414 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:29:13 ID:PogJdj520
わたしに体と呼べるものは存在しなかった。
そこはひたすらにあたたかく、
死者の行くすえとは思えないほどにさいわいでした。
げん未にも、これほどの救いがあれば、あのひとは決して飢えることがないのでしょう。
撹はんされゆく意しきを集め、わたしはふり向く。

ζ(゚ー゚*ζ「こんにちは、私」

ζ(゚ー゚*ζ「こんにちは、わたし」

ζ(゚ー゚*ζ「初めまして、私」

ζ(゚ー゚*ζ「初めましてでもないわ、わたし」

ζ(゚ー゚*ζ「いいえ、どうしようもないくらいに初めましてなの」

ころころと、わたしは笑う。

ζ(゚ー゚*ζ「私がそう言うのなら、わたしはそうなのかもしれないわ」

ζ(゚ー゚*ζ「ええ、そう、わたしは私と初めて出会ったの」

ζ(゚ー゚*ζ「わたしが誰だか分かる?」

ζ(゚ー゚*ζ「私が誰だか分かる?」

うなずきながらも、むねは不あんでいっぱいでした。

415 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:29:58 ID:PogJdj520
ζ(゚ー゚*ζ「私は魔女のわたしよ」

ζ(゚ー゚*ζ「わたしは人間の私よ」

ζ(゚ー゚*ζ「なあんだ」

安しんしたような、えがお。

ζ(゚ー゚*ζ「こんなにもかん単な境かいだったのね」

たぐり寄せるように、のびる私の手をわたしはにぎる。

ζ(゚ー゚*ζ「どうか、私のことを忘れないでね」

ζ(゚ー゚*ζ「どうか、わたしのことを忘れないでね」

きゅ、と握る手は、ぱちんと弾けた。

ζ(゚、゚*ζ「あ、」

不安なわたしを、私はそっと見つめ返す。

416 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:30:50 ID:PogJdj520
ζ(゚ー゚*ζ「さようなら、わたし」

ζ(゚、゚*ζ「さようなら、私」

ζ(゚ー゚*ζ「さようなら、泡の魔女」

ζ(゚、゚*ζ「さようなら」

ζ(゚ー゚*ζ「さようなら」

さようなら、さようなら、

惜しむことなく別れの言葉を口にして、私はぱちりぱちりと消えていく。
それはシャボン玉であり、
泡沫の夢であり、
清潔さを保った聖域にして、
いつか夢見た青い海、
永遠に得られることのない、ひと時の安寧。

417 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:31:32 ID:PogJdj520
ζ(゚ー゚*ζ「わたしは、そんなもので出来ている」

それが、わたしのエフェクト。
わたしだけの、魔法。

ζ(゚ー゚*ζ(魔女に、なれた)

じんわりと胸に広がる感慨に水を差したのは、

ζ(゚ー゚*ζ「ひぇ?」

豪速球よろしく打ち上げられたからだ。

ζ(゚、゚;*ζ「びぇえええええええああいいいいああああぁぁぁぁ!!!!!!!」

まるで篝火がくしゃみをしたかのような勢いで、わたしは空へと吹っ飛んだ。
間延びする悲鳴は、はたして    に届いたのか。

ζ(;、;*ζ「ひぃーん……」

多分、届いていなかった。
天高く打ち上げられた後は、ただ慣性に従うのみ。
幸か不幸か、わたしは木に引っかかった。

ζ(゚、゚;*ζ「こんなの、あんまりだよぉ……」

恐怖で竦んだ身をよじろうにも、迂闊に動けば真っ逆さまに落ちてしまう気がした。
はてどうしたものかと考えていた時だった。

418 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:32:45 ID:PogJdj520
「おーい、大丈夫かー?」

快活そうな声が、下から響いた。

ζ(゚、゚;*ζ「た、助けてくださぁい……」

目一杯に叫ぶと、

「ちょーっと待ってなー」

間延びした声の後、鮮やかな赤が炸裂した。
ぐんぐんと距離を縮めてくるもの。
それは、巨大な躑躅の花弁だった。

从 ゚∀从「無事かー?」

燃えるような赤の中心に座す魔女は、ぺたぺたとわたしに触れてきた。

从 ゚∀从「ん、怪我はなさそうだな」

に、と笑う顔は、見ているこっちも元気になれるようなエネルギーがあった。

ζ(゚、゚*ζ「ごめんなさい……」

从 ゚∀从「ヘーキヘーキ、年に一人か二人はすっ飛ぶ奴が出るんだよ」

どうにも出来ずにいるわたしを、しっかと抱きかかえてくれる彼女は、
背中をよしよしと撫でてくる。
なんだか自分の未熟さを突きつけられたような気になって、居心地が悪くなった。

419 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:33:45 ID:PogJdj520
从 ゚∀从「でも、すげーんだぜ」

ζ(゚、゚*ζ「な、なにが?」

躑躅の花弁は、柔らかくわたしを受け入れてくれた。
漏斗状のそれは、ゆるくゆるく、散るように地上へと近付いていく。

从 ゚∀从「ぶっ飛ばされた距離が高ければ高いほど、
     イイ魔女になるって師匠が言ってた」

ζ(゚、゚*ζ「へー……」

予め教えられた知識と照らし合わせるも、記憶にはない。
つまりは初耳であった。

从 ゚∀从「知らなかった?」

気遣うような声音に、わたしは頷く。
地上はもうすぐそこまで迫っていた。

从 ゚∀从「んじゃ、篝火の中にたくさん悪魔いるってことは?」

それは、知っている。
死後の世界、透明な澱をこちらへと惹き付けるのがあの篝火で、
見習いの魔女はそこへ飛び込むことで擬似的な死を体験する。
エフェクトを手にした後、魔女は復活を遂げ、
生と死の境を越えた存在となる。

420 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:36:08 ID:PogJdj520
だから、魔女に寿命はない。
探究心が続く限り、あるいは人間に戻ったり、害されない限り、死ぬ事はない。
    に教わった知識を話すと、先輩の魔女はうんうんと頷いた。

从 ゚∀从「あんた、名前は何て言うのさ?」

ζ(゚ー゚*ζ「わたしは、」

ただ名前を言おうとして、

ζ(゚ー゚*ζ「泡の魔女」

するりと差し込まれた言葉に、わたしは驚いた。

从 ゚∀从「泡の魔女、かあ」

頷きながら、思わず唇を触る。
ひとりでに動いたそこは、普段通りふっくらと澄ましていた。

ζ(゚ー゚*ζ「……泡の魔女の、デレ」

誤魔化すように呟くと、微笑ましい視線が降ってきた。

从 ゚∀从「アタシは躑躅の魔女、ハイン」

よろしく、と差し出された手を、わたしは控えめに握り返す。
こんな寒空の下だというのに、ハインの手はとても温かかった。

421 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:37:14 ID:PogJdj520
从 ゚∀从「アタシも二年前に魔女になったばっかりの新米なんだ」

ζ(゚ー゚*ζ「ええ!?」

从 ゚∀从「新米同士、仲良くやろうじゃん」

ねーっ、と彼女はわたしの両手を包む。
それにどう答えれば良かったのか、わたしは分からなかった。

从 ゚∀从「もーちょいで着くから、待ってろよ」

気付くと、あんなにも近くに見えた星々は遥か頭上の高みにある。
下を見れば、一人の男が手を振っていた。

从 ゚∀从「到着っ!」

飛び降りるハインの後に続くと、

ミセ*゚ー゚)リ「無事?」

と、ハインに問い掛ける彼も魔女らしい。
石の礫を二、三個、ランタンがわりに光らせていて、それがとても美しかった。
頷くハインは、わたしを抱き寄せた。

422 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:38:29 ID:PogJdj520
从 ゚∀从「さっき引っかかってたの、この子だった!」

ミセ*゚ー゚)リ「へえ、見たことのない顔だね」

ζ(゚ー゚*ζ「あ、泡の魔女、デレです……」

じろじろと遠慮なしに見る彼の瞳は榛色で、凛とした知性を感じさせ、
上質なビロードを思わせるブロンドの髪は、神経質かつ
執拗なまでにかっちりと撫で付けてあった。

ミセ*゚ー゚)リ「いいエフェクトだね」

角を無理やり削いだような声に、すっと切れ込みを入れたような目付き。
それが笑顔だと気付くのには、少し時間がかかった。

ζ(゚ー゚*ζ「あなたは?」

差し出された手を掴むと、悴んだ手でもわかるほどに、芯まで冷えていた。
ハインとは色々な意味で真逆の属性を持つ、不思議な魔女。
それが、彼に対する第一印象だった。

ミセ*゚ー゚)リ「石の魔女、ミセリだ」

从 ゚∀从「アタシの弟弟子なんだよ!」

ミセ*゚ー゚)リ「三ヶ月しか違わないだろ」

从 ゚∀从「先ったら先だよ」

423 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:39:31 ID:PogJdj520
やいのやいのと繰り広げられるやり取りに、わたしはすっかり置き去りにされていた。
ポカンとそのまま観察していたら、ミセリは申し訳なさそうな顔をした。

ミセ*゚ー゚)リ「悪い、いつもの癖なんだ」

ζ(゚ー゚*ζ「仲がいいんですねえ」

ミセ*゚ー゚)リ「そんなには」

从 ゚∀从「おい」

ミセ*゚ー゚)リ「普通だよ、普通」

謙遜したような物言いは、少しの道化を含んでいて、

ζ(゚ー゚*ζ(何故かしら)

それが無性に、羨ましく思えた。

ζ(゚ー゚*ζ「二人は同じお師匠さんの元で習っているの?」

湧き上がる疑問符を振り落とし、月並みな質問を投げかける。
揃って肯定を示した二人は、口々に話し出す。

424 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:40:48 ID:PogJdj520
从 ゚∀从「こう見えて、生まれも育ちも日本なんだ」

ミセ*゚ー゚)リ「僕もハインも、ね」

从 ゚∀从「家の近所にアトリエがあって、そこで初めて魔法に触れたんだ」

ミセ*゚ー゚)リ「うっかり盗み見たようなものだから、こっぴどく叱られたけれど」

从 ゚∀从「でもそれがすごく綺麗だったから、
     魔女になりたいってつい言っちゃってさ」

ミセ*゚ー゚)リ「あの時は肝を冷やしたよ」

从 ゚∀从「薄情なことに、こいつだけ先に逃げちゃったんだぜ!」

ミセ*゚ー゚)リ「あーあ、もう。そんなこと蒸し返さなくていいじゃないか」

从 ゚∀从「ちょっとした与太話だよ」

ミセ*゚ー゚)リ「恥ずかしいじゃないか」

从 ゚∀从「悪かったってば」

ζ(゚ー゚*ζ「ふふ」

コミカルなやり取りに、思わず笑いが漏れた。

425 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:41:57 ID:PogJdj520
ζ(゚ー゚*ζ「やっぱり仲良しじゃない」

ミセ*゚ー゚)リ「よく言われるけど、腐れ縁なだけさ」

从 ゚∀从「ほんとそれ」

ケタケタと笑うハインに釣られて、わたしも笑った。
一方で、

ζ(゚ー゚*ζ(    を探しに行かなくちゃ)

とも考えていた。
けれども、去るには少し惜しいとも思っていた。

ζ(゚ー゚*ζ「二人はまだ、師匠さんのところにいるの?」

从 ゚∀从「うん、普段は師匠のお店の手伝いをしてるんだ」

ミセ*゚ー゚)リ「修行時代も込みで考えると……十年は住み込みでいるのかな」

ζ(゚ー゚*ζ「じゃあ八年も修行したの!?」

思わず大きな声で叫ぶと、ミセリは不思議そうな顔をした。

426 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:43:29 ID:PogJdj520
ミセ*゚ー゚)リ「普通、下積みっていうとそれくらいの時間は掛かるけど」

从 ゚∀从「デレはどのくらい修行したんだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「ええっと……」

しまった、という思いが強く苛んでいた。
    とは数えきれないほど多くの年月を過ごしては来たけれど、
みっちりと魔法を教わったのは、ここ一ヶ月での話だ。
それも基礎中の基礎だよ、と彼は言っていた。
八年の修行期間が平均的ともなれば、わたしはさっぱり勉強していないことになる。
そんな状態で魔女になったと知れた日には、一体どうなってしまうのか。

ζ(゚ー゚*ζ(魔女にも法律はあるのかしら……)

そんな初歩的なことも、この時のわたしは知らなかった。

从 ゚∀从「アンタの師匠ってどんな人なの?」

一向に答えないわたしに気を利かせてか、それとも追い詰めるためか。
ハインは核心へと触れてきた。

ζ(゚ー゚*ζ「全然、大した人じゃないよ……」

ミセ*゚ー゚)リ「それなら、僕たちの師匠だって無名に近い魔女だよ」

思いのほか小さく出た言葉を、ミセリは逃がさない。
少しずつ、少しずつ退路は埋められつつあった。

427 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:44:35 ID:PogJdj520
从 ゚∀从「ねえ、教えてよ」

ぽとり、ハインの手から躑躅の花が落ちた。
真っ赤な、舌の色をした躑躅。
視認した瞬間、わたしの舌は無意識に動いた。

ζ( ー *ζ「灰色、」

从 ゚∀从「……えっ?」

ζ( ー *ζ「灰色の、魔女」

とうとう吐き出した瞬間、わたしは妙に気持ちがよかった。

ミセ*;゚ー゚)リ「灰色の……!?」

呆然と呟くミセリに、わたしはすっかり気を良くしていた。

ζ( ー *ζ「そう、灰色の魔女。    よ」

あれほど口にしてはならないと厳重に含めていたのに、
どうして話してしまったのだろう。
目の前の二人は、凍ったように動かないのに、
それを驚きによるものだとわたしは勘違いしていた。
けれども暖かな人柄を滲ませていたその瞳は、
徐々に疑惑の色へと変じていった。

从; ゚∀从「……本当に?」

信じられない、という音の滲んだ声だった。

428 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:46:06 ID:PogJdj520
ミセ*;゚ー゚)リ「あの魔女が弟子を取ったという話は聞いたことがない」

ζ(゚ー゚*ζ「他の魔女と交流していないから、仕方ないよね」

冗談めいたわたしの言葉に、ミセリは口を開く。

ミセ*゚ー゚)リ「……じゃあ、自分の師匠がどう言われてるのかも分かってないんだな?」

威圧を含んだ言葉に、思わず首を傾げる。
知っている。
本当は、知っている。
どうせあの人が救った人間のような言葉を向けるって。
だけど、相手の言い分も聞いてみようじゃない、って。

ζ(゚ー゚*ζ「なぁんにも知らないわ」

それは、確認を込めての挑発だった。

从 ゚∀从「……デレ、アタシの師匠に会ってみない?」

すり替えるように、ハインは口を開く。

从 ゚∀从「きっと今からでも遅くないから、」

ζ(゚ー゚*ζ「ねぇ、今は    の話をしているのよ?」

429 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:47:07 ID:PogJdj520
苛立った声で話の先を促すと、

ミセ*゚ー゚)リ「狂気の灰被り」

侮蔑を含んだ声が、鼓膜を揺らす。

ζ(゚ー゚*ζ「……なんて言ったの、今?」

从 -∀从「……救済と称して弱っている人間の心につけ込み、跡形もなく食い尽くす。
     自分の手腕を見せつけるために奇跡をばら撒く詐欺師」

ミセ*゚ー゚)リ「甘い言葉に耳を貸したが最後、待っているのは身の破滅。
      万人を愛する自分を愛する為に万人から愛されたいと
     願う魔女の片隅にも置けない男」

ζ( ヮ *ζ「……なに、それ」

ミセ*゚ー゚)リ「全部君のお師匠さんの話さ」

冷徹な笑みを浮かべ、ミセリは吐き捨てる。

ミセ*゚ー゚)リ「不名誉な話には事欠かない、狂気の灰被りのお弟子さん」

その蔑称が、優しくて暖かい魔法の数々を生み出すエフェクトから
由来しているのだと、気付いたわたしは怒りでどうにかなりそうだった。

ζ( ヮ *ζ「……嘘よ」

薄ら笑いを浮かべながら、弁護を紡ぐ。

430 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:48:07 ID:PogJdj520
ζ( ヮ *ζ「嘘、嘘、全部嘘。そんなのデタラメ」

从 ゚∀从「デレ、」

ζ( Д #*ζ「気安く呼ばないで!」

こちらへと伸ばされる手をはたき落とし、わたしは叫ぶ。

ζ( Д #*ζ「だって、わたしは彼に救われた!
      誰も助けてくれなかったけど、彼だけがわたしを助けに来てくれた!」

ミセ*゚ー゚)リ「……君の過去は知らないから、君がそう言うのならきっとそうなのだろうね」

从; ゚∀从「けどさ、結局あいつは誰にも出来ないような手柄欲しさに魔女になったんだ」

ζ( Д #*ζ「そんなの、あんたたちから見た    の姿でしょう!」

ずっと一緒に居たわけじゃないのに、どうして彼が悪だと言い切れるのか。
それは、一部分しか見ていないから。
彼がどれほどに献身を注いでいるのか。

無垢な祈りを拾わんとして耳を傾けているのか。
彼の愛を理解出来ずに立ち去った人間を、なおも許す姿を見ていないから。

ζ( Д #*ζ「あんた達は、見たいものしか見ていないんだ!!」

从 ゚∀从「……話は通じない、か」

諦観を含んだ嘆息に混じり、躑躅の嵐が吹き荒れる。
視界を塞ぐ色取り取りの躑躅。
腹が立つほどに匂い立つ甘露。

431 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:49:10 ID:PogJdj520
それに混じる、

ぱき、

という軽快な音。

ζ(゚ー゚*ζ「……え?」

寒々とした感触に、足元を見る。
石だった。
石の礫が、わたしの足を覆うように隊列を作っていた。

ζ(゚ー゚;*ζ「なっ、」

慌てて引き抜こうにも、足はびくとも動いてくれない。
神経がそこで遮断されてしまったような感覚に、わたしは戸惑うばかりだった。

ミセ*゚ー゚)リ「動いても無駄だ」

顔を上げると、そこに躑躅の魔女はいない。
石の魔女だけが、じっとわたしを見つめていた。

ζ(゚ー゚;*ζ「離してっ!」

ミセ*゚ー゚)リ「残念ながら、そういうわけにもいかなくなった」

気の毒そうな言葉とは裏腹に、石はぞろぞろとわたしの足を固めていく。

432 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:50:08 ID:PogJdj520
ζ( 、 ;*ζ「なんで、なんでこんなことするのっ?」

責めるような言葉に、魔女はただ一言、

ミセ*゚ー゚)リ「きっと君も、危険な魔女になる」

呟いた。

ミセ*゚ー゚)リ「魔女の仕事は知識の探求。際限のない好奇心は、時をも止める」

それはいつの日か、耳にしたような話。
知識は魔女にとっての金で、目には見えない財産だ。
多くの知恵を貯蓄した魔女には、加護が与えられる。
有益な情報を守らんとする、透明な掟だ。
知る事を止めない限り、その加護はどこまでも続いていく。
けれど、もしそれを悪用してしまったのなら。

ミセ*゚ー゚)リ「不老不死を手にしたも同然だよね」

悪事を働く不老不死の魔女なんて、誰の手にも負えない。
だからこそ魔女は正しくあるべきだとあの人は説いていた。

ミセ*゚ー゚)リ「富を独占することは許されていない。
      富を分配し、さらに人生を豊かなものへと導くのが魔女の役目」

しかし、と魔女はわたしを睨む。

ミセ*゚ー゚)リ「中には毒で満たされた富を持つ者がいる。
      それを貰い受けた者も、また毒を広めることになる」

433 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:51:08 ID:PogJdj520
言いたいことは分かるな、と言いたげな目に、

ζ( 、 ;*ζ「なに、それ」

と、掠れた声。

ζ( 、 ;*ζ(毒に塗れた富って、何)

あの人のしている事はいけない事なの?
世の中から不幸を摘み取ろうとすることは、罪になるの?
じゃあいい事って何?
悪い事って何?

ζ( 、 *ζ「間違ってない……」

ミセ*゚ー゚)リ「間違ってるよ」

己が正しさを信じる声が、その場に響く。

ミセ*゚ー゚)リ「全ての人間を救うなんて、そんなのできっこないんだよ。
      何を不幸と見なすのか、絶対的な基準が存在しないのだから。
      灰色の魔女のやっていることは、ただの独善さ」

ζ( 、 *ζ「……そう、かもね」

ミセ*゚ー゚)リ「ほら、君もそれに感化されている」

確信を得た魔女は、勝ち誇ったように声を張る。

434 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:51:53 ID:PogJdj520
ζ( 、 *ζ「だけど」

と、わたしは自らの足を見つめる。
魔力によって波打つ石像は、今や太ももへと達しようとしている。

ζ( ヮ ;*ζ「わたしは、その独善で救われたんだ!」

破裂音。
太ももから、ぶくぶくと血の泡が噴き上がる。
ちかちかとする視界を掻き集め、わたしは絶叫した。
凍てついた土の上へと、体が崩れ落ちる。
太ももから先のパーツは、見当たらない。
石だけを破壊しようとしたのだが、やはり覆われた部分は手に負えなかったらしい。

ミセ*;゚ー゚)リ「なっ……!」

絶句する魔女は、慌てて手を伸ばす。
その顔に目掛けて、わたしは泡を展開する。
大きな泡を、一つの泡を、風船のように無限に広がりゆく泡を。

ミセ*° ゚"。)リ「っ、っ! っ!?」

泡は、皮膚をも巻き込み、膨らんでいく。

435 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:52:51 ID:PogJdj520
ζ( ヮ *ζ「ぁ、は、」

不意に込めていた魔力を、緩める。
支えを失った泡は、弛みを描き、自重に耐えきれず、

ヨセ*;"コぽ)リ「っっっア ゙ア ゙ア ゙ア ゙ア ゙ぁああああ!!!!!!」

弾けた。
のたうち回る相手に、美青年の面影はない。

从; ∀从「ミセリ!!」

遠くで、叫び声が聞こえた気がした。
それに続く、悲鳴の数々。
押し寄せる魔女の気配。
そこでようやく、躑躅の魔女がいなかった理由を察した。

ζ( ヮ *ζ(詰み、かな)

一人魔女を殺してしまったようだし、何よりわたしは危険な魔女の弟子らしい。
捕まれば、殺されてしまうだろう。

ζ( ヮ *ζ(それもいいかな)

とにかくもう、わたしは眠くて仕方がなくて、

「やっと見つけた」

意識を失う直前に、そんな声が聞こえた気がした。

436 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:54:07 ID:PogJdj520
瞼を開けようとして、二、三度瞬いた。
景色が目に馴染むまで、そんなに時間はかからなかったと思う。
それでも妙に孤独を感じ、

ζ(-、-*ζ「    ……?」

名前を呼んだ。

(´・ω・`)「ここだよ」

存外に早く、声は返ってきた。
手繰るように腕を伸ばすと、暖かな感触。
じん、と広がる温もりを噛み締めて、手を握られているんだと理解した。

(´・ω・`)「気が付いたんだね」

覗き込む彼に、ようやく焦点が合う。

(´・ω・`)「まったく、無茶をするんだから」

ζ(゚、゚*ζ「……ごめんなさい」

窘めるような言葉には、反射的に謝ってしまう。
実のところ何に対して注意を向けられているのか、
わたしはちっとも分かっていなかった。

437 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:55:46 ID:PogJdj520
(´・ω・`)「名前を出すと、厄介なことになるって言ったよね」

ζ(゚、゚*ζ「はい」

ぐうの音も出ないほどの正論。
だけどやっぱり、あいつらの方が悪いんだという気持ちが湧き出てしまう。

(´・ω・`)「……痛いところはないかい?」

強張った声を途端に柔らかくして、わたしをじっと見つめる    。
少しも痛いところはない。
苦しいとも思わない。
なんの不自由を感じないから、とりあえず起き上がろうとして、

ζ(゚、゚*ζ「?」

力が、入らない。
戸惑うわたしの背に、    の腕が差し込まれる。

(´・ω・`)「あの晩から、十日も意識を失っていたんだよ」

軽々と持ち上げて、枕の位置を調節する気配。
その間に、わたしは真新しくなった部屋を見回していた。
白い壁に、ロココ調のシャンデリア。
猫足の家具には、薔薇の意匠があしらわれている。
窓の外には、摘みたてのオレンジみたいな太陽が熱烈に降り注いでいた。

438 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:56:28 ID:PogJdj520
ζ(゚ー゚*ζ「また引っ越したの?」

(´・ω・`)「家がバレると面倒だからね」

ブロッケン山から立ち去ってすぐ、どこか遠い所へと逃げて来たのだろう。
自分の起こした事態が、どれほどの迷惑と労力をかけて解決したのか。
推し量るわたしの心中は、申し訳なさでいっぱいだった。

ζ(゚、゚*ζ「ごめんなさい……」

(´・ω・`)「大丈夫だよ」

ぎゅっと抱き締められると、幼い時分に戻ったような気になった。
このままずっとこうしていられたら、と思うわたしを
置き去りにして、    は離れていく。
ふかふかの枕背もたれにしてわたしは座った。
そしてようやく、

ζ(゚、゚*ζ「あ」

太ももの先から、両足が消え失せている事に気が付いた。

ζ(゚ー゚*ζ(起き上がろうとしても、これじゃ力が入らないよね)

道理で、と冷静に納得するわたしに、後悔や怒りは芽生えない。

(´・ω・`)「魔法で治した方がいいよ」

ショックで言葉を失ったと思ったのか、    は優しく声を掛ける。

439 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:57:11 ID:PogJdj520
その言葉にわたしは意地悪く、

ζ(゚ー゚*ζ「    の魔法で?」

と、聞いてみたら、

ζ(>、<*ζ「あいたっ」

軽く小突かれて、思わず額を撫でる。

ζ(゚ー゚*ζ「なんでぇ……」

(´・ω・`)「君はもう一人前の魔女となった。
     独自のエフェクトと魔力を手にしていながら、
     それとは違う魔力を沢山注いだら、体が混乱するだろう」

ζ(゚ー゚*ζ「でもわたし、    の魔法がいい」

(´・ω・`)「どうして」

ζ(゚ー゚*ζ「だって独り立ちしたら、そう簡単に会いにいけないでしょう?」

言わんとしていることが、彼にはわかったらしい。
呆れたような目を向けて、それからしばらく目を閉じて思案しているのが分かった。

440 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 22:02:19 ID:PogJdj520
(´-ω-`)「……リハビリも大変だし、魔力が馴染むまで、
     随分と苦しむことになるよ」

ζ(゚ー゚*ζ「それでも    の魔法で、わたしは立ち上がりたいの」

(´・ω・`)「わがままなお姫様だね」

鋭利に割れたガラスのような言葉が、胸へと突き刺さる。

ζ(゚ヮ゚*ζ「……ごめんなさい」

謝罪を抉り出すも、彼の目には灰色の影がちらついていた。
わたしの体から、毛布が這いずり逃げていく。
淡いアイボリーのネグリジェからは、やはり太ももの一部しか見えない。
石化した両足は、今でもブロッケン山の頂上で立ち続けているのだろうか。
それとも粉々に壊されてしまったのだろうか。

ζ( ー *ζ(もしそのまま放置されているとしたら、すごく滑稽だ)

笑いそうになる口元を、慌てて制する。
わたしのために    は、大いなる力を割いてくれている。
真剣な彼の祈りを、笑って受け止めるだなんて許されない。

(´・ω・`)「    、 」

透明な祈りを唱える    の手から、無尽蔵に白い銀貨があふれ出す。
ざらざらとシーツの上へ落ちるそれらは、涼やかな音を奏でた。
その反響は枚数が増えるに従って、荘厳な響きを生み出していく。

441 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 22:03:30 ID:PogJdj520
(´・ω・`)「   、        ……、      」

山になった銀貨を、    は左右に分ける。
さらに小高く積み上がったそれらを、今度は一直線に塗り広げていく。
カジノのディーラーを彷彿とさせる動きだった。
不在の足を描く銀貨は、隅々まで分配されていく。

(´・ω・`)「……    、    」

口遊む祈りも、それに合わせて変化していく。
繊細にして熱のこもった呟きに、白銀貨は小刻みに震え出す。
熱い鉄板の上で、耐えきれずに踊り狂う様を幻視した。
一歩、二歩、と跳ねる一方で、少しずつ硬貨たちは溶ろけていく。
同時にピカピカと輝いていた白さは損なわれて、緑藻のような錆に苛まれていった。
どろどろに溶けた緑青は、失われた足を補完していく。
それは脛であり、膝であり、踝であり、
踵にして、
削げた肉を増し、仮初めの骨に、ぎゅうと接着せしめた。
鎧のような足を得たわたしは、未だ神経の通る気配を感じていなかった。
見ると、    の祈りはまだ終わっていない。
両手で挟むようにして、彼は太ももを軽く持ち上げた。
こそばゆいような感触のあと、掌は徐々に鉄へと滑らせていく。
じゅ、と肉の焼ける気配。
煙一つ上がっていないのに、ツンと鼻の奥で涙の流れる匂いがした。
ゆっくり、ゆっくりと足を撫でる彼。
その表情を思い出すことは出来ない。
ただ、わたしは泣いていた。
彼に触れてもらえたことが嬉しくて。
やはりわたしは彼に救われたのだと自覚して。

442 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 22:04:12 ID:PogJdj520
(´・ω・`)「……出来たよ」

気付けば、両足が鎮座していた。
一点の狂いもない、完璧な作りをした精巧な足。

その先には、

ζ(゚ー゚*ζ「靴……?」

(´・ω・`)「まあ、おまけのようなものだよ」

足をさする彼の温かさを、足は感じない。
夢のような心地で、    と青銅色の靴とを見比べた。

ζ(゚ー゚*ζ「……ありがとう」

両腕を広げれば、察したように    が飛び込んでくる。

ζ(゚ー゚*ζ「やっぱり、あなたは最高の魔女よ」

(´-ω-`)「……そう言ってくれるのは、君だけさ」

突き放すように、    は腕から抜け出した。

443 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 22:05:42 ID:PogJdj520
(´・ω・`)「明日からはみっちりリハビリと魔法について
     勉強してもらうから、覚悟しなさい」

ζ(゚、゚*ζ「えー!」

(´・ω・`)「せっかく僕と一緒にいるんだ、少しも時間を無駄にしないよ」

そうしてまた、乱暴にくちゃくちゃと頭を撫でられた。
でも、悪い気はしなかった。
彼との別れを先送りにしただけなのに、やっぱりわたしは嬉しかったのだ。

ζ(゚ー゚*ζ(それからは大変だったけどね)

とにかく休む暇なく、わたしは知識と訓練を詰め込まれた。
それでも楽しく過ごすことが出来たのは、    の采配のおかげだろうか。

ζ(゚ー゚*ζ(それとも、わたしが    に甘いのかしら)

真偽は定かではない。
確かなのは、彼と過ごした四年間は飛ぶように過ぎていったということだけだ。
巣立ちは存外にあっさりとしたもので、わたしも二、三言葉を交わして彼の元を去った。
いつか来ると覚悟していた別れの日がたまたま
その日だったというだけで、当然といえばそれまでだった。

444 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 22:06:23 ID:PogJdj520
また思いがけないことに、    の魔力を込めて
作られた足と靴は、彼の居場所を知らせてくれるのだ。
近くにいればほんのりと赤く足は染まり、離れていても
会いたいと願い、靴を打ち付ければ、いつでも会いに行くことができた。

ζ(゚ー゚*ζ(まるでドロシーのよう!)

さしづめ彼はオズの魔法使いといったところか。

ζ(゚、゚*ζ(ああでも、それじゃあ彼はただのインチキ男になってしまうわ)

彼は間違いなく天才で、慈愛に満ちた魔女だ。
あんな臆病者のペテン師みたいなおじさんではない。

ζ(゚ー゚*ζ(そう、素敵な魔女よ)

だからわたしは、彼の幸福を望む。
わたしの幸福を望み、叶えてくれた彼だから。

ζ(゚ー゚*ζ「わたしも、他人を救うの」

445 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 22:07:16 ID:PogJdj520





真理よ、おのれを呪うものを救えよかし 了




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