僕の隣に並んで走りだした。

( ・w・)「ちっ…カマホモ野郎が…随分とまあ嬉しそうな顔をしてくれやがって……調子狂うってえの」

( ^ω^)「……」

( #・w・)「てめえは何見てやがんだよ!おお?」

( ;^ω^)「え、ええ!?なんで僕が――」

( #・w・)「やかましい!それよりもボイラーだ。ボイラーの所へ向かえ」

( ^ω^)「それが、逆転満塁さよならホームランを打つための鍵ってわけなの?」

( ・w・)「そんなところだ」

  鉄の階段を半ば転げ落ちるようにして駆け降りると、機関室の中に視線を巡らせる。
  それほど長い時間、上部甲板で戦っていたわけではないが、無機質な機械の駆動音だけが響く室内に人の影は見当たらない。
  この手の規模の客船なら必ず居るはずの機関士も居ないのは、多分僕たちが騒ぎを起こした時点で船員達にも避難命令が下ったから、とかそういったあたりだろう。
  ついでに、僕が心配していた後続の追手たちが機関室のドアを破った形跡もない。もしかしたら、僕達がここに入った所を見られていなかったのだろうか。

323 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 03:55:59 ID:GaEFtsHI0

( ^ω^)「ボイラー…ボイラー…」

  薄ら暗い機関室の中を席巻するのは、パイプとバルブの塊めいた巨大な機械の列。
  ごうん、ごうんと唸り声を上げるそれらは、一体どれが何なのかの区別もつかない。
  鉄のタンクの連なりを眺めるにつけ、これらが全てボイラーなんじゃないかとすら思う。

( ・w・)「その通り、ここにある緑色のタンク、これ全部がお探しのボイラーだ」

( ;^ω^)「あ、マジで」

( ・w・)「マジだ。……で、甲弾術式の弾頭はあと何発残ってる」

( ^ω^)「一発だけど――」

  言いかけて、僕はようやく彼の言わんとする「逆転満塁さよならホームラン」の手段に思い当った。

( ;^ω^)「って、ちょ、ちょっと待ってよ!まさか、まさかとは思うけど……」

( ・w・)「そのまさかだ。ボイラーを吹っ飛ばす」

( ;^ω^)「な――な――」

  力学的な攻撃が通用しない“ブロブ”に対抗するには、火炎や雷撃、凍結などを用いるしかない。
  ボイラーを破壊すれば、火災が起きる。すなわち、火炎によって“ブロブ”を焼き払う事が出来るという事。
  事象魔術が碌に扱えない僕達に残された、それは確かに唯一の選択肢のようだ。
  だけど。

324 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 03:56:47 ID:GaEFtsHI0

( ;^ω^)「だ、だけどそんなことしたら僕達だって巻き込まれちゃうじゃないか!」

  ピストンやタンク、配電盤などの機械が犇めく機関室内は面積に反して狭く、逃げ場らしい逃げ場も無い。
  一たびここで火災などが起こってしまえば、火に巻かれて僕たちの命が危ない。

( ;^ω^)「それに、機関室が壊れたらこの船はどうなるのさ!この船には多くの一般人だって乗っているんだ!」

( ・w・)「心配しなくても、エンジンが止まったからって直ぐに船が沈むわけじゃあねえさ」

( ;^ω^)「だけど――!」

( ・w・)「そもそも、連盟のお優しい皆さんの事だ。私たちが騒ぎを起こした時点で、善良なる市民の皆様には避難の指示を出してるだろ。
      今頃救命ボートの近くでてんやわんやしてる頃じゃあねえか?」

( ;^ω^)「そうかもしれないけど……」

  駆け去っていく都村さんの背中を思い出す。
  彼女は、今頃は僕たちが起こしたテロ騒動から何も知らない一般人を守る為に、奔走しているのだろうか。
  そうして、僕達は、そんな彼女たちの尊い行動を利用するような形で、彼女の同僚を…上司を、殺す手段を講じているのか。

( ;^ω^)「ぐっ――」

( ・w・)「今はてめえの心配だけをするこったな。火災に関しちゃ、あのカマホモ野郎の頑丈さを頼りにするしかなさそうだが、まあ何とかなるだろう」

325 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 03:57:40 ID:GaEFtsHI0

  無個性男は、何でもない事のように言ってのける。
  葛藤も、その末に導き出される「割り切り」も無い、ただ、目的がこうだからこの手段を取る、という、ただの論理的な帰結だけ。

  ジョルジュさんやツン、ドクオさんが優しいから、僕は勘違いをしていたのかもしれない。
  僕が所属しているのは、魔術の存在を世に知らしめる為に活動するテロリストグループ。
  テロリスト、とはつまり、武力の行使を厭わない、反社会的な組織だという事だ。

  そこに身を置くという事が、どれほどの意味を持つものなのか。
  僕は、この瞬間に至るまで、考えようともしていなかった。

(  ω )「……」

  考えても見れば、おかしい事だった。
  ここまででもう二人も人を殺しておきながら――そう、さっきもドクオさんを助ける為に一人殺していたのだ――こうして、少し考える時間が出来た途端に尻込みをしている。
  「生きる為の本能的な防衛だった、仕方がない」と僕は自分に言い訳でもしてきていたのだろうか。
  
  こうなってまった以上、ブーン君にはうちらと一緒に泥被って貰うしかないんやからな。
  共犯者となったからには遠慮はせえへん。こっからは、殺すか殺されるかの世界や。
  “殺されない”方法と“殺す”方法を覚えてもらう。

  ジョルジュさんが言っていた言葉の意味が、ようやく理解できた。
  殺すか殺されるかの世界。泥を被ってでも、引金を引かなければいけない世界。

  VIPと共に歩むというのは、そういう事だったのだ。

326 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 03:59:16 ID:GaEFtsHI0

(  ω )「……一つだけ、いいかお」

( ・w・)「ああん?いいからさっさと――」

(  ω )「連盟が、一般人を避難させているって予想に、自信はあるかお」

( ・w・)「……私の経験則だが、確実だろうな。密葬教会と違って、上っ面だけは人道主義を掲げている連盟の事だ。
      洋上火災程度で剥がれる程薄っぺらい化粧はしてないだろうよ」

(  ω )「……そうかお。有難う。お蔭で決心が固まったお」

( ・w・)「けっ、生きるか死ぬかの瀬戸際で決心も覚悟もあるかよ。……まあいい、それじゃあぼちぼち始めるぞ」

  無個性男の言葉に無言で頷くと、ドクオさんに念話を繋ぐ。

( ^ω^)『ドクオさん、“ブロブ”を倒す為の作戦が決まりました』

(;'A`)『そ、そうかい。助かったよ、こっちもそろそろ躱し続けるのが厳しくなってきた所なんだ』

( ^ω^)『……了解。手短に説明しますね。ヤツらを機関室に閉じ込めて、ボイラーを爆発させます』

(;'A`)『……成程。やっぱりそうするしかないか。それじゃあ起爆役は――』

( ^ω^)『僕がやります。甲弾術式なら、上部甲板への出口から爆破出来るので』

('A`)『ってことは、僕が奴らを機関室内におびき寄せ、爆発まで引きつける役って事でいいのかな』

327 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 04:00:10 ID:GaEFtsHI0

( ^ω^)『……』

  ――はい、そうなりますね。
  たったそれだけの単語を口に上らせるのに、僕の胸はむかむかとした気持ち悪さを訴えていた。
  “ブロブ”のあの怒涛の攻撃を躱しながら、あまつさえそれを引きつけ続けるなんて、僕には無理だ。
  だからこそ、この配役なのであり、それはこの上なく合理的な判断なのだ。

('A`)『――ブーン君』

( ^ω^)『……はい』

('A`)『僕は、大丈夫。心配はいらないよ』

( ^ω^)『……』

('A`)『さっき、ブーン君も聞いてたよね。僕は脇役なんだ。それも、時間稼ぎなら右に出る者は居ない程の名脇役なんだ』

  “だから、大丈夫。死んだと思ってたらひょっこり帰ってくるから、その時の為に感動の涙を流す用意をしててよ”

( ^ω^)『……わかり、ました』

('-`)『……うん、おっけー。それじゃあ、また後で』

  念話が途切れると同時、上の方で“ブロブ”が蠕動する水音が一際大きくなる。
  ドクオさんが動き始めた事を確認した僕たちは、互いに無言で頷き合って階段の裏のドラム缶の影に身を顰める。
  数秒と間を置かず、階段を蹴りつける喧しい音が響き、それに続いて黄緑色の大津波が僕たちの頭上から飛び込んで来た。

328 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 04:00:54 ID:GaEFtsHI0

(;TДT)「くっ!おおおお、お待ちなさい!このぉぉぉおお!っきぃぃぃいい!」

  上部甲板への出口から迸る濁流のように突っ込んで来た“ブロブ”は、そのままうねうねとその身を触手へと枝分かれさせ、ドクオさんを捕まえようと宙を這いずる。
  四肢を鬼獣のそれに変化させたドクオさんは、そんな原始の化け物から逃れるべく、四つん這いとなり、まるでマシラか狼のようにして、機械の密集した機関室の中を駆け巡る。

(#゚A`)「るぅおぁあああああ!」

(;TДT)「こ、しゃ、く、なああああああ!」

  急速に繁茂する蔦の如き触手の群れを、ボイラーを蹴って一本躱し、右腕を振るって二本、三本、まとめて引き千切り。

(;TДT)「そ、こ、だあああああ!」

(#゚A`)「ぐぅぅるあぁあぁあぁあ!」

  着地した所へ殺到した四、六、七、八本を逆立ちからの両足回転蹴りで“斬り”払い、再び跳躍。
  天井のパイプを掴んで身を揺すると、勢いをつけてピストンの奥へ。
  機械の密集地帯へ紛れ込んだドクオさんを探すべく、触手はさらに伸びる事を強いられ、遂に大元の本体が扉の境界を越え、機関室の中へのそりと這い進んで来た。

( #^ω^)#・w・)「「――今だ!」」

  階段を滑り降り、機関室の床にヘドロの水溜りのように広がった“ブロブ”を見て、僕達はドラム缶の陰から躍り出る。

329 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 04:03:53 ID:GaEFtsHI0

(;TДT)「な、ななななな!貴様ら!」

  密集した機械の上、まるで浮かぶようにして“ブロブ”の玉座の上に座ったモカーが、僕達を見て素っ頓狂な奇声を上げる。
  すぐさま床上の粘液が泡立って触手を伸ばし始めるが、僕達はそれに構わず階段を駆け上がる。

  僕たちの作戦を知っているのか知らないのかは分からないが、モカーは“ブロブ”から離れる事を危険と判断し、敢えて機関室に自らも入り込む事を選んだのだろう。
  “ブロブ”で自分の周囲を固めて強酸粘液の防壁を巡らせれば、狭い室内でも僕達に手出しは出来ないと踏んだか。

  それが間違いだったことを、今、証明してやるのだ。

( #^ω^)「ドクオさん!」

(#'A`)「らああああああああああ!」

  上部甲板の出口で振り返れば、黒い影。
  伸び来る触手に身を焼かれながら、ぶすぶすと白い煙を上げながら、階段を駆け上がってくるドクオさんの黒い顔。
  隙間から見れば、僕たちの行動にこれから何が起こるか感づいたらしいモカーが、玉座ごと動き始めている。
  もう、ドクオさんが脱出しきるのをコンマ一秒も待っている余裕はない。
  “チャンバー”を構え、引金に指をかける。

330 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 04:05:10 ID:GaEFtsHI0

(;TДT)「ぬうううううう!?」

  引きつった表情を浮かべるモカー。
  彼の座る玉座が盛り上がり、粘体の壁が形作られる。
  僕の“チャンバー”が、自分を狙うと勘違いしたのだろう。

  ――残念、ハズレだ。

( #^ω^)「わあああああああ!」

  引金を引く、重い感触。
  排莢と同時、演算水晶の先に広がる、組成式の白い輝き。
  生み出された鋼の槍めく対人サイズの徹甲弾が直進。
  狙い違わず、モカーの足元、タンク状のボイラーに着弾。

  ――直後、紅蓮の花弁が、機関室の中に花開いた。

(#'A`)「おおぉぉおぉぉおお!」

  凄まじい爆風と共に、ドクオさんの黒い身体が飛んでくる。
  勿論、僕が避ける事なんて出来るわけもない。
  胸板に頭から突っ込んで来たドクオさんと共に吹き飛ぶと、上部甲板の上をゴロゴロと転がり、花壇の縁石にぶつかった所でようやく僕たちの身体は止まった。

( ;>ω^)「あっだだだ……」

(;'A`)「っ痛ぅ……」

  爆発の衝撃と、それによって全身をしこたまぶつけた痛みに、僕達は少しの間二人して呻いていた。
  僕たちは、そんな痛みが生きている証拠だとでも言うように、互いに見つめ合うと、苦笑し合うのだった。

331 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 04:05:58 ID:GaEFtsHI0

( ^ω^)「……良かった。ドクオさんが無事で」

('A`)「だから言ったでしょ。死んだと思ったらひょっこり帰ってくるから、感動の涙はとっておけって」

( ^ω^)「涙なら流しましたよ。ドクオさんにぶつかられて、ですけどね」

('A`)「もおー、そうやって意地悪な事言うー」

( ^ω^)「たはは」

(*'-`)「あはは」

( ^ω^)「はははは」

('A`)「……それで、えっと、そろそろ起きたいんだけど」

( ^ω^)「?」

  はてなマークを頭に浮かべかけて、僕は自分が今どのような体勢を取っているかに気付く。
  仰向けになったドクオさんの上、覆い被さるようになった僕は、まるで14歳の女の子を押し倒したよう。

( ;^ω^)「う、うわ!うわあ!?」

  慌てて立ち上がろうとして手をつけば、柔らかい感触。

(*'A`)「ひゃっ!?」

  僕の右の手が、ドクオさんの胸の上に、でんっと。

332 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 04:07:21 ID:GaEFtsHI0

( ;*^ω^)「うわわわ!ごめごめごめんなさいいいい!」

  がばりと跳ね起き、そのまま連続でレバー入れを繰り返すようにしゅばばっとバックステップで下がると、膝をついて土下座。

('A`)「え、いや、そんな、土下座までしなくても……」

  怪訝な顔をするドクオさんに、僕は束の間ぽかんと口を開け、そうしてもって思い出す。

( ^ω^)「――そうだ、ドクオさんって男の子だったんですよね」

('A`)「え?どうして今それを?」

  そうだ、そうだ、そうでした。ドクオさんは男の子なのでした。
  いやー、なんだ焦っちゃったなあ。僕またてっきり、不可抗力とは言え女の子を押し倒しちゃったと思って慌てましたよ。
  いやー、びっくりしたー。何しろ不可抗力とはいえ、胸まで揉んじゃったからなあ。
  右の掌がむにって言った時は、もう僕、社会的に死んだと思ったもんなあ。

( ^ω^)「……」

('A`)「……ブーン君?」

( ゚ω゚)「ほあああああああ!?」

(;'A`)「うわっ!?」

  むむむむ、胸!?胸ええええ!?
  え?え?なんで?胸なんで?おっぱいなんで?
  え?ドクオさんは男の子じゃないの?
  なんで?なんで胸があるの?

333 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 04:08:54 ID:GaEFtsHI0

( ゚ω゚)「え!?え!?ええええ!?だって、だってだって、ドクオさん男の子ですよね!?」

(;'A`)「え、いや、だからそうだよって……」

( ゚ω゚)「男の娘じゃなくて男の子ですよね!ちんちんだってありますよね!」

(;*'A`)「ち――も、勿論、あるけど……」

( ゚ω゚)「じゃあ――」

  ふた――。

( ;゚ω゚)「わあああああストップストオオップ!」

(;'A`)「あ、あのブーン君、どうしたのいきなり。どこか頭でもぶった?大丈夫?」

( ;゚ω゚)「おかしいんや。そないな事あるわけないんや。魔法は実在しても、そんなものが実在するわけないんや――
      いや、これはそういう病気の人を貶めるとかそういう意味やなく、そんな都合のいいファンタジーな事が現実に起こりうる筈がないと言う――」

  頭を振って現実を拒絶する僕を、ドクオさんは本当に心配そうな顔で見つめてくる。
  褐色の肌をした小さな天使の様なその顔から、僕は視線をわずかに下げて胸元を見る。
  身体にぴっちりと張り付く黒のラバースーツは、生命の恵みと慈悲を体現するよう、こんもりと、小ぶりな果実の形に膨らんでいた。

( ゚ω゚)「――ファンタジーは、ここにあったのか」

  ――と、僕の見ている前で、母性の象徴が、ぐにゃりと歪んだ。

334 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 04:09:40 ID:GaEFtsHI0

( ゚ω゚)「――え」

  形が崩れたが最期。
  全男子憧れの双丘は、まるで溶け落ちていくアメーバ生命体のようにしてドロドロと形を失い、ラバースーツの中を下の方へ下の方へと流れ落ちていく。

  何が起こったのか、僕には理解できなかった。
  この世に生れ落ちてこの方17年と少し。今まで一度として「イイ人」など居た試しの無い僕には、女の子の“それ”を直接この目にしたことなど無い。

  だとすれば。
  だとすればだ。
  もしかしたらもしかして、“それ”というものは、先の“ブロブ”の如く実はアメーバ状で、女の子の意志一つによって形を変えたりなんかりするものだ、という事が無きにしも非ずなのではないか。
  保険の授業の時、女子だけが別の教室に移動したりしていたけれど、もしかしてあの時、女子はこの「生命の神秘」について教わっていたのではないのか。

  なるほど、それなら合点がいく。
  小さいのがどうだとか大きいのがどうだとか、女の子たちは言っていたが、僕は今まで騙されていたのだ。
  だってそうじゃあないか。形を自由自在に変える事が出来るなら、大きさだって思いのままでしょう?
  なあんだ、そんな事だったのか。
  生命って凄い。

('A`)「……んぅ。衝撃吸収術式、仕込んでみたけどあんま意味なかったかな。結局ブーン君がクッションになってくれたし」

( ^ω^)「……」

  ……なるほどなー。
  ああー、はいはい、なるほどなるほど。エアバッグ的な。
  なあるほどねえ。……魔術って凄い。

335 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 04:10:29 ID:GaEFtsHI0

( うω;)「ホント、魔術って凄いなあ……」

(;'A`)「ぶ、ブーン君?どうしたの?どこか痛いの?」

( うω;)「胸が――」

  もっと言うと全身が――って、こんなやり取り前もしたな。
  何なんだ、なんなんだ畜生。ドクオさんは、そんなに僕の純情を弄ぶのが好きなのか。

( ・w・)「……矢張り、ブーン攻め――」

( ;^ω^)「ホモちゃうわ!」

  ……いや、言ってて自信ないけれど。

('A`)「――それじゃあ、そろそろ引き上げようか」

  花壇の上に転がっていたタカラ副長官の身体を抱え上げながら、ドクオさんはその背の翼を広げていく。
  そう言えば、この政治家を確保して脱出するのが僕たちの任務だったのを忘れていた。

( ^ω^)「それは良いんですけど、他の人達はいいんですか?」

('A`)「ああ、大丈夫だよ。みんな、脱出手段はそれぞれで持ってるから。念話でちょっと連絡すれば――」

  言いかけたドクオさんの言葉が、そこで止まる。
  見開かれた黒真珠の瞳が、僕を、その背後を映して震えている。
  いきなりどうしたんだろう。
  そんな間の抜けた事を思いながら振り返った僕は、燃え盛る炎の中に立つ「現実」と直面した。

336 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 04:11:11 ID:GaEFtsHI0

(;メ)Д#)「コホォ…ホオォ…ヒュー…っかは…ハァ…ヤって…くれまシたネ…この、走狗共が……」

  上部甲板と機関室を繋ぐ扉の口。
  轟々と吹き上がる炎を背負って立つ、幽鬼の様な姿。
  頬が焼け爛れ、煤塗れのスーツの裾は燃え落ちて。
  半死半生、それでも尚息をし、爛々と殺気を漂わせて立つはだかるモカーの姿がそこにはあった。

( ;^ω^)「そんな…どうして……」

(;メД#)「ふ、フふふ…だだ、だから、言ったでしょう…紫腕章を、舐めるなト…“ブロブ”を使役するだけなら、誰にだって出来るンです……」

  ひゅーひゅー言う喉から笑い声を絞り出すモカー。
  その背後、炎の中から流れるように滑り出てきたのは、鈍い銀色に輝く液体。
  理科室のフラスコの中で見た水銀の様なそれは、モカーの足元へ向かってどんどんと流れてくると、渦を巻いて伸び上り、5m大の銀色の水柱となった。

( ;・w・)「ちっ――!」

(;'A`)「――っ!…肉体変化術式…“ブロブ”の肉体を流体金属にして、炎から身を守ったのか…!まさか、錬成魔術にも通じていたなんて――」

(;メД#)「“ブロブ”を使役する魔術師なド、連盟内でもごまんといる…そそそ、その中で、私だけが“ザ・ブロブ”の名で呼ばれることが、どれほどの意味を持つカ……」

  あちこちが炭化したスーツの中、未だその形を保ったままの腕章を誇示するよう、モカーは右腕を振り上げる。

(;メД#)「その身を持って味わうがいい!」

337 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 04:12:17 ID:GaEFtsHI0

  水銀の水柱が、竜巻のようにしてその回転を速める。
  全身を小刻みに震わせながらのそれは、前にも見た動き。
  体表の粘液を全方位へと、散弾の如く放つ攻撃。
  曰く――。

(;メД#)「食らわせろ!アシッド・スプラッシュ・フォーメーション!」

  淀みなく、高らかにモカーが謳い上げると同時、ドクオさんが僕たちの前に飛び出す。
  黒翼を広げたその背中に降りかかるのは、先とは打って変わって熱で沸騰した液体金属の雨粒。

(;゚A`)「ぐっ――おおおおああああああああ!?」

( ;゚ω゚)「ドクオさん!」

  灼熱する銀色の雨に撃たれ、苦鳴を上げながら、ドクオさんは再生術式を起動する。
  ぶすぶすと焼け爛れる皮膚が、次の瞬間には蛋白で覆われていく。
  ――覆われていくが、しかし灼熱の雨が降り止む事は無い。
  銀の竜巻の回転は止まるばかりかその勢いを増し、水銀の雨を降り飛ばし続ける。

(;メД#)「こ、ここ、このまま痛ぶり続けるのは、い、いささか人道的に欠けますしね…早急に、トドメを刺してあげるとしましょう」

  激しさを増した回転の中から、鈍色の触手が幾つも伸ばされ、鎌首をもたげる。
  鋭敏に尖ったその先端は、鋼の槍。
  お伽噺に聴くヒュドラの如き槍の群れが、生贄に、僕達に、ドクオさんに向かって殺到し。

( ;゚ω゚)「ダメだ!ドクオさん、逃げて!」

(;'A`)「いいや、ダメだよ。そのお願いは聞けない――」

  その翼を、その肩を、その背を、その腹を、その胸を、貫いた。

338 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 04:13:15 ID:GaEFtsHI0

(;゚A`)「アッ――ガッ――」

  雨粒同様、煮えたぎった銀の触手は、自らが空けた傷穴を、抉るように、ぐりぐりと動く。
  肉の焦げる嫌な臭いと、傷口から立ち上る白灰色に濁った煙。
  苦悶に歪んだドクオさんの口から流れる、黒い血の帯。

( ;゚ω゚)「止めろ――止めろ――」

(;メД#)「よ、よよ、よし、つつつ捕まえた…憎たらしい再生術式も、のの、脳さえ破壊してしまえば…ここ、このまま頭を貫いて終わりにしてあげましょう」

(;゚A`)「カッ――ハッ――」

( ;゚ω゚)「止めてくれ――止めて――」

  するすると、伸びてくるもう一本の触手の槍。
  宙でとぐろを巻いたそれが、狙いを定めるように揺れ――。

( ゚ω゚)「止めろおおおおおおおおおお!」

339 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 04:14:33 ID:GaEFtsHI0

  〜15〜

 

  ――ぐしゃり、と、湿った音がした。

从 ∀从・∵「ギッ――」

  ぐらり、と、ハインリッヒの身体が傾いだ。

ξ;凵G)ξ「え――」

  涙で曇った目で、まばたきをする。
  斜めになったハインリッヒの、裸の胸板を貫くのは、鋼の槍。
  螺旋を描く穂先は、中世ヨーロッパの馬上騎士が持つ突撃槍。

ξ;凵G)ξ「なに――」

  ――何が、起こった。
  言葉が声になるその前に、銀の閃きが瞼を掠める。

从 ∀从「ゴバッ――!」

  弄られる様に吹き飛ぶハインリッヒの痩躯。
  直後、玩具のようによろめく使徒へ向け、銀の閃光が怒涛の勢いで降り注いだ。

ξ;凵G)ξ「これ――」

  ぼろきれの様に灯台の手狭な足場にハインリッヒは転がる。
  節くれだったその身体を足場に縫い付けていたのは、三叉鉾や薙刀、フランベルジュにブロードソード、タルワール、古今東西の刀剣や槍の群れだった。

340 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 04:15:14 ID:GaEFtsHI0

「……ふうむ、ギリギリセーフ。何とか間に合った、と言えるだろうか、兄者よ」

  何処かふざけたような言い回しは、闇の奥。
  ハインリッヒが先まで立っていた所より更に向こう、手摺の上。

(´<_` )「っと、そうだ、兄者はおらぬのであった。危なく酸素に語り掛ける怪人物を演じてしまう所であった」

  灯台の明かりが束の間映し出す、糸目の横顔。
  緑色のベストを着た、中華系の双子の片割れは、オトジャに他ならなかった。

ξ;凵G)ξ「あ――あぁ――」

(´<_` )「おや、どうしたツンや。そのようにベソなぞかいて。俺の登場がそれほどまでに感動的であったか?」

ξう凵G)ξ「う、うっさい…そんなわけ……」

(´<_` )「それともあれか、矢張りここはあの内藤なる少年の方が良かっただろうか。申し訳ないな、このようなオトジャで」

ξ#゚听)ξ「やかましめ!あんたら兄弟はいつも口を開けばいらんことばっか言いよってからに!」

(´<_` )「ほっほっほ。我ら兄弟の性分でな。許されよ」

  表情も変えずに肩だけ揺らして笑うオトジャに、身体の力が一気に抜ける。
  恐怖と緊張で動かなかった身体は、今度は安心し過ぎたせいで動けなくなるかとも思ったが、それでも何とか手摺に捕まって立ち上がる。
  傍らの血だまりの中へ視線を向ければ、同様にハインリッヒもまた、槍衾の中から肉を引き千切って立ち上がろうとしていた。

341 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 04:15:59 ID:GaEFtsHI0

从 メ∀从「ゥゴボ――アア…畜生…男に挿入(さ)されるのは、あまり好みじゃあないんだケド……」

  ぶちぶちと、自らの腕の筋繊維が千切れ飛ぶのも意に介さず、ハインリッヒは強引に身体を捩じって立ち上がると、後ろの手摺にもたれ掛る。
  自分で取り出したのと、オトジャの攻撃で飛び出した臓物を腕で乱暴に戻すさまは、自分の命に対して鈍感な、狂った絵面だった。

(´<_` )「ふうむ。そいつが念話で言っていた使徒とやらか。これまた随分と頑丈に出来ているらしい」

ξ゚听)ξ「……やっぱり念話は聞いていたのね」

(´<_` )「うむ。フォックス氏の采配で、念のために俺が様子を見に行くことになったのだが、これは一応は正解だったと見るべきか」

  油断なく腰を落として、オトジャは構える。
  焦げ茶の粒子がぼうっと燐光を放てば、彼の周囲には三十本にも迫る刀剣の類が現れ、その矛先をハインリッヒへと向けた。

从 メ∀从「あーあーあー……せっかくのイイ雰囲気が台無し。男女の営みを邪魔するなんて、ホント最低だよねっ」

(´<_` )「む、そうだったのか、ツンよ」

ξ゚听)ξ「んなわけあるかっ。ただの変態気狂いの戯言よ」

342 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 04:17:13 ID:GaEFtsHI0

从 メ∀从「欲求不満を解消する為だけのまぐわいならともかく、真に愛する人との契りを第三者に見られながら、というのは僕の趣味じゃないしなぁ……」

  憎々しげにオトジャを睨みながら、ハインリッヒは自身の爪を噛む。
  白い犬歯に力を込めるや、魔人は自らの爪を、その指ごと噛み砕いた。

从 メ∀从「残念だけど、今日はここまでにしておこう。何時か、必ずまた会いに行くよ。その時を待っていておくれ、僕の愛しい女(ヒト)――」

  ふらり、とその病的な痩躯が後ろへ倒れ込み、ハインリッヒは背中から夜の中へと落ちていく。
  すぐさまオトジャが追撃に槍の群れを放つが、悪戯に灯台の手摺と足場を砕くだけに終わった。
  後には、血だまりと、壊れた手摺と、そこに突き立つ何十本もの刀剣の針山だけが残るのみだ。

(´<_` )「……良かったな、意外とピュアな奴で」

ξ゚听)ξ「冗談でもやめてよね。ホント、ゾッとしないわ」

  何とか下らない冗談を返してやろうと思ったけれど、未だに身体の奥隅に染みついた恐怖の残滓が拭いきれず、おざなりな返事になる。
  震えそうになる声を、それでも感づかれないように太ももをこっそりとつねって瞑目。
  何時もの私を取り戻すべく、私は努めて気丈な声を出す。

ξ゚听)ξ「……それで、貴方が様子を見に来たのは良いとして、これからどうするの?
       あの変態は追い返したとして、まだ作戦は継続中だし、一応は哨戒を続け――」

(´<_` )「ああ、いや、その事なのだがな」

ξ゚听)ξ「なに?」

343 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 04:20:12 ID:GaEFtsHI0

 

 

  問い返す私に、オトジャはその開いているか閉じているかも分からない目を、夜の海に向けながら答える。

(´<_` )「――向こうも、決着がついたようだ」

 

 
.

344 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 04:20:56 ID:GaEFtsHI0

  〜16〜

 

  ――ぐしゃり、と、嫌な音がした。

( ゚ω゚)「――」

  ぴたり、と、銀の触手の動きが止まった。

(゚A`)「――」

  スローモーションのように飛び散る赤い血と、それよりも幾分か黒っぽい肉の欠片。
  呆けたように見つめる視線の先で、ずるり、槍の穂先からずり落ちて、“それ”の身体が甲板を打った。

「……ふうむ、ギリギリセーフ。何とか間に合った、と言えるだろうか、弟者よ」

  沸騰した液体金属に撃たれて白煙を上げる甲板の上。
  銀の槍に貫かれ、ぴくりぴくりと痙攣するそれは、蟲。

「おっと、そう言えば弟者はいなかったのだ。危なく酸素に話しかける危険人物を演じてしまう所であった」

  甲虫のような、蠅の様な、それでいて僕が今まで見たどの虫とも違う、異形の“蟲”。
  ドクオさんの頭を貫こうと迫っていた槍は、その異形の“蟲”によって阻まれ、寸前の所で動きを止めていた。

( ・w・)「何がギリギリセーフだ。こっちは危うくつまらねー中年野郎の身体と心中する所だったんだぞ。もちっと早く来い」

  隣の無個性男が、毒づきながら振り返るに釣られて僕も後ろを振り返る。

345 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 04:21:36 ID:GaEFtsHI0

( ´_ゝ`)「ふむ、そうは言うがな。これでも全力で飛ばしてきたのだぞ。船が止まってくれなければ、間に合わなんだかもしれん」

  僕たちの頭上。
  空に浮かぶ、巨大な“蟲”の上。
  牛や馬ほどもある異形に跨りこちらを見下ろすのは、中華系の双子の片割れ、アニジャその人だった。

( ・w・)「止まったんじゃねえ、私らが…いや、このホモガキ共が止めたんだよ。てめえの“お友達”じゃ間に合わねえと思ったからな」

( ;^ω^)「え――」

  混乱する僕の視線に気付き、無個性男はせせら笑いを浮かべる。

( ・w・)「“ブロブ”の弱点が炎や雷撃だってのは周知の事実だ。紫腕章にもなる操接魔術師がそれへの対策を取ってないわけがねえだろうが」

( ;^ω^)「それじゃあ、最初から援軍を呼ぶつもりで……」

( ・w・)「そう言う事だ。てめえらが必死に出塁してくれたお蔭で、ようやく私が逆転満塁さよならホームランを打つ準備が整った、ってわけだ」

  唖然とする僕の頬を、銀の槍が掠めた。

(;メД#)「な、何を呑気に勝ち誇っているのです…ぞぞ、増援を呼ばれることくらい、計算の内です。
       私の“ブロブ”は元より多対一を想定して生み出した最強の矛…たかが一人増えたくらいで――」

346 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 04:22:31 ID:GaEFtsHI0

( ・w・)「ほぉ…想定の内、ねえ……アニジャ」

( ´_ゝ`)「おうとも」

  思い出したように攻撃を再開する銀の触手の束。
  それら銀の槍に向かって飛び込んでくるのは、先にドクオさんへの一撃を受け止めた“蟲”の群れ。
  ぶんぶんと羽音を唸らせ、次から次へと槍衾の中へ突進しては肉片を散らす“蟲”は、まるで肉の盾だ。

(;#Дメ)「ふは、ふはははは!とと、飛んで火にいる夏の虫とはまさにこのことです!このて、程度の虫けらが!私の“ブロブ”の相手になるとでも――」

  高笑いするモカーを気にも留めず、アニジャは跨った“大蟲”ごと降下してくる。
  “蟲”の背中から身を乗り出した彼の隣には、黒く、長い髪に覆われた頭。

( ・w・)「いいや、モカー。てめえの相手をするのはアニジャじゃねえ」

  アニジャが、そのヴェールのような黒髪を手で掻き分けた、その瞬間だった。

  ぐりん、と、髪を振り乱して。
  その女の。
  今まで、アニジャに支えられ、人形のようにぐったりしていたその女の。

川゚д川「貴方の相手をするのは――私よ」

  貞子ちゃんの、生白い顔が、持ち上がった。

347 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 04:23:35 ID:GaEFtsHI0

( ;^ω^)「なっ――!」

(;メД#)「!?」

川゚д川「モカー…貴方…想定の内、って…言ってたわよね」

  僕の隣で、無個性男の身体が糸の切れた人形のようにしてその場にくずおれる。
  対して“大蟲”の上の貞子ちゃんは、ゆっくりと立ち上がると、そのベルトだらけのトレーナーに包まれた右腕をもたげ、その不吉な指先を、モカーへ向けて突き付けた。

川゚д川「それじゃあ…勿論…私に…その“ペット”を奪われることも…想定済みって…事でいいのかしら…」

  びくん。
  今まで、渦巻き、触手の束を振り回していた“ブロブ”の動きが突然止まった。
  何が起こったのか。貞子ちゃんの方を見れば、彼女の髪の間から覗くその目が、青紫色に光っている。
  目を凝らして、よく見るその瞳の奥。
  青紫の瞳孔に刻まれた紋様――蜘蛛の形を模るそれは、組成式の光を放つ、魔術刻印に他ならなかった。

(;メД#)「な、そんな――馬鹿な――」

川゚д川「……ディナーショウを始めましょう」

  貞子ちゃんの身体が、後ろへと倒れ込む。
  直後、今までその動きを止めていた“ブロブ”が身じろぎをすると、その槍の矛先をモカーへ向けた。

348 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 04:24:35 ID:GaEFtsHI0

(;メД#)「そんな筈――精神防壁だって張ってあるんだ――私の魔術が破れる筈が――」

  たじろぐモカーが、一歩、二歩、後ろへ下がる。
  いやいやをするように首を振る彼の身体を、ぶすり。
  銀の触手が突き刺し。

「ぎゃああああああああああ!」

  直後、持ち上げられたその身体は、鈍い銀に輝く“ブロブ”の粘つく肉の中に飲み込まれ、取り込まれ、跡形も無く消え去った。

( ;゚ω゚)「な…な……」

  “食事”を終えたブロブは、最後に一度げっぷをするかのように身じろぎすると、その粘つく体の表面に人間の眼のようなものを造りだす。
  それが大きく瞬きした瞬間、原形質の身体はぐずぐずと溶け始め、僕の見ている前で形の無い肉塊となって完全にその動きを止めた。

川д川「精神防壁を張っていようと…“ブロブ”だろうと…侵入(もぐ)りこんで見せるわ…魔術刻印が無いのならばね……」

  再び立ち上がった貞子ちゃんが、“大蟲”の上で呟く。
  細いその身体が、90度に折れ曲がった。

川; д川「ぅぅ…やっぱダメ…気持ち悪っ…人外に侵入(はい)るのはこれっきりにしたいわ…」

( ´_ゝ`)「おいおい、うちの子の上で戻すのは止めてくれよ。せめて海の上までは我慢してくれ」

  アニジャに背中をさすられながら、口元を抑える貞子ちゃん。
  彼女が一体どのような術式を使ったのかは知らない。
  恐らくは、ツンが言っていた操接魔術師が用いる隷属術式なのかもしれないが、確かな事は分からない。
  僕に解るのは、ただ、この戦いが終わったという事だけだった。

349 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 04:25:16 ID:GaEFtsHI0

('A`)「何とか…なったね……」

  どろどろに崩れた元“ブロブ”の池の中で、ドクオさんが立ち上がる。
  全身を貫かれ、満身創痍でふらふらと歩こうとするその身体を、僕は慌てて抱き留めた。

( ^ω^)「貞子ちゃんが助けてくれたんです」

('A`)「そうか…貞子ちゃんが…はは…確かにこれじゃ、僕は脇役だ……」

川д川「…そんな事…無い…準主役…並みだった…よ…」

  モカーを相手に厳然と啖呵を切った口調はどこへやら。
  消え入るような、囁くような、おずおずとした声で貞子ちゃんはドクオさんを労う。

川д川「やっぱり…脇役って…言ったこと…根に持ってる…?」

  その言葉に、僕の中で一つの線が繋がった。

( ;^ω^)「――もしかして、あの特徴の無い顔のおっさんって……」

( ´_ゝ`)「さて、目標も確保したし、そろそろ撤収と行きますか」

  アニジャの声に、僕は視線を戻す。
  縁石の傍に転がったタカラ氏は、アニジャの“蟲”の小さい方が三匹ずつでその身体を運び、“大蟲”の背の上に乗せられるところだった。

350 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 04:25:59 ID:GaEFtsHI0

( ;^ω^)「あ、あの!あの人は――」

  慌てて、傍に転がるあの無個性男を指さす。
  甲板の上で大の字に伸びた男は死んだように動かない。
  アニジャは、それにちらと一瞥をくれると、隣の貞子ちゃんを窺う。

川д川「そう…ね…一応、彼…役目は終えたけど…まだ…利用価値はある…かな…」

  思案するようにうつむいた後、貞子ちゃんはとぎれとぎれに言う。
  「了解」とアニジャが頷けば、無個性男も“大蟲”の背に運び込まれる。
  意識を失った彼の背広のポケットから滑り落ちた携帯電話が通話中になっていたのを、僕は確かに見た。

( ´_ゝ`)「ほれ、ブーンよ、お前も掴まれ」

  つくづく、大胆な事を思いつく。
  アニジャに手を引かれて“大蟲”の背に乗りながら、傍らの少女を横目で見る。

川* д川「あ、あの…どうか…した…?」

  僕の視線を避けるように、おどおどと前髪で顔を隠す貞子ちゃん。
  ドクオさんも乗せ、羽ばたき始めた“蟲”の背中の上で、「そういえば」、と僕はそれを思い出した。

( ^ω^)「いやあ、あの時と随分イメージが違うなあって」

川д川「あの…時…?」

( ^ω^)「僕とドクオさんの事を、ホモとかクソガキとか、散々言ってた割には、随分と大人しいなぁ、って」

351 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 04:27:03 ID:GaEFtsHI0

川///д川「〜〜〜〜〜っ!」

  瞬間、その長い黒髪に覆われた貞子ちゃんの頭が、ぼんっと音を立てたような気がした。

( ^ω^)「ん〜、僕達の尻をけっ飛ばして指示を飛ばしていたから、どんなに姉御肌なのかと思ったけど……」

川; д川「ち、違うの…!あれは…予備人格で…“ハック”には…自我崩壊の危険が…だから予備の…!」

( ^ω^)「それが、本人はこんなに大人しい子だとは…いや、確かに元々のイメージ通りではあるんだけど……」

川; д川「だ、だから…あの時のあれは…私じゃない…っていうか…ぅぅ〜…」

('A`)「こら、ブーン君、女の子をいじめちゃダメだよ」

( ^ω^)「でも、ドクオさんだって散々オカマ野郎とか言われてたじゃないですか!」

('A`)「めっ、だよ、ブーン君。女の子を泣かしちゃう子は嫌われるぞ」

( ;^ω^)「ぐぬぬ……」

川д川「……ドク×ブン…リバもあり…」

( ;^ω^)「ホモはもうええわ!」

352 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 04:28:00 ID:GaEFtsHI0

  ひとしきり馬鹿話をしたところで、僕は居住まいを正す。

( ^ω^)「やっぱり、あの男の人の中身は、貞子ちゃんだったんだ」

川д川「…そう…フォックスさんは…“心神侵入(マインドハック)”なんて言うけれど…そんな、大した術式じゃない…」

  元から小さな声を、更に小さくして、貞子ちゃんは説明する。

川д川「相手の…精神に…私の精神を…上書きするような…感じ…侵入(はい)ってる間は…私の身体…そのものが動けなくなるから…」

( ´_ゝ`)「俺がここまで連れてきた、ってわけだ」

  言って、アニジャはケイタイを取り出して見せる。
  矢張り、貞子ちゃんはモカーとの戦いの中で既に増援を呼んでいたのだった。

川д川「魔術刻印が無い相手なら…意識の有無に関わらず…侵入れる…けど…刻印が無い身体だと…魔術使えないし…」

  故に、貞子ちゃんは自分から戦う事はしなかった。

川д川「…それに…戻るには…眼を合わせてる必要がある…侵入った身体と…私本来の…眼と眼…」

  たどたどしく、つっかえながら紡がれていく貞子ちゃんの言葉。
  要約すれば、魔術刻印が無い相手や、意識を失った魔術師、詰まる所抵抗する術を持たない相手の身体を乗っ取り、まるで自分の身体の様にして動かすことが出来るのが、彼女の術式「心神侵入」なのだと言う。
  今回、彼女は作戦の当初からタカラ副長官の秘書の身体に入り込み、実行役としてタカラ副長官を確保するのが役目だったのだそうだ。

353 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 04:29:10 ID:GaEFtsHI0

  僕があの日、ラ・トーレ占部浦の地下駐車場で見た人物こそその秘書官その人であり、
  聞けば貞子ちゃんはマンションに辿り着いたその日から、秘書官の身体を借りてタカラ副長官周辺の内偵調査を進めていたのだという。

川д川「…でも…侵入(はい)るのは…危険と…隣り合わせ…私が…私でなくなっちゃう…かも…知れない…」

  他者の精神に自身のそれを一時的に上書きする、という術式の都合上、貞子ちゃんは常に自我崩壊の危機と肩を突き合せているらしい。
  それに対して、少しでもその危険を和らげるために貞子ちゃんがとったのは、術式によって仮初の人格を創り出し、他人の身体へ潜る時はこの予備の人格を用いる事だった。
  秘書官の身体を借りていた時に口調が荒っぽかったのも、この予備人格を通して話していたからだ、と彼女は言い訳のように言うけれど……。

( #^ω^)「でも、それって貞子ちゃんが僕たちの事を、ほ、ホモだと思い込んでることに変わりはないよね」

川; д川「――ひぅっ!?」

('A`)「こらっ、ブーン君!」

( ;^ω^)「ぐぬぬ……」

  こう、怯えた子犬の様な反応をされては、僕としてもどうにもこれ以上抗弁を続ける気も起きなくなってしまう。
  別に、ドクオさんから怒られるからとか、そういうのじゃないし。ホモじゃないし。

354 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 04:30:22 ID:GaEFtsHI0

( ^ω^)「……しかし、増援を呼ぶにしたって、よく間に合ったよね。この“蟲”って、そんなに早いんですか?」

  後半をアニジャに向けて言った所で、僕は自身が乗る“大蟲”を改めて見る。
  僕にドクオさん、貞子ちゃんにアニジャ、タカラとその秘書官の総勢六人を乗せても尚、まだその背に余裕がある“蟲”は、とても大きい。
  蟹や海老のようなキチン質の甲殻と言い、六枚三対の翅と言い、大よそ現実離れしたその外見は、矢張り魔生種だからこそなのだろう。

( ´_ゝ`)「いいや、俺は元々海上哨戒が任務でな。貞子の本体と一緒にボートに乗って、
     客船周囲の海の上を蟲を飛ばして監視してたから、これだけ早くやってこれたのさ」

( ^ω^)「なるほど…そういう事だったんですか」

  そう言えば、あの時浜辺には僕達のボートが結ばれていたのとは別に、もう一つ杭があった。
  あの時にはもう、アニジャたちは僕達よりも先にボートに乗って海に出ていたのか。
  得心がいった所で、頭の奥にノイズが走る。フォックスさんからの念話だ。
  
爪'ー`)y‐『やあブーン君、貞子ちゃんから聴いたよ。何とか無事だったようだね』

( ^ω^)『はい、貞子ちゃんのお蔭で何とか生き延びる事が出来ました。目標も確保済みです』

爪'ー`)y‐『うむ、よくやった。で、今は兄者くんに回収されて脱出中、と。――そういうわけだ。聴いたかい、みんな』

  何時もと変わらない調子で、フォックスさんは広域回線で呼びかける。

ζ(゚ー゚*ζ『了解。内藤さま、ご無事で何よりです。では、私めも撤収に入ります』

  一番最初に聴こえてきたのは、デレちゃんの声。
  共用回線で返事をするのも憚られたので、個人回線で「デレちゃんこそ、無事で何よりだよ」と伝えておく。

355 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 04:33:22 ID:GaEFtsHI0

( ・∀・)『……同じくモララー了解。撤収する』

ミ,,゚Д゚彡『こちらフサギコ。了解だ』
  _
( ゚∀゚)『……』

ミ,,゚Д゚彡『……どうした、ジョルジュ。作戦は終了、坊主も無事だそうだぞ』
  _
( ゚∀゚)『……了解』

  次に、モララーさんたち陽動班の声が順繰りに聴こえる。
  何時も冷然としたモララーさんはさておき、ジョルジュさんの声のトーンが不自然に低い。
  何か、あったのだろうか。
  _
( ゚∀゚)『……ブーン、ようやった。今は、お前が生き残っただけでも良しとするわ』

( ^ω^)『え、あっと、…はい!』
  _
( ゚∀゚)『デレちゃん拾ったらウチもズラかるわ。ほな』

  素っ気なく、どこか上の空のように言って、ジョルジュさんは接続を切る。
  どうにも気にはなったが、続いてツンの声が聞こえてきた事で僕の思考は中断された。

ξ゚听)ξ『ツン、了解よ。そっちもカタがついたのね。命に別状が無いようで安心し――』

( ;^ω^)『え、“そっちも”って事は、ツンの方も敵襲があったのかお?』

  思わず素になって訊き返すと、深いため息がかえってくる。

ξ--)ξ『……あんた、通信聴いてなかったの』

  どうでもいいけど、念話でため息をつくなんて、器用な真似も出来るんだな、なんて思ったのは秘密だ。

356 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 04:34:06 ID:GaEFtsHI0

( ^ω^)『いや、それどころじゃなかったって言うか……』

ξ-听)ξ『ま、予想はしてたけどね。それに、聴いてなかったのは貴方だけじゃなかったみたいだし』

(´<_` )『俺は聴いて居たぞ』

( ´_ゝ`)『俺も聴いて居たぞ』

爪'ー`)y‐『勿論僕も聴いていたとも』

ξ;‐凵])ξ『……小学生か、あんた等は』

( ;^ω^)『そ、それで、大丈夫だったの?』

ξ゚听)ξ『こうして貴方と話してるんだもの、大丈夫に決まってるでしょ』

( ;^ω^)『あう…それは、そうだけど……』

ξ゚听)ξ『貴方に心配されるほどヤワじゃないつもりだけど』

( ;^ω^)『むぅ……』

(´<_` )『…おや?ん?聞き間違いだろうか。今なんと――』

ξ゚听)ξ『あー、あー、おほん。以上、報告終了』

  何かを言いかけたオトジャを遮って、ツンは共用回線から離脱する。
  ぽかんとしたままの僕の頭の中に、フォックスさんの「これで全員撤収を始めたね」という言葉が反響する。
  何はともあれ、全ては終わったのだ。

357 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 04:34:48 ID:GaEFtsHI0

ξ゚听)ξ『……ああ、えっと、ブーン』

  肩の力が抜けていたところに思わぬ言葉が掛かり、思わずびくりとする。
  個人用回線で語りけてきたのは、ツンだった。

ξ゚听)ξ『さっきは心配してくれてありがと』

( ^ω^)『はえ?あ、うん、どういたしまして?』

ξ゚听)ξ『……』

( ^ω^)『……お?』

ξ゚听)ξ『……そんだけ。じゃあ、また後で』

( ^ω^)『お?お、おお……』

  ぶっきらぼうに言って、今度こそ回線は切れる。
  いっつもツンケンしているから、みんなの前では言いにくかったのだろう。
  わざわざ個人回線で言ってくるなんて、ツンも律儀な子だな。

( ^ω^)「……終わった、んだな」

  遠く、夜の海に光るクイーンシベリア号を振り返る。
  暗黒の海原に浮かぶ船は、その船橋に戦いの残滓である紅蓮の焔を纏わせていて、それはまるで、セントエルモの火のように見えた。

  炎の明かりの下では、救命ボートとそれに乗り込む人々の混沌。
  もう一人の律儀な子も、きっとその中でこっちを見上げているような気がして、僕は静かに唇をかんだ。

358 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 04:35:40 ID:GaEFtsHI0

  終わったんじゃない。
  これは、始まりだ。

  VIPと、魔術師連盟…ひいては世界との、長い長い戦争の、これはほんの前哨戦に過ぎないのだ。

  海を渡る夜風が、潮で湿った僕の髪を弄る。
  既に花火も上がらなくなった真闇の太平洋。
  果てしない深淵の様なその黒に目を馳せて、僕は長く、浅く、息を吐く。

  雲間から覗く微かな星だけが、僕達を乗せた“大蟲”の行く先を照らしていた。

359 名前:[] 投稿日:2014/05/17(土) 04:36:48 ID:GaEFtsHI0

 

 

 

To be continued

 

 

 

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