( ^ω^)プロメテウスの火を灯すようです
第四話



377 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 21:12:12 ID:dbIeX/MA0

  〜interlude〜

 

  ――最後のマガジンを撃ち尽くした所で、兵士は絶望と共に手の中の自動小銃を取り落した。

( ;゚L゚)「なんなんだ…何なんだあいつは……」

  山腹の砦。
  レンガと泥で作られた、急ごしらえのバリケードから見下ろす先。
  機銃陣地からの十字砲火の雨の中を、のっしのっしと歩いてくるのは黒い巨人だ。

  全身を覆う、筋肉の鎧。大理石の柱が如き太腕。
  3メートルをゆうに超える黒鉄色の巨体の上では、彫像に嵌められた宝石のようにして、金色の瞳が硬質な光を湛えていて。

( ゚∋゚)「……」

  機銃の掃射にも傷一つ負わず、迫撃砲の爆風にもたじろぐ事無く。
  一歩、また一歩と人民解放軍の陣地へと近づいてくるそれは、まさしく神話の中の巨人としか形容しようがなかった。

( ;゚L゚)「化け物だ…化け物だ…!」

  兵士が息を呑んで見守る中、巨人は機銃陣地の一つに取り付く。
  重機関砲を片手でへし折り、その残骸で同志たちを薙ぎ払う様を、兵士は震えながら見ていることしかできない。

378 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 21:15:46 ID:dbIeX/MA0

  銃声と、怒号と、悲鳴が響き渡る戦場は、しかし、最早戦場と言うよりも虐殺現場と化しつつある。
  黒鉄の巨人の行進を止められる者は居らず、近づかれた者から順に、玩具のようにして蹴散らされるその様は、戦車が蟻の巣の上を走っているのに等しい。

  なればこそ、それは既に戦いではなく、ただの、一方的な蹂躙でしかなかった。

( ゚∋゚)「……これで、最後か」

( ;゚L゚)「っぁ――あ――」

  目の前に聳えたつ黒い壁に、その兵士はさきまで響き続けていた悲鳴や銃声が一つも聞こえない事にようやっと気付く。
  硝煙と土埃が漂う戦場に、立っている者の姿は他に無い。

( ゚∋゚)「……見た所、弾切れのようだが――」

( ;゚L゚)「あっ…あ…あ…」

( ゚∋゚)「いや――」

  上から見下ろす金色の双眸が、兵士の腰で止まる。
  ベルトに吊るされた拳銃は、この戦いが始まってからまだ一度も抜かれていなかった。

( ゚∋゚)「――どうする。抵抗するか?それとも――」

  問い掛けて、そこで巨人は言葉を区切る。
  自らの腰と目の前の巨人とを交互に見やって、迷い、躊躇い、やがて兵士の精神は限界に達した。

379 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 21:17:47 ID:dbIeX/MA0

( ;゚L゚)「うわああああああああああ!」

  恐慌に任せて、兵士はベルトへ手を伸ばす。
  叫びと共に、痩せ細った指が引金を引く。
  拳銃が弾丸を吐きだす前に、しかし彼の指の動きは止まった。

( ゚∋゚)「……無謀な」

  巨人の手が、兵士の頭をすっぽりと包んでいた。
  いや、正確には、握りつぶしていた。

  黒鉄色の指と指の間から、赤く、血の筋が垂れている。
  掌を開くと、巨人は自らが“摘み取った”命の色彩を一瞥し、哀しげに首を振る。

( ゚∋゚)「民族解放…先祖から受け継いだ土地を護る為の戦い……」

  一人、呟きながら、巨人は自らが築き上げた屍山血河を振り返る。

( ゚∋゚)「……彼らは、自らの国を護る為に立ち上がった、一介の農民に過ぎない。
     住むべき土地を、自らが愛する我が家を、それを護ろうとした父であり、夫であり、兄であり、息子でしかなかった」

  黒鉄の巨体を屈めて、彼が拾い上げたのは錆び付いたロケット。
  壊さないようにしてそっと開ければ、そこには二人の夫婦とその息子が笑う写真。

( ゚∋゚)「……それとも、彼らには当然の怒りを持つことも許されないのか。
    このような一方的な虐殺で、押さえつけ、弾圧されなければいけない理由が、あるとでもいうのか」

  巨人の言葉に、答える者は居ない。
  ただ、時折、瓦礫の下に転がったラジオだけが、思い出したようにノイズを吐きだすだけだった。

380 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 21:19:13 ID:dbIeX/MA0

( ゚∋゚)「……因果な仕事だ」

  苦行僧の様な苦悩深い皺を眉間に浮かべ、巨人は再度戦場跡を見渡す。
  彼らへの冒涜と分かっておれど、目を閉じ、黙祷を捧げずには居られなかった。

『……ックル…クッ…ル…聴こ…るか…』

  死者への祈りを遮るよう、彼の脳に念話の声が届く。
  巨人は最後に短く十字を切ると、連絡役へと応えながら歩き出す。

( ゚∋゚)『少し遠いな』

『……ふむ…これでどうだ』

( ゚∋゚)『ああ、聴こえる。どうした』

『仕事の方は片付いたか』

( ゚∋゚)『仔細ない。注文通り、一人残らずだ』

『そうか。先ずは労ってやりたいところだが、そうも言っていられない。取り急ぎ、向かってもらいたい所がある』

( ゚∋゚)『なんだ。次の任務か。随分と急だな』

『ああ、緊急性の高い件でな…VIPの事は聞いているか?』

( ゚∋゚)『此間シィの奴に聴かされたばかりだ。魔術を世に広めようというテロリストだと聴いているが』

381 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 21:21:05 ID:dbIeX/MA0

『ああ、それなら話は早い。そのVIPについて何だが――』

( ゚∋゚)『待て。VIPに関しては、“クルーリエ”は動かないという話ではなかったのか』

『どうやらそうも言ってられなくなったらしい。奴ら――』

  爆音。
  反射的に、巨人の足が止まる。
  
  何事か。
  望遠術式を起動。遥か遠く、山の麓に広がる石造り街から立ち昇るのは黒い煙。

( ゚∋゚)「あれは……」

  事故か、戦いか、はたまたテロか。
  巨人が判断しかねていると、足元に転がったラジオがノイズ以外の音を吐きだし始めた。

『おい、聴いているのか、クックル。何があった』

  巨人は、クックルは、ラジオを拾い上げると、そのつまみを回してボリュームを上げる。

『おい、クックル!応答しろ!クックル!クックル!』

( ゚∋゚)『おい、今さっき、VIPがどうたらと言っていたな』

『ああ、そうだ。緊急の用件なんだ。いいか――』

( ゚∋゚)『そのVIPとやらなんだがな――』

382 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 21:22:25 ID:dbIeX/MA0

 

  麓の街から立ち昇る、黒い煙。
  ラジオが吐き出し続ける言葉。

( ゚∋゚)『――どうやら、こっちでもやらかしてくれてるようだぞ』

  “我らはVIP 神秘を知り、それを世界につまびらかにする者だ”

  ノイズ混じりで聴こえてくるその声は、確かにそう言っていた。

383 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 21:23:53 ID:dbIeX/MA0

 

 

 

第四話

「追憶と炎」

 

 

 

.

384 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 21:25:20 ID:dbIeX/MA0

  〜1〜

 

  ――だんっ、と拳を叩きつける音が会議室に響き渡った。

( #´ー`)「どういうことだ、これは!」

  皺だらけの顔を怒りに歪めて、スーツの老人…シラネーヨと呼ばれる、老魔術師は円卓の中央を指さす。
  立体ホログラフの中では、深刻な顔をした女性リポーターが、内閣官房副長官がテロリストによって拉致されたというニュースを読み上げていた。

( #´ー`)「貴様が直々に出向いていながら、何たる失態だ!」

( ;゚¥゚)「……」

( #´ー`)「動員した入會宮支部の損耗も無視できん。聞けば、支部長のモカーまで失ったと言うではないか!
        一体、これはどう申し開きをするつもりなのだ!」

(;’e’)「マスター・シラネーヨ、少し抑えて――」

( #´ー`)「これが落ち着いて居られるか!」

  諌めようとするたらこ唇の小男――セントジョーンズを睨みで黙らせ、シラネーヨは荒っぽい指先でホログラフを切り替える。
  切り替わった映像は、幾つもの窓に別れ、それぞれに世界各国のニュースを映し出す。
  黒人、白人、モンゴロイド、様々なニュースキャスターが各々の言葉で訴えるのは、各国で起きたテロ事件についてだった。

385 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 21:30:14 ID:dbIeX/MA0

( #´ー`)「フランス、イギリス、アメリカ、中国、オーストリア、まだまだあるぞ!ええ!?」

  VIPを名乗る、カルト宗教団体による爆破テロ。
  言語こそ違えど、世界中で起こった一連の事件を説明するニュースキャスターの言葉は、皆一様に、このテログループの名前を口にしていた。

( #´ー`)「やってくれおったな…VIP…」

(;’e’)「各国でのテロ騒動については、現地の支部が総力を挙げて対応しています。
     一応、奴らもVIPを名乗っていますが、ニホンのそれに類するものなのかは未だ調査中――」

( #´ー`)「そんなものは言わんでもわかっておるわ!」

(;’e’)「し、失礼しました……」

  萎縮するセントジョーンズに一瞥をくれると、シラネーヨはそこで上座をきっと睨み据える。

( #´ー`)「それで、あの若造は何処に行きおった。この一大事に、何処をほっつき歩いている」

  評議会の実戦顧問が座るべきその席に、主の姿は無い。
  温くなった紅茶が、ティーカップの中で揺れているだけだ。

(;’e’)「は…マスター・ミルナは本日は密葬教会のファーザー・ダイオードとの会談があるとの事で欠席となっております」

386 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 21:32:21 ID:dbIeX/MA0

( #´ー`)「宗教家共との会談だと?そんなことは聞いていないぞ。何故我々に伝えなかった」

(;’e’)「“どうせ形式的な挨拶と接待の退屈な場になるだろうから”という事で、マスター・ミルナ一人で十分だと伺っております」

( #´ー`)「形式的な挨拶と接待だけの退屈な場になるだと?ふんっ!だといいがな!」

  怒りもあらわに、シラネーヨは自分の分の紅茶を一息に飲み干す。

( #´ー`)「あの陰謀屋が、態々我々を排した席を設けるなど、碌な事が無いに決まっている」

(;’e’)「しかし……」

( #´ー`)「普段から“クルーリエ”を私兵のように扱っているような奴だ。またぞろ、何か悪巧みでもしておるに違いない」

( ;゚¥゚)「だが、相手は密葬教会の“理念そのもの”と言ってもいいダイオード卿だ。
      あの堅物が、そうそうミルナと結託するとは思えないが……」

( #´ー`)「ふんっ、そのような事を呑気に言っていられるから貴様は甘いのだ。
       あのミルナの事だ。宗教家をほだす方便や交渉材料ぐらい、幾らでも持ち合わせがあるじゃろうて」

  「奴を飼いならせるなどと、決して思わぬ事だ」
  そう言って、シラネーヨは空になったティーカップを乱暴に机に置く。
  三者が三者とも、沈痛な面持ちで黙りこくってしまえば、会議室の中には重苦しい沈黙が下りた。

387 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 21:33:58 ID:dbIeX/MA0

  ホログラフの中では、各国のニュース番組がテロ事件の続報を未だ流し続けている。
  セントジョーンズが立ち上がり、思い出したようにしてホログラフのスイッチを切る。

(;’e’)「そう言えば、先日仰っておられたVIPのメンバーの調査結果が上がってきておりますが」

( ´ー`)「……話せ」

(;’e’)「……はっ。結論から述べさせてもらいますと、経歴が判明している者の全ては、既に死亡しているという事になっているようです」

(  ゚¥゚)「……まあ、当然だろうな。生きているのなら、我々が知らない筈が無い」

(;’e’)「先ず、演説をしていた代表者らしき男…名前はフォックス・アンダーソン…と残っていますが、恐らく偽名でしょう」

(;’e’)「30年程前に、研究生として北米のプロヴィデンス錬金術協会に在籍していた経歴が残っていますが、3年目に実験中の事故で死亡となっています」

( ´ー`)「何の実験だ?」

(;’e’)「さあ…人工魔術生物に関わるものとしか記録が残っておらず、詳細は分かりません。
     この男については、錬金術協会に所属する以前の資料が一切残っていない為、これ以上の事は――」

(  ゚¥゚)「……入念に隠蔽工作を行ったか、或はその頃から既にこの計画を立てていたか」

( ´ー`)「分からぬものは良い。次は?」

388 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 21:36:20 ID:dbIeX/MA0

(’e’)「はっ。次は、フサギコ…一番最初のビル爆破の実行犯ですね。
     本名は布佐義虎(ふさよしとら)。日本地区の関東支部で攻性魔術師部隊に所属していた魔術師です」

( ´ー`)「布佐義虎…聞いた事があるな……」

(’e’)「彼は10年前の黒川作戦で功績が認められ“到達者”の位階を賜っているので、お二人もお耳にしたことはある筈です」

(  ゚¥゚)「黒川作戦…ああ、“咎喰う獣”の件か…道理で……」

(’e’)「その5年後、任務中の戦闘で殉職となっております。これも詳細ははっきりしておりません」

( ´ー`)「……次」

(’e’)「次もまた、彼と同じ関東支部で攻性魔術師部隊に所属していた者です。長岡ジョルジュ」

(  ゚¥゚)「こっちは聞いた事が無いな」

(’e’)「黒川作戦で表彰されたのは布佐だけですが、彼もまた“到達者”位階にあります。
     恐らくは、黒川作戦で布佐が挙げた功績の幾つかは、長岡が関わっていたものも含まれているでしょう」

( ´ー`)「……で、そやつもまた任務中の殉職という事になっておるのか」

(’e’)「はい。時期は布佐から1年後になりますが、密葬教会の使徒との交戦中に命を落としたとありますね」

(  ゚¥゚)「大戦の英雄が、相次いで戦死か。現場はよく不審に思わなかったものだな」

389 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 21:37:47 ID:dbIeX/MA0

(’e’)「そして、次はモララー…モララー・ヴィンセント・マクスウェル」

( ´ー`)「マクスウェル…“ゴールデンドーン”の古株の、あのマクスウェル家か」

(  ゚¥゚)「…まさか。マクスウェル家は半世紀近くも前に没落して久しい。今更――」

(’e’)「そのまさかです。今ではその名前も殆ど聞かれることもありませんが、
    彼は英国魔術師界きっての名門、マクスウェル家の最期の当主となっております」

( ´ー`)「しかしマクスウェル家はニセモナーが言う通り、
      半世紀も前に“ゴールデンドーン”から除名、連盟からも追放処分となっていたはずだが……」

(’e’)「ええ、彼の両親も“コキュートス”内で獄死したと、確かな記録が残っています。
     モララー自身も、刻印を開く前の事なので、マクスウェル家の魔術は途絶えた筈なのですが……」

(  ゚¥゚)「何者かが、モララーを保護して匿うなりしていたという事か」

(’e’)「……恐らくは」

( ´ー`)「……だとすれば、いよいよ奴らの計画が何年も前から周到に用意されたものだという可能性が濃くなってくるな」

  気に入らん、とでもいうようにシラネーヨはティーカップを指ではじく。

(’e’)「経歴が判明した者は以上です。他のメンバーに関しては、連盟内の資料には残っておりませんでした」

390 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 21:38:56 ID:dbIeX/MA0

  報告を終えたセントジョーンズが席に着く。
  結局、分かったのは「何もわからないという事実」だけだった。

( ´ー`)「全世界に対する魔術の開示など、世迷言をのたまうだけの狂人の集まりだとばかり思っていたが――」

(’e’)「認めがたい事ですが、今回の世界的な同時多発テロをも見る限り、
     矢張り認識を改めざるを得ないと言えましょう」

( ´ー`)「……どうやら、そのようだな」

  押し殺したシラネーヨの呟きに、他の二人も眉間の皺をより一層深くする。

  Vanguard of Intelligence People

  知識持つ人々の先鋒を名乗るこのテロリストたちが、名実ともに自分たちの――世界の敵だという事を、その場の全員がはっきりと自覚した瞬間だった。

391 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 21:44:43 ID:dbIeX/MA0

  〜2〜

 

  ――見下ろす俯瞰の街並みは、ビルの群れ。
  高層建築の頭が幾つも幾つも突き出す摩天楼の光景は、視界の端から端までをずらりと埋め尽くしていて、
  もしかしたら世界の果てまでもこの景色が続いているんじゃないか、なんて思えもした。

(゚、゚トソン「ここに居たんですか」

  声の下を辿れば、屋上の入口に一人の少女が立っている。
  バレッタで一纏めにした栗毛と、全体的に作りの小さい顔の造形。
  タイをきちっとしめ、ブレザーのボタンもしっかりとめた、その整然とした出で立ちは、同じ教室で何度か目にしたことがある。

  名前は何だったか。思い出せないけれど、確かクラス委員長だったような気はする。

( ^ω^)「何か用?」

(゚、゚トソン「“何か用?”じゃないですよ。授業サボってるのに、随分と偉そうな言い方するんですね」

  憮然とした表情を浮かべて、委員長(仮)は僕の足元までやってくると、備え付けの梯子に足を掛けて給水塔を昇り始める。
  止める理由も無いので黙って見ていれば、彼女はそのまま昇りきって僕の隣にぬうっと仁王立ちした。

392 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 21:46:23 ID:dbIeX/MA0

(゚、゚トソン「田井中先生に言われて探しに来たんです。今戻れば、一応は出席扱いにするって言ってましたよ」

  田井中、田井中……ええと、数学の教師だったろうか。
  というか、今は何時限目で何の授業だったろうか。覚えていない。というより、興味が無いからどうでも良い。

( ^ω^)「……ふーん」

(゚、゚トソン「ふーん…って、そんな他人事みたいな……」

  呆れたようにして、委員長はがっくしと肩を落とす。
  他人事みたいな、と彼女は言うけれどそれもまた言い得て妙だと思った。

(゚、゚トソン「このままだと、出席日数が足りなくて進級できなくなってしまうかもしれませんよ」

( ^ω^)「……なるほど。そういう事もあるかもしれない」

(゚、‐;トソン「あるかもしれない、じゃなくてこのままだとそうなってしまうと言っているんです」

( ^ω^)「このままって?」

(゚、゚#トソン「ですから、このまま授業をずっとサボり続けてると!」

  てきとーな僕の言葉に、真正面からいちいち答えていた委員長(仮)は、遂に耐えきれなくなったのか、
  「キィー!」っと言わんばかりに肩を怒らせると、両足を肩幅に開いて、ずびしっと僕を上から指さす。

393 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 21:48:35 ID:dbIeX/MA0

(゚、゚#トソン「なんなんですか!私をからかっているんですか!何が面白いんです!?全く!」

  腰に手を当てて仁王立ちする委員長(仮)は、果たして気付いているのだろうか。
  一応、これは指摘してあげるべきなのだろうか。

( ^ω^)「あの……」

(゚、゚トソン「なんですか」

  むすっとしたその顔から目を反らし、視界の端の“それ”を出来るだけ見ないようにして指さす。

( ^ω^)「えっと、その、“見えてる”んですけど……」

(///、///トソン「――っ!」

  途端、慌てふためいた委員長(仮)はスカートの裾を抑えて後退る。
  狭い給水塔の上で、そんなに派手に動いたら危ないのは言うまでも無く。

(゚、゚;トソン「わっ、わっ、わっ!?」

  バランスを崩して落ちそうになるその腕を、僕は慌てて掴んで止めた。

( ;^ω^)「っぶねえー…」

(゚、゚*トソン「……あ、ありがとうございます」

( ;^ω^)「ああ、いや、今のは僕も半分悪いみたいなもんだし……」

(゚、゚;トソン「……」

( ;^ω^)「……」

394 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 21:49:32 ID:dbIeX/MA0

  何となく気恥ずかしくなった僕たちは、どちらからともなく黙り込む。
  時折、ビル風の余波がここまで届いては、僕達の髪を少し弄った。

(゚、゚トソン「……景色、見てたんですか?」

  前髪を抑えながら、委員長(仮)は視線を街並みへと向ける。

( ^ω^)「いや、別に見るってわけでもないけど。……何となく、風が気持ちよかったから」

(゚、゚トソン「そうですか。……そうですね」

  風を肌で感じるように目を閉じたその横顔に、僕は束の間見惚れていた。
  
(゚、゚トソン「何時も、ここに…?」

( ^ω^)「何時もってわけではないけど、まあ、そこそこは」

(゚、゚トソン「……」

  僕の事を探しに来たという委員長(仮)は、スカートの裾を気にしながらも給水塔の上にぺたんと腰を下ろす。
  ぶらぶらと足を揺らして俯瞰の街並みを見下ろす様子は、そのまま鼻歌でも歌いそうで、何だか毒気を抜かれてしまった僕は、同じようにその横に座り込んだ。

  眼下に広がる設楽葉の街では、引っ切り無しに人や車が行きかい、忙しなく社会の歯車を回し続けている。
  タクシーから降りながらスマフォで話すサラリーマンがふと目について、数年後の僕もあのようにして慌ただしい会社勤めの日々に埋没していくのだろうか、なんて事をぼんやりと考えた。

395 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 21:50:30 ID:dbIeX/MA0

(゚、゚トソン「……遠いですね」

  横を見れば、委員長(仮)は目を細め、宙へ向かって手を伸ばしている。
  何かを掴もうとするように開かれた掌は、ビルの頭の上へ向けられているのか。

  広がる青空と、何処までも続いて居そうな都市の連なり。
  その向こう側を見通そうとするように細められた委員長(仮)の目に、僕は自分の姿を見ているような気分になった。

( ^ω^)「……うん。本当に、遠い」

  委員長(仮)の真似をして、手を伸ばす。
  向こう側へ、この街の、更にその先に広がっているであろう、見たことも無い街の方へ。
  まだ名前も知らないその街と、更にその向こうに広がっているであろう、世界へ向けて、グッと手を伸ばす。
  足元で営まれている日常を飛び越えた、その先の未知の世界へ繋がる梯子を掴もうとして。

(゚、゚トソン「……内藤君は、学校が嫌いなんですか?」

( ^ω^)「別に――」

(゚、゚トソン「じゃあ、その、えっと……」

( ^ω^)「ああ、イジメとかでもないから。大丈夫」

(゚、゚トソン「じゃあ、どうして――」

  言いかけて、委員長(仮)は目の前に広がる街並みに得心がいったような顔で頷いた。

(゚、゚トソン「いえ、ううん、そう…そうですね…分かる様な…気はします」

  ふっと、自嘲するような、それでも幾分か柔らかい笑み。
  真面目そうな彼女が見せるには、少し意外なその表情に、内心で僕は驚いていた。

396 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 21:51:28 ID:dbIeX/MA0

(゚、゚トソン「……あの、それじゃあお願い、一つ、いいですか?」

( ^ω^)「お願い?」

  訝しむ僕に、委員長(仮)は悪戯っぽく笑って唇に指を添える。

(゚、゚トソン「たまに、私もここに来ていいですか?」

  共犯者を買って出る様なその微笑みに、頬が僅かに熱くなる。

( ^ω^)「……別に、いいけど」

  慌てて顔を背けてぼそっと言ったけれど、誤魔化し切れただろうか。

( ^ω^)「ていうか、別に僕に許可取らなくてもいいと思うけど――」

(゚、゚トソン「だって、一応内藤君はサボリストとしては私の先輩にあたるわけですし……」

( ;^ω^)「サボリストて…ていうか、堂々とサボり宣言していいの?委員長だったよね…えーと…」

(゚、゚トソン「都村由美子です。クラスメートの名前くらい覚えてくださいよ、内藤文太郎君」

( ;^ω^)「…ああ、うん、ごめん」

  都村、という響きにピンとくる。
  都の「と」に村の「そん」でトソンちゃん。確かそんな風なあだ名で呼ばれていた子が居た覚えがある。そうか、目の前のこの子がそうだったんだな。

397 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 21:52:42 ID:dbIeX/MA0

(゚、゚トソン「……それに、委員長だからこそ、サボりたくなる日ぐらいあるんですっ」

  うーんっ、と伸びをして、委員長(仮)改め委員長(真)こと、トソンちゃん…都村さんはにへら、と笑う。

(゚、゚トソン「だから、そんな時は内藤君にも口裏を合わせてもらおうかな、って」

( ^ω^)「いや、授業に出てない僕に口裏合わせるも何も無いと思うけど……」

(゚、゚トソン「確かにそうですね…もう、内藤君!ちゃんと授業に出なきゃだめですよ!」

( ^ω^)「……何その無茶なハンドリング」

(^、^トソン「ふふっ」

  呆れる僕に、天真爛漫な笑みを浮かべる都村さん。
  予鈴の音が、遠くで響く。

(゚、゚トソン「それじゃあ、私はもう行きますけど、次の授業はちゃんと出なきゃダメですよ」

  ぴょんっ、と給水塔の上から器用に飛び降りて、都村さんは僕を見上げる。
  スカートの中身がギリギリで見えない身のこなしの良さは、意外というか少し残念と言うか、いや、ここは素直に驚いたという事にしておこうそうしよう。

(゚、^トソン「“遠くを見る”のもいいですけれど、意外と近くにも楽しいものは転がっているかもしれませんしね」

  去り際、下手くそなウィンクと共に彼女が残した言葉。
  その意味を考えながら、僕は給水塔の上に寝転ぶ。
  今思い出したが、次の授業は甘い事で知られる磯部が受け持つ現国だ。
  考える時間がたっぷりある事に安心して、僕はゆったりと瞼を閉じる。
  瞳の奥に、不可抗力で見えた“黒の逆三角”がちらつくが、無理矢理に都村さんの笑顔に置き換えた。
  ともあれ、それが僕と都村さんの、初めての接近遭遇だった。

404 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 22:25:21 ID:dbIeX/MA0

  〜3〜

 

  ――随分と、懐かしい光景を夢に見た。
  いや、時間的には、ほんの半年ちょっと前の事だから、懐かしいというのは少しおかしい。
  けれど、実際に懐かしいと思えてしまうほどに、色々な事があった。ありすぎた。

( ^ω^)「都村さん……」

  ベッドの上で身を起こし、目をこする。
  サイドテーブルの上の時計を見れば、もう正午に近い。
  昨日、あれから幾つもの通りを行ったり来たりして追手を巻き、やっとの思いでラ・トーレ占部浦に帰り付いたのは、夜中の2時過ぎだった。
  摂るものもとらず、お風呂どころかシャワーすら浴びずにベッドへ倒れ込むと、僕はそのまま死んだように眠った。

  生と死が混在する戦場から解放されて、緊張の糸がぷっつりと切れたからだろう。
  色々な事が起こって、目まぐるしく状況が変化して、それに頭が追いつかなくて、結果、身体もそれに引きずられた。
  多分、そういう事なんだと思う。

  僕一人には大き過ぎるベッドから抜け出して、冷蔵庫を開けるとミネラルウォーターを一口呷る。
  喉を伝う冷たい感触に、ぼんやりとした頭が徐々にはっきりしてくる。
  お洒落な料理番組とかで見掛ける様な銀色の冷蔵庫の中には、僕がこの部屋を割り当てられたその日から、食材や飲み物が入っていた。
  ここ一週間ちょっと、このマンションで生活しているわけだけど、誰かが外に出た所は見たことが無い。一体、誰が買ってきているのだろう。
  なんてことをぼんやりと考えていると、控えめなノックの音がした。

405 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 22:26:32 ID:dbIeX/MA0

「私だけど、起きてる?」

( ^ω^)「ああ、うん、起きてるよ。どうぞ」

ξ゚听)ξ「お邪魔するわね」

  入ってきたのは、部屋着と思しきピンク色のパーカーを羽織ったツン。
  ドアノブを握っていない左の手には、四角く薄いピザの箱。

ξ゚听)ξ「いざ、解凍してみたのは良いんだけど、私一人じゃ多すぎて。悪いけど、手伝ってくれないかしら」

  そう言えば、僕の冷蔵庫にもピザが入ってたな、なんて事を思い出す。
  一人でいると、余計な事を考えてしまいそうになるから、彼女の申し出は有難かった。

( ^ω^)「それはいいけど、デレちゃんは?」

ξ゚听)ξ「あの子は――」

  なんとはなしの問い掛けに、ツンの顔が一瞬固まる。
  何か、良からぬことでも聞いてしまったか、と思ったけれど、直ぐにツンは肩を竦めて言った。

ξ゚听)ξ「……あの子は、こういうジャンクフードは好きじゃないから」

( ^ω^)「はぁ。今時珍しい。ああ、油が気になるとか?」

ξ゚听)ξ「まあ、そんなところ」

  ローテーブルを引っ張ってきてその上にピザを広げると、そこから一切れとって僕のベッドの上にぼふんと座るツン。
  まるで自分の部屋のようにしてくつろぐその様子に、何とコメントしたものかとしばし悩む。
  やっぱり、欧米の人ってこう、色々と明け透けなんですかね。それとも彼女が特別なだけなんですかね。そこんとこどうなんですかね。

406 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 22:30:02 ID:dbIeX/MA0

( ^ω^)「……む、マヨコーンか」

ξ゚听)ξ「ホントはアボガドシュリンプが良かったんだけど、冷蔵庫にこれしか入ってなくてね」

( ^ω^)「僕はプルコギが好きかな」

ξ゚听)ξ「男の子って、やっぱりお肉が食べたいものなの?」

( ^ω^)「うーん、まあ、概ねそうなんじゃないの」

ξ゚听)ξ「……ふぅん」

( ^ω^)「そう言えば、冷蔵庫の中、やたらと食べ物が充実してたんだけど、あれって誰が買ってきてるの?」

ξ゚听)ξ「前に言ってた後援者が届けてくれるの。他にも消耗品とか、作戦に必要な機材だとか、そう言った諸々も、彼らが用意してくれるわ」

( ^ω^)「後援者、かぁ」

ξ゚听)ξ「貴方も何か必要なものがあるなら、ミスター・フォックスやジョルジュ辺りに言えば買ってきて貰えるから」

( ^ω^)「おお、マジで!それじゃあ侵略の土人の24巻を――」

ξ゚听)ξ「 あ く ま で も 必 要 な も の よ 」

( ^ω^)「あ、はい…ですよねー…」


407 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 22:31:14 ID:dbIeX/MA0

  漫画を読む事だってメンタル面を整える為の重要なファクターですよツンさん!
  とは流石に言えるわけも無く、僕はもっしゃもっしゃとマヨコーンピザを頬張る。

  ツンが言う所の後援者とやらは、しかしどれだけのお金持ちなのだろうか。
  このラ・トーレ占部浦だって丸ごとがその後援者(正確にはその後援者)のものらしいし、矢張り何とか財団とかそういう感じなのか。

  大国が、自分たちの利権だとかの為に中東あたりの途上国のテロ組織に資金提供していたりとか、そういうのは実際にあったりするようだ。
  VIPの後援者というのも、テロリストに手を貸すくらいなのだから、矢張り何らかの思惑があるだろうことは言うまでもない。

  “どんな理想を掲げていても、巨視化していけば、詰まる所はマネーゲームでしかないのかもね”

  前にツンがエレベーターの中で言っていた言葉が思い出される。

  理想。理念。戦う理由。

  そう言えば、結局あの時聞きそびれた質問がまだ残っていた。

( ^ω^)「ねえ、ツン。今なら、訊いて良いかな」

ξ゚听)ξ「ほえ?」

  もっちゃもっちゃとピザを食べながら、ツンは振り返る。
  唇とピザを繋ぐようにして、チーズの架け橋がたらんと下がっているその絵面は、何となく、こう、背徳的だ。
  今初めて気づいたけど、ピザを食べる女の子ってイイですね……。

( ;^ω^)「んんっ!おっほん!」

  いや、そんなことはどうでも良い。重要な事じゃない。


408 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 22:32:00 ID:dbIeX/MA0

( ^ω^)「ツンはさ、どうして――」
  _
( ゚∀゚)「たっはー!旨そうな匂いにつられてきてみればー!」

  がくり、と思わず倒れそうになる身体を寸でで踏ん張って持ち直す。
  _
( ゚∀゚)「なんやなんやー!二人だけでピッツァなんぞ食べよってからにー!おっちゃんも混ぜて混ぜてー!」

ξ゚听)ξ「……」

  だははー!と空気を読まない笑顔を浮かべ、ずかずかと上がり込んで来たのはジョルジュさん。
  ノックもせずに入ってきた不良中年に、ツンも露骨な蔑みの目線を送っている。ていうか、今、聴こえないレベルで舌うちもしてた。
  _
( ゚∀゚)「なんぞ、マヨコーンかいなー!かーっ!ピッツァ言うたらマルガリータやろがあ!
     ホンマ、日本人は分かってへんなぁ。本場はマルガリータ一択やでえ」

  ほんと、この人は自由気ままと言うか、傍若無人と言うか。
  良い人なんだけど、そういう点だけはもう少しどうにかしてほしいとも思う。

ξ゚听)ξ「文句があるなら食べなくてケッコウ」
  _
( ゚∀゚)「おうおう、堪忍してえなあ。今のはうちのイタリアンなハーフとしての血が騒いでまっただけやんか。あ、ツンちゃんほっぺにチーズついとるで」

ξ;*゚听)ξ「!?」

  慌てて紙ナプキンで頬を拭うツンを尻目に、ピザへと手を伸ばすジョルジュさん。
  何でチーズの事教えちゃうんですか。もう少しだけ目の保養がしたかったのに。

409 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 22:34:38 ID:dbIeX/MA0
  _
( ゚∀゚)「おうブーン、お師匠様が来たんや。茶ぁの一つでも出さんかい」

( #^ω^)「ぐっ…!」

  くそっ!何時から僕はこの中年ヤンキーの弟子になったって言うんだ。
  なんかもう、ヤンキーって言うよりヤクザ崩れみたいな恰好でソファに寝そべってるし。
  _
( ゚∀゚)「ああ、五右衛門やないとあかんからな。陵鷹とか出してみぃ。シバくで」

( #^ω^)「爽健美微茶しかありませんでしたけど……」
  _
( ゚∀゚)「はぁ…気の効かんやっちゃなぁ…まあそれでええわ」

  ピザを片手に、ペットボトルのお茶を受け取ると、ジョルジュさんはぐびぐびと喉に流し込む。
  「まあまあやな」、と呟けば、そのままソファの端に転がっていたリモコンを拾ってテレビをつけた。
  _
( ゚∀゚)「ああ〜怠いわ〜」

  寝そべって尻をかくその姿は、完全に休日のおっさんそのもの。
  いや、ちょっと待て。このままここに居座るつもりかこの人は。

( ^ω^)「……」

ξ゚听)ξ「……諦めなさい」

  悲しそうに首を振るツンに、僕は力なく笑みを返すしかない。
  「寂しいと死んじゃうものなのよ。ヤンキー中年という生物は」と、ツンの眼が言っているように見えた。

410 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 22:36:40 ID:dbIeX/MA0

( ^ω^)「ていうか、いいんですか、こんな所でゴロゴロしてて」
  _
( ゚∀゚)「んああ?」

( ^ω^)「タカラの尋問とか、次の作戦の相談とか、そういうのって無いんです?」

  55インチのプラズマテレビの中では、今しもニュースキャスターが内閣官房副長官がテロリストに拉致された事を、深刻な表情で訴えている。
  その背景では、燃え盛る豪華客船、クイーンシベリア号の録画映像が繰り返し流れていた。
  _
( ゚∀゚)「ああ、ええんやええんや。タカラの方は貞子が“サルベージ”しとる。次の作戦も、その結果が出てからやろ」

  「せやから今はうちもプーしててええねん」と言って、ジョルジュさんは「ぷぅ」と屁を放る。
  げんなりする僕の横で、ツンのこめかみに青筋がありありと浮き上がった。
  _
( ゚∀゚)「まあそないなわけやから、お前らもゆっくりしとき」

  ぼりぼりと尻をかきながら、ジョルジュさんはリモコンを操作する。
  次々と画面が切り替わっていくが、そのどれもが臨時ニュースばかりだ。
  _
( ゚∀゚)「なんや、みんな同じやないか。これやから日本のワイドショーは……」

  ぶつくさと言うジョルジュさんの頭の向こうでは、彼と同じく関西弁と小粋なトークが持ち味のニュースキャスターが、大きなパネルの前で難しそうな顔をしている。
  事件概要を解り易くまとめたパネルの中には、「全世界同時多発テロ」だとか「新たなカルト宗教か?VIPの謎」などといった言葉が仰々しく踊っていた。

( ^ω^)「って、え?全世界同時多発テロ?」

  思わず、僕はソファの背中から身を乗り出して画面に食いつく。
  ソファが揺れてジョルジュさんが小言を言うが、そんなことはどうでも良い。
  全世界同時多発テロとは、どういうことだ。

411 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 22:37:41 ID:dbIeX/MA0

「えー、このようにしてVIPを名乗るテロリストたちは、アメリカのマンハッタン、
 イギリスの凱旋門、モスクワは赤の広場など、世界の至る所で同時多発的に爆破テロを行ったわけですが――」

( ;^ω^)「どういう…こと…?」

  画面が切り替わり、次々と現地のVTRが映し出されていく。
  燃え盛るビルや鉄塔、逃げ惑う人々の群れ。
  混沌の坩堝を映す映像の中には、あの日、フォックスさんが唱えたVIPの理念を声高に叫ぶ声が必ず入っていた。

「我らはVIP 世界の真実を知り、世の欺瞞を振り払う真理の先鋒」

  或は街宣車のスピーカーから、或は炎の海の上を飛ぶヘリの拡声器から、或はあの設楽葉のように、街頭スクリーンの中から。
  VIPを名乗るその文言が、その国その国の言葉となって、世界へ向けて発せられていた。
  _
( ゚∀゚)「おうおう、広報活動ご苦労様って所やなぁ」

ξ゚听)ξ「ふうん。随分と早くカードを切ったものね」

  混乱する僕を置いて、ジョルジュさんとツンは訳知り顔で頷いている。

( ;^ω^)「え?一体これはどういうことなの?全世界同時って…VIPは、ここに居るだけが全員じゃないってこと?」

  僕の質問に、二人は顔を見合わせて「うーん」と唸る。
  どう説明したものか、と困っているようだ。

412 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 22:39:05 ID:dbIeX/MA0
  _
( ゚∀゚)「まあ、せやな。“VIPのメンバー”は、ここに居るんで全員やな」

ξ゚听)ξ「ええ、一応は、そうなるのかしらね」

( ;^ω^)「ど、どゆこと…?」
  _
( ゚∀゚)「まあ、そこら辺はフォックスはんが説明してくれるやろ」

爪'ー`)y‐「おいおい、そういうのを説明するのも含めての中間管理職じゃないのかい」

  苦笑交じりの声に振り替えれば、噂の主のフォックスさんが戸口に立っている。
  _
( ゚∀゚)「ありゃ、もうタカラの“サルベージ”は終わりはったんです?」

爪'ー`)y‐「いや、まだ全部は終わってないんだけどね。無視できない情報が上がってきた」

ξ゚听)ξ「……どういう情報かしら」

爪'ー`)y‐「それも含めて、今からブリーフィングだ。726号室に集合してくれ」

  何時もよりも幾分か硬い声のフォックスさんに、二人も何かを察したように立ち上がる。

( ^ω^)「え、えっと……」

爪'ー`)y‐「ああ、勿論ブーン君の疑問にもそこで答えるよ」

( ^ω^)「はあ……」

  テレビの電源を切って、僕も三人に続く。
  部屋を出る前、最後の一切れとなったピザを目ざとく見つけると、フォックスさんはしめしめと言った顔で手をつけた。

爪'ー`)y‐「うーん…マヨコーンか。もち明太子が良かったんだけど」

  悉く人気の無いマヨコーンだった。

413 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 22:46:33 ID:dbIeX/MA0

  〜4〜

 

  ――いよいよこの部屋も作戦会議室みたいな扱いになってきたな、なんて思いながら726号室の扉をくぐる。
  豪奢な部屋の中には既にフサギコさん、モララーさん、アニジャ・オトジャの流石兄弟、それにドクオさんが揃っていた。

( ^ω^)「貞子ちゃんは良いとして、デレちゃんは?」

('A`)「デレちゃんは貞子ちゃんについて、賦活術式を使ってるよ。
    何しろ、朝の5時からついさっきまでぶっ続けで“サルベージ”をしてたみたいだからね」

  キッチンカウンターの向こうから、ひょっこりと顔を出してドクオさんが答える。
  浅黒い鼻の頭には白いホイップクリームがついていて、見れば彼の手元には人数分のチョコレートマフィンが並んでいた。
  態々、会議の為に用意してくれたのだろうか。いよいよもって、ドクオさんの女子力がヤバい。

( ^ω^)「……なるほど。あと、もひとつ質問なんですけど“サルベージ”って?」

ξ゚听)ξ「タカラの脳みそから“記憶を掘り返してる”って事よ。貞子がどんな術式を扱うかは、貴方も見たでしょ?それの応用みたいな感じ」

( ^ω^)「な、なるほど……」

  確かに、人の意識を上書きして身体を乗っ取ることまで出来るのだ。記憶を探るくらい、貞子ちゃんなら造作もないだろう。
  驚くべきは、昨日の帰投から3時間ばかりの休息の後にずっとそれを続けていたという部分だ。
  僕が呑気に眠りこけている間も、彼女はあの政治家の頭の中に潜り込んでいたのだ。見かけ以上にタフな女の子だ。

414 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 22:47:30 ID:dbIeX/MA0

爪'ー`)y‐「で、そのサルベージで気になる情報が入ってきたから、こうして皆に集まってもらったわけだ」

  僕の質問から、フォックスさんはそのまま本題へと持っていく。
  皆の視線が彼に集中する。

爪'ー`)y‐「表の世界の“火消役”として連盟と繋がりのあったタカラだが、
      いざ“サルベージ”を掛けて見れば、これが随分と沢山の隠蔽工作に関わっていたようでね」

  「掘れば掘るだけエメラルドが取れる魔法の採掘抗みたいだよ」とフォックスさんは嘯く。

爪'ー`)y‐「それらを一つ一つ調べていくのも、それはそれで僕らの地盤を固める面では有効かもしれない。
       けれど僕達には時間が無いし、何よりもそんな有象無象よりも遥かに重要性の高い情報が見つかったんだ」

( ・∀・)「御託はいい。さっさと本題を話したらどうだ」

  冷たく鋭い言葉を投げかけるのはモララーさん。
  屋内という事でゆったりとした紫のカーディガンにアンダーフレームの眼鏡を掛けた出で立ちは、何となく良い大学に通う秀才のような雰囲気があった。
  ……最も、こんなに殺気だった大学生もそうそう居ないと思うけれど。

爪'ー`)y‐「うむ、そうさせてもらうよ。――重要な情報と言うのは、ようは連盟内でも非公式の魔術的実験施設の存在を示すものだ」

  フォックスさんのおもむろなその言葉に、室内がざわつく。
  魔術的実験施設。おまけに非公式が頭につく。魔術師界の事情に疎い僕でも、穏やかじゃない話なのは何となく察せられた。

415 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 22:48:27 ID:dbIeX/MA0

爪'ー`)y‐「日本国内でここ半世紀のうちに起こった魔術がらみの事件の、その全てを僕達VIPは把握している。
      だからこそ、タカラがどの事件を“揉み消した”かは、彼の頭の中を探せば直ぐに見当がつく」

ミ,,゚Д゚彡y−~「……逆に言えば、タカラの頭の中に俺たちでも知らない“火事の跡”があれば、それは、連盟内でも公に出来ないような案件だというわけだ」

  この秋口にタンクトップ一つの恰好でソファに寝そべったフサギコさんが言葉を次ぐ。
  キツイ煙草の匂いは、確かラッキーストライクだ。昔、僕の父さんが吸っていたのを憶えている。

爪'ー`)y‐「そういう事。さしずめ僕らは使途不明金の流れを追うマルサってわけ。
       で、貞子ちゃんが見つけてきたのは、相佐久町の国有林の一部がヘルメスに売り渡されていた、という情報だ」

( ^ω^)「相佐久町…って言うと、あの郊外の方…確か、殆どが山だったと思いますけど……」

爪'ー`)y‐「あそこら一帯は自然が豊かだからね。昔から別荘地として、都心の富裕層に人気があった。
       タカラが売り渡した国有林というのも、そんな山地の中の一画だ」

( ´_ゝ`)「確かに、魔術の実験施設としてはおあつらえ向きな場所ではあるな、弟者」

(´<_` )「うむ、この上なくベタな話ではあるな、兄者」

  ドクオさんの焼いたチョコレートマフィンを摘まみながら、何時もの兄弟漫才を繰る流石兄弟。
  どうでも良いけど、二人して食い過ぎだ。僕の分も残しておいてほしい。

416 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 22:50:08 ID:dbIeX/MA0

爪'ー`)y-「イオイの方で伝手を当たって調べてもらったら、ビンゴだ。
       実験施設で研究に携わっていた錬金術師本人から、そこに連盟の非公式魔術実験施設があるという言質を頂いた」
  _
( ゚∀゚)「なんや、随分早くアタリをつけたもんですね。逆にきな臭いですわ」

爪'ー`)y-「まあ、それについてはそれなりの見返りを求められたけどね。
      今回の作戦が片付いたら、今度はそっちにも手をつけないといけなくなるから、一応はそのつもりでいて欲しい」

( ・∀・)「ちっ…買わなくていい借りを増やしやがって…気に入らないな……」

( ^ω^)「あ、あのぉ…イオイって……?」

  耳慣れない単語に、おずおずと尋ねる。
  すぐ隣で、ドクオさんのマフィンに舌鼓を打っていたツンの肩が、つかの間ぴくりと震えた。
  _
( ゚∀゚)「…ああ、せやったか。ブーンにはまだ教えとらんかったんやな。えーと……」

ξ゚听)ξ「いいわ、私から説明する」

  何となくバツが悪そうな顔をするジョルジュさんを遮って、ツンは僕に向き合う。

ξ゚听)ξ「さっきも後援者の話をしてたけど、イオイっていうのがその後援者。
      私たちVIPの作戦行動を全面的にバックアップする、メインスポンサーよ」

( ^ω^)「メインスポンサー…やっぱり、お金持ちなの?」

ξ゚听)ξ「金持ち、というか企業よね。イオイグループ。世界的なシェアを誇る、多国籍複合型企業体。名前ぐらい聞いた事は無い?」

417 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 22:51:34 ID:dbIeX/MA0

( ^ω^)「う、うーんいまいち……」

ξ゚听)ξ「そうね、それじゃあ貴方が言っていた“侵略の土人”。
      その出版元である集米社。あそこも一応はイオイグループの傘下企業ね」

( ;^ω^)「……マジで」

ξ゚听)ξ「傘下と言っても下部の下部、子会社の中の子会社の、そのまた暖簾分けされた遠い親戚みたいな位置づけになるけれど」

  「それだけ巨大なグループって事だけ覚えておけばいいわ」とツンは言う。
  実際、出版界でも集米社と言えば大手も大手だという認識があったから、それさえも下部の下部と言われてしまっては、僕にはとてもじゃないが想像さえつかない。

ξ゚听)ξ「表の社会ではそのようなマンモス――ここまで来るともうブラキオサウルスって言った方が良いかもしれないけれど
      ――巨大企業グループの顔をしているけれど、私たちの後援者をやってるわけだから、当然裏の顔がある」

( ^ω^)「その、裏の顔って…?」

ξ゚听)ξ「魔術を用いた兵器開発。術式兵装の業界最大手。いわば、魔術師界の死の商人と言った所ね」

  死の商人、という物騒な単語に思わず生唾を飲み込む。
  術式兵装と言えば、僕が使っている弾倉式術式杖…“チャンバー”なんかの事だろう。
  引金を引くだけで、僕の様な素人にも人を殺せるだけの術式が扱える兵器の、その開発元。

418 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 22:52:42 ID:dbIeX/MA0

ξ゚听)ξ「勿論、それがメインであるというだけで、他にも色々な分野に手を出しているわ。
      けれど、概ねは魔術を現代科学で解析した術式器具の開発、製造が殆どだけれど」

  そう言って、ツンはその薄い胸元に手を入れて、金色の卵のようなものを取り出す。
  鎖につながれペンダントのようにして首から下げられたそれは、親指の爪ほどの大きさの小さな小さな卵のようだ。

ξ゚听)ξ「例えばこれ。操接魔術師が魔術神経をつなげ易いように調整された、偵察用の“ゴーレム”。
      量産品だけど、初心者にも扱いやすいから連盟内外でも広く出回ってるわ」

  金の卵のような“ゴーレム”を鎖から外すと、ツンは左手を仄かに光らせて簡素な組成式を編む。
  すると、それに呼応するかのようにして、彼女の掌の中で金色の卵がふわりと浮いた。

  そのまま宙へと飛び出し、僕達の頭上でぶんぶんと八の字を描く小さな“ゴーレム”に、僕は「ほえ〜」なんて間抜けな声を出して見入る。

( ・∀・)「……」

ξ゚听)ξ「まあ、所詮は量産品。拡張性も無いし、ここに居るような魔術師の皆さんにとっては子供だましのおもちゃみたいなものだけれどね」

  ツンの言葉に、腕を組んで壁に凭れかかっていたモララーさんが不愉快そうに鼻を鳴らす。
  彼が“ゴーレム”の飛ぶさまを馬鹿馬鹿しいものでも見るような目で居たのを、ツンもまた目ざとく見て取っていたのだろう。

419 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 22:54:44 ID:dbIeX/MA0

( ・∀・)「その小娘ではないが、術式兵装など魔術に対する冒涜も甚だしい。
      そのような玩具を振り回して喜んでいるうちは、真に魔術師たりえん」
  _
( ゚∀゚)「はいはい、モラやん、セーブ、セーブ。そう熱くならんと」

( ・∀・)「そのガキに向かってするような喋り方は止めろ。不愉快だ」
  _
( う∀゚)「…ぐすん。怒らりた」

( #・∀・)「……」

ξ゚听)ξ「……まあ、そんなわけで、“魔術そのもの”を“商売道具”としている都合上、私たちVIPが掲げる“世界への魔術の普及”に関しては彼らにとっては願ってもみない話なわけ」

( ^ω^)「それで、資金提供なんかをしてくれるわけだ」

ξ゚听)ξ「まあ、魔術師界どころか、世界的に有名なコングロマリットだから、表だって協力してくれてるわけじゃないってのは言うまでもないでしょうけれど」

( ^ω^)「確かに…」

ξ゚听)ξ「とはいっても、連盟や教会も薄々はイオイが裏で手ぐすね引いてるってのは感づいているんじゃないかしら。
       それでも、彼らにとってもイオイには色々な面で頼り切っている部分もあるだろうから、そこはもうお互いの駆け引きになってくるのでしょうけれど」

( ^ω^)「……複雑なんだね」

ξ゚听)ξ「そういう事。……以上がイオイについての説明。大分横道にそれたわね」

420 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 23:01:10 ID:dbIeX/MA0

  そこで説明を切り上げると、ツンはちらりとジョルジュさんの方を見やる。
  視線を受けたジョルジュさんが、何かに納得したような顔で頷いた。

爪'ー`)y‐「……うん、イオイについての説明はもういいかな?それじゃあ本題に戻ろうか。ええと、どこまで話したっけかな」

ミ,,゚Д゚彡「相佐久町の山中に、連盟が非公式の魔術実験施設を作っているのが、イオイの伝手を通して裏が取れたって所だ」

爪'ー`)y‐「おお、フサギコくんは真面目に聴いているねえ。うんうん、実に頼もしい限りだよ」

ミ,,゚Д゚彡「お喋りは良い。早く続きを」

爪'ー`)y‐「おっとっと。そうだった。――で、だ。モララーくんが何時も言っているように、僕達には時間が無い。
       今回の作戦は、貞子ちゃんの“サルベージ”によって見つかった若干のイレギュラーだからね」

爪'ー`)y‐「無論、そのようなイレギュラーが出てくるのは当初から想定していたし、その為に割く時間も織り込み済みで僕のプランは練られている。
      けれど、それが時間を無駄遣いしていいという事にはならない。そうだね?」

  最後の部分を、傍らのモララーさんに向けてフォックスさんは言う。
  何時も不機嫌そうな態度を崩さないモララーさんは、と言えば、やっぱりこれまた面白くなさそうに鼻を鳴らすのみだった。

421 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 23:02:11 ID:dbIeX/MA0

爪'ー`)y‐「そう言うわけで、今回は襲撃前の下準備から皆に動いてもらう。具体的には、研究施設周辺の調査なんかだね」

( ^ω^)「あれ?でも、イオイの伝手で前にそこで研究に携わっていた人とコンタクトが取れたんですよね。だったらその人に――」

爪'ー`)y‐「まあ、それで万事が解決するならずっと楽なんだけどね……」

( ^ω^)「へ?ダメなんですか?」

( ・∀・)「魔術師が創り出した研究施設…“工房”を、ただの研究所と一緒に考えないことだ」

( ;^ω^)「え、それってどういう……」

ξ゚听)ξ「錬成魔術については教えたわよね。後は自分で考えなさい」

( ^ω^)「れんせいまじゅつ……」

  新しく物体を創り出したり、元からある物体の組成や形状を変化させる魔術の一分野。
  確かその筈。それが、研究施設とどう関係があるのだろうか――。
  ……ん?いや、待てよ。もしかして――。

( ^ω^)「魔術によって、内部構造が定期的に変化する、とか、もしかしてそういう……」

ξ゚听)ξ「よく出来ました。ご褒美にマフィンを上げましょう」

  わーい。

422 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 23:03:50 ID:dbIeX/MA0

ξ゚听)ξ「と思ったけど、私の教え方が良いから生徒の飲み込みが早いのよね。
       それじゃあご褒美を受け取るべきは私かしら」

  口を開けた僕の目の前で、無情にもマフィンを握ったツンの右手はUターンする。
  そのままひょいぱくり、と一口にマフィンを飲み込むと、口の周りについたホイップクリームを人差し指ですくっては舐め、ツンはいたくご満悦な笑みを浮かべた。

( ;^ω^)「ぐぬぬ……」

ξ゚ー゚)ξ「ふふん」

  悔しいが、その表情が可愛らしかったので、今回は許してやることにした。
  べ、別にあんたの事が好きとか、そんなんじゃないんだからねっ!

爪'ー`)y‐「ええっと、仲良きことは美しきかな、というのは置いておいて……」

ξ;*゚听)ξ「んっ、お、おほん」

爪'ー`)y-「今回に限って言えば、貞子ちゃんを内偵させて施設内の構造を把握するとしても時間が掛かりすぎる。
       そこで、実際に現地へ足を運んでもらって外周の簡単な調査だけを行い、そこから侵入ルートを考える方針で行こうと思う」

ミ,,゚Д゚彡「随分と慌ただしいことだな」

爪'ー`)y-「まあ、一応時間稼ぎの手は打ってあるんだけども、今回は電撃作戦で行かせてもらうよ」

  “時間稼ぎ”、という言葉を強調して言うと、フォックスさんは僕の方を見る。

423 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 23:05:47 ID:dbIeX/MA0

爪'ー`)y‐「そう、ブーンくんが気になってたことについても今説明しようか」

( ^ω^)「あ……」

爪'ー`)y‐「みんなはもう知っている通り、現在世界各国で起こっているVIPを名乗ったテロ行為は、僕達との“繋がりは無い”」

( ^ω^)「え――」

爪'ー`)y‐「厳密に言えば、“僕達の作戦行動に対して”の繋がりは無い、と言った所か。
       一応、僕達の味方とは言えなくもないのだろうけれど、彼らの行動はVIPの、ひいては僕の指揮下に属していない」

  “いわば、独立愚連隊の様なものさ”。

( ^ω^)「それって、つまりは、模倣犯って事ですか……?」

爪'ー`)y‐「まあ、客観的な見方をすればそうなるね」

( ^ω^)「客観的な、って……」

爪'ー`)y‐「僕はただ、“開戦の合図はこちらからする”とだけ、彼らに伝えていた。ただ、それだけだよ」

( ^ω^)「それって…それってつまり……」

  直接的な言い方をしてないだけで、「捨て駒」ってことなんじゃないのか。
  「時間稼ぎ」って、彼らを囮にして、僕達が動くってことなんじゃないのか。

424 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 23:06:41 ID:dbIeX/MA0

爪'ー`)y‐「今頃は連盟も教会も方々で対処に追われているだろう。
      “フォロワー”の皆がどれだけ持つかは分からないけれど、僕の見積もりでは半月そこそこって所だ」

  どれだけ持つか分からないけど、なんて、何でもない事のようにフォックスさんは言う。
  半月そこそこの見積もりだなんて、まるで電池がどれだけ長持ちするか、みたいにしてフォックスさんは言ってのける。
  そんな、ひどく無機質な、とてもざらざらした佇まいが気持ち悪くて、悪寒がして。

( ; ω )「っ――ぁ――」

  僕は、目の前に居るこの銀髪の麗人が、たまらなく怖くなった。

爪'ー`)y‐「……少し、ブーンくんにはショッキングな話だったかな?」

( ; ω )「……っ」

爪'ー`)y‐「確かに、褒められたやり方じゃないのは心得ているよ。
      人道主義染みた事を言っていて、結局これか、なんて思われても仕方ないとも思う」

  そこで、フォックスさんは一旦言葉を切ると、腰を折って僕と目線を合わせる。

爪'ー`)y‐「ただね、僕は同時に、彼らが成功してくれることも祈っている。
       彼らが僕達よりも早く、連盟の悪事を世界につまびらかにし、魔術を世界に普及させてくれることを、本心から祈っている」

(  ω )「……」

425 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 23:08:39 ID:dbIeX/MA0

爪'ー`)y‐「その上で、僕は一人しかいないから、ここ、日本の地で君たちを生かす為、
       悲願を成就する為に、彼らを囮として“利用”したという事実も甘んじて受け入れよう」

( ; ω )「そんな…事……」

爪'ー`)y‐「理解してくれとは言わない。これが最善だとも思わない。ただ、僕の打てる精一杯の手を打った。それだけを憶えていてくれ」

  言葉に詰まった僕を置き去りにして、フォックスさんは話を切り上げる。
  僕はただ、困惑して、傷ついて、だけど何も言えなくて、拳を握ったり開いたりを繰り返すだけだった。
  結局の所、フォックスさんが何を言おうと、僕が何を言おうと、結果も何も変わらないし、僕がこのVIPの中で生きていかざるを得ないの事も変わらないのだ。

  そこに必要なのは、ただ僕が「納得する」というたった一つのファクターでしかない。
  けれど、「納得する」と言って、はいそうですかと納得できれば、何も苦労なんかないのだ。

  とどのつまり、僕は勝手に勘違いして、勝手に幻滅して、勝手に傷ついているだけでしかない、世間知らずのクソガキで。
  そんな自分をもまた許せなくて、僕は悪戯に傷口を広げていくだけしか出来ないようだった。

ξ゚听)ξ「……」

  そうやって、やり場のない息苦しさに震える僕の手を、ツンはそっと握ってくれる。
  言葉は無い。こちらを見る事もしない。ただ、黙って、前を真っ直ぐ向いたまま、僕の右の手に、自分の左の手を重ねてくれる。
  その不器用な、だけども真っ直ぐな優しさが、矢張り僕にとっての救いだった。

426 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 23:09:39 ID:dbIeX/MA0

爪'ー`)y‐「さて、それじゃあ次は班決めと行きたいんだけど――」

ミ,,゚Д゚彡「待て。まだ、その実験施設を襲撃するに足る理由を聞いていない」

( ・∀・)「先に貴様自身も言っていたことだ。件の実験施設とやらは、他の“有象無象”とは何が違う」

  二人の追及に、フォックスさんははっとしたような顔をする。

爪'ー`)y‐「そうだね、まだそれを言っていなかった」

  一瞬、ふっと目を伏せた彼は、出来るだけ表情を動かさないようにして口を開こうとしていたが、やがてそれが無理だと悟ったか、苦々しげな顔を作って言った。

爪 ー )y‐「件の実験施設…通称“セクト5”で行われているのは、人体に対する術式残留物質の適合実験。
       ――それも、一般人を拉致してきての人体実験だ」

  頭の中で、人体実験という単語が黒地に白抜きのゴシック体で表示される。
  それは、なんだかとても非現実的な響きで、ともすれば漫画や映画の中でしか耳にする事が無い筈の単語だ。
  魔術が実在する事を受け入れたというのに、いまさら何をそんな事で驚いているのだ、と言えるかもしれないけれど。

ミ,,゚Д゚彡「……ほう」

( ・∀・)「……ふんっ。相変わらず胸糞の悪い連中だ」

  目を細め、納得顔をするフサギコさん。
  眉間を思い切り歪め、憎悪と嫌悪をありありと浮かべるモララーさん。
  皆が皆、それぞれの反応をその顔に浮かべる中、がちゃん、と食器を落とす音が響いた。

427 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 23:11:14 ID:dbIeX/MA0

  振り返れば、そこには今まで口を挟まないでいたドクオさんのエプロン姿。
  彼が運んでいた三つの湯呑茶碗は、トレイと一緒に彼の足元に転がり、フローリング材を薄緑色に汚していた。

('A`)「人体…実験……」

  ファイアパターンめいた魔術刻印が這う浅黒い顔に浮かんでいるのは、恐怖だろうか、嫌悪だろうか。
  身体を小刻みに震わせた彼の右眼は、焦点が合わないように部屋中を行ったりきたりしている。

( ^ω^)「ドクオ、さん…?」

(;'A`)「あっ…ぅえ、ああ!すいません、こんな――すぐ、片付けますから」

  我に返ってしゃがみ込み、湯飲み茶碗を拾うとするその肩を、フォックスさんが掴んだ。

爪'ー`)y‐「……そうだな。班決めの前に、今回の待機メンバーから言っておこうか」

(;'A`)「え?あ、いや、僕は――」

爪'ー`)y‐「ドクオくん、貞子ちゃん。この二人は今回はここに残ってもらう」

(;'A`)「僕は大丈夫です!大丈夫ですから――」

  尚も言い募ろうとするドクオさんに、やんわりと首を振るフォックスさん。

428 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 23:16:02 ID:dbIeX/MA0

爪'ー`)y‐「…貞子ちゃんは、タカラ氏の“サルベージ”を続けてもらうことになる。
      そしたら、二人の護衛…ああ、一応タカラ氏の秘書の人もいるから三人か。
      兎に角、彼女たちを守る為に、誰かが残らないといけない」

(;'A`)「それは――そうですけど――」

爪'ー`)y‐「ドクオくんには、何時も貞子ちゃんの護衛を担当してもらっているからね。今回もまた、頼めるかな?」

(;'A`)「……っ――わかり…ました……」

  真っ直ぐに瞳を覗き込んで、柔らかい笑みを浮かべるフォックスさんに、ドクオさんは不承不承といった体で頷く。
  一体、そこにどのような背景があるのかはうかがい知れない。
  口惜しげに震えていた彼の拳が力なく開かれるのを、僕は何とも言えない気持ちで見ていた。

爪'ー`)y‐「……さて、それじゃあ班決めと行こうか」

  何事も無かったかのようにして、フォックスさんは皆の方を振り返る。

爪'ー`)y‐「と言っても、野外での偵察となってくると自ずと限られてくるんだよね、これが」

ξ゚听)ξ「偵察に使えるのは、“アルキメデス”を持つ私か、兄者の“巫蟲”ぐらいよね。私たちを中心に二つに分けるという事かしら」
  _
( ゚∀゚)「おっとぉ。偵察言うたらうちのことも忘れてもろたら困るなぁ。本来シノビはそう言った情報収集が生業の――」

爪'ー`)y-「うん、そうだね。偵察となってくると、どうしてもツンちゃんとアニジャくんの領分になってくる」
  _
( ゚∀゚)「……」

429 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 23:17:24 ID:dbIeX/MA0

ξ゚听)ξ「それじゃあ……」

爪'ー`)y-「けれど、全てを二人に任せきりと言うのじゃあ少し効率が悪い」
  _
( *゚∀゚)「!」

爪'ー`)y-「だから、ツンちゃんとアニジャの他に、モララーくんも軸の一つに加えて、三班編成で偵察を行う」
  _
( ;∀;)「……」

ミ,,゚Д゚彡「…いや、効率を求めるならばツーマンセルを四つに分けた方がより広範囲を探れるだろう」
  _
( ゚∀゚)「!」

爪'ー`)y-「む、そうかい?しかしそれじゃあ各班毎の防御が薄くなりはしないかい?」

ミ,,゚Д゚彡「どのみち、三班編成にしたところでどこか一つはツーマンセルになる。
      電撃作戦なんだろう?だったら、ここは防御よりもいかに早く情報を集められるかに腐心した方が良いと思うが」

爪'ー`)y-「なるほど…それなら、先の三人にジョルジュくんを軸として加えて――」
  _
( *゚∀゚)「ぃぃいよっしゃぁあ!フサやん愛してるぅう!」

ミ,,゚Д゚彡「触るな、関西菌が罹る」

430 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 23:18:41 ID:dbIeX/MA0

爪'ー`)y-「となると、先ずはツンちゃんだけど、ここは素直にデレちゃんを組ませるのが一番だろうね」

ξ゚听)ξ「問題ないわ」

爪'ー`)y-「アニジャくんも、オトジャくんと組んだ方がやりやすいだろう」

( ´_ゝ`)「「無論だな」」(´<_` )

爪'ー`)y-「で、ジョルジュくんは愛するフサくんと」
  _
( >∀゚)「宜しゅうな、ダーリンッ♪」

ミ,,゚Д゚彡「殺すぞ」

爪'ー`)y-「そしてモララーくんが――」

( #・∀・)「おい、待て。どういうことだ。この私が、このガキのお守りだと?」

  フォックスさんの言葉の続きを待たず、モララーさんが食って掛かる。

爪'ー`)y-「しかしだね、戦力バランス的にも……」

( ・∀・)「それならば、俺とフサギコでも問題ないだろう。そこの不良中年もこのガキにご執心みたいだしな」
  _
( ゚∀゚)「ええ、それはあかんでぇ。なんてかて、ブーンにゃもう嫁が居るんやから。うちの付け入る隙なんかあらへん」

( ;^ω^)「ふぇ!?」

431 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 23:20:02 ID:dbIeX/MA0

ξ゚听)ξ「あ゛あ゛ん?」
  _
( ゚∀゚)「おぉっと、誰とは言ってないのに怖い怖い…こりゃ藪蛇やったな」

ξ#゚听)ξ「……潰す」

( ・∀・)「そこの馬鹿はどうでもいいが、メンバー間の相性も考慮するなら、そっちの方が作戦行動がスムーズだ」

( ;^ω^)「……」

爪'ー`)y‐「うーん、そうかなぁ。僕には二人の相性は結構良さそうに見えるんだけど……」

  くすりと笑うフォックスさん。
  ぶちり、とモララーさんの頭の血管が切れた音が聞こえた気がした。

( #・∀・)「大体だ!私は未だこのガキがVIPのメンバーだと認めたわけではない!
       このような素人を作戦行動に組み込んで、脚を引っ張られたらたまったものではない!」

( ;^ω^)「うっ……」

爪'ー`)y‐「おや、昨日の今日でもう忘れたのかい?確かに貞子ちゃんとドクオくんの功績が大きかったとは言え、
      タカラを確保できたのはブーンくんのアシストがあってこそだと、僕は思っているんだけれど」

( #・∀・)「しかし……」

432 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 23:21:21 ID:dbIeX/MA0

爪'ー`)y‐「それに、これは僕が決めた事だ。VIPの創設者である、僕、フォックスの決定だ」

( #・∀・)「っ……」

爪'ー`)y‐「こう言った強権を笠に着るのはあまり好きじゃないんだ。
       だから、最後にもう一度、命令じゃなく、“お願い”としてモララー、君に言うよ。
       今回はブーンくんと組んでくれ。フォックスという、ただのおじさんとして君にお願いする」

  諭すように言うフォックスさん。
  その顔は、何時もののらりくらりとした中年のものとは少し違う。
  例えるならば、我が子を見守る父親のそれ。
  我儘を言う、聞き分けのない子供を、それでも慈しむ父親の顔だ。

( #・∀・)「……勝手にしろ」

  そんなフォックスさんから顔を背けると、靴音を荒げてモララーさんはずかずかとその場を後にする。
  乱暴に閉められたドアを見て、フォックスさんは「やれやれ」と苦笑交じりのため息をついた。

爪'ー`)y‐「さて、気難しい長男坊っちゃんも丸め込んだし、チーム編成は以上だ。僕自身は今回もここに残って皆のサポートに回る」

( ^ω^)「あの…本当に、僕なんかがモララーさんと一緒で良かったんですかね……」

爪'ー`)y‐「おやおや、今度はこっちの末っ子か。大丈夫だよ。あれで、モララーくんは優しいからね。きっと上手く行くさ」

( ;^ω^)「はぁ……」

433 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 23:22:17 ID:dbIeX/MA0

  フォックスさんはそう言うけれど、やっぱり面と向かって「お前を認めない」と言った相手とチームを組むのは気が重い。
  何なら、作戦行動中に後ろから流れ弾に見せかけて撃たれたりしないだろうか。不安だ。

爪'ー`)y‐「――作戦発動は明日の早朝5時から。今日は各々回復や準備に務め、万全の態勢で臨んでくれ」

  締めの合図に、各々が了解の意を示す。
  それを見届けると、フォックスさんはしっかと頷いた。

爪'ー`)y‐「それとジョルジュくん」
  _
( ゚∀゚)「はいな?」

爪'ー`)y‐「僕はこれから明日の作戦に当たって少し“仕込み”をしてくる。留守を頼むよ」
  _
( ゚∀゚)「外回りでっか?なんやそれなら昨日言ってた“飲み”の約束もありますし、うちも連れて行ってくださいな〜」

爪'ー`)y‐「あはは。それはまた今度ね」
  _
( ゚∀゚)「きぃ〜!今度って何時よ!あんたはいっつもそうやってうちの気持ち無視しよって!」

  何処から取り出したのか、ハンケチを噛んで言うジョルジュさんに笑いを返して、フォックスさんは部屋を出る。
  今度こそお開きとなったのを見て取り、他のメンバーもぞろぞろと戸口へ向かい始めたので、僕もそれに倣う。
  昨日、戦いを終えたばかりだというのに、もう一眠りすればまた新たな戦場だ。

434 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 23:24:11 ID:dbIeX/MA0

 

ξ゚听)ξ「ブーン、この後、地下駐車場に集合ね。基礎のおさらいと一緒に、新しい術式も教えるわ」

( ^ω^)「ん、了解」

  しかし、迷っている暇も、考えている暇も無い、というのは、今の僕にとっては逆に幸いなのかもしれなかった。
  多分。恐らく。……いや、きっと。

 

.

435 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 23:25:01 ID:dbIeX/MA0

  〜5〜

 

  ――豪奢なシャンデリアの煌めきが、二十畳もある室内を照らす。
  室内を彩るのはゴシック様式の椅子やテーブル。
  落ち着いたクラシックがバックに流れる高級レストランの一室には、食器を動かすかちゃかちゃという音の以外に、雑音の類は一切聴こえてこない。

( ゚д゚ )「ふむ…いい味ですな」

  銀のナイフを繰って肉を切り分けていくのは、スーツにナプキンのミルナ。
  黄色い瞳に鋭い表情を浮かべた、スーツを着た竜の様な男は、上品に切り分けた肉を口へ運んでゆっくりと咀嚼する。

( ゚д゚ )「特に、この鴨肉は気に入りました。近場にこれほどまでの店が無いのが悔やまれるばかりだ」

  口元を丁寧に拭っての賛辞。
  表情一つ動かさずにそう言う彼の胸中は、余人には測り難い。

/ ゚、。 /「……気に入ってくれたのは何より。私も、態々フランスまで出向いた甲斐があるというものだ」

  長いテーブルの反対側。
  対するのは、黒地に金糸の刺繍が施された僧服を纏う枢機卿。
  何十年も荒波にさらされながら、それでも崩れる事も無く硬さを保っている巌の様な顔つきのその人こそは、
  密葬教会全ての使徒の頂点に立つ男、ファーザー・ダイオードに他ならなかった。

436 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 23:27:16 ID:dbIeX/MA0

  どのような甘言をも撥ね付けるようなその佇まいは無骨。
  先の言葉に含まれていた棘からしても、枢機卿は此度の会談に対しても敵意を隠そうともしていないようだった。

( ゚д゚ )「フランスは良い。景色は美しいし、この通り料理も美味だ。
     部下の一人がこの国の出身でしてな。私も、その者から聞くまでは大して興味も無かったのだが」

  給仕すらも居ない、二人きりの空間。
  睨み合いの形の中、それでもミルナは暴風を受け流すような言葉を重ねていく。

( ゚д゚ )「エッフェル塔はもう見ましたかな?俗世の観光名所などと侮っておりましたが、実際に見てみると、これが中々……」

/ ゚、。 /「……」

( ゚д゚ )「……いや、今はもうあそこは封鎖されてしまっていたのでしたな。ははっ、これは失敬」

  皮肉な笑みを浮かべて、ミルナはワイングラスに口をつける。
  深紅の葡萄酒を飲むその姿は、まるで吸血鬼の貴族が生贄の血を飲み干しているようでもあった。

( ゚д゚ )「VIP…魔術的存在の開示、ひいては全世界への魔術の普及を謳っているようだが、
     歴史の記念碑にまで傷をつけるとは、革命家を通り越して風情を介さぬただの破壊者でしかありませんな」

/ ゚、。 /「……大導師ミルナ…いや、“赤の”ミルナよ。残念ながら私は冗談を解さない。
       そのような迂遠な言い回しや皮肉も同様だ。早々に本題に入られよ」

  頑とした態度を崩さず、ダイオードは厳然と告げる。
  見れば、彼の料理には一切手が付けられていなかった。

437 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 23:33:52 ID:dbIeX/MA0

/ ゚、。 /「本来ならば、このような場を設ける事さえ私は甚だ我慢ならない。
       教会の式典ならば話は別だが、形式的な挨拶と盟約の確認など、今更貴公らと交わす必要性は見えない故」

  静かに、枢機卿の拳が握られる。

/ ゚、。 /「本音を言わせてもらえば、このような茶番は早々に畳んで、
       貴公のその戯言を吐き続ける舌を抜き取り、その忌まわしい首を鴨肉の代わりに皿へと飾り付けてやりたい所だ」

  肩を震わせるでもなく、ただ、視線だけで冷たい殺気を放つその姿は、死の審判を下す厳粛な熾天使のようでもあった。

/ ゚、。 /「魔術の世界的な普及など、言語道断。VIPが我らの大敵(アークエネミー)であることは変わらん。
       故に貴公ら下賤な悪魔崇拝者どもと、一時的に協調路線を取るような形になるのも、認めよう」

  ただ、とダイードは付け加える。

/ ゚、。 /「ただ、それはあくまでも“協調路線を取っている形”でしかない。我らは貴公らと手を組むつもりはない。
       貴公らもまた、我らが滅すべき悪魔の手先である事に変わりはないのだからな」

  厳かな拒絶。
  聖母教会のその頂点に立つ教皇をして、“信仰の番人”と呼ばれた生ける聖人は、魔術と、それにまつわる全てを憎悪するその理念を、今この場で、たった一人で体現していた。

438 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 23:35:25 ID:dbIeX/MA0

( ゚д゚ )「ふふ…相変わらず、取り付く島もない男だ、貴方は」

/ ゚、。 /「貴公も、そうやって繰り言を弄ぶ所は相変わらずだと思うが」

  片や冷然とした笑みを浮かべ。
  片や厳然とした拒絶を纏わせ。
  魔術師連盟と密葬教会、魔術師界二大勢力の代表は対峙する。

  そこにあるのは、五百年以上もの間、世界の裏で繰り広げられてきた血塗れの歴史。
  そして、その重み。
  殺し殺され憎み憎まれ互いを駆逐し合おうとしてきた、二つの組織が積み重ねてきた理念が、今こうしてぶつかり合っているのだった。

( ゚д゚ )「――“形だけ”の協調路線。一向に構わんよ、我々は。今日お頼みしたいのは、先にもちらりと言い掛けた事だ」

/ ゚、。 /「……言ってみるがいい」

( ゚д゚ )「そう、エッフェル塔、ひいては世界各地で今まさに暴れまわっているVIP
     これらについて、密葬教会は――いや、あなた自身はどうお考えで?」

  ぬらり、とミルナの黄色い瞳が光る。

/ ゚、。 /「どうも何もあるものか。不遜なる神の大敵は、ただこれを滅するのみ。
       聖母教会はそう教えており、私もまた聖母の戒律とこの身を一つにした下僕だ」

( ゚д゚ )「……ふむ。すると、全力でもってこの逆賊どもを討伐する事に異存はないと」

/ ゚、。 /「無論だ」

439 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 23:36:24 ID:dbIeX/MA0

( ゚д゚ )「……成程。それはよろしい。であれば、これをお渡ししよう」

  ぱんぱん、とミルナが手を叩くと、部屋に一つの大扉が静かに開いて、水色のゴシックドレスを纏った女――シィがしずしずと入ってくる。
  何時もの騒々しさは何処へやら、貴婦人めかした足取りでダイオードの元まで来ると、青い女は手元のブリーフケースを開いて中身を見せる。

/ ゚、。 /「……なんだ、これは」

( ゚д゚ )「現在、世界各国で起こっているテロ事件に関わっていると思しき魔術師達の調査報告書だよ。
      教会の諜報機関を通せば、すぐにでも調べがつく情報ではあるが、身内の錆は我々が最も熟知している」

  「君たちの手は煩わせまいと思って用意させた」と付け加えるミルナの言葉に、ダイオードはその巌の面に幾ばくかの“不快さ”を漂わせた。

/ ゚、。 /「……それで。不届き者どもの後始末は、我々に片付けさせようと。そういう事か」

( ゚д゚ )「まさか。これについては、我々も各国の支部を上げて対処する。“形”だけの共闘とは言え、それに君たちが歩幅を合わせやすいよう配慮しただけだ」

/ ゚、。 /「ふんっ…物は言いようというわけか」

( ゚д゚ )「“言葉”は魔術に置いて最も重要だ。“言葉”が“理(ことわり)”であり、我らはそれを持って世界を動かすのだからな」

/ ゚、。 /「…下賤な悪魔の僕の論理なぞはどうでも良い。この情報は確かなのか、私が興味があるのはそれだけだ」

440 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 23:37:27 ID:dbIeX/MA0

( ゚д゚ )「無論、君たちが罠の可能性を疑うのは咎めんよ。だが、我々にも矜持はある。
     君たちが聖母の教えに身を捧げるのと同様、この身もまた真理の探究に捧げられたもの」

/ ゚、。 /「戯言を…だが、今は良い。まやかしがあったのならば、その時は貴公の首が飛ぶだけだ」

  腹の内を探ろうとする素振りを、ダイオードは一切見せない。
  彼自身が言った言葉だけが、たった一つ、明確にその意志を告げていた。
  そして、その言葉が、言葉だけではない事もまた、ミルナも、シィにもよくわかっていた。

  口先と根回しによる権謀術数を、ただ、その実力に裏打ちされた存在そのものだけで跳ね除ける。
  ダイオードは、間違いなく指導者として恐れるべき手合いの人間であった。

/ ゚、。 /「努々、忘れないことだ。貴公らは我らが聖母の唯一尊きを犯す大敵であるという事を。
       我らの間に成立しうるのは、ただ一つ、どちらかが滅びるまでの闘争のみだという事を」

  ブリーフケースを受け取って、ダイオードは席を立つ。
  2メートル半ばもあろうかというその巨躯が部屋を出ていくのを、シィとミルナは視線でさえ見送る事はしなかった。

(*゚ー゚)「……っぷはぁ、キンチョーしたー」

  扉が閉まると同時、冗談めかしてシィはため息をつく。
  ミルナはそれに一瞥をくれることもなく、残った鴨肉を口に運んだ。

(*゚ー゚)「でもさあ、良かったの、あれ渡しちゃって。確かあれ、各国の下位支部の場所まで載っていたと思うんだけど」

( ゚д゚ )「問題ない。下位支部が幾つ潰れた所で、各国を代表する統合支部が一つあれば最悪事足りる」

441 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 23:38:16 ID:dbIeX/MA0

(*゚ー゚)「えー、それはちょっと盛りすぎじゃない?」

( ゚д゚ )「ああ。だが今、世界中で同時多発的に起きているテロ事件はどうにもきな臭い」

(*゚ー゚)「というと?」

( ゚д゚ )「報告書を斜め読みしただけでも、支部丸ごとが反旗を翻した例が幾つも見受けられる。
     初めにニホンで起きたそれと違って、取るに足らぬとは言え名も地位もあるような魔術師達が、まるで“内乱”のようにして立ち上がったと言える」

(*゚ー゚)「んん?もともとそんなものじゃなかったの?」

( ゚д゚ )「……貴様は今まで何をしていたのだ」

  深いため息をついて、ミルナはフォークとナイフを置く。
  それは、初めて彼が見せる人間的な表情であった。

( ゚д゚ )「ニホンのVIPのメンバーたちについての調査書は、貴様にも見せたであろう。それを見て、貴様は何も感じなかったのか?」

(*゚ー゚)「えーっと、フサくんが生きてたってこと?」

( ゚д゚ )「……」

(*゚ー゚)「あ、ごめんね、冗談。いや、マジで今のは冗談。だからこっちみんな」

( ゚д゚ )「……俺も実を言うと冗談の類は嫌いだ。――それで?」

(*゚ー゚)「えーと、経歴が不透明な人ばっかって事だよね。“馬鹿な!貴様は死んだ筈じゃ!”って人も多かった」

442 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 23:39:21 ID:dbIeX/MA0

( ゚д゚ )「そうだ。言い換えるのならば、そのようにして経歴をぼやかすような入念な準備をしているのが、ニホンのVIPのメンバーだ」

(*゚ー゚)「……だけど、今世界中でテロに加担している人たちはそうじゃない」

( ゚д゚ )「俺には、どうにも奴らがニホンのそれと同じ釜の飯を食っているとは思えない。
      もっと言うならば、今各国を騒がせている輩は、場当たり的にVIPに追随する模倣犯だとすら思っている」

( ゚д゚ )「ならばこそ、敢えて下位支部の位置も含んだ情報を密葬教会に流すことで、内部の不穏分子も同時に片付けてもらえればそれは儲けものだと言えるだろう」

(*゚ー゚)「ほえ〜!なるほどなあ!流石はミルナっちぃ!冴えてるぅ!」

( ゚д゚ )「……冗談は好かんと言ったが」

(*゚ー゚)「にぇひひ」

( ゚д゚ )「第一、貴様にクックル達への連絡を頼んだのも、“バロール”と“アラクネ”の件があったからこそだろう。忘れたとは言わせん」

(*゚ー゚)「あら、そうでした」

  「おほほ」、と白々しい笑いを浮かべるシィ。
  今度はミルナも嘆息すらしない。

( ゚д゚ )「ともあれ、今日の会談で密葬教会の敬虔なる神の使徒たちも動き出す。
     クックル達を足止めしていた要因も、これでほぼ片が付いたと言ってもいいだろう」

(*゚ー゚)「うーん、でもさあ、此間はあれだけ大見得切って“クルーリエ”を動かすまでも無いって言ってたのに、その掌返しはどうなのぉ?」

  悪戯娘の様なシィの言葉に、ミルナは僅かに目を細める。

443 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 23:40:19 ID:dbIeX/MA0

( ゚д゚ )「あの二人…特に“バロール”がVIPに居ると言うのなら、話は別だ。
     あれは“クルーリエ”の総力を挙げてでも手に入れる価値がある。いや、手に入れなければいけないものなのだ」

(*゚ー゚)「ふぅん…評議会のおじいちゃん達に内緒にしてでも、それはやるべき事なのかにゃ?」

( ゚д゚ )「無論だ」

  断固としたその声に、シィはしかし興味無さそうに欠伸を返す。

(*゚ー゚)「ま、あたしはフサくんとジョルジュくんにもっかい会えるのなら、なんだっていいんだけどね〜」

  日傘の両端を握って「んーっ」と背伸びをすると、彼女は目を細める。

(* ー )「こんなイイ女をほったらかして、五年間も何をしてたのか、そこんところをたっぷりと聞かせてもらわないとだしね」

  歪んだその口の端に浮かぶのは、果たして笑みか、怒りか、哀愁か。
  青ざめたその胸の内を語るものは、今は未だ誰も居なかった。

444 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 23:41:28 ID:dbIeX/MA0

  〜6〜

 

  ――凍てつく風が、肌を刺す。
  肩を抱き、身を震わせて、ほうっと息を吐けば、それは白い。

( ;^ω^)「ううっ…ホッカイロだけじゃ足りない……」

  寝袋や非常食の入ったリュックサックを背負い直して、立ち枯れた木々の梢を見渡す。
  10月も後半に差し掛かった相佐久山を埋め尽くすのは落ち葉の絨毯。
  なだらかな斜面は比較的に言うのなら歩きやすい部類に入るのだろうけれど、今の僕にとってそれは何の慰めにもならなかった。

( ;^ω^)「ぐう…ま、まさかテロリストになってまで登山なんかすると思ってもみなかった……」

  現在時刻は朝の8時。
  まだ太陽も昇りきらない早朝から叩き起こされ、麓までイオイの人達が手配したワゴンに乗って連れてこられてからこっち、僕の足は落ち葉の泥濘を踏み抜いて休むことなく動き続けていた。
 
  次の日に作戦があると言うにも関わらず、ツンとデレちゃんは訓練の手を抜くようなことはせず、
  昼過ぎから夕食を挟んで夜中の10時過ぎまで猛烈なしごきは続いた。

  結局、全てが終わってくたくたになった僕が床に就いたのは、23時の30分頃。
  デレちゃんが賦活術式やらなんやらを施してくれたとはいえ、精神的な疲れはまだ抜けない。

  こうして山肌をひいこら言いながら登っていると、まるで自分がレンジャー部隊の新兵訓練キャンプにでも送られたのではないかとすら思えてくる始末だ。

445 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 23:42:31 ID:dbIeX/MA0

( ;^ω^)「ふぅ…ふぅ…モララーさーん!ま、待ってくださいよー!」

  伸ばした“チャンバー”を杖にして、樹上へ向かって声を張り上げる。

  飛行術式を使っているのだろうか。
  木から木へ、枝から枝へ、体重を感じさせないふわりとした動きでどんどんと先へ進んでいたモララーさんは、
  幹に手をついて動きを止めると、苛立ちを多分に含んだ顔で僕を振り向いた。

( ・∀・)「ちっ……これだからガキのお守りはゴメンだと言ったんだ……」

  何時ものPコートに、藍色のマフラーを巻いたモララーさんは、朝の山の冷気にも表情一つ変える事は無い。
  矢張り、一流の魔術師ともなると体温調節術式みたいな、そういうのも持ち合わせているんだろうか。
  常に周囲に気を配って奇襲なんかを警戒する素振りも、ツンやデレちゃん、或はドクオさん以上に隙が無い所を見るに、
  モララーさんはVIPのメンバーの中でも抜きんでて「格が違う」んだという事が、こんな僕にでもわかる程だった。

( ;^ω^)「ごめ…なさい…でも…ふぅ…ちょっとだけ…休憩を……」

  だからこそ、その張り詰めた「プロ」の動きに、僕はついていけない。
  或は、デレちゃんやドクオさんだったら、自分だけ先行するようなことはせず、
  僕を抱えるなりしてはくれるのだろうけれど、モララーさんにそれを期待するのはお門違いだろう。

  何よりも、「認められていない」という前提が無かったとしても、僕自身モララーさんのような「張り詰めた」人はあまり得意ではない。
  人間関係で我儘を言っていられるような身分ではないけれど、多分バイト先にこういう先輩が居たとしたら絶対近寄らない。何か失敗するにつけ嫌味とか言ってくるタイプだ。

446 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 23:43:11 ID:dbIeX/MA0

  つまり、何が言いたいかと言うと、そんなくだらない事を考えてしまうくらいには、僕が疲れているという事だった。

( ・∀・)「……」

( ;^ω^)「その…10分…いや、5分だけでもいいので休憩を……」

( ・∀・)「ちっ……」

  蔑みと苛立ちを込めた、露骨な舌打ち。
  へいへいすいませんでした、軟弱なクソガキで悪うござんしたね。
  お言葉ですがね、こちとらまだ魔術のまの字を知って半月にも満たないペーペーなんですよ。
  もう少し労わってくれたって罰は当たらないんと違いますかね?

( ・∀・)「……もういい」

  あ、ごめんなさい調子こきました。思えば僕たちは世界を敵に回したテロリストなんでした。
  そんな甘っちょろいこと言って通る様な身分じゃないんでした。
  ホント自分、自覚が足りてなかったっていうか――。

( ・∀・)「向こうに湧き水があるのを見つけた。貴様はそこで休んでいろ。偵察は私一人でやる」

( ^ω^)「え――」

  え?

447 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 23:44:09 ID:dbIeX/MA0

( ・∀・)「貴様のような足手纏いが居ると、私の機動力が落ちて任務にならない。精々、自分の身は自分で守るんだな」

  ちょっと待って、と言う前には、既にモララーさんは木の幹を蹴って何処かへと飛び去ってしまっている。
  後には、彼が舞い上げた落ち葉のうらぶれたダンスがしめやかに続いているばかりだ。

( ;^ω^)「あー……」

  何となくバツの悪い思いで頭をかくと、僕は仕方なく周囲に耳を澄ませる。
  静謐な山の空気の中に、確かに水の流れる微かな音が混じっていた。

( ^ω^)「まあ、モララーさんも一人でやるって言ったし……」

  チームを組んでいる都合上、単独行動は如何なものかとは思うけれど、本人がいいと言うならいいのだろう。
  何より、僕自身も疲れが限界に来ている。
  まだ何も始まっていないうちから動けなくなっていては話にならないと、水音の方へと木々を掻き分けて進む。

( ^ω^)「しっかし、相佐久山ってこんなに広かったんだな……」

  真新都に越してきたのは中学に上がってからだけれど、一度としてここを訪れる機会は無かった。
  何時か、暇潰しに来てやろうとは思っていたけれど、どうにも楽な方に流されがちな現代っ子根性が邪魔をして、足が向かなかったのだ。
  そんな面倒を嗅ぎ分ける嗅覚が正しかったのは、今こうして証明されているわけだけれども。

448 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 23:50:34 ID:dbIeX/MA0

( ^ω^)「ホント、VIPに入ってから退屈する暇が無いお」

  自嘲めかして苦笑してみる。
  実際、こうして一人にでもならなければ、何かを考えている暇すらない。

  人を殺した事への贖罪も、日常を振り切った事への後悔も。

  そして、都村さんとのあの再会の事も。

( ^ω^)「都村さん……」

  今頃、ツンに没収されたスマフォには、何件のメールや不在着信が届いているのだろう。
  父さんや母さんだって、きっと心配している。
  真新都で初めてテロがあった日から、二人はきっと、繋がらない電話に不安を募らせている。
  警察にだって捜索願は出ているはずだ。だからこそ、僕はラ・トーレ占部浦から不必要に出る事を禁じられていた。

  もう、会う事は叶わない。

  たった一人の息子が、テロリストの片棒を担いでいると知ったら、父さんと母さんはどんな思いをするだろう。

  都村さんは、僕の事を言ったりしただろうか。
  真面目な彼女の事だから、最初の爆破事件の時にはもう僕の両親に連絡をしていただろうか。
  いや、今時の高校はそこら辺の個人情報に関しては無駄にお堅いんだったか。
  
  それ以前に、今の都村さんは。連盟の魔術師としての都村さんは。
  僕の事を、どう思っているんだろう。

449 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 23:51:37 ID:dbIeX/MA0

( ^ω^)「……」

  もう一度、彼女と会う事があったとして、矢張り僕は都村さんと戦わないといけないのだろうか。

  魔術を世界に普及させるため。
  連盟の悪事を世に知らしめる為、僕は、都村さんと戦わないといけないのだろうか。

  彼女は、それを望んでいるのか。
  いや、望んでいようがいまいが、僕は戦わないといけないのだ。

  それが、あの日魔術の存在を知った僕が選んだ道で、人質上がりの僕に残されたたった一つの選択肢なのだ。

  じゃあ僕は、都村さんを前にしたら引金を引けるのだろうか。
  フィレンクトにしたように、或はモカーにしたように、撃鉄を叩きおろし、甲弾の穂先で彼女を貫くことが、僕に出来るだろうか。

( ; ω )「……っ」

  止めろ。止めろ。止めろ。
  考えるな。そんなことは、考えちゃダメだ。
  今そんな事を考えて何になる。もしもの事なんか考えたって何になる。

  そうだ、何もまだ都村さんと戦わなきゃいけないと決まったわけじゃない。
  もしかしたら、都村さんと戦うような事になる前に、戦いが終わるかもしれないじゃないか。
  決してその可能性はゼロじゃない筈だ。そうだろう?

( ; ω )「そんなわけ……」

  その先を、僕は言葉にしなかった。
  そうして意識して目を背ける事で、何かが変わるわけじゃないと知っていても、そうせずにはいられなかった。

450 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 23:52:24 ID:dbIeX/MA0

  考える間にも、水音はどんどんと近づいてきていて、そのうち枯れ木の木立の中に大小の岩の連なりが見えてくる。
  不毛な思考を無理矢理に打ち切って岩の間から覗きこめば、山頂から細く流れてきた川が小さな滝となり、その流れを溜める池が出来ていた。

( ^ω^)「おぉ…モララーさんの言ってた通りだ」

  済んだ山の空気を反射して、キラキラと光る水面。
  翡翠色に輝く池の水はとても綺麗で、目を凝らせば底の方には沢蟹なんかが蹲っているのも見て取れる。

( ^ω^)「ほえー…めっちゃ綺麗……」

  真新都という大都会の中にあって、未だ目にしたことの無い自然の息吹を目の当たりにすれば、僕の中の童心がうずきだす。
  さっきまで寒い寒いと言っていたが、ここまで歩いて来るうちに制服の内側はじっとりと汗でぬれていれば、既に僕の中で言い訳は出来上がっていた。

( ^ω^)+「これは、泳ぐしかないでしょう。男子高校生的に考えて」

  幸い、リュックサックの中には三日分の着替えがある。
  タオルは防寒用のブランケットで代用すればいいだろうと算段を決めるや、ブレザーを放り出し、
  トランクスも脱ぎ捨てると、生まれたままの姿で大自然の恵みに頭からダイブした。

( *^ω^)「っぷはー!気持ちいいー!生きてるって最高ぉおお!」

  ざぶん、と水を跳ね散らかし、小鮒の群れを驚かせた僕は、池の中を平泳ぎする。
  冷たい水が火照った体に心地よく、束の間、重力から解放された事で、体中の疲れも和らいでいく。

451 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 23:53:06 ID:dbIeX/MA0

( ^ω^)「おっおっおっ!ここで内藤選手、バタフライに切り替えていきます!」

  ざぶんざぶんと両手を振り回しては水と戯れる。
  暫くそうやって馬鹿みたいにはしゃいだ所で、身体の奥の方にやんわりと寒気の気配が忍び寄ってくる。
  秋の口にそうそう長く水浴びなどしているわけにもいかない。汗も流せたことだし、風邪を引く前に止めておくべきだ。

( ^ω^)「ふぃー!気持ちよかったぁ…ごっつぁんです!」

  早々に池から上がると、岩場の上で頭をぶるぶると振るって水を落とす。
  後は着替えるだけだと、リュックサックをごそごそと漁っていると、

  がさり。

  芝生を踏み分ける音がした。

( ;゚ω゚)「っ――!」

  敵襲――。
  考える間もなく、脱ぎ散らかした制服の山に手を突っ込むと、“チャンバー”の柄を握り――。

li イ ゚ -゚ノl|「あら、こんな所に湧き水――」

( ;゚ω゚)「――」

  そこで、木立の陰から出てきた“彼女”と目があった。

452 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 23:54:25 ID:dbIeX/MA0

li イ;゚ -゚ノl|「あっ――」

( ;゚ω゚)「――」

  白い。とても、白い少女。
  肌も、髪も、着ているワンピースも被っている帽子も、何もかもが白い、まるで雪の化身のような、その少女。
  美しい純白の雪原の中、たった一か所、二粒の苺のように赤い瞳が、僕を見つめて大きく開いていき。

li イ;゚ -゚ノl|「あ、あの――」

( ;゚ω゚)「いやあああああああ!見ないでぇえええ!」

  直後、僕の悲鳴がこだました。

453 名前:[] 投稿日:2014/05/25(日) 23:55:24 ID:dbIeX/MA0

 

 

 

To be continued

 

 

 

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